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一の死

「ここが、元はゲームだった世界か……」


次に意識が覚醒したとき、俺は古めかしいヨーロッパ風の町並みの一角に立っていた。


「世界航、享年21歳。異世界の大地に立つ」


なんとなく、かの宇宙世紀なアニメの起動シーンっぽく言ってみる。

…現実逃避している場合じゃないのだろうけど、正直言って現実が重すぎる。


「これは…ここでいったい何が?…災害かそれとも戦争か?」


俺にとっての始まりの町は、家々の屋根が焼け落ち、崩れたレンガや木材が転がる場所で、大きな災害や争いを想起させるありさまだった。


「とりあえず、自分の状態を確認するか、ステータス・オープン」


…………。


俺は『魔法おやくそくの言葉』を唱えたが何も起きなかった。


「インベントリ」


………。


「コマンド入力、Iキー、Tabキー、F1、F2、A、B、C、D、△、〇、×、□、……開け時空の扉、アイテムボックス! スキル表示、魔法表示…ロックバレット、メ〇、イ〇、ウインドカッター、黄昏より…、スネア、いでよシェ…」


俺は思いつく限り試した。

キーワードや呪文だけでなく、時には身振り手振りや、無用なセリフも加え、かつて封印した、俺の中の厨二力すら振り絞って全力で。


だが、何も起きなかった。

俺は両手両ひざを地面について、静かに泣いた。


ひとしきり泣いた後、気を取り直して、自分の状態を確認する。


「先ず見えるのは、首から下げた頭陀袋だけど、これは後回しにするとして、上着が革のベストか。前合わせになっていて、皮ひもを使って結ぶ方式だな。その下は、布の服でTシャツタイプ。袖が無い代わりに、皮のアームガードの様な物をつけている。う~ん、微妙に世紀末な感じだな。そしてズボン…いや、これズボンじゃないね。日本で言えば股引きかな。で、腰にスカートの様な物を履いて、その上に革の防具をぶら下げている。靴は革と皮を組み合わせた、編み上げブーツ的な物か。履くのに時間かかりそうだ」


う~ん、基本的に衣服は紐や帯で締める感じで、ボタンやファスナーは無いみたいだ。


「その他の所持品は、頭陀袋(頭陀袋とは、仏教系の僧が行う頭陀行や托鉢に際して首から下げている携行鞄。ショルダーバッグと似たものだが、修行用なので非常に簡素)で中身は…布のフード付きマント。それとナイフと変な石と、もさっとした木屑。着火剤みたいな物かな?頭陀袋はアイテムバッグという事もなくて、単なる布製袋。一つ気になるのは、右手に小さな石のついた、地味な指輪がハマっている事かな」


何というか、ファンタジー要素が少ないな。

指輪は少し気になるけど、使い道がわからないから何とも言えない。


「初期装備は、これだけ? 金どころか水も食い物もないぞ。その上スタートがこのゴーストタウンなんて、無理過ぎるでしょ」


とは言え嘆いていてもどうしようもないので、休める場所を探すことにする。

水や食料も重要だけど、危険な世界というなら、先ずは安全の確保が重要だろう。

俺はそう考えて歩き出した。


瓦礫を避けながら町を歩き、なんとなく四つ辻を曲がる。

パキ。

足元からそんな音がして、下を見る。

足元には、真っ白な骨が転がっていた。


「う、白骨。それも人骨…この町の住人だったのかな」


遺骨の埋葬について少し悩んだけど、今の俺にはそんな余裕はないと思い、南無南無とつぶやきながら手を合わせて、人骨とは逆の方向に向かって歩き出す。


コト


「ん?」


不意に後ろから音が聞こえて振り返るが、動くものは見え無い。

何か嫌な予感を感じた俺は、急ぎ周囲を確認して、道端に落ちた木の棒を拾う。

多分折れた物干し竿か何かだと思うけど、1メートルそこそこの手ごろな長さだ。

軽く棒を振りながら再び歩き出す。


カタ


また音が聞こえた。

これはもう間違いない。

あの有名な『志村、後ろ後ろ』ってやつだろう。

俺は振り返りざまに、手にした棒を水平に一薙ぎするが、手ごたえがない。素早く視線を走らせれば、奴はまだ“ただの白骨”の振りをして、地に倒れている。


「バレバレなんだよ!」


白骨に向けて、手にした棒を思い切り振り下ろす。

衝撃で白骨が飛び散る。


「2度と復活できないように、粉みじんにしてやる」


それなりに硬かった”推定スケルトン“は、俺の入念な攻撃を受けてバラバラになった。

大きな破片でも5センチ以下なので、ここからの復活は無いだろう。


「ふう、異世界での初勝利だな」


俺は額の汗を服の袖でぬぐう。

違った。服に袖は無かった。

見れば、アームガードが汗に濡れて、少し色濃くなっている。

洗えないのに…この世界にファ〇リーズは無いよな。

はあぁと、ため息を履いた瞬間。


「が!」


俺は後頭部に強い衝撃を受けて、視界が暗転した。


「ゴブゴブ」(意訳:今日は楽に飯が獲れたな)

「ゴブゴブ」(意訳:急に武器を振り回したときは焦ったけどな)

「ゴブゴブ」(意訳:骨を叩いて初勝利www)

「ゴブゴブ」(意訳:それな)


現在、俺の体は狩りの獲物として、手足を縛られ長い棒に吊るされ、ゴブリンと思しき、小柄で緑色の体色をした生物によって、何処かへと運ばれている。

…にしても、こいつらさっきから、ゴブゴブゴブゴブとうるさいな。話の内容はわからないけど、なんか腹が立つ。


俺の体。具体的には頭部だけど、どういう訳か力なく垂れ下がり、後頭部から見覚えのない飾りが突き出ている。

俺はそんな自分の体に寄り添って浮いている。

浮いている俺は、半透明で物に触れることはできず、ゴブリンどもから認識されることも無いようだ。

つまり、今の俺は幽霊なのだろうけど、生き返る方法がわからん。

どうした物かと考えていたら、町の中から妙に気になる気配?がする…ような気がする。

幸いにもゴブリンたちの進行方向は、気になる場所に近いで、一旦死体から離れて様子を見に行く事にした。

すると、どことなく教会に似た建物があった。

これはもしかして…。

期待を込めて近寄ると、俺の霊体は建物に引き寄せられ、そのまま扉をすり抜けて建物の中へと入る。

教会の入り口を抜ければ、そこは礼拝堂のようで、俺は神像らしきものに吸い寄せられていくが、そこには無数の白骨が散らばっていた。


『骨だからまだマシだけど、肉が残っていたらきついな』


この教会に立て籠もった町の人々だろうか?

さっきの白骨もただの骨だったし、流石に教会でアンデッドも無いよな。

…いや、今まさに俺はゴースト、つまりアンデッドになるのか? 

これから生き返る予定の霊だから違う事を願う。


『俺、航。今は霊だけど、人間になるのが夢…』


急に後体の重みが戻り、少しよろけながらも、足から着地する。

横向きに飛んでいたら、顔面着地していたかもしれない。


「体が透けてない、生き返った! 先程確認した装備品も、きちんと身に着けている。全裸で町を疾走とかに、ならなくてよかった。…あれ? そうなるとゴブリンが運んでいた、俺の死体はどうなった?」


身に着けていた衣服は、全てそろっているし、あの髪飾りもなくなっている。ゲームにもよるけど、蘇生を受けると自身の死体や、装備品が現場に残り、一定時間内に回収しないとアイテムや装備を、ロストする仕様が、少なくなかったはずだけど、今俺の死体はどうなっているのだろうか。


「…ま、いっか。今はこの教会を探索してみよう」


死体のその後は少し気になるが、死体は俺であって俺ではないので、ゴブリンに食われたとしても、困ることはない。それに今行っても返り討ちにあうだろうからな。


教会は確りした作りだったおかげか、傷みも少なく多少の塵や埃はあるものの、礼拝堂に目立った破損は見当たらない。リアルな教会の内装には詳しくないが、燭台や神像の他、長椅子やステンドグラスなど、宗教施設としての体裁は整えられていると思う。流石に目立つ部分は、それなりに作りこまれているわけだ。

オープンワールドというのは、プレイヤーが好き勝手に移動でき、屋外と屋内の切り替えや長距離移動を、シームレスで行えるものだ。とは言え、全てが描写されているわけではなく、中身のない張りぼての建物や、侵入できない扉などは存在する。

しかし、蘇生施設としてプレイヤーの多くが出入りしていた施設なら、ゲーム開発者がよほど手抜きして居ない限り、教会に小部屋の一つや二つぐらい有るだろう。


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