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2.弔い

「いやぁ、あの鼻垂れアースがなぁ。こんなんなっちまうなんて、人間は不思議だなぁ」


 むかっ


「昔、人参1本だけ差し入れされた時は、馬かよ?なんて言ったら、ぴーぴー泣いてたのになぁ 」


 むかむかっ


「あのくそ生意気な小僧が、公爵令嬢だもんなぁ……小僧なままの部分もあるけど…… 」

 

 胸部チラリ。

 む……ぶち


「オッサン?貴方を解放します。嬉しいでしょう?

 そして、もう一度商館に戻って、お仕事なさった方が良いですわよ?お元気で何よりでしたわ。それでは今生の別れよ。さようなら……オッサン。」

「オッサン言うな!ち、ちょっと待てよ!おいっ、無言で腕輪解くな!冗談だって!」


 奴隷の腕輪を着用しない獣人は、人の国では、即連行対象だ。


「チッ。何で前後不覚の痛みが、出ないのかしら?主人への侮辱は、組み込まれてないの?役に立たないわね」

「舌打ち!怖い怖い!」

「チィィッ!!」

「舌打ち大盛り?!」

「あーっもう!オッサンのバカ。オッサンのアホ、オッサンのオッサン!キングオブオッサン!!」

「オッサンの心抉られた……」

「ハイ!オッサン認めた~!自分で認めた~!」

「うわぁ!」

「…」

「…」


 ハッ!怒りからオッサンからかってる場合じゃなかった。オッサンは、床に打ちひがれている。

 

「オッサン、で、どうなの?戻るの?仕事に」

「オッサン違う。仕事には戻らねぇよ。アーシュ様に買われちまったからな」

「ふざけてないで。

 私は、もう公爵令嬢じゃないし、手助け出来る事なんて、もう無いわよ?無理矢理、檻壊しまくっても、数が多くて一人では全員は無理だし」

「おいおい。待て。誰が檻壊し回るって?お前はもう、秘密裏に奴隷の援助も助けも出来ないだろ?自分の事で精一杯だ」

「そうよ。私はもう何も出来ない。持ってたもの全部無くなったし。人の国に追われる覚悟で、奴隷解放するなら手伝うわ。魔力はあるし」

「待て待て!ほら、茶を飲め茶を!そして深呼吸」


 立ち上がって力説する私を制し、お茶を渡す。

 大きな身体で背に回り、ボンボン叩く。

 ポンポンではない、ボンボンだ。


「ぐっいった、やっめっゲホッ」

「お、悪ぃ悪ぃ」

「ゲホッ。ちょっと!深呼吸どころか肺出そうになったわ!」

「ははっ」

「何?」

「変わんねぇな。やっぱ良いなお前」

「?オッサンも変わってないよ。汚れ具合以外。以前より断然良くなったわ」

「汚れって!はーっ、お前は本当に変な奴だよ。獣人は怖がらないし、俺なんて不吉色なのに…」

「所変われば品変わるってね……どこかの世界では、オッサンの姿が、神様として崇められてたらどうする?西方白虎、背を丸めない!しゃんとしなさい。その目の色なんて、私にとっては馴染み深いんだから」

「お前の夢か?」

「そうよ」


 前世の記憶をオッサンには、夢で見たと言ってある。3、4歳の子供が、恐ろしいとされる獣人の所でウロウロしてたら、怪しさ満点だろう。言い訳が見つからなかった私は、夢で見た!だから助ける!とごり押しした時の皆の微妙な顔。……忘れられない。

 多分、皆信じてない。

 あれは、可哀想な子を見る目だった。


「はは、本当にあるのかねぇ」

「……さあね」

「お前はさ、もう奴隷なんて気にしないで、お前のやりたい事やれば良いんだよ。俺も手伝うから」

「やりたい事……外に行きたいの。一人で暮らすうんぬんの前に、一つ行きたい所があるの」

「外か……う~ん、よし!いいぜ、俺がガッチリ守ってやるから」

「本当にいいの?仕事は?何かやることあるなら、無理して付き合わなくても……」

「いいの!もう決めたから!俺は、お前に付いてく」

「じゃあ、宜しく」

「おう」



 それから3日、旅支度を整え、ようやく街を国を出た。

 私は、幼精の草原に来ている。

 濃い緑の原に、前世の蛍に似たようなのが飛んでいる。精霊の源と言われているが、精霊なんて見たこと無いから、本当かどうか知らない。


 私は、ちょっとやそっとじゃ倒れそうにない1本だけで立ってる巨大な木の根元にいる。


「墓標にしては、えらく立派だわ」

「墓標?」

「独り言聞かないで。ちょっと今から一人にしてくれる?やりたい事あるから」

「あんま離れらんねーぞ?魔物出るし」

「う~ん、声が届かないならいいわ」


 離れたオッサンを確認して、もっと離れろと、指示。離れた所で後ろを向けさせ、私は母の形見の首飾りと、父の当主の証たる指環を取り出す。

 木の箱に入れ、土の魔法で穴を掘っていく。

 

 まだ父が私を避ける前、1度だけ膝に乗せてもらって聞いた事がある。


「アリアーシュ?この人の国の外には、それはそれは怖い化け物が沢山いるから、言うこと聞かないと、食べられちゃうぞ!」


 多分、悪い子は、なまはげが来るぞ!に似たものだと思うけど、


「でも、外にはとても綺麗な場所があってね、パパは、ママにそこで結婚を申し込んだんだ。幼精の光が舞う場所でさ、殿下と魔物退治だ!って抜け出して見つけた場所。

 とても綺麗だったから、ママにも見せたくてさ、連れていったんだ。後で凄く怒られたけど。ママは、凄く感動してくれてね、プロポーズしたら、即イエス!!そこで一曲分ダンス踊って帰ってきた。とても素敵な夜だったなぁ…。

 まぁ、魔物が出てたら、パパもママも居なくなってたけど。とにかくプロポーズの事しか考えてなくて、そこまで頭回らなかったよ!アッハッハッ」


 案外、豪快な人だった…。

 クスと笑い、木箱に触れる。


「お父様?ゴッキス王国は倒れ、マイマ国の属国になったわ。ラングシナ公爵家は、潰されてしまったの。人には優しい賢王だから、民の心配は要らないと思う。

 ここがプロポーズの場所か分からないけど、ここもとても綺麗よ。お母様と一緒に眠って。

 いい娘になれなくて、期待に何一つ応えられなくて、ごめんなさい。お父様からしたら、大事な娘に取り憑く何かに見えたのでしょう?鞭で叩いていたのは、アリアーシュではなく、45歳の前世の私よね。分かってたけど、厚かましいと思ったけど受け入れて欲しかった。

 いえ。今の私は、やっぱり日本も故郷と思えるから。私の父と母は、日本の父母もだわ。

 

 本当にごめんなさい。お父様からしたら、他人が育てた何かが、自分の愛する人を殺して出てきたようなものだもの、それは、とても、憎いわよね。

 叶うなら、お父様の娘になりたかった。お父様と、たくさん話して、笑って…欲しかった。良かれと思った事、全部裏目に出て……私も大概馬鹿よね。

 もっと、ちゃんとうまくやっていたら。


 お父様が、大好きよ。お母様を愛していて、横領はしてたけど…そこは、身贔屓で目を瞑るわ。私が、ちゃんと返してきたから。

 ……私は、お父様を誇りに思う。お父様の娘に産まれた事を誇りに思う。

 だって、ちゃんと育ててくれた。気味の悪い子供でも、お母様を死なせた子供でも。最高の教育を与え、服を与え、食事も。当たり前と思う人もいるけれど、この国の特に貴族は、そうならない。お父様は、素晴らしい方だわ。


 いい娘になれなくて、本当に、本当にごめんなさい。せめて、お母様と一緒に眠って。

 お母様?お父様を宜しくお願いします。産んでくれてありがとう。(産まれてきてごめん)

 二人とも、どうか安らかに。」


 私は、二人のものを納めた木箱を掘った所に入れる。また土の魔法で穴を埋め、一歩下がる。

 目を瞑り、手を組み、膝をつく。

 唱える。死者への弔いの言葉。

 

「我、アリアーシュ=ミラ=ラングシナは願う。

 父ギルベルト=ミラナ=ラングシナ

 母マリアルーシュ=セル=ラングシナ

 二人の魂が共に添い、魂の浄化による洗礼にて輝ける次世とならんことを。

 生を与えられ、名を与えられ、共に過ごしたアリアーシュは誇る。そして願う。そして請う……どうか」


 やっと、お父様を弔う事が出来た。

 王城での余りの数の死亡者に、新しい王は、王族だけ葬儀を行い、その家臣達は、慰霊碑を建てただけ。

 私も、お父様が付けていた指輪が届くまで、実感が湧かなかった。大分、薄情な娘だ。


 笑いながら話してくれた、プロポーズの話を思い出して、ここしか無いと思い、山に引っ込む前にどうしても幼精の草原に弔いたかった。謝罪がしたかった。

 まぁ、全部、自己満足だけど。

 大木を眺め、暫し泣く。


 これで、やっと前に進める気がする。でも、どこに?幼い頃から叶えたい事も、全部失い出来なくなった。お節介な獣人が、山の一人暮らしは駄目だと言う。

 しかし、考えてもみて欲しい。私、62歳よ?精神がだけど。今から、何か成すより、引っ込んで余生を送る歳じゃない?そんな活力も湧いてこないし、もう、疲れたしなぁ。

 燃え尽き症候群ってやつかな……17歳で。


 今後の事を考え、どんよりしながら振り返る。

 視界で捉える、アメジストの瞳。

 認識した途端、身体を締め上げられる。


「ぐえ」

「お、前、お前なぁ!お前なんで、お前……」


 抱き締められて?というより絞め殺される?

 身体浮いてる。どんだけ力強いんだ獣人!


 あれ?泣いてる?

 肩口にかかる熱い息が不規則で、鼻水すする音が聞こえる。ぎゃー!鼻水つけるな!

 離してもらいたくて、ペシペシ叩く。が、抱え直しただけで、相変わらず虎の獣人は、えぐえぐ泣いている。「お前」しか聞こえないけど。


 ……?まさか、あの距離で聞かれてた?

 前世やら、真名やら喋っちゃったのに!前世の事に関して、色々聞かれたら……また避けられるかしら。

 やっぱり一人山かな。獣人が恩をというけど、奴隷時代の記憶など、忘れたい記憶だろうに。わざわざ会って、思い出しに来ることもないだろう。

 少し絶望して、目線を虎から外す。

 背の向こうに、ポツポツと、何か光ってる?違う!目だ!10対以上の目がこちらを向いている!魔物?!


「ひっ!ち、ちょっと!何かいる!見てる!」

「あぁ、ひっく、お、お前を捕まえ、ぇっく、に来た獣人だ」


 ……お前を捕まえに来た獣人?!

 は、はぁぁあ?!

 泣いてる場合じゃないよ!オッサン!





旅支度整える間の宿で


「ところで、俺どこに眠れば良いんだ?」

「あ、デカくなっちゃったからベッド使って。私、ソファでいいわ」

「おんなじ部屋かよ?!」

「?当たり前でしょ、お金無駄に出来ないわ」

「俺、子供のままだったら?」

「はあ?そんなの一緒に眠れるでしょう?」

「(しくじった!)じゃ、今、子供に…」

「中身オッサンだと分かったら、無理よ」

「…俺がソファで寝ます。小さくなるから…」

「そう?じゃ、お休みなさい」


還暦女子強し。






お読み頂きありがとうございます。

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