第26話:三ノ宮家のお話
「貴っ様ァ! 一体どういうつもりだッ!」
「ち、違うんだよルーたん!」
「そこになおれ! 叩き斬ってくれる!」
「落ち着いてルシフェル! とりあえず……」
そう、とにかくまずは――
「話を聞こう!?」
***
三ノ宮家。
その名を聞いたことがある者はあまりいないだろう。財閥でもなければ、昔からの名家でもないのだから。
けれど、誰もが少なからずその恩恵にあずかっているはず。
そしてなんと三ノ宮黎香は超金持ちで。
三ノ宮家。彼らが裏でひっそり栄華を極めている理由、それは――
「黎香は特許取るために修行中なんだよぅ☆」
特許取得数No.1。それでお金が……というわけ。つまり三ノ宮家は現代版・発明王なのだ。
「とっきょだと?」
あたしの隣でソファーに腰掛けながら、不機嫌そうにルシフェルが眉をひそめた。今日は黎香の部屋に遊びに来てみました。
「ウチはみんなが快適な生活ができるように、色々開発してるんだよ。一人前になるために一人暮らししてるのさ」
「今は二人暮らしですけどね」
「そうだねアッシュ! あははーっ♪」
同じく座った黎香と、お茶を運んできたアシュタロスさん。
「どうぞ、真子さん」
「あ、ありがとう」
いい主夫になるよ、アシュタロスさん。うーん、いい香りのお茶。黎香ならこうはならないからな。……多分、熱湯入りのコップと茶葉を「口の中でもどしてちょ☆」とか言って持ってくるのだ。あな恐ろし。リアクション芸人じゃあるまいし。
「しかし……」
ルシフェルは怪訝そうに周りを見渡した。もうどこの研究所だっていうくらい、様々な機械が所狭しと並んでいる。中には《プシュー》と湯気をあげているのも。
「これが本当に生活を快適にするのか?」
「するよぉ!」
黎香は胸を張る。
「なおかつちょっとスリリングな生活を目指して……」
「だからといって真子を傷つけるな!」
「うわーん、ルーたんが怒ったぁ!」
……実は黎香の部屋に入って早々、玄関に置いてあった水槽の中の水が爆発するという事件があったのだ。幸いちょっと水がかかっただけだったけど。
黎香流の歓迎だろうが、不覚にも、あたしびっくりして声あげちゃったのね。そしたら――
―――――
「大丈夫か真子!」
「え、うん」
「うひゃぃ♪ いらっしゃい真子ちん、ルーた……」
「……前科があると、言っただろうが」
「どうしたんです、ルシフェル様?」
「黎香……貴様ぁ! 一体どういうつもりだッ!」
「お、落ち着いてルシフェル!」
―――――
という騒動があったわけです。
ルシフェルが剣を出現させるわ、アシュタロスさんは笑って見てるわ、大変だったんだよ。
「いいよルシフェル。あたしは大丈夫だから」
「本当に?」
「黎香も悪気があったわけじゃないと思うし」
「うん……」
まだ納得いかないような表情で、ルシフェルが覗き込んでくる。って近い近い!
「無理するなよ……?」
「わ、わかったから」
いつ見ても、彼の紅い瞳は宝石みたいにきれいだ。
にしても堕天使長、ちょいと過保護じゃないかなぁ。
「はい! 我が家はイチャイチャ禁止でーす☆」
「「はっ?!」」
思わず二人で見てしまう。イチャイチャなんてしてないから黎香っ。うわぁ、心なしかアシュタロスさんの視線を感じるよ。
《パキッ♪》
「あははすみませんカップの取っ手が折れてしまいましたねー」
目が、目が笑ってない!
さすがにルシフェルもびくっとして姿勢を正した。堕天使長もアシュタロスさんにはかなわないらしい。
「そうだルーたんっ」
黎香がぽん、と手を叩く。
「なんだ?」
まだちょっと不機嫌そうなルシフェル。
「あ、あのねっ、今度夏祭りがあるんだけど、一緒に行こうよぅ!」
「夏祭り……?」
そうか。もうそんな時期だね。ルシフェルは何かを考えているみたい。
「ね、面白そうじゃありませんか。真子さんも行きましょう?」
「あ、はい」
アシュタロスさん、別人の微笑だ。あんな風に言われたら頷くしかないでしょ。
「ルシフェルは――」
「うん、行こう」
案外乗り気!
「夏祭りというのはあれだろう? ほら、食べ物がいっぱいの……」
やっぱ食べ物だったか。
ま、機嫌もなおったみたいだし。
「そう来なくっちゃ!」
黎香も嬉しそう。
あたしも結構楽しみだ。人混みは好きじゃないけど、祭りは不思議とわくわくする。
「真子ちん、もちろん“ジャパニーズ・ユカタ”で行くよね?」
浴衣は多分日本にしかないが。
「あーうん、まあ」
……浴衣、あったかな。探さなきゃ。
「真子、“ゆたか”って何?」
誰だよ。
「浴衣だよ、ゆかた。日本の夏の服のこと」
「ふーん……。知ってるかアシュタロス?」
「いえ」
銀髪の貴公子も首を振る。知ってたら逆にすごいよ。
「でねでねっ」
黎香が身を乗り出してきた。
「アッシュもルーたんも和服着たらどうかなって思ったわけ!」
ほー。なるほどね。
恐らく……無茶苦茶似合う。色気倍増!、みたいな。うん。
「黎香今からお買い物行くんだけどぉ、真子ちん達も行こうぜ」
「買い物……。ルシフェルは?」
「私は構わないよ」
「じゃ、決まり~♪」
***
つーことで、あたし達はバスに乗ってデパートにやって来た。
おおー。時期が時期だからか、夏物の衣服がずらりと並んでいる。もちろん浴衣やら甚平やらもたくさん。
「迷うなぁ~」
と黎香。見ているのは浴衣だ。
「あれ? 黎香も浴衣買うの?」
「うん。持ってるやつは小さくなったからねー」
今も充分小さい……なんて口が裂けても言えない。
「真子ちん」
「何?」
「今さ、“今でも充分小さいやんけ!”とか思ったでしょ」
「い、いぃや全然!」
あぶねーっ!
あたしは物珍しそうにきょろきょろしている堕天使二人のところへ。いや、実際のところ他の人達にはルシフェルしか見えてないんだろうけど。
「すごいな」
「華やかですねぇ」
色とりどりの浴衣は見ているだけで楽しい。まあ確かに堕天使さん達の服って黒が多いからね。たまにはこういう服もいいんじゃないかなー、と思ったり。
「これ、私達が着るのか?」
「まあ、うん」
そっと表情を伺ってみる。おっ、案外楽しそうで安心安心♪
「アッシュは無地より花柄とかの方が似合いそうだけどねー!」
早いよ黎香。飛び掛かってきたはつらつ娘は、既に紙袋を抱えている。もう買ったんだ。
……でもちょっとそれ思うわ。アシュタロスさんが浴衣を着たら、かなりの美人になることは間違いない。いや女々しいとかじゃなくて、ね。元がイイんだよ、堕天使さん達って。
「僕がですか?」
アシュタロスさんは目を瞠って、顔の前で手を振ってみせた。
「とんでもない。僕はこのままでいいですよ」
アシュタロスさんは今も真っ黒衣装。体型を隠すようなマントを着ている。
……そういえばよく考えると、アシュタロスさんが他の服を着ていたのは、あのお化け屋敷のバイトの時くらいだ。ルシフェルはすっかり人間の服に慣れているが。
黎香はアシュタロスさんの黒衣の袖を引っ張っている。
「硬いこと言うなよアッシュ~。無地のでいいから着てよぉ」
「でも」
「……無理強いはするなよ黎香。アシュタロスが困るだろう」
ルシフェルが優しく諭す。まるでアシュタロスさんを庇うように見えなくもなかったけど……
「だってさぁー」
それでも黎香は唇を尖らせる。
「年に一度のイベントなんだよ。アッシュも一緒に楽しもうよー」
「けれど……」
アシュタロスさんはしばらく考える様子を見せた。が、黎香を見て、やがて嘆息しつつも微笑んだのだった。
「……仕方ありませんね」
「やったぁ!」
喜んだのは黎香。思い切り抱きつかれて、アシュタロスさんは困り顔だ。
「れ、黎香さん?! まだ着ると決めたわけではありませんよっ」
「いーのいーの。もうアッシュ好き~っ♪」
うん、仲が良くて何より。多分この二人もうまくいってるんだろう。
「真子は、」
おぉぅ。あたしん家の堕天使さんが見下ろしてきた。
「真子は買わないの?」
「あたし? あたしは持ってるからいいよ。ほら、ルシフェルの買おう」
「ああ。たくさんあって迷うな。真子は、どれが似合うと思う?」
……素敵スマイルを見せるなイケメン! もー、何でも買ってやるぜ。全部似合うよ、きっと!
***
……で。
結局、黎香と堕天使二人の浴衣を買って帰宅。思ったより安くて良かった良かった。
更に、あの二人と一緒に祭りに行く約束もしたことだし。
「楽しみだ♪」
ルシフェルはご機嫌。あたしも楽しみだなー。
……でも、まずは。
「ルシフェル」
「何?」
「浴衣探すの手伝ってくれない?」
恐らくは……あの納戸の中なんだけど。
片付け下手な人にはわかるかな。一度物を詰め込むと、二度と開けたくなくなるんだよね。雪崩が起きるのは確実☆
「了解」
と納戸の扉に手をかけたルシフェルを慌てて止める。
「ストップストップ!」
「えっ?」
「あの、さ……まず中に浴衣があるかどうか知ることはできる?」
ほら、あの堕天使長の能力で。
「もちろん」
ルシフェルは軽く肩をすくめてから、納戸をじっと見つめ始めた。が、
「!」
すぐにその笑顔が強ばる。
「真子……」
「……」
「物、入れすぎ」
ガーン!
いやわかってたけどさ。どうやらルシフェルには納戸の中身も全て“見える”らしい。
「うん、だよね……」
どうせあたしは片付け下手ですよ。と落ち込んでいたら。
「で、でも浴衣は見つかったよ!」
良かったね、とルシフェル。励ましてくれてる?
「ほら、真子」
彼はそのまま空中で何かを掴む。
「はい♪」
次の瞬間、その手が掴んでいた袋の中には……浴衣が! すごいよルシフェル!
「あ、ありがとう……!」
「真子のためなら」
堕天使長、素敵すぎっ。
「ただ……」
「ただ?」
何やら言いにくそうにルシフェルは頬を掻いた。
「その袋だけを取り出したから、中で物が崩れた可能性がある」
あ……。
いや、いいよ! もうこの扉を開けないから!
「真子、あの……、もうちょっと整理した方が、いいと思うな」
「うん……」
おずおずと言ってくるルシフェル。やっぱ片付けできない女ってダメだよねー……
「ねえルシフェル」
「ん?」
「汚なくて、正直引いた?」
「いや」
心優しい堕天使様は苦笑しつつ。
「だって丁度いいじゃないか。真子が苦手な部分を、私が補えばいいのだから」
あたしはその言葉にかなり救われた。ありがとうルシフェル!
「けど……」
「けど?」
「後でこの中身、少し片付けよう? 私も手伝うから」
「……はい」
やっぱりダメかー。