2 最高評議会
「お入りなさい。」
ノックの音に、カトリ・ウルナガンは穏やかに答える。
「閣下、そろそろお時間です。」
筆頭秘書官が部屋に入ってくると恭しく言う。
カトリは静かに頷くとたちあがった。
最高評議会。
それはハルトランサが持つ組織のなかでもっとも上位に位置する会議体だ。
ハルトランサと言う国家の意思を決める所、いわばハルトランサそのものといってもよい。
定員は13名だが、現在一人欠員しており、12名で構成されていた。
カトリはその評議会議長でもあった。
綺麗な金髪を後ろで束ね、左肩に垂らしている。娘時代からずっとそのスタイルを変えていない。
60歳になった今、変えようかと悩んでいたが踏ん切りがつかないでいた。
考え事をしていると左手で髪を弄る癖のためだと周囲には言っていたが、鏡を見るたび、まだ40、いや30代でも通るのではと内心、思っていたからだ。
つまり、まだまだいける!
と思っているのが変えない理由の6割りだった。
カトリは評議会室の扉を開ける。
中央に大きな円卓が置いてあり、既に11名のメンバーが全員席についていた。
カトリが一番最後のようだった。
「急な召集申し訳ありません。」
カトリは席につくと静かに言う。
「緊急召集の理由は既に聞いているとは思いますが、皆さんの認識を合わせる為に、また、新たに分かったこともあるので、それも含めてあらましを話しておきたいと思います。」
異論はないか、とカトリは一同の顔を見回す。
誰もなにも言わなかった。それを肯定と受け止めるとカトリは言葉を続ける。
「三日前、テューラ砦が壊滅しました。テューラだけではなくランダ街道沿いの町も同時に壊滅しています。ケンダ、アゼルです。
丁度、軍事演習をしていた第14師団もほぼ、全滅。
民間人も含めるとおよそ2万人の人間が一夜にして亡くなっています。」
「それなんですけどね。私には納得できないんですよ。
ああ、発言良かったかしら?」
アン・シャーファーが発言をしてから、しまったというように口を手で塞ぐ。
その銀髪は自ら光を放つようにキラキラ輝いていた。いや、本当に光っているかもしれない。彼女はシャーファー家、光の使い手の現当主なのだから。
「どうぞ。
疑問点があれば自由に発言してください。」
「ありがとう。
疑問なのは、報告ではリビングデッドの襲撃と聞きましたがテューラ砦は守備隊が常駐しているし、当時は演習で1個連隊がいたと聞いています。
リビングデッドごときで、そんなに易々と壊滅すると言うのが納得できない。」
「それに関しては調査をした結果、広域殲滅魔方陣が使われた、と考えています。」
「広域、・・・殲滅魔方陣?」
アンは驚いた様に言葉を絞り出す。
驚いたのはアンだけではない。その場にいる誰もが驚いていた。
「それは事実ですか?」
アンの隣に座る黒髪の女性が言う。
ドルドアの当主であるアンネットだった。闇の司然と黒で統一された服を纏い、切れ長な目をいつも伏し目がちにしている小柄な女性である。その為か、パッと見、少女の様な印象受ける。だが、実はアンはカトリより歳上だった。
「砦や町の破壊具合の調査、および、生存者の証言から間違いないと考えています。」
「生存者がいるの?」
とは、マリア・ライラネン。命の魔導師である。
赤毛、と言うより淡い桜色の髪を活動的なショートカットにしている。
まだ40代。現評議会メンバーとしては最年少。多分、歴代で見ても若い部類になるだろう。
「います。
テューラ砦、アゼルで数十人ですが、ケンダの町は住民が600人程助かっています。
それらの生存者の証言をまとめるとリビングデッドによる襲撃を受けた後、殲滅魔方陣がかけられ、壊滅したと結論付けています。」
「壊滅した三ヶ所とも魔方陣が使われた、というの?
ケンダ、アゼル、テューラは街道沿いに200キロはあるわ。
それを一日、いえ、一夜って言うべきかしらね。
とにかく、誰が、どうやってそんな事をしたの?」
アンがやや興奮したようにまくし立てる。
「誰がやったかはわかりませんが、やり方については証言から推定ができています。
リビングデッドを要点にしての点描方で魔方陣を構築したと言う見解です。」
アンは無言で首を傾ける。
「魔力を帯びたリビングデッドを魔方陣の要点になるところに配置した、ということです。」
カトリはもう少し説明を加える。
アンはマリアとアンネットを交互に見やり、質問した。
「そんなこと出来るの?」
アンデット関連だと生命と闇属性が専門家だ。
「可能か?
と問われれば可能。
今、自分に出来るか?
と問われれば、出来ないとしか答えられない。
やったことがないからね。
何となく見当はつくけど実際にやろうとするといろいろ試行錯誤することになるわ。」
と、アンネットは答える。
それまで、じっと聞き入っていた女性が口を開いた。マリアよりも更にショートの髪。一見黒髪に見えるが実は濃い緑色をしている。風の司の当主、ジュディ・ハルファナーだ。
「そもそも、生存者の証言とかいっているけど信用がおけるのかしら。
殲滅魔方陣とか点描方とかの理解には高度な魔法知識が必要だと思うけど専門家の検証がなされているの?」
「魔方陣も点描方も生存者の証言を元にしてます。まだ、検証中ではありますが信用してもらって良いと思いますよ。」
「ふーん。
貴女の言うことだから信用はするけどね。
誰なのかしら、その生存者というのは。」
「バンナ・ウルガナン。
私の孫ですよ。ジュディ。」
「あら、バンナちゃんなの。」
バンナの名前を聞いてジュディは目を丸くする。
「まあ、バンナちゃんが言うのなら確かに、信頼性は高そうね」
ジュディは納得すると背もたれに体を預けた。
『ほんに、バンナ・ウルナガンはおもしろい男子だのう。』
突然、低い聞きなれない声が部屋に響く。
発言の主をカトリは探す。だが、席に座っている11人の誰でもなかった。
「だれですか?」
カトリは、まだ、見ぬ誰かに向かって叫んだ。
2017/4/24 初稿
次話投稿は来週の日曜の予定です