4 時空 VS 呪い second stage
「第三大隊 損耗率50」
・・・「第三大隊 損耗率70」
・・・ ・・・「第三大隊 損耗率80」
オペレーターの冷酷な声が響く。
「空軍に連絡を。
爆撃機の出撃要請。ターゲット1の座標を伝えて。」
ミュゼはかすれた声で命令する。
「爆撃機要請。」
「第三大隊戦闘継続不能。」
「第四大隊より連絡。
我、攻撃されり。」
ミュゼは空を仰ぐ。
「砲撃開始してどのくらいですか?」
「およそ15分です。」
「第四大隊 損耗率10・・・30・・・50・・・70」
ミュゼは目を閉じ、じっとオペレーターの声を聞いていた。
「攻撃停止。
第四大隊への攻撃停止しました。」
ミュゼは目を開く。
「攻撃が停止した?」
「はい。停止しました。」
「ホークアイにターゲット1の状況を確認させなさい。」
「了解。
ホークアイ、ホークアイ。
こちらハンマーヘッド。
ターゲット1の状況を確認されたし。
こちらハンマーヘッド。聞こえますか?回答をお願いします。」
ホークアイから送られてきていた映像が不意に途切れる。
それはホークアイが撃墜されたことを意味する。
ジェシカからの反撃が止み、ホークアイが撃墜されたとするば考えられるのは一つしかない。それをミュゼは瞬時に理解する。
「作戦中止。
直ちに撤収シーケンスに移行。」
ミュゼが撤退の命令を発するのとジェシカが司令部に姿を現したのは、ほぼ同時だった。
司令部にいた者、全員が突然の乱入者に目を奪われる。
側にいた二人の警備員が反射的に魔導杖を撃つ。
「ぎゃ。」
警備員は弾かれ昏倒する。
ジェシカは取り立てて何をしたわけではない。
時空結界で反射された魔導杖をくらっただけ。いわば自滅だ。
ジェシカは少し小首をかしげ、興味深そうに辺りを見回す。
「その女に構うな。
全員、直ちに逃げなさい。」
ミュゼはその場の全員に命令する。
と、ジェシカの視線がミュゼに注がれる。
「主が首魁かの?」
「首魁?
まあ、この場の責任者と言う意味なら、そうですね。」
ジェシカはミュゼを頭の先から爪先まで値踏みをするように眺める。
「主は魔女かえ?」
「魔女、と呼ばれる程、御大層な者ではありません。」
「はっ。
とぼけた事を言うな。
見れば分かるぞ。サーティーンズなのだろう。
名を聞いておこう。」
「名前ですか。」
ミュゼはわざと噛み締めるように答えながら、周囲に目を走らせる。
オペレーター達は、さっきの命令で蜘蛛の子を散らすように逃げ出していた。安全圏とは言えないが、事を始めるところまでは離れてくれている。
「貴女に名乗る名はありませんよ。」
ミュゼは瞳を凝らし魅了の邪眼を発動させる。
目さえ合えば相手がどこに居ようと関係なく相手の心に刺さる呪い。時空結界さえ貫通できる。
忽然とジェシカが消える。
(くっ!)
ミュゼは内心、舌打ちする。
呪いが発動する前に視線を切られた。
「剣呑、剣呑。」
右手に現れたジェシカに顔を向けるが、再び、ジェシカの姿が消える。
「呪いの司の者か。」
今度は後ろから声が聞こえる。
振り向くと鳩尾に重い衝撃を受ける。
「かはっ。」
激痛に息を詰まらせ、ミュゼは膝をつく。
「邪眼に捉えられたら面倒じゃが、果たして、主に妾を捉えられるかな。」
今度は左から声が聞こえて来る。
反射的に前に身を投げる。
何が通りすぎるのを背中に感じつつ、ミュゼは体勢を整える。
(とにかく動かないと殺られる。)
「はあぁー。」
ミュゼは意識を集中させる。
すると、ミュゼの下半身に驚くべき変化が起きる。
両足がぼこぼこと膨れ、伸びる。
皮膚が黒ずみ光沢を帯びたチキン質に変質し、さらに両の脚がくっつき一つの扁平な塊となる。
塊の横から無数の突起が現れ、地面に爪をたてる。
それは上半身が人間、下半身はムカデという異形な姿であった。
無数の脚がワサワサと動きミュゼは高速で移動を始める。
ミュゼは移動しながら右に左にとジェシカの姿を追う。
「凄い。
蟲化の呪いを自らにかけたか。
呪いをそのように使う者を見たのは初めてじゃ。」
ジェシカが感心したように呟く。
ミュゼはすかさず声の方に目を向ける。
視界に一瞬捉えるが、ジェシカもすぐに転移する。
置き土産とばかりに転移する間際に空間弾を放つ。
ミュゼも空間弾を体を倒して避ける。
上半身を寝かせれば、ムカデ化した体の高さは30センチに満たない。
空間弾はミュゼの上を空しく通過する。
「ちょこまかと動きやる。
面倒くさいやつ。」
「それは、こちらのセリフよ。」
空間弾を避けながら何とかジェシカを視界に捉えたいミュゼと、視線を避けながら空間弾を放つジェシカの奇妙な鬼ごっこが暫く続く。
「これならどうじゃ。」
地面に黒い影が複数現れる。
ミュゼが空を見上げると直径10メートルはある巨石が空中に浮かんでいた。
それも何十という数だ。
それが一斉にミュゼめがけて落下してくる。
前に逃げる。
間髪、背後に巨石が落ちる。
走りながら次々と落ちてくる巨石を避ける。
避けながらミュゼは内心焦る。
ジェシカが自分を石で潰そうと本気で考えていない事を充分理解していたからだ。
ジェシカの本当の目的は自分の逃場を無くすことだ。
現に右に、右に、と緩やかな螺旋を描いて逃げていた。
このままではすぐに逃げ場がなくなる。
前方を塞ぐように落下してくる巨石。そこに僅かな隙間があるのにミュゼは気づく。
体の幅一つ分あるかないかの僅かな隙間だ。
目測を誤れば石に潰される。
だが、例えそうであってもこのままではいずれ逃げ場を失い、どちらにしても石に潰される。
ならば、一か八か、隙間を抜ける道を選ぶ。
ミュゼは体を加速させた。
落下してくる二つの巨石。
一瞬が永遠に感じられる中、ミュゼは歯を食いしばって走る。
少しでも迷えば軌道が歪み巨石に潰されるだろう。
両脇腹に伝わってくる地響きと轟音。視界を遮る土煙りの中をミュゼは走り抜けた。
(抜けた。)
ほっとした次の瞬間、不意に体が鉛のように重くなる。
ミュゼは自分の迂闊さを呪う。
隙間の先に超重の魔法を仕掛けられていたのだ。
地面に体を押し付けられ、ミュゼの速度はガクンと落ちる。
「くあっ。」
更に追い討ちをかけるように先の尖った槍のような岩が現れ、ミュゼの下半身を刺し貫いた。
「きゃ。」
「あぅ。」
「かはっ。」
身動きの取れなくなったミュゼに無数の空間弾が容赦なく撃ち込まれる。
避けることも出来ずまともに空間弾に打ちのめされミュゼは地面に倒れこむ。
「なかなか楽しませてもらった。」
勝ち誇ったようにミュゼの傍らにジェシカがたつ。
ミュゼは最後の力を振り絞り、ジェシカの方へ顔を向けようとするが、そのミュゼの後頭部をジェシカは踏みつける。
「頑張るのぉ。敬服するぞぇ。
その頑張りに敬意を示し、このまま頭を踏み抜いて楽にしてやる。
何か言っておきたいことはあるかえ?」
「地獄に堕ちろ。」
「あははは。先に行って待っておれ。」
ジェシカは凶悪な表情を見せるとミュゼの頭を踏み抜く。
暫く、面白そうにケタケタと笑っていたが、不意に笑うのを止める。ミュゼの死体に視線を投げ掛け、次いで周囲へと視線を泳がせる。
そして、裾の埃を払うとどこかへ転移した。
2017/06/18 初稿
次話投稿は6月25日を予定しています。