16:瞑想&マッサージ・美咲
美咲は、搾り出すようなはかない声で、やっと答えた。
「みっ、美咲さん……美咲さん……!」
「居留守くん、居留守くんっ!」
「みさき……! みさきっ!」
「あぁっ……! いるす! いるすっ!」
ウサギでさえ耳を塞ぎたくなるような、情熱的な呼びかけの中に――
ピピピピピ! ピピピピピ! ピピピピピ! ピピピピピ! ピピピピピ!
――とつぜん、異質な声が混ざった。タイマーだ。
15分間。
本来、瞑想に充てるはずだったその時間。それが過ぎ去ってしまったことを、タイマーは正確に告げてくれた。
まだ、瞑想など一秒もしていなかったのに。
「「……あっ」」
ガタン、と椅子が倒れる。美咲が、弾かれるように立ち上がったのだ。かすかな光しかないままで、二人はお互いにぼやけた顔を見合わせる。
「……あれっ?」
「……えぇっと」
お喋りを続けるのに、二人は息をつかなくてはいけなかった。ラジオ体操のように大げさに深呼吸する。
「はぁ、はぁ……っ」
「すぅ~~っ、ふぅっ……」
「……お、終わっちゃったね」
「……す、過ぎちゃいました」
「……おっおかしいなぁ、瞑想の準備してただけなのに」
「……変ですねー、マッサージをしてただけなんですけど」
「……私、私、居留守くんの緊張した体を揉み解してあげただけよね? それだけよね?」
「……僕は……美咲さんの背中とか肩とかのツボを刺激していただけですよ、それだけです!」
「……私、何も変なこと口走ってないよね? 健全なストレッチ、準備運動、課外活動の範囲におさまってたよね?」
「……僕、へ、変なとこ触れちゃったりしてませんよね? 箇所も目的も強度もお天道様に恥ずかしくないですよね?」
「……あ、あれー? やだなー? 恥ずかしくないのになんで明かり消してるのかしらー? もぅ、恥ずかしいなぁ~!」
美咲がカーテンをまとめると、窓から夕方の斜光が注いだ。
「……う、う~ん? 嫌ですねぇ、やましいことなんてないのになんで鍵かかってるんだろう? つくづく陰謀チックだなぁ」
居留守がうち鍵を外し、部室のドアが開かれた。
「……あぁ~スッキリしたっ! あらっ? なんで私ブレザー脱いでるんだろう、早く着なきゃ!」
「……疲れが吹っ飛びましたねっ! あれっ? なんで僕学ラン脱いでるんだろう、早く着ようっと!」
ゴソゴソと。
いそいそと。
美咲も居留守も、ワイシャツの皺を伸ばす。ずれをただし、乱れを直して、上に服を羽織った。
「……これで変な誤解を受けずに済むね、あーよかった!」
「……これで妙な邪推をされずに済みます、よかったです!」
「「……」」
「……二人なのに、誰も観客がいない一人芝居だったね」
「……二人だけど、内容がひどすぎる三文芝居でしたよ」
居留守と美咲は、マジマジ顔を見合わせてみた。
もはや、夕陽では説明がつかないほどに、二人の顔は真っ赤になっていた。むしろ、こってり茹で上がったタコかエビのような、ひどい有様だった。
「……今日は、瞑想休もうか?」
「……そうですね。休みましょう」
「……あぁ、そうだ。ところで居留守くん」
「……なんでしょう」
ぴぽっ。
美咲がスマートフォンをタップすると、そんな音が響いた。
「……今日の瞑想中に起きたことは、しゃべった言葉は、物音も、すべて録音してあるからね」
「は?」
暗黙の意思疎通が、はじめて途絶える。
「ほら。私クラスになるとね。瞑想して精神を集中しただけで、突然ETとか守護霊とか天使とかの高次元存在と波長が合っちゃって、急にチャネリングがはじまっちゃうことがあるの。だからいつ来ても良いように、いつも録音しているのよ」
「今回は、来てませんよね」
「当然よ。聞いてたでしょ? 私が言ったことはぜんぶ」
「じゃあ、消して下さい」
「ヤダ」
「……な、なんで?」
「なんでもコーデもないの。色々な用途に使えそうな音声データだし、大事にとっておくことにするね。保存用にCDにも焼くことにするよ」
「……いやいやいやっ、なっ、なんで? なんで? なんでぇ!? 消してぇ!?」
涙目でつかみかかる居留守の願いが、かなえられることはなかった。
その濃厚かつ濃密な15分間が終わったあと、居留守と美咲は隣に腰かけた。
「……さて! 気を取り直して、今日は念動力訓練をしてみましょう! この間は透視をやってみたけど、最初のうちは君の適性もよく分からないし。色々試してみるほうがいいよ。やってみるうちに、ピンときて、『これは!』っていう得意分野が見つかるかもしれないしね。見つからないかもしれないけどね」
「はぁ……」
「だいじなのは気の持ちようよ。信じて、居留守くん!」
両手を組み合わせ、聖女のようなポーズを取る美咲。
「百パーセント信じましたっ!」
「それはけっこう。さーて、じゃあ実験用道具はっと……」
(信じれたのは美咲さんの可愛さだけだけどネ!)
目の前に、プレートが置かれた。プレートから針が伸びて、針の先端に簡単な風車のようなものが乗っかっている。
「なんですか、これ?」
「念動力で、この風車を回転させるのよ。イメージしやすいなら、手を翳してもOKよ。ただ手の風圧で回すとか、そういう小学生並みのズルはなしね。さぁ、やりましょう!」
「分かりました、やりましょう!」
約30分後。
結果はさっぱりだった。
居留守はやや飽きて、念の込め方もおざなりになっていた。美咲のほうはもっとひどく、頬杖をついて、指で風車をコロコロ回している。完全に飽きている。さっきから念動力どころか、二人はどうでもいい雑談をしている有様だった。
「……なんだか全然ダメダメね」
「……なんだかまったくヘロヘロですね」
「居留守くん。もう私の言葉を、ちょっと改変して繰り返さなくてもいいのよ? マンガやらラノベやらでよくいる、双子系キャラクターじゃあるまいし」
「失礼しました。でも、なんていうんですかね。美咲さんの台詞を繰り返していると、自分が女の子になったみたいな……というか、自分が美咲さんになれたような気がして、ありえないことですけど、ちょっと面白かったです」
てへへっ、と居留守はこめかみをポリポリ掻いた。
「うわっ……何ソレ。君にそういう趣味があるとは、意外! ……ってほどでもないかなぁ。だって、君、影薄いから除草とかしてもバレなそうじゃない?」
「どこの草を取り除くんデスカっ!?」
居留守は、思わず前かがみになった。
「あ、ミスった。女装とかしてもバレなそうよね。でも女装する過程でどうせ除草するだろうから。考えてみれば、穴ガチ大したミスでもなかったかな?」
「なんだかもっと、致命的な言い間違いを犯してる気がしますけど……」
美咲の話はあまりにも生々しく、考えたこともない話題なので、居留守は答えられなかった。スルーする。
「さすがにそこまでは嫌です……ただでさえ男らしくないのに」
「幸い、口調があんまり男の子っぽくないというか、乱暴さがないからね。居留守くんは。私としては、すごく話しやすいよ」
「そ、そうですか……!?」
居留守は、心変わりの早いことに、「生きてて良かった~!」と思った。