第1話 助けてくれた人
ルガ王国 フーソリ街
「次の街に着いた……けどやることは逃げ続けることだけだね…。」
少女がたどり着いた街は少女が先ほどまで居た街の隣街、フーソリ街だ。
人通りが多く商人の街として知られている。
_この街なら見つかりにくいかも。少しだけこの街にいさせてもらいおうかな。
_さて、この街にいるならどうするか…。
いくつか思案を巡らせている中、目の前にまとまった格好をした集団がいる。
おそらくルガ王国の騎士団だ。
_先回りされちゃったな、どうしようっか。
_少し早いかもしれないけど今日中にこの街を出るしかないよね…。
騎士団のいない方へ向かおうとすると
「あんれまぁ、あんたて指名手配とかされた少女っていう者か?」
右から声がした。向いてみると野菜屋のおばあさんがこちらを凝視している。
よく見ると、おばあさんの左手に何か紙のようなものを持っている。
指名手配書と見比べられているのかもしれない。
「い、いえいえいえ、ち、違いますよ!み、見間違いじゃないですか?ほ、ほら!
それにお客様がま、待っていますよ!」
別人であることを身振り手振りを使って主張している。
が、明らかに挙動不審な様子を見せている。
「本当かい?手配書と顔が似すぎているけどどうなんだい?」
「い、いえ、本当に違います!」
「……ここで言うより騎士団様があちらにいるから呼んだ方が早いんじゃないかい?」
おばあさんの店の客だろうと思わしき男が会話に入ってきた。
男も少女の方を凝視しているようで疑われていることには変わりない。
騎士団に調べられる最悪の事態は回避したいと思っていたが、騎士団のところへ連れていかれたら捕まってしまう。
するとおばあさんが無言で騎士団の方へ歩き始めた。
その行動を起こすだろうと見越して、少女がおばあさんを止めるよりおばあさんが一歩早かった。
捕まることを回避するため少女は気がつくとその場から逃げ出していた。
「騎士団様、あちらに手配書とよく似ている少女がいるのですがいかがでしょう。」
「それは誠か!あ、あの少女だ!皆の者捕らえろ!動ける民衆の方々も協力願いたい!」
騎士団の命令を聞くとともに、騎士団、そして民衆が少女を捕まえようと向かってくる。
人々が塊となってこちらへ距離を詰めてくている。
走ってくる音が鼓膜について離れない。どんどん大きくなってくる。
_やばい、このままだと捕まる…。また次の街へ行かないと…!
曲がり角を曲がっては曲がる。進んでは進み途中で曲がる。
複雑な経路であるため入ってきた所と同じ所に出たりしている。
出口を探してはいるものの、少女が通っている道は土地勘がある者だけしか突破できない。
なのでフーソリ街に住んでいる者は攻略できる。
走り続けておよそ三分、少女が延々と逃げ惑っていると十字路に入った。
「十字路にいるぞー!」
前方から声が聞こえてきた。住民の人だ。
逃げようと後方へ向きを変えると、さらに後方、左方、右方からも足音が聞こえてきた。
十字路であるため道は完全に閉ざされてしまった。
そう、四方八方塞がれてしまった。
_ど、どどどどうしよう。従来通り一人ずつ殴り倒して行ってもいいけどこれでは時間がかかる。
人数を数えるために、誰がいるのかを見るために周囲を見回してみるが、少なくとも合計百人はいそうで、その大半が騎士団で埋め尽くされている。
一部は民衆なのだが、ついさっきまで話していた男と、さらにはおばあさんの姿までみえる。
_こんなに人数が多い…もう、打つ手がない。
そう心に決め込んでしまった。
「さっきは急に逃げ出して…結局お前はどう逃げ込んだって犯罪者なんだよ!」
一人の男性が声を荒げる。それに続いてほかの人々もこちらに向かって話し出した。
「そうだそうだ!」「そうよ!結局は犯罪者なのよ!」
「だからどうあがいてもここで捕まえられるのよ!」
ザワザワがガヤガヤとなる。一人一人の声が一つ一つの針となって心に刺さる。
あまりの言われように思わず足に力が入らなくなりよろめきそうだが、我に返ってみると、民衆が言っていることには嘘はない。
_そうよね……私、知ってはいけないことを知ってしまったから犯罪者なのよね。
こうして考えている間にも民衆の声は止まない。
人々はもう、少女を捕まえるのに必死なのだから。
_じゃあもう捕まえられた方がいいね。
「…私を捕まえてください。」
人々に聞こえる声で、それもはっきりと、凛とした声で響き渡った。
声がさっきまで止まなかったのに、この声を聞いた瞬間にざわめき、罵詈雑言が止んだ。
一瞬呆気にとられた顔をしていたがすぐに捕らえようと騎士団と民衆はズカズカと近づいた。
_これで、これで良いんだ。
_
その時
自分の視界の周りが真っ白になった。
_え?
気がついた頃には自分の足が地面についていなかった。誰かに抱きかかえられている状態だった。
さらには家の屋根の上にいた。
_え、誰、どうなっているの?
自分を抱きかかえている人に顔を見ようとするがフードを覆っているため暗くて見えない。
「えっと……誰?」
「細かいことは後にしてくれ。こっちは色々と忙しいんだ。とりあえず走るぞ、無駄に抵抗すんなよ。」
「え、あ、はい。」
言われるがままに自分の体が謎の男によって運ばれている。
_誰?この人を見たことないし心当たりがもないな…。
すると下の方から声が聞こえた。
「あっ!おい!そこの奴!そいつをどうするつもりだ!騎士団ならここにいるぞ!」
「まてよ、あいつ協力者なんじゃねえか?」
「騎士団に引き渡せ!お前は共犯者になるぞ!」
色々と聞こえるが男はそんなことも気にせずただ目的地へと足を進める。
男は一瞬少女の方を見た後少女に質問していた。
「あんたは自分が悪いことをしたって思っているか?」
「そ、そりゃそうですよ。知ってはいけないことを知っているから指名手配されたんですよ。」
「そうか……被害が大きすぎるな……。」
被害とは一体どういうことだろうか。もしかすると自分は無実では?という希望が生まれる。
「何かあったのですか?」
「今話すと事態が飲み込めにくいから目的地に着くと話す、それまで黙ってろ。」
一方的に会話を終了させられ何も聞けなくなってしまった。
_多分この人は私を助けてくれるんだろう。
_色々聞きたいことが多すぎるけど黙っておこう。
数分間くらい沈黙を保っていると急に地面へ降り立った。
そこには人一人ぐらいが入れそうな幅と高さのある楕円形の絵があった。
いや、絵ではない。
水色に彩られていて、水晶にように透き通って、さらには水にような液体が楕円形の中で蠢いている。
「このワープゾーンへ入れ目的地に着く。」
「ワープゾーン…。」
「ああ、とりあえず入れ、追っ手がそろそろたどり着いちまう筈だ。」
「は、はぃぃ。」
言われるがままにワープゾーンへ入ると、どこかに家の部屋についた。
その部屋には一人の男と一匹の猫がいた。
「本当に君はこの子を連れてきたんだね。実行するのかい?」
「ああ、やるさ。じゃねえと俺の納得がいかねえ。」
「そうかい、最悪の事態になっても俺だけは厄介ごとに巻き込むなよ。」
「分かってるって。」
少女の目の前でそんな会話が繰り広げられるが何のことを言っているのかさっぱり分からない。
その様子に気がついた男はこちらを向いた。
「ごめんね、急にこの人が君を連れて来ちゃって。正直驚いたでしょ?」
「あ、まあ、はい。」
「別に僕たちは君を捕まえようとはしていないんだよね。」
「え?」
男の言っている意味がわからなかった。自分を捕らえようとはしない。
安堵したものの、なぜ自分を捕らえないのか、それが分からなかった。
「まああの人自身に聞けば何か分かるからとりあえず聞いてみなよ。
俺はあいつの計画内容は一切聞いていないから知らないけど。」
男はチラリと少女を連れ去ってきた男に目をやる。
一人でブツブツと何かを言っているようだがこちらの視線に気づく気配はない。
「そういえば君、名前をまだ聞いていないよね。名前教えてもらっていいかな?」
「名前……ですか。」
「まさか君、名前がないのかい?」
「名前……名前。思い出せないです。記憶もほとんど消えていて、何もかも覚えていないです。」
少女は言ってから気がついた。自分には記憶がほとんど無いことに。
唯一覚えているのは自分の指名手配書を初めて見た時と、逃走開始をした日の記憶のみであった。
「そうかぁ…記憶までもないか。じゃあどうし_」
「いい方法がある。」
会話を遮ったのは先ほどまでブツブツと言っていた男である。
「俺があんたに偽名を与える。それを無罪って認められるまで使い続けろ。そのかわり……」
こちらへ向き直ると少女の方を見つめた。
「俺の弟子になれ。」
この時はまだ始まりに過ぎなかった。少女の心の中で何かがざわつき始めていた。