ゴブリン追跡も甘くない。(その3)
(ゴブリンがしゃべった⁉ 上位種……いや新種か⁉ )
言葉を理解するゴブリン。上位種なら不思議では無いが、あんな4メートルを越える巨体のゴブリンは、見た事がない。アーサーは、素早く腰のベルトに手をやり、バックル部分の魔道具に微量の魔力を流した。
「おいおい、絶対絶命だな! 俺はアーサーだ! ……名前を聞いても?」
「ナマエ…… ユーシャ……」
「……勇者……ダ!」
(……何だ?……何の冗談だ⁉)
「わ……分かった、〈勇者〉……だな! お前は何だ⁉ 何故あんな【咆哮】ができる⁉ 」
「ナ…… 仲間…… ナレ…… オ前、飛ベル……」
(くそっ! 質問に答えろ!)
「仲間か……すまないが、嫁さんに相談しないとな! 」
アーサーは、バックル部分にもう一度手をやり、今度は祈りを込めた。
「みんな……後は頼む…… 」
会話で時間稼ぎした甲斐はあった。
魔力制御は回復を始め、銀色のミスリルソードは、僅かに青く発光を開始した。アーサーは光と共に沸き上がった、生存本能を勇気に変える。
そして眼前のゴブリンを見据えた瞬間……
彼は凄まじい衝撃音と共に、地面にめり込み肉塊へと変わり果てた。
〈新種ゴブリン〉が攻撃に使った武器は、巨大な魔法の〈ハンマー〉である。
その長さは全長5メートルに及び、地面にめり込んだ黒い金属の〈ヘッド〉部分からは、とてつもない重量と固さを感じさせていた。
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今日も太陽は沈み、ミズリの街は夕食時を迎えいっそう賑わう。そんなあたり前の夜、じじいは悩んでいた。
「やはり……M・T だな……」
何ゆえに、この世界に転移し、一体なにを為すべきか……などでは無い。
ティアの事を思い出すと口角が上がり、自分の顔を思い出しては、無表情になる。そんな事を繰り返しながら、出した結論がM・T……である。
こんな年になっても……いや、心だけ若い颯汰をいったい、誰が批判できると言うのか。
結論に基づき、じじいは行動を開始する。全身グレーのスエットに着替え、向かった先は、冒険者ギルドに完備されている〈トレーニングジム〉だ。
「ちょっと、よろしいかの~?」
(最近、じじいの言葉に慣れてきたな…… )
じじいの顔は、どうする事もできない。しかし貧相な、じ……Gと、マッチョなGなら。そう……可能性の問題である。
「あら~ん、かわいいお爺ちゃん、ど~したのかしらん?」
(ぐっ!……ついにこのキャラの登場か……苦手だ……)
「あ~、健康のためにな~。よろしいかの?」
今さら説明の必要は無いだろう。
俺はこの、マッチョな三つ編みの男性トレーナーに〈健康〉を理由にして、様々なトレーニングマジックマシンの説明を受ける。驚いた事にすべてのマシンは、魔力と筋力を同時に鍛える事ができる。
つまり魔力を流し、なおかつウエイトを持ち上げるのだ。
「ぐっ……ぐおぉぉ……! 」
「あら、お爺ちゃん元気ね! ワタシ興奮してきたわ!」
「ぬっ……ぬおぉぉ……!」
「まだよ! ワタシを満足させてちょうだい! ……いいわ! その調子!」
「ちょ! ……もう 限界じゃ!」
「もっと! 激しいのちょうだい! 全部出して! 」
……一時間ほど汗を流し、色んな意味で疲れきった俺はメンタルも鍛えていると前向きに捉え、ジムを後にした。
「ふぅ~ 極楽じゃ…… 」
トレーニングを終えた後は、風呂と相場が決まっている。
この世界か、ミズリが凄いのかは分からない。しかし、風呂やシャワーが魔法を利用する事によって簡単に使える。ありがたい事だ。
湯船に浸かりながら、今後の事を考える。
ミズリほど安全な街なら、危険な仕事をしなくても安心して生きていける。……だが〈じいちゃん〉だ。何故あんな事になったのか。他にも生き残った転生者がいるのか?転移前のレールに乗った様な生き方はできない。
俺は、いつ死ぬか分からないからだ。なら……全力で生きるだけ。
「ちゃぽ~ん!」
「あら~ん! おじいちゃま~!」
(ふっ…… ああ…… 分かっていたさ……)
このトレーナーとは長い付き合いになりそうだ……。