ヒロイン登場も甘くない。(第2章その4)
【モフカフェ】の仕事が終わった後、大通りを歩く。道は人が溢れ、いつもの賑わいを見せている。
(いた……)
私は、いつもの様に近くを歩く、頭の悪そうな貴族の男とすれ違った。
そして私の手には、さっきすれ違った貴族の財布がある。
絶対に気が付かれる事は、ないだろう。
財布を盗る時、スキル【時間停止】を使ったからだ。
時間を止められると言っても制限はある。まず、止めていられるのは、ほんの一瞬だけ、3秒くらいだ。さらに1日に数回が限度だ。なぜか使えば使うほど、全身の疲労感が凄い。
でも私は止めない。
盗みも悪い事だ。しかし、この世界は、少し違う。
奪われた者に救いは無い。
奪われる方も悪い。
弱い事が、罪。
要は、弱肉強食すぎるのだ。
私は、日本での人生を奪われ、この世界でも大事なものを、ほとんど奪われた。
もうイヤだ。もう奪われたくは無い。
たった一人の家族、アリアを守るために、私は汚ない事もすると、心に決めていた。
(……今日は、貴族を見ないな)
貴族を的に絞っているのは、単純に貴族が嫌いなだけだ。
ミズリの市長、クロップ伯は庶民派らしく皆、好感を持っているが、他の貴族はひどい。平民を見下し、ろくに仕事もしないくせに税金で派手に暮らす。私の良心も、さほど痛まない。
今日は、もう帰ろうと後ろを振り返った時、二人で歩く冒険者が見えた。
冒険者の事は、よく知らない。……でも、両親を護衛していたのも冒険者だった。
両親を守る事も出来ずに……あの時の冒険者達は、今も前を歩く二人のように、笑っているのだろう。
私の心は……黒く濁り始めた。
(……決めた。私のスキルなら、冒険者でも、やれる)
「このガキ! ふざけんな!」
「うっ! い、痛い……離してよ!」
いつもより、緊張していたせいなのか、【時間停止】の効果が短い。
いつもの貴族なら、なんて事無かったが、冒険者相手には甘かったようだ。私は、すぐ逃げようとしたが、髪の毛と手首を掴まれてしまった。
(ああ……もう逃げられない。)
アリアの笑顔が心に浮かぶ。
(私の人生は……奪われてばかりだ……)
「おい! ……そのくらいにしとけ」
いつのまにか割れた群衆の間に、その人は立っていた。
真っ白なローブに包まれたその人は、傾きかけた太陽を背にして、もう一度声を発する。
「聞こえてないのか? やめろと言っている! 」
絶対的強者の威厳を纏ったその言葉は、私だけでなく、その場所に居た大勢の人達をも、一瞬で緊張させた。やかて緊張を伴った人達からの話し声が、耳に届き始める。
(白い賢者……様?)
いつのまにか冒険者は私を離れ、私を掴んでいたその手に、剣を握っている。
使い込まれた刀身を間近に見ると、どれだけの命を奪って来たのか……私は恐怖でへたりこんだ後、ガクガクと震えていた。
「白いーー」
「……Aクラーー」
「……囲んどけ!」
「……ハッ!」
気が付けば、【白い賢者】の後ろに、見た事もないような、綺麗で大きな青い光が、輝いて見える。
(ああ……)
(私を……こんな私を救ってくれるなら…… )
「ワァァァァ~!」
人々の歓喜の渦が空を舞うようだ。
冒険者達は項垂れ、恐ろしく感じた剣は、すでに鞘に納められていた。
私の心臓は、今にも爆発しそうだ。【白い賢者】様がゆっくり、私に近づいて来るからだろう。
……いや、それ以上の感情を……わたしは……
(ああ……)
白いローブの男が、何を言ったかは覚えていない。
……感謝もしている。
……でも、
(お爺さんだった……のか……)
なぜかスッキリしなかった……。