第33話:ケイレンでピンチ?
こんにちは、作者の笛吹です。なんと、この作品の更新通知登録をして下さった方がいるそうですっ。本当に大感謝でございます! あんまり嬉しくて、前書きでスペースを借りてしまいました(笑)。いつも読んで頂きありがとうございます。これからも精進しますので、よろしくお願いします。 それでは本編をどうぞ♪
あたしの目の前には難しい顔をした堕天使長。
「…………」
テレビもついているのに、ルシフェルは眉間に皺を寄せて、ただ居間に座っている。腕組みをしたまま何かを思案している様子。
「……真子」
「なに?」
「私、死ぬかもしれない」
……。
「だってこれ止まらな……《ヒック》」
し、しゃっくりー!!
そう。今夜はルシフェルの“しゃっくり”が止まらないのだ。本人は至って大真面目に悩んでいる。
「本当に、ヒック、どうしたら」
堕天使もしゃっくりするのかよ。でも現にしてるしな。
「しゃっくりって横隔膜の痙攣なんだよルシフェル」
「ああ、うん」
横隔膜ってのは、まぁ、お腹の真ん中辺りにある器官ね。
「だからね、息をちょっとの間止めてみて?」
「わかった」
ルシフェルは頷いて息を止め始めた。
「……」
「……」
……10秒くらい経ったろうか。
「はい、深呼吸ー」
「(もういいのか?)」
「うん」
「……はぁ。……ヒック!」
ダメか。それじゃあ……
あたしは立ち上がって台所へ。
「砂糖を舌にのせて溶かすと止まるらしいよ」
「砂糖を?」
舌を突き出して、その上で砂糖をゆっくり溶かしていく。甘さで喉の方に刺激を与える、ってことらしい。だから代わりに塩でもいいんだってさ。
「ほうは?(こうか?)」
ペロリと舌を出したルシフェル。その顔は間抜けどころか、なんか無駄に色っぽい。
あたしはどうにも正視できずに、そのまま彼の舌にさじで掬った砂糖をのせた。
……はっ!
こここれってもしや“あーん”?!
「う~」
まっ、まあともかく、今のところしゃっくりは出ていない。確か完全に溶けなくてもいいんだよな。本に書いてあった気がする。
「んっ」
ルシフェルは溶けかけの砂糖を一気に飲み込んだ。どうかなっ?
「……」
「……」
「……」
「……!」
「もしかして……!」
「やったぞ真子! 止まっ――ヒック」
…………。
「ーーっ!!」
ルシフェルは何も言わずに崩れ落ちた。い、痛々し過ぎる……。
「何故? 何故止まらないんだ?!」
「落ち着いてルシフェル! 剣を出してもしゃっくりは止まらないから!」
もはや涙目な堕天使長。わかるよ、しゃっくりって案外キツいんだよね。
その後、鼻をつまんで水を飲ませたり、黎香のびっくり箱で驚かせたりしたんだけど。
「もういいヒック! 医者に見てもらうヒック!」
「待って待って!」
地獄へワープしようと手を挙げたルシフェルを必死で止める。ていうか語尾がおかしな人みたいになってるからっ。
「行かせてくれ真子! 堕天使長であるこの私が、しゃっくりに苦しめられているなど……!」
う、うわぁ、可愛いぜ堕天使長。
「でも今地獄に行ったら、逆にみんなに知られちゃうんじゃないの?」
「あ、ああ、そうか……」
「よし、しゃっくりを忘れるようなことをしよう」
「しゃっくりを、忘れる?」
意外と気が付いたら止まってる、ってことない? 意識していなければ、いつかは止まるはずだよね。
「シャワーを浴びるとか」
……ということで。ルシフェルが先にシャワーを浴びることになったのだが……
「……ヒック」
あがってからもしゃっくりし続ける彼に、あたしはかける言葉がなかったよ。うん。
「……止まらないね」
「ヒック(こくん)」
「大丈夫?」
「ヒック(ふるふる)」
あらら、もう喋るのも嫌になったみたい。最高に不機嫌そうな顔で、首を振ったり頷いたりするだけ。
これは本当に病院モノか?
「……真子」
「ん?」
「真子もシャワー浴びてきてはどうだ?」
しゃっくりが出ないように頑張っているのだろう、ルシフェルは低く早口で言った。
「私のことはいいから――ヒック」
…………。
「う、うん。じゃあ行ってくるね」
あたしはテーブルに突っ伏したルシフェルを残して浴室へ向かった。
***
はぁー。やっぱ1日の終わりに浴びるシャワーは最高だね♪
にしても、ルシフェル大丈夫かなあ。ひきつけ、とか過呼吸、とかならないよね。
よし、シャワー浴び終わったらあたしが直接驚かせてやろう。後ろからびっくりさせよっかな。ちょっとワクワクするぜ。
「~♪」
そんなことを考えながら、鼻歌混じりにシャワーを浴びていたら。
「――ぅあっつ!!」
び、びっくりしたぁ!
急にお湯がめちゃくちゃ熱くなった。たまにあるけど、今日は一際熱かったよーっ。
《ドドドドド……》
? 何の音?
どんどん近づいて来て……
《バンッ!》
「真子っ!」
……。
「大丈夫か?!」
……。
「ねえルシフェル……」
「んっ?」
「ここお風呂場なんだけど……」
「知っているが?」
…………。
「堂々と扉全開にしてんじゃねえわーっ!!」
《スコンッ☆》
「ぉあッ!」
あたしが投げた石鹸皿は、見事ルシフェルの顔面にクリーンヒットした。
「ご、ごめ……っ。悲鳴が聞こえて心配になったから」
ルシフェルは鼻筋を押さえて数歩後ろに下がると、よろよろと扉を閉めた。
……はあ~。
ま、まさかルシフェルがお風呂場まで入って来るとは。さすが天然……。
しかもその……裸だってことを別に何とも思ってないもんなー。「創世の時、人間は服など着ていなかったのだぞ」とか言いだすからなー。
……!
いやいやいや! 今考えるととんでもない事件だったじゃん! 恥ずかしっ!
《バンッ》
「真子!」
……。
「やったよ真子! しゃっくりが止まったんだ!」
……。
「あのさールシフェル……」
「ん?」
「……入浴中は男子禁制じゃーっ!!」
《ビュンッ!》
「ふぐぉ!」
……あたし、ピッチャーの才能あったりして。
***
「ぁうー…」
ルシフェルは高い鼻をさすりながらしょぼくれていた。石鹸皿が二度もぶつかった鼻の頭は赤い。
まあホントにしゃっくりは止まったみたいだけど。
「ごめんね。痛かった?」
「いや。私が悪いのだから仕方がない。真子の正当防衛だ、な?」
正当防衛……。べ、別に襲われるとか思ってなかったけどさ。
「でもルシフェル、今後のために言っておくけど、――“創世期”はともかく――現代の人間の裸を見るのは警察沙汰なんだよ」
「“そーせーじ”?」
…………。
「ご、ごめん、冗談だからっ。リモコンを構えないでくれ。……まあそれはわかったが、真子は警察を呼んでいないだろう?」
「あたしだからいいようなものでさ。他の人とこんなことになったら、確実に変態呼ばわりだからね」
ん?
“あたしだからいい”って。今あたし自爆しなかった?!
あたしだって女だぞー!……と一応言ってみる。
「しかしそれにしてはおかしいではないか真子。街中には、裸を見せたがっているような服の人間がたくさんいるぞ。奴らは私達を陥れるつもりなのか?」
「ああいうのはファッションのひとつ……なんだと思うけど」
あたしはどうもそういう服装は好きじゃないからなー。したこともないし。
……だから親には、色気ないって言われてたんだけど。ほっとけっ。
なんだかルシフェルはまだ納得していない様子。
「まったく、人間というのは奇妙な生き物だな」
あたしから見たら堕天使も十分奇妙な生き物だよ。
「あっ。そういえば真子、この間の食事会の時にレムレースから何かもらってなかったか?」
「あっ」
そーだそーだ。すっかり忘れるところでした。
パーティーの後、厨房にいた料理人レムレースさんから呼び止められて謎の箱を手渡されたのだ。なんでも、クッキーのお礼だそうな。ありがたい。
あたしは部屋から小さな箱を持って来た。麻紐のリボンが巻いてある、茶色の小箱だ。
「開けてみよう」
「うん」
《パカッ♪》
「こっ、これは……!」
隣でルシフェルが息を呑む。
「あの有名店、《トロイメライ》のグラス!」
そんなにすごいものなの? あたしにはただのワイングラスにしか見えない。まあ、クッキーのお礼にしては些か豪華な気もするが。
「《トロイメライ》はパンデモニウムの中心街でも特に有名な雑貨屋でな。こんなグラスひとつでも、他の店の数倍の値で取り引きされるんだ。それをふたつも……奮発したな」
へ、へえー。地獄のブランド品かぁ……。
あたしはちょっとビビりながらグラスのひとつを手にとった。小ぶりだけど、足の部分に草花の模様が薄く入っていて、言われれば確かに高そうかも。
「でもさ、ルシフェルよく分かったね。店の名前が書いてあるわけでもないのに」
「それはまあ、宮殿ではそのグラスを腐るほど見てきたしな。私の部屋の調度品にも《トロイメライ》製のものが結構あるから」
さすがお坊ちゃんだわ! すごい贅沢な暮らしをしてたんだろうな。殿下だからね。
と、グラスと一緒に手紙が挟まっていることに気付いた。どれどれ……?
……。
「ルシフェル」
「ん?」
「……読めない」
手紙はルシフェルがパーティーの招待状に書いたような文字で書かれていた。当然のことながら、人間のあたしには読めない。
「貸してごらん。えーと……うん、お菓子のお礼が書いてあるな。美味しかった、と」
きょ、恐縮です。
「それから……ああ、やはりこのグラスは万魔殿のものか。厨房のものを失敬して贈りました、とある」
「いいの?!」
「んー。ま、構わないだろう。どうせグラスのひとつやふたつ、無くなったところで誰も気付かぬ。いざとなればまた買えばいいのだし」
「太っ腹だね」
「……む?」
いやその“腹”じゃないから。お腹を触らんでいいって。ルシフェルは充分スレンダーだよ。
しっかし金持ちは言うことが違うなー。
「“どうぞお二人でお酒を楽しんで下さいませ”……だそうだが?」
ふーん、それでペアグラスか。……じゃないじゃない。
「あたし、酒飲めないよ」
ルシフェルはグラスを指で弄びながら笑う。
「なんだ真子、酒に弱いのか。私は強いぞー。悪魔は酒に強いんだ」
「いや下戸とかそういう問題じゃないから! あたし未成年だから!」
……? ルシフェル今、自分で“悪魔”って言わなかった? 気のせい?
「何っ? みせーねんというのは酒が飲めないのか?! では女性は酒の味を知らないということか」
?
……!!
「未“青年”じゃなくて未成年! 大人にならないとお酒は飲めないんだよ」
「あ、なら私達と同じだ」
つ、疲れる……。どんな誤変換だよ。
「なんだ、真子と葡萄酒飲めないのかー……」
ルシフェルはつまらなそうに息を吐いた。頬杖をついてグラスを透かす姿がなんだか可愛くて、思わず笑みがこぼれてしまう。
「あははっ。仕方ないよ。あと三年くらいの辛抱だね」
「うーん、長――ヒック」
…………。
「うぁぁぁ……!」
ま、まさかの再発!!