表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

動物の夢

作者: 倉紀ノウ


 夢を見ていました。楽しい夢です。

 


 ぼくは、『森』という場所の中で、自由に走り回っていました。リスさんから聞いた『森』という場所には、『木』があって、『木』には『葉っぱ』がついているんだそうです。地面は『土』がたくさん敷いてあって、いい香りがするんだそうです。

 ぼくは、『森』の中で、みんなと遊んでいました。




 【虹を見つけた】



 コンクリート造りの檻の中から見えるのは、みんなが入っている檻です。向かいがリスさんとアライグマさん。そのとなりにクマさんがいます。

 ここは動物園といって、人間たちがぼくたちのような動物を見に来る場所なのだそうです。それは、リスさんから教えてもらったことです。朝早くに、ぼくたちの世話をする人間がきて、檻の掃除をしていきます。それから、食べるものを運んできます。その後は何もすることがありません。リスさんたちと話をするくらいです。

 景色も変わることはありません。ただ、夜になったり、朝になったりするだけです。

 ところが、今日は空になにか色がついていました。

 ぼくは、リスさんに尋ねました。

「あれはなあに?」

「あれは虹だよ」

「虹っていうのか」

 あの色にもちゃんと名前がついているんだと思うと、なんだか少し嬉しい気持ちになってきました。

「きれいだね」

「とてもきれいだ。空に色の橋がかかっているみたいだ」

「光のカーテンみたいだ」

 みんなは口々に言いました

「どんなものなんだろう。あの虹は、そばまで行けばどんなふうに見えるんだろう」

 ぼくはふと思いついたことを言ってみました。

「誰も、虹のそばまで行ったことはないよ」

 リスさんが言いました。

「考えるだけ無駄だろう。俺たちはどうせ、ここで死ぬんだからな」

 アライグマさんが言いました。

「そんなことないよ。きっと自由になれる日が来るよ」

 リスさんが言いました。

「いつかあの虹のそばまでいってみたいね」

 クマさんが言いました。ぼくも、同じ気持ちでいました。



 空には虹がかかることを知ってから、ぼくは毎日空を眺めて、虹を探しています。虹が出るとみんな喜ぶからです。

 でも、虹はなかなか空にかかりません。

「今日は、虹は出ないのか」

 ある日の夕方、ぼくは言いました。

「雨が降らないと虹は出ないよ」

 リスさんが、ぼくに教えてくれました。

「そうか、そういうもんなのか」

 虹が出ないとおもしろくありません。それでもぼくは、夜になるまで虹を探していました。今日は、虹は出ないようでした。暗いと虹も見えないので、夜はリスさんと話をします。

「リスさん、君はどうやってここに来たんだい」

「眠らされて、気がついたら檻の中にいたよ。君は?」

「ぼくはここで生まれたんだ」

 ぼくは、自分の姿を見たことがないのですが、キツネという種類の動物だそうです。

「リスさん、昔いた、森の話をしてよ」

 ぼくは、リスさんにお願いしました。

「森は、こことは違う、色んな音であふれているんだ。いろんな良い匂いもする。木の匂いや土の匂い、季節の風にも匂いがついているよ」

「ぼくには、想像もできないな」

「私がいつか、連れて行ってあげるよ」

「ありがとう。いつか、一緒に森に行こうよ。絶対約束だよ」



 【虹の中の物語】



「虹の光の中には、こことはぜんぜん違う世界が広がっているんだ。そこでは、みんな争いも苦労もなく、平和な毎日が待っているんだ」

 クマさんは、想像を広げるのが大好き。だから、虹の中にある世界のことを教えてくれます。

「みんな自由で、檻の中に入れられる動物なんかいない?」

 ぼくが聞きます。

「そうだよ。みんな自由で幸せなんだ」

 クマさんは、まるで虹の中を見てきたみたいに虹の中の話をしてくれます。

「あの虹の中には、太い根っこの木があるんだ。悪さをすると捕まっちゃう。だから、悪い生き物は暮らすことができない」

 ぼくも、クマさんみたいに虹の中のことを想像します。虹の中の世界を想像することが、だんだん好きになってきました。

「なんでもお願いごとが叶う池があるんだ。名前はそう……、どんぐり池だ。その池のお水はきれいでおいしい。みんながお水を飲むために集まるんだ」

「私も飲んでいいかな?」

 リスさんが言いました。

「もちろんだとも。好きなだけ、飲んでいいんだからね」

「俺もいいか? 俺みたいな嫌われものでも、その池に行っていいか?」

 アライグマさんが言いました。

「いいんだよ。どんな生き物でも、自由に行っていいんだ。ぼくはアライグマさんのこと好きだよ」



 【動物園の終わり】



 ぼくたちの世話をしにくる人間はいつも同じです。人間の言葉は分からないけれど、優しい言葉をかけてくれるし、大事にしてくれます。けれど、今日はその人間と一緒に、見慣れない人間がぼくたちの檻にやってきました。

 人間は、リスさんの檻の前で何か言っています。

〈この動物園は来月で終わりだ。客が減って運営資金も無い。もう借金が返せない。この土地も売ることにしたよ。こいつらを処分するには金がかかる〉

 一体何を言っているのでしょうか。いつも世話しにくる人間が何か言いました。

〈では、どうするんで?〉

〈決まってるじゃないか。殺すんだよ〉

 人間たちは、何を話しているのでしょうか。たぶん、ぼくたちの話をしていると思います。

〈心配ない。銃もガスも使わない。君らも、自分の面倒みてきた動物を手にかけるのは心が痛むだろう。……毒の入った餌で殺すんだ。小動物はまとめて山に埋めろ〉

〈そんなこと、できるわけがない! それが人間のやることですか? 他の方法を考えてください〉

〈時間がないんだよ。いいから黙ってやればいいんだ! 君、自分の立場を分かってるのか? 次の働き口を紹介してやったのはこの私なんだぞ。そうでなければこの不景気にお前のような年寄り、誰が雇うものか。これから内定を取り消してもいいんだぞ〉

 見慣れないほうの人間は、去って行きました。そのあとも、ぼくたちを世話している人間の方は、ぼくたちをずっと見ていました。



 夜中に、ぼくたちを世話している人間が、ぼくの檻にやってきました。

 檻の前に立って、なんだか悲しそうな目でぼくを見つめています。

〈ゴンタ、お前だけは逃げろ。俺たちの身勝手を許してほしい〉

 人間が檻を開けました。どういうことなのでしょうか。ぼくは、しばらくその場を動きませんでした。

〈はやく行くんだ。もう戻って来るなよ〉

 外に出てもいい、ということなのでしょうか。ぼくは、檻の外にでました。自分が入っていた檻を見つめてから、走って外へ行きました。

 外は、見たことのない世界でした。ぼくは外の世界にあるという『森』へ行こうと思いました。『森』がどこにあるかわかりません。だから、足の向くままに走りました。




 【逃げてからの生活】



 リスさんの言っていた森とは違いました。食べ物は少なくて、寒さに凍えることもありました。ぼくは森で生まれたわけではないから、食べ物の探し方もよくわかりません。生きていくのが大変です。

 ただ、風の匂いや、木の匂いや土の匂いがするというのは本当でした。リスさんに、『本当にいい匂いがするよ。早くここへおいで』と、心の中で言っています。

 リスさんやクマさんや、アライグマさんのことを考えています。どうしているかと思うと、いてもたってもいられません。まだ、檻の中にいるのでしょうか。それとも、ぼくと同じように自由になったのでしょうか。また一緒に虹の物語を話したいのです。みんなと話をしたいのです。

 今日、虹を見ました。人間たちの住む家が並ぶその向こうの、遠い森の上にです。

 ぼくはみんなに話しました。

『リスさん、虹が見えたよ。やっぱりきれいだね』

『クマさん、また虹の物語を教えてよ』

『アライグマさん、一緒にどんぐり池に行こうよ』

 ぼくは、いっしょうけんめいに心の中でみんなに語りかけています。

 こうして、ぼくは一人ぼっちで生きていくのでしょうか。



 【老いてから】



 ぼくも、ずいぶん年老いてしまいました。

 目の前のものが、よく見えません。

 鼻もきかなくなってきました。

 ぼくの老いた目では、もう遠くの空にかかる虹は見えません。

 もうすぐ、寿命が来るのが分かります。もうすぐ、ぼくは死にます。

 寒い季節になりました。ぼくは、木の葉の上で横になっています。もう、立ち上がる力がありません。

 ただ、みんなのことを考えています。

 檻の中でみんなが話してくれたことを、考えています。

 みんなはどこへ行ったのでしょうか。どこかで幸せに生きているでしょうか。

 みんなに、会いたい……。

 木についた葉っぱが、寒そうにかさかさと揺れて音を立てています。

 


 【再会】


 ここは、どこ。

 森の向こうに、大きな虹がかかっています。

 変な虹です。いつもの虹は、地面に向かって生えているみたいだったけど、あの虹は空に向かって生えているみたいです。

 ぼくは眠っているのでしょうか。ここは、夢の中なんでしょうか。

 ぼくは、起きて自分の足で立っていました。視界も、ぼんやりとはしていません。

 ぼくが暮らしていた森とは違うようです。もう寒い季節ではないようです。ぼくは、あたりを見回しました。

 驚きました。ぼくが大好きな、みんながいたのです。

 リスさんがいます。クマさんがいます。アライグマさんがいます。

 みんな並んで、ぼくを見ていました。檻の中になんか入っていません。きっと、自由になれたのでしょう。

「なんだ、みんなここにいたんだね」

 ぼくが言うと、リスさんが言いました。

「君が来るの、ずっと待ってたよ」

 クマさんも言いました。

「もう大丈夫。ずっと一緒だからね」

 アライグマさんも言いました。

「俺たちはずっと一緒だ」

 ぼくは、走ってみんなのところへ行きました。大きなクマさんに、小さなリスさん。アライグマさんはぼくより少し小さめです。みんな、姿も大きさも違うけれど大の仲良しです。ぼくは、またみんなが同じ場所に集まれたことが嬉しくなりました。

「でも、君たちはいつ、あの檻を出たの? やっぱり、あの人間が出してくれたの?」

 みんな、答えてくれませんでした。待っていると、ようやくリスさんが答えてくれました。

「私たちは、檻の外に出ることはなかったの」

「じゃあ、どうしてここにいるの?」

 ぼくは聞きました。

「私たち、死んじゃったの。だから、ここは天国なの」

 リスさんが言いました。それでようやく分かりました。

「ああ……そうか……。」

 ぜんぶ、納得がいきました。

 でも、ぼくはそれでいいんだと思います。だって、また会えたのですから……。

 ぼくはもう、それで満足です。



【こころの虹】



「起きて。起きてよ」

 声が聞こえました。目を覚ますと、リスさんや、クマさんやアライグマさんがいました。 

「朝早くに、どんぐり池に行こうって行ったの、キツネさんでしょ」

 リスさんが言いました。

「どんぐり池ってなに?」

「なにを寝ぼけているの。しっかりしなきゃ」

 なんだか、体の感じが違います。体にしっかりと重さを感じました。

「ぼくは生きてるの?」

 みんなに聞きました。

「ちゃんと生きてるよ」

 クマさんが言いました。

「そうか……てっきりぼくは……」

「何か、変な夢でも見たのかな?」

 クマさんが言いました。ぼくは、夢の話をみんなに聞かせました。

「そう……。君は逆さまの虹が見せる夢を見たんだね。この森に逆さまの虹がかかると、ちぐはぐな夢を見る。そんな夢を見て、怖かっただろう」

 クマさんは、ぼくを心配してくれました。

「長い夢だったよ。夢で、本当によかった」

 夢のせいで、自分を忘れていましたが、ようやく思い出せました。ぼくは、この森で生まれて、ずっとみんなと暮らしています。でも、たまにみんなのことが鬱陶しくなったり、喧嘩をしたりしてしまいます。みんながいることが当たり前になってしまって、こんな大事なことを忘れていました。

 大事なものは、失くしてから分かります。ぼくはそのことを知りました。

「ぼくは、今わかったよ。みんなと一緒にいられるってことは幸せなんだね」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ