異世界でダンジョンマスターになった私は、ガチャを回させています。
「た、頼むぜ……もう1000万Gも注ぎこんだ、いい加減当たってくれえ……!」
鋼の鎧に身を包んだ屈強な男が、神に縋るように声を震わせている。
その光景を、私はカウンターからいつものように眺めていた。
男の傍らには彼の挑戦を見物する野次馬が集っているが、男の巨躯は人混みの中でも埋もれることなく目立っている。
彼――名前はたしか、ロナウドと名乗っていた人物が挑んでいるのは、所謂ガチャと呼ばれるものだ。
規定の金額を投入してレバーを引くことで、ランダムで景品が出てくるという一種の娯楽の類。
本来なら機械に入れられた玩具などが手に入る子供向けの遊びなのだが、男が挑んでいるものはそれとは異なる。
まず、景品は機械ではなく魔法陣により出現する仕組みとなっている。
魔法陣の横に設置されたコインの投入口に硬貨を投入してレバーを回すと、魔法陣が起動してアイテムが呼び出されるのだ。
出てくるアイテムは様々。はずれは安価な日用品から、大当たりは絶大な能力を誇る武具まで。
男が狙いを定めているのは、大当たりの景品としてガチャの目玉になっている武器のひとつ、『レーヴァテイン』だという。
伝説の武器の名を冠するその剣は、炎を纏いて敵を切り裂き、担い手に絶大な武力を授ける加護が宿る。
私の生まれ育った日本のゲームを参考にするなら、『炎属性の魔剣。各種ステータスパッシブ盛り沢山』といったところだろうか。
何故そんな凄まじい武器がガチャの景品になっているのかというと、私がガチャのシステム共々用意したからだ。
とはいえ私は鍛冶のスキルを持っていない。さらにいうなら裁縫や家事も苦手だ。
私にあるのは――この『ダンジョン』の、ダンジョンマスターとしての権限だけである。
「うおおお!? こ、この輝きはウルトラレア確定の光……!
こ、来い! 俺の元に来やがれ『レーヴァテイン』!」
私を含めて野次馬達が見守る中、ガチャ魔法陣から眩い虹色の光が生まれる。
光はやがて集約されて、一つの武器を形作っていく。
男の口からは歓喜の声が溢れ、野次馬達のテンションも高まっていく。
そうして、光の中から生み出されたのは――。
「お、おおお……これ、これじゃねえんだよ!
俺が欲しいのはこれじゃねええ!!」
――巻きつく蛇の装飾が施された、1本の杖であった。
『レーヴァテイン』と並ぶガチャの景品の目玉であり、高性能の装備であることは確かだ。
しかし、あくまでそれは杖であり、戦士であるロナウドにとっては無用の長物だろう。
ちなみに、その杖の名は『アスクレピオスの杖』。死者をも蘇らせたと伝説に謳われる名医が持っていたという杖だ。
能力としては『回復魔法の強化。詠唱速度上昇。消費魔力半減』といった、治癒術士にとっては極上の装備品に仕上がっている。
だが、それらの効果は魔法を使えない戦士にとっては、まるで意味を成さないものだった。
「1000万……俺の1000万Gが……は、ははは……」
男は引き当てた杖を掴みながら、よろよろとした足取りで魔法陣から立ち退く。希望を打ち砕かれて、絶望に屈する男を見て、私は。
「ウルトラレアご当選、おめでとうございまーす」
いつものように、カウンターに置かれているベルを鳴らして、当選者に祝福の言葉を送った。
内心では『今日も他人の不幸と欲望でメシウマです!』と小躍りしたい気分だったが。
他人の不幸は蜜の味、とは私の生まれ育った世界の言葉だが、今の私には二つの意味がある。
本来の諺の意味とは別に、ダンジョンマスターとしての性質に寄る旨みがあるのだ。
ダンジョンマスターは基本的に、ダンジョン内で発生した人の欲望や絶望、あるいは希望などの様々な人の感情を糧とする。
他にも、人を含めた生命を殺害もまた魂の吸収などを含めて糧となるのだが、私は基本的に戦闘は行わない方針でダンジョンを構築している。
ダンジョンコアと呼ばれる、『破壊されるとダンジョンマスターが死ぬ』という大切な宝珠を狙う者は武力を持って防衛するしかないが、そうはならないようにといくつもの工夫が施してある。
そもそも、ここがダンジョンであることを知られないように、徹底的に内装を整えてある。
初めは定番のポーカーなどのカードゲームによるギャンブルを主体とした、所謂カジノとして。カジノ運営とダンジョンマスターとしての稼ぎが安定してきてからは、パチンコやガチャなどこの世界にとって目新しい娯楽を取り入れていった。
ダンジョンマスターの権限のひとつである『ポイント交換』を使うことで、故郷で使われていた道具や、景品となる数々のアイテムを入手することができる。
この世界の通貨との交換も可能なために、今では金庫には膨大な金銀財宝が蓄えられていた。
それだけ、人が賭け事において発する感情が凄まじい熱を帯びている、ということだ。
「うっ、くぅ……確かに、ウルトラレアなんだけどよお……」
歴戦の戦士として名高いらしい男が膝を屈する程の絶望が生まれるのだから、大したものだろう。。
しかし金を毟り取って絶望させるだけでは、まだ足りない。もう一押し、ダンジョンマスターとして稼げると見た私はすかさず作戦を開始する。
「目当ての魔剣が手に入らなかったのは残念ですが、その杖もまた当店のガチャの目玉景品に違いはありません。
オークションに掛ければ、投資金を回収することだってきっと十分に可能ですよ」
「……確かに、なあ。こいつを売ればけっこうな金額にはなる、よな……その金でまたガチャを回せば今度こそ……!」
既にギャンブルの深みにどろどろと嵌っている男の様子に笑みが零れそうになるが、それを押し殺す。
彼の言うように、装備を売ったお金でまたガチャを回してもらうのもこちらとしてはおいしい。
だけど、私はさらに稼げる方法が思い浮かんでいた。
「うーん、それはどうでしょう? これ程の装備はオークションでしか売却できなさそうですし、そうなると換金まで数日は掛かります。
その間に他の方が『レーヴァテイン』を引き当てる可能性は……」
そう言って、私は魔法陣の方へと視線を向ける。
先程まで野次馬として集まっていた人々が、男が回していた高額ガチャに順番で挑んでいる。
ロナウドもまた、その様子を見て唖然としていた。
「な、何でだ!? 普段なら高額ガチャにあんなに人が集まるはずが……!」
「ロナウド様が何度もガチャを引かれたことで、現在ガチャの景品が大きく消費されている状態です。
それはすなわち、外れの景品が少なくなり、大当たりとなる景品が出現しやすくなったといえます」
要するに、残り物には福があるということだ。
1000個中1個の大当たりがあるくじを引くとして、先に外れを999回引いた男がいれば、次にくじを引く人物は必ず大当たりを手に入れられる。
そこまで極端な状態には中々ならないだろうが、それでも現在の高額ガチャの中身はそれに近い状態だ。
1回1万Gという、このダンジョン内でもかなりの高額を要求されるガチャ。普段なら挑戦する者は少なく、だからこそロナウドは1000回連続でガチャを回しても文句を言われなかった。
だが今は、残された希望を求めて、人々が列を成している。
基本的にこのダンジョン内でのガチャは一人1回で交代。待ち人がいない時だけ連続で挑戦が可能、というハウスルールを設けている。
「この様子では、今日中に『レーヴァテイン』が出現しそうですね」
「な、なんてこった……! もう一銭も残ってねえってのに、くそう!」
男は必死に鞄の中を手探っているが、既に金は使い果たしているらしかった。
このままでは、苦労して引き続けても手に入らなかったお目当ての景品が、他の人の物になる――その焦燥も絶望もまた良い糧となる。
しかし、それ以上に糧を得るために、私は行動を起こした。
ガチャの順番を待っていた人物の中で目をつけていた人物が、投入口にコインを入れる。
その瞬間、私はダンジョンマスターの権限を使ってガチャの当選確率を操作した。
賭博店側の確率操作は違法だとか、そんなのは知ったことではない。
ここは異世界であり、そのような法律は存在せず、何よりこのダンジョン内では私が法なのだから。
ガチャのレバーが回される。先程ロナウドがウルトラレアを引き当てた時と同じく、虹色の光が瞬いた。
レバーを回した人物である少女が、驚いて悲鳴を上げる。そうして、光の中から現れたのは。
「レ……『レーヴァテイン』が……!」
ロナウドが追い求めていた、炎の魔剣『レーヴァテイン』の姿だった。
「あ……あああ……」
がくりと肩を落として、力なく膝を屈するロナウド。まさにorzという情けない姿だった。
それも無理からぬことは理解できても、大の男がそのような姿で咽び泣いているのは正直見るに耐えない。
「あ、あの……」
そんなロナウドに、今正に『レーヴァテイン』を引き当てた少女が歩み寄り、声を掛けた。
「私、その、治癒術士でして。このような剣をいただいてもとても振り回せなくて、その……。
貴方が先程手に入れられていた『アスクレピオスの杖』と、交換していただくわけにはいきませんか?」
「……う」
「え、ええと……だめ、でしょうか?」
「――うおおおおお! その交換乗ったあああ! ありがと女神様あああ!!」
「ひ、ひぇ!?」
少女の提案に、ロナウドは感極まった様子で大声を響かせる。
その天にも届きそうな声に少女は怯えた様子で後ずさった。
「な、なああんた……いや、貴方様のお名前は?」
「エ、エリメルと申します……あの、私はただのCランク冒険者でして、貴方のような高ランクの御方に様と呼ばれるような者では……」
「いやいや、おかげで『レーヴァテイン』が手に入るんだ! 気軽になんて呼べませんでごぜえます!」
興奮した様子でまくし立てるロナウドに、少女エリメルはたじたじの様子だった。
とても、魔境を闊歩するAランク冒険者ロナウドと、ようやく一人前を名乗れそうになってきたCランク冒険者エリメルの会話とは思えない。
しかしロナウドは余程感激しているのか、早口に少女へ礼を言い続けている。
「そうだ、もし良かったら今度いっしょに冒険しようぜ!」
「ふ、ふええ!? わ、私がAランクの貴方とですか!?」
「もちろん依頼はそっちのレベルに合わせる! レベル上げでも素材集めでも、何でも手伝うぜ!」
慌てふためく少女と、周りが見えない勢いで喋り続ける男。
後にこの二人が伝説の冒険者ペアとして語り継がれることになるのだが、そのことは今の私にも知る由はなかった。
そんな先の話よりも、私は今この時に得られている糧に夢中になっていた。
ロナウドの絶望から希望、そして再び絶望の底へと叩き落されて、そこに救いの手を差し伸べられたという幸運。
そこから生まれる感情の波は、まるで津波のように力強くダンジョン内に溢れ出している。
そして少女エルメルにとっても、今回のことは喜ばしいことだ。
僅か1万Gの投資で、凄まじい能力の装備が手に入っただけでなく、高ランク冒険者とのコネまで得ることができた。
今は戸惑いが強いが、その幸運によりもたらされる感情もまた、ダンジョンマスターの私には美味しいご馳走となる。
さらに、この幸運を目の当たりにした周囲の人々は『自分にもあんな幸運が掴めるかもしれない』と希望を抱いて、ガチャやカジノに挑むことだろう。
幸運を掴み取りたいという欲望の念も、私にとってはご飯のようなもの。
たった今得られた数々の感情が生み出す糧は、二つの目玉景品を放出したところで十分に採算が取れる程のものとなった。
「うっふふ……今日もご馳走様です」
誰にも聞かれないように呟きながら、ダンジョンマスターとして稼げた大量のポイントを確認して、私はほくそ笑むのだった。