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サーティンズ クロニクル  作者: 風風風虱
ザ・バードからナイトオブリビング・・・
7/22

6

バンナは床に座り込み静かに意識を集中させる。

両手を広げ、手に魔素が集まって来るイメージを思い描く。

ある程度イメージを高めると両手をゆっくりと胸の辺りで合わせる。

両手の魔素を捏ねるようなイメージだ。

ある程度捏ねると、また、同じように手を広げ、同じ行為を繰り返す。

魔法の素養のない者が見ると、手を開いたり閉じたりしているようにしか見えないが、魔法に習熟した者の目には実際に魔素が練り上げられているのが感じられるだろう。

その練り上げた魔素を下地にして様々な術式を組み込んだものが錬成弾の元になる。

これがバンナ・ウルナガンが編み出した魔素錬成術だった。

バンナは、魔術師としては致命的な問題を抱えていた。

絶対魔素耐量の低さだ。

これは、バンナが男として生まれてしまった以上、仕方のないことだった。

男の平均から見ればバンナの耐量は、ずば抜けているのだが、女と比べると平均より少し上程度の評価だった。

魔法を使う上で必須の魔素蓄積量や魔素制御量は魔素耐量を越えることができない。

そのため、バンナの魔法使いとしての能力は、普通の魔導師、或いは魔術師レベルであり、カナレやパジャに遠く及ばなかった。

そのハンデを克服するために試行錯誤をしていたバンナはある考えに到達した。

一度に扱える魔素量が限られているのなら少しずつ扱えばよい。

発想は単純だったが、それを現実のものにするに10年を要した。

その結果、産み出されたのが魔素錬成術であり、魔素錬成弾、魔素錬成杖だった。

これによりバンナは、長いハルトランサの魔法史でも類を見ない存在となった。

深呼吸をすると、バンナは一旦、集中を解く。

目の前には白く輝く平たい円形の塊があった。

魔素を精製したもので錬成材と呼んでいた。

100%魔素でできているので、魔法の素養のない者には見えない。

錬成材ができれば、錬成術は術式の記述する工程に進む。

バンナは、再び意識を集中させると、錬成材に術を記述し始めた。


広場には既に500人程の人が集められていた。

突然の避難命令で訳も分からないうちに集められた人々は最初、戸惑いと不安に包まれていたが補給部隊が支給した毛布や炊き出しのおかげで落ち着きを取り戻していた。

人々は広場のほぼ中央で顔見知り通しで寄り添い、何事が起こったか、これからどうなるかをヒソヒソと話し合っていた。

そんな集団の中に一人の幼い少女が不思議そうな面持ちで一点を見詰めていた。

その視線の先には、黒髪の女性が黙々と地面に何かを描いていた。

何より少女が不思議に思ったのは、その女性が地面に触れる度に地面が金色に輝くことだった。

少女は地面を触ってみる。しかし、あの女性のように地面が輝くことはなかった。

小首を傾げると、少女は立ち上がり不思議な女性の方へ歩き始めた。


「お姉ちゃん。」

可愛らしい声にパジャは意識を乱された。

見ると小さな女の子が自分を見上げている。

「遊んでるの?私も一緒に遊ぶ!」

女の子の言葉にパジャは少し苦笑する。

確かに小さな子供から見れば地面に落書きをして遊んでいるように見えるだろう。

勿論、遊んでいる訳ではない。

避難場所を中心に地面に魔法陣を描いている最中だった。

チラリと後ろを見る。後、10メートル程で魔方陣が完成する。

パジャは膝を曲げると女の子と目線を合わせると微笑みながら言う。

「ごめんね。お姉ちゃん、ちょっとやることがあるのね。だから、一緒に遊べないの。」

パジャの言葉に女の子の表情が曇る。

その代わり、と言いながらパジャは人指し指をそっと地面に当てると詠唱を始める。


『そ、汝 小さき者よ 古き人の友よ

我もとに その姿を現せ 』


地面が金色に輝き、土がザワザワと蠢く。

蠢く土はやがて一つの意味ある形となる。

「わあ、ウサギさんだ。」

女の子は感嘆の声を上げる。

目の前には土で出来たウサギが前足を揃え、女の子を見上げていた。クンクンと鼻を鳴らすと、ピョンピョンと少女の回りを駆け回り始める。

女の子は、もうウサギのことで頭が一杯のようで一生懸命ウサギを追いかけ、パジャのもとを離れていく。

パジャは去っていく女の子を微笑みながら見送ると、再び魔方陣を描く作業に戻った。


「一体、どうなっているの?」

アリス大尉はヒステリックに叫んだ。

町の北部に増援として送った第4小隊との連絡もあっという間に取れなくなり、状況が全く掴めなくなっていた。

「なんとしても連絡を回復しなさい。」

導話士にそう言いはなった時、魔素杖の発射音が連続して聞こえてきた。

「リビングデッドです。」

問いただす前に伝令が報告してきた。

その報告にアリスは絶句する。

何故、こんなに近くまで接近を許したのか?

怒りがこみ上げて来る。

「どの方角からか?」

「み、南の方向・・・いえ、良くわかりません。」

伝令は狼狽(うろた)えながら答えた。

「退避。

司令部を広場に移します。」

そう指示した所へ、兵士が一人転がるように現れた。

背中に二体のリビングデッドが張りついていた。


***** サーティンズ クロニクル *****


「准尉。」

ちょうど錬成弾製作が一段落したところで、マギー軍曹が現れた。

「大隊司令部との連絡が途絶えました。」

そうか、とバンナは小さく答える。

「カナレ准尉は戻ってきたか?」

「まだですが、町に入ったそうです。後、数分でこちらに着きそうです。」

「リビングデッドの方は?」

「散発的にやって来てます。防げていますが数が徐々に増えていてます。」

「押しきられそう?」

「いえ、まだ、大丈夫です。ただ、各自の残弾が心許なくなってきてます。」

「そろそろ、潮時だな。」

正直、自分達の身の安全だけを考えるなら、このまま、町から離れるのが最善策だった。

だが、その選択肢が有るなら2、3時間前に取るべきだったろう。

「カナレ准尉と合流できしだい広場へ移動する。」

バンナは迷いなくそう言い切った。


「早く乗って!」

ジェーンは小さな女の子を抱えあげて魔導車の荷台にやや乱暴に放り込んむ。

「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。

来てる、来てるよ。」

すぐ横ではエンマが魔素杖で懸命にリビングデッド達を撃っていた。

露地一杯にリビングデッドが溢れている。

「もう限界ね。」

荷台の上から全体を見渡しながらサリーが呟く。

荷台に乗れずに苦労している老女を手伝いながらジェーンとエンマに言う。

「これが最後よ。撤収するわ。乗って。」

ジェーンとエンマが魔導車に乗るのを確認すると運転席の天井をバンバン叩き、叫ぶ。

「ガラ、出して、全速力!」

急発進する車の荷台で器用にバランスを取りながら、サリーは導話機を入れた。

「こちらブラボー。

リビングデッド多数のためこれ以上の避難活動は不可能。

撤収します。」


パジャが魔法陣を描き終えて戻って来た丁度その時、キーラも導話機を切った所だった。

「お帰りなさい。」

とキーラ。

「状況はどうなのでしょう?」

「今、アルファに撤収を命じた所よ。

ブラボーも5分ほど前に最終便が出たわ。

南西部のチェルシーは、ほぼ完了。優秀ね。

逆に南東のデルタは連絡がつかなくなった。

一番、汚染が酷い所だったから・・・」

キーラの言葉が小さくなり途切れる。

「避難出来たのは600人ぐらいですか?」

パジャは、広場にいる人達に一瞬、目をやり、話題を変えるように質問をした。

「そうね、ここが守りきれればね。」

キーラは珍しく疲れた声で答えた。


「止まれ!」

手を上げて、バンナは小隊を止める。

バンナ/カナレ小隊は、広場を目指して街道を北上していたが、それをリビングデッドの大群に阻まれた。

街道全体にリビングデッドがふらふらと歩いている。

バンナは魔素杖に炎壁術式弾を入れて撃つ。

街道一面が爆音と共に炎の壁で包まれた。

これで多少時間が稼げる。

「カナレ。索敵を頼む。」 

「了解。」

カナレは風の精霊を使って周囲を探る。

「うーん。良くないねー。

広場への道はみんな、リビングデッドに塞がれてるね。」

「後ろは?」

「後ろも駄目ね。

ぶっちゃけ、あたし達、囲まれちゃってるね。」

想定以上にリビングデッドの侵食が早かった。

結果論だが、無理に合流しょうとしたことが裏目に出たのだ。

「准尉。」

マギー軍曹が叫ぶ。

東側の脇道からリビングデッドが数体、姿を見せていた。

バンナは、炎壁術式弾を2発使って、東側も炎の壁でブロックする。

「どこか、立て籠れそうな所はないかな?

30人程入れて、そこそこ頑丈な建物。

2階建て、3階建てだと有難い。」

「うーん、そんな都合のよいものがポンポンと有るわけが・・・

あ、あった。」

「あったか?」

「あった、あった。そこ行く?」

「行く。案内してくれ。」

「リョーカーイ。

じゃあ、ついて来てねー。」

カナレは言うが早いか、西の小道に向かって走り始めた。


「アルファ、了解。撤収します。」

カミラは導話機を切ると全員に撤収命令を出す。

荷台には民間の人間は5人程しか乗っていない。

まだ、大多数の人が取り残されているが四方をリビングデッドに取り囲まれようとしている今となってはどうにもならない。

「出して!」

カミラは運転手に叫ぶ。

運転手が魔導車を出そうとした時、助手席のドアが開き、一人の兵士が飛び込んできた。席に突っ伏し、消耗仕切って荒い息をついている。

運転手は、便乗者を横目に車を発進させた。


カナレに案内されて来た建物は周囲をやや高い塀に囲まれた2階建ての建物だった。

「学校か。」

校庭とおぼしき小さな広場を横切りながらバンナは小さく呟く。

立て籠るには確かに都合が良さそうだった。

「カナレ。

中になにもいない事を確認してくれ。」

「了解。

O.K. なにもいないよ。」

「よし!みんな、中に入れ!」


ジェシー中尉とポーラー少尉は即席で作った広場入口のバリケードの最終確認をしていた。

周辺の家から調達した家具などで作ったものなので耐久性には問題があったが、ないよりはましだった。

何より時間がない中で最大限の仕事をしたと二人は思っていた。東西南北の道にそれぞれ5人ずつ配置して、10人を予備として確保していた。それがジェシー達、防衛線守備隊の全戦力だった。

「来ました。」

最初にリビングデッド到来の知らせをしてきたのは南の入口だった。ついで、西側の入口からもリビングデッドの襲撃の知らせが来た。

バリケードに阻まれ、リビングデッド達は各個に撃退されていたが時間と共に数が増してきて、防衛側が押されぎみになる。

ジェシーは、魔導士二人を含めた予備全てを南と西に投入する。

一方、東側はジェーン達を乗せたブラボー隊の魔導車が到着していた。

そして、北は、カミラ達のアルファ隊の魔導車がすぐそこまで来ていた。


「もうすぐだから頑張れ。」

魔導車を運転しながらミランダは助手席に倒れこんでいる仲間に声をかける。ふと、目が仲間の肩口に触れる。

迷彩服が破れて、赤黒く染まっていた。

「あんた、噛まれているのか?」

ミランダが叫ぶのと、助手席の仲間がミランダに襲い掛かるのは、ほとんど同時だった。

魔導車は右に左に大きく蛇行する。不意の動きに荷台に乗っていた何人かが振り落とされる。

必死の抵抗も空しく、ミランダの首筋にリビングデッドの歯が深々とつきたてられる。

ミランダの身体は硬直し、アクセルが踏み込まれる。

魔導車はたちまちスピードを上げ、北のバリケードに激突。

バリケードを粉砕し、周囲で守っていた兵士を巻き込み、炎上した。


***** サーティンズ クロニクル ですわ *****


大音響にキーラとパジャは、ほぼ同時に北の方を見た。

「なに?」

「さあ?

でも、余り良いことではなさそうですね。」

二人で北のバリケードに行くと、バリケードが炎を上げていた。

その近くで呆然と炎上している様を見ている者が二人いた。

ジェシー中尉達だ。

「バリケードも守る者もいなくなった。

どうすればいいの。」

ジェシーは、ぶつぶつと独り言を言っているようだった。

「何をやってるのですか?」

キーラが少し怒ったように言う。周囲には倒れているが生きている者が何人かいたからだ。

「怪我人を助けなさい。」

「しかし、リビングデッドがやって来るのよ。」

キーラの言葉にジェシーが反論する。

「だったら、尚更、早く助けるべきでしょう。

パジャさん。人を呼んで来てくださいな。」

「助けても、治療士がいない。」

「それが何か?

広場に避難している人たちの中にはお医者様も居られるでしょう。

私たちの物資には医薬品もたくさんある。なんとでもなります。」

「しかし、すぐにこの状況を何とかしないとリビングデッドが浸入してくる。

そうなったら私たちはおしまいだ。」

「それで、怪我人を後回しにして、考えていたということですか。

さぞ良い方法が思いつけたのでしょうね。」

キーラは皮肉まじりに言う。

「いや、まだ、考えはまとまっていない。

取り敢えず、バリケードを作り直して・・・、それから、」

「バリケードを作っている暇は有りませんよ。

それに、その必要もありません。」

その言葉にジェシーとキーラが振り返る。

そこには、パジャが立っていた。連れてきた部下達に怪我人の救助を命じると、ジェシーに言う。

「ここは、私が引き受けます。」

「一人で何ができると・・・」

「出来ますよ。私、ランドリア家の者ですから。」

パジャは平然と言ってのける。

「ランドリア?サーティンズの?」

「はい。

一人で全部何とかしろと言われますと流石に大変ですが、ここだけ守るのなら問題ありません。

保険も用意しましたからね。」

パジャは微笑みながら自信満々に答える。反論の余地はなかった。

ならば、ここは任せる、とジェシーは言うと、慌ててその場を離れた。

ポーラーは二度ほど、パジャ達とジェシーの後ろ姿を見比べたが、結局、ジェシーを追いかけていった。

「パジャさん、怒ってますか?」

「いいえ。中尉程ではないです。

時間が惜しいので交渉事をさっさと終わらせたかっただけです。」

「本当に一人で任せて大丈夫ですか?」

「大丈夫です。

万が一の時は、魔法陣の中にみんなを入れてください。

それが、私達の最後の切り札です。」

心配そうなキーラにパジャはニッコリと笑って見せた。


「ゴメン、バンナ。

2階、誰かいるよ。見逃してた。」

1階ではリビングデッドの阻止が難しそうなので2階に拠点を作ろうと、踊り場迄上がった所でカナレが照れ臭そうに言った。

「リビングデッドか?」

「うーん。違うね。5人・・・8人かな。避難者だと思う。」


果たして、カナレの言った通り8人の人が廊下の突き当たりの部屋でバリケードを作っていた。

だが、予想外なこともあった。

「准尉!

軍曹~!!」

バリケードの中からマリが姿を現したのだ。

「マリ、あんた、生きていたのか。」

マリに抱きつかれながら、マギーは言う。

「死ぬかと思いました。急にイルダが暴れ出したかと思ったら、周りがみんな化け物みたいになって、もう、何が何だか。」

マリは診療所でイルダがリビングデッド化して暴れ出してからの経緯を話し始めた。

途中で出会った家族達を庇いながら、ようやく、ここに落ち着いたのだ。

「バンナ。ちょっと。」

そんな話を聞いているところへカナレが深刻な顔をしてバンナを呼んだ。

カナレに促されバリケードの中に入ると、床に一人の女性が横たわっていた。足に止血の布が巻かれていた。

「不死感染か。」

バンナの呟きにカナレが頷く。

女性の傍らには三人の少女が心配そうに座っていた。

「マリ。どういう事だ。」

「逃げる途中で噛まれたんです。」

「それが何を意味するか分かっているのか?」

「分かってますが、彼女はあの子達のお母さんなんですよ。

まだ、生きてるんですよ。」

マリは、困惑するように答える。

「で、どうするの?」

カナレが小声で聞いてくる。

「どうするもなにも、」

といいながら、バンナは錬成杖を取り出す。

「待って、待って。子供達がいるのねー。」

「待ってください。まだ、生きてます。」

カナレとマリが、同時に叫びながらバンナの前に立ちはだかる。

バンナは、ため息をつきながら答える。

「何か勘違いしてるだろう。俺がやろうとしてるのは治療だ。」

「治療?」


感染した女性の名前はリーゼと言った。

リーゼを廊下の端に座らせるとバンナは距離をとる。

錬成杖に沈静化術式を練り込んだ錬成弾を装填する。効果範囲の呪いの力を無効化するものだった。

術の系統として言霊属性になる。

言霊属性はレア属性なので沈静の術を扱えるものは数えるほどしかいないのだが、バンナは無属性の持つ属性変換能力で作ったのだ。

不死感染の根源は呪いの伝染だ。今回の場合は、それに致死の呪いが組み合わされているとバンナは睨んでいた。

その呪いを沈静化すれば不死感染は止まる。

バンナはミランダから10メートル程、距離を置く。

距離を置くのは錬成弾がある程度滑空しないと術を発動させないからだ。最低、10メートルは必要だった。

狙って撃つ。

命中する直前で錬成弾が発動して、リーゼの体が紫色の光に包まれる。

「上手く行きましたか?」

「おそらく。」

心配そうに聞くマリにバンナは答える。

さっきまで苦しそうだった呼吸が穏やかになっている。後は、様子を見ていくしかない。

リーゼをどこか適当なところに寝かせるよう指示をする。

「いつの間にあんなものを作ったの?」

「さっき、隙をみて作った。

もうないから噛まれないでくれよ。」

「うっそ。バンナの事だから、後、2、3発は作ってるでしよ。」

「いや、本当にないよ。」

と、嘘をつく。

「ふーん。

まー、いいや。そー言うことにしとくねー。」


学校の屋上。

バンナとカナレは広場の方を見ていた。

広場とおぼしき場所は学校から500メートルぐらいのところにあったが、学校から広場までの間に無数のリビングデッドがひしめいているのが夜の闇を通してもわかった。

広場は周辺はほの明るく、魔素杖の発射音や人の声が微かに聞こえてきた。

「遠いな。大丈夫かな。」

アンデット達がどうやって命あるものを探知するのか、正直分かっていなかったが、彼らはかなりの距離から正確に生きている者の位置を把握できた。より多くの命のあるところに強く引き寄せられる傾向にある。なので、町のリビングデッドは大半は広場に引き寄せられているようだった。

「まー。大丈夫じゃない。」

とカナレは緊張感なく言う。

「気安いな。」

「だって、パジャがいるもん。」

「ああ、パジャか。」

「パジャなら一人で、町中のリビングデッド相手にできちゃうよー。」

確かにパジャがいるなら安心かもしれない。拠点防衛は土属性の得意とするところだ。

だが、戦場では何が起きるかわからない。どんなに強力な力を持っていても、所詮は人間なのだ。

それに、バンナは、妙な胸騒ぎと言うか違和感があった。

実は、さっきからずっとその正体を考えていたのだか、どうしても思い当たらない。

「なあ、カナレ。何か変じゃないか?」

「うん?」

バンナの問いかけにカナレは首を傾げる。

「うーん。別にー。」

カナレはそう言うがバンナは納得出来なかった。

屋上からリビングデッドの群れに目を凝らす。

ふと、あることに気付いた。

「リビングデッドの中に変なのが混じってないか?」

「ほえ?」

「あれ、角で立ち止まってるやつ。うっすらと魔素をまとってる。」

「魔素ー?

あー、ホントだねー。赤か。確かに魔素を感じるねー。

そーやって見ると、あー、結構いるよ。

あそこにも、ここにも。

面白ーい。つながってるよー。」

「つながってる?」

カナレの言葉に、バンナはリビングデッドの群れを見直し、魔素をまとっているリビングデッドをなぞる。

「ちょっと待て。

これってまさか?」

バンナは屋上をグルリと廻ってリビングデッド達を確認していく。

「どったの?」

「くそっ。角度が悪くてよく分からん。」

「だからどうしたの、急に?」

「魔法陣だ。」

「魔法陣?」

キョトンとするカナレ。

「理由は分からん。

分からんが、リビングデッドで魔法陣が描かれている。

しかも、この魔法陣は・・・」

突然、リビングデッド達が発光して始めた。

一体のリビングデッドの発光が呼び水になるように、連動して隣のリビングデッド、更に隣のリビングデッドが光だし、つながっていく。

瞬く間に町が深紅の光に包まれた。

「わお。」

カナレが感嘆の声をあげる。赤い光りは、筋となってそのまま空に上がっていく。

町全体から光の筋が立ち上ぼり、夜空に円形の複雑な紋様が浮かび上がった。

「やはり。」

バンナは絶句する。

「広域殲滅魔法陣 炎獄散華」

それは、広範囲を無差別に破壊する大魔法だった。別名、『魔導師殺し』と言う。

「うひゃ。すごいの来たね。」

カナレも空を見上げながら呟く。

「で、どうする。」

カナレが真剣な顔になって聞く。

「勿論、防ぐ。初段と最後を頼む。」

「リョーカーイ。」


「な!

こんなものが何で突然・・・」

空を見上げながらパジャは呻く。

空には魔法陣が浮かんでいた。

魔法学に詳しい者なら一つの魔法陣が180度ずれて二重写しになっている事が分かる。魔法陣はゆっくり回転していた。

一つは時計回り、もう一つは逆だ。

二つの魔法陣が一致した時、術が発動する。

残された時間は殆ど無い。

「逃げて!

皆さん、魔法陣の中へ!」

大声で叫びながら、パジャは全速で広場の中央、自分が描いた魔法陣に向かって走り出した。


空に浮かぶ二つの魔法陣が一致する。

「来るぞ!」

バンナの言葉が合図のように魔法陣が落下して来た。落下する魔法陣は紅蓮の焔となり、地上に降り注ぐ。

カナレが空に向けて障壁を展開して、焔を防ぐ。

ほんの数秒の出来事だが、ケンダの町は爆音と炎に包まれる。

「はあああぁー」

カナレの体内の蓄積魔素がガシガシ減っていく。

だが、確実に落下してくる炎から学校を守る。

ほぼ、魔素が底がつく位の所でようやく炎の落下が終わる。

それを待っていたように二枚目の魔法陣が落下してくる。

バンナは、水属性障壁を練り込んだ錬成弾を空に向かって撃つ。

青色の花火のように水属性障壁が展開され炎を中和する。

が、それも一瞬の事で青色の光はたちまち、赤色に飲み込まれる。

バンナは次弾を撃つ。

「そろそろ、一段目の返しが来るぞ!」

更に3発目を装填しながらカナレに叫ぶ。

炎獄散華は二枚の魔法陣の時間差攻撃が軸になっているが、各魔法陣の攻撃自体が二段階攻撃になっていた。

初段が炎の落下。

そして、その炎は地面に落下すると一旦、爆発しながら円形に拡がるが、ある程度拡がると今度は円の中心に戻る、爆縮現象を起こした。

それが2段目の攻撃、側面360度からの爆風だった。

丁度、この側面攻撃が二枚目の魔法陣の落下の攻撃に重なるように設計されていた。

一段目は障壁で防げても、その後の連続攻撃に魔素がもたない。

『魔導師殺し』と呼ばれる所以だった。


『・・・ 出でよ 大水蛇 ガゼルナーガ 』


初段の攻撃を障壁で防いだため、カナレの体内魔素は殆どなくなっていて障壁を展開し続ける事は出来なかった。だが、二枚目の魔法陣の攻撃をバンナがしのいで、詠唱時間を稼いでくれれば、外因魔術(アウターマジック)の防御魔法が使えるのだ。

詠唱の完了と同時に、巨大な水の壁が現れ、グルリと学校を囲む。

町中の建物を破壊した爆風も水の壁を破壊することは出来ない。

二枚目の魔法陣の返しの爆風も同様だった。

やがて爆風は収まり、町は静寂を取り戻す。

「ふう。疲れたー。」

カナレはペタリとその場に座り込む。

外因魔術(アウターマジック)は、体内魔素の消費は少ないが極度の精神集中を必要とする。

内因魔術(インナーマジック)から外因魔術(アウターマジック)の連続使用は、正に精も根も尽きた状態だった。

「お疲れ様。」

バンナは、カナレに(ねぎら)いの言葉をかけると、町全体、いや、町だったところ全体を見渡した。

今、自分のいる学校の他は建物もリビングデッドも皆、消滅していた。

果たして、自分は町を救えたのか?

バンナは、深いため息と共に自問するのだった。








2017/03/26 初稿


ようやく、この章終了です。

次回から新章になります。


次回投稿は、4月16日を予定しています。

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