最後の依頼。
「ん、そろそろか…… 」
まるで暴動の様な騒ぎに包まれた屋敷を眺めながら、マッドが呟く。
屋敷を一望できる木の上に登っていたマッドは、手に握りしめた石ころを一目見たかと思うと、屋敷の窓に向かって投げた。
当然の様に石が当たった窓ガラスは、大きな音を立てて割れる。
そして更に割れる。
割れる。
騒ぎに紛れ、連続して投げられた石は次々と色んな部屋の窓ガラスを割って、簡単に屋敷の中へ侵入を果たした。
すると、屋敷の回りを取り囲んでいた住民も怒りにまかせ、真似をし始める。
「良し。 そろそろ行くか…… 」
屋敷を警備していた兵士は興奮した群集に飲み込まれ、最早どこにいるかも見分けがつかない。やがて住民達が建物に取り付いたと思うと、屋敷のあちらこちらから火の手が上り出した……。
ーーーー
「おい、早く開けてくれ! 」
ガヤの街へたどり着いたケビンと兵士は、必死に声を上げた。門を守る味方の兵士はいち早くケビン達の姿を確認していたが、その怒号にも似た声に慌てふためく。
「ゴブリンは近いぞ! 警戒しろ! 」
ケビンはそれだけ言い残し、守備隊本部に急いだ。
守備隊本部の中にある会議室では街を治める領主のマルコ男爵、その弟で守備隊副隊長のポーロにミズリから来たベテラン冒険者などが、偵察に出たケビン達の帰りを待っていた。
マッドからの情報を伝え聞いて集まった会議室のメンバーは、重苦しい雰囲気の中、誰も言葉を発しない。すでにたらればの議論は出尽くし、住民の避難、飛空挺のアルティーナ兵に応援要請と、ケビン達による偵察を出している。
「ケビン殿はまだか……ひょっとしてゴブリン達は来ていないのでは無いか? 」
自分にとって都合の良い情報を期待するがあまり、思わずマルコ男爵は同じような事を何度も口にするが、もう誰も返事をしない。
みんな分かっているのだ。
グリフォス所属であるマッドが嘘を付く筈が無いと……
そしてゴブリン達が自分の命を奪うかもしれないと。
バン!
荒々しく会議室のドアが開く。そこには血相を変えたケビンが立っていた。
「ケ、ケビン! どうだっ…… 」
「ダメだ。 やはりゴブリンの軍勢がこっちに向かってる。 」
「軍勢!? 数は? 」
「数千……いや、3千はいたか。はぐれのダイヤウルフに襲われたお陰で、じっくりと見る事が出来なかったが、1時間もあればここまで来るだろう」
「ぐ……1時間だと!? 」
「ダイヤウルフ!? やはりマッド殿が言っていた事は本当なのか? 」
「おい、ちょっと待ってくれ。 なんだ? ダイヤウルフがどうかしたのか?」
「ああ、ケビンはまだ知らなかったか…… マッド殿の情報によると、ゴブリンとダイヤウルフが共闘してるらしい 」
「なっ…… じゃあアレは、はぐれじゃあ無くて、斥候だったって事か!?」
「多分そうだろうな…… しかも魔法武器を使う〈新種ゴブリン〉までいるらしいぞ 」
「嘘だろ…… 」
ケビンは同じ冒険者仲間達との会話の後、がく然と肩を落とし黙り込む。
もはや街を捨て逃げるしか生き残る方法は無いだろう。
しかし誰も口にしない。いや、出来ないのか……
確かに街を守るべき人間が弱者を見捨て逃げ出せば、例え命が助かったとしても、その後の人生はうろめたい物になるだろう。
仮に、助かったとして、
誰も知らない街で……
新しい生活が始まったとしても……
「まだ、間に合う! ありったけの馬車を用意して女子供を街から逃がそう。 俺は戦う 」
「ああケビン……それしかないな。それにまだ、アルティーナの飛空挺がある。連絡はまだだが…… 」
「そう言えば遅いな……」
会議室の全員が前向きに考え出した時だった。一人の兵士が、あわただしくドアをノックするなり室内に入る。
「報告します! パオロ様が泊まっている屋敷が、暴徒化した住民に襲われている様です。
すでに収集もつかない状態で、応援要請に行った者も屋敷に近づく事が出来ませんでした。」
「なんだと!? こんな時に……」
「マルコ様、私が行って来ますよ。 暴徒など俺には問題ないし、実際に俺はこの目でゴブリンの軍勢を見たんだ。アルティーナ兵にもしっかり説明出来る 」
「そうだな。 ではケビン、今一度よろしく頼む。 ポーロ、お前は守備隊の指揮に戻ってくれ。 避難用の馬車の件も頼む…… ポーロ、お前は私の誇りだ。 短い間だったが、感謝している 」
ポーロは悲しそうな笑みを浮かべ、マルコの手を取る。
「マルコ兄様…… それは私のセリフです。 兄様こそ私の誇りでした。……では行って参ります 」
マルコは残りの冒険者達と握手を交わし、最後のケビンに話しかけた。
「ケビン殿、今までご指導ありがとうございました。 あなた達のお陰でこのガヤの街を守る為に、我々は全力を尽くす事が出来るでしょう。 そして我々の最後の願いを是非とも聞いて頂きたい。 これからミズリへ避難を始める馬車の護衛を……私達の家族の護衛を依頼したい。 もちろん全額前金です。 」
「ポーロ副隊長…… 」
ケビンは仲間の冒険者、マルコ男爵と目線をかわすと、
「その依頼、受けましょう。 ……ただし、今回の依頼料は結構です。パオロ様からたっぷり頂きますからね、ハッハッハッ! 」
「ケビン殿、……みなさん、ありがとう 」
ポーロは深く頭を下げると、颯爽とその場を去り、戦場へと向かったのだった……




