婚約破棄をされても
甘い水薬の色はトビ色。
「君は僕の婚約者として相応しくない」
あげつらうお父様の悪いこと。
貴方もあの子もご存じないのね。
そのくらい、偉い人たちは誰でもしているのよ。
いいの。存分におやりなさい。
私があの子でも、同じことをしたわ。
「よって、この婚約を破棄したい」
大勢の集まったパーティー会場で、貴方は私にそう告げた。
観客はどよめく。
半分は知らなかったみたい。
伯爵家令嬢と侯爵家嫡男の不仲なんて面白いスキャンダル。
知っていたわ。貴方の心は私から離れていた。
わかっていたわ。
今日のパーティーで言うはずだった。
私と貴方の婚礼の日取り。
今日が最後のチャンスだった。
貴方を、私のものに出来るチャンス。
いいでしょう。覚悟していたわ。
そう、貴方はあの子を選んだ。
ならば私は意地を張り通しましょう。
あくまで清楚に、口元を隠して笑う。
今の私は精一杯の嫌な女。
貴方が、別れて正解だったと思えるくらいに。
でもね最後に一つだけ。
最後に一つだけ、真実を言わせて。
その嫌がらせが私の最後の意地。
毒は用意した。あの子の傷つけられた靴は燃やした。
それでも。
階段からあの子を押したのは、私じゃないわ。
獅子身中の虫にご用心。
上手に笑えていたかしら。
嫌な女の最後は惨めなものよ。
それでも私は、胸を張って笑顔で去りたい。
お化粧って、水に弱いのね。
これから私は郊外で暮らすの。
貴方のお父様の計らいで。
貴方がいなければ生きていけないなんて、縋り付いて泣けばよかったかしら。
そんな、わかりきったこと。
これから私はこの庭園で生きていきます。貴方との思い出を啄みながら。
庭のチューリップは今日も綺麗ね。憎たらしいくらい。
いつか貴方が目を閉じるまで、私は生きようと思います。
貴方が好きじゃなかった花畑のある庭園で。
昨日、召使いたちと焼き菓子を作ったの。
貴方が食べる望みのない菓子。
きっと、今までで一番美味しく焼けたわ。
天蓋つきのベッドで、握りしめる六角形の硝子瓶。
水薬は錬金術師の特製。
貴方はこれを、あの子に使うと思っていたけれど。
これは私のためのもの。
いつか貴方が目を閉じた日のためだった。
貴方がいないこの世界に、私がいる理由なんてないもの。
水薬の色はトビ色。
もう見られない。
貴方の瞳の色と同じ。