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第21話:天然堕天使と女の勘


「ただいま~」


 っと。ふいー、今日も疲れたぁ。


「……あれ?」


 誰もいない。というかルシフェルがいない。出かけてるのかな。

 さて、じゃあ帰ってくるまで夕飯の用意するか。今夜はオムライスにしよう♪



 台所に立ってからしばらくすると、ルシフェルが帰って来た。


「ただいま」

「お帰りー」


 うん、手ぶらってことは。 


「鈴木さんとこ?」

「ああ。家庭教師」

「遅かったね」

「そ、そう?」


 ……?

 正直な感想を言っただけなのに、ルシフェルはぴくっと奇妙な反応を示した。

 でも最近そう思うんだ。あたしより帰りが遅いなんて前はあまりなかったのに。変なのー。


「なんだか最近暑くなってきたな」


 呑気に、唐突にルシフェルは言った。見れば、彼はシャツの第二ボタンまで外して前をはだけている。素肌にネックレス……男前度が二割増しだ!

 本格的に夏が来たら、あたしはかなり目のやり場に困るんじゃなかろうか。


「そ、そのまま行ったの?」

「ん? ああ、暑いから」


 恐らく道を歩けば、女なら全員が振り返るであろう色っぽさ。そのくらい格好良くて……無防備とも言える。

 

 ――家庭教師で、こんな人が来たら。

 

「そのままおばさんにも会ったんだよね?」


 何故か沸き上がる不安感。


「あ、ああ。まぁ…」


 そして更に不安感を煽るルシフェルの歯切れの悪い返事。


「……あっ、真子、今日は風呂掃除は?」

「ん? まだしてないけど」

「じゃ、じゃあ私がするよ!」


 そう言うとルシフェルは風呂場に行ってしまった。なんだか逃げられた気が……。

 …………怪しい。なんか隠してるみたい。何故わかるかって、そりゃあ“女の勘”よ!


 ――亮平君のお母さん、結構きれいな人だしな。


 って、なんてことを考えてるんだあたしはっ。大体ルシフェルは彼氏でもないんだから、そんなこと考える必要なんか――



 《ジュー》


「やばっ!」


 うわーん! 考え事してたら肉が焦げちゃったよ! 焦げ臭いっ。


 よし、いいや、後で本人に聞いてみよう。押しに弱いルシフェルのことだから、そこまで難しくはないはずだ。


 と、とにかく今は換気扇をっ!



***



 風呂掃除を終えて出てきたルシフェルの第一声は


「……疲れ目だろうか」


 だった。

 彼は目をこすりながら台所にいるあたしの頭上辺りを見つめて。


「何故か視界がぼやける。部屋が白く霞んで見えるのだが」 


 ……ごめん、それあたしが出した煙のせいだわ。

 そんな失敗をしたことも知らずに、ルシフェルはにっこり笑う。


「けれどなんだか、いつもと違う香り。夕飯が楽しみだ」


 確かに香ばしいけど。……ごめん。



「真子、まだ台所にいる?」

「うん」

「そうか」


 ルシフェルはポケットから何かを取り出して居間に座った。あれは……手紙?


「ちょっと、こちらに来てはダメだからなっ」


 あたしには見られたくないものなのか?!


「う、うん」


 返事をしつつルシフェルの様子を見ていると、


「……♪」


 彼はいつになくご機嫌なよう。楽しそうに手紙を読んでいる。

 ……めっちゃ怪しい。


「来たらダメだからなー」


 まるで小さな子供のように声を投げてくる。やっぱり変だよぉ!


 が、ずっとルシフェルを見ていてはまた失敗しそうだったので、あたしは目の前のフライパンに意識を集中することにした。苦いオムライスは食べたくないしさ。



「真子」


 チキンライスが出来上がったくらいの時、ルシフェルが台所へやって来た。


「珍しいね、ルシフェルから台所にくるなんて」

「うん。いい匂いがしたから」 


 ルシフェルは笑いながら自分のお腹に手を当てた。いつ見ても細い。

 ……いつだったかルシフェルのお腹を冗談で触ったことがあったけど、その固さにびっくりした。細いのに腹筋すごかったなぁ。


「何を作ってるの?」

「オムライスだよ……って、わあっ!?」


 横を向いたら至近距離にルシフェルの顔が! 格好良過ぎて目の毒だわっ。 

 しししかも背中に微妙にくっついてる……!


「おむらいす?」


 あたしは慌てて冷蔵庫に卵を取りに行く。顔が熱い!

 ルシフェルは珍しく傍で手元を覗き込んでいる。


「邪魔?」

「い、いや大丈夫だよ」


 卵を割って、フライパンに流す。その上にチキンライスをのせたら卵で包んで……


「ほっ」

「おおー!」


 うん、上手くいった♪


「すごい!」 


 照れるなー。じゃあもう一回!


「うりゃっ」

「おぉーっ」


 堕天使長様に感心されるとかなり嬉しい。へへっ。


「もう一回見たい」

「あぃよっ」



 ……と調子に乗ってるうちに。


「……あちゃー」


 目の前にオムライスが、六皿。明らかに作り過ぎ。


「どうしたの?」

「どうしたの、って作り過ぎちゃったよ」


 え、とルシフェルは驚いた顔。 


「私のために作ってくれたのではないのか?」


 いや、ルシフェルのためでもあるけど……何皿食べる気だよ。



***



「ごちそうさま」


 ………食った。


「すご……」


 あの細身のどこに入るのやら、ルシフェルは五皿のオムライスを完食した。ぺろりと。


「苦しくないの?」

「全然」 


 まったく……あっけらかんとしているルシフェルを見ていると、自然とため息を吐きたくなる。


「よく太らないよね~……」

「私はそういう体質らしい。太る、というのがどういうことかわからないんだ」


 あんた今、世の中の女性のほとんどを敵に回したよ。


「でも、」


 色んな意味で女性の敵であるハンサムガイは自分の体を見下ろした。


「……少し動かないとな。体が鈍って仕方ない」


 あたしが見る限りではそんなに変わってないけれど。特に筋トレしている様子もないのに、体が弛んでるわけでもないし。


「アシュタロスと稽古でもするか」


 筋トレのレベルが違うね、うん。頼むから家を壊さないでくれよ。


 ……さ、ご飯も食べたことだしっ。


「ルシフェル、お風呂入ったら?」

「先に、いいのか?」 


 いつも夕飯の後にお風呂に入ることになっている。どちらが一番風呂かはその時によってまちまちだ。

 あたしが頷くと、ルシフェルは食べ終わった食器を持って立ち上がった。皿が五枚も……。


「では甘えさせてもらおう」


 台所から戻って来たルシフェルは浴室に向かう途中でふと足を止めた。そしてあたしを振り返る。


「一緒に入る?」

「! いいからっ」 


 そんなことしたら出血多量で倒れるよ! 鼻血で!



***



「――ぅあっ!」


 ルシフェルが風呂へ向かってから暫し。洗面所から小さな悲鳴が聞こえてきた。


「どした?!」


 すると、スウェット素材のズボンとVネックシャツを身に付けた彼が出てきた。こんな格好でいると堕天使だってことを忘れそうだ。ただの……ちょっとセクシーなお兄さん? 

 でも変わった様子は特にない。強いて言えば、髪が生乾きでボサボサなことくらいかな。


「……失敗」

「え?」

「あの機械、苦手」


 指差したのは……ドライヤー?


「風がぶぁーって。息できないじゃないか」


 ……。


「ドライヤーって髪を乾かす道具だよ?」

「それは私でもわかる」


 ルシフェルは腹を立てた……というより悲しそうな顔をした。ご、ごめん。 


「こう、かざすようにするんだろう? だが前から当てるには強風過ぎはしないか」


 それは仕方ない気がするんだけどなー。

 ルシフェルはドライヤーを手に取り唸っている。


「私の言う事を聞いてくれないものか」


 再びそのままカチリ、とスイッチを入れる。と、


「あっ」


 彼は嬉しそうにあたしを見た。艶やかな黒髪がふわっと風に浮く。

 

「少し風が弱くなったよ真子!」

「……な、なら使いやすいね!」


 ああ、とご機嫌で洗面所に戻る堕天使長。


 ……あたしは言えなかったよ。

 スイッチに“強”と“弱”があるなんてさ。


「わっ!」


 だがまたしてもルシフェルの声。


「風が冷たくなった!」


 ……“クール”だね、多分。


「お前、私の言う事が聞けないというのかっ」 


 ドライヤーに向かって喋っているのが聞こえてくる。……天然というかなんというか。

 でもちょっと面白いからそのままにしておこうかな。


「……さては風呂に入れないから腹いせに、ということだな。良かろう、お前も入れてやるッ」

「ちょいちょいっ!」


 やめて! それ機械だから! 水に漬けるとかやめてー!


 あたしは慌ててルシフェルを止めに洗面所へ飛び込んだのだった。我が家のドライヤーの危機!

 ホントに堕天使様の思考は人間の理解力を越えるよー!

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