第31話:堕天使と涼風
はいはーい。今日は終業式でした。
つまり! 明日から夏休みなのです♪ そりゃテンションも上がりますわ。
ようこそ長期休業!
ようこそバカンス!
そして、
……ようこそ課題よ。
長期の休みといえば恐ろしい量の宿題。小学校時代の日記に始まり、自由研究、ワーク、プリントetc.……。最初のうちは計画立てるけど、気付けばもう残り一週間、なーんて毎年のこと。毎年反省はするんだけどな。
しかも夏休みだっていうのに講習とかあるしね。仕方ないけど。
今日一番疲れたのは楢崎先生の課題の説明。
―――――
「さて私からも課題のプレゼントだ。有り難く受け取れ」
(当然生徒達のブーイングが入る)
「ん? なんだ、お前ら普段頑張ってるから、たったこれだけのプリントだぞ」
ピラピラ振られたプリントは……それでも五枚くらいか。まぁ妥協しよう。
とか思ってたら。
「先生ー、これ裏にも問題ついてんじゃないですかー!」
マジで?!
配られたプリントを見る。うわ、ホントだ。これじゃ実質十枚だろうが。
「フッ。甘い。甘いぞお前ら。フレンチトーストにチョコレートアイスをのせて、メイプルシロップをかけてから砂糖をまぶすくらい甘い!」
ぐぉぉ、甘過ぎる……!
「ちゃんとプリントのタイトルを見ろ」
タイトル? どれどれ……《Vol.1》?
「全五巻予定♪ キリがいいから」
ご、五十枚?!
……。
ざけんなよ適当教師ーっ! でも百枚じゃなくて良かったー!
―――――
てなわけで。
五十枚も夏の暑さの中でプリント解くなんて、考えただけでもうんざりだ。他の課題もあるのに。
まあでも先生は最後に、
「二巻以降は未定だ。とりあえずVol.1だけでもやって来い」
って言ってたから多分冗談なんだと思う。多分ね。楢崎先生の適当っぷりが、いい方向に発揮されますように!
それにしても今日は暑い。夏!って感じの暑さだ。
しかも学校は午前中で終わりだから、暑い昼時に外を歩かなきゃならない。夏服を着てるけど汗ダラダラだし。気持ち悪いぜ。帰ったらシャワー浴びようっと。
あっ、いざとなったらルシフェルに宿題教えてもらおうかな。うちに家庭教師がいるっていいねー。
《ガチャ》
玄関ドアを開けるとのんびりした声がお出迎え。
「お帰り真子ー」
「ただいまー……って、どわぁっ!?」
変な悲鳴をあげてしまったのは勘弁。状況を聞いたらみんな納得するはずだから。
あのね、堕天使様は台所(の隅っこ)に蹲っててさ。……何故か上半身、何も着てないのさー。完全に変質者の道まっしぐら。薄暗がりに半裸の男がいたら、例え知り合いでもかなり恐怖だぜ。
「なっなな何してんの?!」
「暑くて」
簡潔な説明をありがとーう。
「さすがに全身はダメらしいから、上だけでもと思ってな」
なるほど、良かったよ。じゃねーよっ。
「何もそんなところにいなくてもいいじゃんか。すごい怪しいって」
「ここが一番涼しいんだ。窓辺は暑くてもう無理っ」
言ったルシフェルの顔は確かにいつもより赤くて暑そうだ。あ、相変わらず肌は白くてきれい……。日焼けするのがもったいない。
「ルシフェルってさ、もしかして暑がり?」
「いや、違うと思うんだが。こんなに急激に気温が上がるとは思わなかった。昨日までそれほどでもなかったから、油断だな油断、うん」
ルシフェルはひとり得心したように頷いた。油断、ねえ。そんな格好でいる方が余程無防備だわ。
「……ベルフェゴールがいればなあ」
と呟く堕天使長様。確かに彼は極寒の悪魔さんだね。寒いというか怖い。というか怖い。うん。
「とりあえず服着なよ」
「えー」
えー、じゃありません!
まったく、目の毒なんだよセクシー堕天使! 完璧な身体だと思うのね。あの傷痕以外は、さ。あー、でもあれはあれで“男の勲章”ってやつ?
「……もー、仕方ないな。秘密兵器を出してあげるよ」
「兵器?!」
「いや、あの、違っ……」
身構えないでくれたまえルシフェル君。マジ兵器じゃないから。
「そろそろ出そうと思ってたからちょうどいいや。扇風機、出すよ」
「せんぷうき?」
人間様の叡智がもたらした文明の利器! 夏といえばこれでしょう。
あ、ちなみにうちにはエアコンも付いてるんだけど、電気代が云々で夏場は扇風機にお世話になってるんです。エアコンは体が冷え過ぎるからあんまり好きじゃないし。
しかしここでひとつ問題が。
「あのねルシフェル、扇風機ってのは涼しくしてくれる道具なんだけどね。……納戸に入ってるんだよねー」
あの、物を詰め込み過ぎた納戸。別名・開かずの倉庫。んー、片付け下手なもので。
ルシフェルは“涼しくしてくれる”というところに反応したっぽい。
「私が取り出してやろう」
と、ようやく立ち上がった。
「ありがとう。でもその前に服を着て」
「暑い」
「……昼ご飯いらないの?」
「了解」
食べ物につられながらも、ルシフェルは半袖のシャツを着、納戸の前に立った……のだが。
「……真子」
「なに?」
「私、せんぷうきを知らない」
あっ、そうか。それ自体がわからないと、ルシフェルでも探しようがないもんね。
「ちょっと待ってねー」
あたしはノートに、大まかに扇風機の絵を描いた。口で説明するよか早いと思ってさ。こういう時、絵が描けるって助かるなぁ。
ルシフェルは絵をじっと見、それから再び納戸に向き直って目を細めた。
「……」
こうして見てると、なんだか透視っぽい。“存在”がどうとか難しい話はわからないけど、とにかくルシフェルが集中しているのは分かった。
「……見つけた」
ややあって聞こえた呟き。ルシフェルはこちらを見て首を傾げた。
「中で積み重なっている物たちが崩れるかもしれないが、いいのか?」
「いいよ。ま、後で片付けなきゃいけないけどね」
「ああ。だが今日はやめよう。暑いから」
軽く笑うと、ルシフェルは手で何かを抱える仕草をした。
「よっ……と」
ふと見ればそこにはいつの間にか段ボール箱。あ、扇風機の箱だ。
そしてその瞬間、
《ドン! ガラガラッ! ちょっ! ガシャン! ぅゎー! ドスン! パキッ☆》
同時に雪崩が起きる音。つーか誰かいた?!
「…………」
「…………」
あたし達は聞かなかったことにした。多分あれだ、納戸に住んでる小人だって。もしくはもったいないオバケ。
とっ、とにかく扇風機を取り出して設置!
「いくよー」
《ぽちっ♪》
「おぉー! 風が来るぞ!」
堕天使長は興奮気味だ。ぺたんと床に座って、気持ち良さそうに風を受けている。可愛いなオイ。
さてと、あたしは昼ご飯の用意しなきゃ。
「今お昼ご飯作るから、ルシフェルは先にシャワーでも浴びてきたら?」
「そうだな、そうさせてもらうよ」
ルシフェルはちょっとだけ名残惜しそうにしながらも浴室へ向かった。
ふむ。今日は暑いからそうめんにでもしようかな。それだけだとお腹空くからおにぎりも作ろう。ルシフェルには多分足りないだろうしね。
……そうめんを茹でてると、夏だなぁって気分になるよ。
そういえば小さい頃は、夏場のお風呂と言えば水風呂とか泡風呂だった。好きだったなー、泡風呂。モコモコした泡で“ソフトクリーム!”とかやったわ。
ルシフェルはなんだか泡風呂が似合いそう、とどうでもいいことを考えてみたり。……いや、それよりバラ風呂か? 黄金の蛇口で。ヤツは金持ちだからな。
そんなことを思いながら昼ご飯が完成。ちょうど良くルシフェルもあがってきた。
「♪」
スウェットに半袖という、とても人間くさい格好の堕天使長。生乾きの黒髪がつやっつや。羨ましいぜ。
まあ、さっきより元気になったみたいで良かった良かった。
「いただきます」
「いただきます」
「真子、これは何?」
「そうめんっていうんだよ」
「ほう。ごちそうさま」
早っ! ベタな展開だけど早っ!!
「美味しいね」
ルシフェルはにっこり笑う。あぁぁ、その笑顔で暑さも吹っ飛んでしまうよ。
「にしても暑い……。地上の夏というものが、これほどまでに厳しいとは思わなかったぞ」
ルシフェルは腕を伸ばして、扇風機を自分達の方へ向けた。堕天使様は扇風機がすっかり気に入った模様。
「ルシフェル、ちゃんと髪乾かさないと風邪ひくよ?」
「この方が、気持ち良いんだ」
もう、頭から風邪ひいちゃうのに。って、あたしはお母さんかいっ。
「真子も食べ終わったら汗を流してきたらどうだ? 食器くらい私が洗ってやるから」
マジっすか! それはとってもありがたいよ。
「じゃあお願いするね」
***
ということで、あたしもシャワーを浴びてきました。ふいー、さっぱりしたぜ。
「おおっ、ルシフェルありがとう」
台所に行ってみると、きれいに洗ってある食器類がかごに入っていた。ホント、片付けとかは得意だなー。
「大したことじゃないさ」
言って微笑んだルシフェルはまだ扇風機の前。あたしも隣に座ることにする。
「風邪ひくよ、真子」
「だいじょーぶ」
うむ。ルシフェルの気持ちが分かった。確かにスースーして涼しいかも。あー、いい風~。
「こんな格好あまりしたことがないから、なんだか新鮮だよ」
肩をすくめたルシフェルは、ズボンをまくった夏スタイル。裾から筋肉質な足がすらりと伸びている。
……。
はっ! いかんいかん、見惚れてしまった。
「真子? 私の足、変?」
「いやいやいやっ」
むしろとてもきれいですっ。
「そういえばさ、地獄にも暑い地域とか寒い地域とかあるって言ってたじゃん?」
「ああ」
「そういう暑い地域に、ルシフェルは行ったことないの?」
ほら、なんか暑がってるから。
「んー……あったと思う。仕事でも何度か」
「その時は大丈夫だったの?」
「んー? 何が?」
完全にリラックス状態。ルシフェルもちょっと間延びしたような返事をしてくる。……平和だな。
「何がって、ほら、地獄には扇風機なんてないわけでしょ。ちゃんと乗り切ったのかなーって」
「全く問題なかった。だって歩いて移動するわけでもないし」
「へ?」
「車だよ、車。しかも“扇ぎ手”といってな、風を送ってくれる添え乗りがいたんだ。私の場合、元からの従者よりも志願者の方が多かったが――」
もういいよド金持ち! 従者とか扇ぎ手とか、世界が違うっつーの。
「……今思えば、志願者は皆女性だったかな」
ボソッと呟くルシフェル。それ、普通にモテてるんだって! だってみんなイケメン殿下と一緒に馬車乗りたいでしょ。
馬車の中で女の人に扇いでもらって……ってハーレムじゃん。
「そうだ真子」
ふと美しき天然堕天使長は首を傾げた。
「不思議に思っていたんだが、今日は何故帰りが早いんだ?」
い、今更やね。
「今日で一学期が終わったんだよ。明日からは夏休みなの」
「ということは、ずっと真子が家にいるということか?!」
「ずっとじゃないけど、うん、まあ、ほぼ毎日だね」
「そうか。そうかそうか」
? ルシフェルは笑ってひとり頷いた。どしたんだろ?
……つーか喉がガラガラする気がするんだが。風邪? こんな短時間でまさか、ね。
「あ、ルシフェル。休みって言っても課題がたくさんあるんだけど、手伝ってくれない?」
「ああ、構わないが」
「んとね、数学と化学と物理と……」
「多い多い!」
あはは、ルシフェルが慌ててるよ。せっかくの先生はいっぱい利用しないとっ。
「無理かな?」
「無理じゃないっ」
否定が早いっ!
「この私だぞ? 知識、知恵において“無理”などということは断じて無い」
ルシフェルは真面目な顔で言う。す、すごい自信。堕天使長様なんだから当然か。
「でもな、真子」
「ん?」
「きちんと自分で答えを探すんだぞ? 学ぶことは権利であると同時に、責任でもあるのだから」
「…………」
「ねっ?」
「……はーい」
どこまでもルシフェルは先生でした。 分かっちゃいるけどなかなか難しいんだよ、ね、学生の皆さん。