第9話 2人の指導者
俺たちが移動した施設の訓練場は先程の訓練場よりも一回り小さく、地面も凸凹だった。
俺たちがキョロキョロていると、カイサスが話しだした。
「すまんな、ボロい施設で。こっちの訓練場は魔法騎士団の訓練場で、さっきいたのは近衛騎士団の訓練場なんだ。自己紹介で分かった奴もいるかもしれんが、シルヴィアは貴族、俺は平民だ。貴族には優れた称号や複数の属性を持ってる奴が多く、権力も財力もある上に強い奴が多いからこの国は貴族優位の社会になっちまってる。んで、近衛騎士団は女王直属の騎士団で全員が貴族だ。それに対して魔法騎士団は全員が平民の出だ。もうわかったろ。それがこっちがボロい理由。
俺たち魔法騎士団は本来は国民のための独立した国防戦力で、本来そのトップは団長の俺なんだ。だが色々あって今は女王の支配下にある。気に食わんがな。
話が脱線したが、本当に話しておかなきゃいけないのは、お前たちが分けられた理由だな。向こうのグループは称号が1人が勇者、他は全員準勇者だ。それに対しこちらは準勇者以外の称号や称号がないやつの集まりだ。女王は勇者たちの取り込みと育成最優先、お前たちはついでとしか思ってないと思うぜ。だから最強の称号と呼ばれる準勇者の保持者たちを貴族しかいない近衛騎士団の方に指導させ、お前たちをこっちに寄越したんだと思う。
だが俺はお前たちを向こうのグループの奴らに引けを取らないぐらい強くしてやりたい。俺は称号も適性も属性も平凡だが、この国では1番強い。シルヴィアは正規勇者だが、俺の方が上だ。今後お前たちがどういう扱いをされるかは分からないが、自分の身は自分で守れた方がいいだろう。強くなりたい奴は俺達が指導してやる。別にどうでもいい奴は部屋にこもってればいいさ。俺からは以上だ」
言い終えるとカイサスは俺たちを見渡し、俺たち1人1人の目を見ていった。誰もその場から離れず、カイサスの話を真剣に聞いていることを確認すると、「じゃあ始めるか」と言い1人に2、3人ずつ指導員がついた。何故複数人なのかというと、俺たちは適性も属性も多数個あるのでこちらの世界の人1人では教えきれない。俺にはカイサスと、女性が1人、翔太には魔法騎士団の副団長ともう2人男性がついていた。
そしてそれぞれ訓練場に散らばり訓練を開始した。
「えー、じゃあまずは自己紹介にしようか。さっきも言ったが、俺はカイサス、魔法騎士団の団長だ。んでこっちが、魔法騎士団後方支援部隊隊長のイアラだ」
「ただ今ご紹介に預かりましたイアラです。一緒に頑張りましょうね」
イアラは金髪で髪がカールがかっている柔らかい雰囲気の美女だった。
「私の名前は雨宮秋です。自己紹介と言っても特に肩書きみたいなものはないですが、一応このクラスのまとめ役的なポジションですかね。これからよろしくお願いします」
「おう、よろしく雨宮。あとそんなに畏まらなくていいぞ。もっとラフな感じで」
「よろしくお願いします。そうですね、もっと楽にしてください」
「えっと、じゃあそうします。あと俺のことは秋でいいですよ」
「そうか、了解だ。んじゃあ早速訓練について説明するが、俺は槍術と水、風属性魔術をイアラが治癒、錬成、付与と光、闇属性魔術を教えることになる。俺としてはまずどれだけ体を動かせるか知りたいな。よし、じゃあひとまず俺と戦ってみるか。かかってこい。」
いきなりかかってこいと言われポカーンとしていると、
「団長!いきなりそれはないですよ!第一ステータスの差があり過ぎて危険じゃないですか!」
「そうか、じゃあ、ステータスを制御してっと、よしこれで大丈夫だ。今の俺のHPとMP以外のステータスはお前と変わらんはずだ。じゃあ行くぞ!」
イアラが注意したが、カイサスはそう言って俺に正面から殴りかかってきた。なんという脳筋。というかステータス制御なんてできるのか。それより、普通いきなり殴られたら対処できないぞ。だが、俺は仮にも空手有段者。そんなことを考えながらも組手の構えをとり、相手の右ストレートを左手で体の外側に受け流し、一歩踏み込んで右手の逆突きを鳩尾めがけて放つ。カイサスは攻撃が返ってくると思っていなかったのか、驚きながらもバックステップで躱す。相手が躱すと同時に俺は右脚の上段回し蹴りを顔めがけて放つが、カイサスは蹴りの間合いの外まで下がり回避した。
なんだか身体が自分の想像以上のスピードと威力が出る上に、相手の動きもよく見える。これが身体操作の効果か。
その後10分ほど続けたが、俺はカイサスに攻撃を当てることはできなかった。カイサスの攻撃は数発くらったが。
終わると、イアラが俺にタオルを手渡し、治癒魔法をかけてくれた。すると、身体がすぐに楽になり、疲れもなくなった。
治癒が終わるとちょっと待っててくださいねと言いカイサスにいきなりあれはないだろうとお説教を始めた。
途中でカイサスが逃げるように俺に質問してきた。
「ところでアキ、お前なんか格闘技やってたのか?なかなか良い動きだったぞ」
「はい、やってました。これは空手という俺の国の格闘技です」
「そうか、よし、じゃあ俺の訓練に近接格闘術も追加だ。なかなか筋がいいしな。できることは増やしといた方がいいだろ?」
それはありがたいと思ったが取り敢えず槍術に集中したいと思っていた為どうしようか迷っていると、
「なに勝手に決めてるんですか!団長とマンツーマンの訓練は1つでも兵士が根を上げるのに、元々2つあるんですよ!さらに増やしたらアキ君の体がもたないですよ!」
となにやら物騒なことを言っていたので断ろうかと思ったら、
「何言ってんだ!素材が良いのに育てないなんて勿体無いじゃないか!それに強くなるほど戦闘時の生存率が上がるんだ!それならやっといた方がいいだろ!」
と力説する。
「そ、それはそうですが……」
お、おい!負けるなイアラさん!
「じゃあ近接格闘術をやるにしても全体の訓練時間は増やさないでくださいね!」
えっ?それって訓練の密度が濃くなるから余計きついんじゃ……
「おう!了解だ!じゃあそういうことだからよろしくなアキ!」
と本人の了承も得ず勝手に決まってしまった。だが、強くなれるならいいかと思って結局反論はしなかった。
しかし俺はこの後反論しなかったことを後悔することになる。