第六話
一
「ふぁぁあああぁぁ…………」
火野勇汰は涙混じりの欠伸をした。
そのまま空を見上げ――ボーッとする。
「………………」
「ふぁ…………」
遅れてバルも欠伸をした。同じように目には涙を浮かべている。
「………………」
「………………」
今日も良い天気だ。
真っ青な空にポツンポツンと白い雲が漂っている。向こうに居た時は気づきもしなかっ
た。雲が風に流されて行く様を見届ける、ただそれだけの事がこんなにも心を癒してくれ
るなんて。
「あー…………平和だなー」
「平和だねー」
バルも暢気な声でのほほんとしている。
二人が居るのは宿舎の中庭。そこにあるベンチで日向ぼっこをしていた。
「あー…………。首が疲れたー」
視線を戻して首をと肩を揉む。
「バルも疲れたー。ゆーたー。バルも揉んでー」
「はいはい」
言われるがまま。勇汰はバルの首回りを揉み始める。
元々は人一倍、いやドラゴン一倍の恐がりだったバル。だがある経験を経て成長し恐が
りを克服したのはいいが、どう言うわけか今度は甘えん坊になってしまった。
町を歩く時も、自分では歩かずに勇汰に抱き抱えられるのが当たり前。今もこうして勇
汰に甘えて体を揉んでもらっている。
このままではいけないと勇汰も解っているのだが…………。何となくバルが可愛くなっ
てつい甘やかしてしまう。
「はぁ……」
「どーしたの? ゆーた」
「うーん。色々とね。考えなくちゃいけない事が沢山あるんだよなーって」
「考えなくちゃいけない事?」
「うん。これからの事。俺たちがどうするべきか、とか。やらなくちゃいけない事とか、
ね」
「やらなくちゃいけない事…………。それってさー。守護竜の試練の事?」
勇者たちの使命は、この世界にある守護竜の遺跡を巡って先代が残した守護竜の力を受
け継ぐ事だと教えてもらった。
そのためには、この町を離れて旅に出なくちゃいけない。
「まぁね。旅に出るからには色々と準備もしなくちゃいけないけれど…………。その辺は
まあ…………エマさんに全部任せてあるから心配はいらないと思うよ」
「エマ…………。だいじょーぶかな?」
「うーん。どうだろう?」
ヴィクターが敵になって数日が経過した。翌日こそは元気の無かった彼女だが、その翌
日には逆に元気になっていた。元気すぎて逆に見ていて不安になるほどに…………。
「エマさんを励まそうにもさ。何を言っていいのかわからないんだよね」
ヴィクターの裏切りの事は神殿の人たちや騎士団には黙ったままにしておく事にした。
理由は明らかに操られたような感じがしていたので。エマはそんな気遣いは無用だと強
がっていたが、勇者たち四人の意見が一致した事で彼女を押し切った。
ヴィクターは秘密の任務で町を離れた。そう口裏を合わせて説明した事で彼を守ると、
エマは泣いてお礼を言った。
正直。ヴィクターにはおのおの嫌な思いをさせられた勇者たちも、この涙でチャラにし
てもいいかもと思ってしまった。
「ヴィクターの事もそうなんだけど…………。他にもあるんだよな…………」
そろそろ動かなくちゃいけないだろう。旅立ちの日はもうすぐなのだから。
・ ・ ・ ・
「えー、と言うわけで。ただいまより。第一回、お風呂場サミットを開始します!」
勇者を代表して、勇汰が司会を務める。
何の前触れも無く突然始まったこの展開についていけずに、皆はポカンとしていた。
「えーと…………。一人くらいは「何がと言うわけなんだ?」とかのツッコミを入れてほ
しかったんだけどな…………」
肩を落としてがっかりする――フリをして輝を見る。以前、彼にはツッコミ役をお願い
したのだが――。
「ぃ、ぁ、あ…………」
照れて真っ赤になった顔をそらされてしまった。
「うーん…………。まーだ。距離感あるな…………。一人だけ前を隠してるし」
「ぃっ!?」
ジーッと見ると体を丸くしてしまった。
「えーっとさ。そろそろ本題に入ってよ」
友希が輝のフォローを兼ねて軌道修正を行う。
「おほん。そうでした。えーと。さっきも言ったようにこれからちょっと皆で相談事をし
たいんだけどさ。いいかな?」
「相談? ボクは別にかまわないよ」
「ぼ…………僕も」
「オレも。でも何で風呂場なんだ?」
「それはね。四人と四体が揃ってるから」
「…………なら別にどっかの部屋でも借りてもいいんじゃね?
見ろよ。グランバルドたちなんか、すっかりくつろいで。…………話しなんて聞ける状
態じゃねぇぞ?」
猛に言われてそれぞれのドラゴンたちを見る。
バルは風呂桶に入れた特別に熱々の熱湯に浸かって表情は緩みっぱなし。
アクレインは風呂の中で優雅に泳ぎ回り。
グランバルドは浴室の地面の上で岩盤浴?をしており。
エアリムは風呂場の窓にとまって夜風を浴びながら、くちばしで羽の手入れをしている。
四体とも、それぞれがそれぞれの楽しみ方で風呂を満喫している。とても真剣な話しを
出来そうなモチベーションではないだろう。
「今回は別にいいよ。バルたちは特に関係の無い話しだから。それに風呂場にしたのは、
エマさんに話しを聞かれたくなかったからで」
「ああ、なるほど。確かにここなら女性は入って来ないもんね」
「それに、俺たち以外の人間も居ないし」
宿舎は勇者たち専用なので、風呂場で長湯をしても誰にも文句は言われないのだ。
「それで? 相談って一体?」
「うん。色々あるんだけどさ。まずはエマさんの事。どうしようか?」
「どうって…………。とりあえず今はそっとしておいた方がいいんじゃないのかな?」
友希が答える。
「ヴィクターの裏切りに傷ついているし。僕らが何かしようとしても逆に変に気を使わせ
るだけだと思うんだよね」
「やっぱそうだよね…………」
勇汰も、友希の意見には賛成だ。
ただ…………。
「エマさんが言ってたんだけどさ。ヴィクターの事をお兄ちゃんって呼んでたような気が
したんだけどさ」
「ああ、オレも聞いた。そこら辺の事情とか。オレらの知らない関係性とかあるみたいだ
よな。
…………それもあるし。やっぱ下手にオレらが何かするのは危ねぇよな」
猛も賛成。残る輝も――。
「僕も…………。賛成です。でも…………。エマさん。最近、頑張りすぎです。気を紛ら
そうとしてるのかも……しれません」
「そうだね。その辺は皆で注意して見守る事にしようか?
…………と言うわけで。エマさんの事はしばらくは様子見って事で、どうかな?」
「賛成!」
満場一致で可決。
後は――。
「それじゃあさ。もう一つ相談したい事があるんだけどさ…………。話しが急に変わるけ
ど…………。
皆で衣装を作りたいなって思うんだ」
「衣装!?」
三人の目が驚きで丸くなる。
「そう! 衣装! ほらっ! 俺たちもさ。これから旅に出るわけじゃん。このまま同じ
服だとすぐにボロボロになるし。後々、元の世界に戻る時に困る事になるじゃん。
だからさ。この世界で冒険するようの服を作りたいって思うんだ。
エマさんは俺たちの世話とか全部引き受けてくれてさ。旅の準備をしてもらってるし。
…………まぁ、それは俺たちがこの世界の知識が全くなから手伝おうにも手伝えないし。
せめて荷物持ちくらいは…………と思っていても、エマさんは「いえ。大丈夫です。雑
用は全てお任せ下さい」って言ってさせてくれないし。
ヴィクターの事もあるからつい、ぎこちなくなって強く「手伝うよ」って、も言えない
しさ。
だからこれくらいはさ。自分たちでやろうよ! 衣装作り!」
「………………」
三人は視線で会話して。
「そうだね。いいよ。やろう」
「僕も、良いと思います」
「オレも別に反対はしねぇ。でもよ。どうして「衣装」なんだ? 普通に「服」でいいん
じゃね?」
「いいじゃん! 衣装で! せっかくなんだし! 格好つけようよ!」
「…………ま、まぁ。…………いいけどよ」
勇汰の情熱に、猛は押し負けた。
「それで? 具体的にはどうするの?」
「四人でアイデアを出し合って、それを服屋さんにオーダーする!」
「服屋さんって…………。受けてくれるの?」
「大丈夫! エマさんに聞いて、やってくれる服屋さんを紹介してもらったかね」
「…………相変わらず抜け目がねぇってつうか…………。準備がいいって言うか…………」
「へへへ」
猛に誉められて勇汰は顔を真っ赤にして照れる。
「それでね。オレのアイデア何だけど。とりあえず属性カラーを入れたいんだ。それぞれ
の属性を象徴する色を。俺なら赤。猛なら黄色。友希なら青。輝なら緑って。
どうっ!?」
「…………別にいいんじゃね?」
「そうだね。ボクも良いと思うよ」
「僕も、です」
反対意見は無し!
「よっしゃあぁっ!」
勇汰は立ち上がりガッツポーズを決める。
「………………」
「………………どうした?」
ガッツポーズを決めたまま、固まってしまった勇汰。
しばらくすると視線が泳いで体がぐらっと傾いた。
「って! のぼせてんじゃねぇか!」
湯船に倒れ込む前に猛と友希に支えられて、勇汰は風呂場から出た。
・ ・ ・ ・
神殿内にある小さな会議室。四人の勇者とドラゴンたちはそこに集まって頭を悩ませて
いた。
「はぁー。つまんないなー…………」
勇汰の相棒バルは退屈そうにため息を吐いてだらんと脱力した。
自分が寝そべっているテーブルの上では勇汰たちが一枚の紙を睨みつけている。
何をしているのかよく解らないが、何か大切な事をやっているのだろうとは思う。でも
そのせいで自分に構ってくれなってしまった。
「はぁー…………」
テーブルの上をゴロゴロと転がってみる。
「ごろごろー」
目が回り、世界が回る。
「ごろごろー」
「おいっ!」
転がっていると、体が何かにぶつかった。堅い何かに。
「んー? あー。グランバルドだー!」
ぶつかった相手は猛の相棒のグランバルドだ。自分と同じくテーブルの上で猛たちの話
しが終わるのを待っていた。
「危ないだろ! 大人しくしてろよ!」
「えー。大丈夫だよー。ぶつかったくらいで危ないなんて、グランバルドってさー。弱い
んだねー」
「なっ!? 誰が弱いだとっ! 俺は強いドラゴンだぞっ!」
グランバルドが睨みつけてくるが――。
「へぇー」
バルは気にせず、さらに脱力してこれを受け流す。
その態度がグランバルドの琴線に触れて爆発しそうになり――。
「どちらも落ち着いて下さい」
とっさにアクレインが仲裁に入る。
「邪魔すんなよ、アクレイン! 俺はこいつをぎゃふんと言わせなきゃ気がすまねぇん
だ!」
「ぎゃふん」
「ぐっ!」
「ぎゃっふん! ぎゃぎゃぎゃっふん! どう?」
「ぐぐっ! …………こっ! こいつっ! バカにしやがって!」
「グランバルド! ダメです! 落ち着いて下さい! バルもわざと彼を煽る真似は止め
て下さい!」
アクレインがバルとグランバルドの間に体を入れて分断する。
「どけよっ! アクレイン!」
「ダメですって! 落ち着いて下さい。グランバルド、本当に強いドラゴンは軽口なんて
気にも止めないものですよ!」
「ぅ…………。ううぅ…………。そ、それもそうだな」
「バルも。暇だからってグランバルドをおちょくって遊ぶのは止めなさい」
「はーい」
アクレインに叱られ、宥められた二体はシュンと大人しくなる。
「でもさー。暇なんだよー。ゆーたが遊んでくれないー」
「勇者の皆さんは大切な話しの途中なのですよ。なんならバルも一緒に参加なさってみて
は?」
「えー。バル。わかんないよー」
「グランバルドは?」
「俺もだ。何で着る物なんかにあんなにこだわるんだ? 何でもいいじゃねぇか」
「バカねぇ。何でもいいわけないじゃない!」
部屋の上を飛んでたエアリムが降りてきた。
「服ってのはね。自分を美しく見せるための重要なアイテムなのよ。真剣になるのは当た
り前じゃないの!」
「美しくって…………。それって必要かなー?」
「当然でしょ! 美しくなければ生きてる意味なんてないのよ!」
「…………そうなのー?」
「そうなのよ。さぁ。アナタたちも話しを聞いて勉強するといいわ」
エアリムがこう言うので、他のドラゴンたちも勇汰たちの言葉に耳を傾けた。
「じゃあ。アイデアをまとめるよ。基本的にハーフパンツにTシャツ。その上にジャケッ
トやら何か、羽織る物を着る。それから靴は頑丈そうなやつで」
「そうだな。後はそれぞれ自分の好みにカスタマイズするって事で」
「猛はやっぱTシャツじゃなくてタンクトップ?」
「当然! その上から着る服も袖無し。ノースリーブタイプだな!」
「さっすが。俺らのセクシー担当。ブレないね!」
「ふっ! よせよ。照れるじゃないか!」
「…………えっと。猛の性癖は置いといて」
「おいっ! せめて趣味といえ!」
「猛の趣味は置いといて。ボクはパンツは長ズボンにするよ。ジャケットも長袖がいいな」
「えっ!? 友希、大丈夫? この世界、暖かいよ?」
「大丈夫だよ、勇汰。朝晩は寒い日があるし。それに旅をするなら、むしろ肌の露出を押
さえた方がいいよ。虫とかに刺されたりするし。暑かったら脱げばいいしね」
「うーん。それもそうかー。でも俺はやっぱいいや。最初に決めたTシャツ、ハーフパン
ツスタイルで。
旅の中盤で衣装チェンジのイベントも残しておきたいし。
…………輝は?」
「ぼ、僕は…………。パンツは七分丈で。上着も七分袖で…………お願いします」
「なるほど。初っぱなから皆の個性が出てきたね。いいねぇ」
「……………………」
バルとグランバルドが顔を見合わせる。
「わかる?」
「わからん」
・ ・ ・ ・
「うひょぉおおおおっ!」
勇汰は瞳を輝かせた。
「うおおおおっ! やっぱすっげぇ! 本物の剣だ! 鎧だーっ!」
昼食を食べ終えた勇者ご一行様は、騎士団御用達の武器防具屋へとやって来ていた。
店に入った途端に勇汰はテンションを上げて店の品を物色し始める。
逆に他の三人はテンションを下げて居心地が悪そうに店の隅で固まった。店の親父が場
違いな客が来たなという目で見てくるのも理由の一つだが……。
「お、おい、勇汰!」
本物の短剣を手に、目をキラキラ輝かせて夢中になってる勇汰へと猛が駆け寄った。
「武器とか防具とか見てどうすんだよ!」
「どうするって? 決まってるじゃん! 良いのがあれば買うんだよ!」
さも当然のように答える。
「買うって…………。確か俺らは武器とか買う事が出来ねぇんじゃなかったか?」
猛の言うように、武器や防具などを販売する店は素人には売らないように取り決めがさ
れている。
だから勇汰がどれだけ欲しがろうが、店は絶対に売らないのだからハッキリ言って時間
の無駄なのだ。
「大丈夫大丈夫!」
勇汰は短剣を元に戻してポケットから木札を取り出す。
「これは?」
「これは許可証なんだって。これがあればこういう店から品物を買う事が出来るんだ。エ
マさんから貰ってきた」
「いつの間に…………。本当に抜け目が無いって言うか…………。あざといというか……
……」
猛は呆れて頭に手を当てる。
「と言うわけで。皆も好きなのを選んでいいよ。あ! お金は騎士団へのツケって事で大
丈夫だから」
そう言って、勇汰は別の剣を眺め始めた。
「………………だってよ」
猛は戻って他の二人に報告。二人も呆れていて、肩が下がっていた。
「どうする?」
「どうするって…………」
「と、とりあえず。見るだけでも…………」
「そうだな。とりあえず。見るだけ、な」
三人も店の中に散った。
この店には武器と防具の両方が置いてある。
武器は剣のみ。ただし大きさは様々で自分たちの背丈よりも長い剣から、果物ナイフく
らいの小さな剣まで置いてある。
剣の装飾は無く、シンプルなデザインな物ばかりだ。
「うわっ! 重っ!」
猛がとりあえず近くにあった剣を持ち上げてみる。長さ的には一メートルくらいの剣だ。
鞘には納められていないので、間違いが起きないようにと持つ手がプルプル震える。
もちろん剣の重さでも震えるが…………。
「こんなん。扱えねぇよ…………」
恐る恐る剣を戻す。
「剣は俺には無理だぜ…………。剣道だってやった事もねぇのによ」
剣は早々に見切りをつけて、今度は勇汰が見ている鎧を見上げる。
飾られている鎧は全身が揃ったタイプだ。そのどれも背が高くて自分には合わない。
「鎧も無理だって…………」
これは背が低い自分だけじゃない。他の三人にも当てはまる。身長があってさらに体格
もよくなければ着こなせないだろう。
勇汰はその所をちゃんと解っているのだろうか?
「おい、勇汰。そんなん着れねぇぞ」
「うん。大丈夫。ちゃんとわかってるって。これは見てるだけ」
「見るだけならもういいだろ? 早く店を出ようぜ!」
「待って!」
腕を引っ張る猛を止める勇汰。その手には何かを持っている。
「それは?」
「鉄甲…………かな? 腕を守る鎧なんだけど。こういうのだけでも持っといた方がいい
と思うんだ。これから先、きっと必要になるかもしれないからさ!」
「…………良いけどよ。買うなら早くしてくれよ」
「わかった。ちょっと試着してくる。おじさーん!」
スタスタと店主へ駆け寄る勇汰を見送って――。
「えっ!?」
勇汰の声が聞こえてきたので二度見した。
「どうした?」
訪ねると、勇汰は表情を固まらせていて。
「サイズが…………無いって」
「………………まぁ、そうだろうな」
この世界の人たちは体が大きくて逞しい体をしてる人が多い。この店の品物もそういう
人たちを基準に作られているために、現代っ子のもやし男子の――さらには中学生サイズ
の品物なんて置いてるわけないだろう。
そんな事。少し考えれば解るだろうに…………。
ショックで固まったままの勇汰を引きずって、ようやく店を後にした。
・ ・ ・ ・
「ったく! 本当に無駄な時間だったな!」
猛がどっと疲れたように肩を落とした。
「まぁまぁ。こういうのもいいんじゃないのかな?」
友希がすかさずフォローに入ると、しょんぼりしていた勇汰がぱぁっと明るくなった。
「そうそう。皆だってあるんじゃないの? 買わないけど、お店に入ってただ商品を見て
るだけってさ。
無い? 俺だけ?」
「…………いや。オレも心当たりはある」
猛が後ろ頭をポリポリ掻く。
「おっ? 猛は普段、どんな店に行くの?」
「オレか? オレはそうだな…………。よく行く店は主にスポーツショップだな」
「へー。意外…………でもないか。でもそこで何を見るの? 猛は別にスポーツをやって
るわけじゃないんでしょ?」
「おう」
「もったいないなー。何かやればいいのに」
「それは学校の友達にもよく言われる。体を動かすのは別に嫌いじゃないんだが…………。
だからってスポーツに青春を捧げるのも、ちょっと違うって言うか…………。熱中出来ね
ぇんだよな」
「スポーツがダメなら格闘技はどうかな? 猛にはむしろそっちの方が似合いそうだと思
うよ」
友希が拳を作って宙を殴る。
「ボクシングとかか? …………それも一応、考えたんだが…………」
猛の顔が少し赤くなる。
「やっぱ自分の身長が気になってな。やっぱ背が小さいと不利だなって思っちまって……
……」
「…………身長。気にしてるんだ?」
「まぁ。普段のオレは強がってムキになるけど…………。さすがに無視しちゃいけねぇ事
だからな。現実をしっかりと受け止めたんだ」
「…………」
勇汰たちが返答に困って戸惑う。
「ふん。なんだよ。カッコつけちゃってさ!」
グランバルドが足下から声を上げる。
「よーするに。逃げてるんじゃないか! 猛は勝負しても勝てないって決めつけてあきら
めてるんだ!」
「………………そうかもな」
「!? な、なんだよ。急に…………。言い返さないのかよ!」
「べーつに」
猛は頭の後ろで腕を組む。
「グランバルドがそう言うなら、そうなのかもな」
「………………な、なんだよ。本当に…………どうしたんだよ! …………ひょっとして
具合が悪いのか?」
「ふっ。そうじゃねぇよ。ただちょっとな…………。オレだっていろいろと悩んでるんだ
よ。他人から見たら単細胞の熱血漢タイプのオレは、実は心の中は繊細なんだぜ」
「………………ぷっ! 繊細? 猛が?」
「そうそう。繊細なの。そう言うわけで。今日のオレはちょっぴり大人だぜ」
「…………ふっ」
グランバルドがバカにしたようなため息を吐いて――も猛は何も言わなかった。
「………………調子が狂うな」
グランバルドもそれ以上は何も言わなかった。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
会話が止まり、変な空気と間が生まれる。これに耐えられない友希がとっさに会話を元
へと戻す。
「あ、あのさ。猛は結局、スポーツショップで何を見てるの?」
「ん? ああ、そうだったな。オレは基本的にトレーニング器具とかだな。こういうのを
使えば効率が良いのかとか、考える。ちなみに小学生の頃は道具を使わなないトレーニン
グをやってたんだけど。中学に入ってダンベルを手に入れてやってる。やっぱ道具を使う
と違うなって実感した。後はプロテインとかにも手を出したいんだけど、高くてまだ無理
だな」
「プロテインって…………。将来はボディービルダーにでもなるの?」
「いやいや。さすがにあそこまでは目指してねぇよ」
猛が手を振って笑う。
「つーか。オレの話しはもういいだろ? 次は誰かの話しをしてくれよ」
「次…………」
猛が視線を上げると、ちょうど輝と目が合った。
二
「えっと…………。僕は…………」
人見知りはまだ完全には克服していないようで、話し始めるのにずいぶん時間がかかっ
た。
それでもあきらめずに、我慢して信じて待ったおかげで輝は自分から話し始めてくれた。
それでもやはり自分の事を他人に話すのが照れるみたいで、解りやすく顔を真っ赤にし
ている。
「ぼ、僕は………………。その………………。お店………………とかは、あんまり………
…行かないです」
「え? どこにも?」
「え、っと…………。一人では…………行かない、です。家族となら……行きます、が…
………。その…………。一人では…………恥ずかしくて…………お店には一人では、入れ
ないん、です」
「へぇー。アクセサリーショップとかは行かないの?」
「アクセサリー?」
友希と猛が首を傾げたので、輝に代わって勇汰が二人に説明する。
「輝はさ。アクセサリーとかに興味があるんだよ。ほら!」
「ひやっ!?」
勇汰が輝の左耳にかかった髪をかき揚げると、彼の体がビクンと跳ねた。
「ほら見て! イヤリングとかに興味があるんだって。今もこうして着けてるほどにね」
「ひぃ…………」
「ほほう。なるほど…………」
「へぇー。意外な趣味だね」
二人は感心して頷く。二人に耳をのぞき込まれた輝は顔だけでなく耳まで真っ赤にして
狼狽える。
「あ、わぁあぁぁぁ」
「良い趣味だと思うよ」
「ああ。オレもそう思う」
「ぅぅうう…………。あ、ありがとうございます」
解放された輝はへなへなと、その場に萎れてしまう。
「おーい。大丈ー夫かー?」
「あ、は、はい…………。大丈夫です。ちょっと…………。こんなに注目されるのに慣れ
てないので………………腰がぬけました」
「大げさだなぁ」
友希がすっと手を差し出して輝を立たせる。
「あ、りがとう、ございます」
「うん。どういたしまして。それで? 輝はアクセサリーショップとかには行かないの?」
「あ、は、はい。…………そういうお店は…………興味があるんですけど…………。入る
のが怖くて…………。もし僕がそういうお店に入っているのを、学校の誰かに見られたら
と思うと、怖くなっちゃって」
「怖い? どうして?」
「え、いや…………。それで注目されたりするのが…………」
「いいじゃん。注目されたって」
「うぇっ! そ、それは…………ちょっと…………まだ…………無理です」
「まだって事は、いずれは人に注目されたいって思ってるんだ?」
「うっ! そ、それは…………………………そうです。いつかは注目されてもビクともし
ない人間になりたいって思ってます」
「おっ! すごいじゃん!」
「…………」
言い切った後の輝が緊張で体を震わせてるのを見て、勇汰は茶化すのを止めた。代わり
に――。
「だったらさ。そこのお店に寄っていかない? ちょうどアクセサリーショップがあるし
さ」
「え? いや、でも…………。これから靴屋に行かなくちゃ…………」
「オレは別にいいぜ」
「ボクもいいよ。せっかくだし。寄ろうよ」
「え、でも…………」
遠慮してる輝だが、視界にアクセサリーショップが入るとチラチラそっちを見てそわそ
わしてる。
なので三人は輝の背を押して店へと入る。すると途端に店に並んだアクセサリーに目を
奪われた。
「うわぁ……」
「気に入ったのがあれば買ってけば?」
「うーん」
「アクセサリーか…………。四人お揃いの物があれば、格好良くないかな?」
「四人お揃い………………。それ、いいですね! でも…………」
輝は店に置かれた品物を眺めて――。
「ここのお店のじゃ、ちょっと…………合わないかな?」
お店の人に聞かれないように小声で答える。
「だったらさ。輝が作っちゃえば? オリジナルの何かをさ」
「僕が…………自分で?」
そんな事、考えた事も無かったと。輝の心に何かが刺さった。
・ ・ ・ ・
「じゃあ。次は友希の番だね」
「えっ? ボク!?」
アクセサリーショップを出た途端に話しをふられたのでビックリしてしまった。
「とーぜんだろ。オレたちの話しを聞くだけ聞いて、自分の事は何も話さないってのは無
しだぜ」
猛が脇腹をつついてくる。
「それはもちろん…………わかってるけど…………」
人差し指で頬をポリポリ掻く。
三人の視線が痛いくらい突き刺さってきて――。
「困ったな…………」
ちょっと…………と言うか。かなり困った。
なぜなら。
「ボクは…………その…………。お店でじっくり見る事はないから…………」
「じっくり? 買い物とかそんなにしないの?」
「うーん…………。そうだね。どっちかって言うと、そうかな。ボクは買う物を決めてか
ら、それだけを買いに行くってタイプだから」
なので。買い物の時、何も買わないでただ品物を眺めて帰る。そんな経験はした事がな
い。
だから会話の本筋には入れない。話しを膨らませられないから困ってる。
これじゃぁ、せっかく話しをふってくれた三人に申し訳が立たない。
どうしよう…………。
内心、心配で冷や冷やしていると勇汰が不思議そうに顔を見上げてきた。
「あれ? 友希って、確か友達と一緒に買い物に行ったりしてるって言ってなかったけ?」
「ああ、それね。うん。行くよ。友達と」
「どんな店に行くんだ?」
「どんなって…………。服屋とか?」
「ふ、ファッションに…………興味があるんですか?」
「いや。友達が服を見たいって言うからついて行っただけだよ」
「他には?」
「他には…………。本屋とか?」
「本屋? え? 何読むの? マンガとか?」
「マンガは…………そんなに読まないよ。友達がこれ面白いって進めてくれたのを読んで
るだけ」
「じゃあ、ゲームは?」
「それも友達に。ほら、スマホのゲームとで協力プレーが必要なのとかをね」
「無課金?」
「うん。無課金」
「………………えっと。趣味とかは?」
「趣味? うーん………………。趣味ね…………。趣味…………。無い………………かな?」
「えっとじゃ…………。夢中になってる物とかは無いの?」
「夢中………………………………。それも…………無いかな?」
「無いって…………。やってて楽しい事とかあるだろ? 気がつくとやってる事とかよ」
「やってて楽しい事…………。気がつくとやってる事…………。うーん…………」
「そんなに頭を悩ませる事かよ!」
「だ、って…………。無いんだよ。…………本当に」
そう答えるしかなかった。
だって本当に趣味と呼べる物が無いのだから。
まさか嘘をつくわけにはいかないし。つきたくないし。
正直に答えたら――。
「そっか…………」
当然のごとく。そっけないリアクションが帰ってきた。
「………………ぁ」
自分から興味が消えていく瞳。
――ダメだ!
このままじゃいけない! このままじゃまた――あの疎外感につきまとわられる!
何か…………。何か…………三人の興味を引く事を言わないと!
「…………あのさ――」
「おっ! 着いたぜ。ここの店でいいんだよな?」
「うん。この靴屋が一番、品揃えが良かったんだ」
「………………あ」
時間切れ。
目的の店へと到着してしまった。
三人の興味は自分から靴へと完全に移ってしまった。
「やっぱ実物を見るとなぁー。目移りするなぁー」
勇汰がため息混じりにそう呟く。
「そうだな。…………こうも沢山あるとな。どれが良いんだ?」
「やっぱり…………旅をするから頑丈なのが良いと思います」
「そうだよな。底が厚いのとか?」
猛がとりあえず並んだ靴の一つを手に取ってみる。底が厚いが、暑苦しそうでもある。
「蒸れたりしないかな? 通気性が良いのがいいな。…………さすがにこの年で水虫とか
は嫌だからさ」
「確かにな」
三人がわっと笑う。
友希だけがそれに取り残される。
「やっぱりお店の人に聞いてみよう」
店の奥へと入って行く三人の後ろを、友希は見てるだけだった。
・ ・ ・ ・
靴屋の店主から色々な話しを聞けた四人は、一休みに近くのカフェへとやって来た。
テラス席が空いていたのでそこに座り。メニューが読めないので、とりあえず指さし適
当に品物を注文した。
「ふぃー…………。疲れたー」
勇汰がテーブルに頭を乗せる。
「…………そうですね。沢山のお話しを聞いたので、頭がもうパンパンです」
ウエイターが運んできた飲み物を、輝が適当に並べる。
「…………どれがどれだ?」
並んだコップは四つ。それぞれ、赤、緑、茶、オレンジの色の液体が入っている。
「………………適当でいいんじゃない?」
「………………そうだな。ならオレは――」
一人手早く猛がオレンジ色の飲み物を手に取った。それを一口含んで…………。
「…………どう?」
注目する三人。猛は舌を動かして液体を転がしているようで…………。
「大丈夫…………そうだな。見た目通り、オレンジのような味がする」
「くっそー。それが当たりだったかー!」
悔しがる勇汰。
「いやいや。そもそもハズレがあるのかって話しだ」
「それは…………そうなんだけどさ。いいじゃん。ノリだよ、ノリ! って!」
勇汰が手を伸ばした先にあったハズのコップが無くなっていた。
「輝に盗られた!」
「え…………ごめんなさい! ボクはこれを行きます!」
躊躇わずに赤色の飲み物を口に含み――!
「うっ!」
「どうした?」
輝の表情が固まる。ちょこっとだけ目に涙を浮かべ。
「………………酸っぱいです」
「どれどれ?」
輝からコップを受け取った勇汰が一口飲む。
「うわっ! 確かに…………酸っぱい!」
「…………確かに。でも…………体には良さそうだ!」
猛も一口飲んでから、友希へと渡す。友希は三人が口をつけてない所を探して舌先を液
体に浸ける。
「うわっ!? 確かに! 酸っぱいね。これ!」
「だろ!? 何かの果汁百パーセントジュースだな。これ!」
「…………なら。これを俺が選ぶよ!」
茶色の飲み物が入ったコップを勇汰は選ぶ。それを一口飲んで――。
「うぇー…………。甘い………………。あまーーいっ!」
何故か叫ぶ。
「これ…………甘過ぎ。キャラメルをそのまま溶かして飲んでるみたいだよ!」
「へぇー…………」
さっきと同じく回し飲みをする。皆の顔がそれぞれ面白く歪んだ。
「それじゃ…………いよいよ、ボクの番だね」
友希が残った緑色の液体が入ったコップを手に取る。
「見た目は…………緑茶っぽい、かな? 味は…………」
ごくっと一口飲んでみる。
「………………どうだ?」
何かを期待する三人。だが…………。
「うん。緑茶だね。普通に美味しいよ」
「くっそっー! やっぱそうかー! なーんか一番見覚えがある気がしたんだよなー!」
悔しがる勇汰へとコップを渡す。
「ごくっ…………。やっぱ緑茶だ。って言うか。この世界にも緑茶があるんだな……」
「オレらの世界と似たようなのもあるんだな」
「…………そうですね」
飲み物で盛り上がりを見せるテーブルに、今度はフライドポテトが運ばれてきた。
「おっ! こっちも見覚えがあるな」
「こういうのを見ると安心するね」
手を伸ばして口に運ぶ。
「うん。やっぱりポテトだ」
「裏切りは無かったね」
嬉しいような、がっかりのような。複雑な気分だ。
「………………ところでさ。話しが変わるんだけど」
「急にどうした?」
勇汰が改まって話しを切り出した。
「エマさんの事だけどさ。やっぱり、何かした方がいいんじゃないかと思うんだ」
「何かって、何を?」
「例えば何か贈り物でもして元気になってもらうとかさ」
「贈り物…………か」
猛が不満そうな顔をする。
「ダメかな?」
「いや…………。ただな…………」
「ただ?」
「オレらの金ってさ。元々は神殿から貰った物だろ。その金で贈り物ってさ」
「ああ…………。そうだ、そうだね。人のお金で…………。しかもエマさんから貰ったお
金で贈り物って…………。それはダメだ」
「やっぱり。今はそっとしておくのが一番じゃねぇのか?」
「うーん、でもさー。これから俺らと一緒に旅に出るじゃん。このままよそよそしくする
のは、疲れるよ。俺らもさ」
「………………そうだ、よな」
勇汰の言う事はもっともだと友希は思う。変に気を使う事で逆に彼女との距離を広げて
しまう危険があるから。
「どうしようかな…………」
「だったらさ。もう直接聞いた方がいいんじゃないのかな? 気になってる事とかを」
「…………そう、だよね。それしか無いよね?」
勇汰が猛と輝に確認をとると、二人も頷いた。
「うん。それじゃ、エマさんに聞こうか。と言うわけで頼むよ友希!」
「………………えええっ!? ボクが聞くのっ!?」
「当然! だって言い出したのは友希じゃん!」
「そ、それは…………そうだけどさ。皆で聞いたらいいじゃないか!」
「いやー。皆で押し掛けると向こうが話しづらいんじゃないかなって思ってさ。
それに。友希は女子と話すのが得意そうじゃん?」
「ええっ!? 何それ!? 偏見だよ!」
「そうかな? 友希は女子と一緒に出かけたりする?」
「…………するよ。でもそれくらい、皆だってあるでしょ!?」
「いや、無いよ!」
勇汰たち三人が激しく否定する。
「俺の女子友は二次元の中にしかいないし」
「オレは…………。筋トレが忙しくて」
「僕は…………。重度の人見知りだよ!」
三人の視線が重くのし掛かってくる。
「じゃ! お願いします!」
三人の声が綺麗にハモった。
・ ・ ・ ・
「何でこうなっちゃうんだろうな…………」
ベンチに腰掛けた友希がガクッとうなだれた。
空元気で頑張るエマとの距離を少しでも縮めるために、彼女との会話――世間話をする
という役目を与えられた――もとい。押しつけられた!
「はぁ…………」
頭を抱える。
「確かに案を出したのはボクだよ。でもさ。そもそものキッカケは勇汰じゃないか。それ
なのに…………」
勇汰たち三人は自分を置いてショッピングを楽しんでる頃だ。
「はぁ…………」
「………………そんなにエマさんとお話しをするのが嫌なのですか?」
アクレインが背中からにゅぅっと顔を出してきた。
「違うよ。そういう訳じゃないんだ」
慌てて否定する。
「エマさんが落ち込んでるから心配してるよ。元気になってほしいって思ってるよ。
そのためにボクに出来る事があるなら、やるっていうのもボクの気持ちだよ」
「では、なぜ友希はそんなに嫌そうにしてたのですか?」
「嫌そう…………。それはちょっと違うよ。確かに嫌そうにしてた…………みたいに見え
たかもしれないけどさ。
ボクが不満があるのは、どうしてボク一人でそれをやるのかって事なんだ。
皆で一緒にやればいいじゃないか!」
エマには自分だけじゃない。他の三人もたくさんお世話になっているのだから。
「それなのにさ。ボクだけ一人で…………はぁ…………」
もう一回うなだれる。
「いっつもこうなんだよなぁ…………」
「こう、とは?」
「いっつもさ。気がつくと、ボクは一人ぼっちになってるんだよ。向こうの世界でも、買
い物とか。一緒に出かけようって誘われるんだけど。いざ行くとグループからはみ出して
たりしてさ。ちょうど今みたいに。気がつくと別行動してたりね。
だから。ボクはそれが不満なんだ」
たまらず苛立ちを吐き出した。
ガラにも無く熱くなってしまったので、深呼吸でクールダウンする。
「…………つまりは、そう言うことなんだよ」
「なるほど…………。友希は友人と一緒に居ない事に激しい孤独感を抱くと。そう言う事
なのですね」
「孤独感って…………大げさな」
とは言いつつ。アクレインの指摘は的を射ていた。
確かに普段、自分が抱えている孤独感はこれと無関係ではないだろう。
「こっちの世界でなら……上手くやれると思ったんだけどな…………」
「あきらめるのは早くないですか? まだここへ来て。そんなに日は経っていないでしょ
う?」
「そう…………なんだけどさ」
何事も最初が肝心だと言うように。もうすでに手遅れになっているような気がするのだ。
輝がキッカケを作ってくれたお陰で、皆との距離はぐーんと縮まる事が出来た。
後は自然に、普通に皆と接すれば良かった…………だけのハズなのに。
「…………何を間違えたんだろう?」
別に相手の嫌がる事を言ったりはしていない。嫌われるような事も話していないし……
……。
「ねぇ。アクレイン。ボクってさ。皆に嫌われるような事をしたかな?」
解らなくなって、つい聞いてしまった。こんな事を誰かに聞く事自体、自分の中ではN
Gなのに…………。
でもアクレインだからこそ、そんな事を気楽に相談できるのだ。
「…………そうですね」
変な質問をしたのに、アクレインは嫌な顔はせずに真剣に考えてくれている。
「強いて言えば、友希の趣味の話しでしょうか?」
「趣味の話し?」
「はい。私も皆さんの会話を聞いていたのですが…………。友希の趣味の話しの辺りで何
やら空気が変わったような気がしたのですが」
「ボクの趣味の話しで空気が変わった?」
確かに言われてみれば思い当たる節がある。趣味が特に無いって答えたら、会話が終わ
ってしまったから。
「…………でも。ボクには夢中になれる物が何も無いんだよな…………」
だから趣味の話しでは、話しを膨らませられなかった。会話を終わらせてしまった。
「ひょっとして…………。ボクが無趣味だから、面白くない人間って思われたのかな?」
「………………それはわかりませんが。その可能性はあるとおもいます」
・ ・ ・ ・
日が沈みかける頃に、友希は神殿へと戻って来た。
居るハズのエマを探して神殿中を歩き回っていると、裏庭で干した洗濯物を取り込んで
いる彼女を発見した。
「あっ。友希さん。お帰りなさい」
「ただいま。エマさん」
こっちが声をかける前に、向こうに気づかれて挨拶をされてしまった。
「他の方はご一緒ではないのですか?」
「え? ああ、うん。ちょっとね。今は別行動してるんだけど…………」
余所余所しく彼女の隣に立つ。それで物干し竿にかけられた真っ白いシーツを手に取っ
た。
「ボクも手伝います」
シーツを引っ張り、丁寧に折り畳む。
「あ、すいません。このような仕事を勇者様にさせてしまうなんて」
「別に気にしないで下さい。と言うよりも、そう言うの、止めません?」
「そう言うの…………とは?」
エマが首を傾げて聞き返す。
「エマさんにとっては、ボクたちは勇者で特別な存在なのかもしれないですけど。でもボ
クたちは、ボクたちって言うか…………。そんな特別扱いされるような人間じゃないんで
すよ。
だから…………エマさんも僕たちを特別扱いをするのを止めてほしいんです」
「しかし………………」
「もっとこう…………。同年代の人たちと接するような…………。友達感覚でいいんです。
これから、そう言うふうに接してもらえませんか?」
「で、ですが…………」
エマは困惑していた。ただ肩の力を抜いて友達感覚で接するだけなのに。彼女にはそれ
だけ難しいのだろう。
「じゃあせめて気楽にしてくれませんか? エマさんはボクたちと居る時、すっごく緊張
してので」
「緊張…………してますか? 私…………」
「ええ。してますよ。体がガチガチになってます。今だって。すっごく綺麗に背筋をピン
と伸ばして…………。見てるこっちが逆に気を使ってしまうんですよ」
ハハハと笑う。
それでエマも「そうなんですか」と笑ってくれたら良かったのに――。
「そ、それは…………申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げられてしまった。
「…………そうじゃないんですよ。そう言う事じゃ…………ないんだ。エマさん。ボクた
ちはもっと気楽に接してほしいんですよ!」
「気楽に…………。それは…………。出来ません!」
エマが頭を上げる。彼女の目には涙が浮かび――。友希がたじろぐ。
「本当なら皆さんにお仕えすべきヴィクターが、あろう事か敵である邪神龍に使えてしま
ったのです。本来ならば裏切り者として追わなければならないのに。皆さんのご厚意でヴ
ィクターの裏切りは伏せられました。
これほど皆さんにご迷惑をおかけしておいて、何事も無かったかのように接するなど…
………出来るはずもありません!」
「エマさん…………。どうしてですか? ヴィクターの裏切りは彼の責任です。なのに…
………どうして貴女が自分の責任のように考えてるのです?
…………ひょっとして。ヴィクターが「お兄ちゃん」だからですか?」
お兄ちゃん。その単語を出した途端、エマが驚いた。
「友希さん…………。どうしてそれを?」
「覚えて無いんですか? あの時。連れ去られるヴィクターへ向かって、貴女が叫んだん
ですよ」
「………………」
エマは視線を落とす。少し考えて――。
「…………私は、ここより北の方にある小さな集落で生まれました。そこは過疎化が進み、
住んでいるのは殆どが老人ばかりの村。そんな村で子供は私と近所に住んでいたヴィクタ
ーだけでした。子供は二人だけ。なので私は彼をお兄ちゃんと呼んで一緒に遊んでもらっ
ていたんです。
それから時が経ち、私たち二人は町に出ました。ヴィクターは騎士に、私は神官を志し
てこの町へとやって来たのです。
それからはもうお兄ちゃんと呼ぶ事はなくなってしまいましたが、私の中ではヴィクタ
ーはお兄ちゃんなのです。家族同然の彼が裏切ったのですから、その責任は私にもありま
す」
「……………………」
話しを聞いて、友希はどう答えていいのか解らなかった。確かに自分の家族が犯罪を犯
したら…………。その相手がすぐ目の前に居たら…………。どう接していいのだろうかと。
難しい問題ではある。
でも…………。
「それでもやっぱり、エマさんには気楽にしていてほしいと思うよ。ボクだけじゃなくて
他の三人も同じ気持ちだと思うから…………。
もし良かったら。今日の夕食の時に今の話しを他の三人にもしてあげてよ。ヴィクター
の事なんて気にしないって言うと思うからさ」
「………………」
エマは返事をせずに、深々と頭を下げた。
三
「えー、では! これより第二回。お風呂場サミットを開始いたします」
もはや当然のように勇汰の仕切りで会議が始まった。
場所は前回と同じ宿舎のお風呂場だ。
「会議は別にいいんだけどさ。…………どうしてまたお風呂場なの?」
「はい。友希くん。いい質問ですねぇ。理由は単純。前回の続きだからって事でさ」
「だからって…………。またのぼせて倒れてもしらないよ?」
「あははは。その節はどうもご迷惑をおかけしました。今回はそうならないように気をつ
けます」
「…………まったく。大丈夫かな?」
「まぁ。いいじゃねぇか。これも裸の付き合いってやつでさ。それに、暇を持て余してる
オレたちは、風呂から上がったらもう寝るだけだしな」
猛がタワシでグランバルドの甲羅をゴシゴシ洗いながら輝を見た。
「えっと…………。僕も別に…………かまいませんよ。お風呂に入りながら、だと……。
普段よりも、話しやすい…………ので」
「だってさ」
「………………わかったよ。ボクが悪かったです」
友希は不機嫌な顔で湯船に浸かる。
(またボク一人だけ皆と意見が違う)
「…………何でそんなに怒ってんだよ?」
「別に。…………怒ってないです」
「あ! エマさんの事を押しつけちゃったから怒ってる? ごめんごめん。こういうのは
友希が一番得意そうだって思ったからさ」
「…………いいですよ。それはもう」
手を合わせて謝る勇汰から視線を逸らす。
それに関しては不満が無いわけじゃないが、一応、自分の中では納得し終わった問題だ。
今更もう一度蒸し返したとは思っていない。
「えっと…………ごめん、なさい」
視線を逸らした先に居た輝が謝ってきた。
「それはもういいって…………」
そんなに怒ってるふうに見えたのだろうか?
こっちは普通にしてると思っているのに。
「エマさんの話しだけどさ」
これ以上黙っていれば、余計な誤解を生みそうだったので自分から話しを進めた。
「夕食にヴィクターとの話しをしてもらったけどさ。それでいいよね?」
友希のお願いをエマはちゃんと聞いてくれた。食事中に突然、自分とヴィクターとの事
を話し始めたので勇汰たちはちょっと驚いていたが、三人とも静かに話しを聞いていた。
それを聞いて納得もしていた。
「うん」
「でもよ。結局、エマさんを元気づけられなかったよな。それはどうするんだ?」
「そうなんだよな」
勇汰が腕を組んで考える。
「やっぱり…………これしかないか!」
「ん? 何かあるのか?」
「ヴィクターを助ける。これしかないよね。…………嫌な奴だけどさ。それはさ。魔物に
操られていたからって考えられるし。いいよね?」
全員の顔を見渡して確認を取る。
「別にかまわないよ」
「オレもだ」
「僕も、です」
「よし! それじゃあ。それで決まり。それをエマさんに伝えよう。
後は…………」
「あと? 他に何かあるの?」
「うん。実は今回はこれを相談したかったんだ」
勇汰は一呼吸置いてから話し始める。
「トレーニングとかした方がいいんじゃないかって」
「トレーニング? 何の?」
「体力トレーニングと魔法のトレーニング」
「魔法トレーニングは…………まだわかるけど。体力トレーニングは…………今更じゃな
いかな?」
友希が顔をしかめる。体力なんてそう簡単につくわけないだろうに。
「いやぁ。わかってるんだけどね」
勇汰はのほほんと笑う。本当に解っているのだろうか?
「その辺は専門家にお聞きしましょう。と言うわけで猛くん。どうぞ!」
「…………専門家って言われると恐縮するんだけどな」
猛はグランバルドを洗い終わって湯船に浸かった。
「でもさ。俺たちの中では一番知ってるじゃん」
「それは、そうだけどな。…………まぁ。オレが言えるのは、オレも友希と同じ意見で今
更だと思う。やったところでたかがしれてるし」
「でもさ。やらないより、やった方が良いと思うんだ」
「…………それはそうだが」
「そこでさ。猛にトレーニングコーチをお願いしたいんだよ。いいかな?」
「…………コーチか。…………まぁ、それくらいならいいか。ただし! 厳しくても文句
は言うなよ!」
「うん。もちろん! やったーっ!」
風呂場で無邪気にはしゃぐ姿はまるで小学生だ。
「それで? 魔法トレーニングはどうするの? そっちはボクも付き合うけど?」
「え? 友希も? 本当にいいの?」
「うん。この世界は危険が多いみたいだからね。剣とか武術の修行をするよりも魔法の使
い方を覚えた方が身を守れそうだからさ」
「それならオレもやるぜ」
「ぼ、僕も…………やります」
「おっ! 全員参加だ。やったー」
勇汰が喜んだ拍子に足を滑らせて頭から湯船の中へと浸かってしまった。
「あーあ…………」
これで大丈夫なのかと、友希は胸が不安で一杯になった。
・ ・ ・ ・
トレーニングは朝の早い時間から始まった。
日も昇らぬうちに神殿の周りを軽くジョギング。当初は勇汰と猛の二人だけの予定だっ
たが、友希と輝もこれに参加した。
二人とも、結局は暇なのだ。
娯楽の無い今の環境はとにかくジッとしてるのが苦痛なのだと。
「ふぃー…………良い汗かいた」
ジョギングを終えた四人はタオルで汗を拭いた。
「それで? これからどうするんだ?」
猛が聞いてきたので、勇汰は逆に聞き返した。
「猛はこの時間は何してるの?」
「オレはジョギングの後は筋トレしてる」
「筋トレ…………好きだね」
「まあな。でも今日はやらねぇ」
「どうして? 筋トレも付き合うよ」
「初日からキツくすると、嫌になるだろうからな」
「…………へえー。猛ってもっとスパルタって思ってた」
「そうか?」
「うん。筋トレに関しては容赦ないってか。鬼コーチを想像してたから…………」
「期待はずれか?」
「ちょっと。あ、でも…………今のペースで丁度いいかも。実は、結構ヘトヘトだったり
するから」
「だろ。ちゃんと考えてるんだよ。オレだって。筋肉バカって思われてるけどな。こう見
えて頭はまあまあいい方だぜ」
「そうなんだ。意外」
猛の告白に驚きながら頷く。
「それで? それじゃあ、どうしよう? 朝ご飯までまだ時間があるよ」
日が昇り始めたばかり。これから色々と動き出す時間だ。
「そうだな。オレの希望を言っていいか?」
「うん、どうぞどうぞ。遠慮なんかしないで」
「一応、オレの予定ではな。この時間に魔法の練習をしたらどうかって思ってたんだ」
「魔法? え? でも……。バルたちはまだ寝てるよ」
バルだけに限らず。ドラゴンたちは皆、朝が弱いようなのだ。
なのかは解らないが、人間もドラゴンの起床時間に合わせて起きる人が多く、お陰で早
朝はとにかく暇な朝を過ごせるわけなのだが。
「とりあえず、試してみようぜ?」
「…………そうだね。データを取りたいし」
四人は手の甲に意識を集中する。
いつもなら紋章が浮かび上がるのだが、今は相棒のドラゴンが不在だ。この状態でも出
るのかどうか…………?
「おっ! 出た!」
ドラゴンが居なくても問題なく紋章が浮かび上がった。
「次は…………魔法が使えるかどうか……」
勇汰が右手を前に突き出して、手を広げる。その中に小さな炎が灯った。
「おっ! 出た!」
まずは成功。
「よーし。今度は!」
手のひらの炎がユラユラと揺れる。小さくなったり、大きくなったり。
「うーん…………」
「どうした?」
「いやぁ…………。炎の形を色々と変えてみようかと思ったんだけど…………。上手く行
かないんだよね」
「ならまずはそこから練習してみたらどうだ?」
「うん。そうする。皆の魔法も見せてよ」
「よし! 次はオレだな」
こうして。勇者たちのつたない魔法訓練が始まった。
・ ・ ・ ・
「ねー。ゆーた。遊んでー」
「んー。今はちょっと無理ー」
背中に飛び乗って来たバルを、腕を背中へまわして掴むとベッドの上に置いた。
「ゆーた。まだ疲れてるのー?」
「疲れは…………もう大分よくなったよ」
朝に行ったトレーニングのせいで、午前中は四人とも疲れ果ててしまった。
ジョギングは軽くウォーミングアップ程度だったので、そんなに疲れてなかったが、そ
の後の魔法トレーニングが調子に乗ってしまったのだ。
「魔法のトレーニングは…………もう少しやり方を考えないとな」
初めて扱う魔法と言う夢の力。いざ使ってみると、テンションが上がってしまい調子に
乗ってしまった。
夢中でトレーニングを行い――その時は訪れた。
それまで使えてた魔法が全く使えなくなったのだ。
「MP切れ」
勇汰がそう診断したその現象は四人全員に見られ、さらには紋章が消えた後に四人を襲
った疲労感にやられてしまった。
「あんな感覚。初めてだったよ」
体力が無くなって疲れるのとは全然違う疲労感。精神が疲弊した…………と言う感じで
もなく、ただただやる気がなくなったようなあの感覚はまさしく人生初体験!
これが精神力を使い切った感覚か!
その感動も、残念ながら精神が疲れ切っていたので薄まってしまった。
この疲労感…………疲弊感は朝食をとっても回復はせず。午前中の時間を全部ぐーたら
にベッドの上で寝て過ごして、ようやく少しだけ回復できた。
今は昼食を食べて自分の部屋に戻ってきたところだ。
「ふぅ…………」
勇汰は木の椅子に腰掛ける。
元々はこの部屋にはベッドしか無かったが、勇汰がエマにお願いして机と椅子を用意し
てもらった。手荷物が無いとは言え、さすがにベッドだけだと殺風景だからと。
「ねー。何するのー?」
バルがぴょんと飛び跳ねて机の上へ上がって来る。興味深そうに机の上の真っ白い紙を
眺めて。
「お絵かき?」
「違うよ」
お絵かきと言われるは思わなかった。勇汰は思わず吹き出すように笑って、羽ペンの羽
の部分でバルの体をくすぐる。
「じゃー。何するのー?」
バルは笑わない。鱗があるためか、この程度の刺激では感じないみたいだ。
勇汰はくすぐるのを止めた。ペン先にインクを付けて白い紙と向かい合う。
「ちょっとイメージを整理しようと思ってさ」
「イメージを整理?」
「うん。魔法を使う時のイメージトレーニングみたいなのをしようと思うんだ」
「へー。何のためー?」
「今回、初めて意識してちゃんと魔法を使ったんだけどさ。結構、自由度が高いんだよね」
「自由度?」
「そ。俺が持ってた魔法のイメージってさ。もっとこう…………呪文を唱えて使うってイ
メージだったんだよ。呪文を唱えれば、それに応じた形や効果の魔法が出てくるもんだと」
例えば、火の玉が出るにしても一つか複数か。大きさも手のひらサイズかもっと大きく
それこそ町一つを飲み込むサイズか…………など。
他にも効果。
例えばパワーアップとか、相手の攻撃力ダウンとか。そう言う特殊効果の類の魔法も無
いかもしれない。
「この世界の魔法ってさ。…………えっと、炎を操ったり、風を操ったり。それぞれの属
性を操る力の事を言うみたいなんだよね。属性を操って、それでどう発現させるかは使い
手の想像力しだい。……って感じでさ。
だからイメージトレーニングをしようと思うんだ」
「ふーん。でもこの紙は何に使うのー?」
「この紙に取りあえず、俺が考えた魔法のイメージを書いていこうと思うんだ。例えば…
………ファイアーボール。えーと…………大きさは野球ボールくらい…………いや、ここ
はサッカーボールくらいの大きさの方がいいかな?」
スラスラとペンを走らせる。
「後は…………呪文をどうしようかな?」
呪文は必要無いのだが、あった方が格好いいだろうから考えよう。
「うーん! 悩むなー!」
悶える勇汰。バルはそれを眺めて暇を潰すことにした。
・ ・ ・ ・
「えーっ! 旅に出ちゃうのーっ!」
「いっ!?」
鼓膜が破れるくらいの声量で叫ばれたので、思わず耳を塞いだ。
「えっ!? いつよ! てか何でよ!?」
矢継ぎ早に質問してくるリーシャから逃れるために猛は距離をとる。
「落ち着けって! うーか、声うるせぇー!」
「猛もうるさいじゃないっ!」
「両方うるせぇぇっ!」
「いっ!?」
「おごっ!?」
リーシャの親父さんからの鉄拳制裁を受けた猛とリーシャはその場に沈んだ。
「いったーい…………。お父さん。何するのよー!?」
「うるさいからだ!」
「だって! 猛がどっか行くって!」
「だからそれを説明しに来たんだろうが。猛の話しを落ち着いて聞けって!」
「ぅぅ…………」
親父さんはリーシャの肩を押さえて椅子に座らせる。猛も頭を撫でながら二人に向かい
合うように座った。
「すまねぇな。……それで悪いんだが、最初っから話してくれねぇか?」
「はい。えっと…………」
さっきの衝撃で何を話しに来たのか忘れてしまった。足下に居るグランバルドに視線を
やり――。
「旅に出るって話しをしに来たんだろ? それくらい、忘れるな!」
「ああ、そうだったそうだった。えっと、オレたち。旅に出ます」
「だから何でよ…………」
「オレも実は詳しくはわからねぇんだけど。何でも勇者として。あちこちにある遺跡に行
かなきゃいけないらしいんだ」
「遺跡? そんなとこに行ってどうすんのよ?」
「なーんか。試練ってのを受けるらしい。それで認められればグランバルドに守護竜の力
が身につけられるってさ」
「グラちゃんが守護竜に…………」
リーシャが視線を落としてグランバルドを見ると、グランバルドは睨みつけるように見
上げてきた。
「…………俺じゃ、守護竜になれないって思った?」
「ううん! そんな事無い! そんな事無いよ! グラちゃんなら立派な守護竜になれる
って! 頑張って!」
「…………ふん。当然だ!」
グランバルドは今度は猛を見上げる。
「むしろ猛の方が大丈夫か心配なんだけどな?」
「オレ!? どうしてだ!?」
「ふん。どうして? 朝、ちょこっと魔法の特訓をしただけなのに、ヘバってたじゃない
か! 情けない奴!」
「ぅっ! ………………しょうがねぇだろ! 魔法なんて向こうじゃ使えねぇんだしよ!
初めての特訓で調子が狂っただけだ!」
負けじと言い返す。お互いの視線で火花がバチバチ散る。
「へぇー。猛が居た世界じゃ魔法は使えないんだ?」
「ああ。そうだぜ。…………そういやリーシャや親父さんは魔法は使えねぇのか?」
「魔法? …………さあ?」
リーシャは首を傾げる。
「使おうとも思った事が無いからわからないわ」
「使おうとも? どうして?」
「どうしてって…………。別に無くても普通に生活できるし。魔法が使えたからって、特
に特別な暮らしが出来るわけでもないもん」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんよ」
「…………」
今の話しを勇汰が聞いたらどう思うだろうか?
魔法は特別な力と思っている彼からしたら、信じられないという顔をするだろう。
「ま…………。そうかもな」
自分たちにとっては特別な力も、この世界で暮らす人間にとってはごく普通の身近な力
だ。だから特別感なんて無いのだろうし、きっとわざわざ修得する程の事でも無いのだろ
う。
使えると、ちょっと便利だなーっていう感覚のようだ。
「さてと」
親父さんが立ち上がる。
「これから仕事に戻るが…………。どうだ? 旅に出る前に仕事を手伝ってくか?」
「手伝います!」
魔法の勉強のせいで頭がぼんやりしてる。そんな時は無心で体を動かした方がいい。
「俺も手伝います」
グランバルドも着いて行く。
「よし! 頑張るか!」
手のひらを拳で殴って気合いを入れた。
・ ・ ・ ・
「うーん…………迷いますね」
輝は顎に手を当てて考える。
盾を象ったアクセサリーと剣を象ったアクセサリー。どちらにしようか?
「盾…………うーん。いや、剣…………」
どちらか決めきれない。
「………………もうっ! 悩むんだったら両方買っちゃいなさいよ!」
エアリムが翼で頭を叩く。
「え!? でも…………。二つは贅沢ですよ」
自分が使えるお金は神殿から支給されており、さらに制限が無い。好きな物を好きなだ
け買っても文句は言われないのだが…………。
「このお金はこの世界の皆さんの寄付金ですから。使う時はちゃんと責任持って使わない
といけないんです!」
そうやって自分たちを律しなければ、堕落してしまうだろう。自分がそうなるのは嫌な
ので、そこはちゃんとしなければならないと決めている。
「マジメねぇー。好きなだけ使っちゃいなさいよ!」
「それはダメです!」
まるで悪魔の囁きのように、エアリムが耳元で誘惑してくる。
「………………これにします!」
とっさに盾のキーホルダーを手に取った。何となく。自分を守る意味を込めて。
「あいよ。まいどあり」
お金を渡して、お釣りをもらう。重度の人見知りだった自分が、こうも簡単に買い物が
出来るようになるなんて…………。
成長したなと実感する。
向こうの世界の自分は、商品を選ぶ時間よりもレジに持って行く時間の方が長かったの
に。
「………………ふふっ」
長い紐をそれに付けて首からかける。
「どう、ですか?」
エアリムに感想を聞く。エアリムは飛び立って正面から見て――。
「うーん…………。あんまり似合わないわね」
「そ…………そう…………ですか…………」
がっかり。
「そんな木で出来た安物じゃなくて、もっと良いのがあるじゃない。そっちに行ってみれ
ば?」
まだ店先なので、店主に聞かれてはマズいと慌てて場所を移動する。
「こっちでいいんですよ。………………今はまだ」
そう。まだこっちでいい。どこにでもあるようなお土産屋のちゃちな飾りで。
今の自分にはそれくらいがお似合いだから。
「本格的なアクセサリーショップは…………。僕にはまだ敷居が高すぎるんですよ」
「だからって。何時までも安物を付けてたら、アナタの値打ちも上がらないわよ」
「…………そうかもしれません。でも…………今はこれでいいんです。いつか…………自
分がそれに相応しいって思える日が絶対に来ますので。それまでは…………」
「………………そう。わかったわ」
エアリムが右肩に留まる。
「あと…………」
「ん? 何かしら?」
「実は…………僕。アクセサリーを自分で作ってみたいなって考えてるんですよ」
「あら、いいじゃない。でもどうしたのよ。急に?」
「昨日、皆で買い物したじゃないですか。その時に納得のいくデザインのアクセサリーが
無かったから。だったら自分で作ってみればと言う勇汰のアドバイスを聞いて考えてみた
んですよ」
「あら。素直なのね」
「ふふ。…………はい。それで自分がどんなデザインが好きなのかなって、実はそれを考
えていたんですよ」
「そうなの。それで? どんなデザインが好きなのか教えてほしいわね」
「えっと…………それが…………ですね」
「どうしたのよ?」
「自分でも…………よくわからないんですよ。どのデザインもすっごく素敵に見えてしま
って…………迷ってるんです」
「さっきも迷ってたのもそうなの?」
「はい。さっきも盾と剣。どっちも格好いいなって思ったんです。それでどっちが自分が
より好きかなって、自分を試してたんですけど…………」
「アナタは盾を選んだわね」
「はい。たぶん、僕は身を守る方を好むのかもしれません」
「そうね。少なくとも今は保守的ね。でも。これから変わっていくかもしれないわ。まだ
決めつけない方がいいわね」
「…………そうですね。わかりました。もっといろいろな物を見てみる事にします」
「そうと決まれば、昨日行ったアクセサリーショップに行くわよ!」
「ぅ…………。行くんですか? まだあそこは…………。僕には…………」
「はいはい。そんな事言ってたら、いつまで経ってもいけないわよ! さあ、走って走っ
て!」
「ぅ…………ぅう…………」
エアリムに頭をつつかれて、輝は足取り重く歩き出した。
四
噴水の池の中を黒い影が揺らめいている。
「………………」
噴水周りに集まった少年少女たちが、一心不乱でその影を追いかける。
「こっちだー!」
「こっちこっち!」
池の周りをぐるりと行ったり来たり。
ばしゃあっ!
池の中からアクレインが勢いよく飛び出した。水飛沫が飛び散り――。
「わー!」
「きゃーっ!」
飛沫を浴びた子供たちが笑いながらあちこちに散って行く。
「………………ふふ」
友希は池の周りにあるベンチに腰掛けてその光景を眺めていた。
早朝の魔法トレーニングで精神的にどっと疲れが出てしまってやる気が出なくなった。
気分転換にと午後はこうして町に出て公園でぼーっとしているのだが…………。
「どうしました?」
アクレインがふわりと宙を泳いで戻ってきた。鱗が太陽の光を反射して青白く輝く。
「何か悩んでるように見えますが?」
「…………うん」
友希は頷く。ベンチの背もたれにもたれ掛かり――視線が上がる。空は今日も青く、雲
は自由だ。
「昨日の事をちょっとね…………」
昨日、買い物の途中で一人だけ別の事をやらされた。それ自体は必要な事だと思うから、
やらなきゃいけない事だったのだけれど…………。
「どうしてボクだけが…………」
皆でやればいいのに。自分一人に押しつけられた。
その不満が今も残る。
「…………女々しいかな? そんな事をいつまでも引きずるボクってさ」
「そうは思いません」
アクレインはきっぱりと、力強く否定してくれた。
「友希が真剣に悩むと言うことは、それだけ大切な事だからだと私は思います。だから友
希の悩みは決してそんな事なんかではありません!」
「アクレイン…………」
そう言ってもらえて凄く嬉しい。嬉しすぎてつい涙が出てしまいそうだ。
「ありがとう…………。そう言ってもらえて…………」
「いいえ。どういたしまして」
アクレインがにゅるっと友希の体に巻き付く。
「…………でもこれからどうしよう。いつまでもこんな気持ちを引きずるのは嫌だよ。は
ぁ…………。何でボクはいつもこんな…………寂しさを纏っているんだろう?
ねぇ、アクレイン。ボクはどうすればいいと思う?
どうすれば、ボクは仲間外れにされたとか、独りぼっちになったとか。そんな事を気に
しなくなれるのかな?」
正直。考えすぎだと自分では解っている。向こうはそんな気が無いのに、他人の感情や
考えを深読みしすぎてしまい、いつも空回っているのだと。
「そうですね…………」
アクレインは一度、空を眺める。そしてゆっくりと視線を友希へと戻す。
「一つ、思ったのですが…………。友希も打ち明けてみたらどうでしょうか?」
「打ち明ける? …………何を?」
「昨日。エマさんを励ます時に、友希さんは彼女に悩みを打ち明けるように促しました。
それと同じ事です」
「つまり。ボクも他の三人にボクの悩みを打ち明けろって事?」
「はい」
「………………それは」
ちょっと難しいかもしれない。いや、恥ずかしい。
自分の悩みを他人に聞かせるなんて…………。こんなどうでもいい事で悩んでるんだと
バカにされるかもしれない。
しなくても、そんな事を相談されても…………と困らせるだろう。
「したって…………どうする事も出来ないよ。だって結局。これはボクの心の問題なんだ
からさ」
寂しさを。孤独を感じるのは自分の心の弱さが原因だ。だから他人にどうアドバイスを
されても、一人じゃないと励まされても。自分が強くなれなければ変われっこない。
「確かに。根本的な解決は友希が成長する事でしょう。ですが、成長するためには切っ掛
けが必要だと思います。それに周りの協力も。
貴方自身を成長させる為にも、皆さんに協力してもらってはどうですか?」
「…………でも。迷惑じゃないかな?」
「少なくとも私は迷惑だとは思いませんよ。きっと他の皆さんも同じ筈です」
「……………………ぅーん」
アクレインのアドバイスを受けて、友希はしばらく唸った。
・ ・ ・ ・
「いただきまーす!」
「いただきます」
神殿の食堂。勇者四人とエマが一緒に食卓を囲んでいる。
メニューはいつもの野菜のスープ系…………ではなく。新メニューだ。
「エマさん。今日はいつもと違うね」
勇汰が大皿に盛られたポテトのサラダをスプーンで取り分けて皆に配る。
「はい! いつも同じ食事だと、皆さんが飽きてしまうのではと。今日は違う料理を用意
しました」
明るくハキハキと答える。
「実は…………。本当はもっと早くから出したかったのですが…………。失敗ばかりでお
出し出来なかったのです。ですが! 今日ようやく成功しましたので、こうして皆さんに
振る舞う事が出来ました!
どうぞ。お召し上がり下さい!」
「………………あ、はい。じゃあ」
元気すぎるエマの勢いに押されてポテトのサラダを口へと運ぶ。
「…………どうでしょうか? お口にあいますか?」
「………………」
一口食べた勇汰たちの表情が固まる。
「どうでしょうか?」
「えっと…………。美味し、かったよ」
皆を代表して勇汰が答える。
「本当ですか? 良かった!」
ルンルンとご機嫌にエマも自分の料理を美味しそうに食べ始める。
「………………」
それを見た後、四人は視線で会話する。
「………………」
料理は…………正直、微妙だった。不味くはないが、上手くもないと感じで。後は全て
の料理に言える事だが、薄味なのも勇汰的には物足りなかったが、それは言えなかった。
もちろん、彼女に遠慮して。
「あ! そうです。何か作ってほしい料理があったら仰って下さい! 何でも作りますか
らね!」
「あ…………はい……」
乾いた返事をする友希。彼も困った表情を見せている。
「…………」
「…………」
また自然と視線での会話になる。幾度かの視線のやりとりで、勇汰、友希、輝の三人が
一人の男に視線を集めた。
期待と願いが込められたその視線を受けた猛が――。
「………………っあああっもうっ!」
バンッとスプーンをテーブルに叩きつける。
ビクッと体をひきつらせるエマ。何事かと猛の方をジッと見つめる。
「わかったさ! わかった! オレがやればいいんだろ! ああそうさ! こう言うのは
オレの役割さ!」
三人は猛に心の中で手を合わせる。
「エマさんっ!」
「はっ! はいっ! な、何でしょう?」
エマもスプーンを置く。その表情は目を大きくパチクリさせている。
「はっきり言わせてもらう! オレは…………オレたちは今のエマさんには頼み事がし辛
いんだ!」
「え…………。どうしてですか!? 遠慮なく仰って下さい!」
「遠慮するさ! だって…………今のエマさんは…………気まずいんだから!」
「気まずい…………ですか?」
「ああ、気まずい!」
「どうして…………?」
「どうしてって……。そりゃ。ヴィクターの事だ!」
「…………」
「ヴィクターの…………」
エマの視線が…………表情が曇る。
「エマさんはオレたちがヴィクターに傷つけられた事を気にして、オレたちに対して必要
以上に気を使ってる。まるで罪滅ぼしのように。オレたちはそんな事望んでねぇんだ!
だからいつも通りにしてくれよ!」
猛が勇汰たちの顔を見る。ここからは参加しろと。そう目で訴えている。
「そうだよ。エマさん。俺も別に気にしてないからさ」
「ボクも。そうですよ」
「ぼ、僕も…………です」
「で、ですが…………。ヴィクターが皆さんを裏切った事には変わりありません。それな
のに、私…………」
「…………そこなんだよね。エマさんはヴィクターと自分を同じに扱ってる。エマさんは
エマさん。ヴィクターはヴィクターなんだから。そんなに気にしなくてもいいんだよ」
勇汰が訴える。すると何か反論しようとエマが口を開き――何か言う前に次の言葉を続
ける。
「ヴィクターを助けるよ」
「…………え?」
エマが驚いて顔を上げる。
「ごめん。それを最初に言うべきだったんだ。エマさんが気にしてたのはヴィクターが俺
たちを傷つけた事だと思ってた。でも多分、違うよね。ヴィクターが裏切ってしまった事
に一番傷ついているだ。そうだよね?」
「そ、そんな…………。そんな事ありません! 私は守護竜の巫女です! 何よりも勇者
である皆さんの事を第一に考えなければならないんです! だから私は皆さんのために!」
「それが余計なお世話っつてんだろうが!」
猛がエマを睨みつける。
「オレたちの世話をしてくれるのも。面倒を見てくれるのも。ありがたいさ。オレたちは
この世界の事なんて何にも知らねぇんだからな。だからオレたちはエマさんに頼るしかね
ぇんだ。だからこれからもエマさんを頼りにするし。甘えるさ。でもさ! エマさんはオ
レたちを一番に考えなくていいんだ!
優先させなくていいんだ!」
「そうですよ! エマさんはもっと肩の力を抜いて下さい! そうじゃないと、ボクたち
もエマさんと居ても気が休まらない!」
「友希さん…………」
「ぼ、僕も同じ気持ちです。これから、一緒に旅をするのに…………。エマさんが僕たち
と距離を取ってたら…………。ダメな気がするんです!」
「輝さん…………」
「エマさんもこれから一緒に旅をする仲間なんです。エマさんがどう思うとも。俺たちは
エマさんをメイドさんみたいに扱う気はないんです。仲間だから…………エマさんも俺た
ちに遠慮なんてしないで下さい!」
「勇汰さん…………」
「ヴィクターは操られている感じでした。だから…………きっと取り戻せます! エマさ
んもそれは気づいていたのでしょう?」
「それは…………」
「だから俺たちにお願いして下さい。ヴィクターを助けてって」
「うん」
「そうですよ」
「ああ!」
友希も猛も輝も力強く頷いた。
「皆さん…………私…………」
エマの目には大粒の涙が溢れていた。
「私は…………お兄ちゃんを助けたい! でも私には優先させなければならない使命があ
って…………」
「使命を守って。一緒にヴィクターも助ければいいじゃん!」
「勇汰、さん…………。ほ、本当に…………。いいんですか? 皆さんには皆さんの使命
があるのに…………」
「もちろん。どうせ途中で邪魔しに出てくるだろうから。無視出来ないだろうし。ついで
に助けてやるから。…………だからさ。もっと肩の力を抜いてよ。ね?」
「………………はい!」
エマが顔を上げる。指で涙を拭った彼女の顔は朗らかに笑っていた。
「勇汰さん。友希さん。輝さん。猛さん。どうか! ヴィクターを助けて下さい! お願
いします!」
エマが頭を下げ――四人は顔を合わせて笑う。
「もちろん!」
・ ・ ・ ・
「ふぅ…………」
勇汰はベッドに横になる。人の顔に見えた天井のシミが今ではもう気にもならなくなっ
た。
「とりあえず…………。旅に出る前に片づけたかった一番の問題を解決できたかな」
一番の問題。それはもちろんエマの事だ。
あのまま旅に出てしまえば、竜車の空間の中で気まずい時間がずっと続く事になっただ
ろう。慣れない旅に、気疲れする問題を持ち込んでは地獄だ。
「後は…………衣装の問題だけだ」
衣装の制作は順調に進んでいる。問題があるとすれば時間だろう。出発までの時間が実
はそんなに残っていないのだ。
守護竜の力を引き継ぐために封印を解かなければならないのだが。それを解くための儀
式が決められた期間でしか行えないのだと聞かされた。
そんな重大な情報を、ついさっき。食事の終わりにさらっと言われたのだから焦ってし
まった。
その儀式に間に合うためには遅くても明後日の夜までにはこの町を出なければ間に合わ
ないらしい。
「はぁ………………。慌ただしいな」
「全くだな」
勇汰の独り言を聞いていた猛も頷いた。
「それでどうする? 衣装は? 一から作ってたら間に合わないぞ?」
デザイン。発注。作成。どう考えても間に合わないと。
「それなら大丈夫。実はさ。予定を変更しようと思ってたんだ」
「変更? どこをだ?」
「えっと…………。オーダーメイドを止める。既製品を買って。それを俺たち好みにアレ
ンジする方向にしようかと想うんだけど…………。どうかな?」
「…………うん。それで良いと思う。と言うかそれしかねぇな。オレはそれで良いが……
……。他の二人は?」
「後で伝えに行くよ。さっきの風呂場でその話しをすれば良かった。エマさんの事ですっ
かり忘れてたよ」
「ああ。そうだな。つーかよ! 皆、オレに頼りすぎだ! アレじゃ、オレが傷つく事を
平気でズバズバ言えるキャラってなってしまっただろうが!」
「あはは。ごめんごめん。でも普段の猛もそんな感じだよ?」
「あのなぁ! オレだって一応は空気とか読んで考えるんだ。これは言って良い台詞だな
とか。ダメだろうなって事を。それで例え傷つくとわかっていても言うべき事は言う。そ
うしてるんだよ。今回は…………もうちょっと言い方があったんじゃないかって思ってた
んだよ。それなのに、強引にやらせやがって!」
「だからごめんって! それだけ早めに解決したかったからさ」
「だったら自分で言えよ! ったく!」
ぶつぶつ文句を言いながら、猛が寝間着を脱いで下着一枚になる。いつもの筋トレを始
める気だ。
「あ! 俺もしようかな? 筋トレ!」
勇汰もパンツ一枚になる。
「…………別にオレの真似しなくてもいいんだぞ?」
「いやぁ。俺ってば形から入るタイプだから。それにこの寝間着。運動するのに不向きだ
し」
「…………まぁそうだな。やり方。わかるか?」
「ううん。わかんないから教えて?」
「まずは――」
猛の指導の元、夜中のトレーニングが始まった。
・ ・ ・ ・
神殿の宿舎の一室。勇汰と猛が借りている部屋でそれは行われていた。
「結局。時間が無くて妥協しまくった形になってしまった。…………皆はこれでいい?」
勇汰が三人の顔色を伺うと、三人ともこくんと頷いた。
「いいっつーか。オレらは勇汰ほど衣装にこだわってねぇんだけどな」
猛の意見に、残りの二人は激しく同調する。
「えー! そうなのー?」
「そうだ。だから別に変なのじゃなけりゃいいんだよ」
「ぅぅ…………。そんな事言わないでよー。楽しもうよー」
「楽しむのは別にして。取りあえず、服装は無視出来ねぇから付き合うけど」
猛がベッドの上に並んだシャツを手に取る。
「いい加減、別の服を用意しないと、一着じゃ限界だったもんな」
「そうだね」
友希もシャツを手にとって広げてみる。
彼らが手に取ったのは特別な品ではない。この町の普通の服やで売られていた、ごく普
通のシャツだ。
色は四人分とも同じ色褪せた緑色だ。これはこのシャツの素材となった何かの植物の色
のままだそうだ。これを染め物屋へ持って行って自分好みに染めてもらうのが、一般的だ
そうだが。あいにくと時間が無いので、それは無し。
素材のまま勝負する。
「後はズボンだな」
畳んであるズボンを広げる。これも町の服屋にあった既製品で、デザインも色も同じ物
を四着用意した。
ベルトではなくて紐で縛って止めるタイプのハーフパンツで色は茶色だ。
「それと靴」
これも既製品の靴。革のような素材の厚底のくるぶしからすねの三分の一くらいまであ
るブーツタイプ。一見暑苦しそうに見えるが、履いてみると意外と通気性が良かった。難
点を上げるならば少々重いくらいだろうか。だがそれも頑丈なのを考慮すれば気にならな
い。
「着てみようか?」
「そうだね」
それぞれ服を脱いで用意した衣装へと着替える。
「…………」
着替えが終わった後、お互いの格好を眺めてみる。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
四人の視線が交わる。
「って! どんだけ仲良しなんだよ!」
「……ペアルック」
「これは…………。ちょっと…………ね」
「あれぇ? 思ってたのと違う………………。こんなはずじゃなかったのに…………」
口々に感想を言い合う。
同じ格好をした四人の男子が並ぶこの光景は、ちょっと怖いものがあった。
「どうしよう…………。俺のイメージだと、もっと格好良く決まるはずだったのに………
…。やっぱりジャケットが必要か!? でも時間も良い商品も無くて今回はパスしたから
…………」
「いや! そういう問題じゃ無いと思うぞ。俺は!」
「うーん? じゃ何がダメなんだろ?」
「うーん…………。何って言われても…………。基本的に四人とも同じ服装ってところか
な?」
「根本的なとこっ! 全否定!?」
頭を抱える勇汰。三人の後ろでは輝が一人でもじもじ、もぞもぞしていた。
「ほらっ! 早く出しなさいよ!」
エアリムに頭をつつかれる輝。慌てて紙包みを取り出した。
「あ…………。あの…………」
「ん? それは?」
輝が震える手で紙包みを広げる。中には四色の布が畳んで入っていた。
「昨日、ですね。エアリムと一緒にお店を見てまわっていたんです。それで…………ちょ
っと良さそうだなって思って、つい買っちゃったんですけど…………」
そう言いながら布を三人へと渡す。
「これ…………」
勇汰は手渡された赤い、フェイスタオルほどの大きさの布を広げた。鮮やかな赤色の中
に黒い大小の線が何本も不規則に交差したデザインが描かれている。
「ボクのは青色だね」
友希のは青色に大小の丸い輪っかのようなデザインがたくさん描かれている。
猛のは黄色に、大小の四角がたくさん描かれている。
ちなみに輝のは緑色に三角のデザインがたくさん描かれている。
「皆さんの属性カラーにピッタリだなって思って……買いました。あの…………どうです
か? 僕が選んだんですけど…………。ダメですか?」
頭を低くして恐る恐る伺うように聞いてくる輝。三人は布を握りしめる。
「良いよ! これ! こういうのがあれば全然違ってくるんだよ!」
勇汰は布を細く畳んで鉢巻きみたいに額に巻く。友希はスカーフみたいに首に。猛は右
腕に巻いた。
「あ、あとですよ。…………これを」
「まだあるの?」
出してきた紙包みを広げると中には手袋が入っていた。これも四人の属性カラーの手袋
だ。
「おおっ! これもいいじゃん!」
勇汰は赤、友希は青、猛は緑の手袋をはめる。
「あれ? 猛のと違う」
猛のだけ指先が無いタイプの手袋だ。
「手袋だけ…………同じのが無かったんですよ。それで…………」
輝が緑の手袋をはめる。
「輝のは…………袖があるタイプなんだ。…………何だよ。自分だけちゃっかり特別感出
しちゃってさ。しかもよーく見るとネックレスみたいのを着けてるしさ」
「いっ! いえっ! そう言うわけじゃないんです! 本当にお揃いが無くて! あとこ
れは、何となくなんですっ!」
ネックレスを手にとって慌てる輝が顔を真っ赤にする。
「わかってるって!
さ! 輝のお陰で個性が出たし。これでいいかな?」
「うん、そうだね」
「ま。取りあえずな」
「はい」
衣装はこれで決まった。
・ ・ ・ ・
とうとう出発の時がやって来た。
神殿の入り口にはお見送りの人だかりが出来て、ちょっとした賑わいを見せている。
混雑する人混みをかき分けて一人の少女が神殿の入り口へとたどり着いた。
「ふぅー。やっと来れた」
リーシャは呼吸を整えて目的の人物を探す。
「えっと…………。あっ! 居た居た! おーい! 猛ー!」
「おっ! 見送りに来たのか!?」
リーシャの顔を見た猛の表情が明るくなる。手を伸ばして彼女を掴み寄せる。
「本当に…………行っちゃうんだね?」
「ああ。…………すまねぇな。色々世話になってたのに、ちゃんとお礼とか出来なくて」
「そんなのは別にいいわよ。…………グラちゃんも。寂しくなるな」
「…………大丈夫だ。リーシャには皆がついてる」
「うん。そうだね」
「リーシャ。今までありがとう。今日、来れなかった皆にもそう伝えておいてくれ」
「うん。わかったわ。ちゃんと伝えておくね」
「オレの分もな」
「もちろん。わかってるわよ!」
猛の背中をバンバン強く叩く。
「あっ! エマだ!」
「リーシャさん!」
エマが駆け寄って来る。
「お見送り。ありがとうございます」
「うん。気を付けてね」
「はい。ありがとうございます」
エマが軽く頭を下げる。
「そう言えばさ。いつ帰ってくるの?」
「そうですね…………。少なくとも四つの遺跡を巡らなければならないので…………。順
当に行けば三ヶ月はここへは戻ってこれないですね」
「…………三ヶ月ね。…………長いな…………」
しみじみと空を見上げる。
「せっかく友達になれたのに…………。一緒にご飯食べに行ったり。お買い物とかもした
かったのにな」
「そうですね。私もリーシャと一緒にもっとお話しをしたかったです。でも…………」
「それがエマのやらなきゃいけない事だもんね」
「はい」
「…………わったわ。私も応援するからね。エマたちがちゃんと使命を全うできますよう
にって。だから大丈夫よ!」
「ええ。本当に心強いです」
「エマさん。荷物のチェック。終わったよ。そろそろ出発しようだってさ」
「勇汰さん。…………ごめんなさい、リーシャ。私たち。そろそろ出発しないと」
「うん。こっちこそごめんなさい。忙しいのに、邪魔して」
「ううん。こうして会いに来てくれて凄く嬉しいです。…………ちょっと落ち込む事があ
ったので、お陰で元気出ました。ありがとうございます」
「そう。何かあったら連絡、寄越しなさいよ! この私がすっとんで行って助けてあげる
んだから!」
「はい。心強いです! では…………そろそろ、お別れですね」
「…………うん。気を付けてね。じゃあね! バイバイ!」
「バイバイ!」
エマが竜車に乗り込む。窓から外を眺めているエマと勇者たち。竜車を見送る人たちへ
と手を振っている。
「出発するぞーっ!」
竜車を引くドラゴンが出発の合図を出す。前に居た人たちが道を開けて、ゆっくりと竜
車が動き出す。
「バイバーイ!」
小さくなる竜車へ向かってリーシャは何度も手を振った。
「またね」
竜車が見えなくなり、リーシャはそう呟いた。