トレーニングは、甘くない。
「じゃあ、また明日ね~ん 」
「ふ~…… やっと帰った」
俺達は風呂から出た後、ギルド内にあるバーカウンターで酒を飲んでいた。何としてもM・Tを達成するために、トレーニングのコツを教えて貰おうとあえて俺から誘っている。
ざっくり説明すると身体能力及び、魔力を上げる為にはジムなどで地道に鍛える。自分の体に魔法を掛ける。魔道具で強化する。スキルを使用する……くらいだった。
レベルの概念が無いのは残念だったが、トレーナーの〈サミー〉が、知らないだけと言う事もある。冒険者ギルドでは達成した依頼のランク及び、数を考慮、数値化してクラス分けしているみたいだ。
次の日の朝、サミーとの約束通り俺は、トレーニングジムにいた。
「よくて⁉ 短期間で体を鍛える事はできるわ! 」
「ああ……」
「昨日も説明したけど、死んでも知らないわよ! 」
「構わん…… 頼む 」
サミーのやり方は、極限までの〈追い込み〉だ。
まず、すべての筋肉をトレーニングで破壊する。魔力はそのつど使い切り、マジックポーションで回復を繰り返す。
この訓練は〈魔力切れ〉を繰り返す事が一番危険だ。
この世界では身体に宿る魔力は生命力と同じだ。体力と魔力、どちらかが無くなる事で人は死ぬ。
魔力にいたっては、無くなる直前に〈気絶〉と言う防御反応を体が引き起こす為、それを利用する。まさに命を賭けたトレーニングと言えるだろう。
いく度と無く気絶を繰り返し、すでに時刻は夜に差し掛かろうとしていた。
「終わったわん…… アナタ…… 最高よん!」
「……」
「後は、この〈ペロテイン〉を飲んでゆっくり休んで……」
「……」
「声も出ないのね……心配しなくても、これはサービスよん!」
「や……」
「……うぷっ……」
〈ペロテイン〉は、魔力と筋肉を同時に回復させる効果を持つ、サミーが長年の研究を元に開発した〈長期回復薬〉だ。
通常のポーション類と違い、その回復期間は3日間継続し、体内の再構築回復を限界まで引き上げるらしい。
ここまでサミーが協力してくれたのには、じいさんになっても M・T 男のロマンに涙を流して共感してくれたからだ。
代金はバカにならなかったが……
(もう……二度としない……)
部屋に何とかたどり着いた颯汰は、高熱を伴っている事も気が付かないままに、泥の様に眠る……。
『……成功……た』
(な……何を?)
『こ……ネック……スに……』
『すま……い……颯汰……』
(じいちゃん!)
「ちゅん!ちゅん!」
(からだ……痛ぇ……)
今日もミズリは、いつもの朝を迎えた。
人々は騒がしくも朝早くからギルドの前を往来し、小鳥は朝日の眩しさを歓迎するかの様にさえずる。
(何か夢見た様な……)
少し気にはなったが、全身の痛みでそれどころでは無い。
転がる様にベッドから抜け出した俺は空腹に我慢できず、一階の食堂にようやくたどり着いた。受付嬢に【陽炎】の事を聞くも、やはり何も知らない様だ。
ゴブリン探索に行っているのは分かるが、世話になりっぱなしなので不安になって来る。サミーが俺を心配して声を掛けてくれた。
「生きてて良かったわん!」
(思い出したくない……)
「数日は安静にして。無理すると長引くわよん! 」
「ありがとう。恩に着る…… 」
感謝するのは早いかもしれないが、サミーの人の良さに心が温まった。しかし安静にと言われても、何もする事がないので街を散歩しに出かける。
やはり向かった先は、〈ニブタ〉だ。ズラリと並べられた数々の商品は、一日中見ていても飽きはしない。……と、あるコーナーで足を止める。そこは、魔道具のアクセサリー広場だ。
ガラス越しに置いてあるネックレスを見て、俺は〈赤のネックレス〉をマジックポーチから取り出す。
「え……」
あの時、赤く輝いていたネックレスは……何故か青の輝きを放っていた。
「すまんがこれを見てくれんかの……」
あわてて従業員に手渡し見てもらう。
「これは……ずいぶん古いデザインですね。これをどこで? ……なるほど、家に伝わる……もしかすると古代魔道具の可能性もありますが、だとすれば何が〈鍵〉となっているのか……」
(古代魔道具……鍵……じいちゃん……)
ぶつぶつと一人言を呟きながら、いつもの【女神の噴水広場】にたどり着く。まだ午前中という事もあるのか、人通りは少ない。
公園のベンチに腰掛け、手のひらにあるネックレスの宝石部分をコツコツと指先で叩く。
(コイツが魔道具としたら、やはり魔力に反応するのか? でもさっきの店員が魔力を流しても反応しなかった。……そして青に変わった意味は何だ?)
颯汰は無意識の内に魔力を流した。
「……ずぽぉ!」
(ぐあっ!)
(今……指が入った⁉)
一瞬、肩をビクリとさせるも、周囲を見渡し再度指を差し入れる。ひとさし指しか入らない程の宝石は、指を入れる事で僅かに輝きを増している。
(魔力を使うと……)
「ずぽぉ!」
(……指が入る。……無しだと )
「コツ!コツ!」
(……入らない)
「ずぽぉ!……コツ! ずぽぉ! ……コツ!」
「ずぽぉ!……ずぽぉぽぉぽぉぽぉ!」
(……何も起こらない)
「……お……い」
「おい! じじい! 聞こえているのか⁉」
「……どぉわあ!」
驚きの余り、ベンチからずり落ちそうになった俺は、安全である筈のミズリの街で命の危険を感じていたのだった……。
今日で1000PVを超えると思います。
読んで下さった方、評価頂いた方にお礼申し上げます。
これからもぼちぼち頑張りますので、ポチポチと応援よろしくです。