第46話:堕天使の年齢?
《バサッ》
本日は晴天なり♪ 洗濯日和だ。あたしはベランダで洗濯物を干していた。
抜けるように青い空、朝の澄んだ大気。秋晴れって感じだね。おまけに鳥のさえずりまで……爽やかだな~。
昔の人は冬の早朝が風流だって言ってたけど、あたしは秋の朝も結構好きだ。秋の夕暮れももちろん素敵。でも、朝も気分がすっきりしていいよ。
秋って過ごしやすくていいよね。暑くもなく寒くもなく……ま、朝はちょっと涼しいかな。
さ、早く洗濯物を片付けますかっ。
《ガラガラッ》
「あ、ルシフェル。おはよう」
「おはよう。なあ真子……」
寝起きらしいルシフェルは勢い良くベランダの窓を開け、
「――寒っ!」
《ガラガラ、ピシャンッ!》
……。
そのまま小さく悲鳴をあげると引っ込んだ。めちゃくちゃ薄着だもん、そら寒いわな。
……あたしも風邪ひかないうちに中に入ろっと。
空っぽになった洗濯籠を抱えてリビングへ戻ると、……あれ? ルシフェルがいない? けどソファーの上には大きな塊が。
「天変地異……」
と思ったら、毛布にすっぽり包まったルシフェルでした。ちょっ、可愛い……!
「寒いの?」
顔だけ出してこくこくと頷くルシフェル。……じゃあこのままでもいっか。
「こんなに寒いとは、人間界も恐ろしいな。“星読み”が間違えたのか?」
は? 星読み?
「昨日の夜、“明日は例年よりも暖かくなるでしょう”と言っていたのに」
あ、お天気お姉さんのこと?!
あれは星じゃなくて天気図を……ってわかんないか。しかも暖かく、って言っても秋だからね。
「ところでルシフェル、さっきは慌ててたみたいだけど」
「そうっ、そうなんだよ!」
洗面所へと向かったあたしの背中を、慌てたようなルシフェルの声が追いかけてくる。
「ねえ真子、“敬老の日”っていつ?」
「敬老の日?」
いきなりどうしたんだろ? 国民の祝日がどうかしたのかしら。
「敬老の日はもう過ぎちゃったけど――」
「何?!」
心底びっくりな様子。ややあって、毛布をバサバサとやりだした。あ、暴れないで! ホコリホコリ!
「嘘! 終わっただと?! 信じられんっ」
「お、落ち着いてルシフェル。一体どうしたのさ」
するとルシフェルは急に悲しそうな顔で呟いた。忙しいな。
「……私、その日に敬ってもらった覚えがないんだ」
「え?」
「だって敬老の日というのは、年上の者に敬意を払う日なのだろう?」
まあ、そうだけど。ルシフェルを敬う?
……。
……あ。ああ! そうだ、ルシフェルってものすごーく年上なんだもんね。しっかしそれを言ったら、あたし達人間は堕天使様にひれ伏さなきゃいけないよ。
「何故、たかだか数十年生きただけの人間の方が優先される?」
堕天使様はご立腹らしい。そうか……ルシフェルから見たら、あたし達はみんな赤ん坊みたいなもんだよね。
見た目が完全に二十代の青年だから、全く考えもしなかったよ。でもそれって敬老とは少し違う気が……。
「敬老の日っていうのはさ、なんかこう、もっとお年寄りとか……」
「だって私の方が遥かに年上じゃないか」
なんて説明したらいいのかな。
「えーと、だから、そう、堕天使さん達のことは普段から敬ってるから!」
説明放棄してみました。まあ間違いではないよ。
しばしの沈黙。それから堕天使長は訝しげに――というか不満そうに首を傾げる。
「……“達”?」
「……あー、いや。特にルシフェルを」
「そうか。……まあ、悪い気はしない」
魔王様は大真面目に、ようやく満足したように頷いた。堕天使長はオンリーワンかつナンバーワンがお好きなのね。
「そしたらさ、ルシフェルって結局、年はいくつなの?」
あたしは朝食の準備のためにエプロンをつけて台所へ。ルシフェルの方はというと、幾分暖かくなってきたのかやっと毛布から抜け出てきた。
「私の年齢?」
「わかんない?」
「いや、わからないというか、その問いに対する答えは私の頭の中に用意されていないというか……」
普通にわからないって言いなよ。
「だがとにかく人間よりは長く存在している。私達には“年”を数える習慣……暦というものはなかったし。まあ“日”の感覚はそれなりにあったが。大体、一年の日数を定めたのは人間だぞ」
言われれば確かにそうだな。昔から一年の長さが同じだったわけじゃない。そもそも一年っていう区切りも、人間が勝手に作ったんだもんね。
ちょっと感心しつつ、あたしはフライパンに卵を割り入れ、あとベーコンも一緒に焼く。時間は……よし、まだまだ学校には余裕で間に合うな。
「真子は今何才?」
「あたしは十七才だよ」
「……!」
返事が来なくて、どうしたのかと振り返ってみると。
「お、幼い……!!」
絶句してました。この年で普通に幼いと言われるとは……。
「十七……といったら、ついこの間誕生したばかりじゃないか! 人間、老いるの早すぎ」
今更そんな初歩的なことに気付いたらしく、ルシフェルはひとりでパニくっていた。この間って……これでも生まれてから今までに色々あったよ!
なんかすごく変な感じ。堕天使って見た目はあたしとそんなに変わらないのに、中身はとんでもなく長生きしてる。
もし言葉遣いが“~~じゃ”だの“わしは~~”だのだったら意識しやすいのに。
……。
そんなルシフェルは嫌だぁぁ……。
「堕天使の子供……というか赤ちゃんって見たことないよ」
「それはそうさ。堕天使は“元”天使だからな。天界で誕生してすぐに堕とされる者はいない」
あ……そうか。
もしかしてまたタブーに触れちゃったか?!
「そ、そうだルシフェル! 前から少し気になってたんだけど、堕天使さん達の成長はいつ止まるの?」
「成長が止まる、というのは?」
よ、良かった。気にしてないみたい。こっそり安堵の息を吐く。
「いや、年をとっても見た目はそのままでしょ? かといって生まれた時からずっと同じ姿なわけじゃなし……」
見た目だけで言うなら、今まであたしが出会った堕天使さんや悪魔さんは
ウァラク
↓
↓
ルシフェル、ベルゼブブ、アシュタロス、アガレス
↓
レヴィアタン、ベルフェゴール
↓
↓
メフィストフェレス
……くらいの年齢順だと思う。
「ふむ。我々は中身が成熟すると、外見の成長も止まる」
「そうなの?」
「嘘」
無意味な嘘っ!
「そんなはずはないだろう。私よりウァラクの方が先に大人になったなんて、あり得ない。何故なら私は最高傑作なのだからなっ」
ルシフェルは自信たっぷりに言う。はいはい。
まあ確かに、だよね。それで考えたらメフィさんが一番、中身が子供だってことに……
……。
それはあり得なくはないか。
「結局のところ、私達自身もよく知らない。だが、概して外見の年齢と中身は呼応するな。もしウァラクがあの見た目で私みたいな話し方をしたら、違和感があるだろう?」
ちょっとだけね。ま、つまりは神のみぞ知る……って感じか。
皿にブロッコリーとチーズをのせて、電子レンジへ投入。それから、先ほどのフライパンから目玉焼きを取り出す。
「じゃあさ、ルシフェル達はずっと見た目はこのまま?」
「恐らくは」
世のおばさま達が羨ましがるだろうな。ずっと若いままなんだから。少し……つまらないような気もするけど。
「もしかすると、誕生した時から定められていたのかもしれない」
「ふーん……」
思ったより気のない返事になってしまって、あたしは慌てて質問。興味はあるんだけど、朝ごはんに集中しちゃってたよ!
「と、ところでルシフェルはどんな子供だったの?」
小さい時から美形だったんだろうな、きっと。しかもお坊っちゃんでしょ?
「私?」
ああ、と笑い含みの声が聞こえてくる。と、同時にレンジが甲高い音をたてた。チーズがとろけていい感じ♪
「真子にいいことを教えてやろうか」
「なにー?」
「私には“子供時代”はないよ」
一瞬、思わず手を止めてしまった。
子供時代がない? それって、つまりは……
「ルシフェルって、生まれつきその年齢なの?!」
「ん。今より少しは若かった気がするな。それでも真子と同じくらいか、もうちょっと下」
し、信じられん……。
そりゃまあ確かに、誰かの腹から生まれたわけじゃないのはわかってたけど。生まれた時から中学生並みの体だってことでしょ? 不思議ー。
リビングへとご飯を運んで行くと、あたしの反応が面白いのか、ルシフェルは楽しそうに笑っていた。
「私と何名かの者は、子供だった時代がないんだ。赤子で生まれてしまっては、様々な知識を得るのに時間がかかるからな」
「ほえ~。ルシフェル達は一体どうやって誕生したの?」
調子にのって尋ねると、堕天使長は心なしか得意げに言う。
「炎から」
「炎?」
思い浮かべたのは台所のガスコンロ。
「普通の炎ではないぞ。煤の出ない、聖なる炎からだ」
うん、ですよね。プロパンガスの火から天使が……なんて、どこのファンタジーだ。
「人間は他の人間の腹から生まれるらしいな」
「そうだよ。他の人間っていうか、母親のお腹からね」
「その仕組みが疑問なのだが。女性の胎内で炎が燃えるのか? 熱くはない?」
……。
「ルシフェル、多分お腹の中でも炎は燃えてないよ」
「そうなのか」
精子と卵子が出会って……などと保健の授業をしても仕方ないので、ただ否定するだけに留めておく。堕天使様、本当に色々な知識はあるのか?!
「やっぱ人間と天使は違うんだよね。あっ、そうそう、人間は誕生日を祝う習慣もあるよ」
「誕生日?」
「生まれた日を一年ごとにお祝いするの」
堕天使長はよく分からないというような顔。が、あたしが「ケーキも食べたりする」と言った途端に表情が一変。
「私も誕生日欲しい!」
「ええ?!」
んな欲しいって言ったって……
……
……はいはい。誕生日ね。うん、考えておきますよ。
「でも今は目の前の朝ごはん!」
スープを置いたあたしがテーブルに着くと、ルシフェルは既に箸を片手に臨戦態勢。嬉しそうに両手を合わせた。
「いただきま――ふあ……」
と思ったら欠伸。次いでぶるりと体を震わせる。まだ薄着のままだしな。
「ルシフェル、眠いの?」
「うー、たくさん寝たんだがな。だってなんだか外が暗いし……」
言われてみれば確かに。さっきより薄暗い?
あたしは窓の方へと視線を移す。
……ん?
《サァァー……》
あ、雨!! 雨降ってるよー! 洗濯物がぁぁっ!
「ルシフェル手伝って!」
「へ? あ、はい!」
昨日の天気予報じゃ晴れだって言ってたのにっ!
頼むぜ星読みお姉さん!!