異世界
目が覚めるとまた白い天井が見えた。
今度は前回と違い倦怠感がない。
倦怠感どころか拷問でつけられた傷も消え癒えていた。
手に手錠が嵌められているわけでもなく、解放感があった。
ベッドから身体を起こし、周囲を見回す。
今度は前回と違い牢屋の様な格子の扉ではなく、普通の部屋だった。
ただ、部屋には今自分がいるベッドと隣に机、タンスがある程度の質素な内容だ。
今度は一体何処に連れてこられたのかと思っていると部屋の扉が開き1人の女性が入ってきた。
メイド服のようなものを着て、手には食事を持っていた。
メイド服の女性はこちらを見ると、驚いた様な表情を見せ持っていた食事を落としそうになる。
しかしそこはなんとか堪えてテーブルに置くとまたこちらに向き直った。
「大変、お嬢様に知らせないと!?」
「えっ?」
まるで何か大変な事でも起こったかのように女性は慌てて部屋を出ていった。
「な、なんだったんだ……」
嵐のように去っていった女性がいた方向には既にないもない。
部屋には自分と食事が残されるのみだった。
(これは、食べてもいいのだろうか?)
彼は最初に目覚めてからまだ食事を口にしてはいない、ずっと部屋に閉じ込められていたため時間の感覚は分からないが、体感では5日ほどは経っている気がした。
(もう限界だし食べてもいいよね)
テーブルにあるスプーンを手に取ると、急いで食事を食べ始めた。
暫く食事をとっていなかったためスプーンを持つ手が止まらず動き続ける。
そうしていると、再び扉の方から気配を感じた。
扉の方から先程のメイド服を着た女性と豪華な服を着た女性が現れた。
「あむっ、はぐっ」
しかし、今食事を止めるわけにはいかない。
次にいつ食べる事が出来るか分からないし、もしかしたら次の瞬間には彼女らに取り上げられてしまうかもしれない。
そう思うと手が止まらず動き続ける。
「あ、あの……」
「おい、貴様!お嬢様が態々いらっしゃったのに失礼だぞ!」
メイド服を着た女性が吠えるがそんな事よりも食事が優先だ。
「マリア!いいのです。すみません、お食事を続けて下さい。それが終わったら少しお話がしたいのですがよろしいでしょうか?」
食事をする許可が出たので安心して食事を続ける。
一応、少女の言葉に頷きだけ返しておく。
「ありがとうございます」
少女はそれだけ言うと部屋の隅にあった椅子を持ってきて、ベッドの直ぐ側に座る。
メイド服の女性は少女の後で立っているようだ。
「ふぅ」
「食事は美味しかったですか」
「久しぶりに食べたのでとても美味しかったです」
食事が終わったタイミングで少女が声をかけてくる。
「早速で申し訳ないのですが、少しお話をしたいのですがよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
食事も終わったため言うことには素直に従う。
「まずは、私達を助けていただきありがとうございました」
「お、お嬢様!?」
椅子の上からではあるが頭を下げる少女にメイド服の女性は慌てている。
「あの、私が貴方を助けた覚えはないのですが」
「えぇ、貴方にはその認識がないのかもしれませんが私は確かに貴方に助けられました」
「一体いつ……」
記憶を辿ってみるが自分が少女を助けた覚えなどない。目が覚めてから嫌な事が連続で起こっているだけだ。
「貴方が森で襲われている私達を助けて下さったんです。覚えていませんか?ここに来る前に貴方は勇敢に闘っていたはずです」
「あ、あの時」
漸く森であった出来事の記憶が蘇ってきた。
ここに来てから嫌な事ばかりが思い起こされていたために完全に記憶から消えていた。
「そうです。漸く思い出していただけましたか」
「あっはい」
「本当にありがとうございました」
「いえ、私も無我夢中だったので気にしないで下さい」
殺そうとしていたとは言えず曖昧な返答になってしまった。
「ありがとうございます。だからこそ、恩人である貴方をこんな目に合わせてしまい本当にすみませんでした」
ここで再び少女が頭を下げる。
ここで怒った方がいいのだろうかと他人事のような考えしか浮かんでこない。
「いえ、こういう事には慣れていますので……」
きっと今自分の顔をみたら疲れたような表情を浮かべているだろう。
いくら治安のいい日本とはいえ虐待や体罰等の問題が全くないわけではない。
既に自分が経験しているのだから。
「そうでしたか……」
お嬢様が悲痛な面持ちをしている。
他人の事なのによくそんな表情が出来るなと思ってしまう。
「ですが、これからは我が家の客人としての待遇を約束しますのでご安心下さい」
「えっと、ありがとうございます」
客人待遇とは何だろう?
ずっと思っていたがお嬢様と呼ばれる目の前の少女しかり、かなり大きな屋敷のような家だったりここはお金持ちの人の家なのだろうか?
「あの、すみません。そういえばここは何処なのでしょうか?」
「あ、すみません。申し遅れました。私このモルス辺境伯爵領が長女、ネル・モルスと申します。後ろに控えているのが私の側仕えのマリアと言います」
「え?伯爵?」
「はい、ここはモルス伯爵領です」
「え?ここって外国ですか?」
自分が聞いた事のない土地の名前だった。
少女の名前からしても日本ではない事が分かる。
そもそも貴族制を導入している国がまだあった事に驚きだ。
(だとしたらどれだけ遠くに捨てられたんだ?)
自分1人を捨てるために、あの両親がそこまでの手間暇をかけるとは思えないが、実際によく分からない場所に捨てられている。
(あれ?でも喋ってるの日本語だよな?)
「あの、貴方はアスラン王国の民ではないのですか?」
「アスラン王国?……聞いた事がないですね」
「え?」
「お前、嘘をつくんじゃない!」
マリアと呼ばれたメイドが怒ったように声をあげる。
「アスラン王国名を聞いた事がないだと!?この世界で生活していて知らぬはずがあるまい!スラム街の子供でも知っている常識だぞ!」
「そう言われましても……本当に聞いた事がないんです。どこの大陸の国ですか?ユーラシア大陸?それとも南アメリカ大陸の国ですか?」
「ユ、ユーラシア大陸?アメリカ大陸?なんですかそれは?」
今度はあちらが疑問を覚える番だった。
「あの、失礼ですがどちらのご出身ですか?」
「えっと、私は日本の出身なのですが」
「「え!?日本!?」」
「は、はい。あの、そんなに驚くことですか?アメリカとかイギリスとかの方が分かりやすいかもしれませんが、日本も名前くらいは有名だと思うんですが……」
目の前の2人は驚愕の表情のまま先程から動いていない。
「あの、どうしたんですか?」
「本当に日本のご出身なんですか!?」
「え、えぇ」
「待ってくださいお嬢様、お前証明は出来るのか?」
「えっと、証明と言われましても……」
何をもって日本人だと証明すればいいのだろうか。
名前なんて適当に言う事が出来るし、日本語を喋れる外国人もいる。現に外国人と思しき2人は日本語を話している。
自分の家の住所でも言えばいいのだろうか。
外国人なら尚更分かるとは思えないけど……。
証明の手段を考えているとメイド服を着た女性が提案してきた。
「ならば、お前は一体何処から来たのか教えてもらおうか」
「え?」
「お前はどうやってあの日あの森に現れたのだ?」
森に来た手段?それは寧ろこちらが聞きたいくらいだった。
「えっと、気がついたらあの森の中に居たので分からないです……」
「なんだその答えは!私を馬鹿にしてるのか!」
「えっと、私がどうしてあそこにいたのかは本当に分からないんです。森に行った記憶もなくて」
そう、どうしてあの森にいたのか自分でも分からないんだから説明のしようがない。
「マリア、もういいでしょう。その方が日本の出身っと仰っているんだからそれでいいじゃない」
「で、ですが……」
どうやらお嬢様はそこまで気にしていないようだ。
メイド服の女性はどうしても追求したいらしいが、お嬢様に嗜められて諦めたようだ。
「すみません。マリアが失礼を」
「いえ、大丈夫ですよ。でも、どうして出身なんて気にされるんですか?もしかして、このお屋敷に外国人は置いておけないとかですか?」
「いえ!そんな事はありませんよ」
お嬢様は慌てたように素早く訂正をしてきた。
見ず知らずの人間にも自分の家の評判を落としたくはないんだろう。
「ただ、日本の出身と言われると少し特殊でして……」
「特殊?」
日本に何か特別な事があっただろうか。
昔戦争で外国に酷い行為をした歴史はあるが…
「もし、貴方が本当に日本の出身だとしたらアスラン王国を知らない事も納得出来るのです」
「え?」
果たして日本だけが知らない国などあるのだろうか。
世界広しと言えどそんな事があるのだろうか。
「ここはラムダという星で、貴方が仰る日本とは別の星。
つまり、貴方にとっては異世界なんです」
衝撃的な発言が飛び出した。




