第五話
一
「ラン、ラン、ララーン、ラララー」
鼻歌が、気がつくといつの間にか歌へと変わっていた。
廊下をすれ違う兵士や神官たちが、こちらを見てクスクスと笑っているので不思議に思
っていたが、これが理由だと気がつくのに随分時間がかかってしまった。
だけど。そんな事は別に気にもしない。
何故なら勇者四人の内、三人がもうすでに守護竜候補と契約したのだ。
残るは後一人。その最後の一人もすぐに契約できるだろう。
全ては順調に進んでいる。
だからこそ。守護竜の巫女、エマ・シンシアはこんなにもご機嫌なのだ。
「さて今日は何にしましょうか?」
台所に立つとエマは、今日の献立を考え始めた。
「ポタポタのスープ…………は初日に作りましたし。ゴロゴロの炒め物も作ったばかりで
すし…………」
基本的にこちらに来た勇者たちの世話は巫女である自分の仕事である。
それはこの世界の知識や情報を教えるだけでなく、身の回りの世話も含まれている。
例えば食事の用意や洗濯など。
「もう少し私にお願い事をされてもいいですのに…………」
物足りないと言うのがエマの感想だ。
守護竜の巫女と言う役目と立場を与えられた時に、どんなキツい事でも全うする覚悟を
決めたのに…………。
召還された勇者たちは全員、自分の事は自分でやるタイプだったのだ。
食事に関してはこちらに全面的に任せてくれている。それはまあ、彼らがこの世界の食
べ物について何も知らないのだから頼るしかないという事情もあるのだが、それ以外は結
構、自主性が強いみたいなのだ。
食事も料理はこちらでするが、お皿に盛ったり準備したり食堂に運んだりするのは自分
たちで。
洗濯にしても、自分たちで行ってこちらの手を煩わせないようにしてくれる。
それに見た目よりもずっと大人なのも意外だった。
異世界に突然呼ばれたにも関わらず、取り乱したりせずにあっという間に順応してくれ
た。
正直なところ。彼らに勇者の役割を受け入れてくれるのを説得するのが一番の難所だと
思っていたから。
受け入れられずに暴れたりするのかもと覚悟してたから、こんなりあっさり行って拍子
抜けだ。
「フフフーン」
鼻歌を歌いながら野菜を切る。
料理に関しても好き嫌いを言わないのでありがたい。
あ、でも…………。
「そう言えば、勇汰さんと輝さんのお二人は今日は町でお昼を食べると仰っていましたね」
ならば作る量を減らさなければと、取りすぎた野菜を籠へと戻す。
「町を気に入ってもらえてなによりです」
町へ出た勇者たちが口々にこの町は良い町だと言ってくれて凄く嬉しい。
「本当に……良かった」
ポロッと涙がこぼれた。
「どうされました?」
「あ、いえ……」
近くで調理をしていた料理係が心配して声をかけてくれた。
エマは涙を指で拭ってまな板の上の球根のような野菜を手に取る。
「ポロポロを切っていたので……」
「ああ、そうですか。ポロポロは切ると涙が出てきますかね」
「そうねんですよねー」
エマが笑って、真っ赤な細長い野菜を手に取る。
「大変ですね。巫女というのは」
「いいえ。そんな事はありませんよ。皆さん、とても良い人たちですので、助かってます
よ」
「そうですね。私にも挨拶してくれますから。ただ……」
「どうしました?」
「勇者様ってもっと怖い方って言うか…………もっと威厳のある方だと思っていたもので
…………。正直、頼りないなというイメージがあるんですよ」
「それは…………」
その意見にはエマも思う所があるのでハッキリ否定出来なかった。
でも――!
「大丈夫ですよ! 四人とも立派な勇者様です!」
守護竜の巫女として、そう答えた。
・ ・ ・ ・
「ヴィクター!」
廊下を不機嫌そうに歩くヴィクターを見つけたエマは早速彼を呼び止めた。
「エマか…………どうした?」
彼は振り返る。何故、エマが怒っているのかが解らないといった表情で。
「ちょっとこっちへ来なさい!」
「どうしたのだ? 一体……?」
「いいから来なさい!」
ヴィクターの耳を引っ張り、誰も居ない部屋へと連れ込んだ。
「痛いぞ! …………本当に何なのだ?」
「ヴィクター。貴方、本当にわからないのですか?」
「…………」
エマが問いつめても、彼は本当に解らないという顔をしている。
「はぁー……」
エマは呆れて息を吐いた。
「本当に…………貴方にはわからないのですね?」
「…………だから何をそんなに怒っているのだ?」
エマは近くの椅子へと座り、正面の椅子に彼を座らせた。
「私が怒っているのは勇者様たちへの貴方の態度の事です!」
「…………何だ。そんな事か」
勇者と言う言葉を聞いた途端、彼の眉がピクンと跳ねた。だがそれだけで他に嫌な顔は
しなかった。
「ヴィクター。貴方の気持ちはもちろん理解しています。貴方が勇者になれなかった事。
召還されてきた勇者があまりにも若く。貴方にとっては勇者としては到底受け入れられな
い子供である事。
…………その気持ちは私にも理解出来ます。
ですが!
――あの子たちを選んだのは他ならぬ守護竜様の御意志なのです。ならば私たちは守護
竜様に使える者として、彼らを勇者へと導き育てるために尽力すべきではありませんか?」
「………………」
エマの話しを聞いたヴィクターの拳に力がこもる。それを振り上げ――ゆっくり降ろし
た。
「…………わかっている。私とてそんな事はわかっているのだ。…………頭ではな。だが
この気持ちはどうにも嘘がつけないのだ。私自身が選ばれなかったこの気持ちも。勇者が
あのような子供である事も…………。
どうしようもなく腹立たしいのだ!」
「ヴィクター…………」
ヴィクターは今にも激高しそうな苦しみを必死で押し殺している。夢が叶わぬ理不尽に
耐えている。
「…………わかりました」
この場はエマが折れた。このままでは彼の心が壊れてしまうかもしれない。
「無理に……とは言いません。ですがせめて。今までのようにあの子たちへ貴方の怒りを
ぶつけるのは止めてください。
あの子たちにとっても、貴方のその怒りは理不尽なものですから…………」
「…………約束は出来ん」
ヴィクターが立ち上がり――ドアへと向かう。
ドアノブに手をかけてゆっくりとこちらを振り返る。
「…………だが。もうすぐだ。もうすぐ私はこの内に宿った怒りや苛立ちと決着をつける
事が出来る!」
そう言い残して部屋を出て行った。
・ ・ ・ ・
コンコン。
「どうぞ」
部屋の中から声が聞こえたのでエマは扉を開けた。中には勇者の一人である水島友希と
彼が契約したドラゴンのアクレインが寝ていた。
「失礼します」
「どうぞ。エマさん」
中へ入ると彼が起きあがる。笑顔を見せてくれているが、体を動かす度に顔のあちこち
を引き吊らせていた。
「お体の具合はどうですか?」
「うーん…………。まぁ、そんなには良くはないかな? 体のあちこちが痛くて…………
寝てるのもちょっと辛い」
「そうですか…………」
エマは俯く。自分が癒しの魔法を使えたら、彼らのダメージを癒してあげられるのにと。
「まぁ、でもこれはしょうがないよね? だって今まで自分が怠けてた分が一気に来たよ
うなものだから。
だから……これは我慢するしかない。火野くんの場合は一日休んでたら治ったみたいだ
し。ボクも今日一日の辛抱だから」
そう言って笑顔を見せる。彼は自分が苦しくても相手を気遣える優しい勇者だ。
「それなら私も一安心ですね」
にゅっとアクレインがベッドから頭を出した。
「ごきげんよう、アクレイン」
「ごきげんよう。エマさん。お見舞い、ありがとうございます」
「いいえ。勇者様と次代の守護竜様のお世話をするのが私の使命ですので。お気になさら
ないでください」
「いえいえ。例えそれが貴女の使命であっても、こうして私たちを心配してくれる。その
お心遣いには、ちゃんと感謝を述べたいのですよ」
「…………そうですね。アクレインの言う通りです。いつもありがとうございます。エマ
さん」
「い、いいえ…………。そんな事は私は…………本当に大した事など出来なくて…………」
まさか自分の働きっぷりがちゃんと評価されてるとは思ってもいなかった。
不意を突かれてつい、心が大きく揺さぶられる。
「…………ところでエマさん。ちょっと聞きたい事があるんですが…………いいですか?」
「はい! 何なりと!」
「ボクたちがこの世界で、勇者としてすべき事って一体何ですか? まさかアクレインが
大人になるまで普通に面倒を見るだけ…………ではないですよね?」
「ええ。もちろんです」
「では何をすればいいんですか? ボクがアクレインを守護竜へと育てるには? ………
…そもそもボクたちの役目って?」
「そうですね。それは四人の勇者と四体のドラゴンが揃ってからお話ししようと思ってい
たのですが――」
「え? ああ、すいません! だったら皆が揃ってからで良いですよ」
友希が慌てて両手を降って話しを止める。
「いえ。かまいませんよ。簡単にお話ししますと、皆さんには旅に出てもらいます」
「旅…………ですか!?」
「はい。守護竜の神殿を巡る旅です。このカウンティアには四体の守護竜が暮らしていた
神殿が遺跡として残っているのです。そしてその遺跡には守護竜の力が今も眠っているの
です」
「守護竜の……力?」
「はい。四つの神殿にそれぞれ一つずつの力。それを貴方たちが継承して初めて守護竜と
なれるのです」
「力の継承…………でもそれなら、ボクたちって必要ないんじゃありませんか? 単に力
を引き継がせるだけならそれこそドラゴンだけで十分では?」
「友希さんの疑問はもっともです。ですが、それは他の理由があるのです」
「他の…………理由?」
「先代の守護竜様たちは、その力を悪用されないようにと封印を施しました。その封印と
は勇者と、勇者と契約したドラゴンでなければ、力を継承するための試練を受けられない
ようにするものです」
「試練? えっ!? 待ってください! 力の継承って…………ただ引き継ぐだけじゃな
いんですか!?」
友希が驚き――ベッドの上で痛みに悶える。
「ええ。力の試練を合格した者だけが守護竜の力を継承出来るのです。ですが、そもそも
その試練を受ける事が出来るのが異世界から来た勇者様たちだけなのです」
「そう…………ですか」
彼は驚き戸惑っているようだ。そんな彼にアクレインがそっと寄り添う。
「大丈夫ですよ。私も付いていますので」
「アクレイン…………。うん。君が居てくれればボクも大丈夫。改めてよろしくお願いし
ます」
「ええ。こちらこそ。よろしくお願いします」
試練を知り、動揺しつつも覚悟を決めて受け入れてくれたこの精神の強さ。彼らはやは
り勇者なのだと安心出来た。
・ ・ ・ ・
コンコン。
「失礼します」
「…………」
「…………………………?」
ノックをしたのに反応が無い。
「…………おかしいですね?」
コンコンコン。
「………………」
もう一度ノックをしてみたが、何の反応も無い。
「変ですね?」
部屋の中から気配がする。ただ眠っていてノックに気が付かない…………訳ではないよ
うだ。
「……………………!」
「………………!?」
部屋の中から声が聞こえてくる。
「………………」
ドアに耳をそっと近づけて中の様子を伺うと、言い合いのような声が聞こえてきた。
どうやらこの言い争いのおかげで自分たちの声が向こうへと届いていないようだ。
一瞬――エマは考える。
騒ぐほど元気ならば、わざわざ見舞う必要などないではないかと。
「いいえ。それはダメです!」
そう言う事では無いだろう。例え体調が万全であっても、常に勇者の事を考えるのが自
分の役目なのだから。
「……失礼します!」
返事を聞かずにドアを開けて中へと入る。
「あの…………どうされましたか?」
猛とグランバルドが部屋の中央で睨み合っている。
「……ん? ああ、エマさん。別に……たいした事じゃないんで。気にしないでください!」
「で、でも…………」
そうは言われても、この険悪な雰囲気を黙って見過ごすわけにはいかないのだ。
「あの……。よろしかったら事情を説明して頂けませんか?」
「…………いや。別にいい、です」
猛はグランバルドを睨みつけるのを止めて、ベッドへと戻った。
「…………ふん!」
グランバルドも、猛と喧嘩していたみたいなのに、何故か彼のベッドの下へと移動する。
グランバルドはベッドの上には上がらずに、床の上で頭と手足を甲羅のような外郭に引っ
込めた。
「…………」
エマも彼のベッド脇まで行く。彼はベッドの上で両手を頭の後ろで組んで枕にして、仰
向けに寝ている。
「猛さん。お体の具合はどうですか? 先ほどはもう立ち上がっていらっしゃったようで
すが…………?」
「体? それならもう大丈夫だぜ!」
猛は何も問題無いと手を振る。
「…………本当に大丈夫ですか? 友希さんはまだお辛そうでしたけど……」
友希は会話をするだけで顔を歪めていた。けれど猛はそんな様子は無く、平気そうに見
える。
「一応、オレは体を鍛えてるんで。…………ダメージも少ないし、回復も早いみたいだ」
「そうなんですね」
成る程と納得する。日常的に鍛錬している彼は、ひょっとして戦士の家系なのだろうか?
だとしたら、とても心強い。
でも…………。
「あの…………本当に何かありましたら遠慮なく仰って下さいね?」
「…………何か?」
「先ほどの喧嘩もそうです。悩み事があるなら、私でも相談に乗ることが出来ますので…
………」
勇者とドラゴンが喧嘩するなんてあってはならない事なのだから。それを回避するため
にも、グチの一つや二つはしっかりと聞いてあげるのも役目だから。
「あー。ああ…………。それなら…………本当に何でも無いから」
「………………本当ですか?」
ジッと猛の目を見ると、彼は視線を横へ動かした。
「まぁ…………。あれだ。本当にたいした事じゃなかったんだよ」
彼はベッド下のグランバルドへ視線を移す。
「オレがベッドで…………その……寝返りを打った時に…………ちょっと油断して「いて
っ」って口から出たんだ。そしたらグランバルドの奴が「ふん。それくらいのダメージで
痛がるなんて大した事ねぇな」って言いやがってよ!」
「…………ふん。その通りじゃないか! 俺なんてそんなダメージ。あっという間に消え
たのに。猛はまーだ残ってるんだから。…………軟弱って事さ」
「ほう! 言ってくれるじゃねぇか! オレが本当に軟弱かどうか…………勝負するか?」
「いいぜ! 受けてやるよ!」
猛がベッドから飛び降りて部屋の中央へと移動する。もちろんグランバルドも。
「あわわわっ!」
部屋へと入って見たシーンと同じ光景だ。つまり、さっきの流れでこうなっていたのだ
とエマは理解した。
「ちょっと待って下さい! わかりましたから! だから喧嘩は止めて下さい!」
エマが止めにはいるが…………今度は二人とも引く気は無いようだ。
「あわわわ。どうしましょう」
狼狽えるエマ。その時、部屋の扉が勢いよく開いた。
・ ・ ・ ・
「あのー。すみません。猛って居ますか?」
「ん? 何だね? 君は?」
神殿の入り口を警備している兵士に訪ねると、目つきを鋭くされた。まるで不審者を見
ているように。
「私はリーシャって言います。今日は猛のお見舞いにやって来ました」
その証拠にと腕にぶら下げたバスケットの中を見せる。
兵士は中を確認して、少し考える素振りを見せて…………。
「いいだろう。ただ彼は今はここには居ない」
「ならどこに居るんですか?」
「…………」
兵士が再び目を細くする。ひょっとして目の前のキュートな女の子に猛の居場所を教え
ても良いものかと考えているのかもしれない。
「…………教えて下さい」
「…………わかった。良いだろう」
「やった!」
キュートな女の子らしく可愛く振る舞った甲斐があったというものだ。
「彼なら宿舎で休んでいるはずだ」
「宿舎…………。それはどこにありますか?」
「宿舎はこの道をぐるりと回り込んだ先にある建物だ」
「そうですか。教えてくれてありがとうございます」
親切な兵士に礼を言って、リーシャは宿舎を目指す。
「…………猛とグランバルド。元気にしてるかな?」
昨日、二人が魔物と戦ってヘトヘトになっていたと父親から聞いた。本当ならばその話
しを聞いた時に様子を見に行きたかったのだが、ゆっくり休ませてやれと言う父の言葉を
受けて自重した。
なので一晩経った今日、改めて様子を伺いに来たのだ。
「ここね?」
建物を見上げる。神殿の裏にある小さな建物だ。一応、勇者なのにこんな所で寝泊まり
しているなんて…………。
「本当に勇者なのか…………。疑わしいわね」
まあ、別に本当に勇者であっても何も問題無い。それで彼への態度を変える気など無い
のだから。
「ふうん。ここなのね……」
この宿舎の管理人から部屋を教えてもらい、入り口に立つ。さて後はこの中に入って猛
へと手土産を渡せばいいだけなのだが…………。
「…………」
入り口で突っ立ったまま動けなくなった。
「…………」
まずい。緊張してきた。
どうしてかは解らないが。緊張して扉を開けられないのだ。
「…………こんな事って初めて」
初体験の自分の感情に戸惑う。産まれてから今まで接してきたのは皆、自分よりも年上
の大人たちばかり。だからもしもこのドアの向こうに居るのがずっと年上の大人ならばき
っとこんな緊張なんてしないだろう。
でもこの向こうに居るのは自分とそう大差無い歳の――男の子なのだ。
そんな彼に会うだけでこうも緊張するなんて……。
「大丈夫。大丈夫……」
自分に言い聞かせる。
相手は歳が近いだけの男の子なんだ。それがどうした?
緊張する理由なんて何も無いだろ!
「よし!」
覚悟が決まった。
「さあ! 中へと入るわよ!」
扉を勢いよく開ける! 少しでも躊躇うとまた止まってしまいそうだったから勢いに任
せた!
「やっほー! 猛! グラちゃん! 元気してる!?」
扉を開けて飛び込んできたのは、一人の女の子を中心に猛とグランバルドが睨み合って
いるシーンだ。
「えっと…………。ひょっとして私ってお邪魔?」
変なタイミングで入ってしまった?
ゆっくり後ずさりする。
「ちょっと待った! 変な誤解するなよ! オレとグランバルドが勝負しようとしてたら、
エマさんが止めに入っただけだ!」
猛がそう説明するとグランバルドとエマと言う女の子が頷いた。
「…………あ、そうなんだ」
変な勘違いをしちゃったなと反省して前へと進む。
「あのさ。これ。お見舞いの品を持ってきたんだけど? …………食べる?」
バスケットを猛へと手渡す。彼は受け取るとすぐに中を覗き込んだ。
「おっ! サンドイッチじゃん! 上手そう!」
喜んでくれてホッとした。
「お父さんたちのお弁当の余り物で作った奴だから…………あんまり出来は良く無いけど」
「そんな事ねぇって! すんげぇ上手そうだ! ありがとな!」
「喜んでもらえて良かったわ」
予想以上の喜びっぷりに、こっちが照れてしまった。
「グラちゃんも。元気そうで良かったわ」
「はい。これくらい何ともありませんよ。…………猛とは違うので」
「お前な、いちいち言わなきゃ気が済まないのかよ!」
「本当の事だろ!」
猛とグランバルドの睨み合いが始まる。その間に挟まれた女の子があたふたしているの
で――。
「いい加減にしなさい!」
猛とグランバルドの頭を軽く小突いてやった。すると二人は大人しくなってベッドへと
戻った。
「全く! まだ体調が万全じゃないんでしょ!? だったら大人しくしてなさい! いい
わね!?」
「…………はーい」
「わかりました」
猛とグランバルドが大人しく頷いた。
二
「えっと…………。改めて自己紹介をしますね。私は守護竜の巫女、エマです」
「私は町外れで建物を作る家の子リーシャです」
二人はお辞儀をした。
猛とグランバルドが大人しくなった後、二人は宿舎から出て神殿へとやって来た。
猛のお見舞いにやって来ただけだからと、すぐに帰ろうとするリーシャを引き留めて神
殿の中へと案内したエマは、ついでに昼食を一緒に食べる事にしたのだ。
「いただきまーす」
「どうぞ。召し上がって下さい」
用意したスープをリーシャは美味しそうに頬張る。それを見てエマは嬉しくなった。
「たくさん召し上がって下さい。たくさん作りましたので」
「それじゃ遠慮なく…………。あれ? エマさんがこの料理を作ったのですか?」
「ええ。そうですよ」
「…………?」
リーシャはスプーンを置いて不思議そうな顔をする。
「どうされました?」
「いえ…………。エマさんって…………偉いんですよね?」
「ええ、まあ」
「なのに。料理をなさるんですか?」
「もちろん。料理だけでなく、掃除に洗濯などもしますよ」
「へぇ…………。意外」
「意外…………ですか?」
「ええ。だって私。神殿の偉い人たちって、自分よりも偉くない人たちをこき使ってるん
だと思ってました」
「ああ…………」
クスッと笑う。
「それは偏見です。どんな役職であっても炊事や掃除、洗濯はやりますよ」
――当番制ですがと付け加える。
確かにリーシャの言うように、一部の神官たちは自分よりも位の低い神官に身の回りの
世話をさせている者たちが居るのも事実だ。
けれどそれが問題にはならない。何故なら日々のそういった当たり前の家事さえも修行
の内と考えられているので、修行をサボれば結果的にそのツケは自分に帰ってくるのだか
ら。
「ふうん。なぁんだ。巫女様って私たちとあんまり変わらないんだ…………じゃなかった。
変わらないんですね?」
慌てて言い直す彼女へ向かって首を横に振る。
「いいですよ。普段通りの貴女の話し方で話していただいても」
「でも…………エマ様は偉い巫女様なのに…………友達みたいに話すなんて」
「別に構いませんよ。どちらかと言えば私も貴女とは友達みたいにお話ししたいんですよ。
だから貴女もお友達とお話しするみたいに接して下さい」
「友達みたいに…………」
リーシャの視線が僅かに下を向く。
「どうしました?」
「あ、いえ。実は私…………同い年くらいの女の子の友達がいなくて…………」
「そうだったのですか! ならちょうど良かった。実は私も歳の近い女子の友達がいない
のですよ。もし宜しかったら私とお友達になってくれませんか?」
「えっ!? でも…………私とは身分が違いすぎますよ?」
「身分なんて関係ありませんよ。私は貴女とお友達になりたいのですから」
「…………エマ様」
「その様は止めて下さい。エマで良いですよ」
「だったら――エマ?」
「はい。何でしょう?」
「私の事もリーシャって呼んで?」
「わかりました。リーシャ」
お互い目を合わせてふふっと笑う。
「あの……さ、エマ。私って男ばかりに囲まれて育ったから。正直、言葉遣いが荒くなる
時が多くなるって言うか、多分ほとんど悪いと思うから。……その時はごめんなさい」
「気にしないで下さい。実を言うと、神殿で働く私も周りには大勢の男性が居ます。その
人たちと対等に渡り合うためにこちらも強気に出る時もありますので。その時はごめんな
さい」
「……ふふ」
「ふふふ」
二人、目を合わせて笑う。
「あ。いけません! お喋りしてる間にスープが冷めてしまいましたわ」
「あ、本当ね。でも良いわ。エマの作ったこのスープ。冷めても美味しいから」
「本当に!? それなら良かった」
この後もエマとリーシャは仲良くお喋りを続けた。
・ ・ ・ ・
「ふぅ……」
エマは力を抜いた。
両手で抱えた分厚い本を机に置くだけで一仕事だ。
「では」
苦労して運んできた本を開く。
「えっと…………確かこの本で――あ、ありました」
目的のページを見つけて表情が綻ぶ。
「リーシャが作っていた料理はこれですね!」
書かれている文を目でなぞる。
「ふむふむ。…………なるほど。新鮮な野菜や果物をパンで挟むのですね」
こんな料理があったとは、まさに目から鱗だ。
「私もまだまだ勉強不足ですね」
リーシャがお見舞いで持ってきたサンドイッチと言う料理を見た猛は目をキラキラ輝か
せていた。あの反応は自分の料理を見た時には無かったものだ。
「…………私の料理は、お口に合わないのでしょうか?」
勇汰も友希も、猛も輝も美味しいとは言ってくれてる。だけど猛のあの反応を見て、そ
して外で食事をしたいと言ってきた勇汰と輝の様子を見てしまうと自分の料理の味に自信
が無くなってしまう。
「…………不満があるのでしたら言って下さればよろしいのに」
料理の味付けとか、リクエストとか……。
どんな要望にも応えられるように努力するつもりでいたのに、ちょっとガッカリだ。
「でも……まぁ。まだもう少し時間が必要なのかもしれませんね」
まだ四人ともこの世界に来たばかりなので、知らない事や解らない事も多い。それに遠
慮もあるだろう。
それぞれと話しをしてみて共通して抱いた印象は、四人とも優しいだ。優しさの形はそ
れぞれ違うが、他人を思いやれる優しさをその胸に宿している。
「これからもっと皆さんとお話ししていかなければなりませんね。そうすればもっと心を
開いて下さるはず」
そのためにはまずは料理から始めよう。
人は美味しいものを食べてる時、素直になれると聞いた事があるから。
「…………どのような料理がいいのでしょう? やはり皆さんの故郷の味に近い料理がい
いのでしょうか?」
だとすると、この本に載っていないかもしれない。
仮に載っていたとしても無理かもしれない。この本は一応はカウンティア中のメジャー
な料理の紹介と作り方が載っているレシピ本ではあるのだが、その中には当然ここでは手
に入らない食材や調味料などがあるので、レシピがあっても全てを作れる訳ではないのだ。
「いずれにせよ。まずは皆さんにどのような物が食べたいのかをお聞きしなければなりま
せんね」
それに味の好みや食べたい食材なども聞いておいた方が後々のためにもいいだろう。
「ふふ」
自分が腕によりをかけて作った美味しい料理を食べて笑顔になる勇者たちの顔が目に浮
かんだ。
「さーてと! では今日の夕飯はいつもとは違う感じの料理を作ってみましょう!」
何か喜びそうな料理がないかと、ページをパラパラめくる。
「うーん。どれもいまいちですね……」
今ある食材では、どれもありきたりな料理しか作れそうにない。困ったなと悩んでいる
と――。
「エマさんっ!」
勇汰が慌てて図書室へと駆け込んできた。
「勇汰さん? どうされましたか? そんなに慌てて」
「大変なんだエマさん! えっと! ええっと! …………とりあえず見て!」
そう言って彼が抱いているフレイバルのバルを見せてきた。
「バルさん? バルさんがどうされたのですか?」
バルは気持ちよさそうにうとうとしているようだが?
「えっと…………! 俺にもよくわからないんだけどさ! とにかく! バルの調子が悪
いみたいなんだ!」
「ええっ!? それは本当ですか!?」
勇汰からバルを受け取る。触った感じでは特に変わった様子は見られないが?
「勇汰さん。バルさんのどの辺が調子悪そうなのですか?」
「えっと…………。なんか眠そうなんだって」
「眠そうですか?」
「そうみたいなんだ。それにあの鳥のドラゴン…………、あれ? 名前はなんて言うんだ
っけ? 忘れた! 鳥みたいなドラゴンが教えてくれたんだ。バルの調子が悪いって!
変な感じだって!」
「変な感じ…………?」
正直、見た目では本当に解らない。もちろんエマはドラゴンの怪我や病気を診る専門家
ではない。だが守護竜の巫女になるために、ドラゴンの診察が出来るだけの知識と経験を
ちゃんと持っている。
その彼女が診ても変だとは思えないのだが…………。
「…………わかりました。診てみましょう」
「お願いします!」
勇汰の言う事を信じる事にした。
・ ・ ・ ・
「…………エマさん。ここで何をするんですか?」
バルを抱えたまま勇汰はキョロキョロと辺りを見渡している。
「儀式魔法ですね」
そう答えると彼は大げさに驚いた。
「ええっ!? いや! そんな大層な事なんてしなくてもいいですよ!」
「いいえ。バルさんの調子が悪いと言う勇汰さんの感覚を信じます。ですが、普通の診察
ではバルさんの不調の原因を突き止められませんでした。
ならば最後の手段として魔法で診察します」
「診察しますって…………。どんな魔法なんですか?」
「儀式魔法を用いてバルさんの体に何か異常が無いかを調べるのです」
「…………そんな便利な魔法があるのなら最初っからそれで診察してくださいよ」
「すみません。この儀式魔法は特別な薬品や、複雑な術式の手順を踏まなければならない
もので…………。滅多には行えないもので……」
そう説明すると勇汰の顔がちょこっとだけ引き吊る。
「ひょっとして…………。この術って、お値段がかなりします?」
「……そうですね。特別な薬品を使いますので…………。まず普通の家庭ではこの診察は
受ける事が出来ないですね」
「えっと…………。俺、お金とかないんですけど?」
「大丈夫ですよ。神殿がお金を立て替えますので。安心して下さい」
「な、なら……。お願いします」
「はい! お任せ下さい!」
勇汰からバルを預かる。勇汰への説明の間に儀式の間での準備はすませておいた。後は
バルを魔法陣の中心に置いて呪文を唱えるだけ。
「では始めますので。お静かにお願いします」
「はい……」
エマは指を組んで祈り始める。するとバルの体がうっすらと光り出した。
「…………これは!?」
「うっ!?」
バルが急に苦しみだした。光りの中に黒い陰が見え隠れする。
「そんなっ!? まさかっ!?」
エマが祈るのを止めるとバルの体の光りが消えた。
「どうしたんですか? バルの体に一体なにが?」
「勇汰さん。落ち着いて私の話しを聞いて下さい」
「…………」
心配する勇汰を落ち着かせてから説明を始める。
「バルさんの中に魔物の力がとりついています。バルさんの不調の原因はこれにあります」
「魔物の力!? えっ!? どうしてっ!? 大丈夫なのっ!?」
取り乱しそうになる勇汰の肩を両手で押さえて落ち着かせる。
「大丈夫です、勇汰さん。落ち着いて下さい。どうしてなのかはわかりませんが、バルさ
んは大丈夫です」
「本当に?」
「ええ。バルさんの中にある魔物の力を浄化すれば元通りになります」
「浄化? どうすればいいんですか?」
「汚れを浄化する。それには勇汰さんの協力が必要です」
「俺の…………協力? 言ってくれ! 俺に出来る事なら何だってやってやる!」
「わかりました。それではまず、紋章を出して下さい」
「紋章? わかった! こう……か?」
言われた通り。勇汰は紋章を出現させた。
「ではその紋章をバルさんの額へと近づけて下さい」
「…………!」
ゆっくり紋章を近づける。するとバルの額にも紋章が浮かび上がった。
「勇汰さんの紋章の力でバルさんの紋章を共鳴させているのです。これでバルさんが持つ
浄化の力が増幅されて――」
「うっ!」
バルが呻く。苦しそうな表情を一瞬見せて…………すぐに穏やかになった。
「どうやら無事に浄化が完了したようですね」
「本当? やったぁ!」
勇汰がバルを抱き上げる。
「大丈夫か? バル?」
「大丈夫。…………そんなにたいした事じゃなかったから」
「よかったよ。でもどうして魔物の力がとりついていたんだろう?」
「それはわかりません。ですが本当に微弱だったのが幸いでした。そのせいで私でも気づ
けませんでしたが、そのお陰で簡単に浄化が出来ましたから」
「…………次からも同じ方法で浄化できるって事ですか?」
「いえ。いつも同じとは限りません。そもそもこの方法はお互いの紋章を近づける事でお
互いの力を増幅する手段なのですから」
「…………それってつまり。戦闘でパワーアップしたり出来るって事?」
「そうですね。その方がより近い解釈ですね」
そう答えると、勇汰は何かを企んでいるような笑顔を見せた。
・ ・ ・ ・
「くぅー!」
「おっ! ここか? ここなのかぁ?」
「くぅー! ゆーた……。ダメ…………そこは…………だめぇ!」
バルがベッドの上でクネクネと踊り出す。
「くくく! ほうれ! ほうれ!」
「くぅー!」
「くくくく!」
「……………………おまえら。何、やってんだ?」
隣のベッドで寝ていた猛がこちらを見て口をポカンと開けていた。
「何って…………マッサージだよ?」
見て解らないの?と返事を返す。
「いや。わかんねぇよ。…………オレにはただバルとじゃれてるくらいにしか見えねぇっ
て」
「そう? …………まぁ、確かにバルで遊んでいたのは否定しないけど」
「なっ!」
バルがショックを受けて固まる。その大きな瞳に大粒の涙を浮かべてうるうる視線を向
けてくる。
「そ、そんな…………。俺を弄んでたなんて……」
「ふっ! 弄ばれるお前が悪いのさ…………」
「…………なんだ。コントか」
くだらないとばかりに猛が大きなため息を吐く。
「いやいや。マッサージは本当ですよ。本当!」
慌てて弁明する。
「バルの奴がさ。調子悪かったから」
「……? どこか具合が悪かったのか?」
「うん。そういえば言ってなかったね。なんかさ。バルの体にモンスターの汚れ? みた
いなのがとりついていたみたいなんだ。そのせいでバルがずっと元気なくていつも眠たそ
うにしてたんだ」
「もう大丈夫なのか?」
「うん。エマさんのお陰でね。エマさんにバルの体を診てもらって汚れも浄化したから。
それで全快したバルの体をマッサージして労ってたってわけ」
「…………労ってるっていうか、遊んでるようにしか見えなかったけどな」
「うん。遊んでもいたさ。だって…………バルの奴が可愛いんだもん!」
バルをギュウッと抱きしめる。ゴツゴツの鱗が肌を押し返すこの感触。最初は慣れなか
ったが、今になるとこれが結構クセになるのだ。
「ぐうぅー」
バルの奴もまんざらじゃないようだ。抱きしめると安心してくれてるのが伝わってくる。
「土屋くんもグランバルドでやってみれば?」
「オレがグランバルドで!?」
猛が視線を落としてベッド下のグランバルドを見る。ちょうどグランバルドも猛を見上
げていて、お互いの視線が交わった。
「…………」
「…………」
お互いの視線がバチバチと火花を散らす。
「いやいや! それは無い!」
「そうそう! ありえない!」
二人の意見が見事に一致する。
「仲が良いのに?」
「別に仲が良いからってそんな事はしねぇよ。俺らは別になれ合う関係じゃねえし」
「そうだ。甘えるような関係じゃないからな!」
グランバルドが声を上げる。
「おいフレイバル! お前は恥ずかしくないのか!? 人間にそんな尻尾を降って。ドラ
ゴンとしてのプライドは無いのか!?」
「プライド? …………もちろん、あるよ」
ベッドを飛び降りたバルがグランバルドの前へ行く。
「でも別にゆーたと仲良くする事でプライドが無くなるわけにはなんないよ。変なのー」
「そう言う事じゃない! 人間のご機嫌をとって。あれじゃまるで愛玩動物みたいじゃな
いかって言ってるんだ!」
「そんなの別にどーでもいいけどなー。だってバル。楽しいもん。それでいいじゃん」
「…………ふぅ。どうやらお前には何を言っても無駄なようだな!」
あきらめたグランバルドが手足と頭を甲羅へと引っ込めた。
コンコン。
「ん? どうぞ!」
扉をノックする音がしたので皆、そこに注目する。
「お邪魔します」
入ってきたのは友希とアクレインだ。
「いらっしゃい。どうしたの?」
「えっと…………。風祭くんってこっち来てないよね?」
「風祭くん? ううん。来てないよ。どうしたの?」
「それが…………。どうもまだ帰って来てないみたいなんだ」
「ええっ!? 本当に!?」
勇汰がベッドから飛び降りて友希へと駆け寄る。
「うん。だから心配で…………。火野くんって、確か今日は風祭くんと一緒に町に行って
たよね?」
「うん。でも俺、途中で帰っちゃったから…………」
バルの不調を教えてもらい、彼を残して神殿へと戻ってきた。それ以来まだ見ていない。
「まさか…………迷子?」
「もしくは外でトラブったか?」
猛が言った可能性を聞いて、勇汰は表情が固まる。
「どうしよう…………。俺のせいかも……。俺が風祭くんを残して来てしまったから……
……。俺! 探してくる!」
「俺も!」
部屋を飛び出そうとする勇汰とバルを、友希とアクレインが入り口で止めた。
「待って! もう少し待ってみない?」
「でも…………!」
「……そうだな。まだ日が沈んだばかりだ。帰りがちょっと遅くなってるだけかもしれね
ぇし……」
猛も勇汰を止める。
「…………わかった。もう少しだけ待ってみる。それに。勇者に何かあればエマさんが気
づくみたいだし。俺の時もエマさんの力で居場所とか察知したから。それで探してもらお
う」
・ ・ ・ ・
「――と言うわけでエマさん。お願いです。力を貸して下さい」
帰りを待つと決めてからそんなに経たずにギブアップした。
向こうの世界の夜とは違って、こちらの夜は思った以上に暗い。この暗闇が人の不安感
を煽るのだ。
しばらく待つ派だった猛と友希も、外が暗闇に包まれるのをジッと見ていると、たちま
ち不安になり早々に探した方がいいだろうと考えを改めた。
「わかりました。お任せ下さい!」
エマが自分の拳でドンと胸を打つ。気のせいかどこか嬉しそうに見える。
「守護竜の巫女として。必ずや輝さんを見つけてみせます!」
「いや。そんなに堅くるっしくなくていいから。普通に、普通に。リラックスしてね」
心配する勇汰を余所にエマは気合い充分で手を組んで祈り始める。
するとエマの体がうっすら白い光りに包まれた。
「おおっ!」
勇汰が目を輝かせて彼女を見守る。
「…………」
エマの光りがすうっと消える。どうやら終わったようだ。
「……どうですか?」
友希が訪ねると、エマが驚いた表情を見せた。
「変…………です。おかしい、です」
「おかしいって?」
「輝さんの気配がわかりません! わからないのです!」
エマは勇汰の腕を掴んで体を揺さぶる。
「こんな事! こんな事おかしいです!」
「うわわわ! 落ち着いてエマさん! ……おかしいって……どうしてさ?」
まずはエマを落ち着かせる。話しはそれからだ。
「…………。すみません。取り乱しました」
「いいって。それよりもどう言う事? 風祭くんの居場所がわからないって?」
「…………はい。私には――守護竜の巫女である私には、皆さんの居場所がわかるのです。
居場所だけでなく、何か…………怪我などがあった時などもわかるのです。
「初めて俺がこの世界に来た時に、森で迷子になっているのを見つけたのもその力だよ
ね?」
「はい。その通りです。この力で勇汰さんを探し出す事が出来ましたし、勇汰さんが魔物
に襲われているのも察知する事が出来ました」
エマがもう一度祈る。が――!
「…………やはりダメです! もう一度探しても輝さんの気配が感じられません」
「感じられない。…………それってどういう状況なのかな? 例えばエマさんが感じられ
ない程、遠くに行っちゃったとか?」
「それは…………違うと思います。友希さんが仰る可能性も考えられますが。基本、この
世界に居る限り私は勇者の気配を感じ取れるのです」
「じゃあ、風祭くんの身に何か…………良くない事が起きた。その――命に関わるような
――」
言葉がキツい猛も、その辺は察してくれと言葉を濁した。
「いいえ。それも――それこそありえません。皆さんの命が失われれば、召還者である私
はそれを絶対に察知出来るのですから」
「それじゃ…………一体?」
「何か……。霞がかかったような感覚なのです。近くに居るけれども姿が見えないような
感覚……」
「…………バル!」
「うん!」
勇汰とバルが歩き出す。
「待って下さい! どちらへ?」
「風祭くんを探してくるよ。こうなったのは俺たちの責任だから」
険しい顔で外へと向かおうとする。だがそんな二人の前にヴィクターが立ちはだかった。
「待て!」
「……そこを退いて下さい! 友達を探しに行くんですから!」
「ダメだ」
「どうして!?」
またいつもの嫌がらせだ。そうに決まってる!
こんな時に!
だが帰ってきた答えは予想外のものだった。
「私が探しに行く」
「…………え?」
「…………どうした? 何をそんなに不思議がる?」
「いや…………。いつもならきっと放っておけとか、自己管理が出来ない奴は勇者失格だ
とか言いそうなのに」
「…………確かにそう思っている」
「思っているんかいっ!」
勇汰は思わずツッコミを入れてしまう。だがヴィクターは嫌な顔はしていない。
「人探しも騎士団の仕事だ。お前たちはここで待っていろ」
そう言って町へと消えていった。
「…………ちょっと見直した」
「ボクも」
猛と友希の肩から力が抜ける。
だが――。
「…………ごめん。やっぱり俺も行くよ! 心配なんだ!」
「待って下さい勇汰さん! ここはヴィクターに任せて。彼ならきっと輝さんを見つけて
くれますから!」
エマが腕を引っ張って止めようとする。けれど勇汰はそれをふりほどく。
「…………ごめん。皆はここで待ってて。入れ違いになるといけないから。大丈夫! お
腹が空けば帰ってくるからさ」
そう言い残して勇汰も夜の町へと消えていった。
三
「エアリム。僕と契約してください!」
言った。言ってしまった!
言ってしまった以上、もはや後戻りは出来ない。
バクバクバク!
爆発しそうな心臓を押さえ込み――返事を待つ。
数分にも感じられたほんの二、三秒が経った。
「イヤ!」
「――え!?」
そう返事が帰ってきて、風祭輝の頭は真っ白になった。
断られてガッカリな気持ち。
そして「まぁ、当然だよな。僕なんて……」とあきらめる気持ちが出てきた。
「…………そ、そうですよね」
輝の声が震える。
「す、すみません…………。へへ変な事言ってししまってて! あ、わわ忘れてし、しま
って下さいませ!!」
慌てて言った事を訂正する。
そんな輝の肩に飛び乗ったエアリムがクチバシで輝の頭を小突いた。
「落ち着きなさい!」
「はぅっ!?」
小突かれた輝がその場に倒れるように鬱ぎ込む。その際、顔はエアリムを決して見ない
ように徹底する。何故なら恥ずかしくてエアリムの顔が見れないから。
「…………」
「バカね。なに恥ずかしがってるのよ!」
「…………」
「アタシが断った事に落ち込んでるの?」
「…………」
「ああもうっ! ハッキリしなさいよっ!」
もう一度、エアリムのクチバシアタックが決まった。
「うぉ…………!」
頭を押さえてのたうち回る輝の上にエアリムがヒョコっと飛び乗る。
「アナタね…………。もう少しは粘りなさいよ!」
「………………?」
「たった一度断られた程度で簡単にあきらめて……。このアタシを口説き落とそうとする
のなら、もっと情熱を見せなさい!」
「…………情熱…………ですか?」
「ええ、そうよ。さっき。なぜアタシが断ったかわかるかしら?」
「それは…………。僕が頼りない人間でエアリムには不釣り合いな人間だから?」
「…………はぁ。アナタね」
体の上で力が抜け行くのが直に伝わってきた。
「バカね。おバカさんね」
「…………」
そんな事は解ってる。自分はどうしようもないダメな人間なのだと、自分が一番理解し
ている。
「なぜ、アタシがアナタの告白を断ったか。教えてあげるわ。それはね。心がこもってな
かったからよ!」
「………………心?」
「ええ、そうよ。さっきの告白…………なんか、その場の勢いに任せてつい口が滑ったよ
うな薄っぺらいものだったわ」
「…………」
当たってる。
「普通はね。こういう告白ってもっと言葉に熱がこもってるものなのよ。それなのにアナ
タの言葉には熱も意志も無かった。中身がスカスカなのよ」
「…………中身が………………スカスカ…………」
「ええそうよ。スッカスカのスッカスカ。そんな告白なんて断って当然でしょ?」
「…………すみません」
「その謝罪は何? アナタ。今、何に対して謝ったの?」
「…………え? そ、それは…………」
答えられない。輝自身、口癖と同じ言葉だから。こんな時、ただ謝ればいい。そうやっ
てやり過ごしてきたから。
「ハァ。やれやれね。ただ謝るだけなら、むしろ謝らないでちょうだい」
「…………すみません。あっ!」
「全く。言った側からこれね…………。いいわ。こうなったらちゃんと教えてあげるわ。
さっきの謝罪だけど。アナタアタシに告白した事を謝ったの? それとも何の感情も無
く告白したのを謝ったの?
どっちなの?」
「そ、それは…………告白した事…………です」
告白しかたらエアリムを怒らせてしまったから。
「そう。それはなぜ?」
「え? …………そ、それは…………エアリムが怒ったから、です」
「怒った? アタシが? いつ?」
「え? …………今」
「今アタシが怒ってるのはアナタが何もわかってないからよ」
「………………」
解らない。エアリムは一体、何を言ってるのか。もはや、それすらも解らない。
「ハァ…………。本当にもう…………」
心底呆れられた。落胆されてしまった。
「本当は自分でわかってほしかったけれどね…………。
いい? アナタはね。さっき勢いに任せて告白した事を謝らなきゃいけなかったのよ!
だってそうでしょう。勇者と契約するって事は、アタシたちドラゴンにとっては人生を
左右する重大な事なのよ。それなのに。そんな大事な事をつい言われたくは無いわ!」
「…………!」
「ほら! 何をぼさっとしてるのよ! もう一度告白しなさいよ! 今度はちゃんと真剣
にね!」
「え?」
「え? じゃないわよ。どうしたのよ!?」
「だって…………。エアリムは僕と契約したくないんじゃ?」
「アタシがいつそんな事言ったのよ!」
エアリムのクチバシが頭をぐりぐりえぐる。
「アタシが断ったのは嫌だからじゃなくて。もののついでに告白されたのが嫌だからよ!
何度同じ事を言わせるよ!」
「…………」
もう一度? もう一度言う?
あの言葉を?
もう一度――!?
予想もしてなかった展開。輝の頭は再びパニックに陥った。
・ ・ ・ ・
「おい! お前たち! さっきから何をやっているんだ!」
エアリムとのやり取りを不信に思った見張りがやって来た。手下は横になったままの輝
の服を掴もうと――。
「ちょっと待ちなさい! この子は今、体調がすぐれないから寝かせておいて!」
すかさずエアリムが輝を庇に入る。
「…………大人しくしてろよ!」
手下は釘を刺しただけで入り口のドアを守りに戻っていった。
「さあ。これで少しは時間が稼げる筈よ。その間にもう一度、考えなさい」
「…………」
考える? 一体何を?
エアリムは一体、自分に何を考えさせようとしてるのだろうか?
そもそも何を考えなきゃいけなかったんだっけ?
「………………」
えっと…………確か…………エアリムに契約して下さいとお願いして断れて…………で
も何故かもう一度お願いする事になって…………それは自分が勢いに任せて言ってしまっ
たから。エアリムはそれが嫌で…………今度は心を込めてお願いしろと。
告白のやり直しを要求されたのだ。
「もう一度…………もう一度…………」
バクバクの心臓を落ち着かせて、呼吸を整える。
大丈夫! 一度、言えたのだから。次も大丈夫なはずだ!
浅く呼吸を二、三回繰り返してから最後に深呼吸をして整える。
そして――!
「エアリム。僕と契約して下さい!」
言えた。ちゃんと! 噛まなかった!
これなら――!
「――ダメね」
「え?」
またダメ出しをくらった。
「ど、どうして…………ですか?」
まだ心がこもってなかったのか?
「今のはセリフを言うのに気持ちが行っていて肝心な所がおろそかになってたわ」
「肝心な所?」
「そうよ。アナタ。そもそもどうしてアタシと契約したいのよ?」
「――え?」
予想もしてなかった質問に答えが詰まって出てこない。
「アナタは確か、契約したいドラゴンが居るって話しじゃなかったかしら?」
「え? えっと…………?」
一瞬。何の事かと思ったが。思い返してみると、そう言えばと心当たりがあったのを思
い出した。
確か歌が上手いドラゴンを探してたのを。それの事を言ってるのだ。
「えっと! それは! その…………違うんです。あれは、手がかりが無かったから探し
てただけで……。今はもう違うんです。その…………今はエアリムが良いなって思ってる
んです。あっ! そのっ! こんな状況ですけど…………他に選択肢が無いから仕方なく
選んだんじゃないんです!
この…………状況でも冷静で、頼りになって。一緒に居て安心できるんです。だから!
エアリムだったら良いなって思ったんです!」
言い終わると息が切れた。顔を上げてしっかりとエアリムの顔を見て気持ちを伝えた。
ちゃんと伝えた。
誤解されたくなかったから。ちゃんと!
「………………」
エアリムは黙ったまま。
やっぱりダメだろうなと思う。だってエアリムを頼りにするのを前提の内容だから。こ
れじゃ――。
「ふうん」
口を開いたエアリムは思っていたよりも熱が無い言葉だった。これは軽蔑されたと言う
事だろうか?
「成る程ね。アナタがアタシを選んだ理由はわかったわ。つまりアタシが頼りになるから
って事なのね?」
「え、あ、はい。…………そうです」
「それはわかったわ。だったら最初っからそう言えばいいじゃないの? どうして言わな
かったの?」
「だって…………言えば。その…………情けない奴だなって思われたくなくて。そんな奴
と契約したいと思ってもらえないと…………」
「…………変ね。なんでそんな事を気にするのよ? アナタが勇者なのだから、アタシの
意見なんて無視すればいいじゃないの!」
「えっ!? そんなのはダメですっ!」
そんなのはダメだ! だって…………!
「どうして? ドラゴンを選ぶ権利はアナタにあるのだから」
「そんなのは嫌なんです! 僕はっ! 僕はっ! 僕は…………そんな関係にはなりたく
ないんです!」
「…………そんな関係!?」
「僕が選んだら…………僕が立場が上じゃないですか。違うんです。僕は…………火野く
んやバルみたいに対等な関係でいたいんです。どっちかが上とかじゃなくて。対等に……」
「対等。それがアナタが契約者に求める条件。でもそれじゃ尚更アタシじゃダメなんじゃ
ないのかしら? だってアナタはアタシに頼り切っているわ。その時点でもう条件は満た
せないのだから」
「…………そう、なんです。だから…………選んでほしい、んです。エアリムに僕と契約
するのに相応しいかどうかを……」
「…………」
エアリムがピョンと体の上から降りた。
「……変な人間ね。でも……そうね。いいわ。選んであげる。アナタの事を。さあしっか
り背筋を伸ばして!」
「はい」
言われるがまま。姿勢を正して判決を待つ。
「正直なところ。アタシはアナタの事をよく知らないわ。だからアナタの事をもっと知っ
てから判断したい」
「…………」
「でもそれじゃアナタはきっと納得できないでしょうね。このまま契約してもアナタは心
のどこかでアタシの下に居るって負い目が残り続けることになるわ。だからね。テストを
させてもらうわ」
「テスト…………ですか?」
「ええ。アナタが相手を対等な相手と認める条件を教えて。それをクリア出来たらアナタ
はアタシを対等だと認める事が出来るでしょう?」
「対等な…………条件、ですか?」
「あるでしょう? アナタは自分と対等だと確信できるのはどんな時?」
「そ、れは…………」
具体的に言われると困った。そう言えばそれは一体、何だろうと? 自分は何を持って
相手と対等だと自信を持って言えるのだろうか?
「…………じゃあ。逆に聞くわ。アナタは自分よりも優れた相手がアナタの事を対等だと
思ってくれてる。そんな相手が自分にどう接してくれたら対等だと確信できるの? 安心
できるの?」
「確信…………安心…………」
どう、接してほしいか?
「………………あ!」
「何か思いついたようね。それを教えてちょうだい」
「あ、でも…………」
これはもう――無理かも。
「どうしたの?」
「あ、あの……ですよ。僕はその…………相手の事を対等だと思うのは……。相手に呼び
捨てで呼ばれて、僕も相手を呼び捨てに呼んだ時…………なんです」
「呼び捨て? なぁに。そんな事? 呼び方なんてどうでもいいんじゃないの?」
「ちっ! 違います! だって呼び捨てなんて。本当に信頼してる人にしか呼ばれたくな
いんですよ。僕は。僕も信頼…………友達になりたい人にしか呼びたくないんですよ」
「そう――。まぁいいわ。でも困ったわね。アナタ。すでにアタシの事は呼び捨てよ」
「すみません。ドラゴンの事はちょっと対象外だったので…………。でもこれじゃ、どう
しましょう?」
何か別の方法でテストを考えなくちゃいけない。
「そうねぇ。…………ならこれならどう? アナタ。他の勇者の事はどう思ってる?」
「え? 凄く良い人たちだって思いますよ」
まだ付き合いが浅いけれど、一緒に居てもそんなに苦しくない相手だ。
「だったら他の勇者たちを呼び捨てにするってのはどうかしら?」
「ええっ!? それは…………ちょっと!」
「他の勇者は信頼出来そうにないの? アタシも全員を知ってる訳じゃないから強くは言
えないけれど…………」
「あっ! いえ。そういう訳では……。ちょっと…………人間相手だと緊張してしまって
…………」
「ダメな相手じゃないのよね? なら問題は無いわ。いい? アナタが他の勇者を呼び捨
てに出来たらテストは合格よ」
「いいっ!?」
変な流れになってしまった。
どうしよう。他の勇者たちに迷惑をかける展開に。
でも…………これはこれで逆に良い流れかもしれない。
向こうの世界ではこの性格が災いして心を許せる――許してくれる友達が――親友が一
人も居なかった。
親友――。ずっと欲しかったもの。これを切っ掛けに手に入れられるかもしれない。
名前か…………。火野くんの下の名前は勇汰。水島くんの下の名前は友希。土屋くんの
下の名前は猛。ちゃんと覚えてる。
「…………わかりました。それで行きます!」
覚悟は決まった。自分を変える覚悟が!
「そう。なら――契約成立よ!」
二人の体が緑色の光りに覆われた。
・ ・ ・ ・
「…………どうしよう? 火野くんもああ言ってたけれど。ボクたちも探しに行った方が
いいのかな?」
水島友希が不安そうにこちらを伺う。
「いいえ」
これ以上、勇者たちを不安にさせてはいけないとエマは迷わずに首を横に振った。
「お二人はこの町に来てまだ日も浅く、土地勘もありません。その上、日はもう沈み辺り
は暗闇に包まれています。お二人まで捜索に出てしまっては逆にお二人も帰ってこられな
くなる可能性があります。なのでここはお二人には我慢してもらいたいのです」
丁寧に説明すると、友希と――猛が納得して頷いてくれた。
「わかりました。ここで待つ事にします」
「…………そうだな。そうする」
二人が素直に言う事を聞いてくれてエマはホッとした。正直、二人も一緒に出て行きそ
うな雰囲気だったので心配だったから。
「…………んだよ?」
猛が友希を睨みつける。
「――いや。ちょっと意外だっただけ」
「…………?」
「君って。熱血漢っぽいからさ。てっきり火野くんと一緒に探しに行くのかと思ってたか
ら」
「…………別に熱血漢じゃねぇよ。オレは。…………ひょっとしてガッカリしたか? 飛
び出さなくて。薄情な奴だって思ったか?」
「そんな事は思わないよ。それを言ったら探しに行かないボクだって薄情だって事になる
じゃないか」
「…………そうだな。だったら水島くんはどうなんだ? どうして助けに行かない?」
「ボクはエマさんの言う事ももっともだと思うからだよ。ボクたちが行っても二次災害に
なる可能性が高いからね」
「…………」
猛が短い髪を指先でクルクル回して遊ぶ。
「オレも同じ意見だ。ついでにオレらの体も満足に動かせねぇ状態だしな。…………それ
に火野くんなら多分、オレらの中で一番この町を知り尽くしているみてぇだし。夜でも大
丈夫だろう」
「…………それもボクと同じ意見だよ」
「…………んだよ。オレと同じ意見だと不満なのか?」
「まさか。そんな事はないよ。だた……」
「ただ?」
猛の目が鋭く尖る。
「ボクは君の事を猪突猛進型だと思っていたから、冷静に状況を見てるんだなとビックリ
しただけなんだ」
「……喧嘩売ってんのか?」
「いやいや。素直に誉めただけなんだよ。ごめん。気を悪くしたなら謝るから」
「…………」
「あわわわっ! 喧嘩は止めて下さい!」
二人の様子が険悪になりそうだったので、エマが慌てて間に入って止める。
「喧嘩は! 喧嘩はダメですっ!」
「いや……。エマさん。ボクたちは別に喧嘩をしてたわけじゃないんですけど……」
「そうそう。お互いの認識のズレをちょっと修正してただだけだぜ」
「…………本当にですか?」
「本当ですよ」
「ああ。本当だ」
「ううう!」
大粒の涙を浮かべるエマ。それを見た猛と友希はギョッとする。
「ちょっ! 大丈夫ですって!」
「そうだぜ。泣くほどの事じゃねぇって!」
「だっ! だって…………ヒック! 輝さんに何かあったかもしれないのに…………その
上、お二人まで喧嘩してしまったら私は……私は……守護竜の巫女失格ですぅうう!」
「…………」
「…………」
エマを間に挟んだ猛と友希は視線で会話して頷く。
「大丈夫ですよ。ボクたちは大丈夫です」
「そうだぜ。風祭くんもきっと無事だって!」
「そうそう。皆、何事も無く戻ってきますって!」
「おう! だからエマさんはどっしり安心して待っててくれよ」
「ぐすん……。大丈夫……ですか? 本当に?」
「ああ。大丈夫、大丈夫。なぁ?」
「うん。大丈夫ですよ」
「…………わかりました。…………ぐすん。申し訳ありません。ちょっと……取り乱して
しまいました」
涙を拭きながらエマは頭を下げた。
……情けないと思う。たった一人、勇者が戻らずに。しかもその気配を察知出来ないだ
けでこんなにも弱ってしまう自分が。
守護竜の巫女として。与えられた役目を満足に全うする事さえも自分には出来ないのか
と、不安に駆られてしまった。そんな気持ちが些細な切っ掛けで暴発してしまうなんて…
………。
「…………何のための巫女なのでしょう? お二人とも強い心を持っていらして。……私
が居る理由なんてあるのでしょうか?」
「…………エマさん?」
「気にするなって。エマさんが居てくれるだけでオレらはすんごく助かってるからさ」
「そうですよ。だからそんなに自分を追い込まないで下さい!」
「…………はい。ありがとうございます」
心配してくれる。この気遣いが今はとても重く心にのしかかってくる。
「…………私には何も出来ないのでしょうか?」
手を合わせて祈る。本当にそれしか今は出来ない。
「どうか…………守護竜様。輝さんをお守り下さい」
祈り続ける。
その時――エマの体が白く光った。
「これは――!?」
「エマさん!?」
「光ってっぞ! おい大丈夫か!?」
心配する二人を制止する。
「大丈夫です。…………感じます。輝さんの気配を!」
「!?」
友希と猛が顔を見合わせて驚く。
「感じます。たった今。輝さんがドラゴンとの契約を終えました。全員の契約が終えた事
で巫女である私の力も強くなったみたいです」
エマが猛と友希の体に触れる。エマの体を包む光りが二人を包み込む。
「これは!?」
「体の痛みが消えていく」
「これは癒しの魔法です。私の力が強くなったので使えるようになったみたいです。――
さあ二人とも。行きましょう!」
「行く? どこへ?」
「輝さんの下へです。今、輝さんは助けを求めています!」
・ ・ ・ ・
神殿を飛び出した勇汰は闇が深くなった町中を走っていた。
昼間とは違い、行き交う人々の数も徐々に減ってきている。女性や子供の姿が見られな
くなり、代わりに仕事終わりの男たちの姿が増えた。
お店も灯りを落として店じまいする店もあれば、夜だからこそのお店が明かりを灯す。
もうすでに営業を始めていた居酒屋では、お酒に酔った男たちがほろ酔い気分で気分良
さそうに歌を歌っている。
笑顔が満ちる通りを、勇汰は辛そうに走っていた。
「ねぇー。ゆーた。探すって……どこを探すのさー?」
勇汰の腕に抱えられたバルがもそもそっと動いたので一端、ここで足を止める事にした。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
すぐに答えたい勇汰だが、日頃の運動不足が祟って息が上がってしまった。
「だらしがないなぁー。情けないぞー。ゆーた」
まるで猛やグランバルドのようなセリフを言ってくる。自分は腕の中で楽をしてるくせ
に。
「お前なぁ…………はぁ…………。自分で走れよ! 俺に抱き抱えられているくせに何で
そんな偉そうなんだ!」
「だってぇー。バルが一人で走ったら絶対に迷子になるもんねー。自信あるよー!」
「変な自信を持つなっ!」
まったく! こいつは…………。
体調はもう万全のくせに、楽ばかりしようとして……。
こんな時は叱ってやるべきなのだろうが、生憎、今はそんな時間は無い。
疲れたので走れない。だけど足を止めるわけにはいかないのでゆっくりでも歩き出す。
「さっきバルが聞いてきたどこへ行くのかって話しだけどさ……」
「んー?」
「とりあえずは昼間、風祭くんと別れた場所まで行ってみようと思うんだ」
「……どうしてー?」
「そこに何か手がかりが残ってるかもしれないし。誰かが風祭くんを見てるかもしれない
から」
「そーかー。なるほどー。ゆーたってさー。頭いーよねー」
「……ふっ。それほどじゃないさ。息詰まった時は原点に戻る。これが捜査の基本だ」
「おおー! なんか凄いー!」
感心したバルが瞳をキラキラ輝かせて顔を見上げる。
「ふっ! やめろ。照れるじゃないか!」
バルの真っ直ぐな視線は心地良いが、浴びすぎると何だか体が痒くなる。
「ま、まぁ…………。とりあえずは置いといて…………。急いで風祭くんと別れた場所ま
で急ごう!」
「おー!」
小走りで人混みをかき分けて進む。実はもうすぐそこなので、辺りを警戒しながら向か
っているのだ。
「…………どう、バル? 何か手がかりになりそうな物は無い?」
「…………うーん……。わかんないなー」
首をキョロキョロと忙しく動かして探す二人は、目的の場所へとたどり着いた。
ここに来ると勇汰はようやくバルを降ろした。
「さ。バルも一緒に探してくれ!」
「わかったー!」
まずは近くの樽の中から……。
「…………うーん。違うなー。こっちも………………違うかー」
ゲームやマンガならここで何かしらの手がかりを見つけられるのに…………。
「…………現実は甘くは無いって事なのか」
だとしたら次に取るべき手段は…………聞き込みくらいか?
だとしたら聞くならどんな人がいいだろうか?
少なくともこの辺で商売してるような人がいいだろう。
「…………誰にしようかな?」
辺りに居る人を探す。けれどこの辺は店が無い通りだ。しかも昼間同様に人通りも少な
い。
これでは聞き込みも出来そうにない。
「困ったな……」
途方に暮れていると、足下をツンツンつつく刺激が伝わって来た。
「バル?」
視線を下げるとバルが足下に居た。しかも何かを口にくわえているではないか!
「これって……?」
バルから受け取ったそれを見てみると、見覚えがあった。
「これって!? 風祭くんのサンダルじゃないか!」
昼間。彼はサンダルから靴へと履き替えた。その際、履いていたサンダルは紐で結んで
持ち歩いていた。向こうへ変える時の為に必要だからと。
それがこんな所にあるなんて…………。
「どこにあった!?」
「向こうに落ちてたよー!」
バルの案内で路地の突き当たりへ。そこに着くと――。
「ヴィクター!?」
どう言うわけか。その路地の奥にヴィクターが立っていた。彼はこちらを見ると近寄っ
てきて――。
「お前たち。こんな所で何をしている?」
「…………俺たちも風祭くんを探していたんだ。…………元はと言えば俺たちが風祭くん
から離れたせいでこうなったんだから……。だから俺も探してるんだ!」
勇汰はすぐさま身構える。
彼の事だ。きっと子供には無理だから帰って寝ていろ。なんて言うに違いない!
「…………そうか。わかった」
「…………え?」
文句を…………言わない?
「どうした?」
「い、いや…………」
ビックリだ。まさか彼が因縁をつけてこないなんて。
さすがに人一人が危険に曝されてるような状況では彼も真面目に取り組むのかもしれな
い。
「…………ヴィクターはどうしてここに?」
「…………聞き込みをしていたら、この辺で見知らぬ子供が複数の男たちに連れ去られた
と言う話しを聞いたので来た」
「え? 連れ去られた? どこへ? 誰がっ!?」
「落ち着け。連れ去った男たちの人相から犯人の目星がついている。奴らの隠れ家もだ。
私はこれからそこへと向かうが…………お前もついてくるか?」
「行く!」
勇汰は即答した。
…………彼の説明に、何の疑念を抱く事無く。
・ ・ ・ ・
「これが…………契約!」
緑色の輝きに包まれた輝は右手の甲を見た。そこには紋章が浮かび上がっていた。
「凄い…………。力がみなぎってきます!」
体が凄く軽い!
今なら空も飛べるかもしれない。そう思えてしまうほどに。
「お、お前らっ!? 何しやがったっ!?」
「!?」
見張りの男が顔と腰を引き吊らせてこちらを見ている。腰から短剣を抜き、震えながら
その切っ先を向けてくる。
「ぐっ!?」
輝は身構えた。
何でも出来そうな気がする今ならば、チンピラ風情の男などどうとでも出来るだろう。
しかし――。
「そうね。ここはアタシがやるわ」
「ありがとうございます。エアリム」
輝の考えを読みとったエアリムが前へと飛ぶ。
「くっ、来るなぁっ!」
見張りの男は短剣をぶんぶん振り回してエアリムに立ち向かう。
「…………ぶっそうねぇ。アタシの戦い方を見てなさい」
エアリムは翼をバサァ、バサァと大きく羽ばたかせる。すると部屋中に小さな竜巻が発
生し――。
「うっ! うわぁぁあっ!?」
見張りの男を吹き飛ばした。
男は壁に激突して……。
「ぅ…………」
そのまま気を失った。
「…………殺さない…………ですよね?」
大丈夫だとは思うが、一応確認してみる。
「もちろんよ。命を奪うなんて美しくない事、やるわけないじゃない」
それを聞いて安心した。
「…………エアリム。案内をお願いします」
「任せて!」
気絶した男の体をまたいで進む。輝は一瞬だけ男へと視線を送り――心の中でごめんな
さいと謝る。
「…………あの男はどうしてますか?」
「もちろん居るわよ」
その答えを聞いて輝は緊張する。
輝が気にかける男とは、今倒した男のボス「エドモンド」の事だ。風の魔法を使い、部
下であってもミスをした者には情け容赦なく制裁与える非常な男。
正直。こんな危ない男とは一生関わり合いたくない相手だ。
「あの男は一階の…………あの部屋に居るわね」
エアリムが教えてくれた部屋は出口のすぐ近くの部屋だ。ここから脱出するにはあの部
屋の前を通り過ぎなければならない。
「一気に駆け抜けますか?」
パワーアップ状態の今の輝の足ならば、自己ベストを大きく越えて世界記録さえも抜け
るかもしれない!
「…………ダメよ! アタシたちの脱出はもうバレてるわ! すぐに部屋から出てこない
のは…………理由はわからないけれど、こちらから近寄るのはダメ!」
「だったらやっぱり……上から!?」
「ええ、そうね。少しでも距離をとって逃げるわよ!」
輝とエアリムがクルリと振り返り全速力で走る!
目指すは入り口とは反対にある上への階段。これを上ると崖の上の出口へと出られるの
で、そこから逃げる算段だ。
「凄い…………自分の体じゃないみたいです!」
輝の顔が綻ぶ。
体がものすごく軽く、階段も二段、三段とばしでぐんぐん駆け上がっていく。
「…………わかってると思うけど。あまり調子に乗らないようにね?」
「もちろん。わかってます!」
エアリムに釘を刺されてちょっとスピードを落とす。
勇汰。友希。猛。他の勇者三人は一人の例外なく力を使った後は全身筋肉痛で行動不能
状態に陥った。
勇汰と友希は気絶し、かろうじて猛だけは気絶は免れた。ただ彼は普段から体を鍛えて
いたお陰でそれに耐えられたに過ぎず、普段、運動もろくにしていない自分では間違いな
く力が消えれば気絶するだろう。
この状況で気絶は非常にまずい。
それを回避するためにも、今は力の消費を抑えておきたいのだ。
それを理解してくれて、エアリムは自分が代わりに戦ってくれたのだ。
「やった! 出口だ!」
建物の一階から六階までを十数秒で一気に駆け上がった輝はその勢いのまま、ドアを蹴
破った。
外はもう――深い深い闇に染まっていた。
四
「何とか無事に外へと出られたようね!」
「はい! これからどこへ行けばいいんですか?」
辺りを見渡しても暗闇ばかりで何も見えない。せめて月明かりでもあればなと期待して
上を見上げるが――。
「…………雲があるのでしょうか? 星も見えません」
本当に暗い世界だ。暗闇に慣れていない輝では足がすくんでしまう。
「ダメよ止まっては! あいつが動いたわ!」
エアリムが焦らせる!
「…………はい! 僕にもわかりました!」
自分も感覚が鋭くなっている。エアリムが言うように、風の流れで男の動きが何となく
解るようになっていた。
男は部屋を出て…………こちらへと向かわずに下の出口から外へと出たようだ。
「…………僕たちが下から逃げたって思ったみたいですね?」
「そのようね。でも油断は禁物――!?」
「えっ!? うそっ!?」
輝とエアリムが驚く。
崖下に居る男がジャンプをした。その体がフワリと宙を舞――自分たちの頭上を大きく
飛び越えて――目の前に着地したのだ。
「空を…………飛んできた!?」
ここに来て雲の隙間から月明かりが差し込んできた。照らされて見えるのはエドモンド
の姿。
彼は機嫌が悪そうな目つきでこちらを睨みつけている。
「そんな…………。人間がこの高さの崖を飛べるなんて…………。それほどこの男の魔法
力は桁外れと言う事なの!?」
エアリムが激しく動揺している。それほどの事をどうやらこの男はやってのけたみたい
だ。
「…………どうします? 戦います?」
「………………」
エアリムが答えない。どうしたら良いのか解らないのだろう。
「…………チッ! メンドクセェ…………」
エドモンドが右手で首の後ろを押さえながら首をコキッ、コキッと鳴らす。
「ったくよ! ヴィクターの野郎。メンドクセェ仕事ばかり俺にまわしやがってよ!」
ごごごごおぉ!
突如として風が吹き荒れた。輝はエアリムを捕まえて腰を低くする。そうでもしないと
吹き飛ばされそうだ!
「うわっ! 凄い…………風っ!?」
「あの男の仕業よっ! 信じられないっ! 人間がここまで強力な風魔法を使えるなんて
っ!」
エアリムの額の紋章が強い輝きを放つ!
「風よ!」
エアリムが羽ばたいて生んだ風が、エドモンドの風と絡み合い、打ち消しあう。
「くっ! …………このアタシが風魔法で勝てないなんて!」
「エアリム…………」
エアリム一人に任せてはいられない! 自分も力になりたいと紋章に力を込める!
「うおぉおおっお!」
人生で初めて真剣に雄叫びをあげる!
それに呼応するかのように、自分の中の力も上がっていく!
「エアリム! 一緒に行きましょう!」
「そうね。それしかないわね!」
輝とエアリム。二人が出せる最大パワーの風の力をエドモンドへ向けて放った!
「行けぇっ!」
「行きなさいっ!」
標的めがけて放った突風は――。
「チッ! だからメンドクセェって…………言ってるだろうがよっ!!!」
エドモンドが放った風によって簡単に打ち消されてしまった…………。
「そ、んな…………」
「嘘でしょ!?」
二人の体から紋章と光りが消える。そして輝へと襲い来る虚脱感と激しい体の痛み。
「うっ!?」
立ってられずにその場に倒れ込む輝。
「…………っ!」
何とか。男の意地を見せてギリギリで意識の喪失を食い止めてられた。
「アタシも…………ダメ!」
エアリムも地面に横になる。もう羽ばたく力も残っていないようだ。
「…………そ、ん、んな」
打つ手が無くなった。
顔さえも動かせない輝が、何とか眼球だけはと動かしてエドモンドを探す。彼はさっき
と同じ場所に立ったままだ。
「………………はぁ。メンドクセェ。ヴィクターは殺すなと言っていたっけ? …………
チッ! メンドクセェ。もういい! 殺した方が楽だ!」
エドモンドは気怠そうに言いながら、片手を上げる。
「死ねよ。お前ら――」
死を覚悟する輝とエアリム。
そこへ――。
複数の人影が飛び出してきた。
・ ・ ・ ・
「もうすぐです!」
エマの声が響く。
深い深い森の中を竜車を猛スピードで走らせる。その中で猛とグランバルド、友希とア
クレインが何度も体中をあちこちにぶつけた。
「エマさん! 本当にこっちなんですか?」
竜車を運転するエマへ向かって友希が叫ぶ。だが運転に集中しているエマの耳には声が
届かない。
「信じるしかねぇって!」
猛が叫ぶ。
最後の勇者がドラゴンと契約した事でエマの力がパワーアップした。そのお陰で輝の居
場所だけでなく、ピンチに陥ってるらしいとの情報も手に入れた三人はすぐに行動に出た。
エマは竜車を調達すると、勇者たちを乗せて町外れまで走らせた。
猛が一人町で探す勇汰も連れて行こうと言ったが、どうやら彼も町外れに向かっている
らしいと聞かされた。
エマは何かを確信しているようだが、勇者たちにはそれが解らない。
町外れに連れ出されて、友希は不安に駆られてしまったのだ。
「…………エマさんを信じるしかないのはわかるよ。でも……。本当にこんな森の中に居
るのかな? 彼がここまで来るなんて思えないよ」
「…………どういう経緯なのかわかんねぇけどさ。ひょっとしたら誰かに連れてこられた
って可能性もあるんじゃねぇか?」
「誰かって…………誰?」
「さぁ? …………でもよ。オレら三人がドラゴンと契約する時って、決まって魔物がち
ょっかい出してきただろ? 今回もそうなんじゃねぇの?」
「魔物…………。そうか! その可能性もあるのか!」
成る程と、友希は納得する。
「魔物だったらオレらも戦う準備はしとかねぇとな」
猛が指をポキポキ鳴らす。
「戦いか…………。ボクはちょっと苦手だな」
「大丈夫ですよ。私が頑張りますので」
アクレインが震える友希に寄り添う。
「皆さんっ! もうすぐつきますよ!」
「!?」
一気に緊張が高まる。
「着きました!」
「よっしゃぁあ!」
一番乗りは猛とグランバルドだ。竜車から飛び出して輝を探す。
「居たっ! …………あいつは…………誰だ?」
知らない男が立っていた。
倒れた輝に向かって片腕を上げている男。直感であいつが敵だと判断した猛は輝と男の
間に飛び出した。
「止めろっ!」
「チッ! ぞろぞろと…………。さらにメンドクサくなりやがった」
男は不機嫌そうにこちらを睨んだ。
「っ!?」
猛とグランバルド。そして遅れて来た友希とアクレイン、エマも男の放った殺気に気圧
された。
「な…………んだよ! こいつはっ!?」
「…………」
猛が輝に訪ねるが、彼は一言も話せない状態だ。すぐにエマが癒しの魔法を彼に使う。
「…………ありがとう、エマさん。凄いですね。こんな事も出来るんですか?」
体が回復した輝とエアリムが起きあがる。
「輝さん。一体、何があったのですか?」
「えっと…………。あの男に捕まったんです。気をつけて下さい! あの男、ものすごく
強いんですっ!」
「へっ! オレらに任せとけって!」
「ふん! そう言う事だ!」
意気込む猛とグランバルド。だが――!
「うわっ!?」
エドモンドの攻撃が猛とグランバルドだけでなく、全員を吹き飛ばして地面へと叩きつ
けた。
「っ………………」
ダメージが大きく、全員が立ち上がれない!
エドモンドが再び腕を上げて――!
「待てっ!」
また新しい竜車が飛び込んできた! 中から飛び出したのは勇汰だ。
「…………チッ! どんどんメンドクサくなりやがる!」
エドモンドは勇汰を標的に変える。彼へめがけて攻撃をしようと振り上げた腕を降ろし
――。
「待てっ!」
ヴィクターが出てきて腕を降ろすのを止めた。
・ ・ ・ ・
「…………っ!?」
せっかく回復してもらったのも束の間。瞬く間にエドモンドの攻撃を受けて倒れてしま
った。
「…………ぅ! …………エアリム?」
辛うじて意識は止めている。エアリムがとっさに庇ってくれたお陰だ。だがそのせいで
エアリムがピクリとも動かない。
「ぅ…………」
這いつくばってエアリムの翼を掴む。次の攻撃がもう来てしまう。今度は自分がエアリ
ムを守るんだ!
輝は歯を食いしばりエアリムを抱く。
「待てっ!」
次の攻撃が始まる寸前に勇汰が現れた。するとターゲットが勇汰へと変更されて――。
「待てっ!」
また新しい乱入者が現れてエドモンドは攻撃を止めた。
助かった!
そう思ったのはその瞬間だけ。乱入者の顔を見た輝は背筋がぞっとする。
「…………ダメ、だ」
痛みで声が出ない!
危険を伝えなくちゃいけないのにっ!
「止めろっ! この悪党っ! この私が成敗してくれる!」
ヴィクターが剣を抜いて構える。
エドモンドとヴィクターが睨み合う構図。その二人の間に勇汰が挟まれている。
「……ヴィクター!」
嬉しそうな声が聞こえる。この声はエマだ。彼女はヴィクターの登場に希望を感じてい
る。
「…………皆さん! すぐに回復しますね。癒しの力よ!」
エマを中心に回復の光りが勇者たちの傷を癒す。
「よっしゃっ!」
この声は猛。彼に続けて友希やドラゴンたちも立ち上がる。彼らも勝ちを確信した表情
を見せている。
「…………エアリム」
自分の傷も癒えた。立ち上がれる。
でもエアリムはまだ回復しきれていない。さっきの攻撃を最前線で受けて威力を殺して
くれていた。だから自分たちは気絶もしなかったし、エアリムは大きなダメージを受けた。
「…………どうしよう!」
皆、ヴィクターが出てきて安心している。彼を頼りにしている。エドモンドと言う強す
ぎる敵を相手に、ヴィクターなら勝てるだろうと信じ切っている。
「…………ダメだ!」
でも輝とエアリムだけがそれは違うと知っている。ヴィクターが…………自分たちの味
方ではない事を!
「………………違う!」
ヴィクターは敵だ!
そう叫んで教えなければいけないのにっ!
声が出ないんだ!
こんな時に、まさか人見知りが顔を出すなんて!
一人や二人ならともかく、こんな大勢の前で声を出すなんて…………怖い!
「…………エアリム!」
ダメだ。エアリムは気絶していて代わりに言ってくれる状態じゃない。
解ってる。緊張とかしてる場合じゃないって。
でも…………怖いっ!
こんな状況で叫べば間違いなく注目される。視線を浴びる。それを想像すると…………
怖い!
「ヴィクター! お願いします! その男を倒して下さい!」
「わかりました。エマ様」
ヴィクターの剣がうっすらと赤い輝きを放つ。
ヴィクターとエドモンドの戦いが始まる。
「あ…………」
――違う!
ヴィクターの狙いは――!
「勇汰、危ない! 伏せろっ!」
「えっ!?」
とっさに輝が叫んだ。勇汰は即座に、前へと倒れ込むようにしゃがみ込んだ。
ヴゥウオオン!
ヴィクターの剣が勇汰が立っていた空間を空ぶった。
「…………え?」
驚く勇汰たち。状況の理解が追いつく前に輝は言葉を続ける。
「聞いて下さいっ! ヴィクターは敵なんです! あの男の仲間なんですっ!」
「えっ!?」
「……はぁっ!?」
まさかと疑う表情の勇者たち。
「信じて下さいっ! 本当なんですっ!」
それでも輝は訴える。
「何を言ってるんですかっ! ヴィクターが敵なはずありませんっ!」
ヴィクターと付き合いの長いエマは輝の言葉を否定する。
猛と友希も戸惑いを見せる中、勇汰が――。
「わかった。俺は風祭くんを信じる!」
ヴィクターの攻撃で危うく死にかけた勇汰だけは迷わずにそう叫んだ。
彼は輝の隣に立ち、肩をポンと叩く。
「サンキューな。助かったぜ!」
「う、ううん。火野くんこそ…………僕の言葉を信じてくれてありがとうございます」
「ふっ! 危ないっ! 伏せろっ! なんてセリフ。バトルシーンじゃよく使われるから
な。いつでも反応できるように特訓してたのさ!」
「…………ふふ」
こんな時にこんな冗談を言えるなんて…………。とても心強かった。
「二人は?」
勇汰が振り返り訪ねる。猛と友希は少し考えて――。
「オレも風祭くんの言葉を信じるぜ! そんな嘘をつくような人間には見えねぇし。何よ
り人見知りの性格の風祭くんがあんな大声で言ったんだからな」
「…………そうですね。ボクも同感です。さっきの剣は間違いなく火野くんを狙ってまし
たから」
四人の意見と意志が一つになる。
ただ一人――エマは…………。
「嘘です! そんなっ! 私は信じませんっ! ヴィクター! 嘘だと言って下さい!」
ヴィクターを信じたいエマは走り、ヴィクターへと駆け寄る。
「…………くな」
「え?」
「私に近づくなっ!」
ヴィクターの体から黒いオーラが放たれた!
・ ・ ・ ・
「きゃああぁぁあぁっ!?」
ヴィクターの黒いオーラに吹き飛ばされるエマ。
「うっぉおぉおおおおおっ!」
ヴィクターの鎧が闇色に染まる。
「そんな…………。この力は魔物の…………。どうしてヴィクターが…………」
変わりゆくヴィクターの姿を目の当たりにしたエマが呆然となる。
「エマ様…………。ご心配には及びません。これが私が手に入れた力なのですから」
ヴィクターが冷たい声で語る。
「…………力? 魔物の力ですよ!?」
「ええ、そうです。私はずっと勇者になるために努力を行ってきました。
例え、勇者となれるのが異世界から召還された者だけだと知っていても。私ならなれる
と信じて。
ですが、この世界は私を認めてはくれませんでした。伝説通りに異世界から勇者が訪れ
た事で私の夢は儚くも消え去った。
絶望のどん底に落ちた私に、声が聞こえたのです」
「声?」
「それは邪竜の声。勇者になれないなら、勇者を殺して自分が勇者になればいいと。その
ために力を貸してやると。
こうして私は力を手に入れたのです」
「…………なんて愚かな事を! 邪竜に唆されて勇者を殺して! それでは世界が邪竜に
滅ぼされてしまうではありませんかっ!」
「大丈夫です、エマ様! ご安心下さい! 勇者を殺した後、私が真の勇者として邪竜か
ら手に入れた力を使い、邪竜を倒しますので。
これで世界は平和になります!」
ヴィクターが声高々にそう宣言する。
しかし――。
「滅茶苦茶だ…………」
話しを聞いていた勇者たちはもはや呆れていた。
敵を倒すために敵の力を借りて。さらにはその仲間の力も借りている。それで敵を倒す?
「バカじゃん!」
勇汰のその一言がしっくりくる。
「全くだ!」
「ボクも同感です!」
「…………ぼ、僕も!」
他の三人も同意する。
「ふっ! バカはお前たちだ。大人しく勇者になる事を拒めば死なずにすんだものを。
だが、まあいい。ここでまとめて始末してくれる!」
ヴィクターが剣を掲げる。刀身が赤い輝きを放ち――火が灯った。その火が徐々に大き
くなり…………巨大な火の玉へと姿を変えた。
「いやいやいやちょっと待てって! こちとらレベル上げもしてねぇし。装備も調えてい
ないってゆーのに、ボス戦なんて勘弁してくれよっ!」
勇汰が弱音を吐く。
「ゆ、ゆーた。な、ななさけないこと言うなよな!」
彼の腕の中のバルが勇汰をバカにするが、バルもまた怖がっていた。
「…………でも。実際問題、どうするのさ?」
友希が冷静に聞いてくる。
「…………相手は火の魔法使いのようですね。ならば私の水の魔法が有効かもしれません。
ただ…………相手の方が強いようですので…………。正直、力負けしそうです」
アクレインが周囲に水の塊をいくつか出して宙に浮かす。
「オレの力で岩を出して盾にするか?」
猛がグランバルドと目で会話する。
「猛の力じゃない! 俺たちの力だろ!」
グランバルドが訂正する。
「僕は…………」
腕の中のエアリムを見る。もぞもぞと動き出した。
「私はもう大丈夫です。ですが…………今の私たちの力ではアレを防ぐことは不可能です」
作戦会議中にもヴィクターが力を上げ続け、今や火の玉はこの辺り一帯を飲み込むほど
強大になっていた。
「あいつ…………マジで俺たちを消す気だ!」
「…………本当にどうするの?」
バルが不安そうに呟く。勇汰はバルを見てにこっと笑う。
「皆っ! 俺に作戦があるんだ。協力してくれ!」
「わかった。何をすればいいんだ?」
「紋章を出すんだ。そして自分のパートナーの紋章と重ねてくれ!」
「…………わかった。こうか?」
勇汰に言われるまま、各が紋章を出して重ねる。するとその輝きが増したのだ。
「俺たちの紋章が重なると、パワーアップするんだ。これであの攻撃を防ぐ!」
「わかった!」
四人と四体。紋章と力を合わせる。周囲に光りのドームが出現し勇者たちを包み込む。
「作戦会議は終わったか? ではそろそろ行くぞ!」
ヴィクターが巨大な火の玉を勇者たちめがけて落とした。
「っ!?」
「踏ん張れっ!」
「重い…………!?」
「うぅううっ!」
押しつぶそうとする火の玉を、何とか押し返そうと足掻く。
「やるなっ! これならどうだ?」
ヴィクターが剣を振る。すると火の玉が爆発した!
閃光と爆音が闇夜を貫く!
土埃が舞い上がり――。
「…………ほう」
ヴィクターが感心した。
「よくあの攻撃を耐えたな」
「…………ど、うだ!」
全員無事だった。とは言え、全員が満身創痍。もう立っているだけで精一杯だ。次も同
じ攻撃が来たら――防げない!
「どうやらここまでのようだな」
再びヴィクターが火の玉を生み出す。
「くっ!」
力は残っていない。それでも負けるものかと歯を食いしばる勇者たち。そんな彼らの前
にエマが飛び出した。
「止めてっ! ヴィクター! もう止めて下さいっ!」
「エマ……。どくんだ!」
「いいえ! どきません! ヴィクターは間違っていますっ!」
「間違い? 俺のどこが間違っているんだ?」
「全てです! 勇者を殺しても貴方が勇者になどなれません! 目を覚まして下さいっ!」
「ふっ! 目なら冷めているさ」
エマの説得も空しく、ヴィクターは力を貯める。
エマは走り出した。無謀にもヴィクターに抱きついて――。
「こんな事止めて下さいっ!」
「うるさいっ! 邪魔をするなっ!」
「きゃあぁっ!」
ヴィクターがエマを吹き飛ばす。貯めた力を一端解放し、剣の切っ先をエマへと向ける。
「邪魔をするなら、お前から始末してやる!」
剣を振り下ろし――。
「……………………!?」
刀身がカタカタと震える。
「…………バカな? 私は誰に向けて剣を…………! エマは殺さない。殺す必要なんて
ないじゃないか!?」
「………………ヴィクター!?」
カランと剣を落とす。両手で頭を抑え――。
「ウゥゥウウワァアァアァ!? 私はっ!? 私は一体っ!?」
「ヴィクター!?」
「アガッガガガアア!? 私は…………勇者…………を……勇者……だ! 私は…………
タダシい! タダシいのは私ダ!」
「ヴィクター!? お願いです! 正気を取り戻して下さい!」
「アガガッガガガガ!?」
「チッ! メンドクセェな」
それまで傍観していたエドモンドが動いた!
頭を抱えて苦しむヴィクターに近づくと、一撃で彼を気絶させたのだ。
「ガッ!?」
「ったく…………どいつもこいつも手間をかけさせやがる!」
エドモンドはヴィクターを担ぎ――空を仰ぐ。
「来いっ! ウィルドボリアス!」
そう叫ぶと突如、空に黒い影が現れた。
一本の脚と一つの胴体に三つの頭を持つ巨大な鳥の化け物。六つある目が勇者たちを捕
らえた。
「初めまして勇者諸君。私は邪神龍に仕えし四凶竜の一体。ウィルドボリアスと申します」
凶暴そうな見た目とは裏腹に礼儀正しいそいつは、エドモンドを見た。
「どうやら暴走したようですね?」
「ったく! メンドクセェ」
エドモンドはウィルドボリアスの背へと飛び乗った。
「今日はお前らを見逃してやるよ」
そう言い残して空の彼方へと消えて行った。
「待って…………ねぇ、待って!」
エマが空へと叫ぶ。
「待ってっ! お兄ちゃーーん!」
気力を使い切った勇者たちは、言葉すらかけられずにただそれを黙って見ていた。
・ ・ ・ ・
「………………っ!」
エマの癒しの光りが、傷をたちまち癒していく。
傷だけでなく、体の疲労感もすぅっと消えていくのだ。
「…………ありがとうございます。エマさん」
「…………いいえ。私には…………これくらいの事しか出来ませんので……」
手当を終えたエマはペコリと頭を下げると、足早に竜車へと駆けて行った。
「…………」
勇者たちは静かに顔を見合わせて気まずそうに表情を曇らせる。
「…………どうしよう? 何か言葉をかけてあげたいけど……。こんな時、何て言ったら
いいんだろう?」
「…………」
友希の問いかけに答えられる者は誰もいない。
仲間の裏切りにあった者へかけられる言葉など誰も持ちあわせてなどいない。
その上――。
「お兄ちゃん」
エマがヴィクターへ向けて発した言葉。この言葉の意味も聞けずにいた。
「とりあえず。今はそっとしておこうよ」
勇汰の提案に、皆が賛成した。それが問題の先送りだと解っていても現状それしか無い
のだから。
「…………そうだ!」
気持ちを切り替えて、勇汰が笑顔で輝の肩をポンポン叩く。
「さっきは本当にありがとう。助かったよ」
「あ、いえ…………。火野くんが無事でなによりです」
「………………」
勇汰が顔を近づけて輝の目を見る。
「さっきさ。俺の事、呼び捨てにしてなかった?」
「え? あ、あああっ!」
輝の顔が真っ赤に染まる。
「ちがっ! 違うんですっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」
「謝らなくていいよっ! 急だったし。ビックリしたし……どうしたのかなって思っただ
けだから。大丈夫。嫌じゃないからさ。呼び捨てで呼ばれるの」
「あ…………あり、がとう、ござい、ます。あ、の…………。実は、これには深いわけ、
がありまし、て」
輝はエアリムと交わした試験の事を話した。
「…………と、言うわけなんです。…………ごめんなさい。勝手に皆さんを巻き込んでし
まって…………」
深々と頭を下げる。
「いいって! そんな事、気にしなくてさ」
勇汰が輝の肩をポンと叩く。
「むしろ、俺は何か良かったよ。何か、すっごく仲良くなった気がした。だからこれから
俺の事は呼び捨てでいいよ!
もちろん。俺も輝って呼ばせてもらうからさ!」
「…………あ。ありがとうございます!」
続けて猛も輝の肩を叩く。
「オレも猛でいいぜ。よろしくな。輝!」
「は、はいっ! 猛く……猛! よろしくお願いします!」
「…………ならボクも。友希って呼んで。これからよろしく御願いします、輝」
「はい! よろしくお願いします。友希!」
握手を交わす。
それからエアリムを見て。
「いいじゃない。あっという間に試験をクリアね」
「…………エアリム。これ」
輝は右耳からイヤーカフを取り外してエアリムの右翼の付け根に取り付けた。
「どうしたの?」
「感謝と…………友達の印に。僕からのプレゼントです。右に付けたのは、いつも君は僕
の右肩にとまるから」
「…………ふふふ。ありがとう。でもこれならこの耳飾りを餌にしてアタシと契約すれば
よかったじゃない?」
「それは…………何か卑怯な気がしたんです」
「ふふ。真面目で真っ直ぐなのね。それでこそ。アタシが見込んだ人間よ」
エアリムはご機嫌で歌を歌う。
「この歌…………」
町で探してた歌声だ。
「なぁんだ。すぐ側に居たんだ。まるで幸せの青い鳥……じゃなくてこの場合は緑の竜だ」
エアリムの歌声が疲れた勇者たちの心に染み入ってきた。