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ドラゴニック・ブレイブ  作者: 丸くなれない針鼠
8/8

第八話



 瞬間的に音が消えた気がした。

「………………!?」

 目に映る景色は、賑やかに歌って踊る人々が楽しくやっているのに。騒がしいはずなのに。

 マントを羽織り、顔を隠す人物が目の前に現れたその瞬間。辺りから全ての音が消えた。

「…………っ!?」

 隣に座る友希たちも、この男に対して何かしらの違和感のようなものを抱いているようだ。警戒して、緊張が伝わってくる。

「…………貴方は…………。何ですか?」

 勇汰が代表して訪ねる。

「俺は――」

 マントの男が答えようとした時。間に突風が吹いて男の声をかき消した。

「エアリム!?」

 輝が声を上げる。この風はエアリムが起こしたものだったのだ。

「どうして!?」

「どうしたじゃないのよっ!」

 声を慌てさせる。

「わからないの!? この男! ヴィクターやエドモンドと同じ気配がするのよっ!」

「えっ!?」

「なっ!?」

 エアリムの言葉に勇汰たちは慌てて立ち上がる。

 ヴィクターとエドモンドと同じ。と言う事は、この男も魔物の仲間と言う事になる!

 つまり…………敵だ!

「バルっ! ………………っ!」

 勇汰は腕の中のバルを見る。バルは怠そうに脱力していた。

「マズい! ここじゃ俺たちは戦えない!」

「って言うか! ここは町中だぞ! オレらも戦えねぇってよ!」

 以前、ヴィクターやエドモンドと戦った時は、その強さから一方的にやられてしまった。恐らくはこの男もかなりの強敵なはずだ。つまり、全力でいかないとやられるだろう。

 周りの被害を気にしてる余裕なんて無いはずだ!

「どうする!?」

「どこか別の場所に移動してから――」

「その必要は無いよ」

 男の声がして、エアリムが作った風の結界が破壊された。

「なっ!?」

 ショックを受けるエアリム。とっさに輝がエアリムを抱き抱える。

「…………!」

「………………」

 男を睨みつける勇者たち。しかし顔を隠した男は静かな気配を保っていた。

「落ち着いてよ。俺は、今は、戦うつもりは無いからさ」

 冷たい声で男が言い放つ。

「………………信じられる根拠は?」

 友希が恐る恐る訪ねる。

「戦うつもりなら、不意打ちでもしてるよ」

 そう答えた。その答えに、勇者たちはなるほどと納得してしまった。

「戦うつもりじゃないなら…………どういうつもりで来たんだ?」

 警戒しつつ、訪ねる。すぐに対応できるように構えて。

「…………話しをしに来た」

「話し? …………一体、何の?」

「お前たちの話し。お前たちの…………世界の…………話しを」

「ボクたちの世界の…………?」

「そう。お前たちが暮らしている世界の話しを聞かせてほしい」

「………………どうして?」

「興味があるからだ」

「興味って…………」

 どうするか戸惑った。この世界の人間に向こうの世界の事を教えてもいいものかと。

「…………駄目か?」

「……………………それは」

「駄目だ!」

 猛がキッパリ断った。

「それは何故?」

「少なくとも…………。どこの誰かもわからない奴に教えてやる義理はねぇよ!」

「………………そうか」

 ひょっとして落ち込んでいるのか? 男の声のトーンが下がった気がした。

「なら。今日は俺の話しをしよう。俺の名前はトーリ。邪竜の騎士の一人だ」

「邪竜の騎士?」

「ヴィクターやエドモンドと会っただろう? 俺は彼らと同じ、四凶竜の相棒として邪神龍に使えている」

「………………どうして邪神龍に使えてるんだ!」

「俺の願いを叶えるため」

「…………貴方の願い? それは何ですか?」

「俺の願い…………。それはお前たちの世界へ行くことだ」

「なっ!?」

「俺たちの世界に!? どうしてっ!?」

「どうして? 理由は行ってみたいからだ。邪神龍ならばその願いを叶えてくれると言ってくれたからな」

「それで…………邪神龍の仲間に!?」

「そう言う事だ。…………さあ。今度はお前たちの話しを――」

 男は突然、黙り込む。しばらく考えているのか、黙っていて――。

「…………いや。今はいい。また後で話しを聞かせてもうらうから」

 そう言うと、あっさりとどこかへ消えていった。


・          ・          ・          ・


「一体何だったんだ?」

 拍子抜けだ。命がけのバトルが始まると覚悟したのに。

「ま、何事も無くて良かったよ。こんな町中で戦闘になったら大惨事だもん」

 友希の体から力が抜けるのが伝わってきた。それが伝播して他の三人も脱力する。

「それもそうだな」

「うん…………」

「………………そうだね。あー。何か、急に腹が減ってきたー!」

 ぐぅーっと腹の虫が鳴り始める。

「………………俺じゃないよ!」

「……………………ごめんなさい。僕です」

 顔を真っ赤にして答えたのは輝だ。

「はは。何か買ってこようか?」

「あ、なら僕も行きます」

 近くの屋台へ向かおうとすると――。

「おーい!」

 遠くから走って来る人影が一つ。親方だ。

「また何か食べ物を持って来てくれたのかな?」

 そんな期待をしてしまう。

「はぁ、はぁ、はぁ…………」

「どうしたんですか? そんなに慌てて」

 走ってやって来た親方は息を切らしていた。さっきの事もあるので、また何かあったのだろうかと勘ぐってしまう。

「今…………。誰か…………居なかった…………か?」

「今…………は」

 視線を交わして会議する。つい今し方ここに居たのが、恐らくは昼間この町を襲った犯人だろうかもしれない男の事を話してもいいものかと。

「余計な心配をかけたくないから…………」

 友希が小声でそう告げると、他の三人は頷いた。

「えっと…………。ボクたちの事について聞かれたんです」

 親方はきっと男が居た事や話していた事を知ってる筈なのでその辺は誤魔化さない方がいいだろう。

「ボクたちの世界がどんな所なのか、とかを聞かれました」

「そうか………………」

 親方は視線を落とす。そのまま口を重たそうに開いて――。

「それで…………その男の名前とか………………聞かなかったか?」

「名前…………ですか?」

 やけに突っ込んで聞くなぁと思ったが、別にかまわないだろうと友希は答える。

「えっと…………。名乗りました。確か…………トーリって」

「トーリ!?」

 名前を聞いた親方が顔を上げて驚いて、大木のようなどっしりとした体をぐらっと揺らした。 

「親方!?」

 とっさに友希と猛が親方の左右に回り込み、その巨体を支える。

「ああ、すまねぇ」

「どうしたんですか? …………顔色が悪いですけど?」

「ああ…………いや………………大丈夫だ」

 そう答える親方だが、しばらくジッと立ったまま地面を見つめていた。

「………………………………」

 困った友希たちは、親方の体を押してベンチに座らせた。

「本当に…………どうしたんですか?」

「……………………ふぅ」

 しばらく黙り込んでいた親方が深いため息を吐いた。

「そのトーリって男なんだが。…………どんな感じだった?」

「どんなって………………。見た目はちょっとわからないですね。マントやフードみたいなので隠していたので…………。背は…………高い感じでしたけど?」

「そうか………………」

「………………あの――」

「ああ――。すまねぇな」

 親方が天を仰ぐ。

「多分な…………。そいつは…………。俺の息子だ」

「…………………………………………ええっ!?」

 まさかの告白に、四人とも飛び跳ねて驚いた。

「え? ええっ?」

「息子さん………………。居たんですか!?」

「まぁな。………………今は家出中なんだが」

「家出中………………。どうして?」

「ちょっとな…………。親子喧嘩って奴だ」

「親子喧嘩………………。えっと…………原因は何ですか?」

「あー…………」

 親方はバツの悪そうに頭をポリポリ掻く。

「なぁに。大した事じゃねぇんだ。あいつがさ。こんな生活はもう嫌だって言い出してな」

「こんな生活?」

「毎日、毎日。魚を捕って売る。代わり映えしない同じ事の繰り返しの毎日に飽きたんだと。それで家を飛び出して行きやがったのさ」

「…………同じ生活に飽きた」

 そう言えば、さっきのトーリは異世界の話しを聞きたがっていた。行きたがっていた。その理由がそうだったのかと友希たちは納得した。

「俺はすぐに帰ってくるだろうと思ってたんだが、一向に帰ってこねぇ。でもだからって俺が探しに行くのは何か癪に障るんで意地を張ってたんだが……。

 ちょうどその時にアクレインが来てよ。世界を見て回りたいって言ったんで、着いていっただが。…………実はよ。それは口実で、息子を捜してたんだよ。わりぃな。利用してよ」

「いいえ。そんな事はありませんよ。おかげで私は友希と出会えましたので。感謝しています」

 アクレインが頭を下げる。

「しかし。あいつがこの町に帰ってたとはな。ま。無事ならそれでいいか。お前たち。すまんが、また会ったら家に帰るように説得してくれねぇか?」

「それは…………かまいませんが」

「すまんな。恩に着る」

「いえ…………」

 さてどうしようかと。友希たちは困ってしまった。


・          ・          ・          ・


「皆さん。ご心配をおかけしました。私、エマはこうして復活しました!」

 宿に戻った友希たちを出迎えたのはエマだった。彼女は昼間の襲撃で傷ついた町の人たちの治療に魔法を使い続けて疲れて宿で休んでいたのだ。

「…………本当にもういいの?」

 勇汰が不思議そうにエマの顔を覗く。

「魔法を使った後ってさ。結構、疲労感とか来るからさ。俺たちなんて、回復するのに結構な時間がかかったのに」

 初めて行った魔法の特訓の後なんかは、少なくとも半日は何もする気の起きない無気力状態に陥った。それから何度か訓練を重ねても、回復するまでやはり半日はかかるのに…………。

「はいっ! もう大丈夫ですよ!」

 元気ハツラツと答える。

「何か………………。前よりも元気になってる気がするんだけど…………?」

「そうですか?」

「…………自覚症状なし!?」

「いやいや。元気すぎますよ、エマさん。本当に…………」

「変な物でも食ったとか?」

「変な物…………?」

 エマがテーブルの上にある物を見る。そこには露天で売られていたお菓子や食べ物が入っていた皿や袋が散らばっていた。

「あれ? 祭りに行ったんだ?」

「いいえ。あれは町の人が持って来てくれたんですよ。怪我を治してもらったお礼にって。それでですね…………」

 テーブルのゴミをかき分けて、何やら小さい筒を取り出した。

「お礼に来てくれたお婆ちゃんがですね。これを持って来たんですよ」

「これは?」

 エマから受け取った筒を開けて中を見る。中にはお茶の葉のようなものが入っていた。

「これはですね。何でも飲むと元気が出るお茶なんだそうです。そのお陰ですかね?」

「元気の出るお茶……」

 臭いを嗅ぐかぎり。少なくとも緑茶の類ではないようだ。漢方のような…………薬品のような…………。そんな臭いに近い。

「へぇ…………。確かに体に良さそうだ」

「ええ。体に良いそうなので、よろしかったら皆さんも飲んでみては?」

「えっ!?」

「そうしましょう! それがいいです! 何か、皆さんもお疲れのようですので! 私、早速用意してきますね!」

「あ!」

 返事を聞かずに厨房へと走って行ってしまった。

「………………どうしよう?」

「…………ま。いいんじゃねぇの?」

 猛が畳に横になる。

「そうだね。………………何か…………。疲れたから」

 勇汰と輝も続く。

「まぁ…………。そうだね。その…………トーリの事なんだけどさ」

「わかってるよ。トーリも助けよう。きっと、彼も邪神龍に操られているだけだからさ」

「うん。そうだね」

 友希はあぐらを掻いて座る。

「皆さーん! ご用意が出来ましたよー!」

「うっ!」

 エマが厨房から戻ってきた。手にはお盆とその上には四人分のお茶が。その臭いがかなりキツい。

「ささ。ぐぐいっと飲んでくださいね」

「うぅ…………」

 四人は顔を見合わせて…………覚悟を決めた。


・          ・          ・          ・


「あー。ぜんぜん寝付けねー」

 猛が枕を上に投げつける。

「うん…………。ちょっと困ったね」

 友希も真似をして枕を真上に投げた。

 エマから貰った漢方のような薬を飲んだら、体の疲れがどこかへ消えた…………のは良かったのだが。逆に薬が効き過ぎて元気が有り余ってしまった。

 いつもならもう寝る時間だと言うのに、全然眠くならなくて困ってしまった。

「どうしよう…………ん?」

 扉をノックする音が聞こえた。

「どうぞ?」

「お邪魔しまーす」

「お邪魔します」

 入って来たのは勇汰と輝だ。二人も同様に眠れずに困っているようだ。

「どうした?」

「うん。眠れないからさ。暇だし。話しでもしようかなって思って。いいかな?」

「いいぜ。オレらも眠れなくて暇してたからな」

「うん」

「それじゃ…………」

 勇汰と輝が布団の上に座る。

「それで? 何の話しをするんだ?」

「うーんとねー。これまでの状況を整理しようかなって思ってるんだけど?」

「それでいいぜ」

「うん。頼むよ」

 猛と友希は勇汰に任せた。彼はコホンと小さく咳をしてから話し始める。

「じゃあ、まずは邪神龍の手下についてから。今日、出会ったトーリの情報から、ぼんやりとだけ見えてきたものがあるね」

「四凶竜…………だっけか?」

「うん。名前からして四体のドラゴンだと思う。その内の一体は出会ったね」

「…………エドモンドが呼んでたあの鳥のようなドラゴンですよね?」

 輝の言葉に勇汰は頷いた。

「すっごい強かった。全滅させられた」

「………………ちょっと気になったんだがよ。どうしてオレらを見逃したんだ?」

「ん?」

「だってよ。邪神龍にとってオレらって敵じゃんか。なのにどうして見逃したんだ? あんだけ強かったから、オレらなんてさっさとやっつけちまえばいいのによ。オレならそうするぜ」

 怖い事をさらっと言ってしまう猛。勇汰はその理由を考えて。

「それは…………まだわかんない。ひょっとしたら何か事情があるのかも。俺たちを何かに利用するとか。もしかしたら、俺たちなんて何時でも簡単に倒せるからってのもあるかもしれない…………。

 うーん…………」

 腕を組んで考える。しかし納得のいく理由が思い浮かばない。

「それは考えてもわからないよ。それはひとまず置いといて、次を考えようよ」

「次…………」

 友希に言われて思考を切り替える。

「うん。えっと…………。それじゃ次。次はその四凶竜の相棒となる人間について。俺たち同じで向こうもドラゴンと人間がコンビを組んでるみたい。

 確か…………邪竜の騎士って呼んでた」

「邪竜の騎士…………。エドモンドやヴィクター、そしてトーリがそうなんだよね?」

「そうみたい。でもさ。少なくともヴィクターは操られてたから、ちょっと微妙かな?」

「トーリも多分、そうだよね」

 親方の息子トーリ。彼も邪神竜に言いくるめられている感じがあった。上手く説得すれば、何とかなるかもしれない。

「問題はまだ会っていない残りの一人と…………輝が戦うエドモンドか」

「ええっ!? 何で僕がエドモンドと戦うんですか!?」

 突然、名前を言われた輝が驚いて飛び上がった。

「いや…………だってさ。考えてもみてよ。こっちは四人。向こうも四人。これってさ、それぞれに戦うべき相手が居るパターンじゃん」

「それでどうして、僕の相手がエドモンドなんですか?」

「エドモンドが風の魔法を使ってたし。向こうの相棒が鳥のようなドラゴンだったから」

「そんな…………。強すぎますよ」

 輝が途方に暮れる。一度負けているため、その気持ちは勇汰にも解る。だがそれはしょうがないと自分に言い聞かせた。

「俺なんてヴィクターだぜ」

「その話しで行くと、ボクの相手は…………」

「友希はトーリだろうな」

「やっぱり…………」

「ならオレはまだ出てきてない奴か…………。どんな奴だろう?」

 猛は何だか嬉しそうな顔をしてる。

「どっちにしても、今よりももっと強くならないとね」

「そうだな…………」

 皆、力強く頷いた。


・          ・          ・          ・


「すっかり祭りも終わってしまいましたね」

「そうね。寂しいわ」

 町の広場のベンチに腰掛けた輝とエアリムが、解体される櫓を眺めながらつぶやいた。

「…………今日は何をしましょうか?」

 欠伸が混じった輝が宙に呟く。

 今日の予定は自由時間。出発までまだ日があるので、旅の準備時間を勇者たちの自由時間にしてもらった。

 と言っても、残念ながら輝にはこの余暇を有意義に使えるだけの予定が無くて困っていた。

「そうね。…………適当に町を歩き回ればいいんじゃないかしら? ひょっとしたら何か良い出会いがあるかもしれないわよ」

 エアリムがそうアドバイスをくれたので、輝は重たい腰を上げた。

「それじゃ。適当にブラブラ散歩をしましょうか?」

「そうしましょう」

 とりあえず。輝とエアリムは目的を決めずに、風の吹くまま町中を歩く事にした。

「…………なんか。昨日とは別世界に来たみたい」

 祭りが始まるまでの間は凄く活気に満ちていたというのに、今は閑散としている。

 これが本来のこの町の姿なのだろうか?

「そう言えば、トーリが僕たちの世界に興味を持っていましたけど…………。彼はこういうのが嫌だったのでしょうか?」

 静かで落ち着いた町。祭りの日だけ賑やかに騒ぐけれど、それ以外の日はしんと静まりかえったこの空気。落ち着いていると言えばそれまでだが、刺激が欲しい人にとってはきっと物足りないのかもしれない。

「エアリムはさ。どう思う? こういう静かな町っていうのは」

 楽しい事が好きなエアリムはこの町を見て、どんな感想を抱くのだろう?

「そうねぇ…………。私はあまり得意じゃないわね。祭りの日は楽しいから来ても、終わったらすぐにどこかへ飛んで行くわね」

「やっぱり…………。エアリムはもっと賑やかな町が好きそうですもんね」

「あら。よくわかってるじゃない。さすがは私の相棒ね」

 エアリムは翼を広げて輝の頭を撫でる。

「ええ、まあ」

 今度は輝がエアリムの頭を撫で返す。

「ちなみにエアリムはどこの町がお気に入りなんですか?」

「そうねぇ…………。色々な町へ行ってみたけれど。やっぱり風の町ウィンブルね」

「風の町? そこって確か…………」

「ええそうよ。その町の近くが私の生まれた場所でもあるわね。よく遊びに行っていたから、故郷と言えなくもないわ」

「へぇ。どんな町なんですか?」

「それは行けばわかるわよ。ただ…………」

「ただ? ひょっとしたら貴方にはキツい町かもしれないわね」

「え?」

 どう言う事だとだと聞き返すが、エアリムはとぼけて教えてくれない。

 仕方なくあきらめてまた歩く。道の途中でお店を見つけて中を覗いてみた。

「いらっしゃい」

 奥から出てきた老婆の店員に、勇気を出して聞いてみる。

「あ、あの…………。ここのみ、お店は……。な、なんのお店、なんですか?」

「ここは何でも屋さ。色んな物が置いてあるよ」

「何でも…………?」

 店先に並べられた商品を眺めてみる。そこにはかんざしやら巾着やらが置かれており、何故かその隣にはざるや桶なんかも並んで置かれていた。

「…………本当に色々あるわね」

 エアリムが呆れていた。その態度が店員のお婆さんの機嫌を損ねやしないかと冷や冷やしたが、お婆さんは別に気にもとめていないようだ。

「せっかくだし。見ていこうよ」

「………………私だけなら絶対に寄らない店だけど。…………いいわ。暇だしね。それに…………何か掘り出し物とかあるかもしれないし」

「うん」

「そうそう。貴方が考えてるアクセサリーのアイデア。何か良いのが出たかしら?」

「あ、う。そ、それは…………。まだ…………です」

「そう。なるべく早く考えておいた方がいいわよ」

「え? どうしてですか?」

「きっとね。後で必要になると思うから」

「…………?」

 どう言う事だろうと、輝は首を傾げてそれを受け流した。





 ぽちゃん。

 少し緑に濁った池の中を、鮮やかな赤と白の鯉たちが優雅に泳いでいる。

「………………」

「………………」

 池を覗き込むと、鯉たちが一斉に勇汰の元へと集まってきた。水面から顔を出すとパクパクと口を開けて、餌をねだっている。

「ほうら」

 宿の人から貰った鯉の餌を人差し指と中指を擦りあわせて潰してからあげる。

「はぁ…………。癒されるなぁー」

 自分のあげた餌を、我先にと取り合う光景はなかなか面白い。自分がこいつらに必要とされる存在だと、そんな自信が溢れてくる。

「今回は…………俺たち。役立たずだったからなぁ」

 昨日の戦いをしみじみと思い出す。

 迫り来る魔物の群に平然と立ち向かって行ったのはいいが、実は何も出来なかった。戦えなかったのだ。

「しょうがないよー。今回は場所が悪かったからー」

 宿屋の縁側でだらんと脱力している相棒のバルが慰めてくれる。今回、バルも同じく戦えなかった。

 その理由は、バルが言ったようにこの場所にある。

「この町。火のエレメントが極端に少ないんだからー。お陰で火属性の俺たちは何も出来なかったよー」

「…………俺たち? 俺も入ってるの?」

「当然だよー。だってゆーたも火を操れるじゃん!」

 バルは頭を上げずに、重そうに尻尾で指して来る。

「火を操れれば、それだけで俺も火属性になったって事?」

「うん。そーだよー。それにゆーたは、バルと契約してるじゃん。バルは火属性だからー」

「そうか…………。だからか。俺もこの町に来たら何だか体がだるいのは」

 バルほどではないが、勇汰もこの町に入ってから何だか体が重たく感じていた。てっきり慣れない異世界暮らしの疲れが出てきたのかなと思ったが、どうやら違っていたようだ。

「俺が火属性か。なら他の皆もそれぞれの属性が付与されているんだろうな」

 だったら他の三人にも、自分同様に苦手な場所があるのだろうか?

「この町に居ると火属性が戦えなくなるのってさ。やっぱり海があるから? それとも水の守護竜の神殿があるから?」

 前者なら、今後も海の側では自分は戦えなくなる。後者ならここを出てしまえば全て解決だ。

「うーん? わかんないよー」

 バルが甘えた声でごろんと仰向けになる。

「だってさー。バルが海を見たの、初めてなんだよー。だからわかんないよー」

 すり寄って来るバルのお腹を優しく撫でてやると、バルは嬉しそうに体を横に振った。

 そんなバルの様子を見て、勇汰は穏やかな気持ちになった。

「そうだよな。バルにはわかんない話しだもんな」

 だってバルは出会うまで森の中で仲間と一緒に暮らしてたのだから。

 当然、海なんて初体験のはずだ。

「とにかく。こっちじゃ、俺たちは戦えないってわけか」

「うん。そこはもう鍛えるしかないよー。猛みたいにねー」

「猛みたいに……か。うーん………………。今日はもういいや。明日から鍛えようっと」

 縁側に横になる。

 ちょうどこの場所は木漏れ日になっていて、そんなに眩しくない。それにそよぐ海風がとても気持ちいい。

「あー…………もう…………。他になーんもやる気しないや」

 さっきからウトウトとしていた勇汰。いつの間にかスヤスヤと小さな寝息を立てていた。


・          ・          ・          ・


 ざっ、ざっ、ざっ。

「………………」

 ざっ、ざっ、ざっ。

 大股で歩く。

 ざっ、ざっ、ざっ。

 踏む度に音が鳴る。

 ざっ。ざっ、ざっ。

 大きな音が出るように、地面を強く踏みしめて歩く。

「………………それ。面白いか?」

「………………さあ?」

 隣を歩くグランバルドの問い、猛は適当に答える。彼の視線は、踏むと同じ音が出る小石ではなくて、目の前に広がる湖を捉えていた。

「………………どうしてここに来たのさ?」

「………………何となく」

 そう。何となくだ。

 自由時間を貰って、さあどこへ行こうかと考えた時、一番最初に思い描いたのはこの湖だった。

 友希に泳ぎを教えたこの湖。

「………………なんで、俺。ここに来たんだろうな?」

「…………俺に聞くなよ!」

 グランバルドが怒って、近くの石を宙に浮かす。それを湖に投げつけると、その石が二回ぴょんぴょんと跳ねた。

「おっ! 今の凄かったぞ!」

 石が水面に当たって跳ねる。それはグランバルドには初めての経験だった。大発見したと、興奮したグランバルドは近くの石をいくつかふわりと浮かす。そしてそれらを一気に湖へと投げ込んだ。

「行けっ!」

 ぴっ!

 ばしゃんっ!

 どぼん!

「………………あれ?」

 投げた石がどれもさっきと違って跳ねなかった。おかしいなと、もう一度、石を宙に浮かす。

「今度こそ!」

 同じように投げると、それらの石も同じように水の中にすとんと沈んでいった。

「………………どうしてだ?」

 最初のは奇跡だったのだろうか?

 不思議がるグランバルドの目の前で、石がひゅんと水面を駆ける。その石は水の上を二回、三回、四回、五回まで跳ねてから湖の中へと沈んでいった。

「今の!? ひょっとして猛がやったのか!?」

「ああ」

 驚きの中に尊敬の眼差しを込めて猛の顔を見上げる。すると彼は無表情だった。あれだけの神業を見せたと言うのに、驚きもなく、自慢するわけでもなく。さも当然だろというように、大した事ないというような表情で湖を眺めていたのだ。

「………………」

 グランバルドは、彼のその表情にムッとする。凄い事をやったのに、喜べよと。

「ふん!」

 こんな奴に負けてられないと、石を二つ宙に浮かべる。「行けっ!」

 それを湖へ投げる。しかしそれらもぽちゃんと沈んでしまった。

「くっそー! どうしてだ?」

「ただ投げてるだけだからな。そりゃ沈むさ」

「投げてるだけ? 投げ方があるのか?」

「ああ。………………教えてやろうか?」

「いいっ! ………………って言いたい所だけど!」

「?」

「今日は特別だ。猛から教わってやってもいいぞ!」

「………………どうしたんだ?」

 猛は驚いてグランバルドを見た。他人の力を借りるのを嫌っていて、いつもなら意固地になって自分の力だけでやると言うのに。

 普段のグランバルドからは想像も出来ない台詞に、それまでどこか心がどこかへ行っていた猛も、はっと現実に引き戻されてしまった。

「ふん! 別に! ただの気まぐれだ!」

「……………………わかった」

 どんな気まぐれか解らないが、せっかくなのでここは素直に教えよう。

 猛は足下から石を拾う。

「まずは使う石を選ぶんだ。こんな風に平べったい奴がいい」

「…………これか?」

 グランバルドも平べったい石を宙に浮かせる。

「そうそう。その石を…………。こうして水面を滑らせるように横から投げるんだ。そうすると、石の平べったい所が水面に当たって跳ねるから」

「…………なるほど! ………………こう言う事か!」

 猛を真似して石を投げる。すると今度は石が三回も跳ねた。

「やった!」

「俺の教えた通りだっただろ!」

「ああ。そうだな!」

 グランバルドが自慢げな表情を見せてくる。いつもは小憎たらしいその表情も、今は何だか愛らしく見える。

「………………そうだよな」

「ん!? どうしたんだ? 猛」

「わかったんだ。どうして俺がここに来たかったのか」

「どうして?」

「やり残してたんだ。友希に泳ぎを教えたかったのに。あいつは勝手に出来るようになって。…………それがちょっと寂しかったんだなって」

「………………そうか」

「………………ま。だからって、今更なんだけどな。あいつは目的を達成したし。俺の出る幕は無かったんだって………………」

「……………………そうか? そもそも猛が教えるって言わなきゃ、あいつはそもそもやろうとはしなかったはずだぞ。だから猛が教えた事は無意味じゃなかったと俺は思うぞ」

「そうか…………」

 でもだからこそ。最後までちゃんと責任持って付き合ってやりたかったんだ。

 そう思う気持ちを、心の奥に閉まっておく。

「グランバルド…………。ありがとうな。心配してくれて」

「ふん。…………石の投げ方を教えてくれたお礼だ」

 グランバルドは照れてる様子を誤魔化すように、石投げに集中した。


・          ・          ・          ・


 踏み出した足がゆっくりと沈む。

「おっと!」

 初めての感触に、ちょっとだけ戸惑う。

「ふふ」

 隣を泳ぐアクレインが、友希の歩く姿を見て目を細める。

「なんか………………。このまま埋まってしまいそうだよ」

 実際にはそんな事は無いだろうが、そんな錯覚をしてしまう。

「砂浜って、どこもこんな感じなのかな?」

 生憎、向こうの世界の砂浜には一度も行った事が無いので、比べようもない。

「戻ったら、行ってみようかな?」

 そんな楽しみが出来た。

 ちょっと前の自分なら自分から海へ遊びに行くなんて絶対にしなかったのに。

「成長したって事なのかな?」

「ええ。友希は成長していますよ」

 アクレインが頷く。

「そうか…………」

 立ち止まり、遠い瞳で海の果てを眺める。

 ここはスイベールから少し離れた場所にある砂浜。何となく人気の無い海を見たくなって、アクレインを誘ってここへとやって来た。

 なのでこの場所は二人だけの貸し切り状態となっている。

「うーん…………」

 両手を上げて深呼吸。鼻から流れ込んでくる海の香りが、心を落ち着かせる。

「…………綺麗だ」

 太陽の光を、水面が反射してキラキラ輝いている。

「………………」

 海を眺めていた友希。突然、服を脱ぎ出す。

「どうしました?」

「何だか。…………急に泳ぎたくなったんだ」

 脱いだ服が砂で汚れないように近くの雑草の上に置くと、大きく背伸びをする。

「ちゃんと準備運動をしなくちゃね」

 猛から教えてもらった大事な事だ。今度は嫌々じゃなくて、張り切ってやって――。

「よしっ! 行こうか!」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、アクレイン。水はもう怖くないし。この世界の中なら、海の中でも息が出来るから。それに…………何かあってもアクレインがついているからね」

 信頼出来る友人が側についてくれていると、凄く心強い。お陰で大胆な挑戦も出来る。

「友希…………。わかりました。もしもの時は私が全力で助けます」

「うん。お願いします。

 …………さ! 改めて! 行こう!」

「ええ!」

 いざ、海の中へと踏み出す。

「おっ!?」

 押しては引く波の感覚が面白い。

「はは」

 ばしゃばしゃと大きな音を立てて進む。腰まで浸かるのに何十分も粘った頃が嘘のように、あっという間に肩まで海水に浸かった。

「さて…………ここからだな」

「はい。………………大丈夫ですからね」

 アクレインが鰭を友希の腕に絡める。それを友希はぎゅっと握る。

「うん。大丈夫だから。さ!」

 大きく息を吸って海の中へ!

 海水のしょっぱさや空気の泡が顔にへばりつく感覚。それらにちょっとだけ怯んだが。

「うわぁ…………」

 目を開けて見た海の中の景色に不快な感情は消え去った。

「綺麗…………」

 海の中で呟けた。これで海の中でも息も話しも出来る事が確定した。

 が。今はそんな事はどうでもいい。それよりも、目の前に広がる光景を目に焼き付けておきたかった。

 太陽からの光りが差し込み、海底には大小様々な岩が転がり、海藻がユラユラ揺れ、その間を小さな魚たちが優雅に泳いでいる。

「これが…………海の中の世界。…………凄い。初めて見た!」

「どうですか? この世界は」

「思っていたよりもずっと綺麗で…………不思議な世界だよ。アクレインはこんな世界で暮らしていたんだ」

「………………」

 視線を落とすアクレイン。友希の前で優雅に泳ぐが…………どこか元気がない。

「どうしたの?」

「いいえ。大丈夫ですよ。ただ…………私もこんな場所が海の中にあるとは今日まで知りませんでした」

「………………どう言う事?」

「私が暮らしていたのは深海なのです。そこは太陽の光が届かない、冷たくて誰にも出会わない世界なのです」

「深海…………。そうか。そうなんだ」

「ええ。なので。このような場所を見ると、例え海の中でもあっても、孤独ではないのだなと安心できます」

「そっか…………。良かったよ。また楽しい思い出が出来て」

「ええ。友希さん。今日は誘って頂き、ありがとうございます」

「ううん。ボクの方も着いてきてくれてありがとう」

 二人でお礼を言い合った後、二人は日が暮れるまで海の中探検を続けた。


・          ・          ・          ・


「えっと…………これは………………これで全部ですね」

 手に持った必要な物リストと目の前の現物を見比べる。

「えっと…………。あと、足りないのは…………?」

 宿舎の近くにある竜車の倉庫で、エマは山積みになった荷物と格闘していた。

 蔵と呼ばれる保管庫の中。ここに並べられた荷物は全てこれからの度に必要になるだろうとエマが用意させた。

 それらが全部揃っているかをチェックしている最中だ。

「すいません! この荷物を持って来たんですが?」

 声がして蔵の入り口を見ると、若い男が肩に箱のような物を担いで立っていた。

「えっとですね……! これは…………とりあえずこちらへ」

「へい!」

 重そうな荷物を軽々と運んできた男は言われたとおり、他の荷物の隣へと置いた。すると、その男の後ろからも別の男が荷物を担いで入ってきた。

「すいません。これはどこへ?」

「え? ええっと…………。これはですね。…………その辺でお願いします」

「はい」

 エマが適当に指さした所へ荷物を置くと、また他の男が荷物を運んできた。

「ええっ!? こんなに荷物を頼んだかしら…………? ああもうっ! それはここにお願いします!」

「はいっ!」

 次から次へと搬入される荷物たちに、エマは目を回しながらも何とか仕分けを行っていた。

 その後ろでは男たちが、心配そうにエマの働きを眺めていて。

「あの…………。お手伝いしましょうか?」

 一杯一杯だと思われたのだろう。男たちが自ら手伝いを申し出た。

「え? あ、あの………………」

 大丈夫です! これくらい、私一人でも出来ますから!

 そう答えたかった。それが自分の仕事なのだから。それが出来ないと、何のために自分は勇者たちと一緒に行動してるのだと。プライドがあったから。

 でも…………。

 山積みの荷物。仕分けが終わらない。その原因は町の人たちからの差し入れにあった。

 祭りを邪魔しに現れた魔物を退治した勇者たちへ、感謝の気持ちとして沢山の品を頂いたのだ。それプラス、エマが予め発注しておいた荷物とごっちゃになってしまい、どれがどれだが解らなくなってしまってこの始末なのだ。

 このままだと出発に間に合わない!

「ここは、私のプライドなんて邪魔になるだけですね」

 そう判断したエマは男たちに仕分けの手伝いをお願いした。

「それは…………そこにお願いします」

「はい!」

「貴方のそれは…………こっちへ」

「へい」

「それをこっちへ持って来てください!」

「はい!」

 エマの指示の元、男たちはきびきび働いてくれた。お陰で殆どの荷物が綺麗に片づけられた。

「ふぅ…………」

 汗を手ぬぐいで拭う男たち。そこへ。

「皆さん。お疲れさまです」

 エマがお茶を入れてきた。男たちは喜んでそれを貰って飲み干す。

「すまねぇな」

「いいえ。手伝って頂いたお礼です。…………これくらいしかできませんが」

「気にすんなって! 俺ら勝手にやったことだ」

「そうそう。魔物をやっつけてくれたお礼だ」

「だから気にしないでくれ」

「……はい。ありがとうございます」

「他に手伝える事はあるかい? 何でもするぜ?」

「そうですね…………」

 せっかくなのでと、考える。だが生憎、力仕事はもう残っていない。

「あっ!」

「何だい?」

「えっと…………。仕事ではなくてですね。お聞きしたい事があるのですが?」

「聞きたい事? 何でも聞いてくれ」

「では。この町で何か…………楽しめる事って無いですか? 例えば演劇とか。そういった娯楽施設などがあれば教えてほしいのですが」

「娯楽施設ね…………」

 男たちは揃って困った顔を見せる。

「すまねぇな。この町にはそう言った洒落たもんはねぇんだよ」

「すまないね」

 頭を下げてくる男たちに、エマは逆に申し訳なさそうに笑う。

「いいえ。お気になさらないでください」

「…………何だって、そんなのが必要なんだ?」

「勇者様たちはこれからも長い旅が続きます。ですので、息抜きにとそう思っただけなのですから」

「そうかい…………。すまないな。役に立てなくて」

「いいえ。それは仕方の無いことですので」

 それでこの話しは終わった。後は他愛のない世間話をしてから、男たちが帰って行った。

「困りましたね…………」

 男たちを見送った後。宿への帰り道を困り果てて歩く。そこへ前から一人の男が歩いてきた。マントを羽織、顔を隠した男が。

「どうしました? 何かお困りですか?」

「あ、えっと…………」

 急に現れた男に話しかけられたエマは戸惑った。そんな道行く人からも心配して声をかけられるほど困って見えたのだろうか?

「困ってるなら相談に乗りますよ?」

「あ、いえ。大した事じゃないんです。何か気分転換が出来ないかと考えていただけですので」

「気分転換ですか…………。それは困りましたね。この町は良くも悪くも代わり映えしない町ですからね。町の人は毎日同じような毎日を送る事に何の不満を抱かないので、娯楽はあまり得意では無いのですよ」

「そうですか…………。それではやはり難しいですね」

「楽しいかどうかわかりませんが。海の上にある小島へと出掛けてはどうですか? 無人島なので誰も居ないからゆっくりできるかもしれませんよ?」

「無人島へお出かけ…………。それは面白そうですね! さっそく帰ってから相談してみます。あの…………ありがとうございます!」

「いいえ。ではお気をつけて」

「はい!」

 アドバイスをくれた男を見送ったエマの帰りはスキップだった。


・          ・          ・          ・


「はぁー…………。食った食った」

「食ったー」

 夕食の刺身定食を食べ終えた勇汰は、バルと一緒に畳の上に寝転がった。仰向けに寝て、丸くなったお腹をすりすりさする。

「バルは食ってないじゃん」

「食べたよー。火のエレメント」

「いつ?」

「料理を作ってる時に使った火とか」

「って事は、俺らが食べる前じゃん。早いなー」

「しょうがないじゃん」

 バルは膨らんだ勇汰のお腹の上に乗り込んだ。

「うっ! バカっ! 止めろって!」

 手で払いのけて起きあがる。

「けちー!」

「ケチじゃない! ったく…………。吐くとこだったぞ!」

 お腹をさすり、今度は座る。

「食べた後、すぐに寝ると牛になりますよ?」

 そこへ輝がやってきた。彼は座ると壁に背を預けた。

「大丈夫だよ。迷信だから」

 輝の忠告をさらっと受け流してもう一度横になる。すると今度は友希が顔を覗き込んできた。

「…………どうしたの? 具合でも悪い?」

「そんなわけねぇだろ。あんだけ食ったんだ。…………いや。食い過ぎて腹が痛いのか?」

 猛の声がする。この位置からじゃ顔が見えない。動くのが億劫なので、このまま話しをする。

「大丈夫だよ。ただちょっと動きたくないだけだから」

「…………そうか。無理すんなよ。何かあったらすぐ言えよ」

「うん。わかった」

 手を振って答える。

 八畳の広い部屋に四人とドラゴン四体が揃うと、さすがに狭く感じる。それでも皆が集まって団らんしているとエマがにこにこ笑顔で入ってきた。

「あの、皆さんに一つ。私から提案があるのですが?」

「提案?」

 何だろうと、勇汰も重たい体を引きずってエマに注目する。

「この町を出発するまでまだ時間があります。そこで明日。皆さんで沖合にある無人島へ行ってみませんか?」

「…………無人島?」

「なんでまた急に?」

 突然の提案に戸惑う四人。困った顔でそれぞれの意見を求める。

「どうする?」

「どうするって…………。どうしよう?」

「行くのは…………いいですけど。行ったら何しましょう?」

「っていうか。そもそもどうして無人島なんだ?」

「えっ!? それはですね! 皆さんがお疲れだろうと思いまして。そこで考えたのです。せっかくの休みを皆さんが有意義に過ごせるようにと」

「だからって…………。どうして無人島? ゆっくりするなら宿でのんびりしてる方が断然良いのに…………」

 それぞれがエマの提案を渋る。

「駄目………………ですか?」

 にこにこ、太陽のような笑顔から一転。どんより黒い雲に覆われて今にも降り出しそうな涙目を浮かべている。

「えっと………………」

 女の子の涙に弱い男四人はドキッとして。

「えっと…………別にいいかなって思うよ」

「そうだね。たまには良いかもね」

「そうですね」

「…………チッ。まぁ、しょうがねぇか」

 そう答えると。エマの曇りが晴れた。

「ありがとうございます」

「いいって。それよりも無人島に行ったら何するの?」

「何でもいいのです! 皆さんがそれぞれ思うとおりに休んでいただければ!」

「何でもね。それはそれで困るよ」

「そうだな。何でもしていいと言われると、逆に困るな」

「そんな…………」

 今度はエマも困り果てる。きっと彼女の予定では、無人島へ行くこと事態を喜ぶと期待していたのだろう。予想外れの結果に戸惑っているようだ。

「無人島か…………。そもそもオレたちは行ってもいいのか?」

 もっともな質問をぶつけてみる。

 すると彼女は、何故か得意げに答える。

「それは大丈夫です! 無人島へは行けますし。支社の人たちが船を出してくれると言うので。それで生きましょう

!」

「行けるんだ…………そうか。ならボクは無人島の周りの海を潜ってみたいな。せっかく水が怖くなってきたのにさ」

「………………ならさ。ついでにごはんのおかずを捕ってきてよ」

「えっ!? ごめん。それは無理! 泳ぐのに夢中でそんな余裕は無いから」

「料理なら…………。折角だし、ここの新しい無人島を自由に使っていいのなら。僕はバーベキューをやりたいです!」

「おおっ! バーベキューか!」

「いいね。俺、やった事ないんだ!」

「俺もだ!」

「実はボクも」

「……………………ボクもです」

「誰も知らないじゃないか。これでやれるのか?」

「…………大丈夫だって。何となくでやればいいんだよ。野菜とか果物、肉を切って役だけだからさ」

「………………そうだな。とりあえず適当にやってみようか!」

「そうだね。エマさん! お願いがあるんだけど!」

「はい、何でしょう?」

「肉や野菜とかを持って行きたいんだけど」

「あと海産物も。向こうで調理できるような道具もあればいいんだけど」

「大丈夫です! ちゃんと用意しますので!」

「さっすがエマさん」

「出きるね。…………さて。他に何が必要か……」

「そうだね。後は――」

「ふふ」

 楽しそうにする四人を見て、エマは嬉しくなった。





 友希は空を見上げた。

「ぅ…………」

 出発の時にはまだ天辺と水平線の間にあった太陽も、今では頭の上にある。

 そこから視線を下げると、目の前には来る者を拒む断崖絶壁と鬱蒼と多い茂る森が待ちかまえていた。

「ここが…………無人島か…………」

 友希が感慨深そうに呟く。

 ここはスイベールから少し離れた海上にある小さな無人島の一つ。

 昨日の話し合いでエマが提案した無人島日帰りキャンプ。その会場がここだ。スイベールの近くには無人島がいくつかあるが、ここなら自由に使ってもいいよと、町の人が言ってくれたのでやって来た。

 町の人の話しではこの無人島はまず誰も寄り付かないとの事だ。理由としては島の中心が断崖絶壁で危険だからと。そのため殆ど手付かずで何があるのか、町の人も知らないままだと言う。

 そんな未開の土地へと足を踏み入れた感動と不安と期待感が体の奥からこみ上げてきた。

 この沸き上がる気持ちを一緒に共有しようと、共にやって来た勇汰たちを探し――。

「あ…………」

 彼らを見つけた友希は気持ちが少し冷めて行った。

「ぅ…………」

「うう…………」

 勇汰たちは、自分たちよりも遙かに大きな岩へもたれかかり呻いていた。

「大丈夫?」

 心配した友希が彼らへ近づくと、勇汰が手を出して来るなと止めた。

「うっ!」

 口を押さえ、勇汰が足早にどこかへと向かう。姿が見えなくなり…………遠くから聞こえてくる嗚咽。

 しばらくしてから勇汰がふらふらな足取りで戻ってきた。

「ぅぅ…………はぁ…………はぁ…………」

「船酔い、大丈夫?」

「ちょ…………駄目かも…………」

 戻ってきた勇汰は、再び大岩にもたれ掛かる。

「船酔い…………舐めてた…………。まさか…………こんなに。辛いとは…………」

「ボクも最初は駄目だったよ。でも今はもう大丈夫になった。皆もすぐに慣れるよ」

「…………だといいんだけどな」

 勇汰が空を見上げる。さっきよりは顔色が良さそうだ。

 だが他の二人。猛と輝はまだ辛そうにしている。

「大丈夫?」

「ぅ………………ん。僕は………………何とか」

「オレも………………。もうちょっとだけ…………」

 話せるくらいには回復したようだ。後は…………。

「エマさんは?」

 島に上陸した後、気が付くと居なくなっていた。

「エマさんなら、向こうにいたよ」

 勇汰が海岸の遠くを指さした。ここからでは姿は確認できないが…………。

「何してるの?」

「エマさんも俺たちみたいに、船酔いでグロッキー状態だった」

「一人で大丈夫かな?」

 心配で見に行こうとすると、勇汰に止められた。

「今は一人にしといてやれって。あんま、人に見られたくないだろうからさ」

「…………?」

 何の事だろうと、一瞬解らなかったが…………。

「ああ!」

 さっきの勇汰の行動を思い返して解った。確かに人にああいう場面を見られたくないだろう。それが女性ならなおさらに。

「…………わかった。それじゃ皆は休んでて。荷物を運ぶのはボクがやっておくからさ」

「………………悪い」

「ごめん」

「…………お願いします」

「うん。任せて」

「私もお手伝いします」

 アクレインが海面から顔をにゅっと出した。例のごとく、島に危険が無いかを見てもらっていたのだ。

「うん。お願い」

「はい」

 借りた小舟へと向かう。その際に、チラリ他のドラゴンたちを見る。手伝ってくれないかなと期待していたのだが。バルとグランバルドは船酔いしたのか、ぐったりしていた。

 残るエアリムはアクレイン同様に島の下見をしてくれていて、まだ戻っていない。

「ま。いいか。荷物はそんなに無いし」

 町から持ち込んだ荷物は少しの食料と水だけだ。日帰りなのでもちろん、テントなんかは無いし、足りない食料は現地調達だ。

「…………よし。これでいいか」

 荷物を船から降ろして、勇汰たちの元へと戻るとエマが戻ってきていた。

「…………申し訳ありません。私とした事が…………船酔いになってしまうとは」

「気にしなくていいよ。皆そうだからさ。それよりこれからどうするの? 何か準備が必要ならボクとアクレインでやっておくけど?」

「いいえ。そんな…………。お二人だけにお任せするわけにはいけません」

「そうだよ。俺たちも手伝うからさ…………。ちょっとだけ待ってて。もうすぐだから」

「そうですよ。皆でやりましょうよ」

「ああ。オレたちのキャンプだからな」

「ボクたちの…………。うん。そうだね」

 友希も座って、今は一緒に休んで足並みを揃える事にした。


・          ・          ・          ・


「それじゃ。行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 友希と猛を見送った勇汰たちは、大小様々な大きさの石が敷き詰められた海岸の中にあるわずかな砂地へやって来た。

「ここなんていいんじゃない?」

 勇汰は足でドンドンと砂地を踏んで感触を確かめる。石や砂利のごつごつした感触は伝わってこない。

「そうですね。ここなら座ってもお尻が痛くないですよ」

 輝が鞄に手を突っ込む。しばらく漁って、奥から四角く折り畳まれた布を取り出した。

「一番下に入れてたので、出すのに時間がかかってしまいました」

 そんな事を呟きながら、その布を砂地の上に広げる。

「この上でゆっくりしましょう」

「そうですね」

 広げた布の上に、エマが荷物を置いた。置いて早々にその荷物を広げる。

 中から取り出したのはフライパンやお玉などの調理道具一式。それから野菜などの食材だ。

「…………本格的ですね」

「そんなにガチで持ってこなくても…………」

 用意周到と言うか。心配性なのか。ちょっとしたなんちゃってキャンプなのに、準備万端のエマにちょっと引いてしまう勇汰と輝。

 だがエマは二人に誉められたと思ったらしく、照れた顔を見せる。

「お任せください! 皆さんがどんな食材を捕ってきても、私が必ず美味しく調理して見せます!」

「あ、うん…………。頑張って」

「はいっ!」

 張り切ってフライパンを振るエマ。

「はは…………。それじゃ、料理はエマさんにお任せするとして。それじゃ俺たちは予定通り、行くから」

「お気をつけて」

「うん」

「はい」

 勇汰と輝は彼女を置いて、海岸へと戻る。

「うーん。どれがいいんだろう? バルはどれがいいと思う?」

「うーん…………」

 バルは首を傾げて困っていた。

 勇汰とバルの役割はもちろん火の用意だ。海岸に打ち上げられた流木などを拾って薪に出来そうかどうかを判断するのだが…………。

「どれもしけってて、あんまり良い火のエレメントが出なそうだよー」

「そっか…………。あんまりしけってないのがいいのか…………。なら海よりも島の中心にある小枝とかがいいんじゃないのかな?」

 勇汰は奥ばった所に落ちてる小枝を手に取った。ちょっと力を入れて曲げると、ぱちっと乾いた音がして簡単に折れた。

「これなんて良さそう」

「バルも拾うぞー」

「…………と言うわけで。俺とバルはここで薪を拾ってるから。輝たちはどうするの?」

 後ろを黙ってついて来てた輝とエアリムに訪ねる。二人は断崖絶壁の向こうを見上げた。

「僕は下に落ちてる木の実とかを探してみるよ」

「私は空から、あの森の中に何かないか探してみるわ」

 エアリムがばさぁっと翼を広げて飛び立った。

「それじゃ、気をつけて」

「うん。勇汰とバルも気をつけてくださいね」

「うん。じゃ!」

 そうして輝を見送った。


・          ・          ・          ・


「断崖絶壁……だな」

「……そうだね」

 目の前の崖を見上げて呟いた猛に、友希は同意した。

 この無人島はそんなに大きな島ではない。なので何かないかと島の裏側までやって来たのだが……来た二人はさっそく肩を落とす羽目になるとは思っていなかった。

「まさかずっとこれだとは思わなかった」

 友希が来た道を思い返す。上陸した地点同様に、断崖絶壁に囲まれていて島の中心部へは行けそうにない。

「てっきりどっかに上れそうなとこ、あるかと思ったんだけどな」

 猛がこれから進もうとする海岸線を眺める。遠目で見ても上れそうな場所は無さそうだ。

「……どうする?」

 猛が聞いてくる。

「そうだね。さすがに手ぶらで帰るのは……嫌だから」

 友希は反対に海を見る。

「魚でも穫ってこようかな?」

「魚? 釣り道具とか持って来てねぇぞ?」

「大丈夫。ね? アクレイン」

「はい」

 にゅっとアクレインが顔を出す。

「今からアクレインと一緒に海に潜ってくるから」

「それなら……大丈夫か」

 猛も納得する。

「ええ。何かあっても私が友希さんをお守りしますので」

「頼むね。アクレイン」

「はい」

 二人は何故か軽くお辞儀して、海を目指す。

「気をつけろよ?」

「うん。そっちもね」

 見送る猛に別れを告げて、海へと入る。

 思ったよりも波が高い。足が波でもつれて倒れそうになる。猛に気をつけろと言われた途端に怪我をしては良い笑い物だ。

「よっ!」

 ごつごつした足場をバランス良く歩いていく。時折、岩にぶつかって弾けた波飛沫が顔にかかって足を止めるが、胸の所まで浸かればもう大丈夫だ。

「行こう。アクレイン」

「はい」

 大きく息を吸って頭を海水へと沈める。まとわりつく泡の感触にもだいぶ慣れた。海底を歩いて――立っても全身が完全に浸かった所までやって来た。

「ぶはっ!」

 友希は海中で息を吸った。

「……まだちょっと抵抗あるかな?」

 手に入れた守護竜の力で勇者である友希も特殊な力を手に入れた。水の中でも普通に息が出来ると言う能力を。何回か使ったが、大丈夫と思っても水の中で口を開く瞬間はちょっとだけビビる。

「でも。最初だけだから」

 一度、口を開けばもう大丈夫。気持ちを切り替えて海中探索へと集中する。

「……結構いるな」

「そうですね」

 海底はゴツゴツした岩があちこちに転がっていた。その岩から生えたユラユラ揺れる海藻たち。その隙間から小さな魚が顔を覗かせている。

「どれにしよう?」

「そうですね。アレなんてどうでしょうか?」

 アクレインが鰭で指した所を見た。

「ん?」

 しかし友希には魚が見えない。

「どこ?」

「あそこの岩場の前ですよ」

「んん?」

 ゆっくりと近づくと、岩が動いた。

「うわっ!?」

 なんと、岩だと思っていたのは魚だったのだ。見た目が岩に似てたので見分けがつかなかったのだ。

「びっくりした……。あ、逃げちゃった」

「他のを探しましょう」

「そうだね。……あ!」

「どうしました?」

「そう言えば……。魚。どうやって捕まえよう?」

 まさか素手で捕まえる訳には行かないだろう。さすがに海の中を自由に動き回る魚を手掴み出来るスキルは持ち合わせていない。

「それなら大丈夫ですよ」

 アクレインが口からバルーンを吐き出す。それが近くの魚を包み込んだ。

「これって!」

「はい。泡で魚を捕まえました」

 確かに。泡の中の魚は外に出られずに狼狽えている。

「これなら……」

 ボクは要らないんじゃないか?

 そんなツッコミを飲み込んで、前向きに。

「沢山、魚を穫れるね」

「ええ。頑張りましょう!」

 気合いを入れた。


・          ・          ・          ・


「あーあ。行っちまいやがった」

 何の躊躇いも無く海へと潜っていった友希を見送った猛が悔しそうに呟いた。

「ったく。ついこの間まで水に顔を浸けるさえ怖がってたってのに……」

 友人の急激な成長を見せつけられて、嬉しい気持ちと焦る気持ちが交互に出て来て気持ち悪い。

「……それじゃ。俺たちはどうするのさ?」

 足下のグランバルドが訪ねてきた。

「そうだよな……」

 腕を組んで考える。

「薪拾い……は勇汰たちがやってるだろうし。森の探索は……は輝たちだろうし。魚は……」

 海を眺める。

「友希たちが行ったばかりだし」

 困った。皆、それぞれ自分の役割を見つけてやっている。このままでは自分だけサボりだ。

「そんなのは俺は嫌だな」

 何か。自分にも何か仕事は無いかと辺りを探してみる。しかしあるのは海と険しい崖ばかり。

「…………」

 足下を見る。石や岩が敷き詰められている。しゃがみ込んでその石をいくつかひっくり返してみる。

「…………あ。何かいる!」

 小さい蟹のような生き物がびっくりしてさっと身を隠した。

「…………こいつって、食べられるのか?」

「さあ?」

 グランバルドが首を傾げる。

「何で俺に聞くのさ? 初めて海に来たのに!」

「あ! そうだよな。スマンスマン!」

 頭をポリポリ掻く。

「さて。本格的に困ったぞ」

「だったらさ。最初の所にでも戻ってれば? 何かやる事、あるかも?」

「うーん」

 グランバルドの提案はもっともだと猛も思う。だが……。

「出来れば、何かあるといいんだよな」

 手ぶらで帰りたく無いのだ。

 役立たずとか。こいつ、要らなく無いか? とかそんな風に見られたくないのだ。

 …………もちろん。猛の事をそんな風に見るような奴は誰も居ないと猛は解っている。

 自分が自分をそんな風に見てしまってるから。何となく後ろめたい気持ちになってるだけ。

 それもちゃんと解ってるのに……。

「…………それじゃあさ。これなんてどうだ?」

「これ?」

 グランバルドが魔法を使う。周囲の石ころたちがカタカタと揺れ動き、ふわりと宙に浮いた。それらが一カ所に集まって岩の敷物みたいになる。

「どうすんだ?」

「こうするのさ!」

 グランバルドがその敷物に乗っかる。そしてそれがふわふわと空に浮かんで行く。

 崖の方へと向かい――。

「これで崖の上に上れるぞ!」

「……なるほど」

 その手があったかと、猛は感心する。

「……猛はどうするんだ?」

「どうするって?」

「……猛の分も用意してやろうか?」

「…………どうした? 今日はやけに俺に親切じゃないか?」

「……別に。単なる気まぐれさ。それで? どうすんの?」

「そ、う、だな……」

 少し視線を上げて…………。

「いや! オレはいいっ! 自力で上る!」

「…………ふうん。解った」

 グランバルドの親切を断った猛は、崖の下へ移動する。真下から上を見上げると、その迫力に圧倒された。

「ぅぅ……」

 小さく呻く。

「…………くっ! そうだよな。友希だって克服したんた。オレだって!」

 崖の側面に手をついて、丁度良い凹凸に足をかける。

「行くぞっ!」

 そう自分の背中を押して、崖を登り……。

「…………駄目だ!」

 首を振って手と足を離す。

「…………はぁ」

 情けないとため息を吐いた。

 実は猛は高所恐怖症だった。とは言ってもそれなりに足場があれば、それなりに大丈夫な軽度な恐怖症だが。

 さすがに崖登りは怖い!

「でも……。オレも負けてられない!」

 意を決してもう一度崖に立ち向かった。


・          ・          ・          ・


「よおーし! これくらい集まれば充分だろ?」

「う~。そうだな~。たくさんだー!」

 勇汰とバルは目の前に集めた薪の山を眺めて満足そうに微笑んだ。

 二人の目的であった薪集めは思っていたほど順調にはいかなかった。

 燃えやすい乾いた薪を探していたのに、それがなかなか見つからなかった。やはり海から打ち上げられた流木はしけっていて、本当に燃えるのか? と心配になって当初は取らないで放置していた。

 けれどあまりに乾いた木が少なくて、これではいかんと、しけった流木も一緒に集めたのだ。

 質を問わなければ数はある。大きいのはまるまる丸太一本分。さすがにそれは使えないので椅子の代わりにと、バルと協力して引きずって来た。

「さてと……それじゃ……」

「やるぞー!」

 勇汰とバルは顔を見合わせてニヤリと笑う。

「そぉっとやってくれよ!」

「わかった!」

「燃やすなよ!」

「慎重にやるぞー!」

 始める前に何度も確認する。

 これから行うのはちょっとした実験。このしけった薪たちを何とか頑張って乾かしてみようかと思ったのだ。

「じゃあ、まずは俺からだな!」

 勇汰は両手をパチンと合わせた。それからユックリ離し――両手の掌の間に小さい炎を生み出した。真っ赤な小さな炎は海風を浴びてゆらゆら揺らめいている。

「おおっと!」

 思っていたよりもコントロールが難しい。ちょっとでも気を抜くと、それこそ蝋燭の炎を吹き消す感じでふっと消えてしまいそうだ。

「これは…………魔法の修行にも使えるかもな」

 生み出した炎を集めた薪へ近づける。まだ燃やすつもりは無いので、近づけるだけ。熱を与えて乾かすつもりだから。

「じゃー。次はバルの番だな! いっくぞー!」

 足下のバルが尻尾をピーンと立てる。

「ううぅう!」

 小さく唸り――。

「うっ!」

 小さい火の玉がぼわっと出現した。

「まだまだー!」

 ぼうっ! ぼうっ!

 立て続けにバルは火の玉を生み出す。

「おっ! やるなっ! バル! よーし! じゃあ俺も!」

 バルを真似して勇汰も火の玉を生み出す。大きさは小さいが、数を多く。それらが薪の周りを取り囲んでいる。

「まるで狐火みたいだな……」

 ここが暗くて墓場だったら完全にホラーだ。

「夏合宿の肝試しや文化祭のお化け屋敷イベントに使いたいなこれ」

 使えたらきっと盛り上がるだろうなってそんな事をふと思う。

「あっ!?」

 ちょっとぼーっと考え事していたら、手元が狂って火の玉が薪の中へ入ってしまった。

「やべっ!」

 火事になる! そう危惧したが…………幸い、薪がしけっているので火はつかなかった。

「もうー。だめだなー!」

「ははは。すまんすまん」

 気を取り直してもう一度、火の玉を出そうと――。

「ん? ちょっと待てよ!」

「どうしたー?」

「ちょっと…………思いついた事が……。やってみようかな? 実験だし!」

 勇汰は目を閉じて掌を前に出す。

 炎を生み出すとき、火のエレメントを集めて、それを使って火の玉を生み出してるが…………。もしも別の物に変えられたら?

 例えば――。

「…………出来た!」

 目を開く。掌の上には輪郭がぼんやりとした赤くて丸い球体の様な物がふわりと浮かんでいる。

「それはなんだー?」

「火のエレメントを集めて、それを火に変換せずにそのまま熱を生み出す物に変換したんだ。これなら燃やさずにいけるんじゃないかなって思ったんだけど。実験は成功だ!」

 熱の玉を薪の先っぽにくっつける。すると小さくジュウッと水分が蒸発する音が聞こえた。

「おっ! 成功成功! これなら行けそうだ!」

 熱の玉を複数生み出して、薪の中へと送り込む。薪は燃えずに蒸気が昇るのが見えた。

「凄いぞー! 火のエレメントをこんな風に使うなんて。勇汰は凄いぞ!」

「えへへ。そうだろ?」

 得意げに指で鼻先をさする。

 と!

「ん?」

 ぽつんと鼻先が湿った。空から滴が落ちてきたのだ。

「げっ!? 雨だ!」

「うぅ……。雨は嫌いだぞー!」

 突現の雨に、二人は急遽避難する。近くの木の陰に隠れて薪を悲しそうに見つめる。

「ああ……。折角乾かしたのに……」

「うう……。しょうがないぞ。また頑張るぞ!」

「…………そうだな」

 ため息を吐きつつ、遠くを見るとエマも同じように木の下で雨宿りをしていた。





 まるで水族館みたいだな。

 自分を取り囲む泡のような球体の数々。その中では沢山の魚たちが捕らわれている。

「これくらいで良いでしょうか?」

 アクレインが海底から頭をにゅぅっと出してきた。友希はそれにニコっと笑う。

「うん。充分過ぎるよ。これじゃ食べきれないな」

「では何匹かは逃がしますか?」

「うーん…………」

 確かに食べきれないのに、わざわざ殺すのは可哀想だが…………ちょっと勿体ない気がする。

「そうだ! 持って帰ってお土産にしよう! 船を貸してくれた人たちや協会の人たちにもお裾分けって事で」

 いつも助けてもらってばかりいるので、少しでも恩返し出来る良い機会だ。

「お土産ですか。なるほど。それは良い案ですね。ではどの魚をお土産にしますか?」

「えっと――」

 友希は適当に魚を指さして選んでいく。

「それでは――」

 選ばれなかった魚たちを一カ所に集めると、泡が合体して一つの大きな泡となった。その中で魚たちが仲良く泳いでいる。

「ありがと……。それにしても便利だね。ボクにも出来るようになるのかな?」

「ええ。出来ると思いますよ。やってみては?」

「そうだね……」

 アクレインに背中を押されて、友希は指先で円を描く。すると海水の中に小さな水の玉が生まれた。それを指先で弾くと海中が小さく波打った。

「おっ!」

 水玉は近くを暢気に泳いでいた小魚にぶつかり、それを取り込んだ。捕らわれた小魚は泡の中で慌てふためいている。

「やった!」

「そうそう。その調子ですよ」

「へー。何か面白いな」

 他にどんな事が出来るのだろう?

 勇汰ではないが、ちょっと楽しみになってきた。

「ん?」

「どうしたの? アクレイン」

 アクレインが急にそわそわしだした。上を――海面をしきりに気にし出している。

「……そろそろ戻った方が良いかもしれませんね」

「それはいいけど……。どうしたの?」

「海が荒れ始めてきました。このままでは沖へと流されてしまいます」

「ええっ!? それは大変だ! 早く戻ろう!」

「ええっ!」

 友希はアクレインの体にしがみつく。水の中でも息が出来るようになったとは言え、泳ぐのはまだ不得手だ。のんびり海中散歩する分なら問題ないが、今みたいに急ぐ時はやはり本職に任せるのが一番だ。

「行きますよ!」

 そう言うとアクレインは長い体をくねくねとしならせる。調子に乗って遠くまで来ていたので、戻るまで時間がかかるかと思っていたが、上手く流れに乗ってぐんぐん進んでいく。

「わぁ」

 流れる景色に思わず見とれる。ふと後ろを振り返ると、捕らえた魚たちもちゃんとついてきていた。

「もうすぐ到着です」

 アクレインの声で前を見ると、確かに浅瀬だった。減速して自分の足で海底に降り立つ。

 もうあと数歩前に進めば頭が海面から出る。

「じゃあ、戻ろうか」

「ええ」

 友希たちは歩き出す。捕まえた魚たちを引き連れて。これだけの成果を見たら、猛はどんな顔をするのだろう?

 驚くか?

 それとも普通に誉めるか?

 或いは大した事無いと強がるか。

 それを予想するのが楽しかった。

「うわっ!?」

「これは…………」

 海面から顔を出した二人はびっくりして、海中へと戻る。それから少し落ち着いてからもう一度――。

「うわぁ…………」

 地上を見た友希はうんざりした。海中に居た時は気づかなかったが。地上では横殴りの雨が降っている。

 ちょっとした台風みたいだ。

「猛たちは?」

 近くに居るのだろうか? それとも皆と合流したか?

 探すとすぐに見つかった。


・          ・          ・          ・


 この無人島の岸壁はでこぼこ起伏が激しい。出っ張った所もあれば逆に奥へへこんだ所もある。猛とグランバルドの二人はそんなへこんだ岸壁に避難していた。

 ただ…………。

「どうしたの?」

「何がだ?」

 友希が声をかけると、猛はさも何事も無かったかのように顔を上げた。一瞬、睨みつけられたかのような鋭い視線を向けられた……ような気がして怯んでしまった。

「何がって…………」

 言葉を止め、あえて猛の様子を伺う。

 彼は岸壁に背を預け、膝を抱えて座っていた。普通に考えれば単に疲れて座っているだけなのだろうが。

「らしくない気がするから」

 そう、らしくない。

 ストイックな性格をしている彼が、こんな雨風にやられたかのような空気感を纏っているのは違和感しかない。

「…………」

 猛は黙ったまま。視線を僅かに剃らした。まるで逃げるかのように。

 それも、らしくない。

 いつも真っ直ぐ相手の視線を捉えて話すのに。

「…………何かあったの?」

「…………別に」

 口調は相変わらずの、ちょっとぶっきらぼうに答えた。

「そう。別に気にしなくていい。ちょっと足を怪我しただけだから」

「おいっ!」

 隣に居たグランバルドが変わって事情を説明すると、猛が思わずグランバルドの堅そうな甲良を叩いた。

「っう!?」

 案の定。叩いた猛の方がダメージを受けて苦しむ事になった。

「怪我って? どうしたの?」

 怪我とは穏やかではない。友希は猛を放っておいて、グランバルドに訪ねる事にした。

「友希とアクレインが海に入って魚を捕りに行っただろ? その間、俺たちも遊ぶつもりも無かったからな。島の中心に行こうとしたんだ」

「島の中心に? でもこの島って、行けるの?」

 周りを断崖絶壁で覆われている筈だ。

「普通には行けない。だから猛は壁をよじ登ろうとしたんだ。それで滑って落ちて足を挫いた」

「おいって!?」

 これ以上、話されたくないのか。猛がグランバルドの口を塞ごうと手を当てるが……。

「っってえ!?」

「ふん!」

 グランバルドは猛の指を噛んだ。

「それで? 足の怪我は大丈夫なの?」

「…………そんなに大した事はねぇ」

「そ。それよりも情けない自分自身へのショックの方が大きくて落ち込んでたのさ」

「情けないって……。そんな事無いよ。だってこの崖って、普通は登れないもん」

 だから気にする事無いと伝えたのだが……。

「………………」

 励ましたつもりが、余計に落ち込ませてしまったみたいだ。

「えっと……」

「だから気にするなよ。猛が悪いのさ。高い所が苦手なのに登ろうとするから、こうなるんだ」

「え? 猛って、高い所ダメだったの?」

「うっ!」

 一瞬、体を震わせた。どうやらそのようだ。

「苦手なのに……。どうして?」

 無理なんてする必要なんてないのに。

「別に…………。関係ないだろ?」

「関係あるだろ。友希が苦手を克服したのに、自分はダメだなんて情けないって。友希に偉そうに言う資格なんて無いって」

「おまっ! いいから黙れよ!」

「嫌だね!」

「猛…………」

 喧嘩が始まりそうな二人の間に入った友希は猛に頭を下げた。

「えっと……。ごめん」

「…………何で謝るんだ?」

「いろいろと。一番謝りたかったのは泳ぎを教えてくれたのに、いろいろと文句を言ってしまった事」

「それはもう謝っただろ?」

「あれは寝ている猛に一方的にボクが言っただけで、返事はもらってなかったから」

「だったら…………。もう、それはいい。泳げるようになって良かったんだしな」

「良くないよ。責任もって付き合ってくれようとしてくれたのに、ボクはそれを拒絶して勝手に泳げるようになってしまったんだ。本当ならボクが泳げる瞬間を一緒に居て欲しかったのに」

「…………まぁ。そうだな。正直、オレもちょっと寂しかった。オレ、いらねぇじゃんかって思った」

「うん。ごめん。だからさ。今度はボクが付き合うよ。君が弱点を克服しようと頑張るなら、ボクも応援するから」

「…………」

 猛は顔を上げる。

「ああ…………その時は…………頼むな」


・          ・          ・          ・


「にしても……。せっかく来たのに……。天気、急に変わりすぎだろ?」

「そうだね」

 空を見上げて呟いた猛に、友希は同意した。この雨と風じぁ、予定を変更して帰る事も出来やしない。

「そう言や。そのプカプカ浮いてるのは何だ?」

「ん? これの事?」

「ああ。水の泡みたいなのに、魚が入ってて泳いでる奴」

 猛は宙を泳ぐ魚たちを見上げて面白そうに笑った。

「捕まえたんだよ。これを食材にしようかなって」

「おっ! いいじゃん! 鮮度抜群じゃんか!」

「うん。何しろ、生きが良いからね!」

 友希も笑顔を見せる。ちょっとした行き違いから、お互いどことなくギクシャクしていた。でも今は自然体で話が出来る。

 雨風に見舞われたが、それだけでもこの島に来たかいがあったのかもしれない。

「友希!」

「うん!」

 アクレインに呼びかけられて、ハッとする友希。前を見て気を引き締める。

 この雨の中を歩いて来る人がいる。それは背が高く、どう見ても勇汰や輝じゃない!

 マント姿の男は、この雨風の中でも全く塗れた様子が無い。そんな不自然な。いや、そもそもここは無人島で、なおかつ、自分たち以外いないのは既に解っている。

 こんな怪しい男は間違いなく敵だ。

 何故なら。

「やあ、来てくれたんだ。待ってたよ」

「トーリ…………さん」

 お世話になってる親方の息子で、現在は家で中で、そして敵の幹部の一人。

 口振りからすると、予めここで待ち伏せていたみたいだが?

「どうしてここに? ボクたちが来るのが解ってたんですか?」

「うん。そうだよ。だって、君たちがここに来るように進めたのは俺だからね」

「えっ!?」

 友希たちは驚いて…………すぐにここに来る経緯を思い出す。確かエマに言われたからだが、そのエマも誰かから進められた様な事を言っていた気がする。

 それがトーリなら、つまり自分たちは罠にハメられたと言う事になるだろう。

 ひょっとしたらこの雨と風もトーリの仕業かもしれない。

「…………また話を聞きに来たんですか?」

「いいや」

 トーリは首を横に振る。

「今回は戦いに来たんだ。一度くらいはちゃんと戦えって言われてね。だからさ…………」

 トーリが剣を構える。

 動けない猛の前に友希が飛び出る。

「行くよ?」

「うっ!」

 トーリが剣を振り上げて襲いかかってくる。しかし思っていたよりもそのスピードが遅く、素人の友希にも動きは見えている。

 友希は水のエレメントを操作し、降り続けている雨を操る。水が豊富にあるこの場所、天候。雨粒をまるで弾丸の様に勢いよくトーリへと放つ!

「いでっ!!? いたたたっっ!?」

 雨球はトーリへと命中。剣を落として後退した。

「…………あれ?」

 ちょっと拍子抜けした。前回、敵の幹部と戦った時は四人がかりでも負けたのに。

「いてててて! あー…………。やっぱだめかぁ」

 トーリはポリポリと髪を掻く。

 …………なんか。前回会った時とは何となく雰囲気やキャラが違う気がするのだが?

 ヴィクターもそうだったが、操られると性格にムラが出るのだろうか?

「ん? ああ…………いいだろ。少しくらい自分探しをしてもさ」

 トーリはまるで誰かと会話をしてるような口調で独り言を言っている。

「ふぅ…………。解ってたさ。俺は騎士じゃないから、剣は無理。エドモンドみたいに魔法も得意じゃない。俺の得意なのは――」

 トーリが手を地面に向けると、そこから黒い靄みたいなのが吹き出した。それがいくつかに分かれて形が出来る。

「魔物!?」

「そう。俺は魔物を創造する力を認められて邪竜の騎士に迎えられたんだ」

「グルルルルルッ!」

 トーリが生み出したのは半魚人型の魔物が五体。敵意をむき出しで睨んでくる。

「くっ!」

 友希は身構える。後ろには足を怪我した猛がいる。守らなければ!

「私もいますよ!」

 アクレインも隣に立ってくれる。

「うん。力を貸して」

 仲間がいる。その安心感から力が沸いてくる。

「え!?」

 右手に紋章が浮かび上がり光り輝いた。周囲から水が集まり――一本の槍に姿を変えた。

「武器? ボクの」

 槍を手に取った。武器なんて馴染みがないのに、不思議と手に――体にしっくり来た。

 そして戦い方も。

「ふっ!」

「グルギャァアアッ!」

 槍を手に取った友希は、まるで踊るかのように魔物たちの間をすり抜けていく。彼が通り過ぎた後は、魔物たちが切り裂かれ、霧散した。

「へえ。凄いな。それが勇者の力ってやつか」

 魔物たちが消されたと言うのに、トーリはちょっと驚いただけだ。

「さーてと。一応。俺のやる事は終わったし。じゃ! 帰る」

「は? え? あ! ちょっと!」

「じゃあ、またな!」

 トーリの姿が嵐の中に消える。すると今度は嵐が消えて、後には雲一つ無い清々しい青空だけが残った。


・          ・          ・          ・


「一体…………何だったんだ?」

「さ、さぁ…………」

 結局。何しに来たのか解らない。やはり操られてるせいでやる事なす事が破綻してるのだろうか?

「だけど。取りあえず助かったよ」

「そうだな。けどびっくりした。まさか友希が槍なんて使えたなんてよ」

 驚いた顔でこちらを見てくる猛に、友希は目を大きく見開いて否定する。

「違うよ! 体が勝手に動いたんだ! それに力も! 全身に力がみなぎって。戦い方も解ったんだ」

「へぇー! すっげぇな」

「うん」

 槍を掲げたり、柄を指先でくるくる回したりしてみせる。本当にびっくりするくらい自在に扱える。

「おーい!」

「あっ! 皆だ!」

 雨が上がったからだろう。島の反対側に居たはずの勇汰たちがこっちへ走って来ていた。

「大丈夫!? 何か…………敵が来てたぽいって、エマさんが言うからさ!」

「うん。大丈夫だよ」

「ああ! 友希が一人でやっつけた」

「おおっ! すっごいじゃん!」

 興奮して鼻息荒くしてる勇汰。彼をもっと興奮させてやろうと思い、槍を突きつける。

「うおっ! すっげぇ! どうしたんだよ! この槍! かっけぇえええ!」

 瞳をキラキラ輝かせる。

「うん。ボクの新しい力。何か、出来ちゃったんだ」

「おおっ! いいなぁー!」

 羨ましがる勇汰。てっきり貸してくれ、なんて言い出すのかと思っていたが、意外にもそんな事は言ってこなかった。

「そうか! 守護竜の力を継承すると、勇者の方も何かしらのパワーアップが出来るのか! そうかぁ。それじゃ俺ももうすぐ力が手に入るのか!

 くぅううぅ! 楽しみだー!」

 無邪気に跳ねて喜ぶ姿はまだまだ子供だ。

 友希と猛はクスッと笑う。

「…………そう言えば。猛って、どうしたの?」

 輝が猛の元へと駆け寄る。猛はずっと座りっぱなしで、立とうともしなかったのを気になったようだ。

「ああ…………。ちょっと足を怪我した」

「ええっっ! それは行けません! すぐに治療をしなければ!」

 エマが慌てて猛の元へと駆け寄る。エマが手をかざすと猛の体が光り輝いた。

 治癒の光り。

 エマが身につけた、癒しの魔法だ。この魔法のお陰でちょっと危なくても無茶が出来るのだ。

「ああっ! 猛さん! 魔物にやられたのですね!」

「え!? あ、いや……。そうじゃなくて…………」

 魔物に襲われて怪我をしたと勘違いされて、猛は困った顔をする。まさか弱点克服の特訓をしてて怪我をしたとは恥ずかしくて言えないのだろう。

 助けてやろうと、友希が話題を変える。

「ちなみに。襲ってきたのはトーリだったんだ」

「トーリが?」

「うん。親方の話とかしたかったんだけど…………。ごめん。無理だった。何か。向こうは今日は戦いに来たって言っててさ」

「戦いに? まぁ…………。しょうがないよ。次、会った時に話せばさ」

「うん。そうだね」

 話し終える頃には猛の傷はすっかり良くなっていた。

「さて。それじゃ、続きをしようか!」

「そうだね」

 上陸した場所へと戻る。道中、捕まえた魚たちを見せると、友希が期待したようなリアクションを勇汰たちがしてくれて満足した。


・          ・          ・          ・


「よいしょっと」

 友希は玄関先に置かれた木箱を抱えると、駆け足で竜車まで運ぶ。

 途中で危うく躓きそうになってよろけていると、すかさず誰かが体と荷物を支えてくれた。

「大丈夫か?」

「はい。ありがとうございます。親方」

 木箱の向こう側には親方の姿が。こちらを見てニヤリと笑うと白い歯がキランと光った。

「お前たちとお別れだと思うと、寂しいな」

「ボクもです。この町はボクらが住んでた世界とよく似てるので、凄く住みやすかったですから」

「そうか。そう言ってくれると、こっちも鼻が高いな」

 「がははは」と親方が豪快に笑う。

 結局。トーリの事は親方には話せなかった。心配させたく無かったし、彼の本心はどうなのか。まだよく解らないから。

「…………そう言えば、アクレインは?」

「海に行ってます。お土産に魚を捕って来るって言ってました。……あ! 戻ってきたみたいです」

 木箱を竜車の中へと入れる。中で荷物の整理をしていた猛と輝がそれを受け取って、奥へと並べる。

「お帰り、アクレイン」

「ただいま」

 戻ってきたアクレインに挨拶をして、その後ろを眺めた。彼の後ろには大きな水塊がぷかぷか浮かんで、中には大小、様々な魚が泳いでいる。

「ずいぶん、沢山捕ったね」

「ええ。友希たちは魚が好きなようなので。これなら旅の途中でも大好きな魚を食べられるでしょう」

「うん。ありがとう」

「おおっ! 凄いな! これなら俺たち漁師は廃業だな!」

 親方が笑いながら言っている。そう言っても、こんな事が出来るのはアクレインと勇者である友希くらいなので、仕事がなくなる様な事にはならないだろうが。

 玄関を開けてエマが出てきた。

「では皆さん。そろそろ出発しましょう」

「うん。解った」

 別れの挨拶をするために他の皆も集まる。

 見送ってくれる為に集まってくれた町の皆へ向かって頭を下げた。

「いろいろ、お世話になりました」

「ありがとうございます」

「良いって事よ!」

「元気でな!」

「達者でやれよ!」

 そんな言葉をかけてくれて、胸が熱くなる。

「はい! 皆さんもお元気で!」

「それじゃ……。行きましょうか!」

 竜車に乗り込む。竜車の操縦は勇汰が今回、担当する。密かに特訓してたらしい。

「それじゃ! 出発だ!」

 こうして。友希たちは故郷を思い出すこの町を後にした。


久しぶりの投稿です。

前回からの投稿から随分、間が開きました。

他の方の書かれた小説を読んでて、止まらなくなってしまって書くのが疎かになってしまいました。

今回から多分、間が開く事になりますが続けます。

気長にお付き合いください。


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