ゴブリン追跡も甘くない。(その2)
じじいが、鏡の前で弱音を吐いてから、さかのぼったあの日。
アーサーも、どことも知れない深い森の夜の中、諦めにも似た弱音を吐いていた。すでに、『飛翔魔法』『不可視』の効果は消え、魔力の制御もままならない。
(こんなハズでは…… )
ゴブリンの追跡は、順調だった……かに思えた。
あの時、上空からゴブリンライダーを追跡していたアーサーであったが、ゴブリンの向かう方向に、僅かなかがり火を見つける。
アーサーは慎重に、風下からかがり火へと先回りを開始。僅かなかがり火は、森の中で不自然に開けた小高い草原の丘に刺さっており、たった一本のろうそくの様に、静かにその炎を揺らしていた。
(フッ…… 怪しい事、ナントカだが……)
アーサーは、自信を持って更に近付く。例え大群のゴブリンに待ち伏せされようとも、ゴブリンは空を飛べない。
また、上空にあって【不可視】の魔法が掛かっていれば、視認もできず、鼻を効かせるには難しい風下からの侵入だ。
……しかしアーサーは、それを見た瞬間、恐怖で息がつまる。
(骨……だと⁉ )
小高い丘だと思った場所は、大量に集められた骨の丘。
いったいどれだけの数の生物を殺せば、こんな事ができるのか。しかもそのほとんどは人骨であり、魔獣の骨も少し混ざりあって出来ているのが分かる。
……分かる程に、近付かされてしまった。
「ガアァァァァァァァァァァァァァァァ!」
(しまった!)
それは、突如として森全体にも、響き渡ろうかと思うほどの大きな【咆哮】だった。
通常の【咆哮】は、魔力の波動を伴っており、〈恐慌状態〉を引き起こす事で、行動不能にさせる。
Sクラスのアーサーは、【咆哮】に耐えうる〈耐性〉を持っていた……が。
「あ……ぐっ……」
(マズイ!)
そのあまりに強力な魔力の波動は、アーサーの鼓膜を破りながら、魔力の流れを乱した。【飛翔魔法】と【不可視】の魔法は制御を失い、アーサーは、流れ星のごとく……地上に落下して行く。
木々にぶつかりながら、鈍い音とともに地面に落ちたアーサーは、顔を土に擦り付けながらも、目を開く。
(こんなハズでは……)
すぐさま全身をピクリと動かし、ダメージを確認しすると、内臓と右腕が、激痛を伴い返事をした。
(つ……右腕と鎖骨が折れた……足は大丈夫だが……)
「おぉ……」
どす黒い血が混じった吐しゃ物が、一瞬で地面を染めた。アーサーは、ポーションを煽りながら、王都に残した妻、イルマを思い出す。
「最後の最後で、一番の貧乏くじを引くとは…… 」
ポーションによって、落ち着きを取り戻したアーサーは、目の前の巨大な生物に向かって呟いた。
「ガァ……ァ!」
(間違いない……ゴブリンの親玉だ……)
巨大な狼の魔獣……それに跨がる異様なゴブリンも、また巨体だ。
アーサーは視線を動かしながら、腰からミスリルソードを引き抜く。全身が警告を発し、目は勝手に脱出の突破口を探しているが、自分を取り囲んでいるゴブリンライダーを、見つける事しかできないでいる。
「オマ……冒険……カ?」
いまだに回復しきれてない耳に、ゴブリンの声が……確かに聞こえた。