ヒロイン登場も甘くない。(第3章その2)
「ティア……でいいですよ!」
笑顔で話し掛けてくれたティアに俺は感謝しつつ、ギルドの前は目立つので場所を変える為に歩き出す。ティアは【モフカフェ】での仕事の話しを中心に魔獣の世話や、困った客の事を楽しく語ってくれた。
「ん⁉ そういえば、チャマ耳がないが…… 」
「あ! ……アレは、魔道具なんです。 ……秘密にして下さいね! 」
「なるほど…… すごいな!」
(二人だけの秘密か…… フフ!)
まるで爺さんと孫娘が仲良く歩いているような温かい雰囲気に、すれ違う人達も微笑ましく感じているようだ。
「あ! 良かったらこの前のお礼に、私の家で夕食をごちそうさせて下さい! 」
断る理由もない俺は、ティアの素晴らしい提案を喜んで受ける。
「フフ……良かった! いつもは妹のアリアと二人だけなんで、ソータさんがいれば妹も喜びます! 」
(ぐ! かわいい…… )
じじいの心はスキップしながら……足取りは筋肉痛で重いまま、やがて二人は貧民街へと足を踏み入れた。
(ここは……貧民街か?)
まるで海外のスラムの様な雰囲気に、颯汰は思わず緊張を高める。
「……カラン!」
(うお!)
カン高い物音にビクッとする颯汰だが、その先の路地裏で寝転がる浮浪者を見て、何とも言えない気持ちになった。
「……この貧民街は、【奪われた人達】の街なの。ミズリにこんな場所があるなんてビックリしたでしょ?」
「あ、いや……」
「私は両親を……そこで寝てるオルガさんは、子供と奥さんを奪われたわ……」
「……」
ティアの瞳は貧民街を冷たく映す。
どんな世界も弱肉強食のルールからは逃れる事ができないのか……。いや、やはりこの【バース】は日本から来た俺からすれば、まるで甘くない世界だ。
やがて薄汚れた町並みの中、アパートらしき建物に到着した。
「ここが私の家……なんか恥ずかしくなって来ちゃった……」
「ゴクリ……」
(いやいや……俺はじじいだ。じじいらしく振る舞うのみ!)
自分の心にカツを入れるも、心臓の高鳴りは止むことがない。男とはそういう生きものである……。
「おね~ちゃん、おかえり~! ……だれ~?」
可愛らしい言葉使いで出迎えてくれたアリアは、まるでティアをそのまま幼くした様な愛らしい容姿をしていた。
「君がアリアだね。 ……私はソータじいちゃんだよ 」
俺はアリアに優しく微笑んだ。ティアが先日お世話になった人だと簡単に紹介してくれたが、ちゃんと理解できているのか少々不安だ。なんせ人懐っこいアリアはすでに、じじいの俺をお馬さんにして走らせていた。
「いけいけ~!」
「ひひん! ……ハァハァ!」
やはり、この手の遊びは体にこたえる。……決して幼女を背中に乗せる事で、興奮しながら走っている訳ではない……。またしても全身の筋肉が悲鳴を上げるが、頼みのティアはキッチンで料理を作っていた。
「お待たせしました!」
「おお……これは⁉ まさか…… 」
小さめのテーブルに並べられた夕食はまさしく〈日本食〉だった。
「……オホン。 頂きます!」
(おっと……やはりティアには異世界人である事を話す訳にはいかない)
慌てて颯汰は冷静を装いつつ、茶色のスープを一口飲んだ。
(やはり……)
「お口に合いましたか? これはその昔、異世界人達が世界に広めた料理の一つで〈ソミ汁〉と言うスープです!」
「……ブッ!」
「あ、いやスマン! ……咳き込んでしもうたわい」
(じいちゃん……やりすぎだ……)
「こっちの魚は〈バーサーの塩焼き〉で、骨に気をつけて下さい。おかずはこれだけですけど、ご飯はおかわりして下さいね!」
「……ありがとう」
俺はハシを取り、久しぶりの日本の味に感動しつつも、違和感を感じていた。
(試されている……? )
この料理はあらかじめ準備したに違いない。ならば俺の名前から疑われたと予想できる。しかし何の為に……。
「ソータじいちゃん……これ~あげる!」
不意に近づいてきたアリアは一升瓶を両手に持ち、俺に手渡した。
「ニジ……キリシマ……」
「……それは、私の父が店長のブルさんに預けていたお酒なんです。父が亡くなった時に返してくれたんですけど、私はお酒を飲まないので…… 」
「お父さんの大事な形見を……有り難く頂きます 」
ティアの好意をムダにする事はできない。コップに入れた〈ニジキリシマ〉は芳醇で気高い香りを漂わせつつ、ゆっくり俺の喉を通り過ぎた。
「うまい! 」
酒に理屈は必要ない。日本で仕事に厳しい上司に勧められ飲んだ、あの酒に似た味わいは俺の心を揺さぶって……一筋の涙をこぼす。
(……いい酒だ。 ……あれ? )
急に周囲の景色が歪んでいく。
(なんだ⁉ ……しまった! ハニー……トラップ…… )
ティアが何か喋っている様だが、もう何も聞こえない。
(売られた……のか…… )
颯汰の意識は深い暗闇の中へ溶け込んでいった……。




