第20話:その悪魔の名は
前回の続きになります。“初めての地獄篇”のラストです(お疲れ様でした~笑)
入ってすぐに見えた大きな窓。床に敷き詰められた絨毯。
あたしとルシフェルは白銀の髪の悪魔さんの部屋に招待?されたのだが。ずいぶんとさっぱりした部屋だ。家具といえば壁際にある本棚、渋い木製の机、丸テーブルと椅子くらい。
「きれいに片付いてるね」
「仕事部屋なんだから当たり前だ」
……あう。あたし、ちょっとこの悪魔さん苦手かも……。
「いきなり寝室に見ず知らずの人間を入れるわけないだろうが」
言いながら悪魔さんは椅子に体を埋めた。あたし達もテーブルを挟んで腰掛ける。
「――で、一体どういうことだルシフェル」
うん、と頷いたルシフェルは隣ですらりと長い足を組んだ。羨ましくなる長さだ。
「実は少し地上に行っていて――」
「知っている」
「そこで真子に世話になって――」
「そこの人間か」
「……えーと、ちょっと挨拶をしに――」
「誰にだ」
「……うぅ」
めっちゃ怖っ! そして困ってるルシフェルもちょっと可愛い!
「挨拶だと?」
白銀の悪魔さんは背もたれに寄りかかって息を吐いた。
「生憎だが、貴様が考えているような高位の奴らは皆出かけているぞ」
「みんな? 確かにさっきアスモデウスには会ったが」
「あの野郎……」
悪魔さんは忌々しげに呟いた。
アスモデウス……って悪魔さん? そんなお偉いさんがさっきいたんだ。わからなかった。
「しかもベルゼブブは貴様を追いかけて地上に行ったきりだしな」
「《レヴィ》は?」
「あれは相変わらず海だ」
……意外とこの悪魔さん、苦労人なのかもしれない。
ん?
あれ?
「どいつもこいつも。何故俺よりも《怠惰》なんだ」
「はあ」
「はあ、じゃない! そもそも貴様は何をしている」
もう殺意さえ剥き出しな悪魔さん。
そう、“悪魔さん”。
……あたし、まだこの悪魔さんの名前を知らない。
「あの~……」
だから思い切ってそっと手を挙げてみる。
「なんだ」
ひっ。
灰色の瞳でギロリと睨まれた。いや睨んでるつもりじゃないのかもしれないけど、腕組みしながら半眼で見下ろされるのはビビるよ。
「な、名前をまだ……」
「名前?」
ああ怖いよーっ! が、頑張れあたし!
「悪魔さんの名前を教えてもらえないかなあって……あ、あたしは進藤真子っていいます!」
「……名など。聞いてどうする」
寒い寒い寒い……! 声が冷気を帯びてきているよ。
「どうせ貴様らにとっては同じ悪魔だろう」
「同じじゃ! ……ない、です」
「……ほう?」
初めて悪魔さんの表情が動いた。ああ、なんで名前聞くだけでこんな苦労を……
「ルシフェルと悪魔さん見ても全然違うし、それに同じ悪魔さんはいないし、えーと、だから今あたしの目の前にいる悪魔さんも……」
「……《ベルフェゴール》」
「え?」
思わず聞き返すとライトグレーの目がふいとそらされて。
「二度も言わせるな。面倒だ」
名乗るのに面倒も何も……。
でも、名前がわかった。
「ベルフェゴールさん、ね」
これでようやく本当に出会った気分だよ!
悪魔さん改めベルフェゴールさんはなんだか不機嫌そうだ。
「……変わり者だな、貴様は」
悪魔に言われたら終わりな気がするけど。
「なあ、ベルフェゴール」
と、ここでルシフェルが思い切ったように居住まいを正した。
「……なんだ」
ベルフェゴールさんも目線だけを動かしてルシフェルを見る。
「私は……もう少し地上に留まろうと思う」
「…………」
がたがたがたがた。凍り付いてしまうよー……。
だけどルシフェルはめげません。
「もちろんこれからは地獄にも顔を出すつもりだ。それにここの管理も――」
「いいんじゃないか、別に」
へ?
「へ?」
ルシフェルまでもが間抜けたように聞き返すと、白銀の悪魔はちらりと嫌そうな顔を見せた。
「だから、無理に止めはしない、と言っている」
「え、あ、ああ……」
ルシフェルぽかーん。
あたしもぽかーん。
ベルフェゴールさんだけが憮然としている。
「なんだ、その反応は」
「いや……ベルのことだからきっと止めるだろうと」
「その名で呼ぶな馬鹿者」
「……はい」
馬鹿って! 堕天使長に馬鹿って言ったよこの悪魔!
「ふん」
最強疑惑が更に強まった悪魔さんは、しょげるルシフェルをじろりと見て嘆息した。
「完全に許したと思うな。ただ、この頃地獄の状態が安定しているのも事実だ。つまり――貴様の精神が安定しているということだからな。……大方、そこの人間の影響か」
「……」
「まあ俺のところに貴様の仕事が回ってこなければ、それでいい」
さりげなく会話にあたし登場したよ。そこの人間……ってあたしのことだよね。精神? 安定? 影響?
「あの、すいません。それって……」
「そういうことだ。いずれにせよ、今日は挨拶云々は無理だな。諦めろ」
無視か! あたしに発言権はないのかよー。
……やっぱり、ベルフェゴールさんはちょっと苦手かもしれない。
なんかルシフェルも神妙に頷いてるし。
「そうだな。あいつらが居ないなら帰るか」
「え、もう帰るの?」
「おい、」
思わず声をあげるとベルフェゴールさんの不機嫌そうな声がそれを遮った。
「な、何ですか?」
「貴様、地獄を甘くみると……」
ライトグレーの瞳が鋭く光る。あたしの気分はまさに蛇に睨まれた蛙。
「――喰われるぞ」
ひいぃ……っ!
今まさにあなたに喰われそうですってば!
「用が済んだらさっさと帰れ。俺も……そこにいるルシフェルも悪魔だ。人間じゃない」
「私は堕天使なんだが――」
「貴様は黙っていろ」
「……はい」
しっかりしろよ堕天使長ぉ!
「……では帰ろうか、真子」
ああ暗い。オーラがどんよりしてるってルシフェルさん。
「……次に来た時は他の奴もいるといいな」
ベルフェゴールさんの声に送られ、ルシフェルに掴まって、またあたし達は移動した。
***
ふう。
ようやく見慣れた自分の部屋に戻ってきた。
「なんか疲れたねー」
「ああ」
立ち直ったらしいルシフェルが小さく笑う。
「だが後でもう一度行かなければな。挨拶できなかった」
また行くのか……。
「その時は真子、ついて来てくれる?」
あぁもうっ! あんたのおねだりは拒否できないんだってば。
「いいよ。思ってたほど恐ろしい場所じゃなかったし」
「そうか」
「でも……」
「でも?」
灼熱の炎じゃなくて、むしろ極寒だったね、彼。思い出しただけで変な汗が出る。
「……ベルフェゴールさん怖かったぁ」
あたしが言うと、ルシフェルは更に笑う。
「私もあいつにはかなわない時がある。悪い奴ではないんだが」
今日は思い切り負けてたもんね。ていうか悪魔なのに悪い奴ではないって。
「結構あいつ、真子のこと気に入ってたみたいだぞ」
「えぇぇ?!」
どこがっっ! めっちゃ怖かったぞ。
「“次来た時は”、なんて。いつものあいつなら“二度と来るな”だから」
想像がつくだけに怖い。
でも色んな悪魔さん、堕天使さんがいるんだなぁ。ルシフェルみたいに優しい天然さんとか、ウァラク君みたいに可愛い子供とか、ベルフェゴールさんみたいに怖い悪魔さんとか。
「今度行った時は、真子を万魔殿の料理長にも会わせたいな」
「料理長?」
「ああ。そしてみんなに真子の料理を食べてもらいたい」
そ、そこまで上手くないよ。なんかすごい話だけど。
ルシフェルは紅い瞳を細めて笑った。
「そして自慢してやるんだ。私はいつもこんな料理を食べているって」
久々に出たな乙女キラー!
もう堕天使長様ってば可愛いっ。ルシフェルのためにももっと頑張るよ!
あ、そうだ。ちょっと早いけど夕飯作らなきゃ。……半日で地獄行ってこれるんだもんなぁ。不思議。
「ルシフェル何食べたい?」
「んー、“地鶏のロースト ローズマリー風味 黒トリュフソース添え”?」
あいわかった。ルシフェルのためなら……って
「ルシフェルっ!」
「ごめん、冗談」
いきなり贅沢言うなよ。能力的にも金銭的にも無理だよ!
「えーと……なんか茶色いソースがかかっていて、独特の匂いがするやつ――」
「カレーね。了解」
あんな複雑な料理名知っててカレーが出て来ないとは。頑張れ。
「あ!」
急にルシフェルは手をぽんと打って。
「調味料の“そ”、思い出したぞ」
ああ、行く前に言ってたやつね。彼は自信満々に指を立てて。
「“そ”はソースだな!」
……。
どうしようか迷ったけど一応言っておく。
「……味噌だよ、ルシフェル」
「えぇっ?!」
……。
「何故? 味噌なら“み”だろう?」
あたしに聞くなよぅ。まったく、ソースが日本の伝統調味料だと思ったら間違いだぜ。
「あ、なるほど。調味料の“まみむめも”もあるのだな!」
……こんなルシフェルを見ていると、レムレースさん達を前にした彼と同一人物とはとても思えないんだけど。“殿下”なのに。
「“ま”は……まむしかな、真子?」
「……」
……頑張れルシフェル。
「あ、ねぇちょっと真子! 無視しないで」
さぁて、料理長とやらに会う時に備えて料理の練習しようっと♪
こんにちは。笛吹です。初地獄篇は長かったので、中途半端に分かれてしまいました(汗)。――さて、今回はちょっとした報告がございます。…☆Thanks 10000 Hit☆…ということで! 第20話更新時点で一万アクセスを突破しておりました! 何だかひと区切りがついた気分です。ここまで到達できたのは、いつも読んで下さる読者の皆様のお陰! 感謝してもし足りませんっ。これからも精進して参りますので、どうぞのんびりと見守ってやって下さい♪ 本当にありがとうございました!