1 アリシア・ラチューン
投稿遅れました。
申し訳あをません。
「あいた、あいたたた。」
あごの傷をカンナに消毒してもらっているファラが声をあげる。
「静かにしなさい。大した怪我じゃないんだから。
ほら、あなたもよ、ラナ。」
ファラに、そして、小さな呻き声を漏らしているラナにマリア・ライラネンが冷たくいい放つ。
「腕を一本切られたのが大した怪我じゃないと?」
ラナ・プロミネンはしかめっ面で反論する。
「ちゃんとくっつけたでしょ。」
マリアはつけたばかりのラナの腕を撫でながら答える。
「どう、動くかしら?」
「うん、まだちょっと筋が張る感じがするけど問題ないわ。」
ラナの言葉に満足そうに微笑むとマリアはため息混じりに言う。
「この祖母にしてこの孫有りね。
一日で二人とも同じ相手に殺されそうになるとか。
プロミネンの人間は馬鹿なの?」
「勇敢と言って欲しいわね。」
「勝てもしない相手に突っかかって行くのを勇敢とは言わないわ。」
「長い人生そう言うことをしなきゃならない時も有るのよ。」
「例えそうだとしても時と場所は選ぶべきね。
あなたのお孫さんにもよく言って聞かせておいて。」
マリアは満面の笑みを浮かべると去っていった。
「そもそも、突っかかってきたのはあっちよ。」
「突っかかってきたのはあっちのほうだ。」
ラナとファラはほぼ、同時にマリアの後ろ姿に呟く。
そのあまりのシンクロにバンナは失笑する。
「いや、いや。
ラナさんはともかく、ファラの場合は間違いなくお前の方が突っかかって行ってたぞ。」
「いいんだよ、そんな細かい事は。
それより、なんなんだあの反則女。
こっちの攻撃が全く当たらない。
ブロックされるのならわかるけど、あのスカリ感はワケわかんない。どうやったんだ。」
「時空結界だな。周辺の空間を全く別の空間にくっつける結界だ。
つまり、ジェシカへの攻撃はどこか知らない空間へ転移させられている。勿論、攻撃してきた相手に返すこともできるんだろうな。
蛇縛結界は完全にしてやられた。」
「なんにしたって高位結界だろ。
魔素消費多そうなのに何であんなにいつまでも張ってられるんだ?」
「そこのところはよくわからないな。」
ファラの疑問はもっともだった。
「それは多分、自律型結界だと思います。」
突然の背後からの声にバンナとファラは同時に振り返る。
そこには二人の女性が立っていた。
一人はカトリ。
そして、もう一人はアリシア・ラチューン。
ラチューン家を継ぐ者だった。
「え、アリシアさん、何でここに?」
「わたしが呼んだのですよ。今、ジェシカの情報を集めているのよ。アリシアの知っている話もそのひとつよ。」
「私の生まれる前の話なので余り大した話は出来ないのですけどね。」
アリシアは少し困った顔をする。
「いえ、面白い話を聞かせてもらったわ。
ラナ、これから会議よ。一緒に来て。
アリシア、バンナ達はもう帰りなさい。」
カトリとラナが部屋から出ていって、後にはバンナ達四人が残る。
「で、さっきの自律型結界ってのはなんだ?」
「メインになる結界の前にセンシング用の結界を展開して置いてそれに引っ掛かったらメインの時空結界を発動させるやり方ですよ。」
「そんな複雑な事が出来るのかよ。」
ファラは、うんざりしたような表情になる。
「時空魔術は空間と時間の制御は得意なので一度術式が組めれば後は自動で出来るんですよ。
他の属性だと難しいでしょうね。
まあ、時空魔法師なら誰でも出来るわけではないです。
わたしは出来ません。
時空魔法師で実際にやったのが確認できてるのはジェシカだけです。後はもう、言い伝えや伝説上の人物です。」
「え?
ジェシカも伝説上の人物じゃないの?」
ファラはキョトンとした顔で言う。
「おい!
まさか、ジェシカをお話か何かの登場人物だと思っていたのか?」
「思ってた。
・・・違うの?」
「あはは、ファラっちらしいねー。」
「ふふふ、ジェシカ・ラチューンは実在の人ですよ。
今から100年ほど前の人で、私の祖母の姉にあたります。
当代きって、いえ、恐らく、時空魔導師歴代最強と云われている大魔女です。
そして、ジェシカ動乱を起こした張本人で、歴代最凶とも狂乱のジェシカとも云われています。」
「大丈夫か、ゼファー魔法院卒業生。
歴史とか養生訓で教えられたろ。」
バンナは呆れたように言う。
「歴史とか寝てたから。
狂乱のジェシカの養生訓もなー。
なんか嘘臭くて真剣に聞いてなかった。
ジェシカが自分の力に溺れて何でも自分の思い通りにしようとして当時の評議会と衝突したって奴だろ。
なんか、取ってつけたみたいな話で、あたしにはしっくり来なかった。
北の守りをもっと手厚くしろというのが受け入れられなかったとか、好きだった男を助けようとしたが評議会からは見捨てろ命令がでて見捨てたと、なんかなー。
そんなことで、ブチキレて評議会に喧嘩売るかね。
最後は、止めようとした家族を皆殺しにしたんだろ。
なんか冷酷なのか、情に篤いのかわかんない。
あ、すいません。アリシアさんのおばあ様も犠牲になったんですよね。」
ファラは、口を押さえてアリシアを見る。アリシアは気にするなと笑みを浮かべる。
「当時、祖母は10歳でしたので闘いには参加していません。
曾祖母、つまり、祖母の母や祖母の姉たちがジェシカを抑えるためにジェシカと戦いました。それは、ジェシカにとっても母や姉妹との戦いだったはずです。
その決戦の場所が丁度、テューラ砦の有るところです。」
「でもさ、そこでジェシカは倒されたんだろ。
だったら、あの女がジェシカってのはおかしいじゃないか。」
「正確に言うのなら、ジェシカは倒せていないのです。
ジェシカの力は、彼女を除くラチューン家の総力をも凌いでいたのです。最終的には、ジェシカを時空の彼方に転移させるという方法を取ったそうです。」
「時空の彼方ってどこ?」
パジャの質問にアリシアは悲しそうな顔をして、首を横に振る。
「分かりません。
転移先を決めれる程の余裕は有りませんでした。
私たちとは違う世界なのか、過去なのか、未来なのか。
誰にも分かりません。この戦いに関わったラチューンの人間は、ジェシカも含め全滅しました。」
「戻ってこれない遠くへと願いをこめたけどそんなに遠くへ送れなかったのかもしれない。
或いは、転移された所から戻って来たのかも。
それとももっと単純な話で、送った先が100年ほど未来だったのかもしれない。」
とバンナが言う。
「いや、いや。待った。
あれがジェシカの名前を騙った偽物って可能性はないのか?」
「ないわけではないが、あの女の人相は記録に残っていたものと同じみたいだ。
それに問題なのはジェシカであるとか、ないとかではない。
問題なのは、あの女の時空魔法は本物で、俺たちを殺す気満々ということだ。」
「まあね。何であいつ、さっきの戦いであたし達を殺しにかからなかったんだろ。」
「恐らくは誓約の言霊に守られたんだ。」
「誓約の言霊?」
「そう。
ジェシカは最初、評議会に乱入したらしい。
そこでテューラ砦から100年前のやり直しをすると誓約を結んだんだとさ。
だから、俺たちの戦いは誓約に抵触してた可能性が高い。
ジェシカは誓約の言霊の力で、まず、テューラに戻る義務が発生しているんだ。それをしない内にアーデレで暴れると誓約違反になる。
平たく言うとあの戦闘で俺達の誰かが死んでいたら、ジェシカは誓約違反で死んでた。
ま、ピンチと思っていたのが、実はジェシカを倒す最大のチャンスだったわけだ。」
「ああ、だから、あいつあんな妙な事言ってたんだな。」
ファラは、去り際のジェシカの言葉を思い出していた。
「つまり、次が真剣勝負って事だな。」
「おい!
まだ、あいつと戦うつもりなのか?」
「あ?
あったり前だろ!
お前は、尻尾巻いて逃げるつもりじゃないだろうな?」
「違う。
今回の話は、既に国政レベルの話になってるって事だよ。
ジェシカと戦う、戦わないを俺達が勝手に決めれる話じゃないんだ。
そんなことも分からないのか?」
「分からんね。要は倒せばいいんだろ。」
ファラの言葉にバンナは鼻で笑う。
「倒すってどうやってだ?
全く歯が立たなかったじゃないか。」
「うっさい!
それは・・・、それはこれから考えるんだよ。
だから、一緒に考えろ!」
ファラは机をバンと叩く。
「無茶苦茶な事を言うな。
子供か?
お前は?」
二人は睨み合い、嫌な空気が漂いだす。
「まあ、まあ。
テューラからアーデレまで歩くとなると1週間位かかりますからね。時間はそれなりに有りそうですよ。
なので、今日はジェシカさんのことは忘れてゆっくりしませんか?
」
パジャがほんわか感を演出しつつ妥協案を提示してきた。
しばしの気まずい沈黙の後、バンナは小さく頷く。
少し遅れてファラも頭をくしゃりと撫で、答えた。
「まーいいか。今日の所は。
だけどな、パジャ。」
「はい?」
「敵を『さん』付けするのは勘弁してくれ。」
ファラは脱力しながら呟いた。
201p/05/28 初稿
次話投稿は6月4日を予定しております。