表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/77

第27話:堕天使と雨降り


「ルシフェルー、洗濯籠持って来て」

「了解」


 堕天使様が運んで来た籠から、室内に洗濯物を干していく。部屋干しだ。

 今日は雨なのです。せっかくの休みなのに。


「……」


 ルシフェルは窓に張り付いて外を見ている。


「大丈夫かな……」


 彼は少し落ち込んでいるがそれもそのはず、明日は夏祭り当日なのだ。どしゃ降りというほどではないけれど、外は暗い。 


「心配なの?」

「うん……」


 窓にくっついているもんだから、漆黒の髪はすっかり濡れてしまっている。


「せっかく真子と祭りに行けるのに。晴れた方がいいじゃないか」


 ため息でガラスが曇るのが見える。

 あたしはようやく洗濯物を干し終えた。それから忘れずに某消臭スプレーを吹きかけておく。


「……」 


 まったく、ルシフェルのテンションが低いとこっちまで気が滅入る。ただでさえ、外が暗いと気分が重いのに。

 ……そうだ!


「ルシフェル、明日晴れるようにおまじないしようよ」

「おまじない?」


 彼はやっとこちらを見た。額に張り付いた黒髪を軽く掻き上げて首を傾げる。


「うん。てるてる坊主っていうんだけど」

「てるてる……?」


 ルシフェルは顎に手をやり、 


「照れ屋な僧侶?」


 と訊いてきた。

 照る照る坊主……。顔を真っ赤にしたお坊さんを想像してしまって、ちょっと笑みがこぼれた。


「うーんとね、白い人形みたいなものなんだけど、吊るしておくと次の日は晴れるって言われてるんだよ」

「すごい人形だな。魔力があるのか?」


 いや、それはどうだろう。


「ルシフェル、作ってみる?」

「作れるのならば」



 と、いうわけで。

 あたし達の前には材料が並んでます。材料っていっても、白い布きれとか紐くらいなんだけど。


「丸めて包んで縛れば完成だよ」

「簡単だな。で、どのタイミングで魔力を込めるの?」


 どうやら堕天使長は勘違いしているらしい。まぁいいか。


「魔力は……まあ、ほら、適当に」

「ふーん」

 

 ……さて、作るか。

 布きれを丸めて白い布で包んでいく。ルシフェルも見よう見真似で。


「ここが頭になるんだよ」

「そうなのか」


 そして紐で縛って……と。


「これで完成♪」

「本当に簡単だ」


 指先で紐をつまみ上げながら、ルシフェルはようやく笑った。ゆらゆら揺れるてるてる坊主は、初めてにしてはちゃんと作れてる。


「もっと作ろうよ真子」

「はいはい」

 

 意外と堕天使様は楽しそうに作業している。……作り過ぎないように気を付けなきゃ。

 雨の音を聞きながら、てるてる坊主を作っていると。


「“……主が泣いておられるよ”」

「えっ?」


 ルシフェルが唐突に呟いたので、あたしは思わず手を止めて顔をあげた。彼は手を動かしながらも更に続ける。


「“主が泣いておられるよ。実らぬ大地をご覧になって、悲哀の涙を流しなさるよ。背くのは誰か、裏切ったのは誰か――”」


 まるで詠うように。悲しい内容なのにどこか懐かしい気もした。それはルシフェルの低くて心地良い声のせいかもしれない。


「それは……?」


 ルシフェルはあたしを見て静かに微笑んだ。


「ああ、昔知り合った人間が詠っていたんだ。なんでも、雨は神様の涙だと」


 なるほどね。その考え方、好きだな。


「ちょっと悲しい歌だね」 

「まあな。優しさは時に残酷だ」

「え?」


 どういうこと?


「いや。だがこの詠には続きがあって」


 そう言うとルシフェルは小さく咳払いをして口を開いた。


「“主が泣いておられるよ。意思を授かりし人形は、雫に負けぬ炎を燃やす。彼の涙は慈愛の涙。愛が故に、主は泣いておられる――”」


 ルシフェルは一息ついて笑った。 


「つまり、人間も捨てたものじゃないということさ」


 んー、よくわかんないけど、その神様の涙は恵みの雨ってことかな? ルシフェルは時々、哲学みたいな謎めいたことを言う。


「ほら、真子見て。さっきより上手くいったと思わない?」


 何事もなかったかのようにてるてる坊主を見せてくるから、あたしはそれ以上何かを聞くことはできなかった。


「うん。上手いじゃん」

「だろう」


 ……ま、ルシフェルが言わないならそれほど必要なことでもないんだろう。


 あたしはペンで照れ屋なお坊さんに顔を描き始めた。


「何してるの?」


 案の定ルシフェルが覗き込んでくる。


「のっぺらぼうはかわいそうでしょ」

「のっぺら?」


 ああもう。堕天使様にはのっぺらぼうが通じない!


「えーと、人形さんにも顔があった方がいいよね、ってこと」

「なるほど、そうだね」


 二人で顔を描いていく。

 出来上がったてるてる坊主は合計六個。ちょっと多いけど、これだけあれば晴れるだろうさ!


「待って、真子」


 早速吊るしに行こうとすると、呼び止められた。


「まだ魔力を込めてない」


 ほ、本気だった!

 びっくりしたけど、魔力を込めるとか見てみたい。座り直したあたしの目の前で、ルシフェルは並べたてるてる坊主を見つめる。


「……」


 じっと見つめて……


「えいっ☆」


 可愛らしい掛け声と共に、普通に指を差しただけ。期待を裏切らない!


「まさかそれで魔力が?」

「冗談だ」


 だよね。

ふっとルシフェルの目が真剣な光を帯びた。何か呟いているのはわかるけれど、例によって何を言っているかはわからない。


「……よし」


 そんな儀式はほんの少しの間だけ。にこりと笑ったルシフェルは満足げに頷いた。


「これで明日は晴れるよ」


 そっか。変わったところは見えないけど、堕天使長様がやったなら間違いないよねっ。

 あたし達は今度こそてるてる坊主を吊るしていくことにした。



***



「さすがにすぐはやまないな」 


 窓辺に吊るした白い人形を見ながらルシフェルが言う。頬杖までついて、本当に退屈そう。

 あたしはルシフェルを見てるだけで飽きないんだけど。目の保養にもなるしー。


「そうだ」

「どしたの?」

「どうせ外に出られないなら、手紙を書こう」


 手紙?


「招待状を、ね。今度真子を紹介するついでにパーティーするから」

「パーティー?!」 

「あれ? 言ってなかったか?」

「初耳だよ!」


 そうか、と全然悪びれずにルシフェル。いつの間にか高級そうな紙をテーブルに広げてるし。


「あ、そこで真子を料理長に会わせる予定だから。まあ彼は忙しいからな、会えるかどうかはわからないが」


 ちょぉっと待てぇい!


「何その展開?! あたし全く聞いてないんだけど!」

「うん、ごめん。それはアレだ、過去の私のうっかりだ」


 ごめん、じゃないよ!

 平然としているルシフェルは更にどこかからペンとインク壺、蝋燭と判子を取り出した。あっ、羽ペンとかお洒落! ……じゃなくてっ。


「パーティーってどういうこと?」

「この前地獄へ行った時は幹部がいなかっただろう? ただ紹介してまわるのもつまらないから、食事しながらの楽しい会にしようと思ってな」

「そ、そんな大々的に?」

「私が皆に会いたい、というのもある」


 まあ、それなら……うん。


「アシュタロスも連れて行くつもりだから、黎香や奏太を誘っても構わないぞ」


 言いながらルシフェルは羽ペンをインク壺に浸す。少し思案して紙に文字を連ねた。……文字、というより記号の羅列に見えたけど。


「あいつらにはこれでわかるから」

「秘密の暗号?」

「のようなものだな」 


 軽く笑ってペンを走らせる。なんだろう、書いてある文字は読めないのに、何故か整っているように見える。多分、完全無欠の堕天使長は字も上手なんだ。……ま、料理はできないけど。

ルシフェルは書き終えると手紙を畳んで封筒に入れ、赤い蝋を垂らしてその上から判を押した。うわぁ、洋画とかでしか見たことない光景だよ。


「宛名とか差出人の名前は書かないの?」

「書かずともこの印璽を見ればわかる」

「見てもいい?」


 あたしが尋ねるとルシフェルはそっと、封をしたばかりの書状を手渡してくれた。


「封蝋がまだ熱いから、触るなよ」

「うん」


 どれどれ。


「これがルシフェルの判子ってこと?」

「私のと言うか……いや、そうだな。私の印だ。私からだということがすぐにわかる印」 


 ルシフェルは何やらモゴモゴ言っていた。

 んーと判子の図柄は……ライオン? 翼の生えた獅子の絵が、たてがみの細かいところまで丁寧に描かれている。格好いい!


「……さて」


 あたしがぼんやりと見ているうちに、あっという間に何通かの封筒がテーブルの上に。仕事が早いっ。


「ルシフェルはデキる男なんだね」

「ん。まあな」

 

 否定しないところもルシフェルらしいよ。

 彼は目を瞑り、軽く上を向いた。


「わっ」


 久しぶりに背中に翼が出現。あたしは思わず声をあげる。んー、いつ見ても綺麗。

ルシフェルは翼をぐぐっと広げて、体を捻ると不意に腕を伸ばした。そしてなんと羽根を数枚抜き取ったのだ。


「……っ」


 鋭い息吹きと共に眉間に皺が刻まれる。その一瞬の表情の美しさに、あたしはつい見惚れてしまう。

 ぼーっとしていたら、こちらを見たルシフェルと目が合った。彼は紅い瞳を細めて柔らかく笑う。


「あまり気持ちの良いものではなくてな」


 手の上には黒く輝く羽根。光を反射して虹色を帯びている。

 彼はそのまま手を自分の口元に持っていき、ふうっと息を吹き掛けた。と、


『――チチッ♪』


 わっ! と、鳥になった?!

 ルシフェルの翼と同じ色の小鳥が数羽、さえずりながら頭上を飛び回っている。また堕天使様の新しい能力か。


「すごい!」

「そう?」


 肩の上に黒い小鳥を止め、ルシフェルは嬉しそうに笑う。


「私自身の能力で皆の行方を突き止めることは可能だが……ま、たまには風情というものを重んじてみようと思ってな。彼らに手紙を運んでもらう」


 差し出された封筒を小鳥達はおとなしくくわえる。

 全ての小鳥に手紙を渡すと、ルシフェルは立ち上がって窓を開けた。外は相変わらずの雨だ。


「その鳥、飛ばすの? 雨降ってるのに?」

「ああ」

「濡れちゃうよ。鳥も手紙も」


 ルシフェルはびっくりしたようにあたしを振り返る。が、すぐに微笑んだ。


「真子は優しいな」


 て、照れるよ!


「心配はいらない。私の羽根から生まれているのだから、この子達にもそれだけの魔力が備わっている」


 分身、みたいなもの? 確かに堕天使長から生まれたなら安心かも。


「さあ、行っておいで」


 ルシフェルが腕を伸ばす。


「……」

「……」

『……』


 ――飛ばず!


「……何故飛ばない?」

『チ……』


 小鳥は困ったように小首を傾げて鳴くばかり。

 でもさぁ、ちょっと思ったんだけど。 


「ねえルシフェル」

「何?」

「その子達さ、宛先わかんないんじゃない?」


 宛名書いてないし。さすがに何も言ってあげなかったらわからないよ、ねえ。


「!!」


 堕天使長気付いてなかったー!


「そ、そうか。なるほどな……」


 ルシフェルは指に小鳥を一羽ずつのせて。


「では……お前はベルゼブブのところへ。それからお前はレヴィのところへ」

『チチッ♪』


 意を得たように小鳥は一声鳴くと、それぞれ暗い空へと飛び立った。


「アスモデウスは……いいか。面倒だ」


 うわー、面倒がられてる悪魔さんいた。


「あいつは真子にも会ってるからな。わざわざ襲われるために呼ぶ必要もない」

「襲われる?!」


 じゃあ呼ばない方がいいね!


「ベルフェゴールには……いや、レムレース達に言うついでに私が届けるか」


 全部の小鳥を外に放って、ルシフェルはあたしに二通の手紙を差し出してきた。


「黎香と奏太に。真子から渡してもらえる?」

「いいよ。あ、でも黎香はアシュタロスさんがいるからともかく、奏太は読めるかなぁ」

「あ」


 天然めー。


「んー……真子、奏太に説明してやってくれないか?」

「はいはーい」 


 ……ルシフェルは堕天使長としての仕事の時もこうなのだろうか。まあ、そのくらいがちょうど良いのかもしれないけど。なんか憎めないし。


「では私は、この手紙を渡しに地獄へ行ってくるから」

「うん」


 そう言うとルシフェルはいつものように唐突に消えた。


 ……。

 戻ってくるまでにご飯支度するか。ということで、今回はこの辺で――


「忘れてた!」 


 って戻って来た?!


「わあっ! 随分早いね」

「違うんだ。着替えるのを忘れてた」

「へ?」

「人間の服では行きたくない。それにもし行ったら……ベルフェゴールが怖い」


 あーなるほどね。けどだからって……


「めっ、目の前で着替えないでよー!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ