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25.1つだけ信じない。

 師匠は発光体から姿を変え、エルフッポイ顔と何故か神官の儀式用のようなかしこまった服になった。

 光沢のある白のローブに、銀糸の刺繍が施され、ストラと呼ばれる首に掛ける帯は真っ青で、見た目は荘厳中身は俗物という詐偽に近い存在に……。


「師匠、森にその服はちょっと。これから結構歩きますよ?」

「ラス」

「は?」

「私の事は、ラスと。貴女を奪う男なのですから、そのまま行きます。強さを示さないと、虎獣人は納得しないでしょうからね」


 とても楽しい笑顔で、玩具発見!これから遊ぶぞ!という雰囲気がヒシヒシ伝わってくる。


「奪われませんよ!そのまま……って精霊?!」

「そうですよ」

「いやいやいやいや?大混乱ですから!私、そこまでの嘘は頼んじゃいません!」

「何を青臭い事を。やるなら徹底的にですよ」

「いやいやいやいや?それでレビンが安心したって言って、さっさと他の人とラブラブになったら最悪ですよ!」

「大丈夫ですよ。離れるんでしょう?完全に離れなくては!」

「ちょっとぉ?!」

「諦めるのでは?」

「諦めてませんよ!ただ、ちょっと離れて自分磨きするだけなんです」

「おや?それはそれは。ですが、駄目。師匠命令です。完全に虎獣人を諦め、私を選ぶと言いなさい」

「無理無理無理!」


 誰が蛍光灯と!


「そう全力で否定されると、流石に悲しい。まぁまぁ、振りだけで良いですから。はい決定」

「おいー?!」


 ノリ軽い!

 そのまま何故か10分で集落に辿り着いた。

 あれ?この前、どれだけ迷ってたんだろう?

 師匠改め、ラス様の服は全く汚れなかった。羨ましい。


「ししょ、ラス様。私は私の言いたい事しか言いませんからね」

「早速、師匠の命令に背くとは、なってない弟子ですね。ま、それも良いですよ」


 とりあえず、ラス様を紹介しにレビンの所へ向かおうと歩を進めるが、食堂に皆集合してて驚く。何かあったのかな?

 最後尾にいた獣人に話しかけてみる。


「ねぇ、何かあったの?」

「ばかっ!アーシュ様が、行方不明なん……だろ」

「え?私行方不明?!」

「ア、アーシュさまぁぁぁあぁぁ?!」


 一斉に皆こちらを向いて、よくぞご無事で!とか今までどちらに?!とか言いながら、泣いている。

 え?何この状況。え?師匠?

 ちょっと混乱してた私に、前の方から声が掛かる。


「アーシュ!」


 レビンだ。レビン、だけど、どした?その顔。

 レビンの顔はボコボコでした。その横に寄り添うようにアルムがいたので、胸の痛みと共にヤったんだな?と思った。

 レビンは、暫く立ち尽くし、突然テーブルを飛び越えこちらに走ってくる。

 何だか久々のレビン。

 視界に入れただけで、その目を見るだけで、様々な思いが渦巻き思わず手を伸ばそうとした。瞬間、レビンの肩越しに、アルムが悲しくも恨むような表情でこちらを見ている顔が視界に入ったので手を引っ込めた。

 自分の恋人が、他の女に駆け寄ったら腹立つよね。

 私は、レビンが抱き締めようとしているのを見てまた一歩引いた。

 引いたのが分かったのかラス様は、レビンが私に触れる前に手を差し入れ、私を抱える。


「アーシュ……?アンタは誰だ?アーシュを離せ」

『……控えよ。相手の力量も判断つかぬか?』


 ど、どちら様ですか?何その声?

 ウキウキしていた雰囲気から一変、ラス様は寒気がするほどの威圧感を放ち、無条件で額付きたくなるような重苦しい声で話す。少し息苦しい。

 レビンの爪が尖り、ラス様に今にも切りつけそうな雰囲気を出す。

 何度もぶつけられてきたから分かる、殺気だ。


 ちょっと待て!何故会って2分でこの状況?!

 2つの人外の異常な気配を諸に食らった私は、声も出せず震える。

 ちょっとやめて!

 ラス様!頭読みなさいよ!寧ろ空気読んで!

 震える私に気付いて、ラス様の気配が和らぐ。


『おぉ、愛し子。すまなかった。人の身にこの気配は辛いな?』


 ラス様は私を抱え直し、頬に頭を擦り寄せる。

 誰アンタ?!

 すると誰かの声が上がる。


「だ、大精霊様……?」

「大精霊様?大精霊様だ」

「何故アーシュ様と」

「どうなってるんだ?アーシュ様を助けてくれたのか?」

「愛し子って事は、加護を得たのか?凄い」


 大精霊?!いえいえ、愛し子だの加護だの知りませんから、誰か!私に説明を!このおかしな精霊様に拳骨を!


 頭を覗いたのか、私の身体に回るラス様の腕が締め殺しにかかる。ぐぁぁ!

 何故か皆の反応は、あんなに大切にされてだの、見ろ!なんて愛されてるんだだの言ってくる。

 君らの目は節穴だな!耳良いんでしょ?!ミシミシ聞こえないかい?

 牙と爪を剥き出しに、ラス様を威嚇していたレビンはそれらを解き、戸惑いながら話してきた。


「大変失礼を。お許しください。もしや、アーシュを助けて下さったのか?」

『……ふん』


 腕の締め付けが緩み、ようやく声が出せる。


「レビン、私を助けたって何?」

「何言ってんだアーシュ……お前、二日間行方不明だったんだぞ?」

「はぁ?」


 私、行方不明になってました。

 しかも最後の目撃情報、泣きながらふらふらと幽鬼のように森に入って行った姿。

 直ぐ追いかけてみたが、影も形もナシ。

 大騒ぎして、皆で捜索。エルフも加わり大捜索。

 今日は生活圏内を越えて、深部まで範囲を広げようと武器を取りに集まってた所で、私ひょっこり出てきたと。そりゃビックリするよね。


 これは……狐ならぬ、蛍光灯に化かされた気がする。さっきから皺一つ無い美しい衣装を身につけ、蕩けるような顔で私を見ているラス様をジト目で見る。この役者!狸!狐!

 

 食堂の熊おばちゃんの証言と、仕事部屋の近くに落ちてた夜食。レビンは、自分達の会話を聞いて森に入ったんだと思い、皆に告白。皆から一発ずつボコられたそうな。すまん。


 私は、とにかく平謝り。ひたすら平謝り。

 本当に、すみませんでした!

 熊やら虎やら狼やら猫やら力強いハグを頂き、もみくちゃにされ、不謹慎にも少し感動した。

 ありがとう、心配かけてごめん。


 詳しく事情をと今仕事部屋に、レビン、アルム、ジエロ、フィンブル、大精霊(笑)、私が集まっている。

 ジエロは今、集落に住む100人の選定を一手に引き受けて、連日の転移と交渉でぐったりしている。申し訳ない。

 彼らにした説明は、迷子の私を保護した大精霊(笑)が私を気に入りついてきた。

 一晩だと思っていたら、二日間時間が経過していた事。謝りまくった。

 ジエロに本当に良かった、話を聞けなくてごめんと、抱き締められたけど、酷く疲れているのに無茶な捜索をさせて、こっちがごめんなさい。

 フィンブルさんは、某議員のように泣き叫び何言ってるか分からなかった。ごめん。

 アルムにも一応謝った。一応ね! 

 そして、レビン。


「本当にごめん。心配かけて」

「あぁ、本当に無事で良かった」


 当たり前のように手を差し伸べてくるから、触れないよう一歩引いた。ちょっとでも触れたら、私が抱き付きたくなるから。

 傷付いた表情をしないで、レビン。

 決心が鈍るから。


「ごめん、みんな。レビンと話したい事があるんだ。二人にしてくれる?」


 ジエロは、もう一回私を抱き締め出ていった。

 フィンブルさんは、何故か苦笑しながら私の頭を撫で出ていく。

 アルムは、駄々をこねた!


「アーシュ様。お疲れですから、お話は後日ご宜しいかと」

「大丈夫だよ」

「レビン様が」


 ブレないね、貴女。


「話をするくらいなら大丈夫だ。俺も聞きたい事あるしな。アルム二人にしてくれ」

「ですが、アーシュ様の我儘で、どれだけの人が迷惑を被ったか!日々作業で疲れている皆の手を煩わせ、レビン様に至っては眠る事すらせず、ずっと探し回っていて」

「アルム!出ていくんだ」


 私は、アルムに向かう。

 

「どれだけの迷惑をかけたのかは、自覚している。これからちゃんと償う。今は二人にしてくれないかな?」


 睨まれるが、平気な顔して笑ってやる。

 アルムは踵を返して出ていく。

 すまん。恋人が異性と二人きりは嫌だよね。これきりにするから。


「さて、レビン。話したい事があるの、聞いてくれる?」

「どうした?」

「今までありがとう。もう、私を守らなくていい」


 レビンは、驚愕といった顔で見てくる。

 構わず話す。止めたら泣きそうだ。


「あの仕事部屋で聞いたんだ、盗み聞きしてごめん。今までの境遇が悲惨だから、優しくされたら誰にでも尻尾振って好きになるだの、レビンの気持ちを弄んでるだの、腹立たしい事言われたけど、一番応えたのは、またレビンが信じてくれなかった事。

 アルムと一緒になって私の気持ちを否定した事」


 思い出すと、心が冷える。

 悲しいというよりは、痛い。

 レビンはこちらを向いて、複雑な表情をしている。


「いつも影であんな事言われてたのかと思った。知らぬ間に、何回私の気持ちを否定されたのかと。

 だから、もう言わない。言っても届かないなら、無駄だし、流石に私の心も……レビンの顔ぐらいボコボコだわよ」


 笑っていたかったので、おどけてみる。

 レビンは、私を見ている。


「考えたんだ。確かにいつも頼っていたから、レビンしか頼る人いなかったから、そう思われても仕方ないのかなって。だから、もう頼らない。離れるよ。

 私には、沢山仲間が出来たし、変な精霊も味方になったし(……多分)

 保護者と被保護者の関係をぶち壊して、レビンとこの集落を形作る同士になりたい」


 レビンの手が宙を彷徨う。

 私は、また半歩距離を取る。

 どんな顔をしてるのか、怖くて見れない。


「そして……私もレビンの言葉を一つ信じない事にした。私に惚れてるって言う言葉。あれを私は、信じない」


 顔を上げるとアメジストが視線の先ある。

 ずっと守ってくれたアメジスト。

 私の存在も、この身も心も守ってきてくれた。

 今は、私の夢を叶えてくれようとしてくれる守護石。

 アメジストが濡れている。


「だから、レビンも本当に好きな人が出来たら、ちゃんとしてあげて。保護者だからって、そこまで私に義理立てする必要はない」

「な、にを……?」

「アルムと仲良くね。おめでとう」

「ち……が」

「違わない。盗み聞きして聞いちゃった。本気でアンタに惚れてる子利用したら軽蔑するわ。好きなら好きとちゃんと伝えて、応えて幸せにしてあげなきゃ」

「りよ?!」

「さぁ、これからヤりましょうだったじゃん」

「おまっどこでそんな」


 え?私、元45歳ですよ?


「……あのさ、私中身62歳だよ?前の世界で恋人もいたし、それなりに愛し合ってきたよ。レビンが、他に好きな奴作れって言うことは、そいつと私がヤっても何とも思わないんでしょ?そんなの惚れてるって言わない。完全に保護者だよ」

「……あ」

「私から解放するよ、レビン。ちゃんと好きな人が出来たのなら、幸せになって。

 ……二度と私に惚れてると言うな」


 アメジストが揺れている。

 

「今までありがとう、レビン。レビンも幸せになって。これからは、同士として宜しく」

「あ……待」


 レビンが口を開こうとした途端、私は誰かに後ろから羽交い締めされた。

 驚いて後ろを顔だけ向けると、大精霊(笑)だった。

 え?ちょっと?いつからいたの? 


『安心するがいい、赤虎よ。これは私が守る。お前は用済みだ。これから、余所を向く暇も与えず愛してやろう』


 おいー!何余計な事言ってんだ!!

 え?ちょっと?身体が動かない?!

 後ろから掬い上げられ、抱えられた私は抵抗しようと動くが、指先だけしか動かない。声も出ない!

 大精霊(笑)は、私の耳元に顔を近付け、


「落ち着きなさい。完膚なきまでに叩かないとね?可愛い弟子の為ですよ?」


 絶対違う!顔超楽しそうだよ!

 だいたいラス様、性別ナシじゃん!

 やめてよ!勘違いされるでしょうが!


「再チャンスなんて甘い事言ってたら、いつまでも被保護者から脱け出せませんよ。一度バッサリ切らないと」


 う。だってバッサリ切ったら、私もバッサリじゃん。いい女になって、また告白するんだもん。

 私が誰にも靡かない事で、チャンス残しておきたいもん。例えレビンに番が出来てても。


 私が固まっている間に、ラス様がレビンへ小声で話す。見えない拘束を解こうとしてる私には聞こえない。


『お前は愚かだ。種族や年、過去などつまらぬ事に拘らなければ、宝を失わずに済んだのにな。何度この子を否定した?もう遅い。信じてやらなかったお前の自業自得よ』


 踵を返して、私を抱えたままラス様が出ていく。

 肩越しに、固まったレビンがこちらを見てる。


 本当に、心底あのアメジストが欲しかった。

 いつの間にか、アメジストを持つ人が欲しくなった。

 馬鹿だ私。何故一時でも手に入ると思ったのか。

 最初から私のものじゃなかった。

 最初から見てるだけしか権利は無かった。

 手に取ろうとしたから、無くしてしまった。


 もっと見ていたかったのに、扉は閉められた。


 




お読み頂きありがとうございます。

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