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ドラゴニック・ブレイブ  作者: 丸くなれない針鼠
7/8

第七話


 神殿を出発してから三日目の昼。勇者一行は水の町スイベールへと到着した。

「う…………ん。やっと着いたーっ!」

 竜車から降りた勇汰たちは腕や背筋を伸ばす。長時間も狭い竜車の中でジッとしていた

から筋肉が堅くなって痛い。

「それでは私は挨拶をしてきますね」

 エマが目の前の建物へ入ろうとする。勇汰はそれに待ったをかけた。

「ここって、何の建物なの?」

「ここは神殿の施設ですよ。あちこちの町に出張所のような施設があるんです。私たちは

この町に居る間はこの施設を利用させてもらいます」

「へぇー。ここか」

 勇汰たちはこの建物を見上げる。

「………………」

「………………」

 各の感想は取りあえず胸に秘めて置いて。

「あのさ。エマさん。ちょっとお願いがあるんだけどさ」

「はい。何でしょうか?」

「ずっと座りっぱなしだったからさ。運動がてらに町を見てまわりたいんだけど…………。

いいかな?」

「ええ。いいですよ。では私はその間に次の旅で必要になる荷物の手配を行っていますね」

「次の旅…………。すぐに出るの?」

「そうですね。順当に行けば…………七日後にはここを出たいですね」

「七日…………。一週間か。長いのか少ないのかわからないな。…………ま、いいや。そ

れじゃちょっと行ってくるね」

 勇汰はぐったりしてるバルを抱き抱える。

「あ! 迷子にならないでくださいね?」

「大丈夫だよ。じゃ! 行ってくるね!」

「はい! 行ってらっしゃい!」

 クルリと背を向けて歩き出す。友希たちも一緒だ。

「ボクも一緒に行くよ」

「オレもだ」

「僕も行きます」

「んじゃ。皆で出発だ!」

 勇者一行は水の町スイベールへとくり出した。すると歩いて間もないのに、輝が首を忙

しく動かしだした。

「えっ…………と…………」

「どうしたの? 首痛い? 寝違えた?」

「違います。迷子にならないように、道を覚えてるんですよ」

 そう言って、曲がった角の建物をジッと見つめてボソボソ呟く。

「大丈夫だろ」

 猛が軽く笑いながら輝の背中をポンと叩く。

「あんな建物。すぐに見つけられるって」

「そうそう。それにわからなかったら、誰かに聞けばいいんだって」

「ぅ…………。それが嫌なんですよ」

「人に聞くのが? まだ人見知りが治らないの?」

「は、はい…………。そんなに簡単に治ったら、苦労はしないですよ」

「でもボクたちとはもう普通に喋れるよね?」

「それは、慣れたから…………。でも初対面の人はまだ無理です」

「そっか。ま。ゆっくり治していいんじゃない?」

「そ、うですね」

 頷いて。輝はまた首を動かす。

「だから覚えなくていいって。わかるだろ。さすがに」

「そうだよ。さすがに…………。あの建物は浮いてるしね」

「うん…………。あれはちょっとね…………。せめてこの町の建物に近づける努力をする

べきだなって、ボクも思うよ」

 一行は一端、足を止めて振り返る。

 遠くから見てもハッキリと和を乱す異質な建物の存在を。

「前の町にあった神殿と同じ作り…………」

「この町は木造建築の建物ばかりなのに、神殿だけ石造建築の建物だからね」

「…………何か、決まりでもあるんじゃねぇの?」

「…………どうなんだろ? まあ、でもわかりやすくていいんじゃない?」

「そうだね」

「そうだな。それよりも町の見学をしようぜ。オレ、腹が減ったから何か食いたい」

「そうだね。食べ物屋とかを探しながら歩こうか」

「でしたら。案内は私にお任せください」

 友希の相棒アクレインが名乗り出た。

「そう言えば。アクレインはこの町の出身って言ってたね」

「ええ。正確には初めて地上に出たのがこの町ですが。一時は、この町で暮らしていたの

で、町の事は詳しいです」

「それじゃ、お願いします」

「はい。お任せください!」

 アクレインと友希を先頭に道を歩く。

「スイベールと言う町は、海と森林と巨大な湖に挟まれた町です。この町の人々は主に漁

業を営んで生計をたてています。なので、この町の特産は海で穫れた新鮮な魚介類です。

皆さんは海産物は大丈夫ですか? この町の人々は魚を生で食す食文化もありますので」

「大丈夫だよ。俺たちが元居た世界も似た文化だったから」

「それは…………。この町と似た文化が他にもあるのですね」

「うん。ひょっとしたらさ。この町で暮らす人たちって、俺たちの国の出身なのかもしれ

ない」

「そうかもな。建物とか、ほぼ木造建築の日本家屋だし。オレたちの居た時代よりも遡っ

て…………江戸時代って感じがするな」

「お城とか無いのかな?」

 勇汰が首を伸ばして遠くを探してみる。

「ダメだ…………。無いな。この町にはお城って」

「お城。江戸時代。初めて聞く言葉ですね。私にも後で教えて下さい」

「ええ」

 興味津々のアクレインの頭を友希が優しく撫でる。

「――!?」

 子供たちの足が止まった。

「どうされましたか?」

「こ、この匂いは!?」

「ああ! 風に乗ってやってくる香ばしい匂い!」

「お醤油と海産物が焼ける匂い!」

「ぅぅ…………お腹が減りました!」

 ゴクリと喉を鳴らし――匂いの元を辿る。着いた先は屋台だ。網の上でイカが良い感じ

に焼き上がってる。

「イカ焼きだ!」

「おじさんっ! 四つ下さいっ!」

「あいよっ!」

 勇汰たちはイカ焼きを一生懸命頬張った。


・          ・          ・          ・


「あの…………ちょっとよろしいですか?」

「何? アクレイン。改まって」

「お願いがあるのですが…………」

「お願い?」

「はい。帰る前に寄り道をしたいのです」

「寄り道…………。別にいいけど? どこに行きたいの?」

 アクレインは頭を伸ばして遠くを眺める。

「私がこの町で暮らしていた時にお世話になった人の所です」

「お世話になってた…………。ああ! 親方の所!?」

「はい。そうです!」

「………………誰?」

 アクレインと友希以外が首を傾げる。

「そうだね。皆は会った事は無かったよね。元々アクレインはその人と一緒に暮らしてた

んだよ」

「それじゃ。アクレインの里帰りみたいなもんだ。いいじゃん。行こうよ」

「え? 皆さんも着いてくるのですか?」

「もちろん。アクレインがお世話になった人なら、俺たちも挨拶ぐらいはしておきたいし。

ね?」

「そうだな」

「うん」

 猛も輝も頷く。

「ありがとうございます」

「いいって。ボクたち。仲間じゃないか」

「…………はい!」

 アクレインに案内されて親方の家へと辿り着く。親方の家も他の家と同じで木造建築の

旧日本家屋だ。塀があり、門があり、手入れされた日本庭園があり――。立派なお屋敷だ。

「…………ひょっとして…………金持ちなのかな?」

「さあ? どうでしょうか? その辺は私にはわからないので…………」

 アクレインが尻尾で扉をノックする。しばらくして奥から女の人の声が聞こえてきた。

「はあい。どちら様………………って!? ああっ!? アクレイン!? 久しぶりっ! 

元気にしてた?」

「ええ。もちろんです」

 出迎えてくれたのは着物姿の若い娘だ。彼女は両手で鼻や口を押さえて驚いていた。そ

れからすぐにこちらに気がついて。

「そちらの方は?」

「こちらは今、私と一緒に旅をしてくださってる仲間です。私が以前、こちらでお世話に

なっていたと話したら、ぜひ挨拶をしたいと仰ったので一緒に伺いました」

「どうも…………。友希と言います。今はボクがアクレインの相棒をしています。えっと

……親方には大変お世話になりまして…………」

「お父さんに!? …………そうですか。わかりました。さあ。どうぞ中へ。玄関で立ち

話はなんですので」

「…………ではお言葉に甘えて。…………おじゃまします」

「おじゃまします」

 娘さんに案内されて家の中へと入る。中も向こうとほぼ同じ造りだ。玄関で靴を脱いで

上がる。廊下を進んで案内された部屋には――。

「畳だ!」

 思わず声が出てしまう。

「珍しいでしょう? 他の町ではありませんので」

 娘さんが自慢げに説明する。

「あ、いえ…………。向こう世界にもありまして…………。懐かしいんですよ」

「あら。向こうの世界?」

「ええ。実は彼らは異世界からやって来た勇者なのですよ」

「まぁ! あなた方が!? そう言えば、お父さんもアクレインが守護竜候補に選ばれた

と話してました。そう…………あなた方が…………」

 ジロジロと眺められる。綺麗な女の人に見つめられて、友希たちが固まる。

「こらっ! お客様に失礼ですよ!」

「あっ、お母様!」

 娘さんを少しふっくらさせて、ちょっと歳を取った感じの女の人が入ってきた。手には

お盆が。その上にはお茶碗が乗っている。

「すみませんね。娘のルリが失礼な事を…………」

「いいえ。お気になさらずに」

「そうですか? あ、どうぞ。お座りになって下さい。はい。粗茶でございますが」

「どうもお構いなく」

「いいえ。アクレインは私たちにとっては家族同然。そのご友人なら私たちにとっても大

切な友人ですので。

 …………そうそう。ルリ。確かお茶菓子があったはず。それをお客様にお出しして」

「はい。お母様」

 ルリはすっと立ち上がり、奥へと消えていく。

「あ、いえ。本当にお構いなく」

「いいのよ。気にしなくても」

「そうだぞ。自分の家だと思ってくつろいでくれ!」

 今度は親方が現れた。

「親方! どうもご無沙汰しております」

「どうも。その節はご迷惑をおかけしました」

 アクレインと友希が頭を下げる。遅れて勇汰たちも頭を下げた。

「何言ってんだ! 迷惑をかけたのはこっちの方だ」

 豪快にがっはっはっと笑う。

「ところで今日はどうした?」

「はい。実はこの町で水の守護竜の試練があるのです。それを受けるためにこうしてこの

町へやって来たのです」

「水の守護竜の試練ね。…………なるほどな」

「親方は何かご存じありませんか?」

「そうだな…………」

 アクレインの質問に、親方は顎髭を指で遊ばせながら考える。

「おっと! 遠慮せずに飲め飲め! せっかく入れた茶が温くなっちまうだろ!」

「え、あ、はい………………」

 親方に促されてお茶を飲む。ちょうど飲み終えた頃にルリがお菓子を持ってきた。

「羊羹だ。美味しいぞ」

「はい! いただきます!」

 一口頬張ると懐かしい甘さが口の中一杯に広がる。故郷の味をしみじみかみしめる。

「お茶のお代わりをどうぞ」

「あ、すみません」

「いただきます」

 奥さんからお茶のお代わりを頂いた友希たち。一息ついて改めて親方に質問した。

「水の守護竜の試練。それについて、何かご存じではないですか?」

「うーん」

 顎髭を撫でながら唸る親方。隣に座る奥さんが彼の背中をドンと叩いた。

「ほら。あんた! ひょっとして水神祭の事じゃないかい?」

「ああっ! そうかそうか!」

「水神祭?」

「年に一度の祭りなんだ。昔から行われていて、漁の安全と豊漁を祈願する祭りなんだが。

実はそれがもうすぐ行われるんだ。ここへ来る途中、町の雰囲気が慌ただしくなかったか?」

「そう言えば…………。すごく賑わっていました。屋台なども出ていて。以前、私がこの

町で暮らしていた時には無かった建物もあります」

「そりゃ、祭りのために建てた小屋だな。まぁ。本当にそれかどうかは俺にはわからねぇ

が。違っても祭りだからな。楽しんでいってくれや」

「ええ。そうします」

 それから少し雑談と。懐かしい畳の感触を堪能して、友希たちは親方の家を後にした。


・          ・          ・          ・


「ズバリ! 水の守護竜の試練は水神祭の事でしょ!」

 勇汰が決め顔でそう言った。

「え、ええ…………」

 エマが一瞬、驚いた。

 それは。自力で試練の内容を見つけだした勇汰の情報収集力を舐めていた。…………か

らではなく。

 神殿出張所スイベール支店へ戻ってきた彼を出迎えたエマへ向けて、ただいまを言うよ

りも早く、何の脈絡も無く、突然言われたものだから彼女が面を食らった。…………だけ

なのだから。

 それなのに。勇汰はさも自分の推理?が当たったと喜んで両手でガッツポーズを取って

いる。

 それを見たエマがさらに訳が分からずにポカンと口を開けていて――。

「ただいま」

「ただいま」

「ただいまです」

「え、あ、はい。えっと…………。皆さん。おかえりなさい」

 友希たちが勇汰をスルーしたので、エマもそうした。

「皆さん。こっちです」

 エマは四人を会議室みたいな部屋へと案内した。この出張所。外見同様に、中も前の町

であった神殿と同じような内装だった。

 むしろ逆に。中は純和装で作られていたどうしようと、帰りの道中で四人が盛り上がっ

たので、これはこれで逆にがっかりさせられた。

「皆さん、お疲れさまです。この町はどうでしたか?」

 席に着いて、お茶をもらって一息ついてからエマがそう切り出した。

「楽しかったよ。この町、俺たちが元居た世界に似てるからすっごく親近感が沸いた」

「はい。落ち着きました。景色とか」

「ああ。懐かしかったな」

「畳とか…………襖とか、障子とか…………匂いとか…………。懐かしかったです」

「あ、えっと……皆さん?」

 それぞれが故郷を思い出してしみじみしてしまった。

 まさかホームシックになってしまったのではと、エマは心配してちょっと狼狽える。

「皆さん。…………大丈、夫……ですか?」

「大丈夫ですよ」

「ああ。別にメソメソしてねぇよ」

「…………僕も大丈夫です」

「勇汰さん…………は大丈夫そう、ですね」

「うん。俺の気持ちは、今は完全にこっちモードだからね。大丈夫だよ!」

 そう言って元気に親指を立てる。

「それなら…………良かったです」

 エマはホッと胸を撫で下ろす。そして一度下げた視線をゆっくりと上げ、力強い眼差し

を勇者たちへと向ける。

「では皆さん。この町で我々が行われなければならない試練についてご説明いたします」

 試練。その言葉がエマの口から出た途端に部屋の空気がピリッと張りつめる。

「この町では年に一度、水神祭と言われるお祭りが行われています。それについて皆さん

はもうすでにご存じのようですね?」

「はい。ただ聞いたのはそう言う祭りがあるってだけで。具体的にはどんな祭りなのかは

知りません」

 友希がそう答える。

「そうですか。ではその事についても、後で簡単にご説明致しますね。

 まずは水の守護竜の神殿についてから。伝承では水の守護竜の神殿はこの海域のどこか

にあるとされています」

「海域? 近くにある島のどれか? ……って事ですか?」

 この漁港から見える範囲には大小様々な島が点在している。そのどれもが無人島で人が

住んでいないらしいが。

「それについてはわかりません。水の神殿に限らず、他の守護竜の神殿もその場所はわか

らないように隠されているのです」

「それじゃ、どうやって探すんですか?」

「水の守護竜の神殿への道を切り開く。それを含めて友希さんの試練となります」

「ボクの…………試練」

 ごくっと、友希が唾を飲み込む音が室内に響いた気がした。

「先ほど水神祭の話しが出ましたが、隠された神殿への道を切り開く方法がその水神祭の

中にあるのです」

「その水神祭って?」

「今では漁業をする人たちの安全を祈願するお祭りとなっていますが。元々は神殿への道

を開く方法を伝えていたのが始まりです。

 その方法とは、この町の山側には大きな湖があります。その水底では「シャク貝」と言

う貝が生息しているのですが。その貝は成長すると体内で特別な、綺麗な丸い石を作り出

すのです」

「貝が丸い石を…………真珠みたいなものかな?」

 友希はとっさにそれをイメージした。でも真珠を作り出す貝は淡水では暮らせなかった

んじゃとか。そんな事をふと思ってしまう。

「その石を綺麗な石を手に入れて、社がある小島へと奉納する。そうすれば水の守護竜の

神殿への道が開かれる。そう伝えられております」

「結構、簡単ですね」

「ええ。ちなみにお祭りでは、町の人が誰が一番大きな石を奉納できるかと競争になって

います。ですが、それは後付けなので友希さんは競争する必要はありませんよ」

「それは良かった。競争とかは苦手なんですよ」

「そうなんですか。祭りは五日後に行われるので、ゆっくり準備を行って下さい」

「はい…………って。準備?」

「はい。奉納する為の石を友希さんには取ってきてもらいます」

「え……………………!?」

 友希の表情が――体が固まる。

「えっと………………それって……………………ボクが湖に潜って………………自分で取

ってくるって………………話し…………ですか?」

「ええそうですよ」

「…………………………」

 友希は絶句する。

「えっと………………。他の人が取ってくるのは無し?」

「そうですよ。水の勇者である貴方が直接取ってきた物でなければ封印は解かれません。

そういう風になっているからこそ。今まで誰も神殿が姿を現さなかったのですから。

 って。友希さん? どうされました? 固まってますよ?」

 氷のように固まった友希が解凍されて、事情を話したのはそれからしばらく経ってから

だった。


・          ・          ・          ・


 水の町スイベール。海に面した港町。海の反対側には森林が覆い茂っている。

 この森林は町の人たちが家や家具を作る資材として切り出したり、薪を拾ったりと日常

的にお世話になっている森なので手入れが行き届いている。

 土地勘の無い少年たちが初めて足を踏み入れても、そうそう迷うことは無いだろうと子

供だけの立ち入りを許可してもらった。

 そうして友希たちは作ってもらった弁当や水筒などを持参して森の向こうにある湖を目

指していた…………のだが。

「へぇー。こんな所に綺麗な花が咲いてるよ。ほら見てよ。綺麗に咲いてるよ。凄いね。

この辺、太陽の光なんて全然届かないのに」

「…………そうですね」

 輝が困った顔で頷く。

「あっ! これを見てよ。初めて見る虫だよ! へぇー。面白いね」

「そう…………ですね」

 輝がまた困った顔で頷く。

「おっ! 今度はキノコを見つけたよ。どうだろう? お土産に採って帰ろうか?」

「えっと…………。キノコはさすがにまずいと思います。毒とか持ってるかもしれないの

で…………」

「そうか。そうだね。それはダメだよね」

 友希は腕を組んでうんうんと頷く。そしてすぐさま辺りをキョロキョロと見渡して――。

「あっ! あれ見てよ! あの木の枝! 何かに似てない?」

「えっと………………それは…………さすがに。無理があると思います」

 輝がとうとう反論した。それは。それまでずっと友希に味方していた輝が、やっと彼を

見限ったのだ。

「………………………………もういいか?」

「…………………………はい」

 猛に睨みつけられて友希はうなだれた。

 いそいそと先を急ぐ猛、輝、勇汰。その後ろをとぼとぼとまるで亀が歩くがごとくのろ

のろ歩く友希。

「ったく。これじゃ日が暮れるぞ」

 先頭を歩く猛の愚痴が風に乗って聞こえてくる。

 それを聞いた友希は内心、そうであってほしいと願ったが。残念ながらどんなに時間を

稼いでも、現実的に考えてもそれは無理だろうと事実を受け止めた。

 受け止めたと言っても受け入れた訳ではない。何とかこうして必死で時間稼ぎを続けて

いる間に、頭をフル回転させて何とか事態を解決する良い案が無いかと模索し続けている

のだ。

「……………………」

 しかし。どんなに頭を働かせても、良い案など生まれる筈もない。自分がやるべき事が

決まっているのだから。

 それでもやっぱり抗いたくなるのだ。それが人と言うものだから。

「おっ! もうすぐだ。見えてきたぞ!」

「っ!?」

 友希の足取りがさらに重くなる。歩幅をさらに狭くして歩くスピードを出きるだけ遅く

する。

 しかしそれも焼け石に水の効果しかない。だって友希の目にも湖の姿が見えているのだ

から。

「やっと着いた!」

「ふぅ…………」

 森を抜け出た一行は湖を前に、取りあえず背伸びをした。

「結構デカい湖だね」

「そうだな。…………ったく! 普通に来たら二十分くらいで来れたんじゃねぇか?」

 それを体感時間一時間にも引き延ばしたのを誉めてもらいたい。

 そんな誰にも評価されない友希の努力は、水泡に帰してしまう。

「さ。それじゃ始めるか」

 猛が服を脱ぎ始める。

「え? ここで着替えるの?」

「当たり前だろ。俺ら以外に誰も居ないんだからよ」

「で、でも…………」

「もじもじすんなよ。女子か! ったく。風呂で普通に裸だろうが」

「それは風呂場だから…………」

「別に裸でやれって訳じゃねぇんだからよ」

「それは…………わかってるよ」

 友希と猛のやり取りの間に、輝が鞄からシートを取り出して背の低い雑草の上に敷いた。

その上にそれぞれの荷物を置いて中から水着を取り出した。

 水着と言っても普通の普段下着として使ってるトランクスタイプのパンツだ。

 湖に入る事を、ここの神殿を管理する責任者に伝えたところ。用意してくれたのが、こ

の町で主流の褌だった。郷に入っては郷に従えのことわざがあるように、それでもよかっ

たのだが。それを理由に友希がゴネそうだったので、このパンツにしたのだが…………。

「ったく。時間を稼ぐのも大概にしろよ!」

 ここへ来るまでに散々手間を取らされた猛がとうとうキレた。

「別に今日。潜って真珠を取って来いって訳じゃねぇんだ! まだ時間があるから泳ぎの

練習をするだけじゃんか! それなのに……うじうじと」

「ぅ…………ぅう……。ごめんなさい」

「悪いと思ってんならさっさと着替えろよ!」

 輝から手渡された水着を友希へと投げつけると、猛はさっさと着替え終えた。

「ぅ…………」

 さすがに友希も覚悟を決めて服を脱ぐ。…………ゆっくりと。

 と。そこへ勇汰がやって来て。

「あのさ。俺はちょっと別の事やってていい?」

「いいが…………。何すんだ?」

「バルがさ。ほら。バルは火属性のドラゴンだから。この町に居ると調子が出ないみたい

なんだ。どうも火のエレメントが少ないらしくて。だから俺は森に入って薪を拾ってたき

火でもしてるよ。火に当たればバルは元気になるから。それに泳いで体が冷えるから、体

を温めるのにも必要でしょ? 山火事にならないように、火の番は俺とバルでしてるから。

友希に泳ぎを教えるのは二人に任せるよ」

「わかった。しっかり教えてやるよ」

「はい」

 気がつくと、輝も着替えが終わっていた。友希は…………今から下着を脱ぐところだ。

「…………もうこのまま湖に突き落とすか?」

「いっ!?」

 猛の目が本気だ。

 そうされては嫌だと、友希はとうとう着替えを完了した。


・          ・          ・          ・


「いちっ、にっ、さんっ、しっ!」

「いち、に、さん、し」

 輝の隣で、正面の猛の動きにあわせて腕や足を動かす。体育の授業ではいつも適当にす

ませる準備運動も、今は、今だけは念入りに行う。

「いちっ、にっ、さんっ、し!」

「いち、に、さん、し!」

 手首や足首をほぐす。首も前、後ろ、ぐるりまわしてほぐす。

「よし! 最後に深呼吸。すー…………はー…………」

「すー…………はー…………」

 鼻から吸った息を口で吐く。

 これで準備は整った。整ってしまった。

「よしっ!」

 猛は声を出して気合いを入れている。隣の輝もどことなく楽しそうな表情を見せている。

 しかし友希は憂鬱な表情で目の前の湖を眺めた。端の方には木の葉や木の枝などが流れ

着いて固まってはいるが、全体的に綺麗で水底が見えるほど澄んでいる。

 魚が居るのだろう。時折、湖面からジャンプしてはその存在を友希たちにアピールして

いる。

 ぽちゃんっ!

 水面から何かが顔を出した。目を凝らすとそれはアクレインだ。確か猛に頼まれてエア

リムと一緒に湖へと先行してくれていたのだが…………。

「おかえり。どうだった?」

「大丈夫ですよ。この湖の中を一通り見て回りましたが、危険は無いです」

「そうか」

 猛の肩が僅かに下がる。

 そこへ緑色の鳥――ドラゴンが滑空してきて輝の肩へととまった。エアリムだ。

「言われた通り。この辺りを見てまわったわよ」

「どうだった?」

「大丈夫よ。危険なドラゴンとかは居ないわ」

「そっか。よおし! これなら落ち着いて練習できるな!」

 猛はにこにこと嬉しそうな笑顔で肩をポンポン叩いてくる。

「うぅ…………」

 猛とは正反対の表情を見せていると、アクレインが巻き付いてきた。

「大丈夫ですよ。この湖は中心へ行くほど深くなりますが、岸の方は浅いですから」

「深いって…………どれくらい?」

「そうですね。友希の身長の倍くらいでしょうか」

「そんなにあるのか…………」

 水深を聞いて猛がなぜか嫌そうな顔をした。彼は泳げるはずなのに。

「ま。そろそろお喋りはこの辺でいいだろ? そろそろ中へと入るぞ」

「う、うん…………」

 ゆっくりと足を出して湖へと向かう。歩幅はやっぱり縮めて歩くが………………。

「ぅぅ…………」

 距離なんてそんなに無かったので、あっという間に足先が水の中へと浸かってしまった。

 ゆっくりと――ゆっくりと足を伸ばしてくるぶしの所まで水に浸かった所で奥へ行くの

を止めた。

「こ、ここまでが…………限界」

「限界って………………。もうちょっと先まで行けねぇか?」

「無理…………」

「せめて膝くらいまで浸かるとこまで…………」

「ごめん! 無理っ!」

 必死に首を振ると、猛はしょうがないとため息をついた。

「しょうがねぇから。取りあえずその辺を歩いて来いよ」

「う、うん…………」

 恐る恐る足を踏み出す。湖の水がねっとりと足にまとわりつく感触に戸惑いながらも、

それでも勇気を出して近場を歩き続ける。

「…………そんなに水が怖いのか?」

「そう言えば…………お風呂でいつも、髪を洗う時、時間かかってましたよ。必死な表情

でお湯を入れた桶を眺めていましたし」

 猛と輝の他愛のない会話が聞こえてくるが、それに入れる余裕などない。目が充血する

ほど、じっと足下を見つめて…………。

「ふぅ…………」

 足がしっかりと地面に着いたのを確認してから息を吐く。

「…………そんなにか? …………ひょっとして。昔、溺れたとかあるのか?」

「な、無いよ…………。気がついたら…………。こうなってた」

 そう。別に川や海で泳いで溺れた過去など持っていない。本当にいつの間にか、水に対

して苦手意識を持ってしまったのだ。

「風呂は平気なんだろ?」

「うん。お風呂は…………大丈夫。顔をつけたりしなければ」

「なら。ここをでっかい風呂だと思っちまえよ。そうすれば大丈夫だろ?」

「ここを…………風呂に? いや。ちょっと…………それは無理があるよ」

「まぁ、一度やって見ろよ。案外、上手く行くかも」

「…………一応……ね」

 言われた通りにやってみる。

「ここは風呂……。ここは風呂……」

 何度も何度もそう呟いて、呟きながら足を踏み出す。ゆくりと、ちょっとずつ。そうし

て膝下まで水に浸かった。

「やった…………。ここまで来れた!」

「おおっ! やったじゃん!」

 猛と輝もすぐ隣へと駆けつけてくる。友希は思わず二人の肩に掴まって。

「もうちょっとだけ…………行ける…………かもしれない」

 自信が出てきた。





 目が合ってしまった。

 それはもう生きてなどいないのに。ジッとこちらを見ているかのような視線を送り続け

てくる。ジッと。ジトッと…………。

「ひぃっ…………!」

 エマが小さな悲鳴を上げる。両腕を思わず体に引き寄せたので、握った包丁が自分の顔

に刺さりそうになってしまった。

「危ないですよ!」

 彼女の隣に居た今日の食事当番が、驚いてエマの持つ包丁を取り上げる。

「す、すみません」

「大丈夫ですか?」

「え、ええ…………」

「お魚…………。苦手なんですか?」

「い、いいえ…………。子供の頃は川で魚を捕って食べていましたので…………ですがこ

れは…………」

 恐る恐るまな板の上で横たわるそいつを見る。無駄に多い手か足か解らない部位。ぷく

っと丸い頭。ギョロっと飛び出た目玉。触るとぬるっとしていて…………。この世の物と

は思えない。こんな生き物は始めてみた。

「あの………………これ…………。本当に食べられるんですか?」

「タコを見るのは初めてですか? 大丈夫。食べられますよ」

「ほ…………本当に?」

「ええ。本当です。美味しいですよ。コリコリと歯ごたえがあって」

「うぅ…………」

「無理なさらないでください。ダメなら私が調理いたしますので」

 エマの表情を見てダメだと思ったのだろう。調理当番の彼が代わりにタコへと包丁を入

れる。

「あっ……………………!」

「どうしました?」

「い、いえ…………。なにも…………。お願いします」

 勇者の食事は自分がきっちり担当する。そう決めたハズなのに…………。さすがにこの

食材には手が出ない。

 調理当番の彼は慣れた手つきでタコを調理していく。

 足をぶつ切りにしてそのまま皿へと乗せて――。

「生のまま出すのですか?」

 それは無いだろうとエマは驚いた。

「これは軽く塩ゆでしてますよ。まぁ、でも。ここの食べ物は基本、生食が多いですね。

刺身とか」

「生食…………」

 話を聞いただけで軽く目眩がする。

「生はダメですか?」

「わ、私はちょっと…………。勇者様たちも…………ダメかもしれません」

「ああ…………。そうですね。余所の町から来た人たちも、ここの食事がダメって理由で

出ていく人が結構多いですから…………」

「でしたら。生以外のお料理を教えてください! 私はそれを作ります!」

「そうですね。ではそっちの方をお願いします」

「はいっ!」

 気を取り直して調理場から裏庭へと出る。ここには井戸があり、今朝とったばかりの鮮

魚が桶の中で泳いでいるのだ。

「あっ! 皆さん。お帰りなさい」

「エマさん! ただいま」

「…………ただいま」

「………………ただいま」

「ただいまです」

 裏庭に出たエマと勇汰たちが鉢合わせした。彼らも丁度戻ってきたばかりのようだ。

 井戸で水を飲んだり、体を軽く洗っている。

「今日はどうでしたか?」

「今日は…………今日はね…………。うーんと…………えっと…………」

 勇汰が視線や表情をおかしく動かして困っている。

「…………どうされました?」

「い、やぁ…………。実はね…………」

 勇汰の視線が猛と友希を指す。二人は距離を取っていて、お互い不機嫌な表情をしてい

た。

「あの二人。喧嘩中なんだ」

「喧嘩っ! どうしてですか!?」

「しーっ! 声が大きいよ!」

「あっ…………ごめんなさい。…………それで、どうしたのですか?」

「えっと…………」

「ボクは先に行くよ!」

「あ、ああ…………」

 友希らしくない、荒っぽい声、不機嫌な顔で建物の中へと入っていく。

「あ…………。すいません。私のせいで…………」

「エマさんのせいじゃないよ」

「そうそう。あいつが悪いんだ!」

 猛が今にも噛みつきそうな目で友希の背中を睨みつける。

「あわわわ! 一体、どうしたのですかっ!?」

「うーんとね…………。泳ぎの練習中にちょっとしたアクシデントがあって…………」

 チラリチラリと猛の様子を気にしつつ、勇汰は説明を始める。

「泳ぎの練習。最初は順調だったんだ。水に慣れてない友希をまずは水に慣らすところか

ら始まって。初めは足を水に浸けるところから初めて、徐々に、膝、腰。胸、そして肩か

ら首まで行けたんだ。

 首まで浸かった所で猛がさ。顔を水に浸けるように言ったんだ。でも友希はそれを嫌が

って…………。そうしたら猛が無理矢理、友希を湖の中に引っ張って。それで友希が溺れ

てしまって」

「それで怒っていたのですね」

「何度も言ったがワザとじゃねぇからな!」

 話しを聞いていた猛が反論する。さっきまで友希に向けられていた鋭い目つきが、今は

勇汰へと向けられている。

「あれは事故だ! 事故!」

「事故?」

「ああっ! あいつ。腰ぐらいの所から、ビビってオレの手をぎゅっと握って離さなかっ

たんだよ。それでオレはそのままあいつの手を掴んで深い所まで引っ張っていったんだ。

あいつの首が浸かる所までな。それでいよいよ。顔を浸けるように言ったんだよ。そした

らあいつ。またグチグチと言い訳しやがって」

「それで水の中に引きずりこんだんですか!?」

「そうじゃねぇ。あれは事故なんだよ! 考えて見ろよ。オレとあいつの身長差! あい

つが首まで浸かる深さはオレには足が届かねぇんだよ! だからオレは立ち泳ぎで泳いで

いたんだ。それがたまたまあいつの体に当たってさ。そしたらあいつが驚いてバランス崩

して自分で倒れたんだよ! そしたら急にパニくって溺れたんだよ」

「そうなんですか。それならそう説明すれば…………」

「したさ! 何度も! でもあいつは信用しねぇんだよ!」

「まぁ…………。それまでに突き飛ばすとか。そんな事を言ってたしね。前振りみたいに」

「本気でするわけねぇだろ! 命かかってんだぞ!」

「でも。猛は結構、苛立っていたし。実際にやりそうな雰囲気は出てたよ」

「しょうがねぇだろ! あいつが言い訳するわ。時間稼ぎをするわで。イライラしてたん

だからよ!」

「まぁ。確かに…………僕もちょっと思ってましたけどね」

「だろ! あの輝がイラついてたんだからよ!」

「で、でも…………。それで喧嘩は良くないと思いますが」

「しょうがねぇだろ! 謝ってもあいつが許さねぇんだからよ!」

 イラついた猛は服を着たまま汲み上げた桶の水を頭から被った。

「あーっ! くそっ!」

 水では頭は冷えなかったようだ。苛立ちをまき散らしながら建物へと入って行く。

「大丈夫でしょうか?」

「うーん…………。どうだろ? 結局。そのまま言い合いになってしまって練習どころじ

ゃなくなって来たんだけど…………。冷静になればきっと大丈夫じゃないかな?」

「だと良いのですけれど…………」


・          ・          ・          ・


 箸。それは食べ物を挟むための二本の棒である。主に日本食で用いられ、箸と言えば日

本文化の一つと世界的に認知されている。

 そして。世界を越えて、ここ異世界カウンティアにおいてもその箸を使う文化が伝わり、

しっかりと根付いていた。

「うぅぅ…………!」

 エマが目を大きく見開き、ぐっと歯を食いしばる。右手で握った箸がぷるぷると震えて

いる。

「うぅううぅ!」

 箸の先端が鮮魚を生のまま切って盛りつけた料理――刺身に触れる。箸が刺身の下に潜

り込んだのでそのまま持ち上げる。

「あ!」

 箸二本とも下に入れて持ち上げたので、するりとこぼれ落ちてしまった。

「うぅう…………。また…………」

 これで何度目だろう? 食事を始めてからずいぶん時間が経ったが、まだ一口も食べて

いない。

「エマさん。もういい加減に観念して、フォークとナイフを使ったら?」

 エマの様子を伺っていた勇汰がとうとう口を出した。エマの手元には箸の他にフォーク

とナイフ、スプーンが置かれている。箸を使った事が無い彼女のためにと、ここの職員が

わざわざ用意してくれたのだ。

「いいえ! これしきの試練など、私は見事乗り越えて見せます!」

 エマは鼻息荒くしてそう答える。

「そう? なら…………何も言わないけど」

 勇汰が箸を置く。

「俺はごちそうさま」

 手を合わせてから、お茶碗を重ねる。

「ええっ!? もう食べ終えたのですか!?」

「うん」

「オレも」

「…………僕もです」

 猛と輝も食べ終えて食器を片づけ始める。

「ぅぅ…………」

 まだ残る友希を見ると、彼も食べ終えていた。今は食後のお茶をゆっくり飲んでいる。

きっとそれを飲み終えたら彼も退散するに違いない。

「…………………………ごちそうさま」

 ほうら。案の定、彼も食器を片づけ始める。

「…………?」

 しかし。茶碗を重ねるだけ。厨房へは持って行こうとしない。なぜだろうと思っている

と、厨房から勇汰、輝、猛が出てきた。

 友希は横目で三人の――いや、恐らくは猛だろう。彼が部屋から出ていくのを確認して

からやっと立ち上がった。そして厨房へお茶碗を戻しに行く。

「………………まだ。喧嘩中なのですね」

 厨房から出てきた友希を見送ったエマはそう呟く。

「エマさん。お先に」

「はい」

 友希はエマを一人残して食堂を後にする。廊下の先では勇汰たちが風呂場に向かってい

るのが見えた。どうやら猛も一緒のようだ。

 ならば今の内にとここで用意された自分の部屋へと戻る。前に居た町では輝と一緒の部

屋だった。

 ここでもそうなのだろうと思っていたら。何とエマさんの計らいで相手が変わっていた

のだ。彼女の考えでは違う相手とも一緒に寝泊まりする事でより仲良くなれるだろうと。

そう考えての事だそうだが…………。

 ハッキリ言って迷惑だ。

 まぁ。相手が勇汰なら何も問題は無いのだが、よりによって今回の同室の相手は猛なの

だ。ワザとかと言いたくなったが、本当に偶然らしいので責めるわけにはいかないだろう。

「はぁ…………」

 畳の上に大の字で寝転がる。いつもは三人と一緒に風呂に入るのだが、今日はそんな気

分じゃない。

「………………大丈夫ですか?」

 天井を見ていた友希の視界に、アクレインが割り込んできた。アクレインは目が細くて

表情が解りにくい。それでも四六時中ずっと一緒に過ごした事で何となくだが、感情くら

いは解るようになってきた。

「大丈夫だよ」

 そう答える。でもアクレインはホッとはしない。アクレインの感情には心配の他に別の

感情も入っているから。

「…………どうしたの?」

 逆に友希から尋ねる。何か言いたそうな気がするので。

「………………すみません」

 申し訳なさそうに謝ってきた。驚いた友希はバッと上半身を起こす。

「どうして…………アクレインが謝るのさ! 悪いのは猛だろ!」

 猛がワザと自分を水の中へと引きずり込んだ。だから悪いのは猛なのに!

「…………その事なのですが…………。本当に悪いのは私なのです」

「……………………え? どう言う事?」

 アクレインの頭が下がる。友希の視線よりも。

「実は…………あの時。私の鰭が猛さんの体に当たってしまったのです。それで猛さんは

バランスを崩して、体を友希さんへとぶつけてしまったのです。それが結果的に友希さん

を水の中へと引きずり込む形になってしまいました。

 友希さん………………本当に申し訳ありませんでした」

「………………………………」

 アクレインの告白を聞いた友希は呆然とした。猛は何も悪くないじゃないかと。

 それなのに自分は彼を責めてしまった。

「…………どうして…………。猛は本当の事を言わなかったんだ? そうすればボクは…

………」

「きっと私を庇ったのです」

「アクレインを?」

「ええ…………。私がすぐに名乗り出なかったので…………きっとそうしたのでしょう」

「そうだ。どうして…………アクレインはすぐに言わなかったんだよ!」

「………………」

 アクレインは頭を上げてどこか宙を見つめる。

「…………怖かったのです」

「怖い? ………………ボクが?」

「いいえ。この事がキッカケで、貴方との絆が、繋がりが切れてしまうのではないかと。

そう思ったら私は…………何も言う事が出来なくなっていたのです」

「アクレイン…………」

「申し訳ありません。…………こんな私は、貴方の相棒失格ですね」

 頭を下げて部屋を出ようとする。その尻尾を慌てて掴んで引き留める!

「待った! 待った! ちょっと待った! 出て行くなよ! そんな事で!」

「…………ですが。友希さんは昼間の件で猛さんを責めていました。口も聞かず、距離を

取るほどに。猛さんに責任が無いので、その責任は全て私にあります。ですので――」

「ああっもうっ! そんなのどうでもいいよっ!」

「ですが…………」

「悪いのはボクだ! 本当に…………悪いのはボクだ。ボクなんだ。だから…………出て

行くなよ!」

「友希さん…………」

「そもそも彼は事故だって言っていたのに。…………ボクはそれを信じなかった。彼が悪

いって決めつけて、責めて。余計に拗らせてしまったんだ。だから悪いのはボクだ」

 立ち上がってアクレインを抱きしめる。

「ごめん。そんなに責める気は無かったんだ。心の準備も出来ずに苦手な事に挑戦させら

れて、イラついていたんだ。だから…………彼を責めたのだって、ボクの八つ当たりも入

っていたんだ。だから………………ごめんなさい」

「…………友希さん」

「…………友希って呼んでよ。…………ボクを許してくれるなら」

「許すも何も…………私の方が悪いのですから…………」

「違うよ。ボクが悪いんだよ」

「いいえ。私が」

「ボクが…………ふふ。もう止めようか?」

「そうですね。どっちも悪い。そう言う事ですね」

「うん。…………だからボクも謝らなくちゃ。…………猛に。でも!」

 その前にやって置かなくちゃいけない事がある!

 友希は覚悟を決めた。


・          ・          ・          ・


 日が沈んでも、この辺りは気温の下降が緩やかなようだ。前の町に居た頃は日が沈むと

すぐに気温がぐっと下がるのに。

 ここでは肌寒くて腕をさする事もない。

「これなら大丈夫そうだ」

 友希は安心して夜の森を練り歩く。

「やはり。危険です。戻りましょう」

 隣のアクレインが心配して前に出て止める。だが友希はアクレインをまたいで先を目指

す。足を止める気は無い!

「猛さんに謝らないのですか?」

「謝るよ…………。謝るけど…………」

 若干、友希の歩く速度が遅くなる。

「何て言って謝ったら良いのかわからないんだ」

「そんなのは…………。普通にごめんなさいって言えばいいじゃないですか!」

「それは…………そうなんだけどさ。…………それは…………わかってるんだけどさ。そ

の………………会わせる顔が無いって言うか…………。どんな顔すればいいのか…………

……。だからさ。せめて泳げるようになろうって思って」

「どうしてそうなるのですか? 彼に謝罪して。改めて彼に泳ぎを教えてもらったら!」

「それがっ! 嫌なんだっ!」

 静寂が支配する森の中で友希の声が響く。

「彼をあれだけ責めておいて。許してくれたとしても、彼に泳ぎを教えてもらうなんて…

………ずうずうしいよ。ひどい奴だ」

「友希…………」

「だから。ちゃんと泳げるようになって………………。ううん。せめて水に顔が浸けるよ

うになれるようにはなっておきたいんだ。また…………彼を怒らせないようにするために」

「………………わかりました。私もお手伝いいたします」

「アクレイン? いいの? 反対だったんじゃ?」

「友希の決意は変わらない。なら私もそれを全力でお手伝いするまでです!」

「…………ありがとう。アクレイン」

 重かった足取りが軽くなる。

 深いと思っていた森は――遠いと思っていた湖は意外にすぐに辿り着けた。

 夜の湖は昼間とは違う様相だ。湖面は星空を映し出して幻想的でもあるが、その下は暗

黒の宇宙が広がっているようだ。

 この中へと足を踏み入れる。それは闇の中へと自ら飛び込もうとしているのと同じだと。

「………………っ」

 覚悟を決めて来たものの。いざ、湖を前にすると怖じ気つきそうになる。それが夜の湖

なのだから、その恐怖は倍増して。

「大丈夫ですよ。私がついています」

 友希の不安を察したアクレインが寄り添う。

「うん。ありがとう。アクレイン。頼りにしてる」

「はい!」

「………………じゃ! 行こう!」

 いつまでもこうはしていられない。服を脱いで――。

「よしっ!」

 左手の手の平を右拳で殴って気合いを入れる。猛のように。

「行くぞ!」

 自分に掛け声を入れて湖へと足を入れる。冷たいと思われた水が、空気よりも暖かった。

「これなら…………」

 行けそうな気がする。

 ゆっくりと水をかき分けて進む。

「ふぅ…………」

 水が腰まで来た所で一端止まる。

「大丈夫ですか?」

 心配してアクレインが水の中から顔を出す。

「大丈夫。…………大丈夫だよ」

「無理はしないでくださいね?」

「うん。大丈夫だよ」

 そう。大丈夫だ。昼間、この深さまで来た時にはもっと震えていた。でも今はそんなに

震えていない。

「うん。行ける。ボクは行ける。…………行ける」

 そう、何度も自分に言い聞かせる。

 この先も!

 ゆっくりと足を進める。水がまとわりついて体がどんどん鈍くなっていく。歩く速度が

遅くなっても…………着実に足を進める。止まる事なく。

「これた…………」

 思っていたよりも早く、昼間来れた深さまで来れた。

「おめでとうございます」

 アクレインが水面から顔を出す。同じ目線になった。

「これからだよ。これから…………なんだ」

 そう。問題はここからだ。顔を水の中へと浸ける。そのためには…………。

「まずは息を吸ってから…………」

 水圧で押された胸を膨らませる。そしてー。

「………………………………ぷはぁ!」

 ダメだった。潜れなかった。ただ突っ立って息を止めただけ。

「もう一度です!」

「うん!」

 大丈夫! アクレインがついていてくれてる!

 その存在をしっかりと感じて、友希は再び挑戦した。


・          ・          ・          ・


 今日は、雲が無くて良かった。

 友希はそう思った。

 そのお陰でこんなにも素晴らしい星空を堪能できるのだから。

「………………」

 満天の星という言葉を思い出す。空を覆い尽くすほどの星の事を言ったはずだ。まさに

目の前の光景がそれに相応しいだろう。

「………………」

 向こうに居た時は、星なんて気にもとめていなかった。いや、気にしてこなかったのだ。

向こうの世界の夜は明るすぎるから。電灯や家の灯りが星の輝きを消し去っていたから。

 その灯りが無いこの世界の夜を始めて経験したあの日。夜がこれほどに怖いと感じた日

はない。夜が怖くて、すぐに眠りについて夜をやり過ごしたのに。

 今は夜がそんなに怖くない。それは夜が明るいと発見したからだ。

 外灯なんて無くとも、星灯りだけでも夜の世界は充分明るく、優しいものに見えてくる。

「………………」

 だからこそ。夜にも関わらず、恐れずにこうして湖で水泳の特訓を行えているのだ。

「………………」

 ぼんやりと星空を見上げてどれくらいの時間が過ぎただろうか?

 だんだんと眠たくなってきた。

 水の上に横たわっていると、ゆらゆら揺れるリズムが心地よく。ちゃぷちゃぷと耳に入

ってくる水の音がさらに眠気を誘う。

「………………」

 ダメだ。眠っちゃ行けない!

 そう、意識を強く持つ。今眠ると大変なことになるから。

「………………」

 友希は今、湖の真ん中の水上を仰向けで浮いている。泳いでいるのではなく、浮いてい

る。

 アクレインとの特訓の成果で泳げるようになった…………訳ではなく、単に浮いている

だけだ。

 種明かしは単純。アクレインが友希の下に潜って、彼の体が沈まないように支えている

だけ。

 だからこそ。金槌の友希がこうも優雅に水上で星見を堪能出来るのだ。

 しかし。そのせいで睡魔に襲われる羽目にもなったが…………。

「友希。ちょっとよろしいですか?」

「………………」

 この体勢で話すとバランスを崩して溺れそうなので、アクレインの鰭を手で叩いて合図

を送る。

「この湖の中にも…………星が輝いていますよ」

「………………?」

 何の事だろうと考える。この満天の星が湖に移り込んでいるのを指している…………訳

ではないようだ。それなら湖の中にもと言う表現はしないだろう。

「友希さんが潜れたら…………一緒に見れたのに」

 残念がるアクレインの声。アクレインの体の上に乗っているので、若干、力が抜けたの

が直に伝わってきた。

「………………」

 アクレインの鰭を三回叩く。これは体を動かす時の合図。横の体勢から縦の体勢へと起

きあがる。

「………………ふぅ」

 無事に起きあがれた。体勢を崩す時が眠気が吹き飛ぶほど緊張したが、アクレインが上

手くやってくれた。今はアクレインの体を浮き輪代わりに巻き付けているので、顔を浸け

ずに、泳ぎもせずに水に浮かんでいられる。

「どう言う事? 水の中にもって」

「言葉の通りです。………………ここからでは、わかりませんが…………。水の中を覗い

てみればすぐにわかります」

「水の中を…………覗く?」

 そんな恐ろしい事出来ない!

 真っ先にその考えが頭を埋め尽くす。しかし、次第にやれるかもしれないという自信が、

じわじわと沸いて出て来た。

「………………やって、みようかな?」

「本当ですか!?」

「うん………………。せっかく、ここまで頑張ったんだから……」

 もうちょっとだけ。頑張ってみようと、欲が出た。

「では。友希は水の中で目を開く事だけに集中してください。泳ぐのは私に任せて」

「うん。お願い。アクレインに全てを任せるよ」

「はい!」

 友希はアクレインにしっかりとしがみつく。

「ふぉー!」

 口を大きく開けて息を出来るだけ吸い込む。口を閉じ、目を閉じてアクレインの体を軽

く叩く。準備はオッケーだと。

「では、行きます!」

「っ!?」

 顔面に水と空気が交互にぶつかる。それが気持ち悪くて逃げ出したくなったが、信じる

と決めたのでぐっと堪えて我慢する。

 すぐに気泡が消えたのを感じた。

「友希さん。目を開けてください」

 アクレインの声。水属性のドラゴンは水中でも喋れるみたいだ。

「………………」

 何度かトライして…………何度も失敗する。それでもめげずにトライし続けて――。

「………………」

 ようやく目を開けられた。

「!?」

 飛び込んできたその光景に、友希は不快感や苦しさを忘れてしまった。

(綺麗だ…………)

 湖底にあったのは、無数に光り輝く星たち。

(何が光ってるんだろ?)

 水面からではその正体は解らない。深く潜って、そこへ行けば解るのだろうが…………。

「ぷはぁ!」

 息継ぎのために一度上へ。呼吸を整えながら――。

「ねぇ。…………あそこまで行ってみたい!」

「大丈夫ですか? 深さがありますよ?」

「………………それでも行ってみたい! あそこまでボクを連れて行って!」

「わかりました。しっかりと私に掴まってくださいね!」

「うん」

 息を吸い、目を閉じる。そして湖の中へ。今度はすぐに目を開けた。

 違うのはぐんぐん底へと向かっている点。アクレインに連れられて、あっという間に湖

底へと辿り着けた。

(これ…………。貝だ!)

 湖底で光っていたのは貝――の中の真珠だ。なぜそうしているのか解らないが、貝たち

が揃ってポカンと口を開けている。その中から真珠が顔を出して光りを放っている。

「この貝たちが目的の貝のようですね」

 そうだ、と叩く。

 アクレインと友希は湖底を泳いでいると、ひときわ強い輝きを放つ貝を見つけた。

(これにしよう!)

 腕を伸ばして貝を捕る。すると貝は驚いて口を閉じた。輝きも消えてしまった。

(これで…………)

 ちゃんと猛に謝れる。そう思った。


・          ・          ・          ・


「た、だいま…………」

 恐る恐る宿の扉を開けると、玄関にエマが立っていた。いつものにこやか笑顔は消えて

いた。

「友希さん! よかった…………。ご無事でしたか」

 友希の姿を見て。彼女はホッと胸を撫で下ろして笑う。心配してくれてたみたいだ。

「………………ごめんなさい。勝手に出て行ってしまって」

「全くです! 夜中の外出は禁止ではありませんが、せめて誰かに一言声をかけてから出

て行ってください!」

「…………すみません」

「でも。…………ご無事で何よりです」

「…………本当にすみません」

 何度も頭を下げる友希。今になって自分が危険な事をしてたのだと自覚した。初めての

土地で、夜中に出歩いて、しかも湖に潜っていたのだから。

 あの時は冷静では無かったとは言え、本当に危ない行動をとってしまった。

「あの………………他の皆は?」

 きっと三人にも心配をかけてしまったに違いない。

 ………………ひょっとしたら、猛だけは心配してないかもしれない……………………か

も。

「他の皆さんも、もちろん心配されてましたよ」

「…………やっぱり。そうですか」

「ちゃんと謝っておいてくださいね?」

「はい。そうします」

 靴を脱いで、まずは食堂を目指す。

「あ…………」

 ひょっとしてと思ったら、勇汰と輝が座っていた。こちらに気づくと、ちょっとだけ怖

い顔を見せる。

「………………ごめんなさい。勝手に出て行って」

「…………うん。心配した」

「…………僕も、心配しました」

「………………ごめんなさい」

 頭を下げる。

「…………わかったから。とりあえず、ここに来てすわって」

「……はい」

 勇汰の正面に座ると、輝が立ち上がってどこかへ行った。

「いろいろと、文句を言いたかったけど…………。その様子じゃ反省してるみたいだから、

俺からはこれ以上、何も言わない」

「………………」

「はい。温かいお茶です」

 どこかへ行っていた輝がお茶を持ってきてくれた。

「ありがとう」

 それを受け取る。指先に熱がジンジンと伝わってくるとホッとして――さらに申し訳な

い気がした。

「…………ごめん」

「僕にも…………謝らなくていいです。でも…………。猛にはちゃんと謝ってくださいね」

「うん。わかってる。昼間の事」

「それだけじゃないよ」

「え?」

「やっぱり…………。その様子じゃ会わなかったんだ?」

「会う?」

「友希が黙って居なくなってから、皆で探したんだよ。何かあったんじゃないかって。そ

れでエアリムが風の魔法で探してくれて。湖に居るってわかったら、猛が走って向かった

んだよ。それで、友希が帰ってくる少し前に戻ってきたから。ひょっとしてって思ったん

だけど…………」

「来て…………たんだ。だったらどうして声をかけなかったんだ?」

「猛も、どう声をかけていいのかわからなかったんじゃないかな?」

「………………」

 友希はすっと立ち上がる。彼に謝りに行こう!

「猛は部屋に居るよ」

「ありがとう」

 教えられた通り、部屋に猛は居た。畳に敷かれた布団に、頭から潜り込んで寝ている。

「猛…………。ごめんなさい」

 恐らくはタイミング的にも寝ていないだろう。だから言葉を続ける。

「本当は、ちゃんと謝りたいから。明日、もう一度謝る。でも今も謝りたいから、謝るね。

だから。そのままでいいから聞いてほしい」

 彼の布団の隣に座る。

「昼間の事。ごめんなさい。猛はボクの為にしっかり教えてくれてたのに、言いがかりを

着けて怒らせてしまった。本当は、ボクが悪かったんだ。

 それなのに、猛が悪いんだって決めつけて、ごめんなさい。

 あの…………これ」

 手に持っていた貝を差し出す。猛は布団から出てこないが。

「湖で捕ってきたんだ。猛が教えてくれて、アクレインが手伝ってくれたお陰で捕る事が

出来たんだ。

 ………………ありがとう。それからごめんなさい。何も言わずに出てきてしまって。そ

れからありがとう。ボクが湖に居る間、ずっと見守ってくれてて。………………ありがと

う」

 頭を下げる。

 猛に動きは無い。それでも友希は最後にもう一度、ありがとうと伝えて、部屋を出てい

った。





 とうとうこの日がやって来た。

 その日は朝から――正確にはこの町に来た日にはもうすでにざわざわと落ち着かない雰

囲気が漂っていたのだが、祭り本番の朝は準備期間とはまた違った空気が町全体を包んで

いた。

「よしっ! いざ! 行かん!」

 日が昇ってから少し待って、勇汰たち四人とドラゴンたちが祭りへと出発した。

「うわぁー。朝から賑やかだねー」

「はい。そうですね」

 輝が頭を上げる。建物の軒先に取り付けられた明かりの灯っていない提灯。向こうにあ

るのと全く同じ姿で安心する。

 それにこれも………………。

「こっちにも浴衣があったんですね」

「そうだね。前の町で着てた寝間着は何となく浴衣っぽい感じの服だったけど。これはも

う本物の浴衣だね。良かったよ。俺たちに馴染みのある物がこの世界にもあって」

「はい。そうですね」

 勇汰に返事しつつ、後ろを歩く二人の少年に意識を置く。黄色い浴衣の猛と青い浴衣の

友希に。二人は隣り合って歩いているが、二人の間には大きな距離があった。

「………………やっぱり。まだ喧嘩中なんですね?」

 輝が小声で相談してきた。

 二人が喧嘩したその夜に、友希は自分が悪かったと反省して猛へ謝罪した。しかし猛は

寝ていて聞いてはいなかった…………と言う事で。翌日の朝一番で友希は改めて猛に謝罪

した。猛もその謝罪を受け入れて、全ては丸く収まった…………かのように思えたのだが!

 その日を境に、猛の友希に対する態度がどこかぎこちなくなった…………気がするのだ。

 表面上では、二人は普通に会話するし喧嘩もしない。だがどこか変なのだ。

「…………うーん。そうなのかな?」

 勇汰は首を傾げる。

「喧嘩…………。と言うよりも、猛が一方的に拗ねてるように思えるんだけど」

「拗ねてる? どうしてですか?」

「俺の勝手な意見だけどさ。猛は一緒に喜びたかったんじゃないのかな? 友希の泳ぎの

練習をやって。それで友希が目的の真珠を手に入れて、それを一緒に喜びたかった。

 それなのに、友希は一人で泳げるようになってさっさと真珠を手に入れちゃったからさ。

俺はその場に居たかったよ」

「それは…………僕もそうですよ。でも…………確か、猛は側に居たんですよね?」

 あの日。猛は友希を心配して影ながら彼の練習を見守っていたはずだ。もちろん、彼が

真珠を手にする瞬間もその場に居たのに。

「喧嘩中だったんだからさ。一緒になって喜べないって」

「そう…………そうですね」

「猛も。もう許せばいいのに…………。意外と、根に持つタイプなんだな」

「はは…………」

 ここで意識を後ろから前へと戻す。

 いつの間にか屋台が並ぶ通りへと来ていた。人通りはまだ少なく、店も準備中が多かっ

た。

「うわぁ………………」

 輝の視線がある店を凝視する。たこ焼き屋だ。

「食べる?」

「えっ、あっ、いや…………僕は別に…………」

「いいんじゃねぇのか? 買っても」

 猛が前に出てお店の人へお金を渡す。

「四人分」

「あいよ!」

 目の前でおじさんが焼き始める。丸い穴があいた鉄板にタネを流し込む。その中央に切

ったタコを入れて…………細い棒でひっくり返す。

「ぅわー………………」

 その手つきを輝は目を輝かせながらぐっと見ていた。

「ほらよ。お待ち!」

「はいっ!」

 最初のたこ焼きを輝が受け取る。

「熱い内に食っちまえよ」

「えっ、でも!」

「好物なんだろ? 俺らに遠慮なんかすんなよ」

「…………はい。いただきます!」

 輝は嬉しそうにパクッと一口でいった。

「あつぅ、あつっ!」

「ははは」

 お決まりとも言える展開を見せて笑わせる。彼の性格を考えると、これはワザとじゃな

くてきっと天然だろう。

「…………好物なんだ?」

 友希が訪ねる。本人ではなくて、猛にだ。きっと彼と話すタイミングを見計らっていた

のだろう。

「ああ。前にそんな話しをした事があったんだ」

「そうなんだ…………」

「………………」

 ここで会話が終わってしまった。せっかく輝が身を呈して作ってくれたチャンスもこれ

で終わった…………と思った。

「あのさ…………」

「ん?」

 猛は屋台のおじさんからもらったたこ焼きを友希へと渡す。

「昼からの…………。水神祭。…………気をつけろよ」

「………………うん。………………心配してくれて、ありがとう」

 友希は熱々のたこ焼きを一口で口に入れた。


・          ・          ・          ・


 海には沢山の船が並んでいた。

 漁港には祭りの参加者を応援する家族や友人たちが見物に訪れてごった返している。

 その中に友希たちの姿があった。

 朝の浴衣から、足袋を履き、褌にさらしを巻いて法被を羽織るという周りと同じ格好に

気がえて。

 その中でただ一人だけ、四人で選んだ衣装を着ているのは友希だ。彼は祭りではなく、

試練を受けるためにこの格好をしているので場違いな奴が紛れ込んでると思われるが、そ

んな目など気にしてる余裕は無い。

「…………よし!」

 ポケットに入れた真珠を確認して安心する。

「準備は万端ですね」

 いつも冷静なアクレインもそわそわしている。さすがにこれからの儀式の事を考えると、

ジッとはしていられないのだろう。

「………………ふぅ」

 胸に手を当てて深呼吸。それから目の前の仲間たちを見る。

 猛たちもどこか緊張気味で、ぐっと表情が強ばっている。

 中でもエマが一番緊張していて、表情をガチガチに固まらせて挙動がロボットのように

ぎこちない。

「…………大丈夫?」

「だ、だだだだいじょ、ううぶ、です!」

 そう答える彼女の目がグルグル回っているが………………本人がそう言うのならきっと

大丈夫なのだろう。

「エマさんは俺たちがみとくから」

 勇汰がエマの隣に立つ。

「だから、試練。頑張れよ!」

「うん!」

 力強い応援をされたので、こちらも力強く頷いて返す。

「もうすぐ、最初の船が帰ってくる。俺たちも出発するぞ!」

「はいっ!」

 親方に呼ばれて友希とアクレインは船着き場へ着くと、そこにある船へと乗り込んだ。

「すみません。ボクたちのために、祭りに参加できなくなってしまって」

「良いって事よ!」

 友希とアクレインが頭を下げると、親方が二人の背中をバンッと叩いた。

「アクレインと友希の為だ! ここで力を貸さなきゃ、男が廃るってもんだ!」

「親方…………」

「さあ、行くぜ!」

「はいっ! お願いしますっ!」

 友希たちの乗った船が出発した。

 エンジンやモーターなどが無いこの世界では、船は人力で動かす。船の後方で親方が櫂

で水をかき分けてる。それだけなのに、船はぐんぐんと沖へと進んで行く。

「凄い…………」

「ええ。海の中では暮らせない人間でも、こうして海を渡るのですね。………………感心

します」

 アクレインが面白そうに笑う。

「…………うん」

 友希は沖を眺める。船の向かう先に島がある。その島が目的の島で、その手前にはいく

つもの船がある。先に出発した船たちだ。

 この祭りは本来、船で競争して、どの船が一番に島の祠へ真珠を奉納できるかの勝負な

のだが…………。

 友希たちはこの勝負には参加していない。自分たちの目的はこの勝負に勝つ事ではなく

て、試練を受ける事なのだ。

 だからあえて遅れて出発した。勇者である友希が真珠を奉納すれば、水の神殿が現れる。

その時、どんな影響があるか解らない。ひょっとしたら他の参加者の身が危険にさらされ

るかもしれない。そこで。それを回避するために遅れて出発したのだ。

 案の定、島と陸の中間で帰りの船とすれ違う。本来ならば、親方もこの祭りに参加して、

きっと一番で帰っていたに違いのに…………。

 そう思うと。親方のためにも試練は失敗できない。

「…………頑張ろう。アクレイン」

「ええ。頑張りましょう」

 より一層、気合いが入った。


・          ・          ・          ・


「よぉーし! とおーちゃーくだ!!」

 親方の声が島へと響く。

 船は島に作られた船着き場へと繋ぎ止められた。親方とアクレインが先に上陸し――遅

れて友希も上陸した。

「ぅくっ………………」

 上陸した友希はすぐに座り込む。口を押さえて海面を覗き込み――。

「はぁ…………はぁ…………はぁ…………」

 何とか持ちこたえた。

「大丈夫ですか?」

 アクレインが友希の背中をゆっくりさする。

「はぁ…………はぁ…………。大丈夫。…………ありがとう。アクレイン」

「…………無理はなさらないでくださいね」

「………………うん」

 ふらふらと立ち上がり…………島の方へと向かう。

「大丈夫か?」

 親方が笑いながら心配している。友希は自分が情けないと呆れて笑い返す。

「すみません…………。まさか船酔いするなんて…………」

「船に乗るのは、ひょっとして初めてだったのか?」

「ええ。…………だから自分が船酔いするなんて想像出来ませんでした」

 車には酔った事なんて無いから、船も大丈夫だと思いこんでいた。まさか、試練の前に

こんなトラップが用意されていようとは…………。

「はぁ…………。皆が居なくてよかった」

 こんな格好悪い姿を見られなくて。

「アクレインも…………皆には内緒にしてね」

「ええ。わかりました」

 アクレインが友希に巻き付いて彼の体を支えると、友希は重たそうに立ち上がった。

「おいおい。もう少し休んで行けって!」

「…………もう大丈夫です。あまりのんびりしていられないので…………」

 友希とアクレインは島を見上げる。頂上へと上る階段が整備されているが、それ以外は

ほとんど手つかずの自然のままだ。

「この島の…………頂上に祠があるんですね?」

「ああ。あの階段を上った先にある。一本道だから迷わないはずだ。………………大丈夫

か?」

「ええ。大丈夫です。あの…………ボクたちを連れてきてくれて、ありがとうございます」

「いいって事よ。帰りもここで待ってるから、必ず帰って来いよ!」

「はい…………。あの。何が起こるのかわからないので、危ないってなったら、ボクたち

の事は置いて帰ってください」

「………………海の男が、子供を置き去りにして帰ったとなれば恥だ。…………とは言え、

それだとお前さんたちが困るんだろ? わかった。無理はしねぇよ。無理はな」

「………………はい。それじゃ行こうか。アクレイン」

「ええ。行きましょう」

 友希とアクレインは歩き出す。親方の声援を受けて。

「よいしょっと!」

 山登り。学校の遠足以来だ。あの時は整備されたアスファルトやコンクリートを歩いて

いたが、今は踏み固められた土の上を歩いている。

「っと!」

 途中、地面が塗れていて滑りかけた。とっさにアクレインが支えてくれたので何とか持

ちこたえた。

「ありがとう」

「いいえ」

 二人は順調に山を登る。そして――。

「ここだ」

 そんなに時間がかからずに山頂へと辿り着いた。山頂には小さな湖とその手前に祠があ

った。話しに聞いていたとおりだ。

「これが………………先代水の守護竜の像」

 祠には先代の守護竜を象ったと言われる像が祭ってあり、日本に古くから伝わる蛇に手

足が付いた龍の姿に告示していた。

「ここに奉納するんだな」

 像が置かれた台座に、祭り参加者が奉納した玉が置かれている。友希もそれを真似て置

いてみた。

「………………あれ?」

「……………………何も起きませんね?」

 玉を置いてしばらく待ってみる。けれども何も起こらない。

「何か間違えた?」

「あるいは…………時間とか?」

 二人頭を悩ませる。

「………………」

 何がいけないんだろうと、友希はジッと像を睨みつけ――。

「………………ん? ひょっとして…………」

 奉納した玉を手に取り、それを像の手にはめてみる。すると、玉が輝きだした。

「凄い、よくわかりましたね!」

「この龍ってさ。よくマンガとかでも玉を握ってる姿が描かれてたんだ。だからひょっと

してって思って。やってみたら上手くいったっぽい」

 ごごごごっと地響きが鳴る。すると湖の水が真っ二つに割れて地下への階段が現れた。

「…………ここを降りろって事か」

「行きましょう」

 二人は警戒しつつ、ゆっくりと階段を下りる。中は不思議な空間だった。水晶のような

透明な石に囲まれて。淡い光を放っている。

「もう着いた?」

 洞窟は思っていたよりも浅かった。あっという間に最下層へと辿り着いた…………のだ

が。

「…………不思議な場所」

 洞窟の地下は広い空間になっていた。下りてきた階段以外には何も無いが…………足下

が面白かった。

「水の上を歩いている」

 立っている場所は地面ではない。水の上なのだ。友希の足は水面に立ち。試しにアクレ

インはその水の中へと潜ってみる。

「下は海ですね。どうやらここは島の真下にある空間のようです」

「ここで何を…………」

 すればいいのか?

 その答えはすぐに訪れた。


・          ・          ・          ・


 その時、水面が大きく揺らめいた。

「うわっ!?」

「友希!」

 バランスを崩して倒れ込む友希をアクレインが支える。

「急に! 一体何が!?」

「どうやらこの下に何かが居るようです!」

「何かって!?」

 アクレインに支えられ、意識を足下へと集中する。暗くてハッキリとは解らないが、何

か、黒い影が足下を通過したみたいだ。

「…………でっかい何かが居る!」

 水面が大きくうねり出す。一人では立ってもいられないほどの揺れを、二人でどうにか

耐える。

 すると今度は、水面下の何かが浮かび上がってきた。

「ギィギィギィ!」

「なっ!?」

 その姿に二人は驚いた。

 目の前に出て来たのは、ザリガニによく似た生き物だ。但し。

「デカい!」

 向こうの世界のそれとは桁外れに大きい。目測で、高さは三メートルくらい。体の長さ

も…………恐らくは五メートル以上はあるだろう。

「これは何ですかっ!?」

 アクレインが驚く。

「ボクの世界に居るザリガニって生き物に似てる。あのハサミで餌を捕って食べるんだ」

「餌…………私たちは餌なのでしょうか?」

「わからない…………。でもあいつはボクたちを狙ってるみたいだ」

「そのようですね!」

 友希たちは巨大ザリガニと距離を取る。

「ギィギィギィ!」

 すると向こうもゆっくりと距離を詰めてくる。

「友希。ひょっとして、あれがそうなのでしょうか?」

「かもしれないね」

 試練って、モンスターとバトルかもしれないね。

 勇汰の台詞を思い出す。

 ここに来るまでに試練について、皆で話し合って予想を立てていた。パズルを解くタイ

プの頭を使う試練。または番人のようなモンスターと戦う試練など。

 勇汰の予想ではモンスターとバトルじゃないかと言ってたが、それが現実になってしま

ったようだ。

「一番、当たってほしく無かったんだけどな…………」

 とは言え、こうなっては避けられない。

「アクレイン! 作戦通りで行くよ!」

「ええ!」

 二人は紋章を出現させる。

「はぁぁぁ!」

 前に手を掲げると水が出現する。イメージでコントロールして、それを巨大ザリガニへ

と投げつける。

「ギィギィ!」

 しかしと言うか。当然と言うか。相手は全くダメージが無い。

「ダメのようですね?」

「うん。そうだと思った」

 勇汰のアドバイスで、最初の一撃目はとりあえず様子見の攻撃を仕掛ける事だと教えら

れた。

 理由は………………色々と説明を受けたけど、結局は勇汰の戦いの美学的な事だと理解

した。

 それでも戦いの素人である自分には、勇汰から教えてもらった戦い方に頼るしかないの

で、一応はそうしてみる。

「戦い方、その2。周りにある物を利用する。でもこれって…………」

 周りを見渡してもあるのは…………無い。強いて言うならば足下の水だけだ。

「困りましたね」

 アクレインが前に出る。一人で巨大ザリガニを迎え撃つつもりだ。

「ボクも戦うよ。君を一人で戦わせない!」

 友希も隣に立つ。

「ギィギィギィ!」

 幸いにも巨大ザリガニは陸上では動きは鈍い。ハサミを上に上げて威嚇しながら近づい

て来るが、これなら余裕で逃げられる。

「勇汰に教えてもらった戦い方、その3! 行くよ! アクレイン!」

「はいっ!」

 紋章を近づける。こうする事で共鳴が起きて、力がアップするのだ。

「行くよ!」

「はいっ!」

 紋章が光り輝く!

 巨大ザリガニの足下の水から、水が触手のように何本も出てきてザリガニに巻き付く。

 ザリガニはもがいて拘束を解こうとするが――。

「させない!」

 巻き付けた水を一瞬で凍らせた。するともがいてたザリガニが全く動けなくなった。

「やりましたね!」

「うん。勇汰のアドバイスのおかげだ」

 水属性の攻撃。それをイメージしても、友希には全く想像がつかなかった。元々ゲーム

もマンガものめり込んでやってる訳ではないので、ピンと来なかったのだ。

 水の魔法。水で攻撃…………。水の球でも相手に投げつければいいのか?

 そもそも水で攻撃ってどう言う事だ?

 訳が解らなくなって勇汰に相談すると、さすがと言うか。すぐに答えを出してくれた。

 凍らせればいいんんだよ、と。

 相手を凍らせたり、氷の槍みたいなのを相手に投げて攻撃するとか。

 それを聞いてなるほどと思った。早速やってみると…………上手く行かなかった。何度

練習してもダメだった。一人では。

 アクレインと力を合わせる事で水を凍らせる事に成功出来たのだ。

「これで…………どうします?」

「どうって…………」

 アクレインの質問の意図は理解できる。拘束した巨大ザリガニに止めをさすかどうか?

「出来れは…………このまま何もしたくないな。生き物を殺したくない」

「…………友希がそれを望むのならば、私もそうします」

 二人の意志が一致した。

 するとザリガニの体が輝いて………………泡となって消えた。


・          ・          ・          ・


「………………消えた?」

「………………消えましたね」

 友希とアクレインは呆然と、巨大ザリガニが居た所を眺める。何かが起こるのではと警

戒して。

「…………何も起きない」

「起きませんね?」

 しばらく様子を伺っても何も起きないし、起きる気配が無い。

「倒した訳じゃないよね?」

「ええ。トドメは刺しませんでしたから」

「それじゃ、何で…………消えたんだろう?」

「それは…………私に聞かれてもわかりません」

「それはそうだね」

「…………」

「…………」

 気持ちが悪い。

 トドメを刺したわけでもないのに、巨大ザリガニが消えてしまった。これを勝利と呼ん

でもいいのか解らない。

 本当に勝ったのならば、あまりにもあっけない。簡単すぎて素直に喜べないし、逆に不

信感を抱く。

「ねぇ、アクレイン。ちょっとお願いがあるんだけど……」

「何ですか?」

「この足下の水の中に潜って、何か無いか調べて…………もら……いたい…………んだ…

………けど?」

 ひょっとしたら下に何かがあるのかもしれない。そう考えてアクレインに頼もうとした

のだが…………。

「…………どうしました?」

「いや…………今…………」

 足下を――その下を眺めていた友希の背筋に得体の知れない寒さが這い上がって来た。

「……………………ねぇ。アクレイン………………。さっき言ったの。やっぱちょっと待

った!」

「ええ。待ちますが………………。どうしたのですか?」

 友希は真下を見つめたまま、氷のように固まっていた。

「この下…………。何か…………居る…………みたいなんだけど…………」

「!? では私が潜って――」

「待った! 行くなっ!」

「…………どうしたのですか? そんなに声を出して。まるで何かに怯えているような…

………」

 水の中へ頭を潜り込ませようとするアクレインを、友希は引っ張って止める。

「ボクの…………気のせいならいいんだけどさ…………。さっきから…………見られてる」

「………………見られてる?」

「うん。あのさ…………。ここから水の中を眺めてみて。…………何か気づかない?」

「………………」

 アクレインは只でさえ細い目をさらに細めて、水の中を見つめる。

 水の中で何かが動いた気配がした。

「………………友希の言うように、居ますね。確かに。それも巨大な何かが…………」

 話している最中にも何かが下を行ったり来たりしている。

「…………ねぇ、アクレイン。ボクの目には。下のあるの…………目玉に見えるんだよね。

すっごくデカい目玉」

 友希は恐る恐る、自分に見えている物を口にする。それは違うと否定してほしくて。

「目玉…………!?」

 言われて。アクレインもそうだと気がついたみたいだ。

「この部屋の床と同じ大きさの目玉が…………私たちをジッと見つめていますね…………」

「…………だよね?」

 確信に変わった事で、体が震え上がる。ちょっとした野球のグラウンドくらいの広さが

ある、このスペースと同じ大きさの目玉を持つ生き物。それを想像しただけで怖い。

「………………」

 また何かが横切る。これは瞬きだ。目玉が瞬きをしている。そしてその目とずっと目が

合っているのだ。

 さっきから。

「………………」

「………………」

 二人は硬直していた。いや、迂闊には動けないと言った方が正確だ。下手に動くとどう

なるのか想像も出来ない。

「…………うわっ!?」

「あっ!?」

 友希たちが動かないからか。痺れを切らしたのか。ここで動きがあった。

 友希とアクレインが水の中に引きずり込まれた。いや――立てなくなったのだ。

「っ!?」

「友希!?」

 泳げない友希を助けようとアクレインが助けに入る。友希の腕がしがみついて、上へと

泳ぐ!

 泳いで、泳ぐ!

「!?」

 しかしどれだけ泳いでも水面へ辿り浸けない。水面が無くなっていたのだ。

「これでは友希がっ!?」

「………………アクレイン……。大丈夫、みたいだ」

「友希!?」

 水の中で友希の声が聞こえるなんて、幻聴だと思った。

 しかしそうでは無かった。

「紋章のお陰…………なのかな? 水の中でも息が出来るみたいだ」

「………………よかった」

「うん。ありがとう。心配してくれて」

「当然の事ですよ。友達なのですから」

「うん」

「――友達か――」

 声が頭の中に響いてきた。

「これは…………」

「…………さっきのでしょうか?」

 さっきの巨大な目玉の何か。どこに居るのだろうと探した。

 居ない?

 そう思ったが違うと気がついた。探さなくても目の前にずっと居たのだ。ただあまりに

も巨大すぎて気づけなかっただけ。加えて薄暗い水底では、その姿の全容が全くつかめな

い。たださっきの目玉がこっちをしっかりと捉えているのは解った。

「貴方が、先代の水の守護龍様ですか?」

「――いいや、違う。私は力を守護してきた者――」

「力を守護?」

「――そうだ。水の守護龍の力を、その継承者へと受け継がせるまでの、言わば保管庫の

ような存在だ――」

「守護龍の力…………。それを、ボクたちに…………ください!」

「――いいだろう――」

「本当ですか?」

 あっさりと応じてくれて、ちょっと拍子抜けた。

「あの…………聞いておいて変なんですが。試練とかは無いんですか?」

「――試練はもう終わった――」

「終わった? ってことはさっきのザリガニとの戦いがそうだったんだ。…………ちょっ

と簡単すぎた気がする」

「…………ですが、これで目的は達成です」

「うん。そうだね」

「――さあ、受け取るがいい。水の守護龍の力を――」

 友希とアクレインの体が光り輝く。力が全身に漲ってくるのが解った。

「――早く地上へと戻るがいい。邪悪な者が近づいている――」





 海から運ばれた潮風が自分を通り過ぎていく。

「………………変わらないな。この町も」

 水の町スイベールを一望できる丘の上で、一人の男が祭りで賑わう町を見下ろしていた。

 マントを羽織り、頭に布を巻いている男。

「……………………わかっている。大丈夫だ」

 一人呟く。

「心配などいらない。俺は俺のやるべき事をやるだけ」

 男はそう呟くと、フードを深々とかぶり、さらにはマスクをして顔を隠した。

「行くか」

 荷物を持ち、町へと向かう。

 風に乗って祭り囃が聞こえてくる。自然と反応してしまう体を押さえ、足早に町まで来

ると、入り口の飾りを見上げた。

「………………久しぶりだな」

 感慨深そうに呟いて、町へと入った。自分を通り過ぎて行く人たちは、怪しすぎる男に

は目もくれない。

「………………」

 入ってからまだ少ししか見ていないが、もう充分だ。少しは変わってるかもと期待して

いたが、町の様子は概ね予想通りだった。

 何も変わっていない。

 今でこそ祭りで賑わってはいるが、これが終わるとまたいつもの平凡な日常へと逆戻り

する。

 代り映えのしない毎日を繰り返すだけの日々を送る町。そんなストレスを発散させるか

のように祭りは大いに盛り上がるが……。それさえも毎年続けば飽きる。実際に、祭りの

屋台の並びも毎年同じで変わり映えしないではないか。

 そんな事に疑念を抱く事なく、人々は楽しそうに笑っている。

「………………だから大丈夫だって。心配するな」

 男はうんざりした様子で独り言を呟く。人混みの中で不審な行動をとっていても、誰も

気づかない。

「ったく…………。変なところで心配性なんだからな」

 うんざりした様子で男は町中を歩いてまわった。

「さてと」

 歩きまわって最後に辿り着いたのは、町の真ん中にある広場だ。普段は何も無い場所だ

が、今は大きな櫓が建てられている。

「そろそろ始めるか……」

 男がそう言うと、足下から黒い靄が出てきた。その黒い靄は風に乗り町中へと散ってい

く。

「……………………生まれろ!」

 言葉に従うように、黒い靄は町のあちこちで小さく固まる。それがまるで粘土のように

ぐにゃぐにゃと形を変える。

「ギギギ?」

 黒い靄は子供の背丈くらいの魔物へと姿を変えた。人間の体を手に入れた魚の姿――半

魚人へと。

「行け! 好きなだけ暴れてこい!」

「ギギギ!」

 放たれた魔物。町中から悲鳴が聞こえてきた。


・          ・          ・          ・


「…………………………」

 腕を組み、口をぎゅっと閉じて歩いている。目の前を通り過ぎて行ったかと思うと、今

度はくるっとUターンして戻ってきた。

「…………………………」

 するとまた同じように、同じポーズのまま元来た道を怖い顔で歩く。

「……………………」

「もういい加減、止まったら? そりゃ、友希の事が心配になるのはわかるけどさ………

…。大丈夫だって」

「ぅくっ!」

 猛がピタッと立ち止まる。腕を組んだまま、表情だけ変えて、こちらを見る。

「べ、別に…………心配してねぇよ! 最近、運動不足だったから歩いてるだけだ!」

 そう言い訳する猛に、勇汰は呆れた視線を送る。

「………………あのさ。ここに来て新しくツンデレ属性を追加するの止めてくれる? 普

通に心配だっ、でいいじゃん」

「って! 誰がツンデレだ! ………………って。それは置いといて…………。わかった

よ。心配してるよ。心配してる。これでいいだろ?」

「うん。最初っからそう言えばいいのに。変な意地を張るから拗れるんだよ。色々と」

「色々?」

「友希との喧嘩の事とか。ちゃんと謝ったんだし。もう許してやればいいじゃん?」

「それは…………わかってる。ただ…………ちょっとオレとしても素直に良かったと言え

ないって言うか…………。オレにもあるんだよ。色々と!」

「ふーん…………。まぁ。仲直りしようという気があるなら、俺もこれ以上は言わないよ。

俺が入ってさらに拗れるの、嫌だからね」

 勇汰は抱いたバルの頭を撫でる。

「…………すまねぇ」

 猛が隣に来る。腕を組む体勢はそのままで、遠くを眺めた。沖に出た友希たちの船はも

う見えない。代わりに違う沢山の船が目と鼻の先にある。

「………………戻ってきたな」

「うん。祭りの船が戻ってきた。確か、一番最初に戻ってきた人が一番福って言って、今

年一年縁起が良いんだってさ」

「何か…………。オレたちの世界の祭りにも似たようなのあったな?」

「そう言うもんでしょ? 祭りなんて大体同じだよ」

 船着き場から少し離れたこの場所で、祭りの熱を冷ましつつ祭りの中心に居る人たちを

眺める。

 一番乗りの船乗りが見物人たちに囲まれて両手を上げて喜んでいた。

「凄い歓声だ」

 わー、きゃー。あちこちから声が聞こえてくる。まるで悲鳴のように。

「たっ! 大変です!」

「あ、輝、お帰り!」

 輝が戻ってきた。友希たちが無事に戻ってきた時のために美味しいものでも用意して待

ってようと、エマが買い出しに出たので、その荷物持ちとしてエアリムと一緒について行

ったのだ。

「ただいま…………。じゃなくて! 違うんです!」

 輝は両手の荷物を置いて、呼吸を整える。

「違うって?」

 そう言えば、エマとエアリムが居ない。

「魔物です! 魔物が…………現れました!」

「なにっ!?」

 勇汰と、猛、グランバルドが飛び跳ねた。

「どこに?」

「えっと…………多分、町中…………みたいです。今。エアリムが空から偵察してくれて

て…………。エマさんが町の人を避難させてます! 僕たちは…………魔物を退治しに行

きましょう!」

「ああ! 行こうぜ! 行けるか? グランバルド?」

「ふん! 当たり前だ! 俺がぜーんぶ。やっつけてやるぜ!」

「言ったな? 途中で出来ませんって泣き言ほざくなよ!」

「ふん! お前こそ、俺が全部やっつけてやる! くらいの事は言ってみせろよ! 勇者

なんだからな!」

「ふっ! そんなのはわざわざ言わなくても当たり前だ! ほら! 喋ってないで行く

ぜ!」

「ふん! わかってる!」

 猛とグランバルドが町中へと向かう。すると町の方から半魚人の姿をした魔物が沸いて

出てきた。

「丁度良いぜ!」

 猛とグランバルドが紋章を出現させる。すると二人の周りの地面が割れて、鋭く尖った

石が沢山、ふわりと二人の周囲に浮かんだ。

「行けっ!」

 猛が指を刺すと、尖った石が半魚人へと降り注いだ。

「ギギッ!?」

 石の弾丸を受けた半魚人は跡形もなく消滅した。

「よしっ! 行くぜ!」

「お願いします! 僕は勇汰と一緒に別方向から町をまわります!」

「了解!」

 猛たちを見送った後、勇汰は輝と一緒に別の道を進んだ。その道も多くの半魚人たちが

襲ってきたが。

「えいっ!」

 輝が生み出した風の刃で一刀両断して消えた。

「さすがっ!」

「えへへ。勇汰の特訓のおかげですよ」

「後は呪文を元気良く叫べたらな……。百点なんだけどな」

「ぅ…………それは…………ちょっと」

「駄目だよ! せっかくの見せ場なんだから。カッコつけないと。…………猛もさっき言

わなかったし…………」

「………………そっ、それよりも! 勇汰とバルはまだ戦えないですか?」

「うん。まだって言うか。多分、ここに居る限り駄目みたい。海の側だからか、火のエレ

メントが殆どなくて、力が出せないんだ」

 火属性のドラゴンであるバルも、魔物に襲われているこんな状況であっても戦おうとし

ない。具合は悪くないが、疲れたようにぐったりしている。

「だから、ごめん! お願いしていい?」

「はい! 頑張ります!」

 そう頼りがいのある宣言をする輝。その後ろの海では大きな水柱が立った。


・          ・          ・          ・


「うわぁああぁ!?」

「わああああっっ!?」

 突如として巻き起こった海流に飲まれ、友希とアクレインの体が流された。

「とも、き!」

「あく、れいん!」

 腕を伸ばしてアクレインの鰭を掴む。紋章の輝きが増すと、苦しさが嘘のように消えて

いった。

「友希。この流れに乗りましょう。そうすれば地上へと戻れるハズです」

「わかった。アクレインを信じるよ!」

 アクレインにしがみついて、流れに身を任せる。

「皆…………」

 邪悪な気配が迫っている。守護者の力を渡してくれたドラゴンの言葉が脳裏を過ぎり、

不安が胸をかすめる。

「急ごう!」

「ええ」

 二人の意志に答えるように。流れがどんどん加速する。暗かった水の中が次第に明るく

なる。地上はもうすぐだ!

「ぷはっ!?」

 水面から顔を出すとすぐに息を吸った。水の中でも呼吸が出来る。不思議な体験だった

が、やっぱり空気をちゃんと吸いたい。

「…………ここは?」

 辺りを見渡す。出たのは池のようだ。見覚えのある祠が目に入った。

「どうやら。島の頂上の池のようですね」

「うん。早く下へ下りよう!」

 池から出て階段を滑るように下りる。

「あれっ!?」

「なんでしょうか!?」

 山の頂上から海が見渡せた。陸とこの島の間の海域に、巨大な黒い影が水しぶきを上げ

て泳いでいる。

「あれが…………邪悪な気配?」

「恐らく。……凄く嫌な感じがします!」

 アクレインが感じたものを友希も感じ取った。あれは…………マズい。本当に危険な存

在だと。

 それでも!

「行こう! ボクたちが何とかしなくちゃ!」

「ええっ!」

 速度を上げて一気に山を駆け下りた。

 下では親方が友希たちの帰りを待っていた。彼も海に居る何かを見て驚いていた。

「ありゃ、何だ?」

「わかりません。ただ…………嫌な感じがします。ひょっとしたら魔物かも…………」

「魔物…………あれが? どうすんだ?」

「戦います!」

「戦うって!? 待てって! あんなデカいの…………どうやって戦うっていうんだ!?」

 海へ入ろうとする友希とアクレインを親方が止める。

「多分、大丈夫です。…………自分でもわからないんですけど…………。何とかなりそう

なんです」

 根拠はない。でも自信はある。

「しかし…………」

 親方はやはり止める。子供を危ない目に遭わせられないと。

「友希。貴方はここで待っていてください」

 アクレインが海の上に出る。

「ここは私だけで充分です」

「………………わかった。お願いします」

「はい」

 友希が紋章を翳す。するとアクレインの体が水に包まれた。その水がどんどん膨れ上が

って行き――。

「うぉぉおおおおおっ!」

 アクレインが巨大なドラゴンへと姿を変えた。元々の鰭のある蛇のような姿の面影を残

しつつ、口には鋭い牙、額にはドリルのような角、鰭の数も増えている。

「凄い!」

「うおおぉおおおぉおぉ!」

 二、三十メートルもある巨大な体をしならせて、海へと潜る。するとあちこちで水柱が

上った。

「頑張れっ!」

 海中のアクレインへエールを送る。

 水柱と一緒に触手が水面から飛び出す。その形には見覚えがあった。

「タコかイカの足みたい。敵はクラーケンなのか?」

 そう思えたが、たまに貝の殻のようなものが見え隠れする。

「くそっ! 海中じゃわかんないよ!」

 どっちが優勢なのか、アクレインは無事なのかどうか?

「とにかく。今は信じるしかない!」

 戦いの行く末を、ジッと待つ。

 水しぶきが何度も上がり…………。やがて静かになった。

「終わったのか?」

 それで勝ったのはどっちだ?

 もちろん。アクレインが勝ったと信じているが、その姿を見るまでは安心できない。

「友希」

 元の大きさのアクレインが海面から顔を出した。

「よかった! 無事だったんだ!」

「はい」

「それで、敵は? 倒したの?」

「いいえ。途中で姿を消しました。気配ももうありません」

「そう。それじゃ…………。一応はボクたちの勝利って事で! ごくろうさま!」


・          ・          ・          ・


 潮風が気持ちいい。陸上で感じたのとはまた違う味わいがある。

「そう言えば…………」

 友希は思い出した。確か行きの船では、船酔いでグロッキーだったのに。帰りの船では

何の苦しみもない。

 それどころか、風を感じ、水面の光の反射を楽しみ、海中の魚を探す余裕まであった。

船での移動を満喫していたのだ。

「紋章のおかげ…………なのかな?」

 この力で船酔いをしなくなり、さらには水中でも呼吸が出来た。ひょっとしたら泳げる

ようにもなってるかもしれない。

「…………なんか。ズルしてるみたいだ」

 何の努力も無く、棚からぼた餅的に苦手を克服してしまった。

 申し訳ない気がしてきた。

「私はズルでも良いと思いますよ」

「アクレイン…………」

「だって友希と一緒に泳ぐ事が出来るのですから」

「はは。それもそうか」

 考え方を変えてみる。アクレインの言うように、おまけで手に入ったこの力。これを手

に入れたからと言って、水泳で世界一になろうとは思わないし、目指さない。

 趣味でアクレインと一緒に泳ぐくらいなら、誰にも後ろめたくないと。

「あっ! そろそろ町だ!」

 実に快適な船旅だった。出来ればもう少しだけ船の旅を楽しみたかったと思えるほどに。

「着きましたね。皆さん、待ちくたびれているでしょうか?」

「どうかな? 案外、夢中で祭りを楽しんでるんじゃないかな?」

 船は船着き場へ着き、友希とアクレインは陸へと上がる。辺りを探してみても誰も居な

い。

「やっぱり…………」

 予想はしてたけど、出迎えが無いのはちょっと寂しい。

「皆はどこに居るんだろう?」

「きっと櫓の所だ」

 船をロープで停めた親方が町の中央を指さす。

「町の中央に櫓を組んでるんだ。いつもは船が帰ってきたら、そのまま盆踊りを始めるん

だ」

「盆踊り…………ですか? まだ太陽が出てるのに?」

「そんな事は関係ないさ。祭りなんだからな。楽しければそれでいいのさ」

「そんなものですか…………」

「ただ…………静かなのが気になるな。いつもはもう太鼓が鳴ってる頃なんだが………

…?」

 親方が遠くを見つめる。するとその方角から一羽のドラゴンが飛んできた。友希たちの

頭上を一回り旋回すると、友希とアクレインの前に降り立った。

「あら。帰ってきてたのね」

「エアリム! どうしたの? 輝は一緒じゃないの?」

「輝は置いてきたわ」

「置いてきたって…………。どこに?」

「この町の中央よ。さっきまで戦ってたから、今は休んでるわ」

「戦ってた!? えっ!? 一体、何と?」

「決まってるじゃない。魔物よ、魔物」

「魔物!? こっちにも魔物が出たの!?」

 驚く友希たち。加勢しようと櫓を目指して走り出そうとした………………ところをエア

リムに止められた。

「もう魔物は居ないわよ。アタシたちがぜーんぶやっつけちゃったから」

「そう…………。よかった。皆、無事なんだ」

「ええ。皆、無事よ。貴方たちの方こそ無事で良かったわ。海の方にも何かやっかいな魔

物が出てたみたいだけど…………」

「うん。そっちの方はアクレインがやっつけてくれたよ」

「そう。どうやら、力の継承は上手くやれたって事なのね。良かったわ」

「ええ。上手く行きました」

 早くその話しを皆にしたい。友希たちは櫓へ向かって歩き出した。

「町の方の魔物はどんな魔物だったんです? 町の人には怪我はありませんでした?」

「ええ。驚いて転んだ人は何人か居たけどね。魔物に襲われて怪我をした人は居なかった

わ。小さい怪我も、エマが治療魔法で治したから何も問題はないわ」

「そう。良かった」

 大事にならなくて良かったと胸をなで下ろす。

「おーい!」

 歩いてると、向こうから勇汰たちがやって来た。

「お帰り! どうだった?」

 興味深そうに聞いてくる勇汰へ、友希は自慢げに武勇伝を話し始めた。


・          ・          ・          ・


 提灯に明かりが灯り始めた。

 地平線へと太陽が沈むと、一気に暗闇が世界を覆う。しかしこの町スイベールだけは、

キラキラと星のように輝いていた。

「平和だね…………」

 勇汰がそう呟く。

 昼間に魔物の襲撃が遭ったと言うのに、そんな事などまるで無かったかのように町は賑

やかだ。

「皆、楽しそう」

 太鼓のリズムに乗って、盆踊りを踊る者。忙しく屋台で働く者。その屋台で買い物をす

る者。何もせず、この祭りの雰囲気を楽しむ者など、それぞれがこの祭りを充分に楽しん

でいる。

「俺たちはどうやって楽しもうか?」

 隣の輝に訪ねる。勇汰たちは今、道ばたに置かれた椅子に腰掛けて祭りを眺めて楽しん

でる最中だ。

「僕は…………このままボーッと眺めてるだけでもいいです」

 ふんわかした声で答える。

「猛は?」

「オレも………………今はいいや」

 声を低くして答える。

「友希は?」

「ボクも…………ちょっと休みたい、かな?」

 疲れた声で答える。

「大丈夫? 疲れたなら宿に戻って休んでれば? エマさんみたいに」

 昼間の魔物襲来時の混乱で怪我をした人たちの治療にあたったエマはさすがに疲れ果て

てしまい、今は宿で休養を取っている。

「大丈夫。そこまでじゃないから。このままボーッとしてるだけで充分だよ」

 壁に寄りかかる。

 そんな四人の元へ親方がやって来た。手には屋台で売られている食べ物を持てるだけ持

っている。

「どうしたどうした? そろいも揃って若いもんがそうやってよ。じいさん、ばあさんじ

ゃあるまいし。子供は元気良く遊べ遊べ!」

「…………ええ、まあ……。大丈夫です。遊びます。ただ今はちょっと休んでるだけなの

で」

「もったいねぇな。せっかくの祭りだってのによ。まぁ。お前さんたちは魔物を退治した

から疲れてんのってはわかるけどよ…………。それでももったいねぇな。ほら! これで

も食って元気出せよ!」

 親方は持ってる食べ物を全部勇汰たちに渡した。

「俺のおごりだ。しっかり食えよ!」

「あ、ありがとうございます」

 勇汰たちはありがたく頂く事にする。戦ったので、いつもよりも早く腹が減ってきてい

たから。

「いただきます!」

 輝はたこ焼きを真っ先に手に取る。

「本当に好きなんだね。ずっと食べてるイメージがあるよ」

「そ、そうかな?」

 勇汰に指摘された輝の顔が真っ赤になる。

「だって好きなんだもん。 さあ、差し入れですから、皆も食べてくださいよ!」

 はい、と。友希が皆に差し入れを配る。イカ焼きやアワビ焼きもある。それぞれ串を手

に取って、差し入れを美味しそうに食べ始める。

「ああー…………。美味しい。祭りは今日までだから思いっきり食べたいね」

「なら休憩後は食べ歩きでもしようか?」

「そうだね。そうしよう」

 これからの目的が決まった四人の前に、フードで頭を隠したマントの男が現れた。


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