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第10話:堕天使長の弱点?


「真子」

「んー?」

「今日の夕飯は何?」


 ぼんやりテレビを見ていたら、テーブルの向こうからルシフェルが呼び掛けてきた。相変わらずの美男子……って違う違う!


「えっとね……」


 夕飯か……。毎日考えるの大変なんだなーこれが。

 作るのは全然苦じゃないんだけどメニューを考えるのに一苦労。(みんな、ご飯を作ってくれる人には感謝しようね!)

 特に最近は張り切りすぎてネタ切れ気味……。だってルシフェルが喜んでくれるから!


「うーん……」


 テレビの画面に映るのは……戦隊モノのアニメ。駄目だ何の参考にもならん。


『くらえ! “酸化鉄ボンバー”!』

『ひぎぁああっ!』

『ハッハッハ! 世界の平和は守られた!』


 ……駄目だ。なんか駄目だ。正義の味方の必殺技がなんだ“酸化鉄”って。

 つーかよくルシフェルもこんなの見てたなー。あたしもちゃんと見てなかったけど。


 ……あっ。良い事思いついた。


「ねえねえルシフェルー」

「ん?」

「たまにはルシフェルが作った料理食べたいなー」

「へ?」


 あたしの突飛な思いつきに、珍しくルシフェルはぽかんとして間抜けな声を出した。 

 このマンネリから抜け出すにはこれしか……いや普通に食べてみたいだけです。だってルシフェル、掃除とかあんなに上手なんだし、料理も……っていう期待が。


「いやそれはちょっと……」


 ところがルシフェルは引きつった苦笑いを浮かべて顔の前で手を振った。またまたぁ、謙遜しちゃって☆


「ダメ?」

「いくら真子の頼みでもな……」


 ちぇっ。おねだり作戦も効かないか。仕方ない。


「今日さ、ケガしちゃって」


 言ってあたしは絆創膏を貼った指を見せる。本当は紙で切っただけで、ご飯支度ができないほどのものじゃないけど。

 案の定ルシフェルは困ったように眉を下げた。か、可愛いよ……!

 ルシフェルはしばらく考えた後、小さく息を吐いて立ち上がった。


「……承知。それなら私がやるしかあるまい」


 わーい! あたしが言うのも変だけど、ルシフェルってあたしに激甘だね!


「台所、使わせてもらうぞ」

「うん! お願いしまーす」


 あたしは結構テンションあがってた。楽しみで。

 ……が。しばらく台所からは何の物音もして来なかった。


「……?」


 不思議に思っていると、


「――――チッ」


 今舌打ちした?! うわわ、何があったんだ。


「ル、ルシフェル?」


 恐る恐る声をかけると、普段通りの穏やかな声で返事があった。


「ああ、すまない。大丈夫だ」


 ……ふぅ。安心した。


 にしてもルシフェルが舌打ちするなんて。一体何があったんだろうか。

 様子は見に行かないことにする。……なんか怖いので。


「真子っ」


 だから唐突に呼ばれた時はすごくびっくりした。


「どしたの?!」

「そこから三歩下がって」

「え?」


 まさか何か飛んでくるわけじゃないだろうな。

 ルシフェルは背を向けたままで、全くあたしの方は見ていないけど。


「早く。でないと、ぶつかる」

「何に?」


 実際は聞くまでもなかった。

 キーン、という耳鳴りがした。具合が悪いのじゃなくて、何かがそこに“いる”という直感。

 あたしが言われた通りに下がると、元いた場所の少し上に“それ”は現れた。

 ぼうっと浮かび上がる光る円。真ん中にはパイプのようにくねった線と星のような図形が描かれている。

 それはまさに魔方陣。


「ええっ?!」


 するりと現れたのは……銀髪の貴公子。


「こんにちは」


 彼はニッコリ笑って軽やかに床へと降り立った。同時に、光を放っていた魔方陣が消える。


「アシュタロスさんっ?」

 

 不法侵入もいいとこだよ!


「玄関から入ろうとしたんですが、鍵がかかっていたようで。仕方がないのでこうやってお邪魔しました」


 アシュタロスさんは朗らかに笑いながら全然悪びれずに言う。……何のための鍵だよ。


「今日は真子さんに用事があって来たんですが……あれ、ルシフェルは?」

「あ、台所にいるけど」


 あたしがルシフェルの背中を指すと、アシュタロスさんはちょっと驚いて「料理ですか?」とだけ言った。


「うん。夕飯作ってくれるって」


 半ば強制だったけど。

 そのルシフェルはアシュタロスさんが現れたことにも別段反応しなかった。


「ほう……」


 アシュタロスさんはちらと台所を見やる。

 

「どうかしたの?」

「いえ。ただ、言っておきますが……彼は生まれながらのVIPですからね」


 声をおとして、意味有りげな笑みを見せたアシュタロスさん。どういうことだろう?

 ま、そんなことより。


「あたしに用事って何?」

「ああ、そうでした」


 アシュタロスさんは何かを取り出した。こ、これはっ……!


「黎香さんが新しく作った遊び道具です。ええと、何ていったかな……そう、“白髭危機一髪!”だそうです。僕らは散々使いましたから。真子さんに試してみて欲しいと」


 流石は三ノ宮家の愛娘。またしても変なもの考えおって……。

 だが見た目が完璧に某黒ひげのおもちゃなのはどうかと思う。

 よくわからないが、樽から白髭の老人――サンタクロースだ!――がひょっこり飛び出したものを受け取る。


「クリスマス用に考えたらしいですよ。この鍵を差し込んでいって……」


 小さな鍵も手渡される。完全にパクりだ。というか、まだクリスマスには早くないか?


「それで真ん中の人形が飛び出したら勝ちです」

「勝ち?」

「はい。樽の中にプレゼントが入ってます」


 ああ、それで“クリスマス用”ね……。


「どうぞ」


 言われてあたしは鍵を樽の穴に差していく。

 ……このゲーム、一人でやるのはなかなか虚しい。


 けれど孤独に耐えて続けた甲斐があり、数本目でサンタのおじさんがぴょーん!と飛んだ。


「おぉっ」


 ちょっと楽しいな、これ。

 と、プレゼントは…………

 ん? 黒光りする物体が……って、


「い、いやあぁあっ」


 虫! 樽の底に虫がっ!


「真子!」


 途端に腕まくりしたルシフェルが、台所からすっとんできた。


「あらら。これはまた黎香さんもなかなか……」


 苦笑しながらアシュタロスさんは虫をつまみ上げた。……よ、良かった。模型みたいだ。ビックリしたあ……。

 この反応からして、どうやらアシュタロスさんも中に何があったかは知らなかったらしい。

だがアシュタロスさんの言葉で、ルシフェルは瞬時に状況を理解したようで。


「あの娘……! 消し飛ばしてくれるッ」

「待って待って!」


 何故かいつも以上にキレてしまったルシフェルを、二人がかりで押さえつけなければならなかった。


「止めてくれるなっ。真子に危害を加える輩は許さぬ……!」

「いやただの悪戯だから!」

「真子は優しすぎるのだ!」


 アシュタロスさんだけが勝手知ったる顔で笑っていた。……ルシフェルの腕を押さえる力はとてつもなかったけれども。流石は武人!


「ルシフェル。黎香さんはいないと困りますよ。僕の住む場所がなくなります」


 そ、それだけ?!


「……冗談です☆」


 あたしの心中を読んだかのように、アシュタロスさんはこちらを見て軽くウインクしてみせた。カッコいい! けどそれどころじゃない!


「寛容な判断を心がける……って言ったでしょーっ?!」


 ――しかし更に悪夢が……


 《ドンドン!》


 玄関のドアを叩く音。


「――! ――っ!」


 ドアの向こうで叫ぶ声。


「――ん! 真子ちん!」


 ……あの声は。


「来たか人間~!」


 いち早く反応したルシフェル。唸るように言った瞬間、“カチッ”と鍵が開く音がした。……堕天使は空き巣業者なのか?!


「ちわーっ!」


 何にも知らない黎香が勢いよく飛び込んでくる。


「良かった~! 探したよぅ」


 アシュタロスさんを見つけるなり、無邪気にひらひらと手を振る黎香。


「あ、危ないからッ。黎香ちょっと外にいて!」

「え? 何?」


 あたしの言葉も完全に無視。あたし達が遊んでいるように見えるかっ。

 ……ところが。


「もう急にいなくなるからびっくりしたよ“アッシュ”!」


 瞬間。場の空気が凍った――ような気がした。

 アシュタロスさんは驚いたように黎香を見つめ、ルシフェルはぴたりと動きを止める。

 流石にその異様さには黎香も気付いたらしい。きょとんとして戸惑いを見せる。


「え? 黎香、何かまずいこと言った?」


 あたしにもよくわからない。“アッシュ”なんて、黎香にしてはまともな呼び方だ。

しばらく呆然としていた堕天使二人だったが、先に立ち直ったのはアシュタロスさんだった。ぎこちなく微笑んで首を振る。


「いえ――。ただ、以前にも僕のことをそう呼んでいた方がいたので」


 そうなんだ。“その方”と何かあったのかな……?

 不思議に思っていると、ようやくルシフェルが動いた。押さえつけていたあたし達の腕をやんわり振り払って、何も言わずに台所へと歩いていく。


「ルシフェル?」

「…………」


 ちらりと見えた顔はどこか思い詰めたような表情で。不安になって呼び止めても、あたしの声がまるで聞こえてないみたいだった。


「ど、どうしよう! 怒らせちゃった!」


 黎香が慌ててあたしを見た。こういう時はちゃんと空気が読める子なのだ。


「多分大丈夫だって。今日はなんかルシフェル、変にイライラしてたから」


 うーん。やっぱり今日のルシフェルは妙だな。何かあったのかな……。


「ホントに? ホントに大丈夫?!」


 焦りまくる黎香。


「大丈夫ですよ」


 答えたのはアシュタロスさん。


「僕が保証します。黎香さんの言動の一切は、今は完全に彼の思考の外です。……それに様子が変なのも仕方のないこと。彼は今日台所に立っているんですから」


 そう言って、銀の貴公子はいつもと変わらない笑顔をみせた。

 今もだけど、ルシフェルとアシュタロスさんの間には独特の空気がある気がする。なんて言うか……お互いのことは自分が一番よく知っている、みたいな……。

 それにしても、“台所に立っている”から不機嫌って……どういうこと?


 まぁでも、そのアシュタロスさんが言うんだから間違いないんだろう。


「ならいいけど……」


 黎香も納得したみたいだ。


「じゃあアッシュって呼んでもいい?」 

「ええ、ええ。構いませんよ」


 アシュタロスさんはくすっと笑って黎香を見る。


「そんなことより黎香さん。真子さんは見事にプレゼントを手に入れましたよ」


 途端に黎香の目が輝く。

 見事に…っていうか普通に成り行きで、なんだけど。


「マジで?! やった☆」


 大成功~♪と喜ぶ黎香には敢えてパクりとか言わないことにする。


「まさかこんなもの入れるとは思いませんでしたけど」


 アシュタロスさんがつまみ上げた黒い模型。ひいい、リアルっ。


「あはっ! この黎香さまが素直にプレゼントをあげると思ったかいっ?」


 そりゃ思わなかったけどッ。

 黎香の企みにまんまと引っ掛かったってわけか。うー……。


 その爆弾娘は何に対してかひとつ頷いた。


「アッシュ!」

「何ですか?」

「これから帰って更なる改良を進めるぜー!」


 はいはい……と言ったアシュタロスさんは、もうすっかり保護者の顔だ。


「じゃあね真子ちん! ……これ、置き土産にしてやるぜ」

「あ、うん」

「アッシュ行こう! 邪魔したな。ふはははっ」

「…………」


 挨拶もそこそこに帰って行った黎香。残されたのは……げっ! 虫の模型かよ。

 ……まぁ黎香なりに気を遣ったんだろうな。



「まったく……面白い子ですね、黎香さんは」


 呆れたように呟いて、アシュタロスさんはあたしに笑いかけた。


「お邪魔してすみません。僕も帰りますよ」


 そうして一礼。なんて礼儀正しいんだ。


「アシュタロスさん、良かったら夕飯一緒にどう?」


 ……ルシフェルが何ともなければ、だけど。


「いえ、せっかくですが今日は遠慮しておきますよ。またの機会に」


 そっか。


「では失礼します」


 アシュタロスさんは今度はきちんと玄関から出て行った。



「…………」


 さて。部屋に二人残されてしまったけど。


「ルシフェル……」


 忙しく動く背中に呼び掛けると、あたしが何かを聞く前に返事が返ってきた。


「すまなかった。少し……昔のことを思い出したから」


 ぼそりと言った後少しして、ルシフェルはこっちに何かを持ってきた。

 も、もしかして?!


「できた」


 彼の表情は普段通り。ふわりと笑ったルシフェルの手には湯気の立つお椀。うわ、めっちゃ素敵な旦那様って感じじゃん!

 ゴトっと目の前に置かれた器。その中身を見て……一瞬あたしは言葉に詰まった。


「……ポトフ?」

「確かそんな名前だった気がする」


 それは辛うじてポトフっぽい様相を呈した料理。“辛うじて”という表現からもお分かりのように、あまり美しくはない。……野菜のごった煮?


 いや! 見た目で判断しちゃいけない。食べたら案外……


「いただきまーす!……」


 案外……

 ………………

 ……


「どうだろう?」

「うっ…………うん。面白い味だね……」


 としか言えなかった。ごめん、ルシフェル。お世辞にもこれは……


「真子、」


 ルシフェルが顔を覗き込んできた。そしてコップ一杯の水を差し出す。


「……正直に言ってくれ。逆に私が辛い」


 ……とうとうあたしの心は折れた。


「ごめ……っ」


 水を飲み干してあたしがそう言ったら、ルシフェルは明らかにしょげた。

 でも……


 このまずさは驚異的だ! なんで食べられるもの同士を足して、食べられないものが完成するんだよっ!

 悪いが、初心者でももっとまともな料理を作るぞ?!


「ぷはぁ……。なんで? なんで家事全般はこなせるのに、料理だけこんなに苦手なの?!」


 するとルシフェルは頬をさっと赤らめて俯いた。


「い、いや、だって! 作る必要がなかったから……」


 あんたはお坊ちゃんか!

 ……あっ! アシュタロスさんの“生まれながらのVIPですから”って、そういう意味だったのか! それにやけにイライラしてたのも!


「ほら、だから作りたくなかったんだ……っ」


 ルシフェルは見たこともないくらい顔を赤くしていた。 

 あたしを守ってくれる時のあのクールさとのギャップが激しすぎる……! 超可愛いんですけどーッ!!


 つーか


・容姿端麗

・頭脳明晰

・スポーツ万能な上に(おそらく)

・何でもそつなくこなすのに

・ちょっと天然で

・料理が壊滅的に下手


 って、萌え要素満たしてんじゃねーよっ! アニメの美少女ヒロインか! まぁ確かに萌えるけど!


 ……ん、変なこと言った? 大丈夫? あ、そう。


「それに、この料理も随分昔に覚えたから……」

「昔って……。ねえ、さっきも言ってたけど、ルシフェルって歳いくつさ?」


 いわゆる“青年”なルシフェルが昔、と言うと何だか奇妙だ。

 顎に手をやり考え込むルシフェル。人間じゃないのはわかってたつもりだったけど、その答えは驚くべきもので。


「年齢なんて考えたこともなかった。だが生まれたのは少なくとも……真子より数千年は前だろうな」

「す、数千年っ?!」


 思わずまじまじとルシフェルを見つめてしまった。

 見た目はハタチ、中身は千歳、なんて某名探偵もビックリだよ!


 それだけの年月、よく料理音痴で過ごしてこれたな……。ああ、堕天使は食事する必要もないのか……。

 ま、ルシフェルにもそういうところがあるってわかって安心したよ。意外と人間くさいなぁ、なんて。



 結局ポトフもどきは、あたしの苦心の結果“ミネストローネっぽい何か”に生まれ変わった。もちろん二人で残さずいただきました。


「ルシフェル……これから料理教えてあげるよ」

「……ああ」


ぼそぼそと更新しておりますが、読んでいる人いるのかな?と不安になることも。アクセス数や感想に励まされてます。本当にありがとうございます! 何かありましたらお気軽にどうぞ。何もなくてもどうぞ(笑)

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