第12話:少年堕天使(?)と奏太!
「じゃあね、真子!」
「うん、バイバーイ」
ふぃー、今日も1日が終わりました。
友達と別れて家へと急ぐ。ちょっと用事があるからね、早く帰らないと。
あたし今は帰宅部だからさ。帰りがそんなに遅くなるってことはないんだ。暗い夜道でもないからひとりでも、まぁ大丈夫。
大丈夫……なはずなんだけど。
……。
うん、なんだか怖い人がいるね。
もう少しで家、という時。道端のガードレールに男が腰掛けていた。
レザーっぽい服には鎖がジャラジャラついてるし。後ろで束ねた長髪で、しかも茶髪ときたらもう、あたしは“不良”と認識します。
似非バンドマン……と言えなくもないけど。にしては発散してるオーラが鋭い。
……でもあの人の前通らないと帰れないんだよー……。
『……ぁ? ……チッ……くそっ……』
わーなんか言ってるよ。やばあよやばあよ。……めっちゃ目つき悪いよぉ!
……。
よし。関わらないぞ。目を合わせたら負けだあたし!
走りそうになるのを必死にこらえつつ、前のみを見据えて早歩きしていたら。
『……“ハエ叩き”ってわけわかんねぇんだよ!』
ひーっ! ホントにわけわかんねぇよ!
それを聞いた途端、あたしは猛然とダッシュしたよ。関わらなくて良かった。いやマジで。
***
「はあっ、はあっ……た、ただいま……っ」
「どうした?!」
玄関で息を切らせていると、ルシフェルが文字通りすっ飛んできた。
「いや、ちょっ、そこで変な人が……」
「変な人?」
冷静になってくるとちょっと恥ずかしい話だけどさ。必死だったよ、あたしは。
ルシフェルはふっと首を傾げて微笑んだ。
「でも何もされなかったみたいだな。良かった」
ああ素敵スマイルっ!
癒されるよー。けどなんでわかったの?
「真子の身に何かあれば、すぐにわかるから」
「そ、そうなの?」
「護符」
あっ、いつぞやルシフェルがやってくれたやつ? へぇー、そんな役割が。
「……と、直感♪」
堕天使長すげー!!
「あ、そうだ真子。今日は少年の部屋へ行ってきたよ」
んー?
ああ、少年って亮平君のことか。家庭教師ね。
「おぉー。どうだった?」
「うん。今日は《金の林檎と悪魔》の話をした」
うん。亮平君は妙に宗教に詳しい小学生になりそうだよ。
……あっ。そんなことより! 今日は用事があるんだった!
「ねえ、真子」
「う?」
「今日は用事があるんでしょう?」
ええっ?! なんでわかったの?
「読心術」
堕天使長すげーっ!!
「……嘘♪」
堕天使長お茶目ー!!
……っていうかルシフェル、こういうキャラだったっけ?
はっ! それより用事用事っ。
「急いでたのはホントだよ。奏太がね、部活休みらしいから例の堕天使疑惑の話を聞きに行こうと思って」
――堕天使疑惑。
ルシフェルが堕天使だってバラした時の話だ。なんでも、奏太のところにも堕天使が来たって言ってたんだよね。
「ああ。その話か」
「確かめておいた方がいいと思って。今から公園で待ち合わせてるんだ」
「そうか。なら行こうか」
***
というわけで。あたし達は近くの公園にやって来ました。
あ、砂場のクレーターはなくなってたよ。幸い誰もいないし。
「あ、久しぶりー!」
向こうで奏太がニコニコと手を振っている。ルシフェルは微笑を浮かべたままで軽く目礼した。
「相変わらず素敵ねぇ。モデルさんみたい!」
「そうか?」
すらりと長身な二人の会話は傍で聞いていて腹がたつ。どっちもスタイルいいんだからいいじゃん! あたしより!
不思議そうに自分の体を見下ろすルシフェルの今日の格好は、ジーンズに開襟シャツ、それに肌身離さず身につけているネックレスという普段通りの格好。けれど彼が着ると、カジュアルな服まで品があるように見える。これも王者の風格ってやつ? 違うか。
「で、話って何? ルシフェルさん」
「ああ」
ルシフェルは言葉を探すように少し考えてから、あたしをちらりと横目で見て口を開いた。
「……奏太はもう私が何者であるか知っているのだったな?」
なんだその質問は……。
拍子抜けするあたしを尻目に、奏太は全然意に介さず頷いた。
「うん。堕天使さんなんでしょ?」
…………。
このやり取りに違和感を感じるのはあたしだけなんだろうか。
「そう。知っているのならば話は早い。単刀直入に聞くが、奏太のところへ堕天使と名乗る輩が現れたらしいな」
「そうなのよ。いきなりうちに来て、“腹減った!”って言うなり玄関に座り込んじゃって」
「腹減った?」
たまらず口を挟む。
「ええ。で、仕方ないから家にあった菓子パンあげたら大喜びして帰っていったの」
「奏太……」
「ん、何? 真子ちゃん」
「いや…………」
あんたいい奴だけど、リアクションが足りないよ。色々と。
あたしが半ば呆れていると、ルシフェルはひとり得心したように頷いた。
「なるほど。では、その少年はどのような姿だった?」
「どのような、っていってもねぇ……」
……ん?
奏太はいつその堕天使が“少年”だって言ったっけ?
「うーん……金髪で、そうね、背丈は小学生くらいかな。……って一言も男の子だなんて言ってないのに、どうしてわかったの?」
「それはつまりこういうことだ」
出た! ルシフェルが腕をあげた時は超常現象が起きる(起こす?)合図。
案の定彼は虚空で何かを掴む素振りをし、そのまま手前へと引き寄せた。
「――もう少し上手く隠れたらどうだ」
笑い含みに手をパッと開いた瞬間、
『うわぁっ!』
《ドサッ》
悲鳴と物が落ちる音。
あたしと奏太が慌ててその方向を見ると、どうやら何かが木から下の茂みに落下したようだった。木の葉がまだ舞っている。
「うー……何するんですかルシフェル様ぁ!」
しばらくして、悪態をつきながら茂みからひょっこりと涙目の少年が顔を出した。髪の毛は鮮やかな金髪。とするとこれがもしかして……
「あの子よ! うちに来たのは!」
奏太が指さして叫んだ。
ほうほう、確かに背中に羽根が……って羽根が白い?! 堕天使なのに?
「もう! せっかく隠れてたのにっ」
黒い服についた葉を払いつつ、少年がぴょこんと茂みを飛び出してきた。口を尖らせているのなんか、とっても可愛らしい。
けれどルシフェルは半眼で少年を見下ろして涼しい顔。
「この私の前で、本気で隠れていられると思ったのか――《ウァラク》」
ウァラク。
それが少年の名前らしい。
(自称)堕天使ウァラク君は、ルシフェルの言葉を聞いてきまり悪そうに目をそらした。
「そんなこと、思ってないけど……だってボクもルシフェル様の“力”が何かはよく知ってるもん」
今にも泣き出しそうな少年の頭を撫でたのは奏太だった。
「まぁまぁ。こんな可愛い子を泣かせちゃダメよ」
確かに、確かにウァラク少年は可愛い!
金髪で茶色のまあるい目、何より純白の翼なんて、まさしく天使だよ。
「…………」
ルシフェルは何も言わずにウァラク少年の前に立つ。身長差がすごいから少し怖い……
と思ったら、いきなり片膝をついて。
「――大きくなったな、ウァラク」
「ル、ルシフェル様ぁっ!」
ルシフェル様ぁ!!
歓声をあげて抱きついた小さな天使を「よしよし」と撫でる素敵お兄様。なんて微笑ましい画なのかしら!
ルシフェルって、案外子供に懐かれるよね。
「悪かったな。痛いところはないか?」
「大丈夫です! ありがとうございます」
「良かった。それより、奏太にお礼を」
「そ、そうだった!」
そう言うとウァラク君は、慌てたように奏太の方を向いた。
「その節はお世話になりました。おかげで助かりました!」
「やだ! かーわーいーいー!」
かーわーいーいーっ!
こんな弟がいたらなぁ。……なーんて、一人っ子のあたしは思ってみたり。
……はっ。
まさかウァラク君も奏太の家に住むとか言う?!
「ねえウァラク君」
「何……ですか?」
くりくりおめめがこちらを向く。可愛いなぁっ。
「えーと、ウァラク君はどうして地上に? 人間界の査察?」
「いいえ」
「じゃあアシュタロスさんみたいにルシフェルの監視?」
「ちょっと真子――」
「それもあります」
あるんだ。
ああ、ルシフェルがしょげてしまった。
「アシュタロス様に頼まれたんです」
「あ、あいつは……!」
こんな小さな子にまで監視されるとは……ドンマイ、堕天使長。
「でもそれだけじゃないんでしょ?」
あたしが聞くとウァラク君はこくこくと頷いた。
「そうなんです! 実は“人捜し”をしているんです」
「人捜し?」
厳密には悪魔捜し?
ということは……他にも悪魔か堕天使がこの辺にいるってことか!
「一体誰を捜しているんだ?」
あ、ルシフェル復活した。
「ベルゼブブ様が居なくなってしまって」
「ベルゼブブが?」
ルシフェルは明らかに驚いた。知り合い?
「なんでまたあいつが」
「さぁ……」
「それはそうとウァラク、お前ひとりで捜しに?」
「はい」
奏太が「え」、と声をあげる。
「こんなに小さいのに?」
あたしもそう思う。
……まあルシフェルがウン千歳を軽く越えてるってわかった今、ウァラク君がいくつなのかは判断しかねるけども。
「それほど必死に捜しているわけではありませんから。……あっ、いや、ベルゼブブ様は地獄にとって必要不可欠な方なんですけど、今は地獄が安定しているので!」
フォローがなかったらベルゼブブさんに相当失礼だったよね。というか少年よ、もっと必要不可欠なのは目の前の堕天使長様なのでは?
「っと、そろそろ帰らなくちゃ! です」
ウァラク君は腕時計を見る仕草をした。なんも着けてないでしょーが。でも可愛いから許すっ。
「ベルゼブブ様がこの辺りにいらっしゃるのはわかりましたし。それにルシフェル様の無事も報告しないと」
「そうか」
ルシフェルは苦笑いとしか言い様のない表情を浮かべてた。
「もうちょっと近くを見回ってから地獄に帰りますっ」
「ああ。気を付けて」
少し小さめの真っ白な羽根を羽ばたかせたウァラク君の体が、ふわりと宙に浮かぶ。
本当に、天使みたい。
「それと……奏太さん」
「なぁに?」
きょとんとする奏太に、ウァラク君は照れくさそうに笑って。
「あれ、おいしかったです。本当にごちそうさまでした!」
礼儀正しい!
「あ、菓子パン? どういたしまして。よかったらいつでもウチにいらっしゃい。いくらでもあげるから♪」
「は、はいっ! では失礼します」
ペコリと頭を下げて、少年は飛んで行った。
「……いい子だったわねえ」
奏太がしみじみと呟いた。うん、あたしもそう思うよ。
――その後、コンビニやスーパーのパン売り場に「カシパン」と喋る外国人の少年が現れるという噂が流れたのは、また別の話。
普通に見えちゃってるじゃないか堕天使さん……。