第28話:堕天使と夏祭り♪
見上げれば、吸い込まれそうな星空。視線を下に移せば赤や黄色の柔らかな灯り。
そして、隣を見れば美青年。彼は嬉しそうに微笑んだ。
「晴れてよかった」
今日は待ちに待った夏祭り当日。ルシフェルの魔力の甲斐あってか、昨日の雨が嘘のように晴れた。
「これ、似合うだろうか」
その彼は軽く袖を摘んでみせる。淡々と言うから、なんだかおかしかったけど。
「うん。すごく似合ってるよ」
あたしが照れるくらいにね。
ルシフェルが着ているのは、黎香達と買ってきた若草色の浴衣だ。……顔立ちも体型も日本人離れしてるのに似合い過ぎでしょ!
おまけに夏祭りには“祭り五割増しの法則”があるからね。
「真子も似合ってる」
「あ、ありがとうっ」
ちなみにあたしは濃紺の地に花柄の浴衣。ちゃんと下駄まで履いてるから足が痛くて……! でもここは我慢せねばっ。
「……なんだか新鮮な気分だな」
喧騒の中でルシフェルがぼそりと呟いたのが聞こえる。
「それに、いい匂いもするし」
「ルシフェルは食いしん坊だなぁ」
二人で軽く笑い合う。辺りには香ばしい匂いや甘い匂いが漂っていて、自然とテンションも上がってくる。
……なんかこの状況、デートみたいじゃない?!
「人間がたくさん……。道に迷わないか?」
「大丈夫、だと思う。でもまずは黎香とアシュタロスさんを探さなきゃ」
あの二人とは現地で待ち合わせ。この辺にいるはずなんだけどなー。
ふとルシフェルが首を廻らせて紅い目を細めた。
「あちらから、魔力を感じるのだが……」
格好いい台詞!
彼の視線の先、人だかりの向こうを見ると――
「あっ、黎香いたね!」
赤い浴衣の小柄な少女を発見(まあ高校生なんだけど)。髪をいつものポニーテールではなくて団子にしているけど、あの飛び跳ねてる感じは確実に黎香だ。
「だが……」
「アシュタロスさんは?」
もう一人、堕天使さんを探そうとしたあたし達は絶句した。
黎香の隣に、同じく髪を団子にまとめた人が立っている。髪色は――銀。
「あれって……」
「まさか……」
思わず顔を見合せてしまった。
深緑の浴衣は男物に違いないのだが、それと帯のしめ方が違っていなければ、確実に“女性”にしか見えないのだ。
あ、あのうなじ……! 後ろ姿だけでも美人のオーラが漂っている。
「黎香、と、アシュタロスさん……?」
あたし達が近付くと、銀髪美人が振り向いた。
「ああ、ルシフェルに真子さん。こんばんは」
振り向いても美人!
紫苑の瞳に柔和な笑顔。間違いなくアシュタロスさんだ。あの武人の。
「あっ、やっほぅ☆ 真子ちん、ルーたん!」
黎香は相変わらずハイテンションだ。
……にしてもアシュタロスさんの姿はびっくりだなー。元から美人ではあったけど、まさかここまでとは。そこら辺の女子より可愛いよ!
「お前……っ」
珍しく動揺しまくりなルシフェル。
「僕も着てみたのですけど。どうでしょうか」
そんな堕天使長に、アシュタロスさんは頬を微かに赤くしながらはにかんだ。か、可愛いっ……!
「あ、ああ。似合うと思うぞ」
「ありがとうございます」
「……しかし、まさか髪まで結い上げてくるとはな。何時ぶりだ? お前のそんな姿は」
ルシフェルは呆れたように笑う。と、黎香が自分の髪を示して嬉しそうにアシュタロスさんに抱きついた。
「黎香とお揃いだよ~っ♪ ねっ、アッシュ!」
「ですね。僕だって、武術大会の時なんかは髪を結っていましたよ、ルシフェル」
ぶ、武術大会……。アシュタロスさんは、やっぱりアシュタロスさんだった。
「そんなことよりぃ、早く食ったり食ったり食ったりしようぜー!」
「賛成だ」
食ってばっか!
……。ま、いいか。
というわけで四人で歩く。
焼きそばにりんご飴にイカ焼き……。黎香達は祭りを思い切り堪能している。
「楽しいねっ♪」
「ああ。黎香、この白いものは?」
「わたあめだよルーたん。砂糖の粒を手作業で一つずつこう、引き延ばして……」
「そんなに手間が?!」
変なこと言うな黎香。
……あれ?
「そういえばアシュタロスさん、姿を消さなくていいの?」
「今日は特別です。せっかくこれも着たことですし」
ほー。確かにその姿は見せなきゃもったいないもんね! 美しいよアシュタロスさん。
実際すれ違う人は結構あたし達を振り返ってた。……ほぼ全員がルシフェルとアシュタロスさんを見ていたが。それだけ本っ当に美人なのだ。
「……まったく」
ルシフェルが小さくため息をついた。
「煩わしい。私に言いたいことがあるなら、はっきり言えば良いものを」
うん、多分デートのお誘いとかをはっきり言われると思う。
とはいえ、地域の祭りだからなあ。知り合いに会わないとも限らない。
今のところは誰とも…………
「あれっ?」
「どうしたよ真子ちん」
「あの男の子……」
あたしはチョコバナナの屋台の番をしている、不良っぽい少年を指差した。なーんか見たことあるような……
「そりゃそうだよ。黎香達の学校の子だもんさ」
だっけ? うちの学校に茶髪の子がいたのか。
……。
…………あっ!
思い出したぁ! 前、堕天使さん二人と学校に行った時に屋上で会った子だ。へー、この辺に住んでるのか。
「隣のクラスのねぇ、えーと、“ケイ”って名前のやつ。名字はなんだったかな。……あっ、多分“伊椰子”とかだよ!」
多分って。“癒し系”なんて名前の奴はいないだろ。
「じゃあじゃあ、チョコバナナ食べようよ!」
黎香が行ってしまったので、仕方なくあたしも追いかける。
「らっしゃい~」
「ねぇ伊椰子くんっ」
「はぁ?」
ほら見ろ。やっぱり伊椰子くんじゃなかったじゃん。
「……ってお前ら、この間の!」
バンダナを頭に巻いた不良少年は、あたし達を順に見て目を瞠った。どうやら彼の方もあたし達を覚えていたらしい。
黎香は何故か喧嘩腰だ。
「その節はどうもでしたコノヤロー!」
が、少年は呆れながらもちゃんと相手をする。
「別に喧嘩売りに来たわけじゃねぇんだろ?」
「むしろ買いに来ました、みたいなー☆」
「……」
彼はまともな人間だろうとあたしは直感した。少なくとも、面倒くさくはない。
「つーことでチョコバナナくださいチクショーめっ!」
「はいはい、まいどありチクショー……」
……そして意外と良い人に違いない。人は見かけによらないもんだね。
「四つでいいんだな?」
「おぅいえー」
黎香の反応にため息を吐きつつ、彼は色とりどりのチョコが塗されたバナナを渡してくれた。うまそー♪
「これは君が作ったのか?」
ルシフェルが首を傾げて聞いた。
「そう……だけど」
「君は料理が上手いんだな」
「んなことはねぇけど……」
ルシフェルが微笑むと、少年は顔を背けてぼそぼそ呟いた。
いくらチョコをバナナにつけるだけでも、あの笑顔で褒められたら照れるよね。気持ちはよーくわかる。
「なぁ、そういやあんたさ……」
「ん?」
「……いや。なんでもねえ」
少年はルシフェルに何かを言い掛けて、やめた。
ルシフェルがもう一度聞き返そうとした、その時――
『キャー!!』
ひ、悲鳴?!
なんだろう。行ってみよう! って、
「黎香は?」
「黎香さんなら行ってしまいましたよ」
とアシュタロスさんが笑って向こうを指差した。悲鳴が聞こえてきたあたりには人だかりができている。ったく、野次馬根性がすごいんだから……。
「行きましょうか」
「うん。あっ、チョコバナナありがとね! 学校で会ったらよろしく伊椰子君!」
「え、あ、ああ。……って伊椰子じゃねぇしっ!」
うむ、ノリツッコミもできるのか。上出来♪
あたし達は少年の屋台を離れて人だかりへと急いだ。
どうやらそこは射的の屋台。黎香はどこかと探していると……
「だーかーら! 本物だっつってんだろうが。あァ?」
聞き覚えのある声。このガラの悪い声は……
「「ベルゼブブ?!」」
堕天使二人がすっとんきょうな声をあげた。
その通り。人だかりの中心、屋台の前で親父さんと黒ずくめの堕天使様が揉めていたのだ。
「だってこのガキがかわいそうじゃねェかよ」
「しかしルールはルールで……」
「オイじじぃコラ。オレがルールだ」
ベルゼブブさんの隣には小さな男の子がいた。
……ははーん。あの子は射的で欲しいものが撃ち落とせなかったんだね。だからベルゼブブさんが代わりにやってあげようという。
口悪いくせに優しいんだなあ、ベルゼブブさんは。
「ガタガタ言うな面倒くせェ。要はあれを撃ち落としゃァいいんだろ?」
……。
「ベルゼブブさん」
「あぁん? って進藤じゃん。それにルシフェルにアシュタロスまで!」
やさぐれ堕天使様はあたし達を見て声をあげた。
「あのチビだけかと思ったら、てめえらも来てたのかよ」
「黎香と会ったの?」
「ああ、チビならそこに……」
ベルゼブブさんが示したのは屋台の目の前。そこには赤い浴衣が一人。
「おっちゃん! 景品はいいからこの鉄砲を売っておくれよ!」
爆弾娘を発見! つーか無茶言うな。
「黎香、何やってんの。早くこっち来なよー」
「だってこれ欲しいんだもん!」
「……黎香さん?」
「はーい! 今行きまーす!」
何、この差……。アシュタロスさんが声をかけた途端、黎香はいきなり素直になった。
んー、ま、でもアシュタロスさんなら納得。一瞬、背中が寒くなったし。
いやいや、そんなことよりベルゼブブさんだ。
「お前は何をしてるんだ? その……」
ルシフェルはためらいながら指を差す。
「そんなものを持って」
「何って。あれ撃ち落とすんだから、鉄砲持ってるに決まってンだろ」
うん。ベルゼブブさん。
……本物を持つ必要は全くないと思うんだな。
「違うぞベルゼブブ」
さすが! 堕天使長様は真面目な顔で首を振る。言ってやってよ。
「そんな銃身が短いものではダメだろう」
ルシフェルの馬鹿ぁっ!
「あ、そうだな」
納得すな。
……もうっ、仕方ないなあ。
「ベルゼブブさん、射的は本物の銃を使うんじゃないんだよ」
「マジかよー!」
まったく、堕天使さん達はどこまで天然なんだか。
「そこにある射的用の鉄砲を使うの」
「ンだよ。早く言えっつーの」
幸い、屋台の親父さんが「言いました……」と呟いたのは聞こえてなかったみたい。
ベルゼブブさんは台から射的用の鉄砲を取り上げた。
「ちゃっちいなぁオイ。……そこのガキ!」
小さな男の子はベルゼブブさんの声にきょとんとしている。
「てめえが取り損ねた“獲物”はどいつだ?」
「あれ」
男の子は景品台に並んだものの中から、某戦隊ヒーローのおもちゃを指差した。
「っしゃァ、任せとけ。ちょっとばかし面白ェもん見せてやるよ」
ベルゼブブさんはそう言って、あの人好きのする笑顔を見せた。そして鉄砲を手にしたまま背を向ける。束ねた茶髪が尻尾みたいに揺れた。
「ほれ、どいたどいた」
わらわらと二手に分かれる観衆。新たにできた道を歩み、ベルゼブブさんは数メートル離れた場所でようやく立ち止まった。
「よーし」
銃を構える堕天使様。ざわつく観衆。まさかこの距離で撃つつもりかっ?
「こんだけ離れてりゃ倒すのは難しいかもしんねェな……。ヒャハハッ! 当たったらてめえら、拍手ぐれェしやがれよ!」
ベルゼブブさんは心底楽しそうに笑い、
《パンッ!》
撃ったー! と、
《コンッ♪》
あ、当たったー!?
軽い音と共に弾は宣言通りの“獲物”に当たった。そしてそのおもちゃの箱は……見事に落下したのだ!
当然、拍手の嵐。屋台の親父さんもぽかんとしている。
「超余裕~」
一躍スターのベルゼブブさんは、肩を銃身でポンポンと叩く。
……ベルゼブブさんって派手なこと好きそうだな。わざわざこんな演出までするなんてさ。
「すごいね、ベルゼブブさん」
「まぁあの程度は、な」
「ですね。外れたら逆に恥ずかし過ぎますよ」
感心するあたしとは対照的に、堕天使二人は落ち着いたものだ。
ところが。
「やっべー! クロどんやっべー!」
やっぱり食い付いた爆弾娘。つーかクロどん言うな。
「その構えやっべー!」
そこ?!
「おう、サンキュなチビ。実弾っつーのは、どうも慣れなくていけねェ。ま、オレにかかれば大した問題じゃねェけど♪」
「どさくさ紛れにチビって言うなぁぁ!」
「おーっと、いいのか? オレはいつでもてめえなんざ――」
ベルゼブブさんがニヤリと笑んで、銃を黎香に向けた途端、
《ドン!》
「ギャーっ!」
えっ、撃ったの?!
「いやいやいやっ。オレなんもしてねェし!」
ベルゼブブさんが焦って両手を挙げると、再び大きな爆発音が響く。
《ドン! ドドン!》
「……あっ!」
観衆の一人が空を見上げて声をあげた。つられてあたし達も上を見る。
「わぁ」
「すごい!」
夏といえばこれだよね。
空には色とりどりの花火があがっていた。さっきの音は、花火の音だったんだ。
「敵襲?!」
「狼煙?!」
「威嚇射撃?!」
違うから!
堕天使さん達は花火も初めてなんだろう。それぞれびっくりしたように身構えている。が、
「……でもそれにしては」
「綺麗な光ですね」
「すげェなー」
黎香がくいっとあたしの腕を引っ張った。
「真子ちん、もっとちゃんと見える場所に行こうよ!」
「ん。そうだね」
あたし達は、ベルゼブブさんも加えた五人で近くの川へ移動。みんなで土手に座って花火を見上げる。
「本当に、敵襲ではないんだな?」
「違うよ。花火は見て楽しむの」
やっと堕天使さん達は緊張を解いた様子。……敵って誰?
「ま、手に持つ花火もあるけどね」
「!! あんな大きく危険なものを持つのか?」
……。
「あれは打ち上げ花火っていって、種類が違うんだよルシフェル」
ルシフェルだけ……かと思ったら、アシュタロスさんまで胸を撫で下ろしていた。あたしは思わずため息。
ベルゼブブさんだけは残念そうにしていたが。
「人間も、こんなに綺麗な光を生むのだな」
ルシフェルが空を見上げて感慨深げに呟いた。光に照らされた横顔は優しい。
あたしが密かにドキドキしていると、
「よっしゃぁっ」
黎香が急に立ち上がる。
「どうしたんです? 黎香さん」
「んふふー♪ 黎香はね、すっごい花火を作るよ!」
「すっごい花火?」
「世界中の人が見られるような超巨大花火!」
また突拍子もない発言を……。
「そんでねえ、その花火は本物の花に変わるの。空から花が降ってきたら、誰だってハッピーになるよぉ!」
……わけがわからないというか、脈絡が皆無というか。
「そしたら世界から戦争はなくなるのだぁ!」
……。
うん。黎香は世界平和に貢献する発明王になれるよ。
「そしてそしてっ、この黎香様が魔王になるのだぁ!」
前言撤回! それはやめれ。
「黎香さん、魔王はルシフェル様ですよ」
「むぅ。ルーたんは地獄の王様でしょ? 黎香は人間界の王様になるー!」
「はは。頑張れよ、黎香」
「あっ、オイ! 次期魔王はオレだっつったろうが。そこンとこ、どーなんだよルシフェルっ?」
「はて……」
「~っ!」
……平和だ。
「……ねえ、ルシフェル」
「何? 真子」
「来年も一緒に来たいな」
「……ああ、そうだな」
うん、平和だなぁ。
「ルシフェル様、まさか、いつまでも人間界にいらっしゃるおつもりではありませんよね?」
「そうだぞルシフェルー」
「そっ、それは……」
……忙しいものね、堕天使長様は。本来なら、さ。
「ねえ真子ちんっ、世界中の人が見られるような花火って、やっぱりエベレスト辺りから打ち上げるべき?!」
し、知らんがな……。
っていうか本気なのはわかったから、地面に構想図を書かないでくれ黎香!