第13話:甘党堕天使長、運命の出逢い?
「ただいま」
「お帰り、ルシフェル」
あたしの方が帰りが早かったので、今日は“ただいま”“お帰り”がいつもと逆転だ。
ルシフェルはまた家庭教師をしに行っていたらしい。
「今回は《知恵と知識の違い》について話したぞ」
んー、超高度。
「あっ、そうだ真子。これを……」
よく見たらルシフェルは手に白い箱を持っている。何だろう?
「帰る時に、少年の母親からもらった」
「おばさんが?」
「真子と二人でどうぞって」
えーと……
おっ! この箱はあの有名な洋菓子店のじゃないか!
「気を遣わせちゃったなぁ。でもせっかくだから食べよっか」
「ああ」
***
「わざわざすみません……はい、ではまた…」
っと。
電話で鈴木さんにお礼をして。
……。
……えへへー♪
ここのお菓子はおいしいらしいんだよねえ。
「真子」
「ん?」
「……とても嬉しそう」
……顔が弛んでたようです。
「よ、よしっ。開けようルシフェル」
「了解」
箱を開けるとそこには黒くて細長い――
「……これは?」
ルシフェルが指差して聞いてきた。
「エクレアだね」
箱の中身はエクレアでした! やったー!
「えくれあ……?」
「シュークリームにチョコ塗ったやつだよ……ってシュークリームがわかんないか」
地獄にエクレアは……まあ、ないだろうなぁ。
「とにかく食べてみよう!」
「あ、ああ」
初めてのエクレアを前にしてルシフェルはどこか不安そうだ。「柔らかい……」とか言ってちょっとびっくりしてるし。
それでは……
「いただきまーす」
「いただきます」
パクッ
……う、うまーい♪ さすがに有名になるだけある。
チョコとバニラの香りがふわっと広がって、でも甘さはしつこくなくて……これはおいしいわ。
ふとルシフェルを見ると、
「………」
一口食べた姿勢で固まってた。大丈夫か?!
「……真子……」
彼は素晴らしくゆっくりこちらを向いた。微かに震えてないか?
「……う、」
「う?」
「美味い……!」
ややこしいリアクションすなっ。
「こんなに美味い食べ物は初めてだ……! 一体これは?!」
エクレアだよ、エクレア。
ルシフェルは余程気に入ったみたいで、感動しつつもぺろりと完食してしまった。……食欲旺盛なのはいつものことなんだけどね。
「エクレア好き?」
「好きだ」
……!
不覚にもドキッとした自分がいます。アホって言うな。
「でも真子の作る料理はもっと好き」
ぶふっ!
はにかみながらそんなことを言われたらあたしは一発でKOだよ。アホって言うな。
「ああありがと」
料理だけはね。ちょっと自信がある。
結構前からやってたからなあ。親がやらないから。いや正確には“できない”からというか、“やらせたくない”からというか。
「真子の手料理は本当においしいから。仲間にも食べさせてやりたいくらいだ」
「仲間って、その、地獄の?」
「ああ」
堕天使さんや悪魔さんに料理を振る舞うあたし。背景は灼熱の炎、BGMは阿鼻叫喚。……うわぁ。
そういえば、あたしはルシフェルのお仲間さんのことや地獄のことをよく知らない。少し興味があるな。
「ルシフェルの仲間ってどんな人達なの?」
「仲間は……大勢いるが」
それもそうか。
「じゃあほら、あの…ベルゼブブさんだっけ? この前ウァラク君が言ってた」
「ああ、あいつか。あいつは《魔界の王子》とか《蝿の王》とか呼ばれている」
蝿の王?!
あれ? 蝿……ハエ? なんか引っ掛かるけど。
ま、いっか。
「なかなかの変り者でな、剣より銃を扱う方が得意らしい」
剣とか銃とか物騒な。
けど最初にルシフェルが着てた服も騎士っぽい服だったなあ。剣、使うんだもんね。
「ベルゼブブといえば、」
ルシフェルは何かを思い出したかのように小さく笑った。
「一度、奴と一対一で勝負した時があったんだが。屋内でやっていたら、決着がつく前に建物が壊れてしまって」
どんだけ激しい戦い?! 笑い事じゃないよ兄さん!
つーか堕天使長と互角ってことは、そのベルゼブブさんも結構すごいんだよね。
「ちなみに位は私と同程度」
やっぱすごかった!
「ていうかさ、ずっと考えてたんだけど。ルシフェルって堕天使長なんでしょ?」
「そうだが」
「そんなお偉いさんが地上で暮らしちゃっていいの?」
アシュタロスさん曰く“魔王”でしょ? いくら査察とはいえ、ねえ。
「もしかして逃げて来たとか言う?!」
あたしが冗談で言うと、
「……そんなことはない」
妙な沈黙……?!
あ、あれ、まさかこれはお約束な展開?
「ホントは人間界の査察なんかじゃないんでしょ?」
「……何をいきなり」
目を見て言いなよ。バレバレだよ。
「……」
「……」
「……」
「…………嘘ではないんだよ」
ルシフェルは頬を僅かに染めてうつむいてしまった。
「ただ、正式な仕事ではなくて。詳しいことは言えないが、その、……息抜き的な?」
あたしに聞かれてもー。
ていうか堕天使長が息抜きで人間界来ちゃった!
――あ、だからアシュタロスさん達にあんなに“監視”って言われてたのね……。
「すまなかったな、きちんと説明せずに」
「いや、あたしはいいよ。ルシフェルがいいなら」
「それなら心配ない」
ルシフェルは何故だか嬉しそうに笑った。
「私の決定が地獄の決定だもの」
……ん?
「だから私が是と言えば是、否と言えば否」
……。
「……つまり強制送還とかってことはないわけね?」
「そういうことだ」
なんつー権力者。っていうか、あたしの中のルシフェルがどんどん“お坊ちゃん”なイメージになっていくぞ。
でも堕天使長様なら絶対超大事にされてきたはず……なのに、わがままだったり自己中だったりしないんだよなぁ、ルシフェルは。んー、やっぱ天使だったから?
「真子がいいと言ってくれるなら……」
ちょっとためらいながら口を開いた堕天使長。
「ん?」
「……もう少し甘えさせてもらっていいだろうか」
……。その目は反則だイケメン。
つーかあたしが断るわけないじゃん!
「今更何言ってんのさ! もちろんいいに決まってるよ」
だってルシフェルが来てからのドタバタな毎日が、すごく楽しいんだもの。
「真子は優しいな」
俯き加減で笑ったルシフェル。相変わらずどの角度から見ても、惚れ惚れするくらい端正な顔立ちだ。
あたしはそこでふと気がついた。
「「あ」」
で思わず声を出しちゃったら、被った。
「何? 真子」
「ルシフェルこそ」
「真子から先に言って?」
「あ、あたしはいいよ。ルシフェルはどうしたの?」
「いや……」
頼むルシフェル。先に言ってくれ。……なんか言うのが恥ずかしくなったから。
「あまり関係ないんだが、いいことを思いついてな」
「何?」
「料理上手な真子がエクレア作ったら最高だなって」
極上の微笑いただきましたっ!
いいよ、いくらでも作ってあげるよ! ルシフェルのためなら!
「任せて!」
「やった♪」
ああ可愛い。難しいけど、真子さん頑張るよ。
「それで、真子は何を言おうとしたの?」
うっ……それは……
「ひ、秘密っ」
「えー」
……だってさ。
「ずっと一緒にいられるのかなって思った」だなんて、恥ずかしくて言えないよ、ね。




