第45話:黎香お嬢様と遊ぼう
《プシュー……ガゴッ、ぴろんぴろん♪ ガラガラガラ……》
すごくファンキーな音がするけど、それを立てているのは奇妙な機械達。あたしの部屋より広いスペースには、理科室のような、プチ工場のような器具が並んでいる。
そんな中、
「うぇるかむ・とぅー・まいはうすだぜ、真子ちん、クロっち!!」
ニコニコ爆弾娘があたし達を見上げる。あたし達……あたしと、ベルゼブブさん。
ということで、今日は黎香の家に来ています。
「クロっち言うなチビ」
「チビって言うなデカ!」
……。
今回はルシフェルもアシュタロスさんもいない。あたしとベルゼブブさんと黎香だけ。面白い組み合わせでしょ? こうなったのには訳がありまして……
―――――
【※以下、ベルゼブブさんの証言をもとに再現】
(堕天使三人衆のところへ、あの白銀の悪魔さんがやって来ました。)
ルシフェル:「あ、ベルだ」
ベルフェゴール:「その名で呼ぶな死にたいか貴様」
ルシフェル:「嫌!」
アシュタロス:「……。ところでベルフェゴール様、どうなさいました?」
ベルフェゴール:「ルシフェルを借りたい。先日の武術大会で少々気になる話を聞いた。調査に付き合え」
ルシフェル:「いや、それはちょっ」
アシュタロス:「僕も行って構いませんか?」
ルシフェル:「…………」
ベルフェゴール:「え……ああ、まあいいだろう」
ベルゼブブ:「オレはー?」
ベルフェゴール:「貴様はいらん」
ベルゼブブ:「ひっでぇぇ! オレだって幹部だぜ?!」
ベルフェゴール:「黙れ。貴様が来ると仕事が増える。以前貴様のせいで、危うく塔がひとつ倒壊しかけたのだからな!」
―――――
……ってなやりとりがあったそうです。喧々赫々。
「ベルフェゴールの野郎、なーんかアシュタロスには甘ェんだよなー」
「ふーん。っていうかベルゼブブさん、塔を壊しかけたの?」
「ん、まあ。ちっと手元が狂っただけだったンだがな。くっそー、あのクマ公、いつまで根に持ってやがる……」
……そりゃ悪魔さんも怒るわな。
「てゆーかさぁ、こないだの大会、黎香達が知ってる堕天使さんがかなり残ってたよねー」
と、スパナを弄びながら黎香。あたし達は一応ソファーに座ってはいるけど、黎香の家でまともなおもてなしは期待しない方がいい。現にテーブル上のコップに注がれた液体は、何やら怪しい濃青色をしている。誰が飲むか!
「かなり都合いいよねー」
「黎香!」
その発言は……
「ハンッ。都合もクソもあるかよ。単に“こっち”に来てるヤツらが、みんな強ェ野郎だってだけだろ。オレみたいになー! ギャハハ!」
な、なるほどね。でもそれでいいのか地獄の皆さん!
「ところで、てめえは座談会開くためにオレらを呼んだのか?」
「んなわけないっしょー!」
にゃはは、と笑う黎香。あたしはここに呼ばれた理由を多分、知っている。ベルゼブブさんは前述の通り、暇だったから興味本位でついてきただけだが。
「不定期開催☆ 黎香の研究成果大発表会なのら~!」
正直に言おう。あまり来たくはなかったよ!
***
「まず一個目持ってくるから、待っててちょー」
そう言って台所に消えた黎香。あたし達は待つのみだ。
「うぉー! ワクワクだなァ!」
「は、はは。そうだね……」
知らないって幸せだね。あたし達はこれから“実験台”にされるというのに。まあ、モニターみたいな感じか。
「お待たせだぜー!」
ややあって、目の前に置かれたふたつの皿。湯気が立ち、独特の香辛料の香りがする、その料理。
「題して、“あらかじめカレールー”!」
……い、意外とまともなカレーライスだ。うわ、逆に不安。
「うまそーじゃん!」
「ベルゼブブさん、カレーライスを知ってるの?」
「おうっ。こっちに来て知り合った女におごってもらったんだよ」
あんたもモテるのね! いや、じゃなくて。問題は目の前のカレーだ。
「黎香、これのどこが研究成果?」
「むふふ。ルーの中に最初から具材が入ってるのさ。だからお湯に入れただけで、カレーの完成☆」
ああ、それで“あらかじめ”か。カップ麺みたいだな。
「我が家直伝のフリーズドライ製法を駆使し、かつ既製品よりも更にカレーらしさを……」
「うめェ!!」
はは、黎香すごい。そしてベルゼブブさん、食うなあ。
「うん、カレーの味するぜ、フツーに。進藤も食えば?」
ベルゼブブさんが言うんなら……
「どうっ?! 真子ちんの舌は当てにしてるんだからね!」
あ、どうも。
うーん……いや、カレーだ。ごく普通の。その……格別びっくりする要素があるわけでもなく。
「うん、まあ美味しいと思うよ」
「やったぜー!」
「……けどやっぱり具の食感が変だよね。小さいし。面白いっちゃ面白い発想だけど」
これくらいなら自分で作りなよ、と言いたい。たまにはいいんだろうけどね。
「真子ちん、」
「?」
「みんながみんな、真子ちんみたいに器用じゃないんだよ」
えっ、あ、ごめんなさい。
つーか黎香に器用とか言われたくないわ。
「ごち!」
あ、堕天使さん完食。
「クロっち、あんね、それカエルのお肉♪」
「ぶふぁっ!」
ぶふぁっ!!
***
その後も黎香の発表は続き、“スプーフ(スプーンとナイフのコラボ)”やら、“からくりコーヒー注ぎ器(どこかで見たような。ただし、大量にコーヒーがこぼれるのが難点)”やら、“全方向から履けるスリッパ”やらを見せられた。
「前後から履けるスリッパを作ったのは、黎香の兄貴の友達の従兄弟の先生の妹の犬が好きな人の知人なんだよー♪」
だそうです。ダメだ、これ以上やるとあたしがツッコミ死する。そういや黎香にはお兄さんがいたんだっけ。まあ、いいんだけど。
……しかし今回は比較的安全なものばかりだったな。裏を返せば、黎香らしからぬ品々だったわけで。現代の発明王をうたう割には……
「さ、ここからが本番だにょーん♪」
やっぱりそうでした。だよね、黎香がこんなもので終わるわけないもんね。不安と安堵がフィフティ・フィフティ。
黎香が最後に持ってきたのは紙の束。
「“付和ライディーン”じゃいけないぜー!」
……?
あ、もしや付和雷同?! みんなと一緒じゃいけないってこと? 使い方が微妙に違うのに、あたしの理解力すげえ。
さてさて、紙に書かれていたのは。
「うあー、無理無理。オレこーいう難しいこと嫌い」
ベルゼブブさんが渋面をつくったのもわかる。あたしだって軽く吐き気。
その紙は大量の計算式で埋まっていたのだから。
「見たまえ諸君! これが今、黎香が考えている世界征服の計画じゃー!」
無謀な計画キター!!
「これ、何?」
「聞いて驚け、黎香は今に“魔法”を使えるようになるのだっ」
魔法……ってマジック? あれでしょ、堕天使さん達がやるような感じ?
「魔法と計算と何の関係があるの?」
「よぅし、チミ達にもわかるように説明してしんぜよーう!」
お願いします黎香先生。あたしじゃ無理。
「おっほん。黎香が考えてるのは、モノを消したり、何もないところからファイヤー!するよーな魔法です」
「ルシフェルがやるような?」
「そそっ。ちゅうか、ルーたんから発想を得たのだぁ☆」
あー、そうなんだ。彼は特に計算している様子じゃないけども。
「モノはみーんな粒子っていう粒々でできてるんだけどね、それと正反対の“反粒子”くんをぶつけてやると……」
「……やると?」
「ぼかーん! で、消滅ー!」
すげえー!
「そん時にエネルギーがいっぱいでるのさ。そんでそれを利用すれば……いつかメフィストフェレスの親父さんみたいに、手から炎が出てくるかもしんないんだよー!」
ほぁー、夢のある話だね。
理論の説明はよくわからなかったけど、とりあえず、堕天使さんがやってることを人間がやろうとすると、とんでもなく大変なんだと思う。
「そのために、黎香は日々研究を重ねているのだ☆」
黎香はピラピラと紙を振ってみせる。
普段のアホっぽい……もとい、はちゃめちゃな言動からは想像できないかもしれないが、こう見えて黎香は理数科目に抜群のセンスを持っている。天賦の才というか、さすがは発明王の娘というか。うん、もはや才能だ。羨ましいなー。
ちなみに黎香、文系科目は壊滅的であることを付け加えておこう。いつもあたしが宿題貸してるんだよっ。
「人間っつーのは面白ェ生きモンだな。オレらみてェになりたいってか」
黙って話を聞いていたベルゼブブさんが、ニヤリと口角を上げる。その表情は挑戦的だったけど、本気で面白がっているようにも見えた。
「うんっ、だって黎香の夢は世界征服だかんね!」
「あー、そうかいそうかい」
まあ黎香なら実現しかねないな。机上の空論で終わらないかもね。
「ところでチビ、その“りゅーし”っつーのは魔力があるのか? てめえの言い方だと光と影みてェな、表裏なのかと思ったんだが」
「むぅ、ちょっと違うけど。クロっちにわかりやすく喩えるならぁ……天使と悪魔的な?」
「ははーん、なるほどなァ」
けどよォ、と堕天使様は頭の後ろで手を組んで。
「別に、天使と悪魔が真逆の存在だってことはねェんだぜ?」
「む、そうなの?」
「おう。天界と地獄って結構交流があってよ。天使が全員チョー慈悲深いってことも、悪魔が全員救いようもねェほど残酷ってこともねェわな。いや、根本じゃァそうなのかもしれねーが」
ふーん。確かにあたしの知る悪魔さんは、人間のあたし達にも基本的に優しい。
「大体、天使と悪魔を表裏にしちまったら、オレら堕天の行くとこがねェだろーが」
言ってケラケラ笑ったベルゼブブさんは、今日はいつも以上に饒舌。天界やら地獄やらのことを自分から喋ってくれるなんて。
と思っていたら、彼はいきなり口をつぐんだ。
「あ、やっべ。喋り過ぎた」
大丈夫かベルゼブブさん!
「調子乗っちまったー。……ま、たまにはいっか」
「いいの?!」
「いいだろ、減るモンじゃねェし。でも進藤、チビ、これルシフェル達には内緒だぜ。な?」
あのいつもの、人好きのする笑顔で言われたら断れるわけが……
「断るっ!!」
文脈無視ー!!
「なんつって♪ いいよ、黙っといてやるぜぃ」
「サンキュ。下手すりゃ、オレの命の危機だからな」
「……あっ、じゃあやっぱり言お――」
「てめえチビゴルァ! じゃあ、ってなんだ、じゃあって!」
「きゃーん♪」
……ノーコメントの方向でお願いします。あたしには止めらんないよ!
***
黎香の家を後にしたあたしとベルゼブブさん。堕天使様は頭の後ろで腕を組みながら歩いている。
「つくづく思うんだがよォ、あれ、変なガキだよなー。頭いいンだか、悪いンだか」
「んー、どうなんだろ。変わり者であることは確かだよね」
「……進藤ってさ、変なヤツに好かれるんじゃね?」
「……ベルゼブブさんもそう思う?」
ちょっと自覚はあったけど。気のせいじゃなかったのか……。
「ヒャハハッ。まーいいじゃねェの。そんだけ頼りにされてンだよ」
「うん、そういうことにしとくよ」
なーんて笑っていると。
「あっ、真子ちゃん!」
声に前方を見れば、見覚えのある二人組。
「奏太に……池田君?!」
「おー、よォ坊主。また会ったな」
珍しい組み合わせー。
軽く手を挙げたベルゼブブさんに対し、超丁寧に挨拶してる池田君。兄貴だからね、うん。
男子二人はジャージ姿で、池田君は胴着を、奏太は大きなエナメルバッグを持っている。部活帰りか。
「珍しいわね、真子ちゃんがルシフェルさんじゃなくてベルゼブブさんと一緒だなんて」
「まーね。ちょっと色々あって、今黎香の家に行ってきたんだ。二人は部活帰り?」
「そうそう、たまたま一緒になったから。ねっ、圭君?」
「あ、ああ」
ふむ。あたしの知らないところで、結構仲良くなってたのね。
と、ここで声をあげたのはベルゼブブさん。
「ちょうど良かったぜガキ共。てめえら、進藤と帰る方向同じだろ?」
「俺はちょっと違うけど、圭君は一緒よね」
「おう。俺、進藤さんと同じマンションに住んでるんスよ」
「ならいい。圭、進藤と一緒に帰ってやれ。オレァここで別れるが、女ひとりにすンじゃねーぞ」
……? あれ、ひょっとしてベルゼブブさん。
「あたしをひとりにしないように、って今までついてきてくれてたり?」
「ん、まあな。……だーっ、そんな輝いた目で見んなって! いや、なんつーかな、ルシフェルの野郎に怒られるからっつーか、……オレの男としてのプライド的な?」
な、なんて優しいんだよ堕天使さん!
照れたように笑顔を見せたベルゼブブさんに、あたしはちょっと感動してしまった。さりげなく気を遣ってくれる辺り、大人だなーって思うよね。もしやベルゼブブさんも《紳士同盟》出身者か?
「ありがとう、ベルゼブブさん」
「おうよ。……まっ、そういうことだから。じゃーな」
そう言って、やさぐれ堕天使様は歩いていってしまった。絶対いい人だ、うん。後でルシフェルにも話してあげようっと。
「堕天使さんってみんな優しいのね♪ じゃあ俺もここで。またね真子ちゃん、圭君!」
「バイバイ奏太」
「またなー」
キャー♪、とか言いながら、奏太も角を曲がって行ってしまった。あたしより乙女!
……。
「……あたし達も帰ろっか」
「お、おう」
……なんか緊張するなー。最近はルシフェル達といるから、前よりは“免疫”がついたと思うけど。
でもなんとなく。あたしよりも、隣の池田君の方がガチガチな気がする。手と足が一緒一緒ッ!
結局エレベーターの中で別れるまで、イマイチ会話は弾まず。別に気まずくはなかったけどさ。池田君ってこんな静かな子じゃないよね。……これからもっと仲良くなろう!
「ただいまー」
家に帰ると、部屋の電気は既に点いていて。
「お帰り、真子」
ちゃんと堕天使長がお出迎え。お帰りルシフェル。
「聞いてくれ真子、ベルのやつがな――」
ふふ、ルシフェルも話したいことがいっぱいあるみたいだ。これを聞いたら、あたしも色々報告しよっ。