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また、鳥ですか。
カラス達が襲い掛かってきた時の、それがカナレの第一の感想だった。
「発砲禁止!撃っちゃダメだよー。」
魔素杖での同士討ちを避けるため、カナレは叫んだ。
声につられてカナレを見たリャン軍曹が、上空から襲いかかって来るカラスに気付き、警告の叫び声を上げる。
「准尉、後ろ!」
振り仰ぐと十数羽のカラスが急降下して来る所だった。
カナレは動けない。
いや、動かない。動く必要がないからだ。
カラス達はカナレの数メートル手前で壁にぶつかったように急停止する。
カナレは、既に水属性障壁を展開していたのだ。
障壁に接触したものは、弾かれると同時に水球に包まれ動きを封じられる。
カナレに襲いかかるカラスは、ことごとく障壁に阻まれ、水球となってぼとぼとと川に落下していった。
水球は水面に落ちても川の水と混じり合うことはない。障壁の水球は普通の水とは違うからだ。
比重も普通の水より重い。カラス達は水球から逃れようと懸命に羽ばたくが何の効果もないまま水中に沈んでいく。
カラスがカナレに触れることはできない。それを確認するとカナレは意識を集中させる。
『そ、汝 バルジャローザ
大いなる川の主 大河の支配者
我 言葉に耳傾けたまえ ・・・ 』
詠唱しながらカナレは右手を上げる。
と周囲の水がカナレを中心に渦巻き始める。
渦巻く速度はみるみる上がり、空中に巻き上げられていく。
カナレの頭上に直径20メートル位の水の渦が出現する。
渦は川の水を巻き上げどんどん膨れ上り、カナレの頭上のカラス達を飲み込んでいく。
「みんな、伏せてー。」
カナレは叫ぶと、渦を一気に拡げる。
ゴウゴウと音を立てながら巨大な水の竜巻がカラスの群れを次々と飲み込む。
あっという間に空一面を覆っていたカラスが全て飲み込まれる。
竜巻は逆円錐形から球形へ徐々に形を変えていく。
水球の中では複雑な乱流が発生し、圧倒的な水圧でカラスを引き裂き、磨り潰す。
カナレは握っていた手を開く。すると水球は、紐が切れた風船のようにゆっくりと舞い上がっていく。
リャンを始め、小隊のメンバーは呆気にとられ、その光景を見守っていた。
拳大位の大きさになった所で水球は突然、弾け飛ぶ。
バフンと鈍い音がし二呼吸してから、にわか雨のように水滴が周囲に降り注いだ。
誰も、身動ぎ一つしない。
「みんな。大丈夫?」
カナレの言葉でようやく、皆、我にかえった。
点呼の結果、カナレ以外ほとんどのメンバーが、引っ掻き傷やクチバシでつつかれた傷を負っていた。
結構、深い傷を負った者もいたが、重傷と言うほどではなかった。
カナレは、傷の治療と小休止をとることにした。
「はー、痛そうだねー。」
リャンの傷を見て、カナレは言う。
クチバシで突っつかれたのだろう。
首の付け根の皮膚が破れ、血が出ている。
カナレが手をかざすと傷を包むように水の玉が現れ、血を洗い流す。きれいになったところで水の粘性を上げ、そのまま、傷をふさぐ。これで止血と雑菌を防ぐ効果がある。
「ありがとうございます、准尉。」
礼を言って、立ち去ろうとするリャンを、カナレは呼び止めた。
「うん。あー。
えっとね。」
歯切れが悪い。
「怖がらないでね。」
「はい?」
消え入りそうな小さな声に、軍曹は思わず聞き返す。
「あたし、この力。
みんなを守るためにしか使わないから。
だから、安心して。
怖がらないでほしいの。」
リャンは一瞬、言葉に詰まる。
だが、すぐに笑顔を作って言う。
「分かっています。
皆、准尉がいてくれて助かったと思っていますよ。
心配要りません。」
「そっか。
うん。
ありがと。」
リャンの言葉にカナレは素直に笑い返した。
少し時間を戻す。
ちょうど二人の兵士がペア橋を目指し、走っていた。
「ね、ね。
あれ、なんだろう。」
イルダは走りながら指差す。
マリはうるさそうに指差す方を見て、首をかしげた。
かなり遠くの所で、地上から白い線のようなものか一筋、空に向かって伸びていた。
二人は速度を落とす。
「竜巻?」
と、マリは呟くが、すぐに見当違いとわかる。
それは、突然、横に拡がり、さらに凸レンズのような形になる。
そして、
「あ、丸くなった。」
イルダが言うように、それは今度は丸くなり、ゆっくりと上昇していく。
そして、唐突に消えた。
二人は、顔を見合せると、同時に首をかしげる。
「なんだろ?」
「さぁ、わたしに聞かないで。」
幾ら考えても、それがカナレの魔法であるなど、二人に思い当たるはずもなかった。
二人は考えるのに飽きると、再び、ペア橋を目指す。
とはいえ、ペア橋まで数百メートルの所まで来ていたので、ここからは、慎重にいかなくてはならない。
二人の目的は偵察なのだ。
「何か見える?」
「なにも。
って言うか、今回の単なる行軍演習だよね。
何かあるんだっけ?」
「さぁ、なにか課題見たいのがあったんじゃないの。
橋を確保して先に進めとか。どっかで誰かが、わたしらの手順を見てるかも。」
「へ?そうなの?」
「いや、知らないから。適当に喋ってる。」
「あー。もう、いい加減ね。」
マリは、少しムッとしていう。
「あんたにだけは言われたく無いわ。」
その時、二人の間に黒い影が降ってきた。
イルダは、反射的に避けようとして後ろによろめく。
影の正体はカラスだった。
ガア、ガア、ガア。
地面に降りたカラスは、威嚇するように二人に向かって激しく鳴き、イルダに飛び掛かってきた。
「ちょ、何よ?
きゃ。」
イルダは手でカラスの攻撃をブロックするが、カラスは空中で体勢を整え、何度も襲いかかる。
「痛、痛たた。」
クチバシでつつかれ、イルダは悲鳴を上げる。
見かねて、マリが持っている魔装杖を振り回す。
二度空振り、三度目でようやくカラスを叩き落とす。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう。酷い目にあったわ。」
手の傷を擦りながらイルダは礼を言う。
手の平の皮膚が何ヵ所か破れ、血が滲んでいた。
傷の手当てをしようとした二人が凍りつく。
地面に叩きつけられたカラスが起き上がると再びは二人に向かってきたからだ。
左の翼が大きく前方にへし折れ。首も90度を超える角度で曲がっていた。
翼も首の骨も、間違いなく折れている筈だ。
飛ぶこともできず、一足ごとにつんのめりになりながら、カラスは二人に近づいて来る。
その異様な光景に、マリもイルダも戦慄を覚える。
カラスが一歩前に進むと二人が一歩後退する。
一歩進む。
一歩下がる。
「何よ、何なのよ、あれは?」
緊張に耐えかね、イルダが悲鳴を上げる。
それがマリの思考を麻痺から回復させてくれた。
魔素杖を構え、撃つ。
魔素弾が命中し、カラスは四散した。
何だったんだろう。
マリは、額に滲む汗を拭い、大きく息をつく。
そして、イルダの肩を乱暴に掴むと言った。
「戻るわよ。」
「ええ。
えっ、戻るって、何処へ?」
ショック状態なのか、イルダの返事はトンチンカンなものだった。
「みんなの所に決まってるでしょ。」
マリは、イライラしながら答える。
こんな所に、二人だけで一秒足りと居たくなかった。
マリは、未だ反応の鈍いイルダを引きずるように小隊のいる方へ歩いて行った。
地面にはカラスの頭だけが転がっていた。
首から下はない。本当に頭だけだ。
空虚な瞳が、去っていく二人の人間を捉えていた。
クチバシが開き、去り行く人間に威嚇の声を上げる。
だが、声帯がないので声にはならない。
クチバシが開き、閉じる、それだけの動きだった。
カラスの頭はクチバシを開き、閉じる。
何度も、何度も繰り返していた。
***** サーティンズ クロニクルですわ *****
ケンダの町の中心に位置する大広場に、パジャはいた。
目の前には大量の物資が山積みになっている。
パジャは、荷を確認しながら書類にチェックを入れていた。
彼女が配属している補給大隊は、師団直下で軍需物資の調達、管理、輸送を担当している。三度の食事の調理も任務の一つだ。
通常、補給中隊一つで戦闘大隊を担当する事になっていた。
パジャは中隊の第3小隊の小隊長を任じられている。
第1 、第2小隊は運搬を、第3小隊は資材の管理と警護、第4小隊は調理を担当する。
大隊全員で600人居るので調理に一小隊あてがわれている。
今は、第3小隊から第4小隊への夕食の資材の受け渡しの最終確認をしていた。
「チェック終わり。」
書類にサインをして担当者に渡そうとして、怪訝そうな表現になる。
「あら、ラナ少尉は居られないのですか?」
「はい、少尉は中隊長と一緒に、大隊長の所に行ってます。
なので、わたしが代わりに資材の受け取りに来ました。」
「そうなのですか。
では、ここにサインして下さいな。」
「何でも第3、第4中隊で病人が出ている見たいです。
で、食中毒じゃないかってクレームが来たんてすよ。
そしたら、うちの小隊長がカンカンになって中隊長を連れて大隊長にねじ込みに行ってるんです。」
書類にサインをしながら、軍曹はそう言う。
「あら、あら、大変ねぇ。
わたくしの部隊も、お昼いただきましたが、特になにもありませんですね。」
「もちろんです。
衛生には気を使ってますから。」
「それでは、お夕食の方も宜しくお願いします。
ああ、後、携行食料の準備はどうでしょうか?」
「順調ですよ。
後、2、3時間で終わります。」
「そうですか。終わったら第1小隊に連絡してください。」
「了解しました。」
最後に互いに敬礼し、受け渡しの作業を完了させる。
「んー。」
軍曹を見送りながら、パジャは軽く伸びをする。
これにてシフト交代になる。
予定では、2時間程でバンナ達が到着する。
軽く休憩を入れて、携行食料の支給の時にちょっと顔を出してみようか、とパジャは思いを巡らした。
「ああ、わかった。
貴官のいいたい事は分かる。
なにも決めつけているわけではない。
ただ、念のため確認だったのだ。」
アリス・ファーガソン大尉は辟易しながら答える。
突然現れた補給部隊の中隊長と小隊長にも面食らったが、ラナ少尉と名乗る士官から、延々と食中毒疑惑の抗議を聴かされる事になろうとは思いもよらなかった。
配下の中隊で、嘔吐、発熱等の病人が少なからず出た、と聞いたので事実を確認するよう命じただけなのだが・・・
一体、どういう確認をしたのか、後で聞いて見ようと思いながらアリスはこの場をおさめる事に終始した。
ラナ少尉も言いたい事を言って気が済んだのか、それ以上粘る事はなかった。
分かってもらえばよいのです。
それがラナ少尉の最後の言葉だった。
二人が去って、ホッとしているところに副官が入って来た。
「第3中隊第2小隊のカナレ准尉から、救援依頼がきてます。」
今度はなんだ、とアリス大尉は思わず言ってしまった。
「小隊に発病者多数で行動不能、救援乞う。とのことです。」
「なぜ、中隊内で処理しない?」
「中隊長と連絡がとれないそうです。」
「連絡が取れない?」
「はい、昼過ぎからの定時連絡が取れていません。」
「そんな報告は受けてない。」
「すみません。
現在、状況確認中でして、報告が遅れていました。」
ふむ、と唸り、アリスは考える。
「第3小隊に第2小隊の救援をさせて。
大隊の治療士も支援に向かわせなさい。
第1中隊から一班抽出して、護衛につけて。
第2中隊の第4小隊には同第1小隊の状況を確認させなさい。」
副官が去り、ようやく一人になれたアリスは、ため息をつく。
何か、得体の知れない事が進行している。
そんな不安が心をよぎった。
***** サーティンズ クロニクル *****
「了解。すぐにいく。」
目の前の箱に向かってバンナは話しかける。
箱は奥行き50センチ、高さ50センチの扇状をしている。
扇の最大幅も、やはり50センチ位、扇の付け根の所に回転式のレバーがついている。
名前を導話機と言う。
魔法の力で、扇の先端の空間を別の導話機の空間に重ねている。
これにより空間が重なっている導話機は、遠く離れていても話ができる。
バンナが使っている導話機は中隊用の携帯型で、扇の先端に四つの異なる空間が存在する。
一つは直属の大隊指令部、残りの三つは同じ中隊の各小隊の導話機につながっている。
回転レバーで話せる空間を変える事ができる。
今は、第2小隊、つまり、カナレの部隊とつながっていた。
大隊指令部から第2小隊救援の指令を受け、バンナはすぐにカナレに連絡を入れたのだ。
導話機に出たカナレの声は切迫していた。
状況を確認すると、小隊の殆どが、体調を崩し、自力で動けないとのことだ。
カナレを含めて、動けるのは四人だと言う。
後は嘔吐、頭痛、悪寒、倦怠感に苦しんでいるようだ。
症状を聞くだけだと単なる風邪のようにも聞こえるが、数時間の間に次々と倒れたと言う。
そして、もう一つ。
全身に赤紫の斑点が浮き出ている、とのことだ。
何かの伝染病か?
と疑うが、その様な症状の病気を聞いたことはなかった。
もちろん、バンナは医者ではないので、確かな事はわからない。
「ね、どうしたらいいの?
このままじゃ、みんな、死んじゃうかも。」
「心配いらない。すぐ、合流する。」
泣きそうな声のカナレを励ます。
心配ないと言ってはみたが根拠が有るわけではない。
バンナにしろ、カナレにしろ、病気は専門外だ。
正直、やれることは殆どない。
取り敢えず、通話を打ち切ると、小隊に移動の指示をだす。
大体の位置は確認出来ているので30分程で合流できるだろう。
移動を開始してすぐに軍曹が寄って来た。
「准尉。イルダの調子がよくないです。」
軍曹は、そう言った。
軍曹の話だと、急に体調が悪くなり悪寒、発熱で歩くこともままならないとの事だ。
他に体調を崩しているものはいないか、質問をしたが答えは無しだった。
「イルダの班と衛生士を一人残して、小隊は第2小隊との合流を優先する。
イルダの方は自分がみる。
軍曹、小隊の指揮をとって先行してくれ。」
指示を出して、イルダの様子を見に行く。
イルダは、地面に寝かされていた。
土気色の顔色で、苦し気に息をしている。いかにも調子が悪そうだった。
傍らで脈等を取っている衛生士に話を聞くが確かな事はわからない。衛生士は初歩的な応急処置の訓練を受けただけなので、余り期待は出来ない。中隊付の治療士に見てもらわないと効果の期待できる治療は望めないだろう。
ふと、イルダの左手に目が止まり、驚く。
左手は赤紫に変色していた。
「酷いな。何が起こってる?」
治療士が困惑気味に答える。
「組織が一部、腐りかけているようにみえます。
原因は・・・、分かりません。
細菌によるものなら症状の進行が早過ぎます。
蛇の毒にやられると似た症状を示しますが、咬まれてはいないようです。」
バンナは、そうなのか、と周囲の人間に目で問いかける。
「蛇に咬まれてはいません。
ただ、・・・」
と、マリが、おずおずと答える。
「ただ、カラスに襲われました。」
「カラス?」
「はい、突然、カラスが襲って来たのです。
イルダが、手を突っつかれました。
ただ、その時は、ちょっと血が滲んだ位で大した事はなかったんです。」
カラスについばまれたならその程度だろうとバンナも思う。
だが、嘔吐、発熱、患部の変色。
それは、カナレの部隊で起きている事と同じでは無いかとバンナは思う。
「みんなでイルダをケンダの町に搬送してくれ。
そこで中隊の治療士に見てもらおう。
中隊には、こちらから連絡を入れておく。」
そう言ってから、バンナはミランダ衛生士にこっそり耳打ちをする。
「伝染病の可能性がある。
出来る限りの防疫処置をしてくれ。」
ミランダが黙って頷くのを見届けると、バンナは小隊に追い付くべく走り出した。
マルシア少尉は双眼鏡で迷彩服の人影が歩いているのを認めた。
服装から自分と同じ陸軍であることは間違いない。
そして、今この付近にいる陸軍の人間は第1小隊しか考えられない。
双眼鏡には、すぐ横や後ろにも歩く人影が確認できる。
数を数えていないが恐らくは小隊で移動中なのだろう。
ケンダの町に向かっているようだ。
マルシアは安堵の吐息を洩らす。
中隊から第1小隊捜索の指示がきた時は途方にくれた。
導話機で呼び掛けても応答もなく、第1小隊の行軍計画からいる場所を推定するしかなかった。
それでも、推定範囲が広すぎたので班単位で散開して探していたのだ。
発見の発煙筒を焚くよう指示する。
これで、散開しているみんなも集まってくるだろう。
安心すると、今度は怒りが込み上げて来た。
たかだか、行軍演習ごときで何をしているのか?
その怒りが、前方の人影への歩調を早める結果になった。
しかし、マルシアの早足は長くは続かなかった。
近づくにつれ、違和感が感じられたからだ。
歩くのを止めて、何度か双眼鏡で相手を確認する。
違和感の正体がなんなのか考える。
先ず、隊としての統率感が感じられなかった。
複数の人間が同じ方向に歩いているのに、横隊でも縦隊でもない、密集隊形でもない、なんというか無関係な人の塊という表現が一番しっくりきた。
そして、歩き方。
よたよたと今にも倒れそうな感じて歩いている。
第2小隊で体調不良者が多数出ていると聞いているので、或いは第1小隊もそうなのかと思うが、では、何故、連絡がないのか?
また、もし体調不良の中、懸命に歩いているというのなら、互いに助け合いながら歩くのではないだろうか?
だか、マルシアの目に映る彼女達は、てんでバラバラに歩いており、助け合おうという意志が全く感じられなかった。
十数メートルのところまで接近したところでマルシアは、ついに歩くのを止めてしまった。
接近してくる集団が異様だったからだ。
目は虚ろ。口も呆けたようにぽかんと開けている。中にはダランと舌を出した者もいる。
顔色も尋常ではなかった。土気色を通り越して、赤黒い、または赤紫に変色している。
病人というより、死人のようだ。
「止まれ!」
マルシアは大声で叫ぶ。
だが、目の前の人の群れは何の反応も示さず、よたよたと歩き続ける。
「止まりなさい!
責任者は、どこにいますか?
状況を説明しなさい。」
もう一度叫んだが、やはり、反応はない。
ジリジリと距離だけが詰まっていく。
左右に待機する部下達が、チラチラとマルシアを見てくる。
皆、今のこの状況が異常であると感じているのだ。
「構え!」
マルシアの指示で5人の部下が一斉に魔素杖を構える。
「止まりなさい。
それ以上近づくなら発砲します。」
マルシアの5、6 メートル前迄来ていた一人が歩みを止める。
止まるのか、と思った。
しかし、それは、突然、逆に突っ込んで来た。
「射て。」
魔素杖が一斉に火を噴く。
突っ込んできた者は魔素弾を受け、地面に倒れる。
だが、それだけだ。
魔素杖も、それに倒された者の事も、誰も気にしていない。
他の者達は、マルシア達の方へよたよたと歩いてくる。
それだけでも異常な光景だが、マルシア達に息を飲ませたのは、魔素弾で倒された者が起き上がろうとしている事だった。
魔素弾を5発も受けて、立てる、いや、生きている筈がないのだ。
だが、それは立ち上がる。
そして、唸り声を上げて、再び襲いかかって来た。
今度は、同じように近づいて来ていた数人も突進に加わる。
再び、魔素杖が火を噴くが、今度は数が多い。
魔素弾をかいくぐった一人がマルシアに猛烈なタックルをかける。
堪えきれずマルシアは地面に倒される。
背中をしたたかにうちつけて息が止まる。
が、怯んでいる暇はなかった。口を開け、歯を剥き出しにして噛みつきに来るのを両手で懸命に防ぐ。
口から膿汁を思わせる緑がかった唾液がしたたりマルシアの頬を汚す。
マルシアは渾身の力で体勢をひっくり返す。
攻守逆転。
マルシアはマウント状態から二度、三度と相手の顔面を殴りつける。
が、相手は痛みを感じ無いようで、両手を振り回しマルシアを掴もうと足掻いてくる。
埒があかないと判断するとマルシアは立ち上がる。
周囲を素早くみる。
周りでは地獄絵図が展開されていた。
仲間は一人残らず地面に引き倒されている。
助けようにも、多勢に無勢。手の施し様がなかった。
背後から誰かがのし掛かって来る。
反射的に肘を食らわせ、上体を捻り、投げ飛ばす。
と同時に右肩に激痛が走る。
肩に噛みつかれていたようで、強引に投げ飛ばした拍子に肩の肉を噛み千切られたのだ。
傷の具合を確かめる暇もなく、今度は、ふくろはぎに痛みが走る。
見ると、最初の奴が足に噛みついている。
蹴ろうとしたところを、正面から新手が突進して来る。
避ける事もできず、マルシアは再び地面に押し倒された。
地面に倒され、ワラワラと三人、四人と群がられて、あっというまに身動きが取れなくなる。
マルシアが最後に思ったのは、自分の喉笛に噛みつこうとするのが自分達の小隊長だと言うことだった。
2017/01/29 誤記訂正
逆にと突っ込んで来た。>逆に突っ込んで来た。
2017/01/30 記述変更
中隊の治療士>大隊の治療士
2017/02/11 章構成にして、サブタイトルを変更しました。