第2話 名前決め
「俺の弟子になれ。」
何を言いだすかと思えば唐突すぎる提案で絶句した。
一瞬「はぁ?」という声が喉から出そうだったが何とか押さえ込んだ。
「弟子になれ」という言葉の意味さえもよく理解出来なかった。
室内にわずかな沈黙が訪れた。
このまま沈黙を貫くのもなんだか少し失礼な気がしてきてとりあえず真っ先に浮かんだ疑問を相手にぶつけてみた。
改めて男の目を見て話した。
真っ直ぐな瞳だが、感情は読めなかった。
「あの、それってどういう事ですか?」
「簡単な話、俺の弟子になって正体を隠してろっていうこと。確か指名手配犯だな?顔も割れてるわけだしすぐに捕まっちまう。」
まだあまり理解が出来てはいないが、唯一分かることは自分の正体を隠してくれることだけだ。
目の前の男に感謝の念を抱きつつ次なる質問を口にした。
「でも、今のままの私じゃ、名前とか記憶とかが分からないのに、もし見つかってしまえばどうするのですか?」
数秒間、男は腕を組み考えた。
どうやら弟子にした後の未来のことはまだ考えていなかったらしい。
「そうだな…。今考えたんだが、俺がお前に仮の名前を与える。その名前で生きていく…っていうのはどうだ?」
どうだと言われてもこのままこの男の言うことを鵜呑みにするはずがない。
ましてや自分は指名手配犯であり、この男ならいつでも自分を捕まえることだって可能のように見えてくる。
だが何故ここまでして自分のことを考えてくるのかが分からない。
だが今、自分が置かれている状況ではこの男にかけてみるしかない。
この人以外に自分を匿ってくれる人なんぞいるわけがない。
試しに、その提案に乗ってみることにした。
僅かにヤケクソな気持ちがあるのだが。
「そうですね、確かにそれがいいと思います。」
すると男は目を丸くした。
別の答えが帰ってくるのだろうと思っていたのだろう。
「本当にいいのか?俺の案に乗ることは?」
「はい、本当に乗ります。よろしくお願いします。」
少女の表情が男にとってどう見えたかは分からない。
しかし、少女なりに覚悟を決めた。
「それで…お前に与える偽名だが…。どうする?お前一人で決めるか?」
自分一人で自分の偽名を考えるのはなんだか難しそうだ。
ましてや指名手配犯の自分を偽るための偽名だから適当な名前だと何かがきっかけでバレてしまうかもしれない。
何かしらひねった名前ではないといけないなと考え込む。
「…一人で考えると誰かにすぐバレてしまいそうかもしれないので一緒に考えていただけませんか?」
「ああ、いいぞ。お前も一緒に考えるか?」
隣にいる男に声をかけた。
先程から同じ人物と会話していたため存在を忘れかけていた。
「全然いいけど。」
すると二人は何かを思い出したような顔をした。
「そういえばまだ俺の名前言ってねえな。俺はルガ王国騎士団副騎士長のシュラセットだ。まあシュラでもいいしシュラセットでもいいしなんとでも呼んでくれ。で、次はお前な。」
「ああ、僕かい。僕はこの王都で引っ越し屋を営んでいるんだ。コン・レラっていう名前さ。シュラの唯一の友人ってところかな。」
簡単に自己紹介を終えるとシュラが手を差し出してきた。
「これからいろいろとよろしくな。」
つまりは握手ということだろう。
少女も手を差し出して握手をした。
なんだか温かみのある手で懐かしい感じがする。
だがその手を見てみると、数え切れないほどの傷が刻まれている。
中には一生傷になっている傷もある。
この人は余程苦労したんだろうな。
内心でそう思った。
引越し屋さんとも握手を交わしたのち名前決めを再開した。
二つ候補を事前にあげてはいるものの、なかなか決まらない。
「一つ目の候補が『ルナ・テイル』。二つ目が『イリス・モラノーラ』。俺としては別にどっちも悪くないと思うが、二人はどう思う?」
コンが疑問を示した。
「なんでその二つのうちから決めないといけないの?新たに候補を増やしてもいいんじゃない?」
シュラセットはやれやれと首を振った。
彼女自身もなぜこの二つじゃないといけないのか疑問に思った。
「この町にはテイル家とモラノーラ家が多く住んでいる。それで女子の名前もルナとかイリスがダントツに多い。恐らくそれぞれ三分の一ぐらいはこの名前を占めている。」
「なるほどー、だからこのどっちかじゃないといけないのか。」
シュラセットが大きく頷いた。
コン自身も少女自身もなぜ二つのどちらかにしないといけないかがよく分かった。
それ以上特に二人とも疑問はなくどちらかにするかまだ迷っていた。
無言な空気が流れていく。
時折風の音が聞こえたりする。
「このままずっと悩むのもこの時間が無駄だからさ、3人いるんだし多数決にしない?」
コンが声をあげた。
言われてみればそうだ。
名前を決めること自体重要だが、その決め方があったことを忘れかけていた。
だがその考えにはあまり納得がいかなかった。
「…俺はあまりその多数決には賛成しない。効率という点では賛成だがな。でも、今回は指名手配犯の名前が。自分の身を隠す上で大事な大事な名前じゃねえか。それを多数決っていうのもなぁ…。」
少女も同意見だ。
こんな大事なことを多数決で決めてどうすると呟きかけた。
しかし、こんな時間を繰り返すのもコンの言う通り時間の無駄だ。
そろそろ名前を決めないといけない。
少女は頭の中で色々なイメージを描いた。
もし名前が『ルナ・テイル』だったら。
もし名前が『イリス・モラノーラ』だったら。
いくつかのイメージを描いた結果__
「私、決めました。」
「…どっちにするんだ?」
意を決したように顔を少し上げて告げた。
ここから何かの一歩が始まると思えばわくわくする気持ちもあったが、指名手配犯のためドキドキの気持ちが大きい。
だがここで何もしないと何も変わらない。
自分で絞り出した考えが頭の中で響く。
そんな少女が出した決断は__
「…ルナ・テイルにします。」
少女の名前はルナ・テイル。
彼女の名前はルナ・テイル。
心の中で何度か繰り返してみた。
いい響きで心の端っこの方に残った。
「ルナ・テイル……改めてよろしくなルナ。」
なんだか少し嬉しかった。