29.救出。
大変お待たせしました。
施設の受け入れは整った。
今夜、救出決行。
今回は3人のハーフの子救出のため潜入するのは精鋭の6人。後方つまり私が待つのは、収容施設から少し離れた敷地内の林に10人。
あれ? 待つ方多くない?
敷地内から出られない隷属契約あるため、直ぐ解除し離脱するためそこで待つ。
時間がものを言う。
それは、私の解除に掛かってる。
何度もシュミレーションしても不安が付きまとう。失敗出来ない。
「――? ――シュ。アーシュ」
「へへい!」
「……大丈夫か?」
恥ずかしい。緊張しておかしな声出た。
「大丈夫です」
「はあ、全く大丈夫じゃないな?」
今、夕食時間が過ぎた頃。
レビンやメンバーと最終打ち合わせ中。
今晩真夜中に出発と聞いて、一気に緊張が高まって考え込んでしまった。
「アーシュ? アーシュがやることは解除と治癒。それだけに集中すればいい。他は何者も近づけさせない。俺が……俺達が必ず守る。一人で奴隷解放してた時より簡単だろ? 仲間もいる」
「あぁ、そうだぞアーシュ様。俺らがついてるから、大丈夫だ」
「そうよ。あのアーシュ様とハーフを助けに行けるなんて……ゾクゾクするわぁ。張り切っちゃう」
わぁ。蛇の姉さんの色気に私もゾクゾクする。
他の皆も俺も俺もと言ってくれる。
ずっと一人でやって来た。
仲間が出来るなんて私も思わなかった。
「あり、がと。みんな」
「ほら、泣くのは終わってからだ。アーシュ」
レビンがニパッと笑って、頭を撫でてくる。
うへへ。
とにかく、私に出来ることをやろう。
「――あれで付き合ってないの?」
「あぁ、レビンが馬鹿だからな」
「最近は、アルムが参戦してる」
「あの視野の狭いお嬢ちゃま? 集落から追い出しても良いけど、アーシュ様がなぁ、望まないからなぁ。しかも逆恨みしそう」
「寧ろ仲良くなりたいって」
「全くアーシュ様の自己犠牲も大概だ。我慢して収まれば良いと思うんだから。何やってんだレビンは」
「馬鹿だから」
「あぁ、馬鹿だからか」
「そうね、馬鹿ね。行方不明の時の2発殴るたけじゃ足りないわ。もぎっちゃおうかしら」
「それだけはやめたげて」
昔からの仲間が容赦なくヒソヒソ話している内容は、私の耳には届かない。
レビンの耳がずっとピクピクしてるのを見てただけ。
その夜、人の身ならば大半が寝静まる時間帯に私達は、人の国にいた。
転移の出来るフィンブルさんと他15名で侵入。
なんて便利な転移。私も出来るようになりたいけど、フィンブルさんは私なんて比べ物にならないくらいの魔力量。
ちょっと過保護な変な人だと思ってたけど、元は何やってたんだろ?
侵入が感知出来ないよう膜を張り、6名が直ぐ行動に移す。
「じゃあ、行ってきまーす」
「直ぐ帰ってくるから、待っててねー」
ノリが軽いな。
どうか無事にと心で思う。
6人の気配は直ぐに消えて、私は収容施設をじっと睨んでいる。あそこにいるんだ。
再び緊張していると、レビンが話し掛けてくる。
「アーシュ?」
「ん?」
「帰ったら何食いたい?」
「は?」
「いや、初救出成功にさ、ご褒美。俺はこの前アーシュが作ってくれた不思議なオジギリとスープが良い」
「オジギリ……叔父切り……ぐふっくっふはっ」
おにぎりが、何故叔父切り?
「違うのか? 物騒な食いもんだと思ったけど」
「おにぎりだよ。ぎゅっとこう握って作るから、おにぎり」
「おにぎりかよ。ずっとオジギリだと思ってた」
「ふふっ、いいよ。皆に作ってしんぜよう」
「おぉ、楽しみだな」
「私も食べたいです。アーシュ様」
「うん。食堂のオバチャンの方が私を凌ぐ腕だけど、いいの?」
「はい」
「じゃ、終わったら作る」
「アーシュのお陰で食堂の種類増えたなぁ。うまいのがどんどん増えて、俺は嬉しい。」
「流石、レビン。好き嫌いないよね」
「おう。アーシュが作るのは何でもうまい」
嬉しい事を。
もっと時間かけて豪華に作ろう。
「ただ、洗剤料理がなぁ」
「洗剤言うな。酢だ、酢」
「どこで使われてるのか分かんなくて、謎だ」
待ってるメンバーで、話していると緊張も溶ける。
ありがとう、皆。私一人で緊張してて、解そうとしてくれるのが分かる。
ただ、レビンよ。
何故いつも食べ物の話題なんだい?
「ありがとう」
「……ああ」
今回、助けるのはハーフの子だけ。
当然目の前の建物には、そのハーフ達を産み出した“親”もいる。
その人達の救助を獣人は望まない。
この実験で使われる薬は、確実に精神を破壊する。生き恥を晒すよりは、死んで大地や森、世界に取り込まれたいと思うのが獣人。
私も精神魔法の解除は出来るが、壊れてしまった心は戻せない。
簡単に言えば、硝子に付いた汚れは洗い流せても、粉々になった硝子をくっつける接着剤が無いのだ。
最初、その人達も助ける気でいたが、獣人の事は、獣人に任せて欲しいと言われた。
人間の私には踏み込めない領域がある。納得は出来ないが、理解は出来るようになれるのだろうか。
『良くも悪くも命に重きを置き過ぎる』
ラス様に言われた言葉がぐるぐるする。
そういう事なんだろう。死よりもそれを上回る多くの何かを彼らは持っている。
だから、人間の奴隷は解放するが、獣人は……潜入する一人が手にしていた毒草を使うのだろう。
「……本当にそれでいいの?」
「捕らえられた獣人か?」
「え? あ、ごめん。一人言」
「良いんだよ。確かに生きられれば生きたいだろう。だが、意思を奪われ親しい者にすら牙や爪を向けるくらいならば、獣人は死を選ぶ。いや、選ばせる。傲慢だが、魂の救いになるからな」
「それもそうけど……」
実行に移す者の心は? それでいいの?
ずっと考えてるけど、何をどうしたら全て救われるのか分からない。根本的な解決は、人間が止めれば良いだけ。でも、それが一番難しい。
「俺達は、死はあまり怖くない。それに仲間のために奮う手は、魂を汚さない」
清々しいほどさっぱり言われ、私も獣人になりたいと思ってしまった。
「……そっか」
「ああ」
私も、そっちに行きたいな。
私も獣人になりたいな。なんで私は。
……ごめん。お父様、お母様。
私がそう思うのはお父様達に失礼よね。
私は、私で良かったと心底思う様に生きれば。
「アーシュは、アーシュのままで良いんだよ」
「えっ?!」
一瞬心を読まれたのかと思った。
「俺達はあんま考えないからなぁ。アーシュみたいに悩んで惜しんでくれると、救われるし、嬉しい。そんだけ惜しんでくれれば、底辺で這いつくばってる奴等も、生きてて無駄じゃなかったって救われる。アーシュがアーシュで、人間で良かったよ」
なんだよ。こんにゃろ。
レビンはいい男だなぁ。
欲しい言葉をくれる人。
いつも救ってくれる人。
だけど、一番欲しい言葉はくれない人。
「ほら、泣くのは終わってからな? ィデッ! 何すんだフィンブル!」
「あ、つい。ほら、そろそろだぞ。アーシュ様も、しゃんとして」
「はい!」
何故かフィンブルさんに叩かれたレビン。
お前が泣かしてるって目は言ってる気がする。
なんだかんだ話してたら、建物の中からわらわら人間のみ出てきた。多分、奴隷。
様々な方向から、6人が戻ってくる。
探知を行い、人数を探ればちゃんと9人。
「良かった……あれ?」
探った気配に違和感。
「おいおい、誰だ子供3人て言った奴。一人は成獣じゃねぇか」
そうなのだ。一人成人の身体つきをしている。だが、
「大丈夫。出来る」
「任せたぞ」
「うん」
6人がほぼ同時に戻る。
私の前に2人の幼児と1人の、多分青年くらいの子。
早速術を展開、身体を癒し、精神の魔法を解除する。後は、隷属だけだ。
『汝、縛るもの無き者。汝の主君は汝であり、世界はその上その下には人は造らず。故に、隷は皆無である』
偉人様の言葉を借りて、勝手に作った解除の文言を日本語で言葉にする。ありがとうございます。偉人様。
頭捻って考えたから誰も突っ込まないで……。
……?
「どうした?」
「おかしい。効かないの」
「何が?」
「隷属解除が効かない。それどころか呼吸が弱まってる。何故?」
「間違えたか?」
「いいえ……ちょっと待てる?」
「大丈夫だ」
隷属は、人間は言葉で心を縛り、獣人は腕輪で身体を縛る。
今までこれで解いてきた。昔出会ったあの子もこれで解除出来た。何が違う? 何が。考えろ。
あの子は、外で。
この子達は、人間の元で。
親の代からの支配……?
「あ、まさか」
「来たぞ! まだか?!」
待って待って。
急いで身体に探知をかける。
「……外道」
酷いこんなの。
全身に流れる血液と魔力が支配されている。
血の契約。呼吸や睡眠など、生理的欲求も命令がないと行えない。正に全てを支配する。感情も支配され人形のようだ。
先ずは、この子らの支配してる奴の魔力を私で上書きしなければ。
「皆、解除に時間かかるの! 頑張れる?! フィンブルさんは、いつでも転移出来るようにして!」
「……それは余裕だけど」
余裕そうなら大丈夫だ。任せよう。
私は、護身用のナイフを出して腕を傷付ける。
血液を集め、中から私の魔力だけ取り出す。
まず、体力の低い幼児から。
腕の静脈を探し、注入。心臓は動いてるから大丈夫だ。うまくいって、お願い。
「おい?! 何やって!」
説明してる暇はない。
次の子のためにまた血液を集め、魔力だけ抜き取る。同じように静脈から注入。
最後の子は……不味い。呼吸も心臓も止まってる。
確か止まって3分で脳が死ぬ。まだイケる。
静脈に注入して、蘇生法を行う。
「おい、そいつもう……おまっ?! 何やってんだ!?」
「レビン! 追加来たぞ! 気になるだろうけどこっちに集中しろ!」
そうだよ! 説明の暇は無いっての!
だいたい戦いながら、こっちよそ見すんな!
私は、人工呼吸と心臓マッサージを始めてる。
本当はAED の様に電流を流せれば。でもどのくらいの強さか専門知識は無い。分からない。
幼児2人を視る。確か成人でも1分くらいで全身の血液は廻る。
私の魔力も全身に回ったのを確認できた。
問題はこの子。
「お願い、動いってぇ! 戻って! これからだから! 死なないで!」
10分くらい続けて、時折、脈と呼吸を確かめる。
キタ!! 脈を確認!
すかさず体力を奪わないよう治癒。
心臓がしっかり動き出して、呼吸も戻る。
よし!! 私は文言を唱え、隷属は解除……出来た!
「……あ。よし、次」
幼児の方へ行く。
文言を唱え2人もちゃんと解除出来た。
最後に、きちんと上書き出来たか確認すれば、クリア!
「皆! こっちは大丈夫! そっちは無事?! フィンブルさん転移の用意!」
全員、フィンブルさんに集まり、少し目眩。
この時、集まった人数が全員いることに安心して、彼らの目線には気付かなかった。
見覚えある建物内。戻った! 施設内待機していた皆が集まり、担架でベッドに3人を移していく。
これから24時間体制で看ていく。
「成功? したんだよね?! 皆やったね! 怪我はない?」
満面の笑みで振り返り、メンバーを見る。
あれ? 誰もいない。おや? ……は?
レビン以外、下に踞っていた。
その姿、額づいているような。
あ、なんか……嫌な予感。
フィンブルさんが頭を下げたまま言う。
「……神よ」
「ちっがうわー!!」
私は、皆との関係が振り出しに戻った気がした。
いや、マイナス?
最悪だ。
お読み頂きありがとうございます。
超難産。




