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第4話:堕天使とお買い物

 

 《ピピピピピ……》


 ……うるさいー……今日は休みなのに、なんで目覚ましが鳴るのさ……


「……んぁ!」


 あたしは文字通り飛び起きた。そういや今日は買い物行くってルシフェルに言ったんだった! ……二度寝しなくてよかったぁ。

着替えて部屋を出る。ルシフェル、昨日はどうやって寝たんだろうか。


 《むぎゅ》

「のわっ」


 部屋を出た瞬間こけそうになるあたし。……むぎゅ?


「あ」


 どうやら、というかやっぱり。あたしが踏んだのは堕天使様の足だったようだ。彼は壁に背を預け、座った姿勢のまま眠っていた。


「…………」


 疲れているのだろうか。足を踏んづけたにもかかわらず、ルシフェルはまだ起きない。

 そしてあたしは暫し硬直。

 何故ってそれは……寝顔が可愛くて! 整いすぎて作り物めいた端正な顔も、今は無防備に静かな寝息をたてている。こんな表情も、するんだね。

 あたしが思わず見惚れていると――


「?!」


 瞼がぴくりと動き、ゆっくりと紅の瞳が現れた。彼の目はそのままあたしの上で焦点を結び、寝惚け眼の堕天使は幾分擦れた声を発した。


「……おはよう」

「おおおはよう!」


 じっと見てたのがすごく恥ずかしくなって思い切り慌てる。超不自然だよね。


「き、昨日はなんかごめんねっ。眠れた?」

「無論。だが……少し体が、痛い」


 あたしは首を鳴らす彼を申し訳ない思いで見る。一晩中あの格好はつらいよねー……。

 でもうちにはベッド代わりになるような大きなソファーとかはないわけで。こりゃ後で考えないと。


「じ、じゃあ、ご飯にしようか」


 半ば逃げるように台所に向かう。……なんか、ペース崩れるわぁ。


 っていうかあたし、既に普通に堕天使様を受け入れちゃってる?!



***



 そんなこんなでのんびり用意して、お昼前には買い物に出発。

 隣にはイケメンお兄様。うーん緊張する。

 でもさっきから擦れ違う人達は、誰もこの奇妙な格好の堕天使を振り返らない。てことはやっぱり見えてないみたいね。……となると、迂濶に喋っちゃうと独り言が激しいイタい子になってしまうわけか。用心用心。


 休日の割には人は多くなく、すぐに目的の店にたどり着いた。この服屋、ベビー服から婦人服まで揃っていて値段も高くないし、あたしみたいな学生も普通に着られる可愛い服も結構あるのでよく買い物にくる。

 ただ今日はあたしの服じゃないんだよね……。

 男物の服を選ぶなんてお父さんにパジャマ買ってあげた時くらいのもの。しかも今回は試着不可能。(見えないんだから傍から見たら怪しいことになっちゃうよー。)どうしたもんか……。


 ……ん? あっ、あれは……!

 棚の向こうにクラスメイトの男子を発見! よっしゃ、神が降りてきたぜー!


「奏太!」


 あたしの声に彼、虎谷奏太とらや そうたは顔をあげてにこやかに手を振った。

 黒の短髪、(ルシフェルには届かないけど)長身。バスケ部で運動神経抜群であり、女子への愛想もよく優しいのでクラスの人気者だ。

 さらになんと言っても私服のセンスがいい! これは相談しない手はあるまいて。

 ……まぁでも彼はちょっと変わっていて――


「あらぁ真子ちゃん! おはよ。お買い物?」


 ……今の発言、決して近所のおばさんのものではない。

 そう、目の前の彼から発せられた言葉。奏太は、ちょっとだけそういうキャラなのです。(でもいいヤツ!)


「うん。すごいちょうどよかった! 服選び手伝ってくれな――」

「ちょっとぉ! 何、デート? 誰よそのクールなお兄さんは!」


 ……え? ん?


 はぁ?!

 見えてるし! なんで?! つか早っ。ばれるの早っ!


「なんで見えてんの?!」

「失礼ね。これでも視力だけはいいんだから!」


 そこじゃねーよっ。


「はじめまして」


 ルシフェルも! 握手を求めるなっ。


「はじめまして、虎谷奏太です。よろしくね! お名前は?」

「奏太、が名前でいいのだな? 私はルシフェルという」

「変わった名前ねー。で、ルシフェルさん、今日は真子ちゃんとデート?」

「いや……真子がこの服装で出歩くなと言うから」

「なるほどね。確かにカッコいいけど普段着には不向きね……。そうだ、選んであげるわ!」


 あれあれ。話がどんどん進んでいくよ。

 ていうか会話が成立してる……! 奏太、あんたもうちょっとリアクションしなさいよ。


「“真子が”、だって!」


 何やら嬉しそうにあたしに囁くと、奏太は足取りも軽くルシフェルのための服を探しにいった。

 ……まぁ、ありがたいんだけどね。


「どうして奏太には見えるわけ?」


 小声でルシフェルに尋ねるが本人も首をひねるばかり。


「中には何人かそういう人間もいるのではないか?」


 おいおい、意外と適当だな。


「ルシフェルさーん! 真子ちゃーん! これなんかどう?」



***



 ……数十分後。


「どう?!」

「はぁ」


 自信作! と連れて来られたルシフェルを見て正直反応に困った。

 ……別人じゃん。


「やっぱ元がいいと何着ても似合う似合う!」


 細身のジーンズに緩めのロンT、黒のジャケット。どこから見ても普通の――人間だ。


「ふむ……これが人間の服か。我々のものと大して変わりがないように見えるが」


 興味深そうにためつすがめつしているルシフェル。

 その様子を見ていて、あたしはふと彼の胸元に光る銀色の物体に気が付いた。あれは……ネックレス? あんなのここで売ってるっけ?


「奏太、アクセサリーまで用意したの?」

「んー? ああ、あれね。あれはルシフェルさんが持ってたやつよ」


 そうなのか。


「そういうアクセサリーって天使や悪魔も身に付けるの?」


 聞けばルシフェルは一瞬惚けたようにこちらを見、そして“ああ”とその鎖を持ち上げてみせる。

 ハートみたいに見えたけど近くで見ると……うーん、よくわからない幾何学的な形してる。


「これは……大切な方から頂いたものだ」


 恋人、とか?

 聞きたかったが、ルシフェルの顔がどことなく寂しそうに見えたからやめておいた。


 ……んじゃあ、ここらで現実的な話を。


「これ、いくらした?」


 すると奏太は、財布を取り出したあたしを手をあげて制止する。


「いいわよ。素敵なモデルさん紹介してくれたお礼にこれはプレゼントするわ」


 奏太……! あんたホントいいヤツ!


「そんな……! ありがとう、助かる!」

「ねぇ、家にさ、買ったけど着ない服いっぱいあるんだけど……良かったらあげるよ?」


 あんたは神です。後光があたしにははっきりと見えました。


「いいの?!」

「だって着ない服持ってても無駄じゃない? それにルシフェルさんならなんでも着こなしてくれそうだし」


 「じゃあ後で持っていくから」。そう言って去っていく背中にあたしは心の中で手を合わせた。もうあんたに足向けて寝ないよ。


「真子」


 と、ルシフェルの声に我にかえる。どうした?


「これで、地上の人間として外出してもいいか?」


 ああ、そっか。そうなるとみんなに姿が見えるんだよね。

 もうどこから見ても普通の人間だ。問題ない。……けど素直に頷きたくない気持ちもある。なんでだろ?


「……うん。大丈夫だと思うよ」

「よかった。ではこれからどうする?」


 どうしよっかねー。もう用事は済んだから帰るだけなんだけど。

 ルシフェルが少し楽しそうにしてるから。


「街の中ちょっと見てまわろうか」

「わかった」



***



 ……やっぱり今度は。

 何人か振り返ってルシフェルを見る人がいる。女子高生なんかは友達同士で騒いでいたり。誇らしいけど……ちょっと恥ずかしい。

 当の本人はキョロキョロと物珍しそうに周りを見回している。なんだか観光客みたいだ。


 ――けれどそんな平穏は続かず。


『キャー! 泥棒ーっ!』


 唐突な悲鳴に顔を見合せるあたし達。


「何かあったのだろうか」

「さぁ?――」


 でも実際は確認するまでもなかった。人の波が割れて一人の男が走って来る。手には……女物のバッグだ。あれは俗に言う“ひったくり”?!

 ……ってなんであたしの方に向かって来るのよ! わわわ! ちょっ、なんかあたしツイてない!

 すると逃げようとしたあたしの前に、ルシフェルがすっと出た。避ける気ゼロ。


「どけコラァ!」


 ヤバイヤバイヤバイ!

 何がって、怒ってる犯人もだけどそれに向かって手を伸ばしたルシフェルも。

 ……待って、あの体勢はもしかして――ビルの時みたいに消そうとしてる?!


「ルシフェル!」


 普通の人間は物を消すことはできないんだよ?!


「わかっている」


 冷静な声。

 でももうひったくり犯はそばに迫っていて――


「「え?」」


 次の瞬間、思わず犯人とハモってしまうあたし。

 なんでって……犯人が、飛んだ。少なくともあたしにはそう見えた。少ししてから、ようやく何が起きたのかを理解する。

 ルシフェルは犯人を柔道部顔負けなくらい見事に投げ飛ばしたのだ。走って突っ込んできた勢いのまま数メートル吹っ飛ぶ犯人。

 鈍い音がしてそちらを見やれば、ひったくり犯がすっかりのびていた。


「すご……」

「真子が無事なら、いい」


 純粋に感動してしまった。何事もなかったかのように言うルシフェルだが。

 ねえ、これってさ……


『何あの人!』

『すごーい!』

『超格好良かった』

『あれ、彼女かな?』


 ……かなり目立ってるじゃないか!


「ルシフェル帰ろっ」

「……あ? ああ」



 だんだん人も増えてきたので、あたし達は早々に立ち去ることにした。



***




「真子、怒ってるのか?」

「いや全然怒ってはいないんだけど……」


 家に戻る道すがら、ルシフェルが不安そうに聞いてきた。

 本当に怒ってないよ。怒ってないけど。


「ちょっとびっくりしただけ」


 まさかあんなことまでできるとは。素で惚れそうになったけど。まあルシフェルとしてはシビアなもんで、ただ約束を守ってるだけだしね。

 しっかしなかなか派手なことしたなー……

 思わず苦笑しながら部屋の鍵を開けようとして、もっと驚いた。


「なんじゃこりゃ」


 いわば洋服の雪崩。戸口の前に袋が鎮座し、入り切らなかった服がばさばさと落ちている。これってもしかして……

 と、あたしは服の山の上に止めてある手紙に気が付いた。


 “ルシフェルさんによろしく。後でまたコーディネートさせてね! 奏太より”


 こんな大量に……。

 今度あいつにはヘアワックスとか買ってあげよう。


 だが驚きはこれで終わらなかった。


「真子、これは……」


 部屋に入ってすぐに奏太からのプレゼントを確認し始めたあたし達。いやホント、どれもセンスいい。 しばらくしてルシフェルがあたしに見せたのは、


「……スカート、だね」


 どこからどう見てもスカートだった。可愛らしいチェックの。

 これは……どう解釈すれば?

 困惑していると、またなにやら紙が落ちた。んーと?


 “柄が可愛いと思って買ったらスカートだったんだよねー。良かったら真子ちゃんが着てね”


 あ、あはは……なるほどねー。サンキュー……。


「こうでいいのか?」


 ……えーと、ルシフェルさん? 何してるのかな?


「動きづらそうな衣服だな」


 スカートを履いた彼(ズボンの上から)。

 履き方は合ってる。合ってるんだけど間違ってるよ……。


 あたしはなんだか頭が痛くなって、ツッコミも諦めたのでした。

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