第14話:堕天使長のひとりごと
今回はルシフェル視点です♪
コホンッ。
あー、あー。……よし。
皆さん、こんにちは。
今日は真子が学校へ行っている間に私、ルシフェルの視点でお送りします。
……ふむ。初めてだから何を話せばいいものかわからないな。
いつものように少年のところへ行く予定もないし。
ああ、では今度少年に話す予定の話をしようか。《堕天使と悪魔の違い》についての話なんだが。聞かない? そうか。
……。
困ったな。真子は毎回何をネタにしているんだろう?
ああ、真子がいない日中に私がどうやって過ごしているか、だと? なるほど。
基本的に読書をしていることが多いな。ここにはたくさん面白い本がある。
たまに“テレビ”というものを見る時もある。あの道具はすごいな。未だに仕組みがわからない。小さな人間があの中に入っているのか?
あと……掃除もする。料理は、まあ、ダメなんだが……掃除はわりと得意だ。
真子は反対に掃除は苦手らしいからな。丁度良い。でも真子の料理は最高に美味いぞ。
それから少年に勉強を教えに行く日もあるな。
こうしていると真子が帰ってくるんだ。
だから今日もそうやって過ごしてもいいのだが……せっかく初めて視点を担当したんだし。惜しいではないか。
……。
と言っても何もないが。
んー……
……
ひとりだとできることも限られてくるな。
あ、私が台所に立って、その様子を実況するというのはどうだ? それなら確実に一話分になる。
……遠慮する? そうか。
……。
まあ賢明な判断だな。
そもそも私が料理が苦手なのは、前にも言ったように作る必要がなかったからなんだ。
我々は食事を摂らなくとも生きていられる。だから食事というのはある種の娯楽のようなもの。もちろん堕天使も悪魔も天使もおいしい料理は大好きだけれど。
それに食事はいつも身の回りの世話をする者がいたから。私は厨房には数えるほどしか入ったことがなかった。
……いや入らせてもらえなかった、というのが正しいか。着替えでさえ、しばらくは自分でやらせてもらえなかったくらいだからな。
ふふ。当然そんな生活はずっと昔に卒業したぞ。
ずっと昔……堕天する前に、な。
……っと。少し話し過ぎたか。
私の天使時代の話など聞いても面白くないだろう。
さ、次は……
そうだ。私の友人が《イエス・キリストを訴えた》話をしようか―――
ん?
……どうやらその必要はないようだな。
誰か……来た。
「――お邪魔します」
……。
「お前か。アシュタロス」
「ああ、ルシフェル」
私の目の前に現れたのはアシュタロスだった。
こいつとは付き合いが長いからな。今更敬称が取れたところで気にはしない。
「どうした?」
「いえ、黎香さんがいないので暇になって。真子さん……もいませんよね」
それは、な。黎香と真子は同じ学校へ通っているわけだし。
「だが別にそれだけが用事ではないだろう?」
「……さすがはルシフェル様」
「当たり前だ。どれだけの付き合いだと思ってる」
私が言うとアシュタロスはニヤリと笑って、おもむろに懐へと手を入れた。
「これを」
差し出されたのは一本の……筒?
「なんだ?」
「黎香さんが真子さんにと。暇なので先に置きに来たんですよ」
「ほう……」
時間の有効活用というやつか。
改めて筒を見る。特に目立った装飾はない。何故真子に……?
……!
何か、何か今嫌な予感がした。
「どうしました?」
私が筒を凝視していることに気付いたのだろう、アシュタロスが首を傾げて訊ねてきた。
「いや……」
そう。私は思い出してしまったのだ。
以前アシュタロスが黎香からだと言って持って来た箱。――開けた時の、真子の悲鳴。
まずい。
これをこのまま渡してしまっては真子が危険だ。
「アシュタロス」
「はい」
「その筒、私達で開けてみないか?」
「えっ? 僕達でですか」
「危険の芽は摘み取っておくに越したことはない」
ははあ、とアシュタロスは筒を弄びながら頷いた。
「確かに何が入っているか想像もつきませんね。ええ、開けてみます」
――アシュタロスが筒の蓋を引っ張ったのだが。
「……?」
開かないのだ、何故か。
アシュタロスは武人だ。それで開かないとは……
「貸してくれ」
筒を受け取り、蓋を引っ張ってみる。
……が、開かない。
「これ、本当に開くんだろうな」
「と思いますけど」
確かに蓋があるというのに。アシュタロスでも私でも開けられないとは。
こうなれば半ば意地だ。
「アシュタロス、反対側を持ってくれ」
「は、はい」
「合図で引っ張るぞ」
「承知しました」
アシュタロスと一緒に筒を持って立つ。
「せーのっ!」
くっ……! なんだこのキツさは!
「ル、ルシフェル……! これはちょっと……っ」
「お、おかしいな……!」
引っ張ること暫し。
「少し……疲れてきたな」
「ですね……っ」
――気が弛んだのがまずかったか。
「えっ――!」
「うわ!」
どちらが先だったかわからない。
筒が――私達の手をすり抜けて飛んで行ってしまった。
***
「あ、痛……」
そのままの勢いで倒れてしまったが、手をついてどうにか背を打ちつけることは免れた。
完全に無事とは言わないが、痛みは大したことはない。
「大丈夫ですか? ルシフェル」
「ああ」
大したことはないのだが……
「私の上に乗って平然としていられるのは、お前くらいだろうな」
「それはありがとうございます」
見上げれば、真上に憎らしいまでの笑顔がある。
私に馬乗りになるようなことがあれば、並の堕天使達ならその場で土下座するだろうな。別にそうして欲しいとは言わないが。
知らず、ため息が漏れた。
「危なかった。危うく貴方の綺麗な顔を傷つけるところでしたよ」
言いながらアシュタロスは肩をすくめた。
銀色の髪が零れ落ちる。
それを見て思い出した。
「あ……」
そうだ。確か以前もこんなことが――
「どうしました?」
「ん、いや……」
遠い昔だ。ずっとずっと昔……
私は思わず手を伸ばしてアシュタロスの頬に触れた。
「ルシフェル……?」
垂れた前髪をよけてやる。
いつも私の顔を綺麗だと言うけれど、私はこいつの瞳の方が余程美しいと思う。紫水晶の、懐かしい色……
そう、確か、
「お前は……」
――あの時“泣いていた”んだ――
《ドンッ》
ところが突然響いた鈍い音で、私の記憶を辿る作業は中断される。
アシュタロスが音のした方を向いて顔を僅かに引きつらせた。私も視線を追うと。
「な、な、何やってんの……?!」
さっきのはどうやら彼女が鞄を落とした音だったらしい。
「ああ、お帰り真子」
「お帰りじゃないよーっ」
ではなんと言えばいいんだ?
「違うんです真子さん。別にそういうことをしようとしてたわけじゃ」
アシュタロスが慌てている。
?
私の上にアシュタロスが馬乗りになっていて、
私はアシュタロスの頬に手を添えて、
お互いに目を覗いていただけだ。
……。
何を慌てることがあるんだ? 単なる事故ではないか。
「どうした? 真子」
「ど、どうしたって……!」
「だって単なる事故――」「貴方は黙っていてくださいルシフェル」
……アシュタロスに叱られてしまった。
「余計ややこしくなりますから」
心外だな。
「そんなことを言ってもアシュタロス――」「いいからとにかく手を離してください」
……。
何故だか真子は顔を真っ赤にしているし。
「あ、あ、あんた達って、そういう仲だったわけ?!」
指を差されるのはあまり気分がよくないからやめて欲しいな。
そういう仲……とはどういう仲だと言うのだ。
「真子は一体、何を言っているんだ?」
アシュタロスに聞けば、嘆息と一緒に顔が近づいてくる。
「それは――」
真子が叫んでいる。が、耳元の囁きははっきりと聞こえた。
「――」
「ああ、そういうことか」
なるほど。傍からはそう見えるわけか。
……だから真子は顔を赤くしていたのか!
私が納得していると、アシュタロスはひらりと飛び降りた。
「本当に貴方ってひとは……」
「ん?」
何か言った気がするが聞き取れなかった。
私も身を起こすと真子は……ああ、凍り付いている。
「真子さん、違うんですよ」
「勘違いだ真子」
「キキキキキスしたぁっ!」
ええっ?! またあらぬ疑いを……。
アシュタロスが珍しく困った様子で額に手を当てた。相変わらず笑ってはいたがな。
「これは誤解を解くのは大変そうですね」
「……だな」
私も思わず苦笑してしまった。さて、急いで誤解を解かなければ。
……まったくとんでもない終わり方だな。まあ、再び私が語る回まで。それまでにはネタを探しておこう。
「ルシフェル、一体誰と話しているんです?」
「ん、内緒だ♪」
では、またな。