第36話:みんなで小旅行 そのいちっ!
第37話と同時更新です。
「まだかなぁ」
「まだだよー」
今あたし達を見た人は、きっとアホの集まりだと思うに違いない。もしくは新手の宗教だと。
高層ビルの屋上であたしと奏太、池田君、それからルシフェルとアシュタロスさんとベルゼブブさん、ウァラク君は空を見上げて突っ立っていた。久しぶり……なウァラク君は、アシュタロスさんに呼んでもらったのだ。
「ボク、忘れられてなくてよかったぁ」
当然だよウァラ君っ!
……でもまだ7人か。ひとり足りない。
と、
「来たわよー!」
奏太が青空を指差し叫ぶ。
《バババババ……》
凄まじい轟音と共に強風が吹き始めた。大きな影はだんだんと近づいてくる。
あたし達の立つコンクリートには“H”の文字。もうお分かりだろう。
「あれが、ヘリコプター?」
ルシフェルが風を腕で防ぎながら聞く。ちなみにかなり叫ばないと聞こえない。
やがてそのヘリは無事に着陸。目の前でドアが開き、跳ぶように降りてきたのは……
「やぁ諸君っ、待たせたね! 怪盗黎香様のお出ましだーい!」
「怪盗がこんなド派手な登場するなよ」
出た。超金持ち爆弾娘。……これでみんな揃ったか。
「す、すげぇ……」
池田君は呆然と呟いた。まさか黎香が金持ち・三ノ宮家の跡取りだとは思わないだろうね。
「ふふん、この黎香様にかかればヘリのひとつやふたつ、朝飯前よぉ! さあ諸君、いざバカンスへ!」
――そう。今日は約束通りみんなで遊びに行くのです♪
なんと言ってもお金がかからないのが嬉しい。このヘリはもちろん、今から行く“避暑地”も三ノ宮家の所有物なのだ。ありがとうございますっ。
「黎香さん、これで空を飛ぶというんですか?」
「そうだよーっ」
「このデッケェのが、なァ」
堕天使さん達はヘリコプターに興味津々。けれどアシュタロスさんは不満そう。
「僕らが抱えて飛んであげましたのに」
あ、それいい! ……ちょっと怖そうだけど。
「まあ何れにせよ、我々は乗る必要がないということだろう」
「え? 乗らないんスか兄貴?」
池田君、それは……
「愚問だな少年よ。我々にはこれがある」
ルシフェルは薄く笑んで後ろを示す。そして背中に現れた翼。
「カッコいいッス兄貴達!」
確かに壮観ではあった。漆黒の翼を背負った美形お兄さんが三人、天使のような純白の翼を生やした可愛らしい少年が一人。……豪華だ。
「ウァラク、お前は乗って行ってもいいんだぞ?」
「ボクだって飛べますっ。皆さんについて行けるように頑張りますよ」
「こんなトロい乗り物に沿って飛ぶんじゃァ、オレ様居眠りするかもしんねェけど~」
ベルゼブブさんはわざとらしく欠伸をしてみせた。
「むぅ。ジェット噴射機がついてたら負けないのにぃ」
ジェット噴射機がついてたら、それはもはやヘリコプターじゃないぞ黎香。
「まっ、どっちにしろ場所はわかんねェしな」
「ついて行くしかあるまい」
「ですね」
彼らは音もなく翼を羽ばたかせて空へ舞い上がった。
「向こうで会おうな、真子」
「うん」
光に照らされた堕天使達はとてもきれいだった。
「さっ、黎香達も乗るのら~!」
黎香に促されてヘリコプターに乗り込む人間組。へぇー、意外と狭いな。
黎香が運転席に座る男性に声をかけると、ヘリはゆっくりと上昇し始めた。彼も三ノ宮家の人間なのだろう。
「いざ避暑地!!」
「……避暑するほど暑い?」
奏太の笑い混じりの呟きは聞かなかったことにした。だってルシフェルが暑がるから!
***
ヘリを小高い丘のような場所に停め、運転士さんについて山道を歩くこと十数分。
「ここが……」
「我が三ノ宮家の別荘じゃぁい!」
す、すっげぇー!
木々が生い茂る森の中に現れた小さな屋敷。ログハウス風のメルヘンな別荘だ。
更にその光景をメルヘンにしているのは……
「やはりここであっていたな」
「遅ェんだよー」
屋根に腰掛けた堕天使達。もう着いてたのか。
「よっ、と」
彼らはひらりと飛び降りた。さすが堕天使、あの高さをものともしないでジャンプするとは。
華麗に着地した堕天使衆にはもちろん気付かずに、運転士さんはあたし達に一礼した。
「最低限の食糧は冷蔵庫の中に入ってございます。電気、ガス、水道等はご自由にお使い下さい。万が一何かありましたら連絡を」
ん? あたし達が使うの? 誰か世話人とかいたりしないのかなぁ。
「お嬢様が“サバイバル”をご希望でしたので」
「黎香ーっ!!」
運転士さんはニコッと笑った。
「それでは皆様、明後日にお迎えに参ります」
そう言って彼は行ってしまった。あぁぁ……。
「ま、そういうことさ諸君」
「そういうこと、じゃねぇよっ」
なんだよー。せっかくのバカンスなのに自分達で生活?
……。
まあ……いいか。
「すっごく素敵じゃない!」
「バカンスだぜーっ」
「空気がおいしいですねー」
みんな楽しそうだし、ね。
「気持ちいいな、真子」
「そうだね」
サバイバルと言ってもキャンプみたいなもんだろう。
と、荷物を運びながら黎香が声をあげた。
「ちなみにぃ、電話線は切ってあるから☆」
なにぃ?! 連絡できないじゃん! ミステリー小説じゃあるまいし。
……あっ、携帯があるじゃないか。
って圏外かよ!
こうしてあたし達の三日間のバカンスは始まったのでした。
***
丸木小屋な見た目とは裏腹に、中は意外と広くてしっかりしていた。
黎香に個室へと案内される。
「二人一組ってことで」
もちろんあたしはルシフェルと一緒だ。それから黎香とアシュタロスさん、奏太とウァラク君。
そうなると自然と池田君とベルゼブブさんなんだが……
「よ、よろしくッス」
「おう、よろしくなー。お前の茶髪、地毛?」
「あ、いや、これは染めたんス」
「なのかァ。オレのは生まれつきなんだぜー」
……うまくいきそうだね。
部屋の中にはちゃんとベッドがふたつ。あたしが荷物を下ろすと、ルシフェルは空いている方のベッドに座る。
「私がこれを使っていいのだな?」
「うん。ここではベッドで寝られるね」
でもくつろいでいるのはもったいない。
「ルシフェル、散歩行かない?」
「あ、ああ」
黎香が「裏に湖もあるんだよーっ」と言っていた。もちろん三ノ宮家の敷地ね。
「黎香がさ、すごい気持ちいい場所だって言ってたし」
多分堕天使さん達も気に入ってくれるだろう。
部屋を出て行くと既に皆さん勢揃い。
ちなみにあたし達人間と同様、堕天使さん達も今回はラフな服装だ。ルシフェルのは見慣れてるけど、アシュタロスさんのジーンズ姿なんてなかなか見られない。ベルゼブブさんは相変わらずの革ジャンだが、ウァラク君なんて抱き締めたいくらい可愛いのですっ。
では、とアシュタロスさんが指を立てた。
「この中で何人か薪を取りに行きましょう」
薪?!
「夕飯のため、ということで」
「その方がサバイバルっぽいじゃん真子ちん!」
そ、そだね。
結局
ルシフェル、ベルゼブブさん、奏太とあたし
で湖に、
アシュタロスさん、ウァラク君、黎香、池田君
で山に行くことになった。昔話みたいだな。
「おい圭君っ、名前に“さんずい”入ってんだから湖行けよ!」
「なんだそのしょーもない言いがかりは!?」
……。黎香は理不尽の塊ですな。
***
「「おお~っ!」」
湖に着いたあたし達は思わず声をあげた。
日の光を反射する水面、いい感じに靄がかかった空気。鳥の鳴き声と蝉の声が響いてくる。うーん、気持ちいい!
ルシフェルはすうっと息を吸って微笑う。
「……懐かしい」
ベルゼブブさんも大きく伸びをしてリラックスしている様子。
とりあえずあたし達は、湖の周りをぐるりと歩いてみることにした。湖と言っても小さいからね。大きな池みたいな感じ。
「虫避けしなかったけど、大丈夫かしら?」
「クハハッ! そいつァいらねェ心配だぜ。だって《蝿王》のオレがいるんだからよ」
奏太の言葉にベルゼブブさんは笑う。さすが、ありがたい。
刺されそうな虫だけじゃなく、もちろんトンボや蝉もたくさんいた。ホントに山の中って感じだぁ。
「私、この場所好き」
あたしもだよルシフェル。
のんびりと歩いていたら、奏太が茂みを指差して声をあげた。
「四つ葉のクローバーあるかも!」
乙女だな少年。
「四つ葉のクローバー?」
「あらルシフェルさん知らないの? 四つ葉のクローバーって幸運のシンボルなのよ」
「ほおー」
「へェー」
やっぱり地獄にはそういう文化はないみたい。堕天使二人もそこにしゃがみこんで探し始めた。男が三人で四つ葉を探すのって、なかなかレアな光景だと思う。
「重なってるだけかよー!」
よくあるよねベルゼブブさん。
ルシフェルは無言で顎に手をあて茂みを見ていた。が、やがて数本のクローバーを摘みだした。
「ルシフェル、あったー?」
「これだろう?」
平然と差し出されたのは……た、確かに四つ葉!
「ほら」
奏太とベルゼブブさんにも渡しているのを見て、ようやく思い出す。そうか、ルシフェルは“見える”のか。
「やだ、ありがとルシフェルさん!」
「おー、サンキュー」
「朝飯前」
ルシフェルはおどけて言った。あたしも嬉しかったよ! と、そっとティッシュに挟んでしまい込む。えへへ。
さて、と立ち上がったあたしだったが、湖の真ん中に何か光るものを発見! んー?
「どうした?」
「あれって何だろう?」
どうやら草が生えているところに何かが引っ掛かっているらしい。
するとベルゼブブさんがおもむろに服を脱ぎ始めた。
……
……脱ぎ始めた?!
「な、何してんの?」
「オレが泳いで取ってきてやらァ」
言うなりベルゼブブさんは湖に飛び込んだ。ったく、堕天使は露出狂かよ。(大丈夫、上半身だけです)
「きゃー肉体美! 今の飛び込みも十点満点よ♪」
奏太!
まあ確かに美しい弧を描いた飛び込みだったけども!
「革濡らしちまったぁぁ!」
アホだベルゼブブさん!
そんなこんなで、泳ぎの上手いベルゼブブさんが持ってきたものは……ガラス……?
「何だこりゃァ?」
レンズみたいに見えるけど。金属の細い鎖がぶらさがっている。
「これは……片眼鏡だな」
とルシフェル。ああ、外国のダンディーなおじいさまとかがよくつけてるアレ? なんで湖に?!
「んだよ、つまんねぇな。ほれ、やるよ進藤」
えっ! ま、まあいいか。旅の思い出的な?
あたしは《落とし物の片眼鏡》をゲットした! チャラーン♪
……ポ○モン?
あたしが自ボケ・自ツッコミをしてたら。
「そろそろ戻りましょうか。晩ご飯も作らなきゃだし♪」
奏太に言われて我にかえる。うむ、確かに日も暮れてきたし。
「夕飯!」
「晩飯!」
堕天使さん達は一気にテンションアップ。食い物に弱いなあ、もう。
「じゃあ戻ろっか」
山で見る夕焼けはまたきれいだ♪
***
「真子ちん真子ちん!」
小屋に戻るなり、黎香が興奮した様子でとんできた。
「すっげぇ洞窟見つけたんだぜぃ!」
「洞窟?」
あたしの疑問に答えたのはウァラク君。
「ボクら、薪を取るついでに山の中をちょっと散策してみたんです。そうしたら怪しげな洞穴を見つけて……」
お、薪はいっぱいあるぞ。よく拾ったなあ。で、怪しげな洞穴?
「ホントは探検してみようと思ったんですけど、暗くなるから明日にしようってアシュタロス様が」
「我々は平気ですが、黎香さんと圭さんに何かあっては困りますからね。しかも、僅かながら魔力を感じたもので」
銀髪の貴公子はさらっと言った。魔力?! ちょっと気になるじゃないか。
「秘密のダンジョン~!」とか言う黎香に、困るアシュタロスさんの姿が目に浮かぶよ。
「俺も行きたかったー」
池田君もかいっ。
「ま、それは明日ゆっくり見に行くことにして。今はとにかくご飯にしない?」
「賛成!」
「いいね~!」
……ということで夕飯の用意。ここでもあたしは炊事係です。メニューはキャンプの定番、カレーライスに決定☆
今回は奏太とアシュタロスさんが手伝ってくれたので助かった。色々と話ができて面白かったし。
「アシュタロスさんって料理上手いんだねー」
「そうですか? あまりやったことはないのですけど」
彼はジャガイモの皮を剥きながら笑う。いや、結構上手だよ。ルシフェルにも教えてやってくれ!
っていうかアシュタロスさん、普段はマントみたいな服でわからないけど、びっくりなぐらい華奢なのだ。女性だって言っても通用するよ、マジで。
「アシュタロスさん大変じゃなかった? あんなに濃ゆーいメンバーと山の中なんて」
奏太の言葉はもっともだ。彼らをまとめるのは大変だったろうに。
「案外楽しかったですよ。どちらにせよ、僕は湖には行けないので」
「どうして?」
「僕、泳げないんですよ」
「……へ?」
思わず聞き返してしまった。意外!
「どうせ誰かしら湖に飛び込んだのでしょう? 僕はできないので」
すごい勘だ!
にしてもびっくりだなぁ。あ、でも筋肉が多いと水に浮けないって言うからな。
「僕にだって、できないことはたくさんありますよ」
嘘かホントかわからないようなことを言い、アシュタロスさんは快活に笑いながら鍋を取りに行ってしまった。……謎が多いな堕天使は。
どうにか鍋いっぱいのカレーライスを完成させて盛り付け運んでいくと、小屋の前には椅子が用意してあった。ルシフェル達がやってくれたんだろう。
「ご飯だよー」
と呼べば全員が一瞬で座って待機。ついつい苦笑してしまった。
「薪、せっかく拾ったのに使わねェの?」
とはベルゼブブさんの言。確かにこのカレーは小屋に備え付けのコンロで作った。
「ふふん♪ 明日ちゃーんと使うよぅ」
黎香はニヤリと笑う。まあキャンプといえば……アレだろう。
「早く食べましょうよー。ボク、お腹空いちゃった」
可愛いウァラク少年の言葉に笑う堕天使達。
じゃ、ルシフェルもお待ちかねだし。
「「「いただきます!」」」
***
やっぱりキャンプ場ってわけではないから、小屋にはしっかり洗面所や風呂場がついていた。ということで、汗も流してさっぱり♪
なんだか修学旅行みたいだ。
「ウノやろうぜー!」
おう、まさに修学旅行ノリだ。
黎香に誘われて、リビングのような空間にみんなで集まる。人数多くていいねー。
堕天使さん達はルールの飲み込みが早く、すぐに慣れた様子。スキップばっか出しやがってー!
まあルシフェルなんかは最初、
「デューエとかチンクェとか言わなくていいのか?」
と言っていたが。うーん、あたし達はそこまでイタリア語が話せないよ。
そうこうしていると、あっという間に夜中に。楽しい時間が経つのは早いよね。
ウァラク君やベルゼブブさんをはじめ、それぞれが部屋へと戻って行く。
「あたし達も戻ろうか、ルシフェル」
「そうだな」
「おやすみなさい兄貴、進藤さん」
「おやすみぃ」
黎香や池田君に挨拶して、あたし達は自分の部屋に。そして入るなりベッドにダーイブ!
「疲れたぁー……」
「ああ、疲れたな」
でも楽しかった!
「明日は何を?」
「そうだなぁ。多分、黎香達が言ってた洞窟に行ってみるんじゃない?」
不安だけど……ルシフェル達がいるから大丈夫さ!
「明日に備えていっぱい寝なきゃ、ねっ」
「ベッドで、な」
あたし達は軽く笑い合った。そして、灯りを消す。
「おやすみー」
「おやすみ、真子」
明日も楽しみだ♪