第30話:地獄でパーティー!
今回は初っぱなから地獄――万魔殿に来ております。例の“パーティー”当日なんです、はい。
堕天使さん達はもちろん、黎香や奏太も含めて招待されたあたし達が通されたのは、宮殿の一室……というか広間。前に見た大広間よりは狭いみたいだけど、それでも何十畳という広さがある。
……地獄にも“畳”って単位はあるのかな? まあとにかくめちゃデカい部屋なのだ。
会場にはテーブルがいくつか並べられ、立食パーティーのような形式らしい。
「すっごーい! ここが地獄かぁ。ところで熱々の釜と針の山はどこにあるのっ?」
「ここにはありませんよ。行きたいですか?」
黎香は興味津々で周りを見回していた。が、アシュタロスさんが何か言った途端に一瞬固まったみたい。どうしたんだろ?
「まぁ! イケてる仮面ね」
『きょ、恐縮ですー…』
奏太はレムレースさん(の仮面)に興味があるみたいだ。
ちなみにここにいるレムレースさん達はウェイターのような格好をしていて、実際に料理も運んでいる。
あっ、そうそう。ここに来る前に、あたしとルシフェルは“料理長”に会って来たのだ。
***
『魚入りましたー!』
『煮込みはあとどのくらいだ?』
『ムースがもう固まってるぞ!』
ほぁー。マジで厨房があったんだ。
これまたデカい調理場では、白いコック姿のレムレースさん達が慌ただしく動いていた。もちろん仮面を着けたままでね。
いい匂いにうっとりしつつルシフェルについて行くと、彼はひとりのレムレースさんを呼び止めた。
「ちょっと、いいか?」
『はいはい……って殿下?! はわわっ、申し訳ありません!』
レムレースさんは運んでいた食材を落としそうになりながらも、ルシフェルに勢いよく頭を下げた。その声に調理場にいるレムレースさん達が、ぎょっとしたようにこちらを向く。
『まさか本当に殿下御自らこちらにいらっしゃるとは……』
「私のことは気にしないでくれ。料理が焦げてしまうぞ?」
ルシフェルがひらひらと手を振ってみせると、レムレースさん達は慌てて調理を再開した。
「で、聞きたいのだが。料理長はどこに?」
『料理長なら奥の冷蔵室に……少々お待ちを、連れて参りますので!』
そのレムレースさんは、すぐにもうひとりのレムレースさんを連れて来た。自身はまた厨房に戻ってしまったが。
『お久しぶりです、殿下。お元気そうで何よりですよ』
このレムレースさんが噂の料理長かぁ。
結構体格が良く、コック姿がとても似合う。仮面で顔はわからないけど、赤いスカーフを首に巻いていた。
「ああ、久しぶりだ。今日はお前に、この人間を会わせたくてな」
ルシフェルに言われて、あたしは慌ててお辞儀する。
「はじめましてっ。進藤真子です」
『はじめまして』
表情は見えないけど、多分笑ってくれたんだと思う。
「あの、良かったらこれ……厨房にいる皆さんで食べてください」
あたしはあのクッキー入りの箱を差し出した。うーん、コックに手料理の差し入れって、どうなの?
「真子は料理上手でな。是非お前達にも食べてもらいたかったんだ」
「いやルシフェル言い過ぎだから……っ」
『おお! そうでしたか。それはわざわざありがとうございます。皆、喜びますよ』
あぁぁー料理長さん良い人だ。
『いつも自分達が料理していますからね。私達、案外他の方が作って下さったものは嬉しいんですよ』
『料理長! サラマンダーの火力が足りません!』
今行く、と厨房に叫んだ料理長さんはあたし達に軽く頭を下げた。
『申し訳ありません。少々失礼させていただきます』
「構わない。忙しいところ、悪かったな」
『とんでもございません。殿下のお姿を拝見できて、皆喜んだことでしょう』
「そうか。料理、楽しみにしているぞ」
『お任せ下さい!』
言って料理長さんは厨房へと戻って行った。あたしも楽しみ!
***
そして今テーブルに運ばれてくる料理は、もう、すごかった。
一言で言うなら、超本格的。洋風のフルコースみたい。
赤身魚のカルパッチョ、巨大な肉のロースト、薄緑色をした豆のスープ、積み上げられたフルーツに、チョコレートムース……。や、ヤバい、よだれが。
「今日は良き日♪」
隣にいる堕天使長様もかなりご機嫌の様子。ニコニコしながら、挨拶にやって来る悪魔さんや堕天使さんに返事をしていた。
その流れであたしも声をかけられるのだけど、万魔殿の住人達は優しかった。何人かあたしを見て、舌なめずりした悪魔さんもいたけど。
「ねえルシフェル、ベルゼブブさんの姿が見えないんだけど」
「ああ、奴ならあっちに」
ルシフェルが指差した向こうには、なんだか異様な空気を醸し出しているグループが。
遠目からでもわかる、茶髪を束ねているのがベルゼブブさんだろう。隣にいる白銀の長髪は…恐らくベルフェゴールさんだ。更に濃紺のドレスを着た女性もいる。
何が変、ってわけじゃないけど……。もしかしたら魔力の強さの違いってヤツかもしれない。
「ベルゼブブも一応幹部だからな」
なるほどね。とすると、あれはやっぱりお偉いさんのグループなんだ。
「ルシフェルは行かなくていいの?」
「んー、私はもう少し真子と一緒にいたいから」
まあそんなことを言った途端に、ひとりのレムレースさんがこちらへ来たんだけどね。
『殿下。準備が整いましたので、そろそろご挨拶を』
「ああ、わかった」
ルシフェルは軽く頷いて会場の前の方へ向かった。
「……うーん、なかなかのファッションセンスね」
「どわっ、奏太?!」
気付けば隣には腕を組んだ奏太の姿。どうやらレムレースいじりをやめてきたらしい。
「悪魔さんも堕天使さんも、どうしてみんな美男美女なのかしら。黒い服ばかりなのが惜しいわぁ」
「あはは。ま、黒色の方がそれっぽいじゃん」
そんな会話をしていたら、またしてもレムレースさんがやって来て。
『こちらをどうぞ』
と恭しく銀盆を差し出された。のっているワイングラスには琥珀色の液体が入っている。
『ご安心なさいませ、アルコールの入っていないシャンパンにございます』
「キャー! なんかすっごく高級なレストランみたいねっ♪」
大興奮の奏太とグラスを取る。シャンパンはシュワシュワと泡をたてていて、とてもきれいだ。
これ、多分どこのレストランにも負けないくらい、すごいパーティーだよね。
そうこうしているうちに黎香もやって来た。アシュタロスさんは、堕天使さん達と話し込んでいるらしい。
そのままあたし達も喋っていると、急に会場が静まった。皆さんの視線の先には、パーティーの主催者が。
「あー、おほん。今日は集まってくれて感謝する。まずはこの料理を用意し、準備に奔走してくれたレムレース達に感謝を」
うわー、挨拶って本当に代表としての挨拶なんだ。さすが堕天使長。
そんなルシフェルの言葉に、近くにいたレムレースさん達が息を吐く。
『うぅ……我らの努力も報われるというもの』
『なんとお優しい……』
『そして相変わらずお美しくていらっしゃる……』
彼らの言う通り、グラスを片手に立つ堕天使長は本当に素敵だった。いつもの天然ぶりを微塵も感じさせない立ち居振る舞い。非の打ち所のない美貌。……すごい。
「さて、あまり長く話すつもりはない。この場が皆の安らぎの場になることを。楽しんでいってくれ。では、我々の小さな友人達に――乾杯」
ルシフェルがグラスを掲げてみせると、あちこちでチン、という音がして会場が一気に騒がしくなった。
あたし達もグラスを合わせる。うーん、美味しいシャンパンだ。
「食うぞぉー!」
黎香はフォークと皿を持って既に臨戦態勢。
あたしも食べようと思って皿を手に取った……のだが。
――っ?!
……何か、嫌な空気が近付いてくる。気分が悪いとかじゃなくて、足が竦むというか叫びたくなるというか。
「どうしたの、真子ちゃん?」
どうやらあたしだけみたい。黎香も奏太も平気そうだもの。あ、ヤバいヤバい……!
「いや、なんでもない……っ」
「――具合が悪いなら帰れ」
突然背後から響いた低い声に振り返ると、そこにはルシフェルとあの幹部達が立っていた。うわぁ豪華……! ていうか何時の間に……。
「そうでなくとも、ここは人間が気軽に来ていい場所ではない」
ああ、さっきの声はベルフェゴールさんだったんだ。心配はありがたいけど、悪魔さん達が来たら余計に具合が……
「……大丈夫か?」
ルシフェルが、すっと手を差し伸べてあたしの額に静かに触れた。ひんやりと冷たい手。だけど不思議、確実に動悸が治まっていく。
「……う、うん、大丈夫。ありがと」
ルシフェルはにこりと微笑んで、額から手をひいた。
しっかしなんでだろう。風邪ひいたわけでもないってのに。あたしだけ魔力に敏感、とか? ううむ。ルシフェルの落ち着きぶりも気になるし……
「ふーん、これがアンタの言ってた人間?」
そう言ってあたしを見下ろしてきたのは、はじめましてな濃紺ドレスの女性だった。あ、女の悪魔さんもいるってことだよね。
「なかなか可愛いじゃない、三人とも」
エメラルドグリーンの瞳で見つめられて、ちょっとドキドキしてしまった。奏太も言ってたけど、本当に美男美女ばっか!
悪魔さんの髪はドレスと同じ紺色。おかっぱ……じゃなくてボブ。んで、すごい小顔だ。長身だしまさにモデル体型。理想的な凹凸を、露出の多いドレスが更に強調してる。うわー、男がイチコロだね。
「紹介するよ真子。彼女は《レヴィアタン》、幹部の中で唯一の女性だ」
「ふふ、よろしくね」
そっか、この悪魔さんが《レヴィ》って呼ばれてたのか。
にしても、大人のお姉様の色気むんむんだよっ。ほら、奏太もぽかんとしてる。
「……是非お洋服をコーディネートしたいわ!」
そ、そっち?!
「あらあら、じゃあ頼んじゃおっかなー♪」
「おいレヴィアタン、お前まで“地上の査察”とか言いだすなよ」
何気に乗り気なレヴィアタンさんに、ベルフェゴールさんが釘をさす。
「最近は誰かがサボっているせいで、ますます忙しいというのに」
ちら、と灰色の目が見たのはベルゼブブさんの方。
「オレ?! ちょっと待てよ、それ言うならルシフェルの方だろーが」
「黙れ。ルシフェルは義務は果たしている」
「そうだ。私はちゃんと働いているんだぞ」
「貴様も偉そうなことを言うな。あくまで最低限の仕事だろう」
「……はい」
ま、またルシフェル敗けたー……。ベルフェゴールさん最強説は有力だ。
「まったくお前は……。次期魔王が聞いて呆れるな、ベルゼブブ」
「う、うるせー! てめえ、言っていいことと悪いことがあンだろーが。この“女顔”!!」
「殺してくれるッ!!」
あららー……。言い逃げして消えたベルゼブブさんと、それを追うように殺気MAXで姿を消したベルフェゴールさん。女顔って言っちゃったよ。
「大人げないねえ。あれじゃ《怠惰》じゃなくて《憤怒》だよ」
レヴィアタンさんはけらけら笑っていた。
確かに大人げないけど、ベルフェゴールさんは仕事が大変そうだし、まぁ怒るのも仕方ないのかも。
「モグモグ……でもさ、ホントに女顔だよねー」
料理を頬張りながら黎香が言った。本人いなくて良かったね。聞かれてたら八つ裂きぐらいは平気でされそうだし。
「つーか黎香、今まで料理食べてたの?!」
「ほうらよー(そうだよー)」
図太いというかなんというか……。
「このお肉、超美味ッ♪」
いや確かに美味しそうだけどさ。
と、ルシフェルがふと首を傾げた。
「黎香、アシュタロスはどこに?」
「アッシュならねぇ、えーっと……いいや、一緒に行こうよルーたん!」
「え、ああ」
「黎香もあっちにあったムース食べたいしぃ」
黎香は奏太の腕も引っ張る。
「そうたんも行こ。アッシュに会ったことないっしょ?」
ああ、そうか。奏太はアシュタロスさんとゆっくり話したことないもんね。
「行くべし行くべし!」
言うや否や駆ける黎香。苦笑しながら追う奏太。あ、奏太は走ってないけどね、うん。
ちなみに黎香は皿を山盛りにして行くのは忘れなかった。ちゃっかりだな。
「相変わらずだな、黎香は。……ではレヴィ、また後で」
そう言って微笑むとルシフェルは軽く屈み、ごく自然にレヴィアタンさんの手をとって――口付けた。な、なんつー紳士だ。
そしてそのままルシフェルも向こうへ。
……。
はっ! あたしレヴィアタンさんと二人きりじゃん。やべー、どうしよ。
「あの~……」
「アンタも大変でしょ」
「へ?」
レヴィアタンさんは軽く笑う。
「とっても鈍いわよね、彼」
……! 天然じゃない悪魔さんキター!
「そうなんですっ。最近あたし、自分の感覚の方がおかしいんじゃないかって……グスン」
「あの見た目ってだけでもモテるのに、どんな相手にでも身分関係なしに優しくするもんだから。それが無意識だっていうからタチが悪いわ」
レヴィアタンさんは肩をすくめてみせた。紺色の髪が揺れる。……サマになるなぁ。
「ある意味女の敵よ、まったく。そのくせ相手のアピールには全っ然気付かないんだから」
ハア、とため息。
ん? も、もしかして……
「レヴィアタンさんも――」
「レヴィでいいわ。それから敬語も使わなくていいわよ。ルシフェルを呼び捨てにできる子に“さん付け”されたんじゃ、寝覚めが悪いもの」
えーと、じゃあ遠慮なくっ。
「レヴィもルシフェルのことが好きなの?」
「アタシ? アタシには他にちゃーんと好きな人がいるわよ。だから安心なさい、応援してあげるから♪」
「ありがとうございま――って、ええ?!」
「だってアンタさっき、“も”って言ったじゃない」
言ったっけ?!
「いや、でも応援って。別にルシフェルとはそんなんじゃないしっ……」
レヴィは笑うばかりだ。
「まぁいいじゃないの。仲良くなさいな。彼、ホント天然だからよろしくね」
「は、はぁ」
あたしはルシフェルをどう思ってるんだろ? もーっ、なんか自分でも良くわかんないや。
ただ……ちょっと思うのは、ルシフェルとレヴィならお似合いだろうなってこと。大人の魅力って感じで。
「……ふふ。苦労してるのはお互い様のようね」
「え?」
「なんでもないわ♪」
レヴィはクスクスと笑った。ホントにきれいな人だなー。悪魔だなんて信じられない。
でもなんだか魔性って言葉がぴったり。やっぱ悪魔か。
あたしがそんなことを考えていると、ウェイター姿のレムレースさんが通りかかった。彼はあたし達を見て、軽く会釈してくる。
「……レヴィってお偉いさんなんだもんねえ」
「あら、今のレムレース、多分アンタにも頭を下げたのよ」
え?!
「だってあのルシフェルが贔屓してる人間よ? レムレース達は全力でアンタを守るでしょうね」
「ルシフェルってそんなに偉いんだ」
あたしが呑気に言うと、レヴィは小さく嘆息した。
「アンタねえ……。じゃあ天使がどのくらいいるかって分かる?」
あたしは正直に首を振る。
「何億って次元なのよ。そのうち堕天したのが少なくとも三分の一はいるから……それだけでも、アンタが住む日本だっけ?そこの人口より多いわね」
「へ、へえー」
すごい数字。ルシフェルがそのトップなんて。
「それを含めて、このパンデモニウムを束ねてるんだから……」
「相当偉いんだ」
「相当偉いのよ」
改めて聞くとびっくりだ。数億人の頂点か……ひょわー。も、もしやあたしはものすごい奴と知り合いなのか。
「もちろん元から力が強かった、っていうのもあるけど……。それを抜きにしても、堕天使やレムレース達からの信頼は凄まじいわよ」
やっぱりなあ。だってルシフェルと会うと、みんな嬉しそうにするもん。好かれるリーダーってカッコいいよね。
「――真子!」
不意に声が聞こえて振り向くと、噂のトンデモなお偉いさんがあたしを呼んでいた。
「あらら♪ アンタをお呼びよ」
「そうみたい。レヴィ、ありがとう。楽しかったよ」
「こちらこそ」
するとレヴィはあたしの耳元に口を寄せて。
「――何かあったら呼んで頂戴♪ すぐに行ってあげるから」
「っ!」
「やだぁ真っ赤になっちゃって~」と笑うレヴィ。そそそりゃドキドキするよっ。
「またね、可愛い人間ちゃん。彼がお待ちかねよ」
***
【another story...】
「あら、ベルフェゴール。ベルゼブブは?」
「……逃げられた。あいつ、次会った時はただではおかんぞ」
「いいじゃない。美人ってことなんだから」
「レヴィ!」
「怒んないでよ、褒めてるんだから。……それより珍しいわね。アンタが人間の、しかも女の子の心配をするなんて」
「……煩い。面倒事になるのが嫌なだけだ。あの人間の性格では、悪魔に憑かれやすい」
「大丈夫でしょ。だってあの子には《傲慢》がついてるし」
「……貴様は忘れたか。あれも悪魔だぞ」
「ええ。しかも最強クラスの」
「あれに憑かれたら、それこそ厄介だろうが」
「ならアンタが守ってあげたらいいじゃない」
「どうしてそうなる」
「アンタだって《七大罪》なんだし。それに、好きなんでしょ? あの子のこと」
「なっ……!」
「大方、似てるのかしらね、“彼女”に。まだ引きずってんでしょ」
「喧しい。それ以上言ったら二度と喋れなくしてやる!」
「あーら、できるもんならどうぞ。返り討ちにしてやるから」