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第48話:ハッピーハロウィン!


「――おはよう、真子」


 うーん……朝っぱらからなんだよー……


「起きてよ~」


 ふあ……

 はいはい、今起きますよー


 ……?


「のぎゃぁぁあっ?!」


 早朝からあたしの悲鳴が響き渡った。

 

「おはよう」

 

 すぐ目の前には、にこりと微笑んだ色白の美しい顔。


「ルっルシフェル?! なんであたしの部屋にいるのっ?」

「起こしにきた」


 そうかありがとう……って、んなわけあるかッ。女子の部屋に勝手に入っちゃいかんよ。あー、寿命縮んだよこれ。

 心臓バクバクのまま身を起こす。ルシフェルはお構い無しに、ぐいっとベッドに上半身を乗り出してきた。


「ね、ね、真子!」


 何やら朝から楽しそうである。嫌な予感がするが。


「……なに?」 

「今日はお菓子をくれるんだよな!」


 ……はぇ? お菓子? そんな約束したかなあ。


「違うの……?」


 うっわ、ヤバい!

 あたしが反応できずにいたら、堕天使長から負のオーラが漂い始めてしまった。考えろ! 思い出すんだあたしっ!


「くれないのか……」


 いや、ゴメンて! なんかよくわかんないけども!

 あまりにどんよりしてるから、思わず身を引いた。のだが、


 《がしぃっ》

 

 ?!

いっ……いだだだだだッ! 何? 何事?!


「ねえ真子~……」


 ひぃぃぃ……!

 堕天使長めっちゃ怖いめっちゃ怖いめっちゃ怖いー!

 しかも手首がっちりホールドですか!? あたし押し倒されそうなんですけどー!


「お菓子をくれないなら、悪戯してしまうぞ?」


 おっ、折れる……手首が……!

 そして貞操の危機ッ! そんな目をして囁くなっ。リアル過ぎるから!


 うわーん。一体あたしが何をしたって――


 ……


 !!


「あっ、あげる! お菓子あげるから!」


 必死に叫ぶと、ようやくルシフェルは動きを止めた。


「……本当に?」

「マジマジ!」


 そう、と呟いて堕天使長様は体を起こす。一気に視界が明るくなった。嗚呼こんにちは蛍光灯。点いてないけど。


「で、でもねルシフェル。お菓子をもらうためには仮装しなきゃ」

「仮装……?」


 お菓子。悪戯。仮装。

 ――そう。ルシフェルの言葉で思いついた。

 彼は恐らく……《ハロウィン》をやりたかったに違いない。


「お化けとかに変装して、お菓子をもらってまわるんだよ」


 実際はしなくてもいいのだが、とりあえずこの状況を打開するために。あたしはお菓子のために色々失うところだったのか……。


「へえ、そうだったのか。お化けではなくて、堕天使の仮装じゃダメか?」


 まんまじゃねえかよ。


「と、とにかく。ハロウィンって色々と準備が必要だからさ」

「そうか。ならば仕方ないな」


 ふうー、良かった良かった。

 ハロウィンかぁ。あたしにとってはそんなに身近な行事じゃなかったな。ま、ルシフェルがやりたいなら一緒に楽しむか!


「私、今日は《お菓子の日》だと思っていたぞ」


 メ、メルヘン!



***



「これは、どう?」


 ルシフェルが両腕を広げて首を傾げる。着ているのは堕天使長様の正装――あの真っ黒な騎士服だ。


「うーん。悪くないけど、仮装とはちょっと違うような気がするなあ」


 まあ堕天使そのまんまだしな。

 改めて見ると、うん、結構デザインが凝ってるんだね。留め金は金だし、闇を織ったようなマントは銀糸で細かい刺繍がしてある。ルシフェルはすらっとしてるからすごい似合うし。


「……真子?」

「あ、ごめんごめん。んー、黒騎士ってことにしちゃうかー?」


 なんだかんだで仮装にこだわってる自分。だって楽しいんだもーん。



 《ピンポーン♪》


 んぁ。お客さんだ。


「はーい?」

『おはよーごぜぇやす、おいでやすー!』


 ……。


「黎香?」

『大当たり~! 当たったから開けてちょ♪』


 ……はあ。

 うちの堕天使様でさえ朝からウキウキなのだ。あの爆弾娘が、このビッグイベントを逃すとは思えない。

 

 ドアを開けるとそこには……


「やっ。おはよ真子ちん!」

「……おはようございます真子さん~」


 ぎ、ぎゃぁぁっ?!


「どうした真子……って、ええっ!?」


 リビングからすっとんできたルシフェルも声をあげた。

 玄関の前には黎香と……“お化け”がいた。


「ふふっ、驚きました?」

「やったねアッシュ! どっきり大成功☆」


 ……ってアシュタロスさんだったんだけどね。

 いつぞやお化け屋敷でバイトしていた時のような、あのリアル流血メイク。どす黒いオーラも健在です。怖かった~……。


「ど、どしたの? その格好」

「黎香さんが“今日は《お化けの日》だ!”と言っていたので」


 黎香ー!!


「違うぞアシュタロス。今日はお菓子の日だ」

「そうなんですか?」


 どっちも違うって。


「しかしルシフェル様もその格好……どうなさったんです?」


 ここで食い付いたのは黎香。ぱっと顔が輝いた。


「ルーたんももしかしてお化けにっ?」

「お化け、というか。仮装することが義務らしいからな。今考えていたところだ」

「黎香が手伝ってやるぜー!」


 え、あ、ちょっ……


「お邪魔しやす真子ちん!」



 ――で。あたしと堕天使長と黎香とお化け。なんとも奇妙な集いがここに形成されたわけだけど。


「アシュタロスさんのその血、絵の具?」

「いえ。本物です」


 マジかよー!


「ふふ♪ 戦神はビジュアルも恐ろしくなければいけませんよね♪」


 本気か冗談か分からないから怖い。口端から血を滴らせてるから更に怖い。


 アシュタロスさんと喋っていたら、黎香は「よいしょ」と大きなカバンを持ってきた。中身はまさか全部仮装の道具?!

 

「さあルーたん! こっちおいで。この黎香様がメイクしてあげようぞ☆」

 

 《キュポッ♪》


「そうか。任せたぞ」

 

 ……あっ!

 だ、ダメだルシフェル! そっちに行っちゃ――


「フンフンフーン♪」

 

 あ、ああ……

 

「うう……まだ?」

「もうちょっとで完成だぜー」


 《キュコキュコキュコ》


 あぁぁ、時既に遅しか……。

 あたしとアシュタロスさんは声をかけそびれ、ただ呆然と見守るしかできない。


「できたぜルーたん! ほい、鏡」

「ふむ。どれどれ――」


 あたしは心中で手を合わせた。合掌。


「なっ…………?!」


 次の瞬間、堕天使長様の絶叫が響く。

 

「なんだこれはぁぁっ?!」

 

 アシュタロスさんは一層顔面蒼白になって、頬を引きつらせていた。


「れ、黎香さん、これはやりすぎです……」

「そぉかなぁ?」


 実行犯だけが満足げ。

 被害者・ルシフェルはというと……


「……こ、これでは嫁に行けない……」


 訳のわからんセリフを吐きながら、手鏡を持って床に崩れ落ちておりました。直視できなかったよ。色んな意味で。

 音でお分かりかもしれないが、その……“ペン”で、ね……。なんか、うん。コメディみたいなことになってたよ。あんまり痛々しいので、後はご想像にお任せします、はい。



***

 


「私、堕天使長なのに……」


 タオルで顔を拭きつつ、洗面所から出てきたルシフェル。まだ凹んでるけど。幸い水性のペンだったみたいね。そこが黎香の優しさか?


「ダメですよ黎香さん! 本当なら土下座でも済みませんよ!」

「はぁぃ……」


 その黎香はアシュタロスさんに叱られてました。やりすぎはいかんよ。


「ゴメンねルーたん」

「いや……構わない」

 

 ゆっくりと首を振ったルシフェルに慌てるアシュタロスさん。

 

「し、しかしルシフェル様……」

「気にするなアシュタロス。仕方あるまい。これもお菓子の日のためだからな!」


 いいんだ?! どんだけ食いしん坊だよ。


「さっすがルーたん☆ でもでもっ、黎香様は他にも持ってきてるから!」


 そう言いながら、黎香は大きなカバンをあさり始めた。あたしとアシュタロスさんが厳しい視線をおくる前で、彼女が取り出したのは……


「じゃじゃーん♪」

 

《すぽっ♪》


 ん? よく見えなかったぞ。


「ルシフェル?」

「んー?」


 ……?!


「……な、何? 私、またどこか変か?!」


 振り返ったルシフェルを見て、あたし達は暫し絶句した。

 だ、だって、だってルシフェルの頭に


“猫耳”


 ついてるんだよ?!


「「ぶはっ!」」


 思わず吹いた。何あの可愛さ倍増アイテムは!?

 珍しくアシュタロスさんまで悶絶してた。


「(ま、真子さん! あれが世に言う――)」

「(“萌え”だよアシュタロスさん!)」


「それほど変なのか……?」


 そんなあたし達にはちっとも気付かずに、ルシフェルは不思議そうに自分の頭に生えた耳を触る。やめろー! その上目遣いは反則だよ美形!!


「むぅー。耳隠してー」


 黎香はそっちには全く興味がないらしく、堕天使長を猫に仕立てあげるべく頑張っていた。さらさらの黒髪で(本物の)耳を隠させ、マントも脱ぐように命じる。


「これも付けるから、そのマントとってちょ」

「あ、ああ」

「はい、後ろ向いてー」


 《ぺたんっ》


「それ勝手に動くからぁ。黎香様の発明品ナンバー、えーっと……」


 ……あたしは、もうぶっちゃけ発明品が第何号だろうが、どうでもよくなっていた。


「これで、仮装完了?」


 ルシフェルが片手で持ち上げてみせたのは――“尻尾”。もちろん、猫の。


「「ぶはぁっ!?」」


 鼻血が出ないのが奇跡です。


「(ま、真子さん! もうあの猫、抱き締めちゃってもいいですか?!)」

「(あ、あたしあの猫飼いますッ!)」


「……二人共、何を話しているんだ?」


 どうか変な目で見ないで欲しい。この状況下で、冷静でいろという方が無理な話だ。

 今までこんなに色っぽい黒猫を見たことがないぞ。猫耳って、猫耳って……! アキバ系じゃなくたって虜になること請け合いだ。


「なあ真子、これならお菓子くれる?」

「う、うんっ」


 そりゃもう持ってけドロボー。

 ってことで、あたしは上品な黒猫さんと美人なお化けさん、ついでに黎香にもお菓子を献上。グッジョブ、黎香!


「何故黎香もお菓子を? 仮装していないのに」

「フッ、甘いぜルーたん。黎香のこれは仮の姿で……」

「本当に?!」


 コラ。変なことを言うんじゃありません。うちの猫さんは騙されやすいんだから。


「ねえねえ! せっかくだからどこかにお菓子もらいに行こうよ〜!」


 と黎香の提案。

 まあ、ハロウィンってのは他の家を訪ねてお菓子をもらうもんだよね。でもどこに……?


「うーん、そうたんの家はちょっと遠いし……そうだ! 圭君の家に行こう!」


 あ、なるほど。池田君なら同じマンションだからすぐだね。よし、行ってみよう。

 ということで。池田君からお菓子をもらいにいざ出陣。普通に行っても面白くないので、わざと連絡なしでサプラーイズ。


「あれ? ルシフェル?」


 ところが堕天使二人が向かったのは、玄関とは反対方向のベランダ。あたしが振り返ると、ニヤリと笑んだ黒猫さんと目があった。


「驚かせるんだろう?」


 楽しげにそう言うと、彼はおもむろに窓を開ける。そうして柵にひょいと飛び乗り。


「こっちから行くぞ、アシュタロス」

「了解いたしました」


 とん、と柵を蹴ってルシフェルは跳ぶ。あの並外れた運動能力だ、恐らく上手い具合に下の部屋のベランダにでも着地したんだろうな。本物の猫みたいに身軽ー。


「ルーたん、カッコいい!」


 興奮して目を輝かせる黎香に対し、アシュタロスさんは流血したまま柔らかく笑う。


「多分、見つからないようにという配慮でしょうね。あの格好のまま出歩いては色々と大変なことになりますから」


 そうか。……ま、確かにあの姿を見られたら困るかも。ルシフェル本人も、あたしもね!


「目立たないように、彼なりの――」「真子、いるかーっ?!」


 アシュタロスさんの言葉に被って突如響いた大声。下から聞こえたそれは当然、ルシフェルのもの。


「圭の部屋って、どこーっ?!」


 めちゃくちゃ目立っちゃってるだろがぁぁ!



***



 《ピンポーン♪》


 マンションでベランダ側に行くってことは、玄関側にまわるためには一旦地上に下りないといけないわけで。隣でぱたぱた尻尾を振っている堕天使様は、結局普通に廊下から池田君の部屋へと来ています。ベランダからよじ登るという、なんともアクロバティックな動きまで披露してくれたし。


「飛べばよかったんじゃない?」

「!!」


 ……アホだ。


 さてチャイムを鳴らしてから待つこと暫し、ドアが開けられた。


「あっ」


「こんにちは」

「おすっ、池田君!」


 彼はあたしと黎香を順番に見、それから後ろに佇むお化けと黒猫の美形コンビを見た。

 僅かな沈黙。


「池田君?」

「……ちょ、ちょっと待っててくンねぇかなっ?」


 《ばたんっ》


 返事をするより早くドアが閉まる。口を開きかけた刹那――


「可愛過ぎッスよ兄貴ぃぃーっ!!」


 中から絶叫が。き、聞こえてるよ池田君!


 しばらくして再びドアが開く。


「ふう……。お待たせっ」

 

 やりきった感の漂う彼の顔には深紅の液体……って、


「池田君、は、鼻血鼻血!」

「んぇっ?」


 いやわかる! 気持ちはわかるけどもっ!


 

「……けど兄貴達、一体どうしたんです? そんな仮装なんて――、ってまさか!」


 おお、勘がいいな池田君。


「《仮装○賞》にでも出るんスか?!」


 違ぇー!


「圭、」


 しかしルシフェルはそんなことには微塵も構わず。


「お菓子は?」


 当然のように聞いた。池田君もぽかんとしてしまっている。

 

「お菓子……スか?」

「くれないなら、家をまるごと消し飛ばすぞ?」


 悪戯がエスカレートしてる……!

 ここで池田君ははたと手を打った。


「なるほど、《カボチャ提灯の日》ッスね!」

「違うぞ、お菓子の日だ」

「いえいえ、お化けの日ですよ」


 ……どれも若干違う。


「……みんな、ハロウィンだよ」


 ああー!と声をあげたのは池田君。おいおい。

 そのままバタバタと奥へ引っ込むと、すぐにお菓子がたくさん入った箱を持ってきた。


「どうぞ兄貴! 俺からの献上品です!」


 うわ、すごい量。チョコにキャンディーにクッキー……あからさまに堕天使長の目が輝いた。


「黎香様にもちょーだいっ」


 爆弾娘の目も輝いた。あんたもかい。

 まあ何はともあれ、良かったねルシフェル。そしてありがとう池田君。


「なあ進藤さん、」

「ん?」

「ハロウィンって、何?」


 えー、そこから?!


「えっと~……あのね、万聖節の前の晩って意味の……」


「あっ、黎香それ私の!」

「へへん♪ 早い者勝ちだーい!」

「すごいですねえ。ほらルシフェル様、こんなお菓子が……」

「あ、それは俺の親父のお土産で……」


 ……って、聞けー!!


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