第47話:番外編☆進藤家潜入大作戦!
さて、今回の視点は誰でしょう?
フフ。
ウフフフフ。
皆様どうも初めましてこんにちは。それともハロー? ニーハオ? ボンジョルノ?
フフフ。
ワタクシ、主人の命令で単独潜入調査を実行中なのですよ。ワタクシ共なぞにこんな仕事を与えて下さるのは、世界広しといえども我が主人くらいです。
ワタクシは特殊部隊、いえ、スパイなのです!
お。いい響きですね。
特殊部隊、いえ、スパイなのです!
うむ、素晴らしいです。
……。
“イエスパイ”?
げほげほ。
おほんっ。さて、現在地は“お風呂場”。このアパートの主達は壁を隔てて向こう側にいらっしゃいます。
……。
閉じ込められた訳ではございませんよ、断じて。待ち伏せする作戦なのです。
ふむ……こうも湿気が多いと羽が湿ります。ただでさえ、浴槽に落ちないように気を付けねばならないというのに。
……あ、ワタクシですか? ワタクシは、しがない虫でございますよ♪
うーん。まあ、なかなか潜入は上手くいったんですけどねぇ。
ここであの堕天使長と人間が一緒に暮らしているなんて……ワタクシにはまだ信じられません。
……おっ!
ようやく誰かが入ってくるようです!
「――先に入るぞ」
……こ、こ、この声は!
まさか、いや、でも。ワタクシがあの方のお声を聞き違うことはあり得ません。“あちら”にいる時は大変お世話になりましたからね!
「一緒に?――冗談――……」
あぁぁっ!
間違いなく……先程の声はルシフェル様のお声! やはりルシフェル様はこちらにいらっしゃる! ああ、お会いできるなんて光栄至極!
あの方はワタクシ共にとっては憧れの存在なのです。言うなればカリスマ的存在のような方。
そのルシフェル様が今、薄い扉を隔てたすぐ向こうにいらっしゃるのですから、ワタクシとってもドキドキでございます! しかも私生活が見られるなんてッ!
……はて。
…………おや。
そういえばワタクシは今お風呂場にいるんでした。
“入るぞ”と仰ったということは、その、つまり――
…………
イヤァァアッ! ちょっ、いや、まだ心の準備が――
「ふう…………」
《ガチャッ》
ぶはぁっ!!
は、はだっ、はだっ……裸ですかーーっ!?
「? 何か今声が……」
あ、あ、あ……!
透けるように白い陶器のお肌! 漆黒のサラサラヘアー! 切れ長の紅い瞳! 無駄なく鍛え上げたしなやかな肢体! そしてすらりとした長身……惚れ惚れするくらい完璧なバランスでございます。
浮き上がる腹筋に……目を下に移していけ――ぶぁっ!
裸……裸でいらっしゃいました……ね………
***
ま、全く危ないところでした。溺れ死ぬところでしたよ! 間一髪、窓枠に引っ掛かって助かりましたものの……
とにかくルシフェル様の後から、風呂場からの脱出に成功いたしました。ふーむ、ここはリビングですかね?
……あっ! あそこに座っている黒髪の女子はもしや……
「いい湯だったぞ、真子」
なっ……親しげですね殿下。
やはりあれがルシフェル様の同居人ですか。マコ、という名なんですね。ふーん。大した特徴もないように思えますが。可もなく不可もない、といった感じですね。
「よかった。もう、ルシフェルが変なこと言うからびっくりしたよ!」
たたたタメ口?! し、信じられませんっ!
いや、それよりも。
呼び捨てしましたね?! 殿下の尊い御名を!!
前言撤回でございます。不可です、不可! 完全によろしくありませんッ!
「変なこと?」
「一緒に入る?、なんて普通言わないでしょー」
ガーーンッ!
ルシフェル様がそんなことを仰ったのですか?!
新婚ですか!!
「狭いから、嫌か?」
ダメですルシフェル様、お美しいお顔の貴方がそんなことを言っちゃぁ……
「違うって! しかも今何気にうちの風呂、けなしたでしょ」
「ええ?!」
ほら! 人間も顔赤くしてますよ!
……一体この人間のどこがいいのでしょう?! ルシフェル様ほどの方ならば、数多の美女を侍らせることもできましょうに……。
現にワタクシの前の恋人も、ルシフェル様に惚れていて……ぐすん。
こ、こんな感傷に浸っている場合ではありませんでした!
どうにかしてルシフェル様の目を覚まさせなければ! あんな無礼な人間……きっとルシフェル様は騙されているのです。
我が主人の命令は“偵察”オンリーでしたが、ここはひとつ、ワタクシがあの人間を試してやりましょう。
***
【テストその1:キミに度胸はあるのか】
殿下と同居なさるということは余程度胸があるのでしょう。恐れ多い言動ばかりですし……。
というか、度胸がなければ困ります!
――この室内でいきなり大きな物音がしたら、果たしてあの人間はどう行動するのでしょう?
というわけで、ワタクシ、何か“崩せそうな物”を探しております。
……ま、一番崩したいのはこの二人の関係ですけどもー! オホホ~♪
……。
にしても、きちんと片付いていますねー。ワタクシは虫でございますから、あまり力を使わずに音をたててやりたいのですが……
おっ。いい感じに重ねられた食器がございましたよ。
あれが崩れたらもうガシャーン!でキャー!です。キャシャー○です。
……あっ、でも壊さない程度に。ルシフェル様の私物でしたら困りますからね。
ワタクシは皿に手(足?)をあてて、力いっぱい押してやります。ぅおりゃ~……!
《ガシャーン!》
はぁはぁ……や、やりました!
ささっ、あの人間は……おおっ、こちらを見ています。びっくりしているみたいですね。
「な、何の音?」
「さあ。地震……ではなさそうだな」
ワタクシですよルシフェル様~!
「びっくりしたなぁ、もうっ」
やはり驚いていますねー。所詮は平凡な人間ですね。でも普通、確認くらいしに来ませんか……?
「どうしよ。お化けだったりして!」
「お化け? あー、レムレースみたいなものか?」
聞きました?! お化けですって。ワタクシの仕業ですよ! 虫ですよ! フフフ~♪
「でも実際、ポルターガイストっていう現象があるんだよ」
「ぽるたーがいすと?」
「何もないところでいきなり大きな物音がしたり、物が宙に浮いたり……」
「我々の仲間が、見えないのをいいことに悪戯しているのだったりしてな」
「まさか~! でもあり得る、かもっ」
「「あはは」」
……。
な、何故に盛り上がっているのですか。しかも楽しげに……。
誤算です誤算! あの人間、なかなか強敵のようです。
ということで作戦変更です!
***
【テストその2:キミに野性の勘はあるのか】
実はあの人間は、既にワタクシに気付いているのではないでしょうか?!
それでうまく会話を持っていっていたとしたら……かなり手強いですよ。
が! 先程のは“まぐれ”かもしれません。ですから、あの人間の危機回避能力を試したいと思います。
用意致しましたのは一本の細い紐。これでもワタクシにとってはかなりの重荷なのですが。
その紐を洗面所の入り口に張っておきます。ちょうど足が引っ掛かる位置に、……と。
「真子は風呂、入らないのか?」
「ん、そだね。そろそろあたしも入ろうっと」
……どうやら会話を聞く限り、あの人間が風呂に入るようです。
ということは、ここを通ります!
本当に優れた人間ならば紐に気付くはず!
さぁて、ワタクシは隠れて待つとしますか。
……。
《ばんっ!!》
「――!……っ……!」
何やら急に騒がしくなりましたね。どうやら引っ掛かったようです!
なんですかもう~、やっぱり普通の人間ではありませんか。ああ、ちょっぴり期待しましたのに。
やれやれ、見に行くとしますか。
「大丈夫?!」
ケガしてませんか~? 大丈夫ですか~?
やはり貴女は殿下には相応しくないのですよ!……
「ルシフェル!」
「っつ~……」
……
……
……あー。
ワタクシは夢を見ているみたいです。
「な、何故こんなところに紐が……っ」
何故に……
何故に殿下が倒れてらっしゃるのですかー?!
え? 先程入浴なさったではありませんか!? どうしてそこに? そしてどうして気付かな――
……。
イヤアァッ!! 想定外です! 大・誤・算☆ です!
わわ悪気があったわけではございませんって! まさかルシフェル様が転ぶとは……
……はっ!
もしや、これもあの人間の計算?!
お、恐ろしい……! 恐ろしい人間ですよ彼女は。堕天使長を身代わりにするとは……っ!
「ん? あ、虫!」
まっ、まずい! 魔王よりも魔王な人間に見つかってしまいました!
「ハエ叩き、っと……」
な…なんですかその奇妙な武器はー! その平べったいアミアミでワタクシを叩くおつもりですか?!
ここで捕まるわけに参りません。ワタクシには任務があるのですから!
ワタクシの眼をナメないで頂きたいっ。この眼を使えば、全ての動作がスローモーションに見え……って!?
か、体が……動きません……!
「――その物騒なものをしまって、真子」
「え? せっかく止まってるのに……」
「止まってるんじゃなくて、私が動きを止めてるの」
「マジでー?! ルシフェル、そんなこともできるの?」
……急に動けなくなったのは、やはりルシフェル様の力のせいだったようです。
紅い、綺麗な瞳が覗き込んできます。完全に見つかってしまいました……申し訳ありません我が主人――
「お前が?」
そうでございます申し訳ありませんっ!
「ほう……」
「ルシフェル、虫とも会話できるの?」
「まあ。しかもこの虫は“あいつ”の配下のようだしな」
あぁぁ……本当に悪気はなかったのです。処罰でしたらワタクシがいくらでも受けますから、どうぞ我が主人には……
「処罰?」
ルシフェル様は首を傾げていらっしゃいます。ああ、こんな時でも見惚れてしまいますね。
「お前はここへ遊びに来ただけだろう?」
……へ?
いえいえいえっ、ワタクシには任務が……
……!
いえ、あの、そ、そうですね、はい。少し様子見と言いましょうか……
「罰する必要などないではないか。なかなか面白い悪戯を考えたものだな」
!!
なんとお優しい! さすがは堕天使長様!
「お前の主人によろしく伝えてくれ。良かったらまた来るがいい」
はぅあっ! ワタクシ感動して涙が……。もちろんお伝えしておきます!
「虫さん、また来るの?」
「ん? ああ。その時は頼むぞ、真子」
「はいはーい」
ああもうお二人でお幸せにっ!
ワタクシは深く一礼して、主人のもとへ飛び立ちました。
「あ、行っちゃったね。それよりルシフェル、なんで洗面所に?」
「いや、落とした水滴を拭き取ったか気になってな」
「几帳面だねえ。うちがきちんと片付いてるのは、ルシフェルのおかげだよ」
***
「――ただいま戻りました」
「おう、サンキュ。どうだったよ?」
「はい。人間の方は魔王以上に魔王でして、殿下はとてもお優しくていらっしゃいました!」
「はァ?! 進藤が、ねぇ……」
「ワタクシが見た限りではうまくいっておられますよ」
「ん、ならいいけどよ。なあ、今度あいつらの写真撮ってきてくんねェ? 話のネタに使ってやらァ」