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第18話:初めての地獄篇っ♪


「“さ”は?」

「砂糖」

「“し”は?」

「塩」


 ……別にあいうえお作文じゃあない。

 そう。料理の基本! 日本人の心! 調味料の“さしすせそ”だ。堕天使様は料理のお勉強中なのです。


「“す”は?」

「……酢?」

「うん。じゃあ“せ”」

「せ……?」


 あたしはテレビのチャンネルをあちこち変えつつ、横目でテーブルの向こうを見た。


「う~……」 


 ルシフェルは頭を抱えて唸っている。“せ”は日本人でも知らない人いるからなー。


「……ねぇなんだっけ?」


 ふぉぉっ……!

 ヤバいヤバいヤバい! 上目遣いがヤバいー!

 机に肘をついて頭を抱えてるから、自然とそうなったみたい。


「せ、“せ”は醤油だよっ」

「ああ……そうか」


 ちなみに昔“せいゆ”“せうゆ”つってたからだよ、とか言ってみる。


「じゃ、最後。“そ”」

「“そ”ォ~?」


 ルシフェルは悲鳴じみた声をあげて腕組み。


「そ…? そー……」


 頑張って!


「そ……――ぁ」


 突然ルシフェルの動きがぴたりと止まった。


 …………嫌な予感。

 ルシフェルは虚空を見つめてぼそっと呟く。


「――“そ”うだ。地獄へ行こう」


 ……。


 ……。


 …………ん?


「あの、今なんと……?」

「地獄行こう、地獄」


 じごッ……!

 ていうか、どっかのキャッチコピーみたいに言うな!


「は? 何、え、地獄?」


 それって……“帰る”ってこと?


「地獄だ。そろそろ顔を出さないと、後で色々言われそうだから」


 既にアシュタロスさんに監視されてから言うなよ。


「それに今日はせっかくの休みだし、丁度良い」

 

 ……せっかくの休み?

 誰の?

 ああ、あたしの?


 ……。


「ってあたしも行くの?!」

「当然」


 ルシフェルはびっくりしてるけど、本当にびっくりなのはあたしだよ!


 何? 地獄デート?

 あらやだ、とっても粋な計らい♪


 ……。


 イヤァァアッ!!

 地獄って地獄ってー!


「嫌だよっ! まだ死にたくないし」 

「大丈夫。生きたまま行けるから」


 言いながら彼は見惚れるような微笑を見せる。


「まあ、帰りはどうなるかわからないが」

「すげー嫌だーーっ!!」


 あたしが全力で拒否すると、ルシフェルは声を出して笑いながら「冗談だ」と付け足した。


「安心して。私がいる限り、真子に危害が及ぶことはないから…………多分」

「……最後何か言った?」

「いや。……私はね、真子を仲間に紹介したいし、真子にも私がどこから来たのか見てもらいたいんだ」


 そう言ってルシフェルは紅い瞳であたしを真っ直ぐ見つめると、ふと首を傾けた。


「ダメ……か?」

「いやっ、ダメじゃないよ」


 条件反射だ。あたしはどうもルシフェルのこの仕草に弱い。


「さすが真子」


 そしてこの笑顔にも。



「本当に大丈夫なのね?」

「うん。きっと思っているほど嫌な場所ではないよ」


 あの黒い騎士服に着替えたルシフェルが言う。なんでも一応の正装なんだそうだ。

 ……まあいつも通り天然堕天使様は目の前で着替え始めたから、あたしが必死に部屋に押し込んだんだけど。


「ところで、どうやって行くの?」


 そもそもあたしは場所すら知らない。やっぱり地下なのかな?


「普通なら魔方陣を描くことで通路を開くんだが」 


 見たところ、ルシフェルは手ぶらだ。そんなものを描く様子もない。

 あたしが訝っていると彼はニヤリと笑んだ。


「私を誰だと思っている。媒体など要らない」


 あはは。でしょうねー。

 まあなんとなく予想はついてたよ。何せビルを丸々“消す”くらいだからね。


「おいで」


 言われるままに近付くと、ルシフェルはあたしの肩にそっと腕をまわした。はわわ……っ!


「行くよ」


 呑気な声。

 そして急に床が抜けたような感覚があって。


「え、ちょっ、まだ心の準備が――!」

「いざ! 地獄!」


 鎌倉……?!


 なーんてルシフェルの声が遠くに聞こえたと思ったら、ふわりと宙に放り出されたように感じて、あたしは思わず目をつぶる。


 だがそれも一瞬。


「……到着」

「もう?!」


 本当に一瞬だった。

 地に足が着いた感触にあたしは恐る恐る目を開ける。……ああ、生きたまま本物の地獄を見たのは人類初じゃないかしら? とか思いながら。


 あたし達は真っ暗な場所にいた。地獄のイメージにはよく合ってるけど。ただの暗闇。何にもない。


「ねえ――――」


 ルシフェルに話しかけようとして、……あたしは思わず口を開けた。

 何にもない。確かに周りには何にもないのだけれど。

 そこにはあるものがひとつだけ。


「でかっ…………!!」


 目の前に、巨大な巨大な“門”がそびえていたのだ。

 そのてっぺんはいくら見上げても見えないくらいに高い。幅も、一体何が通るのかってくらいある。あんまりデカすぎて気が付かなかったみたい……。


「ここはまだ外側。正式には地獄とは言えないかな」


 ルシフェルは涼しい顔で巨大な門に歩み寄ると、その下の辺りを軽く押した。

 キィ、と音を立てて扉が開く。


 ……なんだかやたら小さな扉が。


「そこから入るの?」


 どうやら門本体とは別な入り口が設けられているようだ。

 ……見劣りするのは仕方ないか。


「ここが普段の出入り用。こんな大きな門、いちいち開けるのは大変だから」


 じゃあ一体何のためにこんなデカい門を造ったんだ?


 ルシフェルは、動けないでいるあたしを振り返った。


「まだまだ。ここからが本当の地獄だよ」


 そのセリフは笑って言ってもなんか怖いよ!!



***



「ねえ」

「ん?」

「ここどこ?」

「地獄。の入り口」

「…………」


 ……おかしいな。

 あの扉をくぐったらやけに明るい場所に出て。びっくりしていたら耳に届いた喧騒。


『6番でお待ちの方フロントまでどうぞ』

『お呼び出しします。管理課ダンダリオン様、お客様がお見えです――』

『はい、手続きが終わりましたらこちらへー!』


 ……。


 まるで……


 まるでホテルのフロント、ないしは空港みたいなその空間。


「こ、ここが地獄なわけ……?!」


 だだっ広いホールにはシャンデリアがぶら下がり、壁の方にはフロントデスク。ちゃんと受付嬢もいるみたいだ。

 ルシフェルのように黒い服を来た者や(多分堕天使か悪魔なんだろう)、逆に真っ白な衣装の者もいる(天使かな?)。


「入り口だからね。公式な訪問を除いて、地獄に入るためにはここを通らなければならない」


 へ、へぇー……。


 ぐるりと見渡せばホールの脇にはいくつもの扉。さっきからぞろぞろと光の塊が吐き出されている。よく見れば、それはみんな人の形をしていて。なんだか団体旅行客みたいだ。


「あのいっぱい出てくる観光客っぽい人達は?」

「あれは“魂”」

「はっ?!」


 あれがみんなその、死んでる人達?

 にしても。

 地獄だっつーのにえらく楽しそうじゃないか。光、と言っても口らしきものは見えるから、その口元が緩んでいるのもわかる。


「なんか天国に行くみたいじゃない? すごく楽しそうだけど」

「まあとりあえず、与えられた生を耐えたことに関しての慰安旅行というところだ。天国はもっと素晴らしい場所だから」


 ルシフェルは人の波を器用にすり抜けて進む。あたしは早足で追いかける。


「魂達はこれから更に厳密に審査されて行き先が決まる。何せ数が多いからな。審査を待つまでの期間は好きに過ごしていい」


 もっとも、と言ってルシフェルは笑った。 


「悪魔がいるような世界で好き放題できる人間などいないがな」


 確かにねー……。

 いくら人間界での重罪人でも、自分の運命を握る“非人間”には歯向かわないだろう。


 こうして見ていると、天使も悪魔も魂も普通の生きた人間と同じように行動していて面白い。

 ロビーで雑誌らしきものを読む悪魔とか。

 書類の束を小脇に抱えた天使とか。

 なにやら笑い合っている魂達とか。

 ……ルシフェルを呼び止めた誰かとか。


「ルシフェルじゃないか!」


 急に聞こえてきた声に、前を歩いていた堕天使は足を止めた。必然あたしも立ち止まる。

 声の主はすぐに見つかった。

 少し離れた場所から手を振る背の高い黒服。多分、男の堕天使。多分っていうのは、顔立ちが中性的だったし鮮やかな金髪は腰の辺りまで伸びていたから。


「……あぁ」


 心なしかため息混じりの声をあげたルシフェル。そうしてあたしを振り返る。


「……捕まってしまった。少し話をしてくるから、真子はどこかで待っていて」

「う、うん」


 あたしが頷いたのを確認すると、彼はすぐに人混みへと消えた。


 ……知らない場所で独りぼっち?!

 ねぇひどくない?


 ……。

 うわーん……どうしよう。でもとにかくルシフェルが来るのを待つしかないよね。待っててって言われたし。


 人の流れの只中に立っているのもどうかと思ったので、とりあえず隅っこに寄って待つことに。

 どこへ向かっているのかわからないまま、それでも壁にたどり着いて一安心。ホッと息を吐いた時だった。


『――そちらのお嬢様?』


 最初、あたしはそれが自分に言われたのだとはわからなかった。


『あの、すみません。そこの“人間”のお嬢様』


「…………あたし?」


 びっくりして振り向くと少女が――そして、そこには幅広の“フロントデスク”があった。

 どうやらあたしは受付付近に来てしまって、受付嬢さんに声をかけられたようだ。


 ……ていうか、受付嬢さん可愛い……!

 あたしに声をかけてくれた子も含めて数人が座っていたけれど、どの子も本当に可愛らしいのだ。 

 目の色も髪の色も様々、だが服装は共通してフリルのついた黒のドレス。頭には帽子なんかをちょこんとのせちゃって、まるでお人形さんみたいだ。


 そしてあたしに微笑みかけているのは茶髪の女の子。


『微かに堕天使の匂いが致しますが、お客様は生きた人間でいらっしゃいますよね? “入獄手続き”はお済みですか?』

「にゅうごく……?」


 なんだそれは。“入国手続き”じゃないんだ。 


『どうぞお掛けください。説明致します』


 彼女はにこやかに笑んで椅子を示した。


 ……ということで、“地獄受付”に。なんだ受付って。

 どうやら“入獄手続き”とやらをしないと地獄には入れないらしい。それで証明書のようなものを発行してもらうんだとか。へぇー。


『お名前をお願いします』

「あ、進藤真子です」


 名前以外にも出身とか、地獄に来た目的とか、いくつかの質問をされた。目的は、迷って、“観光”だと言ったら、普通にスルーされた。ひゃー。


『はい、お疲れ様でした。これで質問事項は全部です。もう少々お待ちください』


 それから彼女は更に紙に何か書き足していく。

 あたしはその作業を黙ってみていたが、ふと聞いてみたくなって声をかけた。


「あの」

『なんでしょう?』

「生きた人間がここに来ることってあるんですか?」


 あんまりにも対応が自然だったので疑問に思ったのだ。


『たまにありますよ』


 えっ、あるんだ!?


『作家や画家をしていらっしゃるという方が結構多いです。悪魔に気に入られた方ですね。あと、入院中に間違っていらっしゃる方とか。大抵は天国だと勘違いなさったまま人間界にお帰りになりますけど』


 怖っ。


 ……てことは、地上で出回ってる本や絵のいくつかは本物の地獄を描写してるってことか。世界は広いな。

 などとちょっと気が遠くなりかけた時。受付嬢さんの声で我にかえる。


『大変お待たせ致しました。これから簡単な“入獄審査”を受けていただきます』

「あ、はい」

『番号札をお渡ししますので、放送で呼ばれ次第またこちらへおいでください』


 そう言って渡された札の番号は――52番。

 これは……結構かかりそうだぞ。


『申し訳ございません。お待ちの間はロビーでおくつろぎくださ――……』


 ?


 彼女は急にぽかんと口を開けた。

 一体どうしたのかと視線の先を見ようとすると――


「ここにいたのか」

「わーっっ!?」


 耳元で響いたテノール。振り返って、予想外の近さにあの堕天使の美貌があって思わず叫んでしまう。


「どこから沸いて出た?!」

「ひどい」


 いたなら声かけて欲しかったよ。


 と、“ガタンッ”という音がしてまた首を戻すと、受付嬢さんが勢い良く椅子から立ち上がったところ。

 まさに直立不動。彼女は顔を赤くしてなんだか慌てていた。


『で、で、殿下! どうなさいましたのでございますかっ?!』


 おいおいおい……。


 殿下、と呼ばれたルシフェルは自分の薄い唇に指をあてて苦笑した。


「なにも騒ぎにしたいわけではないよ。落ち着いて」


 よく見たら隣の受付嬢さん達もこちらを凝視して固まっていた。でもホールを行き交う天使や悪魔は幸い気付いていないみたい。

 ……なんだよなんだよ。モテモテだなルシフェルこのやろーっ。


『きっ今日はどのようなごごご用件でしょうか?』


 噛み過ぎだ。


「うん。この子は私の連れなんだ。あまり待ちたくはない。どうか特別に便宜を計ってはくれないだろうか」

「そんなことできるの?」


 驚いたのはあたし。待たなくて済むなら、それに越したことはないけれど。


「まあ私は所詮しがない最高権力者だけどね。そのくらいはできるはず」

「最高権力者?」

「ああ。これから行く“万魔殿”で一番偉いのが私」


 ……。


「いやいやいやっ! 謙遜する意味がわかんないから!」


 ……と、盛大に突っ込んでから周囲の視線に気付く。受付嬢さん達がどこか唖然とした様子であたし達を見ていた。

 やっぱり最高権力者に突っ込んだのはまずかったかしら。


 にしても……どんだけ偉いんだ、この天然堕天使様は。


「で、可能か?」


 あたしのツッコミも周囲の視線もものともせずに、ルシフェルは茶髪の少女に聞いた。彼女はあたふたと紙をかき集める。


『おそらくは。あの、今から管理課の方へ確認して参りますのでッ!』


 あ。

 あー……行っちゃった。


「……真子」


 見上げればルシフェルは些か傷ついた表情。


「私、何か悪いことしただろうか」


 はぁ、とため息。


「……私の顔を見るとみんな真っ赤になって怒るんだ」

「いや、あれは怒ってるわけじゃないと思うよ」

「本当に?」

「うん、絶対」


 よかった、と呟く堕天使を見て、彼はこの先も本当の理由には気付かないだろうなと思った。……ある意味幸せな奴だな。



 結局担当してくれる子がいなくなってしまったので、あたしはそのままそこで待つことに。

 ルシフェルはというと、すぐに別の知り合いから声をかけられてどこかへ行っちゃったし。 

 しかもその知り合いがかなり怪しい……。黒いタキシードにシルクハット、ステッキに白手袋というホールの中でも少し浮いた格好。


 そこまで考えて、本当に奇妙なのはこんな風に堕天使と関わって地獄まで来たあたしじゃないかと気付いた。

 軽く凹んでいると。


『――あの、すみません』


 さっきまで隣の席に座っていたはずの受付嬢さんが声をかけてきた。この子も人形みたいにとっても可愛い。


『少々お伺いしたいことがあるのですが……』

「は……ぃ」


 ――違う。この子だけじゃない。

 誰かに見られてる気がして向こうをみたら、……他の受付嬢さん達が壁に隠れてこちらを見ていた。視線が痛いよ! つーか仕事しろよ。


 目の前の少女は何か言いにくそうな素振りを見せ、やがておずおずと口を開く。 


『あの……ル、ルシフェル様とはどういったご関係ですか?』


 ん? どういったって……


 !


 ははぁ。

 この状況。この質問。そしてさっきの彼女達の態度。

 ここで言うべきはただひとつじゃないか。


「あ、別に彼女なんかじゃありませんよ」


 ……だよね? うん。


 まあでも受付嬢さん達は明らかに安堵した様子だった。 


『そ、そうでしたかっ……変なことをお聞きしてすみません』

「いえいえ」


 すると遠巻きにこちらを伺っていた受付嬢さん達も一気に集まってきた。って可愛い可愛い!


『それにしても……』

『先程のツッコミはお見事でしたわ』


 なんか恥ずかしい。けど嬉しかったりして。


「いやぁ、ありがとうございます」

『殿下は少々抜けてるところがおありでしょう? けれどかなり高位の方ですし』

『あんな大それたことはそうそうできませんもの』


 ルシフェルは地獄でもおとぼけ発言連発なのか。彼女達の態度から察するに、確かにツッコミ役はあまりいないのかもしれない。


『あら、何をしているの?』


 ここで茶髪の彼女が戻ってきた。目を丸くして、自分の席に集まった同僚達を不思議そうに見る。


『あ、お帰り。さっきの彼女のツッコミがすごかったって話してたのよ』

『ああ、あれね』


 そ、そんなにすごいか?!


『ていうかあんた良かったわね! ルシフェル様に話しかけられたじゃない』


 ……おや。今度の標的は茶髪の彼女だ。


『そうよそうよ! あっ、でも私もこのあいだ微笑みかけられちゃったのよ』

『私も! 素敵だったわ~』

『私なんてルシフェル様がサインに使ったペン持ってる!』 

『えぇ?! 羨ましいっ』


 ……おーい。

 あたしそっちのけで大騒ぎだ。ちょっと面白かったけどね。


『もう、みんな! まだお客様の手続きは終わってないのよ』


 茶髪の彼女が腰に手をあてた。


『早く証明印を押して差し上げないと――』

「私もそれがいいと思う」


 ん? 今なにやら男の声が。


 静寂。

 そして……悲鳴。

 まるで蜘蛛の子を散らしたよう。 


「……別に怒らないのに」


 瞬時に席へ戻った少女達を見てルシフェルは悲しそうに呟く。毎度毎度唐突だね、あんたは。

 茶髪の担当者さんは顔を真っ赤にしたままひとつ咳払いをした。


『え、えーとっ……。そ、それでは許可が下りましたので“証明印”を押させていただきます。手をお出しください』


 素直に右手を差し出すと、その甲にスタンプのようなものを押される。一瞬だけ何かの紋章が紫の光と共に浮かび上がり、消えた。


『入獄の際は係にそちらをお見せください』


 彼女はにこりと笑って深々と一礼。


『お疲れ様でございました。これで入獄手続きは無事完了となります』


 おぉー。


「ありがとうございましたー」


 良かった、簡単で。ルシフェルのおかげだけど。


「真子、早く行こう」


 彼は待ちきれないと言わんばかりだ。 


「はいはい」


 受付嬢さん達に軽く手を振ってお別れ。楽しかったよー。



 そのままルシフェルに連れて来られたのは駅の改札に似た場所。ここが出入口か。

 両脇に、これまた黒いスーツを着た男が控えている。多分悪魔なんだろう。


『こんにちは。証明印をお見せください』


 差し出した右手に彼が触れると、消えていたはずのあの紋章が一瞬紫色に光った。 


『ありがとうございます。どうぞお進みください』


 わ、早い。

 頭を下げた男性に軽く会釈してルシフェルを待つ。と、


『ひっ!』


 なんだ?

 小さな悲鳴が聞こえて振り返ると、ルシフェルが“改札”を通るところ。彼の腕もまた一際強い光に包まれていた。手…というよりは腕全体。眩しいくらいだ。

 どうやらさっきの悲鳴は、それを見た係の悪魔があげたものだったらしい。 

 何度も頭を下げる悪魔さんに苦笑しながら何事かを言い、ようやくルシフェルはこっちへ来た。


「ふう……」

「お偉いさんも大変だね」

「それもそうだが」


 ルシフェルは小さなため息をついた。


「こんなに字数使って、まだ地獄に入ってない」


 おいっっ! そういうことはタブーだよ!




「こほんっ……。さて、ここが最後の入り口だ。準備はいい?」 


 ルシフェルは頭をさすりながら言った。……タブー発言のあとすぐに、彼の頭上に石が降ってきたのだ。ほら言わんこっちゃない。

 彼は不思議そうに上を見上げて、首をひねってから本日二度目の入り口に向き合う。


 やっと……地獄か。


 あたしが頷いたのを確認して彼は扉に手をかけた。

次回に続きます。

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