ゴブリン追跡も甘くない。
【陽炎】に所属しているアーサーは、魔法剣士であると同時に斥候、探索までこなす、典型的な器用貧乏タイプの人間だ。
クランでは、すでに古株になりつつあり、面倒見の良さから人望も厚い。
常に仲間の中で、貧乏くじを引きつつも仕事で手を抜いた事も無い。そんな彼も50才をもう少しで迎える。
今回の依頼で貯金が目標金額に達すれば、冒険者を引退し、長年の夢だった牧場経営を、王都で暮らす家族とする事に決めていた。
(くっ……もう半日経った。何処まで行くのだ?)
アーサーの顔に焦りの色が出る。
同じ所をぐるぐる回っているわけではないが、森の中、何かを目印にジグザグと、進路を変えるゴブリンライダー達。加えて、あと少しで日が落ちる。このまま夜も追跡を続けるのは、危険だ。
だがこのチャンスを逃せば、皆の努力が無駄になり、また最初の囮から始めなければならない。今回で5回目になる囮作戦だが、目当てのゴブリンライダーが引っ掛かったのは、今回が初めてだった。
ミズリに来てから既に、2週間が経過している。そろそろ依頼主にも経過報告をしなければならない時期であり、団長の喜ぶ顔も見たい。
その思いがアーサーの判断を微妙に狂わせた。
やがて、渓谷に差し掛かるとゴブリンライダー達は、1本のつり橋を足早に渡り始める。
アーサーは、馬を止め、後ろから付き従う仲間二人に小声で指示を出した。
「つり橋が落とされれば危険だ。私は空を行く。日没までに戻らなければミズリへ戻れ」
アーサーは、そう言うと自分の体に不可視の魔法を掛ける。
『……フライ』
続けて、ゆっくりと空に舞い上がった。
(まったく……ゴブリンのくせに世話を焼かせる……)
……そして夜のと張りが降り始めた。