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第32話:真子と夏風邪


 ごん……ズズッ、ぢぢば。やっば、がぜびいだびだいでつ。


(※あまりの鼻声で聞き取り辛いので、ここからは普通の言葉に翻訳してお送りします)

(※ちなみに真子さんは先程、“こんにちは。やっぱり風邪ひいたみたいです”と言ったようです)



 ぬあぁ頭痛いよ鼻水が出るよぼーっとするよ。

 あー、くそぅ。学校休みで良かったー、けど初っぱなから風邪ひくなんてありえねー。 

 いつも季節の変わり目には体調崩すけど、今回は多分、あの扇風機での湯冷めが原因だな。ルシフェルには気を付けてって言ったのになぁ。


 あ、そうだ、ルシフェル……。朝ご飯とか作らなきゃ。


 あたしが自分の部屋をのろのろと出て行くと。


「…………」


 ……えーと、これは何の誘惑ですか?


 居間ではルシフェルがくたっと横になって眠っていた。それだけでも可愛過ぎるのに、お、お腹が……っ。絶妙なチラリズム。暑かったのは分かるけれどもっ。

 あたしはドキドキしながら(風邪のせいもあるが)、傍にあったタオルケットを掛け直してあげようとした。のだが、あ……鼻がっ……


「――ハックシュン!!」

「ふぁっ?!」


 大丈夫、顔は背けて口を手で塞いだから!

 でもルシフェルは起きちゃったみたい。


「んー……おはよう、真子……って顔赤い!? 大丈夫かっ?」

「ぐぇぇ……!」


 慌てた堕天使様はあたしの肩を揺らす。や、やめっ、吐く吐く……!


「ル、ルシ……!」

「はっ。す、すまない!」


 うぉぉ……朝から死ぬかと思ったぜ。


「で、どうした? 暑いのか?」

「いや、なんか風邪ひいたみたいで……」

「風邪だと?!」

「ぬおっ?!」


 堕天使様はあたしの体を掴んで立たせ、そのままくるりと後ろを向かせる。そして背中をぐいぐい押して。


「ダメだろう、起きてきたら。寝てなさいっ」


 彼は何のためらいもなくあたしの部屋のドアを開けてベッドを示した。ちょっと片付けておいて良かった~。


「でも」

「いいから」


 あたしはおとなしくベッドに戻る。布団から顔を出してルシフェルを見た。


「でも朝ご飯とか作らなきゃ……」

「真子、お前は大事なことを忘れている」

「大事なこと?」 

「私は人間ではない。だから食事せずとも平気なんだよ」

「……」


 えーと、ルシフェルには申し訳ないんだが。


「あたしは人間だから」

「……!」


 何、“そうだった!”って顔してんのさ。

 あーでもホントに具合悪い……。ご飯、食べれるかなあ。


「困ったな。私、滅多に体調を崩さないからな……私が体調を崩した時は世界が滅びる時だし……さて、医師はどうやって治療していたのだったか……」


 ルシフェルは何かを呟きながら、落ち着かない様子で腕を組んだり髪をグシャっとしたりしている。……テンパってるな堕天使長。


「ルシフェル」

「えっと、風邪の時は栄養のあるものを食べるのだったな――」

「いいよルシフェル。あたし寝てるから」

「そうだ、私が何か作ってやろう」


 !!


「い……いや、いいよ」 

「遠慮するな」

「……」


 ……不安だぜ。


「温かくて栄養のあるものがいいと聞いたな。流動的で飲み込みやすいもの……シチューか! あれなら条件を満たすな、うん。でも私作れないんだった。ははは――」


 超不安。誰かヘルプミー。


(『はいはーい♪』)


 ……? 今、声が聞こえたような……。

 ついに幻聴まで聞こえるようになったか。



***



 熱を計ってルシフェルを待つ。うへぇ、38度か。久々にヤバイな。


 ……。


 もっとヤバイのは向こうの部屋から聞こえる音だけど。


 《ドドドッ! ガラガラ……バシュン! ジャーッ! ポンッ♪》


 ……。一体、彼は何の実験をしてるんだろうか。ああ台所が壊れてませんように!


 《ガチャ》

「できたよ真子!」

 

 あぁぁ来たよ。どうかあの“ポトフもどき”よりは進歩していてくれ!

 素敵スマイルのルシフェルにお椀を差し出される。


「粥だ」

「……」


 ……誰かこの料理に名前を付けて。あたしなら、そうだな、“ご飯水”だな。


 ……。


「い、いただきます」


 ……。


 !?


「しょっ……うん、お、美味しいよ」

「本当にっ?」 


 しょっ、……

 しょっぺぇーッ!!

 でも言えないっ。あんなルシフェルの笑顔見たら言えないよ!


「汁も飲んでみてよ。出汁をとったから」


 ? お粥で出汁?

 っていうかそんな高度なことが……


「“塩”で」

「ぶふぅッ!」


 それは出汁とは言わねえ! ただの塩水だろがい!

 ぐぁぁしょっぱいよ。陸地にいるのに溺れた気分だよ。陸上シーパラダイスですってか?! あはは。


「ま、真子?! 大変だ、喉に詰まったか。ほら、飲んで飲んで!」

「うぐぇ……ッ」


 悪気がないのはわかってるけど口の中がカオスに……。た、助けて……


(『必要なさそうじゃない♪』)


 ?!


「げほっ! ル、ルシフェル、今なんか言った?」

「え?」


 ルシフェルは首を傾げて手を止めた。い、今のうちに!


「あっ、寝てないとダメだ真子!」 


 水!!


 あたしが部屋を飛び出すと、


「あら、案外元気そうじゃないの」


 こんなマンションの一室には不釣り合いなドレスを着たレヴィアタンの姿が。あ、相変わらず露出がすげえ……。目のやり場に困るんですが。


「レヴィがなんでここに?!」

「だってアンタ、呼んだじゃない。助けて、って」


 へ?


 ……あ。じゃあさっきの幻聴はレヴィの声?! 「何かあったらすぐに駆け付ける」とは言ってたけど、まさかホントに来るなんて。あたしったら悪魔呼んじゃったよ。

 するとレヴィはクスクスと肩を揺らす。


「……っていうのは後付け。この辺りに用事があったんだけど、同類の匂いがして来てみたのよ。そしたらアンタ達の愛の巣だったってわけ」

「ごほっ……愛の巣?!」


 危うく飲んでいた水を吹き出すところだった。レヴィはあっけらかんと笑う。 


「いいのよ照れなくて。可愛いわねぇ。で、台所でルシフェルが水に手を突っ込んでたから、聞いてみたら料理してるって言うじゃない。彼がドタバタしてるのが面白くって、ずっとここにいたの」


 はぁ、なるほどね。

 どうやらルシフェルは相当頑張ってくれてたらしい。その結果があのご飯水だとしたら、まあ、……ちょっと泣ける話だ。色んな意味で。


「珍しいわよ、ルシフェルが慌ててるのって。憧れのルシフェル様のあんな姿、部下の堕天使達なんかが見たらきっと……泣くでしょうね、彼ら」


 ……だろうね。

 

「ま、何にせよ無事で良かったわ。襲われないように気を付けなさいな♪」

「レヴィ!」



 そんな会話をしていたら、部屋のドアが開いて。


「まったく、どうしたというんだ」


 件のルシフェルがやって来た。怪訝そうというか、不機嫌そうというか。

 そっか。飛び出しちゃってごめんなさいっ。


「フフ、アタシはいない方が良さそうね。また何かあったら呼んで頂戴」


 レヴィは意味ありげに笑うと、あたしにだけ見えるように片目を瞑ってみせた。


「さぁ、限定のメロンパンが売り切れちゃうわ!」


 という嘘か本気かわからないセリフを残して、セクシーな悪魔は消えてしまった。……女の子なんだな、やっぱり。

 ルシフェルはぽかんとしていたが、やがて我にかえった様子であたしのところへ。


「ダメだろう、むやみに動いては。熱が上がってしまう」

「うん、ごめん……」


 ルシフェルが本気で心配そうな顔をしているから、あたしは素直に部屋へ戻った。ベッドに入って布団を被る。


「ルシフェル」


 少し顔を出して見ると、さっきとは違う優しい顔で見下ろされる。


「なんだ?」

「薬箱、持ってきてくれない? あと水と」

「承知した」


 さすがに堕天使様でも薬箱はわかるはずだ。いつも見えるところにあるし。

 しばらくして、ルシフェルはちゃんと箱と水の入ったコップを持ってきた。


「はい、真子」

「あ……いや、うん、ありがと」


 箱を掴んだ手に、あるものを見つけて声をあげてしまう。……まったく、ルシフェルはっ。

 あたしは風邪薬を取り出して飲む。それから軟膏……塗り薬の箱も取り出す。 


「ルシフェル、手」

「手?」


 首を傾げながら差し出された右手。白くてほっそりした指に、一部だけ不自然に赤くなったところが。……レヴィは、“水に手を突っ込んでた”と言わなかったか。


「ルシフェル、火傷したんでしょ?」

「え? うー……まあ多少は熱かったが。慣れないことはするものじゃないな。大したことではないさ。すぐに治る」 


 もごもご言いながら手を引っ込めようとするのを、無理矢理に押さえて薬を塗っていく。


「い、いいよ真子。私は堕天使だから、放っておいてもそのうち治るって」

「あたしがこうしたいの」


 だってあたしのために料理しようとして火傷したんだもの。なんか、ホントに嬉しいよ。

 渋い顔をしていたルシフェルも、薬を塗り終えると照れたような表情で指を見つめた。


「優しいな、真子は。……以前の私なら、この程度の怪我も病気も治せたろうにな」


 ほうっ、とため息。一瞬寂しそうな色がよぎったが、彼はすぐに気を取り直したように立ち上がる。


「さあ、今度こそお休み。私がついているから」


 ルシフェルにそう言われて頭を軽く撫でられると、なんだかとても眠くなってきて―――



***



 ……ん……


 ぅわっ!? 暗っ!

 時計を見ると……2時?! どうしよ、寝過ぎた!


 あたしは慌てて飛び起きた。そうしたら。


「あ……」


 ――もしかして……


「ずっといてくれたの……?」


 ベッドの横に置いた椅子。そこに座った人影。彼は遠くを見ていた顔を動かし、紅い瞳であたしを見て静かに頷いた。


「ありがとうルシフェル」

「礼には及ばない。具合はどうだ?」


 こんな夜中までずっと起きててくれたんだ。そう思ったら本当に嬉しくなった。


「うん、大分良くなったよ」


 それは本当。まだぼうっとするし喉も痛いけど、いつもよりずっと治りが早い気がする。堕天使様の力のおかげ……だったりして!


「あ。ルシフェル、お腹空いてない?」

「ん。平気平気」

「ごめんね、明日はちゃんとご飯作るから。何がいいかなー。竜田揚げとか食べる?」

「…………」

 

 ……あれ? 返事がない。いつもなら「食べる!」とすぐに返ってくるはずなのに。あの食いしん坊な堕天使長が……

 不審に思ってルシフェルを見ると。


「…………」


 ね、寝てる……。

 彼は座ったままにコクリコクリと船を漕いでいた。まあ、こんな深夜まで起きてたんだから仕方ないか。


 《ガクンッ》

「!?」


 あ、起きた。


「担々麺?!」 


 誰も言ってないから。竜田揚げと“た”しかあってないから。

 つーか担々麺知ってるのかよ。

ルシフェルは「ふぁ……」と欠伸をひとつ。


「ルシフェルも寝なよ。あたしはもう大丈夫だからさ」

「うん……」


 (比喩じゃなく)紅い目を擦りながら立ち上がる堕天使長。可愛すぎでしょーが。


「何かあったら呼んでくれ」

「うん。ありがと」



 ――とは言ったものの。


「朝だよー」

「んー……」


 翌朝、ルシフェルは珍しく起きるのが遅かった。


「え、あ、朝?」

「そうだよ。ほらあたしも元気に――」

「あと少し……Zz…」


 ……堕天使も睡眠不足はあるらしいよ。

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