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ドラゴニック・ブレイブ  作者: 丸くなれない針鼠
3/8

第三話



 開けっ放しにしておいた窓からひんやりと冷たい空気が流れ込んできた。

「ん……」

 土屋猛はベッドの中で体を丸める。

「…………」

 目を瞑ったまま、寝ぼけてどこかに追いやった薄いタオルを足で探す。足を伸ばして―

―見つけた。

 右足付近でくるっと丸まったタオルを足の指で挟んで引き寄せる。それを広げて肩から

羽織る。

「…………」

 駄目だ。ちょっとはマシになったが、それでもやっぱり寒い。

「…………ぅう」

 さすがに我慢できそうにないと、猛はベッドから飛び降りて窓を閉めに行く。閉めると

言ってもすだれのような布をただ降ろすだけなのだが――これだけでも風の進入は充分防

げるのだ。

「…………うぅっ、寒い!」

 身震いする体を擦ると腕に鳥肌が立っているではないか。

「気温差ありすぎだろ! ったく!」

 慣れない環境に文句を垂れる。でも、だったら服を着ろよと誰かのツッコミが聞こえた

気がするが――服なんか着る気は無い!

「さーてと…………どうすっかな?」

 ベッドに置かれた寝間着を押しのけて腰掛ける。ぼんやりと何も無い宙を眺めて過ごす。

 この寒さのせいで目がすっかり覚めてしまった。おまけに早く寝たせいで全然、眠たく

もない。

「…………時間が勿体ねぇな」

 向こうの世界ならこの時間をもっと有効活用出来たのに。例えばそう――勉強をしたり、

マンガを読んだり、ゲームしたりとか。

 こっちの世界に来たばかりでよく知らないが、この世界にはそれらに代わる娯楽はある

のだろうか?

 有るにしろ、無いにしろ。とりあえず今のこの時間をどうやって潰すかだ。

「…………ジョギングでもすっかな?」

 ふと思い立ったので行動に移すことにする。

 掛けといた短パンを穿き、靴も履く。

「…………よし!」

「………………どこか行くの?」

 猛が振り返ると、勇汰が目を覚ましていた。横になったままこちらを見ている。

「悪りぃ。起こしちまったか?」

「ううん。俺も寒くて目が覚めたから…………。それよりもまだ朝早いよ」

「…………わかってる。でも…………何かジッとしてられねぇっーかさ。とにかく。何か

したい気持ちなんだ」

「…………そう。気をつけて」

「おう」

 そのまま部屋を出ようとすると――勇汰に呼び止められた。

「その格好で行くの!?」

「ああ」

 勇汰が驚いた理由は解ってる。上半身裸で外を出歩く気かと。

「………………駄目か…………な?」

「駄目…………うーん。どうなんだろ?」

 勇汰は上半身を起こし頭を傾げる。

「この世界って温暖だからさ。結構、露出多めの人がいたから大丈夫だとは思うけど……

……。でも寒くない?」

「走ればすぐ暖かくなる」

「それもそうか。…………ま。いいんじゃないの? 朝で人も少ないだろうし」

 気にしてくれた割にはずいぶん適当な結論で納得するなと思ったが…………。

「そういや、火野くんも初日はパジャマ着てたけど、今は着てねぇよな?」

 勇汰も自分と同じで下着一枚でベッドの中にいる。

「うん。最近になって裸族デビューしたんで、別に抵抗は無いよ」

 なぜかキランと目を光らせる。

「そうか」

 猛もまた目をキランと光らせる。

 この瞬間――。

 同士よ!

 心と心でガッチリ握手した気がした。


・          ・          ・          ・


「はぁ…………はぁ…………」

 しばらく走ると体が暖まってきたので、吐く息がほんの僅かに白くなる。

「はぁ……はぁ……」

 さすがに疲れてきたので走りから歩きへと切り替える。

「…………ふぅ」

 流れ出る汗を手で拭う。

「喉…………乾いたな」

 便利な世界の生活に慣れきっているせいで、ちょっとした事に不便を感じてしまう。

 今だってそう。喉が乾けば自販機を探せば良かったが、こっちではそうはいかない。手

軽に水の一滴も飲めないのだから。

「………………せめてペットボトルがあればな」

 水筒として持ち歩けたのに…………。

「ふぅ…………」

 ま、無いものは無いでしょうがない。文句を言ってもどっからか出てくるわけもないの

だから。

「…………まだ大丈夫だ」

 自分の喉に聞いてみると、そう答えたので先へと進む事にした。

「本当に………………静かだな」

 昼間とはえらい違いだ。行き交う人々はおらず、我が物顔で町を練り歩ける。

 そのお陰でこんな格好で町を歩けるわけだが…………。

「ふぅ…………」

 ドクドクドク。

 心臓のドキドキがまだ止まらない。これは運動したからではなくて、ちょっといけない

事をしているという背徳感から来てるドキドキだ。

 つまり――上半身裸で町をうろつく行為に対して動揺しているのだと。

 まぁ、これはいわゆる思春期男子のちょっとした性癖と冒険心の暴走した結果なのだ。

 だから――。

「ふぅ…………」

 さすがに大胆すぎたかなと不安になる。

 やった後で後悔するパターンが殆どだ。

「いや、大丈夫だ」

 だって……こっちの世界に来て人々の生活とかを観察してみて、大丈夫そうだからと判

断したからそうしたわけだし。

 温暖な気候で、向こうで言えばハワイか…………それよりももっと下。赤道付近くらい

の暖かさがあるから、ここで暮らす人々も自然に露出が多い服装になっているし。

 向こうだって海外じゃ、上半身裸で町をうろつくのなんて普通にやってるみたいだし。

「大丈夫。別に捕まる事はねぇだろう」

 旅の恥は掻き捨てだ。

 そう自分に言い訳を重ねて心を落ち着かせる。

「せっかくの機会なんだ」

 こっちじゃネットなんて無いし、知り合いも居ない。

 人目なんて気にせずに「人生で一度くらいはやっておきたい事」の一つくらいをやって

みてもいいじゃないか。

「大丈夫だ。オレは別に露出狂じゃない」

 体を鍛えると、不思議と大胆な気持ちになると言うか…………人に見てもらいたい気持

ちと言うか…………自慢したいという気持ちになるのだけなのだ。

 ………………正直に言おう。見てもらいたいと言う気持ちと見せたい気持ちはある。そ

りゃ体を鍛えてるんだから。

「でも変態じゃないぞ」

 そこは重要だ。

「………………ちょっとしぼんだか?」

 腕の筋肉に力を入れて触る。少しだけ小さくなったような気がするのだ。こっちに来て

からちゃんとトレーニング出来なかったからだろうなと、がっかりする。

 次に腹に力を入れる。腹筋は大丈夫。かろうじて割れている。

「腕を鍛えられて…………ついでに胸筋も鍛えられたらなぁ」

 そんなトレーニングが無いか、実は昨日町中を探し回った。

 そして町を見て回って気になる場所と人とドラゴンを見つけたのだ。


・          ・          ・          ・


「テメェらっ! ちんたらしんてじゃねぇぞっ!」

「ヘイッ!」

 ぶらりと町を散策していると、怒鳴り声が鼓膜に突き刺さってきた。

 思わず全身をビクッと震わせて、首をキョロキョロ動かす。

「何度言えばわかんだよっ! 手を動かせっ! 手をっ!」

 また聞こえてきた。

 一体何事かと、その声を辿るとある更地に出た。

「何だ?」

 目の前の光景に猛は目をパチクリさせる。

 広い更地の中で上半身裸の屈強な男たちと二本足で歩く緑色のドラゴンたちが、何やら

作業をしているのだ。

「…………何してんだ?」

 ドラゴンたちはソリみたいな乗り物を引き、男たちはそのソリに乗っている長方形の石

を二人一組で持ち上げて並べている。

「……………………ああ! 工事か!」

 重機などが無いこの世界。家を作るのにも人力なのかと驚いた。

「すっげぇ…………」

 二足歩行で歩くドラゴンよりも、かなりの重さがあるだろう石材を、人間が持ち上げて

いる事に感心する。

「俺も、鍛えればあれくらい持てるようになるかな…………?」

 自分の腕と働く男たちの腕を見比べて――あまりの細さに落胆のため息を吐く。

 自分なんて、どれだけ鍛えてもああはなれないんじゃないか。そう思って落ち込む。

 気持ちの切り替えが早い猛は、ネガティブ思考からアクティブ思考へすぐ切り替えられ

る反面。逆もまたしかり。アクティブ思考へも簡単に切り替わってしまう。

 ただ誰か知った人間が側に居れば虚勢を張る癖のお陰でアクティブ思考で固定されるが

…………。

 居ないと反動でネガティブ思考のまま固定されやすくなる。

「はぁ…………」

 自分なんてどうせ…………。

 そんな風に考え出したので、この場から立ち去ろうとした時――あるものに釘付けにな

ってしまった。

 それは、筋骨隆々の大柄な男――ではなくて。むしろその逆、この場でもっとも小さい

生き物に。

「……………………あれも、ドラゴンか?」

 猛が目を細める。

 更地の真ん中あたりでうろちょろしている黄色くて丸い物体。遠目なのでハッキリとは

解らないが、おそらくは子犬くらいの大きさだ。そしてその小さい生き物もソリを押して

いる…………ようだ。

「あんな小さいのに…………」

 他の大きなドラゴンが引くソリと同じソリを、乗せている石も同じ大きさのものをたっ

た一匹で引いている。

 いや――引かせているのか?

「…………誰か手伝ってやれよ」

 しばらくそのドラゴンを見守ってても、誰もそのドラゴンを手伝おうとはしない。

 誰もがそのドラゴンを避けて動いている。

「オラオラ! 急がねぇと間に合わねぇぞ!」

 再び怒声が轟く。

 声の主は更地の隅で腕を組んで仁王立ちしている男だ。他の男たち同様に上半身裸で一

人だけ頭に真っ赤なバンダナみたいなのを巻いている。おそらく彼がこの工事現場の指導

者なのだろう。

「とっととやれっつってんだろうがよぉっ!」

 男はイラついた様子で声を荒げる。

 その様子に作業員たちは動きを早めた。

「あいつは…………?」

 気になったあのドラゴンはと言うと…………やっぱり中央でのんびりソリを引いていた。

「あいつ…………あんなんで仕事できるのか?」

 なぜかそのドラゴンが気になり、その日は日が暮れるまで工事の様子をただただ見て過

ごしてしまった。


・          ・          ・          ・


「…………さすがにまだ来てねぇよな」

 ジョギングと歩きを交互に行ってここまでやって来た。

 昨日、たまたま訪れた工事現場へと。

 ここであの小さいドラゴンを見つけ、なぜか気になって目が離せなくなった。

「ふぅ…………」

 猛は更地の端に置かれた石材の上に腰掛けた。

「あいつは…………どっちなんだ?」

 エマの話しでは自ら望んで人間に使われるドラゴンも居るという。

 昨日のあのドラゴンは、明らかに自分の能力以上の仕事をさせられていた。もしもあの

ドラゴンが無理やり働かせられていたら…………助けてあげた方がいいのだろうか?

「…………さて、どうやって調べるか?」

 聞いても正直に答えるとはずもないだろうし。

「うーん…………」

 腕を組んで悩んでいると――。

「こらっ! 勝手に座るなっ!」

「おわっ!?」

 背後から急に叱られた。

「え? あ、ごめん……なさい」

 驚いて石材から飛び降りる。猛を叱ったのは同い年くらいの女の子だ。

「この石はね。ウチの大事な商品なのよ! 傷が付いたらどうしてくれるのよ!」

「す、すみません……」

 迫力に負けて猛は謝った。すぐにこの場から立ち去ろうとすると――。

「ちょっと! どこ行くのよ?」

「え?」

 まさか呼び止められるとは思わなかったので、頭が固まる。

「え?」

 まさか弁償しろと言う気なのか?

「あなた、新人さんでしょ? 早く来るのは関心するけれど。だからって今みたいに商品

に座っちゃ駄目だからね」

「新人…………? オレが?」

 周りを見渡しても自分しかいない。

「違うの?」

「違う違う」

 猛はハッキリと否定して、女の子の誤解を解く。

「オレはたまたまここに来ただけだ」

「たまたま? 嘘よ」

「嘘じゃない!」

「だったら何でそんな格好でこんなとこにいるのよ?」

「たまたま脱いでた」

「また、たまたま?」

 女の子は呆れた顔で猛の顔と体をじろじろ見る。

「訳わかんないわね?」

「訳わかんないのはこっちだ。どうしてオレが新人に間違われる?」

「だってそんな格好してるし」

「……はぁ? どうしてこの格好でそうなるんだ?」

「何言ってるの? 服装で仕事や階級がわかるのは当たり前じゃない」

「………………え? この世界って、格好だけで仕事がわかるのか?」

「ええそうよ」

 目の前の女の子はそんなの当たり前じゃないという顔でこちらを見てくる。

「兵士は鎧を着てるし、騎士様は鎧が豪華だし。神官様は真っ白な法衣を着てるし。建物

作りの職人はあなたみたいな裸の格好をするって決まってるし」

「………………つまり。服装で仕事がわかるんじゃなくて。職業ごとに服装や格好があら

かじめ決められてるのか…………この世界は」

「…………だからこの世界って何よ?」

「いや。何でも無い、です。…………オレがこの格好をしてるのは、友達にちょっと見栄

を張っただけなので。気にしないでください。じゃ!」

 そそくさと立ち去ろうとした――のに!

「だから待ちなさいって!」

「まだ何か用があるのか?」

「ちょうどいいわ。あなた、私の手伝いをしなさい!」

「はぁあっ!? 何でオレが!」

「ウチの商品に乗ってたでしょ? それを見逃してあげる代わりよ。言っとくけど。私の

お父さんはすっごく怖い人なんですからね!」

「ぅう…………」

 この気の強い女の子に押し切られた猛は、ゆっくりと縦に首を動かした。


・          ・          ・          ・


「私の名前はリーシャよ。あなた、名前は?」

「オレは…………猛だ」

「そう。猛。あなたには今からこれをやってもらうわ」

 リーシャが猛を案内する。更地の奥の方に建てられたボロいテントの中へと。そこには

レンガよりも二回りほど大きな長方形の石が積まれていた。

「これは?」

「これは今日使う分の石材よ。この石をすぐに使えるようにソリに乗せてってほしいの」

「…………わかった」

 ここは大人しく言う事を聞いといた方が良さそうだ。

「よっ!」

 腕に力を入れて石材を持ち上げる。重さは恐らく…………五キロくらいか。見た目通り

の重さだ。

「ふんっ!」

 両手でしっかりと抱えて運ぶ。間違っても落とさないように細心の注意を払って。

 落とせば更にややこしくなるから…………。

 石材を立て続けに十個運び終える。

「ふぅー」

 ここで一息。石材の山はまだまだあるのだ。先は長い。

「よしっ! やるかっ!」

 コツは解った。と言ってもただ石を運ぶだけなのだが、それだけでも力を入れるタイミ

ングや力の配分をちゃんと考えてやればもっと楽に運べるのだ。

 そのコツのお陰で今度は二十個運んで一休み。

「ふぅ…………」

「へぇー。あなた、結構やるわね」

 猛の働きぶりを見てリーシャが感心する。

「さ。まだまだあるわよ」

 そう言って今度のソリを持ってくる。

「………………ひょっとして。ここに置いてあるソリ全部に石を置くのか?」

「ええそうよ。…………どうしたの? ひょっとしてもう疲れたのかしら? たったこれ

だけの石を動かしただけで?」

「はぁ?」

 カチンと来た。

「オレを見くびんなよ! これくらい、オレ一人でも充分だ!」

「あらそう? じゃあやって見せてよ」

「ああ、やってやるよ!」

 リーシャに乗せられてると解っていても、つい乗ってしまう。

 それだけ。猛にとっては舐められる事や出来ないだろうと思われるのは、どうしても嫌

なのである

 プライドが許さないのである。

「おらっ!」

 さっきの倍のスピードで石を運び――ソリへと積み上げる。

「ほらほら。もっと丁寧にしなさい。じゃないと石が壊れちゃうわよ。壊れたら弁償だか

らね」

「わかってるっ!」

 言葉は乱暴に。でも手元は繊細に。器用に使い分ける。

「くっ…………」

「どうしたの? ペースが落ちてきたわよ」

「わかってる!」

 額から流れ出た汗を顎下で拭き取る。

「残りは…………三十個」

 ソリ一つ分の山だけだ。これが終われば――。

「ああーっ! 何してんだよっ!」

「?」

 声が増えた。顔を上げて――いや下げて足下を見る。

「こいつは…………昨日の」

 昨日、猛が気になってた黄色くて小さいドラゴンだ。そいつが文句を言いたげな表情で

見上げている。

「あっちゃー。グラちゃん来るの早すぎ。もう少しだったのになー」

 リーシャが頭を抱える。

「? どういう事だ?」

「それはこっちの台詞だ!」

 事情を聞こうとしたら、逆にドラゴンから訪ねられた。

「えっとね…………。グラちゃんはちょっと待ってて」

 そう言ってリーシャが猛と二人で話し始める。

「実はね。この仕事、本当はグラちゃんの仕事だったの」

「グラちゃん?」

「グランバルドのグラちゃん。あの子よ。あの子の仕事をあなたに代わりにしてもらった

から、あの子が怒ってるの」

「…………」

 仕事を取られて怒ってる。つまりそれは、あの小さいドラゴンは無理やり働かされてる

わけじゃないという事か。

 思いがけず、知りたい情報が入手できてしまった。

「でも何でだ? 自分の仕事が楽になっただろうに」

「私もそう思うんだけどね……」

 リーシャが困った顔をする。

「あの子は意地っ張りなのよ。きっと体が小さいのを気にしてると思うのね」

「!?」

 猛はドキッとする。

「ほら! グランバルドってドラゴンはさ。もっと大きいじゃない? 私は見た事ないん

だけどね。噂じゃ、大きいので山一つくらいはあるんだって。だからグランバルドの子供

でも大岩くらいあるのが普通なんだけど…………」

 二人でそぉっとグランバルドを見る。

 ここに居るグランバルドは子犬くらいの大きさだ。それこそサッカーボールを半分に切

ったような体に手足と頭と尻尾が生えてる感じで、どっちかと言うとドラゴンよりも亀の

方がしっくりくる。

「あのグラちゃんはどう言うわけか特別小さいのよ。それで群から追い出されちゃってウ

チのお父さんが拾ってきて世話をしてるのよ」

「………………」

「しかもね。体が小さい割に負けん気が強くて…………。自分よりも体が大きい人やドラ

ゴンに喧嘩腰で接するし…………。難しい仕事ばかりを率先してやろうとするし…………

って。どうしたの? さっきから胸に手を当てて俯いて。具合悪いの?」

「い、いや…………。ちょっと…………何でもない」

 まるで自分の事を聞かされてるみたいだった。猛も背が小さくて体も細い。なのでよく

同年代の男子から年下扱いされたり、持てる荷物なのに、持てないだろうと決めつけて代

わりに持ってやると余計なお世話を焼かれたり。そんな経験がある。

「こいつ…………」

 グランバルドを睨みつける。他人のような気がしない。だから気になったのか?

「ごめんね。グラちゃん。こいつがね。ちょっと仕事の邪魔をしてたから叱ってたのよ。

罰として手伝わせただけなの」

「………………何だ。それならいいや」

 リーシャの説明に納得したグランバルドは、すぐに自分の仕事である石の積み替えを始

める。

 その仕事ぶりを、猛は後ろで黙って見守る事にした。





「はいどうぞ。お疲れさま」

「…………ありがとう」

 濡れタオルを渡された猛は顔や体の汗を拭き取る。

 少し離れてグランバルドの働きっぷりを眺める。

 グランバルドは一体どうやって、高く積まれた石を移動させるのか興味があるから。

「むむむ!」

 何やらグランバルドが力み始める。すると――。

「えっ!?」

 積まれた一番上の石がカタカタと音を立てて動き出したのだ。そしてそれがゆっくりと

宙に浮かぶ。

「…………ひょっとして、魔法!?」

 ドラゴンって魔法が使えるのか!?

「まさか」

 リーシャが笑う。

「グランバルドは土属性のドラゴンよ。だから土のエレメントが含まれている石や鉱物な

んかは、ああして自由に操れるの」

「…………そんな事が出来んのかよ」

 驚きと関心して頷く。

「でも…………」

 宙に浮いた石はふわりふわりとゆっくりなスピードで移動する。正直、亀が歩く速度よ

りも遅い。

「あいつに任せるよりも、誰か他の奴に任せた方がいいんじゃないか?」

 あれでは日が昇っていないが、日が暮れてしまう。

「それは私も思ってるのよ。でも手伝うとあの子はヘソを曲げてしまうし…………。だか

らあんたに手伝ってもらったのよ。罰で仕事をさせたと理由があればあの子の仕事をやら

せてもヘソは曲げないと思って」

「勝手にオレを利用しやがって………………でも、ま。理由はわかった。それで何でオレ

なんだ? 他の奴でもいいだろ!」

「たまたま、あんたがいたからよ。それに…………」

「それに?」

「あんたさ。昨日、ウチの仕事を熱心に見てたよね?」

「ぅ………………気がついてたのか?」

「当然よ。私たちの仕事って、誰も気にも止めないのに。あんただけはずっと熱心に見て

たから覚えてたの。昨日、家に帰ってからお父さんとも話したのよ。あんたの事を」

「え? な、何を…………?」

「あんまり熱心に仕事を見てたから。そのうち、ウチに弟子入りしに来るんじゃないかっ

て。そうしたら今日来てるし。………………で?」

「でって?」

「本当に弟子になりに来たんじゃないの?」

「そうだ。…………確かにこんな格好で工事現場をうろついてたら、間違えられても仕方

ない」

「じゃあ、何で来たのよ。それもこんな朝早くに」

「朝からジョギングしてたんだよ。汗掻くから服を着なかったんだ。…………訳あって服

を一着しか持ってねぇから、汚したくなかったんだ」

 これは言わないが、こっちの世界に着て来たタンクトップは持ってる服の中で一番のお

気に入りなのだ。お値段もそれなりにした。だから大切にしたいと言う気持ちもあった。

 つまり出かけに友希に告げた、服を汚したくないなどの理由も実は本心でもある。

 状況と条件が――ちょっとした好奇心と冒険心と淡い性癖が――複雑に絡み合いこうな

っただけの現象であり、一言で言えばたまたまなのだ。

「え? お金が無いの? だったら尚更ウチで働けば? この仕事。キツいけど給料はい

いから」

「いや。そういうことじゃねぇんだよな。それにオレ、体細いぜ」

 自分で言って悲しくなる。

「大丈夫よ。あんたよりもずっと背が高くて筋肉もりもりの男でも、半日で根を上げて逃

げ出す奴だっているんだし。大事なのは根性よ。さっきの働きっぷりを見てたけど、あん

たなら大丈夫よ。ウチでもやっていける!」

「…………さっきの採用試験か何かかよ。えーと…………なんつーか…………どうもオレ

には他にやらなきゃいけねぇ事があるらしいていうか……」

 勇者だと言ってもいいのか迷ったので言わない。

「よくわからないわ。まぁいいけど。でも本当に興味がないの? それなら何でまたここ

に来たの?」

「それは…………」

 グランバルドを見る。

「なんか…………あいつが気になって」

「グラちゃん? ふーん」

 リーシャはグランバルドと猛を見比べる。そして一言。

「似た者同士」

「なっ!?」

 猛は言葉を失う。会ったばかりなのに見破られただと!

「あんたもさ。グラちゃんと同じで自分の体が小さい事とか気にするタイプでしょ?」

「ど、どうして…………そう思う、んだ?」

「うーん、何となく。あんたからはグラちゃんと同じで自分は出来る男なんだぞオーラが

出てるから」

「何だよそんなオーラ」

「例えよ。雰囲気が近いの。他人に頼りにされたがってる、とかね」

「うっ…………」

 また図星だ。

「特にキツい仕事を任されると喜ぶタイプ」

「うっ! ああもうっ! わかったから!」

 顔を真っ赤にして走り出す。リーシャに別れの挨拶などせずに真っ直ぐ道へ飛び出した。

「オレはもう帰る!」

 返事を聞かずに速度を上げる。

 二度と来るもんか!


・          ・          ・          ・


「くそっ! くそっ! くそっ!」

 苛立ちをまき散らしながら道を走る。

「くそっ! あの女ぁ!」

 何で初対面の相手にあんな事言われなきゃいけないんだ!

「くそっ!」

 腹が立つ。

 でもそれは自分自身にだ。

「あぁ、もうっ! 何でオレは――」

 逃げ出したんだ!?

 あんなタイミングで逃げ出したら言い訳も何も出来ない。事実だと認めたようなものじ

ゃないか!

「くそっ! くそっ! オレのバカやろう!」

 走りが加速する。

 タオルを握る手に力が入る――

 …………タオル?

「げっ!?」

 タオルを返さなかった。

「うわぁ…………」

 立ち止まり、来た道を振り返る。

 さっきの工事現場はもう遠い。

「…………返しに戻るか?」

 だが朝日がもう登っている。

 それにこの先の曲がり角を曲がればもう神殿に着く。

「ああ…………くそっ!」

 捨てるか、貰うか…………。悩むが…………。

「どっちも駄目だ! ちゃんと返さなきゃな」

 人として。結果的に盗んでしまったタオルは持ち主に帰すべきなのだ。

 例え、戻り辛くても。

「でも…………」

 返すのは後でもいいだろう。今からじゃ、またややこしくなりそうだし。ちょっと時間

を置いてからの方が気持ちの整理もつく。

「それに…………腹も減ったしな…………」

 予想外の運動をさせられたお陰で腹ペコだ。

「………………」

 周囲に誰も居ないのを確認してから――

「ぐっ!」

 右腕に力を入れる。膨らむ上腕二頭筋。それをもう片方の手で触って硬さを確かめる。

「…………良い感じだ」

 筋肉を触ってニヤケる。

「…………働くのは無理だけど…………筋トレとしてならやってもいいかもな」

 ちょこっと心がぐらつく。

「…………まぁ。とりあえず今は戻ろうか」

 腕を触りながら歩き出す。

 角を曲がり――。

「おっ!?」

 神殿の入り口が何やら騒がしかった。

「何かあったのか?」

 急いで駆け寄る。

「何かあったんですか?」

 猛が近くの衛兵に訪ねると、彼はすごく興奮した様子で答えてくれた。

「そうなんだよ! 凄いことがあったんだよ! 勇者の一人が水属性のドラゴンと契約し

たんだよ!」

「契約…………勇者が?」

 誰だろうと首を伸ばして探す。

「あ!」

 水島友希が知らない男の人に支えられて神殿の中へと入っていくのが見えた。そしてそ

の後ろを蛇のようなドラゴンが着いていくのを。

「………………あいつか」

 猛は意外に思った。他の勇者と接してみて、実は彼が一番そういうのが苦手なんじゃな

いかと思っていたから。

「…………しっかし。これじゃ、オレもそろそろかもな」

 ふと、あのグランバルドの事が頭を過ぎった。


・          ・          ・          ・


「ごちそうさまっと」

 一人寂しい朝食を終えた猛は軽くお腹をさすった。

「味付けは好きなんだけどな…………」

 改めて周囲に誰も居ないのを確認してからボヤき始める。

「ここの食事。野菜ばっかだもんな。野菜は嫌いじゃねぇけど…………。ああ…………ガ

ッツリ肉を悔いてぇな…………」

 腕や腹を触る。

「これじゃ、筋肉が育たねぇよ」

 グチをこぼす。

 食事を用意してもらっといてこんな事を言うのは筋違いだと解っていても、それでも不

満は溜まるものだ。

「はぁ…………。しゃあねぇか」

 今はあきらめよう。もう少しこの世界に慣れれば食べたい物も食えるようになるだろう

から。

「とりあえず、こっちの生活に慣れるのが先だよな。先!」

 立ち上がって食器を片づけに行く。

「さーてと…………これからどうすっかなぁ…………?」

 基本的にこっちの世界に来てからのスケジュールは真っ白だ。何にも制限が無い。無い

からこそ逆に時間を持て余してるのだが…………。

「やっぱり…………タオル、返しに行かなきゃ駄目だよな」

 膨らんだポケットの感触が鬱陶しい。ならば早くこれを処理したいのだが…………。

「はぁ…………。どのツラ下げて行けってんだよ」

 ――おう。今朝はすまなかった。これを返しに来たんだ。それじゃ!――

 (………………これは駄目だ。こっちに非があるみたいじゃねぇか)

 ――よぉ! 別に来たくはなかったんだけどよ。その…………あれだ。ほら…………。

返すぜ。このタオル。別に盗むつもりは無かったんだ。ホントだからな。じゃあな!――

(………………駄目だ駄目だ! 言い訳すればするほどカッコ悪い! だったら!)

 ――悪い。間違えて持って帰っちまった。すまん。じゃ!――

(これだ! これならスッキリする!)

「よし! そうと決まれば――」

 善は急げ――とはならないようだ。

「………………あれは?」

 厨房へと向かう道の途中に中庭へと入れる道もある。その奥から怒鳴り声のような声が

聞こえてきたのだ。

「…………この声は」

 聞き覚えのある声。悪意や敵意を剥き出しにしたこの声の主は…………。

「ヴィクターか…………」

 正体が解り――またかとうんざりする。

 あの男は何かある度にいちいち突っかかって来て迷惑してるのだ。

 今の所、我慢が出来るのはエマがその都度代わりに謝って来るからであって、こいつの

暴言を許したわけじゃない。

「…………誰だ?」

 今。ヴィクターは誰に向かって暴言を吐いている?

 友希は全身筋肉痛とかで、宿舎で寝込んでいる。勇汰とエマは看病と食事を運びに行っ

て向こうで食事中のはずだ。となれば…………残るは――

「やっぱり!」

 廊下を抜けて中庭へ出るとそこにはヴィクターと彼に睨まれた輝の姿があった。

「だから何とか言ったらどうなんだ? ずっとこっちに来てからまったく話さない。挨拶

も出来ず。目も合わせない。勇者として。いや人間として。貴様は失格だ! 最低だ!」

「………………………………………………………………………………………………………

………………………」

 まるで蛇に睨まれたカエル状態だ。あれでは寡黙な輝でなくとも誰も言い返されやしな

い!

「人間失格は言い過ぎなんじゃねぇのか!」

 猛が割って入る。

「ん? 何だお前かちび助!」

 頭にカチンと来たが…………何とか堪えた。ここで取り乱してしまったとあらば、格好

良く助けに入ったのが台無しになる。

「今は貴様には用はない失せろ!」

「そっちに無くてもオレにはあるんだよ! 黙って聞いてりゃ、言いたい放題言いやがっ

て!」

「ふっ! 黙って聞いてれば!? はぁ!? こいつが何も言い返さないのが悪いんだろ

うが」

「何も言い返さない? はぁ? あんたは言い返しても言ってくるだろうが!」

「ふんっ! 当然だ。私は正しい事を言っているのだからな。騎士団長であるこの私がわ

ざわざ注意をしてやってるのだ。お前らはただ黙って私の言う通りにすればいいんだ!」

「騎士団長? へぇ? あんたが? そいつは知らなかったなぁ! 騎士団長ならもうち

っと自分の感情をコントロール出来るようになったらどうなんだ? 犬みたいにわめき散

らしてよ。間抜けだぜ!」

「ぐっ! 貴様っ! この私を侮辱する気か!」

「当然だ! 言っとくが。先に侮辱したのはお前の方だからな。謝るならお前が先だ!」

「おのれっ!」

 ヴィクターが剣を握る。

 空気が一気に張りつめ――猛とヴィクターの視線の火花が散る。

 戦いになったら猛には勝機など無いが、引く気も無い。そもそも血を見る覚悟で売った

喧嘩なのだから。

 それなのに――。

「お前――」

 輝が猛を庇うように前へ出た。

「………………………………………………………………………………………………………

………………………」

 相変わらず何も話さない彼だが、その意志は行動で伝わってきた。

「ぐっ!」

 ヴィクターの口が歪みながら開く。剣も少し刀身が見えて――。

「団長! そろそろ会議の時間です。お急ぎください!」

「………………」

 ゆっくりと剣を納めた。ヴィクターは無言で立ち去った……。


・          ・          ・          ・


「危なかったね。君たち。もう大丈夫だから」

 そう言ってくれたのは、さっき声をかけてヴィクターから守ってくれた兵士だ。

「どうもすみません。助かりました」

 こっちが謝るのは筋違いだと思うが、それでも一応助けてくれたのだからと、大人の対

応をしてみせる。

「いえ。謝らないでください。悪いのはこちらですから」

 兵士が深々と頭を下げる。この態度に、猛はちょっと見直した。騎士団全員が自分たち

に対して敵対心を持っているものだと思っていたから。

「今回は…………まぁ別にいいけどよ。次はちゃんとするように言っといてくれよ。あん

たの団長なんだろ?」

「それは…………ええ、まぁ」

 なぜか兵士の視線が泳ぐ。猛はそれを見逃すはずもなく。

「ひょっとして、あいつが怖いのか?」

「いいえ! そんな事ありません!」

 兵士が首を横に振る。それも必死で。

 てっきり力で部下を縛り付ける暴君なのかと思っていたのだが…………その反応は本当

に違うらしい。

「団長は…………本当は素敵な方なんですよ。礼儀正しくて真面目で。誰からも信頼され

て慕われる…………。本当にあんな事をするような人ではないんです」

 兵士が必死で説明するが、猛は納得いかない。

「あれのどこがだ?」

「確かに…………あの姿の団長しか見ていない貴方たちには到底信じてもらえないでしょ

うが…………。でも本当に立派な方なんです!」

「………………」

「………………」

 兵士の信じてほしいという気持ちは伝わって来た。それでも猛たちは兵士の語るヴィク

ター像を受け入れるのに抵抗が消えない。

「…………それだったら、どうしてあいつは俺たちに対してあんな態度なんだ?」

「それは…………」

 兵士がこちらの顔色を伺う。

「? 何だよ。言えよ。かまわねぇから」

「そう、ですか? では…………」

 兵士が申し訳なさそうに口を開く。

「団長が…………その、貴方たちに対して…………あんな態度をとるのは…………その…

………貴方たちに原因があるからで…………」

「俺たちに!?」

 つい、猛が睨み返してしまう。兵士はビクッと震えて。

「怒らないでください! しょうがないことなんです!」

「だからその理由をちゃんと説明しろって!」

 じらされると余計に顔が怖くなる一方だ。

「わ、わかりました…………。あの、この話し。私から聞いたって言わないでくださいね?」

「ああ、言わない」

「…………じゃあ、お話しします。実は団長は本当は騎士ではなく、勇者になりたかった

のです」

「勇者に?」

「はい。ですが、決まりでは勇者になれるのは異世界から召還された者だけ。ですが、そ

れでもいつか自分が勇者になってこの世界を救うんだと。そう夢を語ってくれました」

「………………だが夢がかなわなかった。俺たちが来たから」

「…………はい。それでも異世界の勇者が、もっと…………その…………ちゃんとした人

ならば団長もあきらめがついたのでしょうが…………。来たのは自分よりも年下の子供で、

しかも礼儀や生活態度に問題がある子供ばかりで…………。団長が抱いていた理想の勇者

像とはあまりにもかけ離れてしまっているので、その苛立ちや失望であのように辛く当た

ってしまわれるのです」

「………………なんだ。そんな事か」

 理由が解りスッキリした。

 ヴィクターが勇者になれなかったのには同情してやれる。でもだからって、その苛立ち

をただ黙ってぶつけられるほど、こちらも大人ではない。

「言っとくけど。あいつに同情はしねぇ。今度、オレやオレの友達を侮辱するようなマネ

をすれば、オレはあいつをぶっ飛ばすからな!」

「………………わかりました。そうならないように、団長には目を光らせておきますので

…………」

 きっと守れそうにない約束を交わして、兵士は去っていった。


・          ・          ・          ・


 猛はピッと背筋を伸ばして輝に頭を下げた。

「さっきはオレを庇ってくれてありがとう」

「……………………………………ぅぅ」

 頭の上から小さい呻き声みたいなのが聞こえてくる。

 ひょとして泣いてる?

 今頃になって緊張が解けたとか?

 怖かったのかなと思い、刺激しないように頭をゆっくり上げて輝の顔を見上げる。

「……………………………………………………」

 別に泣いてはいなかった。

 輝は相変わらず猫背で俯き下を向いているが…………泣く素振りは微塵も感じさせない。

 むしろ顔を真っ赤にしていて――恥ずかしがっているように見えた。

「…………………………………………ありがとな!」

 猛は思い切って、輝の肩をがっしり掴み顔を近づけてみた。すると彼はさらに顔を真っ

赤にして目を泳がせる。

「ぅ…………ぁ………………ぅ………………」

 池の鯉のように口をパクパクさせて言葉にならない声を発する。

 そんな輝の様子を見た猛はひょっとしてと思った。

「違ってたらゴメンな。ひょっとしてだけど………………。風祭くんってさ。人と話すの

がメチャクチャ苦手なのか? 恥ずかしがり屋?」

「………………………………………………………………………………………………………

……………はい」

 輝は目をクロールを何往復も泳がせて、ゆっくりと頷いた。そしてその時に発した一言

が、彼から初めて聞いた言葉らしい言葉だった。

「ふうん、そうか」

 猛はさらっと納得する。

「なるほどな。だから今まで黙り込んでたのか」

「…………………………………………………………………………はい」

 少し時間はかかるが、輝はちゃんと返事を返してくれた。ちょっとは慣れたのだろうか?

「ちなみに。オレの事、怖いか?」

 こんな質問をすると、輝は一瞬だけ驚いた表情をして――首を横に振った。

「………………………………………………………………………………………………い、い

いえ」

「そうか。じゃあ、次の質問。オレと話したいと思うか?」

「!?」

 変な質問をされてると思うだろう。してる猛自身もこんな質問をした事など一度だって

無い。

「え………………………………と…………。は………………い」

 今度は縦に首を振った。

「よしっ! じゃあ、決まりだ!」

「……………………え?」

 輝がようやく顔を上げる。不思議そうな顔をしていた。

「これからオレと出かけようぜ!」

「え? え? え?」

「何だよ。オレと一緒に出かけたくねぇのかよ!」

「そ………………それは………………」

 自分たちを、離れて見ればまるで因縁つけてるように見えるだろうが…………それでも

かまわない。きっと強引にしなければ彼は動けないのだろうから。

「ちなみにだけどな。今、風祭くんの部屋には水島くんが寝てるぜ。そんでもって火野く

んとエマさんもいるはずだ。そこに戻って三人と仲良くお喋りするか?」

「ぅぅ………………。そ、それは………………ちょっと………………まだ………………無

理、です」

 まだ無理。

 ――まだ――。

 それはつまり、彼には他の子供たちと仲良くしたい気持ちがあると言う事だ。

 だからこそ。

「なら一人でこんなとこにいる気か? オレよりも話しづらい相手がたくさんいるぜ。特

にヴィクターなんかがな」

「ぅ…………………………それは………………嫌、です」

「だったらオレと行こうぜ。な?」

「……………………………………………………………………」

 輝は視線を泳がせる。

 ……………………ひょっとしてこれは、脳内パニックに陥っているのではなくて、考え

る時の癖なのか?

「………………………………………………………………わかり、ました。…………………

………僕も……………………一緒に………………行きます」

「よしっ!」

 猛が叫ぶと輝がビクッと跳ねる。

「あ、わりぃな。嬉しくてつい!」

「………………………………………………………………………………え?」

 緊張で強張っていた輝の表情が、ほんのちょっとだけ緩んだ。

 その変化を猛は見逃さず、でもそれを追求はしなかった。

「じゃあ玄関で待っててくれ! オレ、食器を片づけたらすぐ行くから!」

「あ……………………はい」

 ここで一端、別れた。





「風祭くんってさ。人見知りなのか?」

「え?」

 唐突な質問を受けて、彼は困ったような、驚いたような、でも嬉しいような、そんな複

雑な表情を見せた。

「あ…………………………その………………………………はい」

 彼は相変わらず、しっかりと間を貯めてから話す。

 その間がじれったい。だがそれでも猛は黙って待っていた。それは彼がちゃんと言葉を

返そうとしていたから。

「実を言うとさ。オレも人見知りだったんだよな」

「………………………………………………ええっ!?」

 それまでボソボソと口からこぼす程度の音量でしか話さなかった彼が初めて大声を上げ

た。

 上げてすぐ――彼は周囲の視線を気にして顔を真っ赤にして俯いた。

「そんなに驚くなよ」

「…………………………………………………………ごめん、なさい」

「謝るなよ。今のはオレも、言ったらどんなリアクションするのか楽しみにしてたからよ。

………………あ、嘘じゃねぇぞ。オレが昔、人見知りだったのは」

「……………………………………そう………………なんですか?」

「そんなに信じられねぇか………………」

 わざと大げさに落ち込む仕草をしてみる。すると彼はあたふたして――。

「あの………………えっと………………すみません」

 やっぱり頭を下げた。

「だから謝んなって!」

「す、すみません」

「はぁ……………………めんどくせ」

「っ!」

 猛の一言に、輝は体をビクッと小さく震わせる。

「………………………………………………………………………………………………ごめん

なさい」

「だから謝んなよ。今のはオレが悪かった。ここはお前が怒る場面だ。つーか、怒らなき

ゃいけない場面だ」

「………………………………………………………………………………………………………

…………………」

 輝は唇をギュッと噤む。

 このままだと終わりになりそうな空気を感じ取った猛は、逆に何事も無かったかのよう

に話しを続ける事にした。

「でさ。話しは変わるんだけどさ。風祭くんってさ。向こうに居た時、部活とかしてた?」

「…………………………………………………………いいえ。していません、でした」

「んじゃ。好きな食べ物は?」

「……………………え、と…………………………………………。その………………たこ焼

き」

「おっ! いいねぇ。オレも好きだぜ。たこ焼き。んじゃ次の質問。趣味とかある?」

「趣味………………は………………………………」

 ごくっと唾を飲み込む音が聞こえてきた。

「特に……………………無いです」

「じゃあ、次の質問。オレがこうして話しをしてくるの、迷惑か?」

「え?」

 輝が凍り付く。立ち止まり――そして――。

「い、いいえ。そんな、こと、ありません」

 ゆっくりと、声は小さいがハッキリと、猛の目を見てそう答えた。

「………………そっか。ありがとな」

 猛はホッとして笑顔を見せる。すると、輝も顔の緊張が少し解けたようだ。

「気を使って言わなくていいんだからな。オレは別に嫌いなら嫌いとハッキリ言ってくれ

た方が楽なんだ」

「そっ、そんな事は、ありません! 本当に…………本当なんです」

 声のボリュームが少し上がった。

「本当に?」

「はい。………………本当です。僕は………………その、人見知りで…………人と話すの

が苦手なんです。でも…………本当は、人と普通に話したいって思ってるんです」

「今はもう話してるじゃんか」

「これは………………その…………。違うんです。あの………………つ、土屋さんが……

…………話しかけてくれてるか、らです。僕の方からだと………………話せなくて………

…」

 人の名前を呼ぶ時に恥ずかしがるなよと言うツッコミは胸にしまっておく。

 良い感じに自分の事を話し始めた彼の勢いに水を差すような事はしない!

「慣れれば………………多分、大丈夫………………なんです。ただ…………初対面の相手

とか………………最初のキッカケが無いと、駄目なんです」

「……そう、か」

「………………………………………………本当は………………こっちに来てからずっと皆

さんとお話ししたかったんです。でも話しかけようとしても緊張して声が出てこなくて…

……………。それに緊張しすぎて逃げ出してしまいました。それで皆さんに失礼な態度を

とってしまって…………もっと話しかけづらくなって………………いたので………………

助かりました」

 よく喋る。それだけ彼は抱え込んでいたのだろう。

「あ、あの……………………すみません。僕ばっかり話してしまって」

「いいって、気にすんなよ。オレが話しを聞きたかっただけだからよ」

「……………………………………………………………………………………はい。あ、あ、

ありが、とう、ございます」

「礼なんて言う必要は無いだろ。あ、謝んなよ。話しがこじれるから」

「あ、はい。…………そうですね」

 ここでようやく輝が笑った。若干、まだ表情は堅いが、それでもちゃんと笑ったのだ。

「………………そんじゃ、今度は町を見て回ろうか?」

 話しながらも町は歩いていた。でも町は見ずにお互いの話しばかりでちゃんと見ていな

かった。

 ここからようやく観光の始まりだ。


・          ・          ・          ・


「あのさ…………。悪りぃんだけどさ」

「…………………………はい。何ですか?」

 一緒に町を観光した二人。でも、さすがにそれだけでは輝の硬さはまだ取れない。相変

わらず返事を返すのにワンテンポほど遅れている。

 ただそれでも、質問をすればちゃんと返す程度にはなったが………………。

「ちょっと寄り道したい場所があるんだ」

「…………いいですよ」

「そっか…………。ありがとな」

「………………………………」

 変な奴だなと猛は思った。礼を言う度に、いちいち顔を赤くするなんて。

「実はもうすぐそこなんだ」

 そう言って輝をあの工事現場へと案内する。

「ここだ」

「……………………?」

 なぜこんな所に? そう不思議な顔をしていた。

「えっと………………」

 工事現場からちょっとだけ距離をとった場所からリーシャを探す。現場の中には働く男

たちとドラゴンたちだけしかいない。

「……………………いない? いや、そんなハズは…………」

 今朝の話しだと、リーシャは自分の姿を見てたからきっと近くに居るハズだが…………。

「いない…………?」

「誰を探してるの?」

「うおっわっ!?」

 探し人がすぐ後ろから現れてびっくりだ。驚きすぎて尻餅を着きそうになる。

「ちょっと………………びっくりし過ぎじゃない?」

「そりゃ! 驚くって…………後ろから出てくりゃよ」

 だがこれ幸いにって。ポケットからタオルを取り出す。

「はいこれ。…………悪い。黙って持って行ってしまった。スマン」

「………………」

 リーシャはちょっと驚いた表情でタオルを受け取る。

「別にいいのに…………。わざわざ返しに来てくれるなんて律儀な人ね。朝の様子じゃ、

てっきり二度とここには来ないんじゃないかって思ってたのよ」

「それはそれ。これはこれだ。持ち逃げしたんじゃ泥棒と一緒だからな。じゃあ、俺たち

はこれで!」

「ちょっと待ちなさい!」

 帰ろうとした猛はリーシャに襟を捕まれた。

「襟を引っ張るな! 服が伸びるだろ!」

「別にいいじゃない。そんなこと。それよりもせっかくだし、家に寄って行きなさいよ」

「いや! いい。オレはもう帰る。連れも一緒なんでな」

「連れ?」

「あいつ」

 猛が指さすと、輝はビクッと体を硬直させた。人形のように瞬き一つしないで黙って立

ったまま。

「………………大丈夫みたいよ」

「今のでどうしてそう受け取れるんだよ。何でも自分の都合よく受け取るな!」

「まぁ、別にいいじゃない。その子だって何も言わないしね」

「…………………………チッ」

 猛は舌打ちをする。タオルを返して速攻さよならするつもりが、思わぬ展開になってし

まった。

「………………ちょっとだけだからな」

「わかってるわよ」

「で? お前の家ってのは? どこにあるんだ?」

「ここよ」

 そう言ってリーシャが指さしたのは工事現場の向かいにある家だった。

「ここかいっ!? 家、近すぎだろ!」

「そうなのよ。お陰で助かってるわ」

「って…………! ひょっとして。オレがここに居たのを見てたってのは………………」

「うん。家の中から見てた」

「うわぁあ………………」

 まさか真後ろから見られてたとは!

「ささ。家の中へ肺って」

「………………おじゃまします」

「……………………………………………………………………………………します」

 猛たちは促されるまま、リーシャの家へと入る。日本とは違い土足でもかまわないので

靴のままだ。

「そこに座って」

 リーシャに言われるがまま、テーブルに並んだイスに座る。歩き疲れてたので、正直座

れて助かった。

「…………………………………………………………」

「?」

 奥の部屋へと入ったリーシャを待つ間、輝が何やら足を気にしてるのに気がついた。

「あ…………。悪りぃ。気がつかないで。大丈夫か?」

「う、うん………………大、丈夫です」

 そうは言ってもしきりに足を気にしてる。

「風祭くん、一人だけサンダルでこっちに来たもんな」

 召還された勇者四人。召還された状況がそれぞれ違うので、もちろん着ていた物も違う。

彼はたまたま家の庭に出て家の手伝いをしてたみたいで、その時の履いていたサンダルの

ままでこっちの来てしまった。

 こっちの世界の地面は、舗装されていてもレンガや石畳を敷き詰めてある地面でスニー

カーでも結構痛い。それに彼の場合はそれに加えて、表面が削れて割れた石や砂なんかが

足に当たっているみたいなのだ。

「…………一人だけ町を見て回らなかったのはそのせいか?」

「う………………ううん。本当に、その…………混乱してて…………。いろいろ、状況を

整理するのに………………時間が…………かかっただけ、です」

「そっか…………」

「お待たせ。はい、これ」

「これ………………タオル?」

 これを返しに来たのに、またタオルを渡されてしまった。

「これは?」

「その子の足に使ってあげて」

「…………ありがとう。気づいてたのか?」

「ううん。二人の話し声が聞こえてきたので用意したの」

「だってよ。良かったな」

「………………………………うん。あ、あの……………………ありがと、う、ございます」

 輝は息と言葉を切らせながらもお礼を言い終えた。

「こいつ。人と話すのがちょっと苦手な奴なんで。話し始めるのに時間がかかるんだ。辛

抱してくれ」

「ふうん。変なの。ま、別にいいけどね」

 リーシャは特に気にしないで、奥からお盆を持ってきた。上にはコップとお菓子……み

たいなのが乗っかってる。

「さあ。どうぞ」

「………………じゃあ、遠慮なくいただきます」

「…………ぼ、僕も…………。いただきます」

 猛はコップに口をつけ、輝はタオルで足を拭く。

「………………んで? どうしてオレらを家に招き入れたんだ?

 まさか本当におもてなしをするだけなのか?」

「ええ、そうよ」

「そうなのかよ…………」

 これは困った。何か用件があれば、それを片づけて早々に退散できたのだが…………。

これでは帰るタイミングが見つからない。何か突破口が無いかと、部屋の中を見渡す。

 …………失礼だと思うが。

「………………」

 一目見ても特に何も無い。テーブルにイス。窓の下に小さい棚があるが、中には箱が一

つあるだけ。

 話しを膨らませるような物が見あたらない。ひょっとしたら別の部屋にならあるのかも

しれないが、初めて来た他人の家――しかも女子の部屋――を見せてくれと図々しく出来

やしない。

「…………声出せ!」

 窓の外から風に乗って怒声が飛び込んできた。その声に輝は体と表情を強ばらせて固ま

った。

「大丈夫よ。お父さん、怖いのは仕事の事だけだから」

 リーシャが笑う。

「作業員に指示を出してるのが…………あの赤いバンダナみたいなのを巻いてるのがリー

シャさんのお父さん?」

「ええ。そうよ。ちなみに、今朝の事もお父さんここで見てたからね」

「なっ…………。それで…………何か言ってたのか?」

「アンタの事。結構、気に入ってたみたいよ。だから帰っちゃって残念がってた。今度、

来たら会ってみたいって」

「………………だからオレを引き留めてんのか?」

「それもあるわね。大丈夫。もうすぐ休憩だから」

「……………………はぁ」

 なんか…………朝の事といい。今といい。上手くハメられてる気がして憂鬱になった。


・          ・          ・          ・


「さーてと。そろそろ準備しなくちゃね」

 リーシャが立ち上がる。

「準備? 邪魔になるなら帰るぜ」

「駄目よ。お父さんたちが休憩しに来るんだから」

「………………ちっ、駄目か」

 どさくさで帰ろうと思ったのだが失敗した。

 首を伸ばして窓の外を覗くと――工事現場にはもう誰もいなかった。

「おう! 帰ったぞ!」

 扉を開けて入ってきたのは赤いバンダナを巻いたリーシャの父親だ。入ってくるなりす

ぐに目が合ってしまった。

「おおっ! 今朝の坊主か! また来やがったのか!」

 嬉しそうに近寄ってくる。

「オッス! お邪魔します!」

 リーシャの父親の後に続いて男たちとドラゴンたちがどっと入ってくる。

 なるほど。この世界の入り口やドアがやたらとデカく作られているのはドラゴンに合わ

せてなのかと納得…………するのは、今どうでもいい。

 部屋の中は汗くさい男たちとドラゴンたちで溢れかえり、一気にムッとなる。

「はい。どうぞ」

 リーシャは男たちにタオルを渡してまわる。

「はい。お父さん」

「うん。いつもすまないな」

 リーシャのお父さんはタオルで体を拭くと、猛を見下ろした。

「よぉ、少年。ようやく会えたな!」

「え、ええ………………っと」

 迫力に負けて何も言葉が浮かばない。

 ちなみに人見知りの輝はすでに石化している。

「どうした? 元気が無いぞ!」

 太い腕で猛の背中をバンバン叩く。

「うぐっ!」

「その子が噂の坊主ですか?」

「おお、そうだ」

 噂!?

 どんな噂だよと、猛は目を丸くする。工事現場の親父たちに噂されるようなネタではな

いだろうに。

「どうだ坊主。ウチで働いてみないか?」

 やっぱり勧誘だった。

「や、いいです」

 とは言いつつも。工事現場で働く男たちの鍛え上げられた肉体を見てると、自分もここ

で働けばああなれるのかなと心が揺らぐ。

 でも、さすがにこの歳で働くのはまだ遠慮したい。

「そう言うなって。この業界。結構人手不足なんだよ」

「………………」

 そう言えば、向こうの世界でも建設業界が深刻な人手不足で悩んでるってニュースとか

で言ってた気がする。

 こっちの世界でもそうなんだなと繋がりを感じてホッとする。

「でも、オレまだ十四ですよ」

「いいじゃねぇか。若くてよ。十四なら働き盛りだ!」

「…………………………ひょっとして。こっちの世界は十四はもう大人なのか? 働く年

齢なのか?」

「ん? 当たり前だろ。早ければ十を越えたらもう働く奴だっているくらいだぜ」

「…………そうなんですか。でも断ります」

「そう言うなって。それとも他に何かやりたい仕事とかあるのか?」

「それは………………無いです」

 あるわけ無い。この世界で一生を暮らすつもりはそもそも無いのだから。

「だったら――」

「もう、お父さん! 猛が困ってるじゃない!」

 助け船を出してくれたのは、意外にもリーシャだった。彼女は水の入ったコップをお父

さんに渡して座らせた。

「私も結構、誘ったけどね。駄目だったわ。なんか…………他にやらなきゃいけない事が

あるみたい」

「そうか…………」

 肩を落とすお父さん。

「残念だったな、監督。ふられて」

「うるさいっ!」

「わっはは!」

 部下にからかわれたお父さん――監督は笑いながらタオルを投げつけた。

 仕事ではキツい言葉ばかりを投げかけていたのに、今はこうしてふざけ合ってる。良い

関係だなと猛はちょっと羨ましくなった。

「ま、気が変わったら言ってくれ。それとな――」

 監督が猛の肩に腕をまわして顔を近づける。小声でボソッと呟いた。

「よかったら。たまに遊びに来てくれないか? あの子の――リーシャの話し相手になっ

てほしいんだ」

「話し相手?」

「あの子には同年代の友達がいないんだ。それにウチのカミさんが早くに逝っちまってよ。

そのせいで俺らの世話をしてもらって、友達を作ろうともしないんだ。オレはそれが不憫

でよ」

「………………それくらいなら、いいですけど…………。でもどうして男のオレなんです? 

女の子の友達の方がよくないですか?」

「それが都合よくいなくてな。それに男に囲まれて育っちまったせいか、男勝りになっち

まってあまり上手く行かないみたいでよ」

「そう…………ですか。まぁ、わかりました」

 同年代の友達がいない………………。

 そう言えば、この町を見て回って気がついた事がある。学校のような施設が無いのだ。

 これじゃ、同年代の友達を作るのは難しいのかもしれない。

「よし! よろしく頼むぜ!」

「? 二人で何を話してたの?」

「なあに。男同士の秘密の約束ってな」

「ふうん。…………あ、グラちゃん。お帰り」

「ただいま」

 グランバルドが一人――いや一匹遅れて戻ってきた。

「遅かったな。何してたんだ?」

「しー!」

 猛の口を手で塞いで、リーシャが小声で話す。

「グラちゃんって。結構、気難しい性格してるのよ。自分の仕事がちゃんと終えてからじ

ゃないと休憩に入らないし。だからって手伝うと機嫌が悪くなるし」

「…………それで仕事は大丈夫なのか?」

「うん。お父さんもそこら辺は大目に見てるわ。基本、頑張ってる子には寛大だからね。

でもさすがに仕事に影響が出てくると手伝うけど…………。とにかく。今は放って置いて」

「……………………………………」

 グランバルドを見てると、目が合った。

「む!」

「むむ!」

 なぜか二人の間に火花が散る。

「さてと! よし! 皆聞いてくれ!」

 監督が立ち上がり手を叩いて注目を集める。

「休憩が終わり次第。別の現場に行く。やる事はいつも通りだ」

「へい。監督!」

 まるで体育会系の部活のノリみたいだなと、少し距離を置いて見ていた猛。

 用事が済んだみたいなので、そろそろお暇しようとした――いのに、監督に捕まってし

まった。

「よし。坊主たちも行こうぜ!」

「え………………、ええっ!?」

 猛と――石になってた輝が声を上げた。


・          ・          ・          ・


 竜車に揺られておよそ一時間弱。町から遠く離れた草木も生えない砂礫地帯にそこはあ

った。

 長い年月をかけて岩盤を切り抜いたこの場所は、まるでお茶碗のように地面にでっかい

くぼみを作っていた。

 円形の縁と何層にもわたる直線の切り取り線の重なりは見ていて美しく、また石切職人

の見事な腕前に見とれてしまう。

 そしてそれとはまた別に目がいってしまう存在が居た。

「でっけぇ…………」

 猛と輝は頭を上げた。

 ダンプカーよりも巨大な体。クレーン車のような長い首。それらを支える六本の太い脚。

本来は翼が生えているであろう背中には代わりに、一対の太くて巨大な腕が生えていた。

 このオレンジに輝く鱗を持つドラゴンの名は――

「カールーラだ。この石切場の責任者をやってくれてる」

「…………………………」

 カールーラはその長い首をゆっくり下げて猛と輝の近くへと持ってきた。たったそれだ

けで風が巻き起こり粉塵が舞う。

「ふむ? …………見慣れぬ人間が来ておるの。…………新入りか?」

「いや。ちょっと成り行きでな。面白そうだから連れてきたんだ。かまわないか?」

「邪魔さえしなければな」

「オーケー。それじゃ、猛と輝。それとグランバルド以外は仕事にとりかかってくれ」

「ハイ!」

 監督の部下たちが一斉に散る。

「…………あの。ここでどんな仕事をするんですか?」

 猛がカールーラの後ろ姿を見上げながら監督に訪ねる。

「ここで家を作るために必要な石を調達するんだ。この場所は良質な石が掘れるんで、カ

ールーラたちはこの石を削り出してくれるんだ。

 俺たちはそれを町まで運ぶ仕事もしてるんだ」

「…………家を建てるだけじゃないんですね」

「当然だ。材料の調達から出来上がりまで。ちゃんと最初から最後までしっかりと仕事を

するのがプロってもんだ」

「なるほど」

 猛は感心する。その後ろで輝が心配そうに顔を強ばらせており――。

「大丈夫だって。竜車でちゃんとオレが監督と話しをつけたから」

「う、うん……」

 輝が不安げに服の胸の部分をギュッと掴む。

 実は本当は監督に仕事を手伝ってみないかと誘われていたのだが、猛と輝は断った。

 監督も無理強いはしなかった。と言うよりも、たんにノリで言っただけだから。

 そして二人が神殿へ帰ろうとした時に、リーシャに住んでる場所がどこなのかを聞かれ

神殿と答えると、なぜか驚かれた。

 そしてすぐに二人が勇者であると見抜かれて、猛と輝も驚いた。

「それにしても神殿の奴ら。勇者が来たなら来たで一言いゃいいものをよ。…………った

く。相変わらず世間には情報を流さないぜ」

 監督がボヤく。その後ろで輝がボソッと猛へ耳打ちする。

「良かったのかな。僕たちが勇者だって言っちゃって」

「良いんじゃねぇの? 口止めとかされてねぇし。つーか、監督も勇者とかの話しを知っ

てるみたいだしよ」

「守護竜の伝説はこの世界で暮らす者なら誰でも知ってるさ。勇者召還も、少し前に神殿

の奴らがやるような事も言ってたしな。でもそれっきりだ。そっから何も言ってこねぇか

ら俺らもすっかり忘れてたんだよ」

 さらっと言う。

 勇者とバレた時には、もっとこう――お祭りみたいに騒がれるのかと思っていたが、そ

んな事は無かった。

 至って普通人に対する対応だ。

「で? …………どうだ?」

 監督が猛と輝の肩をポンと叩く。

「そうですね…………」

 猛が石切場に居るドラゴンを眺める。

「うーん」

 腕を組んで悩む。

 勇者だと知った監督はむしろ付いて来たらどうかと二人を誘った。石切場には多くのド

ラゴンが居て、守護竜の後継者を探すのに丁度良いのではと。

 そして猛たちはここのドラゴンたちを値踏みしているのだが――

「オレは――やっぱりあのドラゴンですかね」

 猛はカールーラを指さす。一番デカくて強そうだ。

「カールーラか。どうかな? あいつはこの仕事に誇りを持っているからな。それに歳も

歳だ。今更他の仕事には就かないだろうさ」

「そう……ですか…………」

「……………………………………………………僕は…………ちょっと…………」

「輝にはピンとくるドラゴンはいねぇか。ま、気にすんな。こればかりは縁だ。それが運

命なら絶対、出会えるさ」

 慰めるように輝の背中をポンポン叩く。

「あの監督」

 足下から声が聞こえる。グランバルドだ。睨みつけるようにこちらを見上げている。

「どうして俺はここにいるのですか? 俺も仕事に行きたいんですが?」

「おおっ! そうだった、そうだった。大切な用件があるんだった」

「大切な用件? それは一体、何ですか? 監督!」

「それはな――」

 猛の背中をポンと叩く。

「猛。グランバルドはどうだ?」

「は?」

「ええっ!?」

「おいおい。そんなに驚くなよ」

「いや、驚きますって! どうしてオレの相棒がこいつに…………」

「こいつって言うな! それはこっちのセリフだ! こんな勇者のくせに小さくて頼りな

さそうな人間なんて!」

「なっ! なにぃ!? 行ってくれたな! お前の方が小さくて頼りないだろうが!」

「なんだとっ!」

「やるのかっ!」

 火花を散らす二人。監督はそんな二人を片腕でひょいと担ぎ上げる。

「え!?」

「うわっ!?」

「がっはっはっは! 俺から見たらどっちもどっちだ。でも俺はおまえたちがお似合いだ

と思うぞ!」

「そんな事は!」

「ないっ!」

「そうかぁ? 猛は昨日、グランバルドの事ばかり見てただろ?」

「うぅ…………なんでそれを!」

「あんだけ見てたら誰でも気づくさ。それにグランバルドも猛の事をずっと気にしてただ

ろうが!」

「それは! こいつが俺を見てたから! 気にしてない!」

「それにしては今日の朝の仕事の時。猛が来てると知ってそわそわしてたじゃないか。そ

れでいつもよりも仕事が遅れてただろ?」

「う…………。それは……」

 グランバルドが言葉を詰まらせる。

「オレは…………出来ればもっと強そうなドラゴンがいい!」

「む!」

 猛のこの一言にグランバルドは目を尖らせる。

「俺は強いドラゴンだぞ!」

「そうは見えないな!」

「何をっ!」

「やるのかっ!」

 監督の肩の上で再び睨み合う両者。

「やれやれ。こうなったら勝負してみたらどうだ?」

「勝負?」

「そうだ。お互い勝負して勝った方が強いって事で。どうだ?」

「よーし。いいぜ! やってやる!」

「俺だって!」

 こうして猛とグランバルドの勝負が始まった。


・          ・          ・          ・


「これ、預かっといてくれ!」

「あ…………うん」

 猛は脱ぎ捨てたタンクトップを輝へと渡す。そして監督から渡された包帯のような布を

手に巻き付ける。これをグローブの代わりにするのだ。

「よしっ! 準備はオッケーだぜ!」

 バシッと拳と掌をぶつけて気合い注入!

 準備完了だ!

「俺ならもうとっくに準備完了だもんね」

 グランバルドがふふんと鼻息をこぼす。

「ぐぐぐっ!」

「ほらほら。決着は勝負でつけろ」

「ふん!」

「ふん!」

 二人は地面に引かれた線に並ぶ。

「いいか? 勝負の内容はカールーラたちが掘り出した石をここまで持ってくる事。先に

十個持ってきた方の勝ちだ」

 監督がルールを説明する。

 ちなみにこの勝負はカールーラたちの休憩時間に行われるので彼らの仕事の邪魔にはな

らない。そして、彼らは休憩中の娯楽として二人の勝負を見物している。

「よーし。よーい…………ドン!」

 監督の合図で二人はダッシュする。

 先に出たのは猛。ぐんぐんスピードを上げて行く。

 一方でグランバルドは亀のような体型を裏切らず、走っても速度はそんなに出ていない。

 せいぜい人間の大人がゆっくり歩く程度だ。

「へへ。これなら!」

 後ろのグランバルドを見た猛が勝ちを確信する。

 スタート地点から切り出した石が置かれた場所まではおよそ二百メートルくらいだろう。

あっという間にそこへ辿り着いた猛は指をポキポキ鳴らしてから石を掴む――。

「重っ!?」

 朝、運んだ石よりもずっと重かった。

「この重さ…………十キロから…………十五キロくらいか? とりあえず、運ばなきゃ

な!」

 呼吸を整え――全身の筋肉に力を入れる。腕だけに力を入れても駄目なのだ。

「ふぬぅっ!」

 両端を持ってから、抱き抱えるように持ち代える。

「よしっ!」

 これをスタートまで早足で歩いて運ぶ。帰り道にグランバルドとすれ違う。

「ふぅ……」

 何とか一個目の石を運び終えた。そしてすぐさま二個目を取りに向かう。グランバルド

はまだスタート地点の方が近い位置に居た。

 グランバルドを走って追い抜いて二個目へを運ぶ。

 それを繰り返し――五個目へと差し掛かる。

「ふぅ……ふぅ……」

 さすがに疲れた。猛は呼吸を整える時間が増え、走るのを止めた。

「まだまだ!」

 気合いを入れ直して石を持ち上げる。

「ふぬっ!」

 普通の速度で歩いて石を持ち帰り――また積まれた石の所へと戻ってきた。

「ん?」

 隣の石の山を見た。ようやくグランバルドが辿り着いていた。これからどうやって巻き

返すのだろうと、気になり見ていると――。

「むむむむ!」

 グランバルドの体が黄色い光に包まれる。すると目の前の石の山が同じ光に包まれた。

そして――十個の石が全て宙に浮いたのだ。

「げっ! そんなのありかよ!?」

「ぐぐぐ!」

 グランバルドがゆっくり振り返り、スタート地点を目指して歩く。すると石たちもゆっ

くりとその後をついて行く。

「負けるかよ!」

 呆然と見ていた猛もハッとして石を持ち上げる。

「ぐぐっ!」

 だがさすがにここまで来ると腕の感覚が無くなってきた。それでも――。

「負けるかよっ!」

 意地と気合いで持ち上げる。それを一歩一歩確実に歩いて運ぶ。今はまだグランバルド

を余裕で追い抜ける。

「次!」

 汗を拭ってまた歩く。グランバルドを視界に入れて、気合いを入れる。

 残りは後一個まで頑張った。集中力が切れかかり、そのお陰で観客の声援が聞こえてき

た。

「どっちも頑張れよ!」

「行け行け!」

 まるで宴会でもやってるようなテンションだ。

 だがこれに元気づけられた。

「よしっ!」

 猛は最後の一個を持ち上げた。

 振り返り――ゴールを目指す!

「負けるかっ!」

 グランバルドはいつの間にかゴール付近まで戻っている。

「間に合え!」

 最後の力を振り絞り走る!

 そして――。

「同着! よってこの勝負は引き分け!」

 監督のジャッジが石切場にこだました。





「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

「ふぅ…………ふぅ…………ふぅ…………」

 ゴールした猛は倒れるようにその場に寝転がった。ごろんと転がり青空を仰ぐ。

 今日もいい天気だ。

 頭を横にする。傍らにはグランバルドも同じく手足と頭を伸ばしてぐったりしていた。

「………………やるな。お前」

「………………」

 猛が声をかけるが、グランバルドは答えない。無視か、それとも疲れて声も出ないのか?

 今は正直、どうでも良かった。

 全力を出しきって行った勝負の後の清々しい気持ちに酔いしれていたかったから。

「……………………だ、大丈夫、ですか?」

「おう!」

 心配して顔を覗き込んで来た輝へ笑顔を返す。

「つ、疲れたぁ………………」

「…………え、えっと…………、あの…………これ。監督、さんが…………渡して、やれ

って」

「お。サンキュー!」

 輝から塗れタオルを受け取ると、すぐに顔を拭いた。それから起き上がり――。

「あ! 悪りぃ。ちょっと手を貸してくれ」

「…………手?」

 輝は何をするのか解らない感じのまま、手を差し出してくれた。その手を猛が掴み――。

「引っ張ってくれ!」

「え!? あ、はい…………こう、ですか?」

「そうそう…………。サンキューな!」

 輝のお陰で起きあがれた猛が礼を言うと、やっぱり輝は顔を真っ赤にする。

「さてと!」

 立ち上がり体に付いた砂や土を手で払う。それから濡れたタオルで拭き取り――。

「ほい。服」

「あっはいっ!」

 輝が慌て出す。小さく綺麗に折り畳んであったタンクトップをささっと手渡した。

 受け取った猛はすぐに着る。そしてまだダルい両腕を軽くマッサージし始める。

「…………ひょっとして。腕…………。痛めたんですか?」

「いいや。ちょっと疲れただけ。大丈夫だ」

「そう…………ですか。…………よかった、です」

「ふん! たったあれだけの運動で疲れるなんて。なんて軟弱な人間なんだ!」

「ん?」

 いちゃもんが足下から聞こえてきた。猛と輝は見下ろしてグランバルドを見つける。

 彼はもう回復したのか、何も問題が無かったように普通に歩いていた。

「うるせぇな。オレだってこれぐらいじゃ、どうでもねぇよ。ちょっと休めばまだまだ行

けるぜ!」

「ふぅん。どうだかな? 口だけなら何とでも言えるもんな。口だけなら」

 グランバルドの挑発を受けて猛は眉をピクピク動かす。

「だったら口だけじゃねぇ事を証明してやるよ。また同じ勝負をするぞ!」

「いいよ。コテンパンにしてやるから!」

 火花を散らす。

 その間に挟まれた輝が慌てふためき――。

「いい加減にしろ!」

「あだっ!?」

「いっ!?」

 監督の拳が両者へと振り下ろされた。

「勝負は引き分けだ。もう一回も無し」

「監督!」

「駄目だ。グランバルド。仕事がまだ残ってる。お前たちの勝負にこれ以上は付き合って

られん」

「………………でも、監督!」

「オレはわかりました」

 しつこく食い下がろうとするグランバルドとは対照的に猛はあっさり引き下がる。そん

な猛をグランバルドは失望した目で。

「…………逃げるんだ?」

「そう受け取りたければそう取れよ。オレはパス。邪魔したくねぇからな」

「………………ふん。負け犬」

 グランバルドの挑発を猛は気にせず受け流す。その態度がさらに彼を苛立たせた。ただ

監督が側に居たので爆発はさせなかったが。

「猛はしっかりしてるな」

「いえ。時と場合を把握してるだけなので」

 頭を軽く下げて立ち去ろうとする。監督は猛と輝を呼び止めた。

「行く前にこれを受け取ってくれ」

 監督から木の皮を編んで作られた小さなバスケットを渡された。中を覗いてみると――。

「サンドイッチだ!」

「………………わぁ!」

「リーシャが作ってくれた昼飯だ。二人で食べてくれ」

「いいんですか?」

「もちろんだ。遠慮はするなよ。いっぱい食わねぇとデッカくなれねからな!」

「…………はい」

 監督のアドバイスを受けた猛が苦笑いする。

「それじゃ。いただきます!」

「…………いた、だきます」

 

・          ・          ・          ・


「………………………………………………ふん!」

 グランバルドはガッカリした。

 猛と呼ばれるあの人間の子供。監督よりもずっと背は小さく、監督よりもぐっと体は細

い。

 そのくせに監督と対等に渡り合おうとしている。

 身の程を知らない愚かな人間だ。

「そんな奴のクセに………………!」

 あんな奴が勇者だとは――納得いかない!

「なんであんな奴なんだ!」

 勇者と呼ぶにはあまりにも頼りない男…………いや、子供だ。

 子供のクセに一人前に扱われてるのが気にくわない!

 子供のクセに大人ぶってるのが気にくわない!

 あいつの何もかもが気に入らない!

「………………ムカつく奴だ!」

 グランバルドの悪態が止まらない。

「くそっ! あんな奴に認められないと守護竜になれないのか!」

 目の前の小石を蹴っ飛ばす。

 勇者と守護竜の伝説はもちろん知っている。そんなのは誰だって知ってる常識だ。

 そしてグランバルドはその守護竜になりたいのだ。

 産まれた時から体が小さく、それがコンプレックスだった。他の誰もが当たり前に出来

る事を、自分は出来なかった。

 それがとてつもなく悔しかった。

 周りのドラゴンたちは皆、優しくていつも気にかけてくれていた。何かあるとすぐに手

を貸して手伝ってくれた。

 けど――。

 それがとてつもなく嫌だった。

 助けられる度に「そんな事も出来ないのか」と馬鹿にされてるような気分になった。

 自分だって出来る!

 そう思って頑張っても、体が小さいから無理だろうと決めつけられて手助けされる。

 その優しさが侮辱と同じだった。

 それが嫌になって、群を飛び出した。旅に出て成長して一回りも二回りも大きくなって、

見返してやるために。

 そのためにはどうすればいいか?

 考えても答えが出なかった。とりあえず、誰もが羨むような、一目置く存在になればい

いと。そんな漠然とした事しか思いつかなかったのだ。

 結局。その漠然とした目標を掲げたまま旅を続けて辿り着いたのがこの町だ。

 元々はここに長居をするつもりは無かった。それがどうしてこうなったのか?

 それはこの町で勇者召還を行うと噂を聞いたからだ。

 勇者――とくれば守護竜だ。

 そうだ! 守護竜になれば皆は自分を認めるだろう!

 漠然とした目標が具体的になった。

 守護竜になるためにはまず勇者に認められなければならない。そのためには勇者に会う

ためにこの町に滞在する必要があった。だから今までこの町で暮らしてきたのだが………

…。

「……………………なんであんな奴なんだ?」

 自分が予想してた勇者よりもずっとかけ離れた姿にがっかりしたのが本音だ。

 てっきり監督のような筋骨隆々ながっしりした頼りがいのある人間だと思って期待して

たのに…………。

 それがあんなのとは…………。

「そもそもなんで人間なんだ!?」

 守護竜になれるのは勇者に――つまり人間に選ばれたドラゴンだと言われている。

 それはおかしくないか?

 だってそうだろう?

 そもそも凄いのは守護竜であって、勇者はおまけなのだ。それなのに、守護竜を選ぶ選

択権は人間にしかない。ドラゴンはただ選ばれるのを待つしか出来ないのだ。

「…………納得いかない!」

 その選択権を持つ人間がよりにもよってあんな人間だとは!

 だけど…………。

 自分はその人間と引き分けてしまったのだ。

 それも納得できない。

 これじゃ、あんな小さくて弱い人間と自分が同じレベルだと言ってるようなものではな

いか!

 それを否定するためにも決着をつけたかったのに!

 あの人間はそれから逃げたのだ。

「…………見損なった」

 自分と引き分けた時は少しはやるなと見直してやったのに。

 あいつは勝負から逃げた!


・          ・          ・          ・


「よおし! そろそろ始めるか!」

 監督の合図で休んでいた作業員たちが立ち上がる。それぞれ軽く腕を回したり、伸ばし

たりして準備を整えている。

「結構いい加減なんだな」

「……………………えっと…………何がです?」

 猛が呟いた独り言に輝が返してきた。

「え? ああ、時間。休憩も疲れたら休むし、お昼だって腹が減ったら食うみたいな。…

………時計が無ぇみたいだし。来た頃はこれで大丈夫か、この世界って思ってたけどさ。

 案外こういう生活も悪くないなって思ってる」

「…………僕は…………。まだ慣れてないので…………わからないです」

 俯く輝。そんな彼を猛は横目で視線を送る。

「あのさ。別に何も無かったら無かったらでいいんだぜ。別に同意してもらいたいから言

ってるわけじゃねぇんだからよ」

「………………………………はい。すみません」

「怒ってねぇからな! だから謝んな!」

「………………はい。すみま――」

「あ……や……ま……る……な!」

「………………はい」

 二人は顔を合わせてふっと笑う。

「さーてと。俺も手伝ってこようかな?」

 猛も立ち上がり、軽く体を動かす。

 輝は隣で視線を泳がせてそわそわしている。

「いいって。ここで待ってろよ。オレは別に手伝いたいから手伝うだけだからよ」

「………………ぼ、僕も………………て、手伝いたい…………です」

「なら二人で手伝うか。まぁ。素人二人に仕事を手伝わせてくれるかどうかは聞いてみな

いとな」

「……………………そう、ですね」

 二人は監督の元へと向かう。監督は今、ティラノザウルスを小さくしたような緑色のド

ラゴンと一緒に居た。

「監督。オレたちも何か手伝わせてください!」

「おおそうか! そいつはありがたい」

 よかった。すんなりと受け入れてくれた。

「それで。オレたちは何をしたらいいんですか? 石運びとか?」

「いや。お前たちには別の仕事を頼みたい。カクシヤ!」

「はいでやんす!」

 監督と話していたドラゴンが出てきた。

「こいつはカクシヤ。こいつの手伝いをしてもらいたい。

 頼めるか? カクシヤ」

 カクシヤは猛と輝をじろりじろりと見て――。

「大丈夫でやんす」

「そうか。なら頼む!」

「はいでやんす。さあさあ、お二人さん。あっしに付いてくるでやんす!」

「は、はい!」

 変な言葉遣いのドラゴンの後を追うと、作業場の隅までやってきた。そこにはトンネル

が掘られていた。

「この中でやんす」

 言われるままトンネルの中へと入る。入り口付近は明るかったが、すぐに暗くなった。

目が慣れないので歩幅が狭くなる。するとすぐ後ろの輝とぶつかってしまった。

「わりぃ!」

「こっちこそ。ごめんなさい」

「大丈夫でやんすか? あっしは明るい所よりも暗い所の方がよく見えるでやんすから気

づかなかったでやんす」

 そう言ってドラゴンはごそごそと闇の中で何かを始める。

「これで見えるでやんすよ」

 声が終わると共にトンネル内が光に包まれる。

「これは…………何が光ってるんだ?」

 猛と輝は驚いた。ロウソクかランプに灯りを点けたのかと思いきや、光っているのはト

ンネルの壁そのものだ。

「この辺の土の中には冥光石と言う光る石が沢山埋まってるんすよ。お二人にはこの石を

掘るのを手伝ってほしいんでやんす」

「…………わかりました」

「…………はい」

「ではこれを…………。この道具を使って掘ってくれでやんす!」

 手渡されたのはツルハシだ。猛と輝はそれを受け取り、慣れない手つきで辺りの壁を適

当に掘り始める。

「そうそう。その調子でやんす」

「あの…………これ。もっと慎重にやらなくてもいいんですか? 結構、貴重な石なんじ

ゃ?」

「大丈夫でやんす。この辺の冥光石は不純物も多く含まれてるから安物でやんす。だから

気にせず思いっきりやっていいでやんす。…………あ。砕いた冥光石はこのソリの中に入

れてくれでやんす」

「了解!」

「………………わかりました」

 二人はせっせ、せっせと壁を掘る。この石は思っていたよりも結構柔らかく、ちょっと

叩くとすぐに割れてしまうのだ。だからむしろ力を入れずにツルハシを奮うのが難しかっ

た。

 と、言うよりも。子供の腕力の方が丁度いい力加減なのかも。

「ふぅ…………。こんなもんか」

「うん………………。そうだね」

 ソリを見るといつの間にか山盛りになっている。こいつを外へ運べばいいはずだ。

「じゃあ行くか。オレが前で引くから、風祭くんは後ろから押してくれ」

「…………わかりました」

「それじゃ――行くぞ! せーの!」

 二人で力を合わせてソリを押す。この石は軽いので子供二人でも十分運べる。

 それに出口までは平坦な一本道なので迷わないで行けるはずだ。

「おっ! そろそろ出口だ!」

「…………あ、れ? なんか…………外が騒がしいような?」

 叫び声や喚き声が聞こえてくる。また監督が怒鳴ってるのかと猛は思ったが…………。

「いや…………なんか違うぞ!」

 嫌な気配を感じ取り、ソリを置いてトンネルから飛び出した。


・          ・          ・          ・


 トンネルを抜けると――そこは戦場と化していた。

「な、なんだよ…………これ!」

「うっ、わっ、え!?」

 猛と輝は固まった。

 目の前ではカールーラが巨大なムカデのような黒い化け物と戦っていたのだ!

「二人とも! 危ないでやんす!」

 カクシヤと監督、それに監督に抱き抱えられたグランバルドがやってきた。

「監督! これって一体!?」

「魔物だ! 魔物が襲ってきたんだ!」

「魔物…………!?」

 エマが話してたこの世界を怖そうとしているあの!?

「あれが…………魔物?」

 勇汰から聞いていた魔物の特徴と全然違う。目玉の化け物くらいなら自分でもどうにか

出来そうな気がしていたが。この場に現れたのは、ここで一番巨大なカールーラと同じく

らいの高さを持つ巨大ムカデだ。

 あんなのとどうやって戦えと?

「他の皆は?」

「あそこだ!」

 カールーラに巻き付く巨大ムカデ。その足下をツルハシやらスコップやらを武器にして

攻撃している。

「よし! オレも手伝――」

「駄目だっ!」

 監督が飛び出そうとする猛を止める。

「危険だ! お前たちは離れて隠れてろ!」

「っ………………!」

 猛は何か言い掛けて――止める。拳をギュッと握り――。

「…………わかりました」

「…………え!?」

 輝が不思議そうな顔をする。

「よし! ならこいつも一緒に連れて行ってくれ!」

 監督がグランバルドを差し出した。すると監督の腕の中でグランバルドが暴れ出す。

「どうしてですかっ! 俺も戦います! 戦えます!」

「駄目だ! 危険すぎる!」

「どうしてっ! ………………ひょっとして。俺が小さいからですか? 小さくて頼りな

いからですか?」

「……………………そうだ。お前じゃ、あいつに簡単に踏みつぶされてしまう」

「そんなっ!? ……………………監督…………。俺は…………監督だけは俺の事を一人

前として扱ってくれてると思ってました。体が小さくても…………実力を認めてくれてる

と思ってました。それなのに…………」

 グランバルドの声から悲しみが溢れ出す。

「…………勘違いするなよグランバルド。確かにお前は頑張り屋だ。小さい体でも努力を

怠らなかった。自分よりもデカい体の奴に気持ちは負けてなかった。それは凄い事だと俺

は思う」

「だったらっ!」

「でもな。頑張りを認めるのと、出来ない事をさせるのとでは話しが違う!」

「!?」

「お前は自分よりも体がデカい相手には何があっても絶対に負けるものかという敵対心が

ある。いや、たんに自分を舐められたくないだけだ。

 今はあの魔物から逃げたくない。逃げるのはプライドが許さない。そんなところだろう。

 だが俺たちは違う。兵士でも騎士でもない俺たちが、魔物相手に戦うのはそんな気持ち

だからじゃない。

 ここは俺たちの仕事場なんだ。それをただ黙って荒らされるのは我慢できねぇんだ」

 監督は猛と輝を見る。

「お前たち二人は俺が誘ったお客さんだ。危険な事には巻き込めねぇ。…………わかるな?」

「………………はい」

 猛は頷いた。

「だったらいい。猛。グランバルドを頼む!」

「…………わかりました!」

 グランバルドを渡した監督はツルハシを担いで笑う。

「さーてと。部下が頑張ってるのに上司の俺が暢気におしゃべりしてちゃ示しがつかねぇ

からな。行くぜ!」

「行くでやんす!」

 監督とカクシヤは戦場へと飛び込んで行った。


・          ・          ・          ・


「………………」

 監督に言われた通り避難――はせずにこの場に留まって戦いの様子を見守った。

 魔物との戦闘。一番の戦力はやはりカールーラだ。巨大ムカデを背中の巨大な腕で掴ん

で引きちぎろうとしている。

 ムカデもカールーラを締め上げようと巻き付いて――それが精一杯のようで、足下の人

間やドラゴンたちを攻撃する余裕は無いようだ。

「この分なら…………」

 何とかなりそうな気がする。

 だけど――。

 猛と輝の中には不安が少しずつ大きくなっているのを感じていた。

「…………………………」

 グランバルドを地面へ置く。すぐさま戦いに参加しようと走っていくものと思いきや―

―。

「………………」

 亀のように頭と手足、尻尾を縮めてしまった。

「………………お前な。監督に言われたぐらいでふてくされるなよ」

「………………………………」

 無視された。

「……………………」

 猛はグランバルドの隣に座る。

「そんなに悔しいのか? 戦いに参加出来ないのが? それとも小さいからって舐められ

る事がか?」

「………………………………………………」

「……………………オレもな。気持ちはわかるぜ。オレも同級生と比べても結構、小さい

方で………………正直、嫌だなって思ってる。もっと身長が欲しいなって思ってる」

「……………………………………」

 グランバルドの尻尾がひょんと飛び出した。

「オレがもっと子供の頃。小さいってよくからかわれていた。オレはそれが嫌で嫌で、負

けたくないっていっつも張り合ってたよ。

 ………………言っとくが今も張り合う気持ちがあるぜ」

「…………………………嘘だね」

 グランバルドの頭が飛び出した。

「だったらなんで俺との勝負から逃げ出したんだ? 俺が小さいからか? 馬鹿にしたか

らか? 見下したからか?」

「お前な…………そこまで卑屈になるなよ。…………ちげぇよ。あのまま勝負を続けると、

他の人たちの迷惑になるからだ」

「いいさ。それくらい」

「よくねぇよ! オレたちの身勝手な勝負で監督たちの仕事の邪魔をするのは駄目だ! 

あの人たちは自分たちの仕事にプライドを持ってやっているんだからな」

「……………………プライド?」

「さっき監督が言ってたろ。この仕事場を荒らされるのは我慢出来ねぇってさ。それはこ

の仕事に誇りがあるからだ。それを守るために戦ってるんだ」

「…………そんなの」

「関係ないって言うなよ! お前も、この仕事をやってたんだから誇りくらい持ってた

ろ! じゃなきゃ、頑張ってこれなかったはずだ!」

「………………違う! 俺はそんなの持ってない。俺はただ…………守護竜になりたかっ

ただけだ! 勇者が来るまでの暇つぶしだ。それなのに…………やっと来た勇者はお前で、

頼りない奴で…………。ガッカリしたよ!」

「ぅぐっ!」

 当たってるために猛は言い返せなかった。

「だいたいさ。勇者ならあの魔物と戦うのはお前たちの仕事じゃないのかよ! それなの

に。監督たちに戦わせて、自分たちはただ黙って見てるだけ。恥ずかしいって思わないの

かよ!」

「思ってるさ! 思ってる…………だけど。今のオレたちじゃ、何も出来ないんだ!」

「何だよ! 開き直りやがって!」

「開き直るしかないだろ! 落ち込んでも悔やんでも、状況は変わらないんだからな。だ

ったら出来る事をやるしかないんだ!」

「出来る事? それって何さ?」

「お前と話す事」

「…………はぁ?」

「オレは勇者で…………そしてお前はドラゴンだ。それも守護竜になりたいドラゴンだ。

だったら――」

「まさか! 俺を守護竜の後継者にする気か?」

「嫌なのか?」

「当たり前さ。お前が勇者じゃ、守護竜はこっちからお断りだ。大体、なんで勇者がドラ

ゴンを選ぶんだよ。偉そうに!」

「それは違うと、オレは思うぞ! オレがきっとどれだけ思ってもお前が心を開いてくれ

なきゃ、お前が選ばれないんだ。…………そう思う!」

「心を開く? はぁ? ………………何それ?」

「勇者とドラゴンがそれぞれを認めなきゃいけないんだ」

 勇汰とバル。こいつらを見てきてそう思った。この二人はお互いを認め合っている。だ

からこそ、あんなに自然体で触れ合えていられるのだと。

「だから話しをする。…………まずは話さないとお互いを出来ないだろ?」

「だからって…………何で俺なのさ? 強いドラゴンの方がいいんじゃなかったのかよ?」

「あれは…………お前に張り合って言っただけだ。本当は…………お前が丁度いいんじゃ

ないかって思たんだ。逞しい男たちの中に混じって頑張ってるお前が輝いて見えて気にな

ってたんだ。

 それからリーシャからオレたちが似てるって言われて、ますます気になってしまったん

だよ」

「…………似てる? 俺たちが? 冗談じゃない! 全然違う!」

「…………ああそうだな。違ったよ。オレの勘違いだった。オレはお前みたいに自分の弱

さを否定しねぇ」

「………………ハァ? 俺のどこが弱さを否定してるって?」

「してるさ。オレもお前と同じで自分よりもデカい奴と張り合いたい気持ちだって持って

る。負けたくないって気持ちや舐められたくない気持ちも。

 その気持ちを持って勝負を挑んで負けたら――お前は自分の負けを認めずに勝つまで続

けるだろう。それで相手が負けを認めるまで勝ちを認めないんじゃないのか?

 さっきの勝負だって、お前が勝つまで続ける気だっただろう?

 違うか?」

「………………」

「そうして最後は相手が負けを認めてお前が勝つ。でもそれは相手が勝ちを譲ってくれて

るだけだって気づけよ。そっちの方がずっと惨めだろ?」

「なっ、んだよっ! 俺の事なんて知らないくせに! 知った風な口を聞きやがって!

 じゃあお前はどうなんだよ! お前は舐められっぱなしでもいいって言うのかよっ!」

「いいわけないっ!」

 猛が怒鳴りつける。厳しい事、キツイ事をここまでずっと冷静に言ってきた猛が、初め

て感情的になった。

「オレだって悔しいさ。でもな! オレはお前とは違うんだ。オレが悔しいのはオレ自身

にだ。そうなれない自分自身に腹が立つ!

 今だってそうだ! オレも監督たちの力になりたいのにっ! そうなれない自分が不甲

斐なくて悔しくて悔しくて…………。でもそこへ行っても何も出来ないのも、足手まとい

になるのもわかってるんだ!」

 猛の瞳から大粒の涙がポロリと零れ落ちる。

「こんな気持ちになる度に、どうしてオレは情けないんだろうって思って、悔しくて! …

……………嫌だった」

 零れた涙を手で拭う。息を吐いて――ゆっくり吸う。

「…………お前みたいにオレも強い奴に噛み付く事はあるよ。舐められたくなくて。小さ

いからとバカにされたくなくて。

 でもここはそうじゃないだろ?

 命の危険が迫ってるんだ。自分のプライドを優先させるなっ!」

「…………」

 監督がグランバルドをここに置いていった理由はそう言う事だ。命が危ういのに自分の

プライドのためにバカな事をしでかさないから。

 それで自分だけの命が危険に曝されるのは仕方ない。自業自得で自分は納得できるだろ

う。

 だがそのとばっちりで仲間が巻き添えをくらうのは冗談じゃない。

 監督はそう判断したのだ。

 そして――託したのだ。グランバルドを。猛に。

「…………じゃない!」

「え?」

「俺は自分のプライドを優先させてないっ!」

 グランバルドも反論する。だが――。

「させてるだろ!」

「させてないっ!」

「だったらさ――。俺を守護竜の後継者に選べとか言ってみせろよ!」

「!?」

「本当に守護竜になりたいなら、俺の事くらい我慢できるんじゃないのか?」

「それは――」

 グランバルドが下を向いて言葉を濁す。その隙を猛は逃がさない。

「お前はさ…………。守護竜になりたいって言ったけどさ。本当にそうなのか?」

「…………そうだよ」

「何のために?」

「…………何の…………ために?」

「守護竜ってさ。オレはこの世界に来たばっかで知らねぇけどさ。皆を守る存在なんだろ? 

なのにさ。お前は自分のプライドを守ろうと戦おうとして、監督たちを助けるために戦お

うとはしてない」

「!? …………それは」

 グランバルドが動揺を見せる。

「なぁ? 今はどう思う? あの光景を見て」

「…………」

 グランバルドが頭を上げる。そのずっと先では黒ムカデと人間、ドラゴンチームの戦い

が続いてる。

「オレはさ。今も、すぐにでもあそこに行きたいよ。でもそれはあのムカデを倒して自分

の強さや凄さを見せつけたいだけじゃないんだ。監督たちの力になりたいだけだ。力にな

れるなら、雑用でもなんでもいい。

 お前はどうなんだ?」

「俺は…………あああああっああああっぁつあ!」

 グランバルドが苦しそうに天を仰ぐ。

「俺も…………。あそこで戦いたい。あいつに勝ちたいって気持ちは…………正直あるよ。

だって…………ずっとそう言う気持ちを持って生きてきたから。

 でも…………。さっき監督に突き放された時に苦しかったんだ。俺は知らない間に監督

たちの事を仲間だって思ってて、それが見放されたと感じたから。

 だから……余計に見返してやりたくなったんだ。監督が捨てた俺はどんなに凄い奴なん

だって。でも…………。そうじゃなかったんだ。俺が駄目だったんだ」

 のっそりのっそりと歩く。向かう先は戦いの場ではなくて――猛の目の前。

「俺も戦いたいんだ。監督たちと。…………今度は監督を見返してやりたい気持ちじゃな

くて、助けたい気持ちなんだ。

 だからさ。猛…………。俺を守護竜の後継者に選べよ!」

 偉そうな口調に戻った。猛もニヤリと笑う。

「ああっ! 選んでやるよ!」

 猛の拳とグランバルドの拳が重なる。

 ――二人の身体が光に包まれた。


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