17:ナイショの相談・美咲 妹
「珍しいよね、男子高校生でそんな風って。普通は、もっと突っ張るものじゃない? たとえば、あのアマドール君みたいに」
「まぁそうかもしれませんけど……でもっ!」
「一歩ひいて相手を立てるようなところといい、しゃべり方だけなら私より女の子らしいんじゃないの君。まぁ見た目は、そう簡単に負けないけどね」
「あの、僕の話聞いてくれてますか?」
「聞いてるよ。でも、挿絵があるわけじゃないんだから。ぶっちゃけ、君が女装したところで、言わなきゃ誰も気づかないよね。叙述トリックってやつ?」
「だから、女装も除草も男割り! ……じゃなくて、お断りなんですってば!」
「女装したら目立っちゃって、影が薄いのも治ったりして~?」
「嫌ですよそんな目立ち方! 僕は男であることを捨てたくないんです! 当たり前です!」
「そっかー。でも、影の薄い男のままでいるか、女装しても目立つか。どちらか選ばないと殺すって言われたらどうする?」
「影の薄い男でいいです」
(まぁ、現状維持だし……)
「へー、カッコイイ~。ああ。でも。女装までしても、影が薄いのが治らなかったら、ものすごい精神的ダメージよね。やっぱりやめたほうがいいか。……あ、ごめんなさい。影が薄いのは本当に悩んでるんだったっけ、ごめんね茶化しちゃって」
「い、いえ、別に……」
(言いたい放題言われたあとで、軽く謝られてもなぁ)
――と理屈では思っていても、居留守は別に不満な顔をすることもない。ただ苦笑いするだけだ。むしろ美咲の気持ちのいい笑顔につられて、さっきから頬が緩み気味だった。
彼のように、女子との交流経験の浅い男子にしてみれば、美咲のような美少女と二人きりでお話できているというだけで、もうお腹いっぱい。文句がつくはずもないのだ。
居留守の女子耐性は、そんな脆弱なレベルだった。
「あ、そういえば風車動いた?」
「ずいぶん唐突ですね……。ちっとも動きませんでしたよ。せいぜい一瞬、目の錯覚で一ミリくらい動いた気がした程度ですか」
「そっか、ザンネン。まぁ一回目だし、気にしない気にしない。私も、こういうエネルギー系統の超能力はてんでダメなんだ。透視とか、情報・知覚系統のはけっこう得意なんだけどね。まぁ、次もいろいろ試してみよう? ね」
「はいっ!」
「うん、元気が良くてよろしい!」
(いや~、今日はいろいろ刺激的だったけど、面白かったなぁ……やっぱり美咲さんて、超良い女の子じゃん! 顔も可愛いし……何がカルト宗教の勧誘員だよ、ないない、ありえないっ!)
居留守は、ルンルン気分で家路に着いた。
今日の美咲は、黙って録音したり、変な雑談をしたりと、別に「性格が良い」要素はさしてなかった。
だが。
ただ顔が良く、美少女で、スタイルが悪くなく、そして笑顔で居留守に話しかけ、そんでもって居留守の存在を認識してくれていた、という程度。それだけで、居留守の中では「良い女の子」認定されてしまうのだった。
「あっ、そーだ。明日美咲さんに、FACEtalk友達登録お願いしてみよ~っと!」
居留守は、にこにこしながらでかい声で独り言を言った。
……電車の中なのに。
「――というわけで、今日は妹の携帯電話捜索をお願いしに来たんです。美咲先生、よろしくお願いします! ほら、るぅちゃんも」
「だから、人前でその呼び方やめろっつーの、バカ兄貴!」
妹のるぅは、不満げな顔を崩さなかった。が、彼女のパツキン後頭部に触れ、居留守は頭を下げさせる。
場所は、オカルト研究部部室。
時は、放課後。
樽内兄妹が頭を下げた先には、オカルト研究部員にしてマジックが趣味の超能力者・天橋美咲の姿があった。
美咲は脚を組み、足先を得意げにぶんぶん上下させている。
(自慢げな美咲さんも、子どもっぽくて可愛いな……)
居留守は眼福とばかりに美咲の整った顔をガン見していた。が、美咲もるぅも、それに気づくことはなかった。
「あー、だから妹さんもいっしょに来たのね。ふふっ、良いよ。自分の力を人助けに使うのは、自分自身の修行にもつながるからね」
「あ、そうなんですか?」
「そうよ。超能力っていうのはね、精神性が発達して、愛と知性と調和に満ち溢れていなければ使えないの! 人助けすることで、それが増進されるのよ。つまり、君の妹さんを助けることで、私はもっともっと内面も美少女になれるってことね!」
美咲は、ぱちぱちっとチャーミングなウインクをした。確かに、外面が美少女であることは誰も否定しようがない。
美咲のテンションについていけないるぅは、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていたが。
「さすがです、美咲さん!」
「ふふんっ、まあね。あ、よろしくね樽内さん。……いや、これだと、お兄さんと聞き分けがつかないかな? よろしくね、るぅちゃん?」
「あ、はい……よろしく、お願いします」
るぅは珍しく、しおらしい挨拶をした。なぜか、居留守が感動していた。
(るぅちゃんが、まるでまともな中学生みたいだぁ……!)
そして、るぅは事の顛末を美咲に説明する。
「……で、昨日一日探したんですけど、見つからなかったんです。ちょっと……スマホとか、あんまり友達やカレシに見られたくなくて、相談できなくって。でも、そしたら、兄貴が天橋先輩のことを教えてくれたので、来てみました。お願いします……私のスマホを見つけてください!」
金髪のツインテールがバサリ! とほっぺたにあたるくらい、るぅは勢いよく頭を下げた。
「まぁまぁ、そんなにかしこまらないで。そっかー、大変だったね。見つからなかったら、また新しく買わなきゃいけないんだもんね……中学生だったら、友達と連絡できないのもつらいでしょう?」
「……そうなんです」
「絶対見つけるって保証はできないけど、とりあえず私のやり方で最善を尽くしてみるよ。ほかならぬ、居留守くんの妹さんの頼みだしね。それでもいいかな?」
「はい、ありがとうございます、天橋先輩!」
「せ、先輩はむずがゆいなぁ~、もっと言ってもっと! フフフフっ」
いきなり冗談を飛ばす美咲に、るぅも微笑んだ。そしていきなり、二人はどちらからともなく「せっせっせ~、のよいよいよい♪」という手遊びをやりだしていた。
(二人ともテンション高いな……まあでも、仲良くやれそうでよかった。るぅちゃんはやっぱり、根は礼儀正しいんだよなぁ、根は。う~ん、なんで僕にだけああなんだろ……?)
居留守は首を傾げるしかなかった。
「……で、美咲さん。具体的には、どうやって携帯を見つけるんですか?」
「ええっと……まず、るぅちゃん、携帯をなくした時と場所は覚えてないのよね?」
「はい。そうなんです」
「思い出せない? どうしても?」
「……はい」
るぅは自分のこめかみをうねうねと撫で回したが、しかし思い出すのは無理なようだった。
「じゃあ、るぅちゃんの潜在意識を探索することになるね」
「潜在意識?」
「自分で自覚していない意識のことよ。顕在意識のほうで忘れちゃったことでも、実は深いところでは覚えている――なんてことはよくあるんだ。だから、それを覗かせてもらうの。ただ……一つ注意点があってね」
「何ですか?」
るぅは不思議そうに尋ねた。
「私がるぅちゃんと波長を合わせれば、るぅちゃんの頭の中を探索できちゃうんだけど……もしかしたらその過程で、関係ないほかの思考もチラッと見えちゃうかもしれないの」
「えっ……?」
「つまり、それってどういうことですか?」
「もし……他の人に知られたくないこととか、秘密とかがあるんだったら、この方法は勧められないってことよ。それで、どうする? るぅちゃん」
るぅはかなり深刻な表情で黙り込んだ。
「え、何。ずいぶん真剣な顔だねるぅちゃん。まさか、そこまで人に知られたくない事がある……と……!? 」
(いったい、るぅちゃんの秘密って何だろう。ドキドキ……)
居留守はつい、まじまじとるぅを見つめてしまった。妹の思考回路は謎で、もし知れるなら知りたいという欲求がつい出てしまったのだ。
普段なら、るぅは居留守を殴りでもしそうなところ、意外にも黙り込んだ。
「っ……!」
「そ、その反応はまさかっ……本当に大変な秘密が!? なになに!? なんの秘密!?」
「コラッ、居留守くん。女の子の秘密を根掘り葉掘りしちゃあダメだよ? 妹さんのことがかわいいのは分かるけど……」
ビシッ、と居留守の脳天に軽くチョップを見舞う美咲。